NO.11                                             平成16年5月4日・5日

"種籾"をパレットに入れました 
苗床に設置しました

 いささか昨夜のお酒が残っているかなと感じつつ、雨の中百姓学校に向かいました。
 ゴールデン・ウィークの後半ですが道は空いています。 Uターンの反対方向に走っているからでしょう。
 時に激しく降る雨の中、作業場で種籾をパレット入れが始まりました。
 初めての参加の方もあり、説明が十分でなく失敗が発生します。 どんな失敗か文字で解説するのはむつかしいです。 種籾を播くパレットと下板となる鉄板の間に砂が入り込んでもダメ、それを持ち上げるとき鉄板とパレットが離れるとこれもダメ。
 見ていれば簡単なのですが、チョット気を抜くと失敗します。
 人間様の作業が順調になると、今度はパレットに均一に種籾を播き入れる手動式の機械が臍を曲げています。 
 調子が出てきたところで終了です。 雨が降り止まず本日の作業はここまで。

 5月5日
 N氏を高蔵寺駅まで迎えに行き、午前10時より苗床への設置の開始です。
 何のトラブルもなく昼前には作業終了。
 その頃から薄日が差し出しました。 たった3日間、太陽を拝まなかっただけなのに身体全体から何かが溶け出すような気分です。
 シートで覆われた種籾は1週間もしないうちに芽をだし、その後シートも取り払われて太陽を仰いでグングン成長します。 
 6月6日の「田植え祭り」には元気な子供たちの声が聞こえ、泥だらけの光景が今年も眺められます。 欲を言えば、あの種籾のところから参加してもらいたいものです。
 あの一粒が緑の苗となり、そして秋には黄金の実りになることを体験してもらう為に。 
NO.10                                                平成16年5月3日

"ありがとうございます"のシールを見て

 徒歩で3Km離れている知人を訪ねた。 買い置きのワインを1本持参していたが、やはり白・赤セットが良かろうと、時折通過する酒屋さんに立ち寄る。
 ニュータウン内の酒屋さんは近郊の大型酒スーパーに押されて苦戦している店がほとんどである。
 が、このお店の前を通る度に小奇麗な店頭であると感じていたし、全国地酒の販売とか、朝挽きの地鶏販売などと目新しい看板が目にとまっていた。
 入店すると奥様が模様替えを兼ねた掃除をされておられた。 「ごめんなさい、散らかしていて」と手は休めずに笑顔の対応である。
 手ごろなワインを選びお勘定カウンターへ、そこに見慣れたたシール“ありがとうございます”が大小さまざまに貼られていた。
 見慣れたというのは私もどこかで入手し、手帳などに貼ってあるからである。
 「どちらで手にいれられたのですか?」 「主人が・・」と言って奥に声をかけられた。
 笑顔のこれまた素晴らしいご主人が現れた、「毎月、滋賀県の“ありがとう村”に行っています」とのこと。
 50代後半か60代前半のこのご夫妻、何事にも感謝して日々をすごされていることを感じた。 良いお店で買い物させていただいたと嬉しくなった。
 
 久しぶりに瓶ビールの栓を開けて一本いただき、焼酎を半分空け(720Ml),持参の赤ワインも1本空けてしまった。
 お酒の性では有るまいが、柄にない買い物を約束することになった。 
 これも、酒屋さんの“ありがとうシール”の延長かと、フラフラ・ゆらゆらと春の宵を楽しみつつ帰路についた。
NO.9                                                 平成16年5月3日

“黒竹”も伸びてきた

 27年前、ある家の玄関先の“黒竹”に目が留まり、購入してきた。
 10年後には植え込んだところから2〜3メートルも離れたところから芽を出すようになった。
 20年後には10メートルも離れた生垣の間からもニョキニョキである。
 6年前これは叶わぬと50センチ掘り下げて、コンクリート・ブロックで蔽った。
 残りの根から芽を出すのでないかと心配したが今のところは、2uの限られた地からのみ毎年10本前後の新芽を吹き出す。
 中には2階のベランダ以上にも背丈が伸びるので3メートルのところで切り込んでいる。
 3年経過したものを切って、畑の支柱として活用している。
 市販の支柱よりは庭の雰囲気を壊さない。
 今年はまだかなとヤマブキの新緑の下を覗くと、既に数本が顔を出している。
 ブロックぎりぎりのところから伸びてきているものもあり、ブロックを乗り越えるものが現れるのではないかと心配もする。
 竹林は地震に強いというがこの面積ではどうしようもない。
 黒竹とヤマブキの組み合わせは和風調で好きであるが、いつの間にか分け入るように見知らぬ幼木がうめこまれている。(誰だ!)
 これで、この限られた地も、我が家の庭全体と同様に雑然としてきた。
 後は草木に任すしかない。
NO.8                                                 平成16年5月3日

“沖縄月見草”が咲き出しました

 今年は例年より早いのではないかと感じる。
 姫芝をもろともせずに、わけ出るようにひょろひょろと伸ばした蔓の先に白とピンクの花をつける。 いつこの花が我が家の庭に咲くようになったかは定かでない。 毎年ツツジ、サツキの周りに新芽の菊と競うように伸びて花を咲かす。
 時に、あまりにも辺りを席捲するので、いい加減にせよとむしり取ることもあるのだが、そんなことで怯む相手でない。
 が、今年は今のところ、和室前に限っての咲揃いであり、「今年も良く来たな」と声をかけてガラス戸を開けている。
 霧雨で明けた今朝などはことのほか愛おしい。 
 “人間の感情などというものは実にわがままなものである。”と他人事のようである。
NO.7                                                平成16年4月30日

〜シンガポール料理 ?〜

 南遊の会(ベトナムで植樹・青少年交流の森づくり)で事務局をされておられた方が、定年再就職で名古屋を離れた。
 その後再就職、技術力が評価され日本滞在の方が短く、多忙な海外出張が続いている。
 ゴールデンウイークということで無理やり休日を取得された。 その時間を割いて彼を囲んだ。
 当初“アジア料理”とFAXにはあったが、行ってみると“シンガポール料理店”であった。 シンガポール料理はどんな特徴があるか思い出そうとしてもなにも思い出せない。 マレーシア、ベトナム、そしてタイ料理の混ぜこぜが脳裏を駆け抜けた。
 私の判断ではこの地域の食文化の中心はやはりタイであろう。 その食文化が伝播されて近隣の国々のものが出来上がっていったのではないだろうか。(もちろん中華料理も大いに影響している)
 タイ料理は甘口の味、対してベトナム、シンガポールは辛味が利いている。
 そのベトナム料理を楽しむ会が開催される。(5月8日)主催は日本ベトナム友好協会・愛知県連合会であるが、責任料理人は「南遊の会」にも参加されているNさんである。(彼は百姓学校のメンバーでもある)
 彼の食に関する関心は強く、同時に食欲は大したものである。 残り物は「勿体ない、もったいない」と平らげるし、残れば翌朝口にする。“スイーパー”と名付けた。(失礼)
 味付けが大雑把であるので、日本食には向かないと言ったら百姓学校ではその後味付けは控えている様子である。
 今年3月6日の「ベトナム料理の会」に初参加した。 レシピ片手に奮戦のN料理長の出来ばえに満足した。
 「こらなら問題ない、他人様にも差し上げられる」と評価した。
 料理に国柄があるように、人間にも人柄があり、それがマッチすると好結果が生まれるということだと教えられた。
 きっと素晴らしい会となり、皆さん満足されることだろう。
NO.6                                                平成16年4月30日

〜新緑の散歩道にて〜

 かなりの亭主関白な知人がいた。 3年前にゴルフ中に軽い心臓発作で倒れられた。
 それから2年半、元気になりましたと葉書がきた。
 今年に入り私の何時もの散歩コースで2〜3度お会いした。 いつも奥様とご一緒である。 元気当時の立ち振る舞いを知っているので、ステッキを突いて歩く姿勢にはかっての面影はない。
 彼が元気な時代、奥様は御自分の趣味の世界で研鑽された。 どれもこれも趣味の世界を超えた領域に達したようである。 師範や会の重鎮のようであるが、そのことは全然口にはされない。 
 昭和30年前半から正に自己責任、御自分の裁量ひとつで、社会を渡ってこられた彼には人を逸らさない社交術と決断力、独特の情報分析力があった。
 が、バブル経済とその後に関してはいささかの判断ミスがあったようにも思える。
 そんなことでへこたれる方ではなかったので、顔には表さずにいただけかもしれない。
 ユックリと穏やかに語る口ぶりに時代の転換したことを改めてかんじた。
 三歩下がって彼のあとに続く奥様の柔らかく、軽い足取りを見送った。
NO.5                                                平成16年4月28日

〜“良き年月を過ごして”〜(4月28日のこと)

 東名阪自動車道「桑名東IC」を下り、国道258号線を南下、90度のカーブを切って県道142号・桑名東員線。 
 右手に「大山田団地」があり、そこを過ぎるまでは広い片側1車線であった。町並みが途絶え、急に道幅が狭くなったとはいえ車の往来は多い。
 カーナビは目的地が近いことを示している。 スピードを落とす。
 沿線道路より高さ7〜8メートルの法面に木製の看板を見つけた。
 “ここだ”
 90度の角度で狭い導入路を2度曲がって駐車場にはいる。 そこは駐車場への導入路とはまったく異なる花々が迎える空間であった。
 店名“花ごよみ”、なるほどと思わせた。 庭や花畑をいじる私にはそれがどれほど大変なのかは直ぐに分かる。  グルリと一回りして店内にはいる。 スッキリとし、店内も花々がそこかしこ。
 カウンターに座る。 「お久しぶり」と一言。 多分20年以上であろう。 コーヒーカップセットは拘りで、ひとつ一つが異なり個性がある。  壁に掲げられているものも全てオーナーのセンスで統一されていることがわかる。 ユッタリと配置されたテーブルには中年の女性たちがほとんどで、会話がはずんでいる。 「こんなにお客さんが来られることはないのに」と手際よくコーヒー豆を挽き、カップを暖め、ホール係の女性に手渡す。
 遠慮なしに私にも話しかけてくる常連客、持参したカレンダーを渡し「では、又の機会に」と言って店をあとにした。
 学校出てから40年、ほとんど記憶のない20年前の再会。
 “良き年月を過ごした”と確認できたと思ったが、それは私の錯覚であったのであろうか。
NO.4                                             平成16年4月28日

“百合・カサブランカ”の香りで
              むせ返るようです

 この百合は4月16日、山口市井開田“道の駅 仁保の里”の朝市で購入してきたものです。  車旅14日目のこと「春日井なら500円以上の品である」といいますので、後2日なら十分日持ちもしようと、新聞紙に包んで持ち帰ったものです。(380円でした)
 玄関入り口の板の間(廊下)は朝のストレッチの場所です。 
 クリスタルの花瓶に一本だけ挿されています。蕾ばかりを選んできたのですが、帰宅翌日の4月19日には2個・大きな花弁で開きました。 そして本日は8輪が見事に咲き誇り、香りが部屋中に満ちています。(残り2個の蕾も明日には開きそうです) この一週間、時に南風、そして本日は北風に乗って妖艶な香りを撒き散らしています。
 私を忘れていませんかとジャスミンの香りが風に乗って飛び込んできました。毎年このジャスミンの花の蔓の間には雀が巣を作ります。 むせ返るほどの香りに包まれて、どんな雛が孵るのでしょう。
 数年前にいただいたカサブランカの球根は2〜3年見事な花を見せてくれていましたが、いつの間にか姿を見せなくなりました。
切花のこのカサブランカ、精一杯・命ある限りを見届けてあげましょう。
NO.3                                             平成16年4月27日

名古屋駅前から逃げてきました

 話は昨日(26日)のことです。 NO525「悲しくなるやら、苛立つやら」で書きましたように、預金通帳を仕舞い忘れての再発行で、名古屋駅前に久しぶりで出かけました。毎日ビル、豊田ビルなどが取り壊されて、新しいビルの基礎工事が進められていました。
 “U”銀行は地元の強みを持っているのでしょうか、それとも地の利がよいのでしょうか順番待ちのナンバーカードを持った方であふれていました。事務員風の方、サラリーマン、主婦、高齢者もいれば、高校生、今年就職したばかりと見える若い人もいます。順番待ちの呼び出しが絶え間なく聞こえてきます。
 “T”銀行はビル解体で仮住まいの場所でした。 事務所の転用のようです。
 両銀行ともホールには屈強な警備員と案内係がおり、すばやく対応していただきました。“T”銀行”は事務員に制服姿もあれば、私服もありで開放的な感じもしました。「お客さんの中には銀行員が私服でいいのか」という方もいるのではと、制服で対応してくれた方の話しかけますと、「そうなんですよ。」と大きく相づちを打たれました。
 用件は1時間もかからずに終了しました。 近鉄、名鉄前の道路を人々が足早に歩いています。 私も遅いほうではないのですが、なぜか忙しく感じました。テイッシュペーパーがいつの間にか3個も手に中です。 地下に通じる入り口のところで、薄汚れた毛布、フトンに包まって寝ている方もいます。
 久しぶりに出てきたのだから、どこかに立ち寄ろうかとおもいましたが、こんな人だかりの所は危ないと感じ、早々と逃げて帰ってきました。
 庄内川を渡ったあたりで、ヤレヤレと眠気が注して、知らぬ間に高蔵寺でした。
NO.2                                             平成16年4月27日

〜春の雨に恵まれて〜

 3月の中旬より百姓学校の花畑に苗を植える、移植をするなど行っています。
 お天気が続き、ぼちぼち雨になりそうだとの予報を聞いて出かけておりました。が、4月24〜25日は定例会でしたので、それに合わせてヒマワリの種を植えました。
 二日間で4回の水遣りをしましたが、芽がでるまでの5〜7日は水を切らさないようにと注意書きがあり、雨が降らないとダメかなと思っておりましたら、今朝は「春嵐」のお天気です。 これで大丈夫と安堵しました。
 
 豊根村黒川小学校の時、片道3Kmで往きは晴天なのに帰宅時間になると雨になることがありました。 多分3年生の頃だと思いますが、学校に番傘が生徒の数分揃いました。
 傘が新しい間は傘に塗った油の香りがプーンとしていました。時間の経過とともに、破れ傘が増えてゆきました。 破れ傘から滴る雨の雫が冷たく感じるときもありましたが、厚い油紙で補修してもらい、翌日は紙製のランドセルと傘を背負っての登校でした。
 
 ワイワイとおしゃべりしながら、雨合羽と色とりどりの傘の列が、旗を持った先輩の誘導で新一年生が登校してゆきます。
 庭の花の色はアイリス、イチハツ、ミヤコワスレ、そして藤と紫色に変わっています。
大木の栗と花ノ木の新緑の枝が春嵐に大きく揺れて「いってらっしゃい」と見送っていました。
NO.1                                             平成16年4月26日

はじめに

 このコラムは「大体毎日 時にまとめて 休日多々あり 修行日記 〜イ 一事(時)が万事(時)、万事(時)は凡事(時)」を独立させたものです。
 ・庭の草木の変化  
 ・散歩時に見たこと・感じたこと  
 ・書斎から眺めた大谷山・道樹山のこと  
 ・近所の子供たちのことなど
を書いてみようと思っています。
 短い文でまとめてみたいと思っていますが、さてどうなりますことやら・・・