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 COLUMN 1−D 1790

                            平成23年12月9日・記

     綿帽子を冠って春の到来を待っている



         
          ↑白モクレンの綿衣装が目に入りました。

           

        ↑早とちりの花芽は半分帽子を脱ぎ始めました。

        

   ↑それではとシデコブシを見上げましたが、こちらはまだまだ。

           

   ↑それでも良く良く目を凝らすと、ご覧のように膨らんでいます。

  
 春の到来の事考えていたら、鍬の不足の事を思い出し、購入へ

          

       ↑33年前、家を新築した時に購入した道具です。
  この5つ道具で生垣を予定している所の石ころを拾い出しました。 

      最高時、60種以上の小さな庭木を植え込みました。

 道具は少しばかり無理をしても良いものを購入する教育を受ていましたので、当時としては高価なモノを購入したつもりです。
 
 この間、大した作業もしていませんが、今日まで壊れることもなく・不便も感じずこられましたことに感謝です。

 瑞浪の百姓学校は一切合切農機具は揃っていますので気にもしたことはありません。

 来週予定しているの犬山・羽黒のジャガイモ掘りは5坪程ですので心配いりませんが、来年になると畑が1・4反になりますので、この際、小農機具の買い増しです。

           

         ↑
備中鍬と三角鍬を買い増ししました。

            


 
今年、中古の耕運機、稲刈り機、脱穀機が手に入りましたので、この後運搬車、田植え機が欲しいなと思っています。 コンバインは借りる。

 とは言え、中東からの石油が止まったらどうするのかとの自問をしましたが、其の時は正に上記の農機具の活躍の時となります。

 何時も使ったままで掃除もせず、物置に一直線でしたが、正月前に手洗いしなければと思っています。



 COLUMN 1−D 1789

                            平成23年12月8日・記

     10月25日、豊根村・黒川小学校同級会

        その後



 私が記念写真担当ではなかったが、カメラを持参している者が数人で、幹事より私に指名がきました。

  帰宅後、自宅のプリンターでハガキ大の大きさに焼き増しで幹事に送りました。

 その幹事がその後直ぐに四国に車旅に出かけたようで、高知県のお酒を送ってきてくれた。(酒好きと知れ渡っていると好都合である)

 その後、写真の御礼の電話が入ったり、中には定年後の楽しみに絵筆を手にしている方から写真にしたモノをハガキにプリントして送られてきた。

     

        ↑10月26日、私が撮影した茶臼山1415メートル
          殆ど上記の風景と同じイメージの絵でした。


   そして、本日豊根村の隣、津具村の名品が送られてきました。

         
  ↑「天狗の由来」は奥三河の山々には、昔大天狗が棲んでいて、たくさんの小天狗達が集まっては競って修練を行った。と言う伝説が残っており、そこか『天狗の森のトマト』と名付けられたという。

 津具村は昼と夜との温度差があることは聞いていましたので、きっとトマトの甘さが引き出されていることでしょう。

 今晩は早速、このトマト・ジュースにウオッカをタップリ垂らし込み、「ブラデジー・マリー」と洒落こむこととします。




 COLUMN 1−D 1788

                            平成23年12月7日・記

       ナンキンハゼ街路樹の剪定

 〜丸坊主になっても来春はまた力強く芽吹きます〜



           

  ↑今年は例年に比べて遅くに、市の指定業者が剪定に来ました。

              

                       ↓
              


 これで約1ヶ月間続いた毎朝の葉の掃除から解放される。といっても、全ての家が掃き掃除をしているわけではありません。

    中には掃き集めて近くの畑の肥やしにされている方もいます。

        

   ↑本日でこの通りは終了するかと思っていましたが、陽の沈むのが早く、右側は終了しましたが、左側は残ってしまいました。

 ナンキンハゼの芽吹きは遅く5月初旬ですが、その後の成長は早く、日差しが強くなる6月には歩道に木陰を作ってくれます。

    秋は10月末から紅葉を初め、そして12月の本日となりました。

 何度かこのコラムにも登場しましたが、上記のように丸坊主に刈り込まれてしまいましたが、来春はまた元気に芽吹いてきます。

 これからの寒い間に体内に栄養やエネルギーを蓄えて、そして来春一気にその姿を変えてしまいます。

 寒い寒いと縮んでいず、ナンキンハゼに負けず、この街路樹の下で毎朝の壁当てキャッチボールと素振りを続けようと思っています。



 COLUMN 1−D 1787

                            平成23年12月6日・記

    春日井緑化植物園
         「グリンピア」のクリスマス飾り



 毎年11月の下旬になると、20数年前からこの地区では一番初めに生垣やベランダにイルミネーションを点灯してきましたが、今年はまだです。

       

         ↑グリーンピア内のクリスマスツリーの飾り

  年々予算も縮小しているのでしょうが、今年は事の他寂しいです。
      3:11の関東大震災を考慮しての飾り付けでしょうか。

             

 ↑賑やかに見えるこのツリーも毎年見学に来ている私には、既に5年以上前からのツリーで有り、 色もあせてきており、埃も積っています。

          

    ↑ここの飾り付けは「パセリ倶楽部」と言うボランティアの方々が年に5回の作業をされていますが、其の方々の持ち込みではないかと・・・↓

          


          

 ↑唯一目新しいかったのは物語は忘れてしまいましたが、アラブの国の
 方が、西方に光る星を見付け、これは聖人の誕生を意味すると旅をして。

          

  ↑その後のイエス・キリストの誕生に立ち会うと言う影絵でした。


 前にも書きましたがこの緑化植物園(併設のグリーンピア)は無料ですので、数年前より土日のお客様は増えています。

 大勢の方が楽しめ・話題になるようなイルミネーション飾りをすると良いと思っているのですが、年々寂しくなりガッカリです。

 ところで、我が家のイルミネーションはどうしようかと迷っています。



 COLUMN 1−D 1786

                            平成23年12月5日・記

    瑞浪・百姓学校 本年最後の農作業



            

   ↑段々畑の一番上のカラマツもほとんど葉を落としました。
   ここから、暖かった瑞浪・深沢ですが零下7〜8度の朝となります。

          

      ↑今年も豊作であったサトイモ畑を耕転しました。
 夏野菜のところはきつい草が蔓延っており、耕運機で難儀しました。

          

  ↑この時期に畝作りをしていましたら、校長が来られ『ここには何を植えるのか?』との問いかけです。

 『遠山郷で不耕起農法を学んでいますので、その真似事です』と答えると、「自然循環農法」を唱える校長はわが意を得たりとばかりに、久しぶりに蘊蓄(ウンチク)を聴かされることとなりました。

 来春(3月下旬)、ジャガイモを植え込むところから始まりますが、5メートルの畝を13本仕立てました。

 仲間がいなくなりましたので、再びひとり作業ですので、全てがジャガイモと言う訳には参りません。 

          

   ↑ニンニクと玉ねぎは捕植をしていますので100%の活着です。
      校長の奥様から今回も御褒めの言葉を頂きました。
                エナジー水を散布。

          

          ↑本日の収獲の一つジャガイモです。

 大きければ良いというものではありませんが、2週前に収獲、味も良し。

 2週間後は更に大きくなっていました。中にはパンクしているモノあり。
       秋ジャガイモとしてこれまでで一番の出来栄えでした。

   本日を持って瑞浪・百姓学校は本年最後の農作業となりました。
       2週に一度の行楽と楽しませていただきました。



 COLUMN 1−D 1785

                            平成23年12月4日・記

     12月3日、波動の会

          12月4日物置の塗装



  12月3日、波動の会の例会と忘年会を兼ねた集りで有ったが、地元行事や急に会社の要件等が発生し少人数の会となった。

 よって、例年はタイトルをつけていない1月7日を新年会を兼ねると言うことで案内を出すこととなった。

 それにしても様々な事が発生し・起こった1年で有り、まだ残された4週間の間にも何かが起こりそうな世界の情勢です。

 来年はどのような状況・環境で年末を迎えるのだろうかとの話も出ましたが、今この時とは様変わりしているとそれぞれが予測はしているものの、このようになるであろうとの発言はなし。

 メンバーの一人から『この頃の加藤さんのブログは政治・経済・社会を取り上げることがほとんどなく、自然との対応が多いですね』と言われた。

 強いて意識しているわけではないが、意志や目標が明確でなく揺れ動く
情勢に色々と思い・発言する事よりは自然との対話の方が今の私の気持ちにピッタリしている。

 なお、メンバーの一人から奥様が遠山郷の霜月祭りに行きたいと言っているという。 早速、地元に電話して日程と宿の事などの案内を受ける。

 奥様は日本の伝統行事や祭りに詳しく、また両親・兄弟もその方面の知識を豊富でに持っておられるようだ。

      どのような感想が聞かれるか楽しみだ。
 
 本日(12月4日)は木沢のとなり、熊野神社の霜月祭り、遠山藤原学校のメンバーも数人氏子としてか活躍することになっている。

     私は来週10日に木沢の霜月祭りに参加する予定。

 12月4日

 昨夜は珍しく波動の会の2次会は日本酒で有った。 帰宅して定番のウイスキーのロックを飲もうと言う気分に成らなかった。

    夜中に一度起きたが酒が残っている様子はなかった。

     枕元のメモに本日の作業予定が3項目書かれていた。
 1、収獲してきた野菜を水洗いすること。
 2、エナジー水を庭の畑に撒くこと。
 3、物置の屋上のペンキ塗りをすること。

 3のペンキ塗りが一番厄介だ。 埃だけでも払っておこうと脚立に立つ。
 
 ペンキ箱を覗くと数年前に相方が何処かの店の閉店セールで購入してきたものがあった。 最初の価額表示は980円、その次が450円。

 そして、購入してきた価額であろう150円の値札が貼り付けてあった。
 これなら失敗しても問題なしと蓋を開ける。 上澄みが水分となっていたが底から掻き混ぜると結構いけそうな色合いと状態となった。

 物置は住宅と同じ年に建てたから既に34年経過している。その間に一度塗り直しをしているから2度目である。

 1度目の塗装の時、物置の屋上強度の弱いところ(踏んではいけないところ)が数カ所凹んでいる。
 其れから10年が経過し、更に柔軟性の低下を感じながら塗装した。

 この年で智恵が付いたということはなかろうが、バランスが悪くなった事により無理な態勢での作業は控えた。

  横板を物置の屋上に置いて作業、思いのほか上手くいった。
  無理するよりは一歩引いて事に当たることの必要性を感じた。


 COLUMN 1−D 1784

                            平成23年12月2日・記

         初冬を迎えた花たちは・・



         

   ↑毎年御近状の方からお貸しいただいている菊も色変わり始まる。

        

   ↑我が家のケイトウもスッカリ色あせ、雨に濡れてゲンナリと。


          

   ↑ナンキンハゼの街路樹の下の南天が真っ赤になりました。

         

 ↑今年何度目の登場でしょうか、ナンキンハゼの街路樹、紅葉が遅れていた左側も落葉盛ん、右側は既に枯れ落ちた木もあります。

 毎日眺めていますと、日々変化して行く様に世の変化と、己の心根の移り変わりとダブリ、今年はなんと書こうかと年賀状の準備の時となりました。

 

 COLUMN 1−D 1783

                            平成23年12月1日・記

     1年分の庭の残骸を処理する



 昨日は日中に気温が20度を超すほどの暖かさ、上着を一枚脱ぎ散歩をしました。

 今朝は寒冷前線が降りてくると言うが、今のところそれ程でもありません。
 特別に何をしたという訳ではありませんが、今年は10年前に作成したプランターを置く台が腐りましたので、新しいものに作り替えました。

 そして、生垣のイチイの木が一本枯れ、その跡に花桃を植えました。

 結果、其の廃材と枯れたイチイの木が庭の隅のバーベキュー用のコンロの側に積み上げられていましたが、周りの木々の落葉が始まり目立ち始めましたので燃やすこととしました。

          

  ↑焚火の炎が勢いよく登りますと、その火を眺めているのが好きです。
 
          

        何もしないでも、何時までも眺めていられます。

       
        http://www.youtube.com/watch?v=N0YLIq2tM-A         
    ここで、炎の動画を掲載するつもりでしたが、反応しません。
 一度の教わりで、その後可能になることは有りませんので、又いつか。        



 COLUMN 1−D 1782

                            平成23年11月30日・記

     やっと終了しました、大豆の仕分け



           

            ↑やっと、袋詰めが終了した大豆

 ポットへの種まき、定植、土寄せ、(枝豆収獲)、大豆に成長し稲架へ、そして鞘打ち、更に天日干して、ゴミやクズ豆の仕分けと大豆収獲までの全工程を初めて経験しました。

 稲架に架けるまでは大したことは有りませんでしたが、鞘打ちからの作業が大変でした。 収獲時11Kgでしたがゴミやクズ大豆を仕分けすると約10Kgとなりました。

            

 メンバー6人で共同作業をしていますので、一人当たり1・6Kgの配当。

 時間をかけて仕分けしたつもりですが、料理の前に更にもう一度選定する必要があるでしょう。

 全く機械化されて居りませんので、昔の作業と同じことをしたこととなります。 手打ちの鞘打ちも大変でしたが、最後の仕分け整理が更に大変。

  これで煮豆などの料理になった時、一層おいしく頂けそうです。

  味噌づくりなどとの声も聞こえていましたがどうなりますか?

 次回の名古屋たまり場に戦後の買い出しよろしくリュックに背負って持参します。 味噌も良いが、昔、田舎で藁に包み、炬燵で納豆を作ったことを思い出しました。

  今の我が家は炬燵のない生活ですが、何か工夫をしてみましょうか。



 COLUMN 1−D 1781

                            平成23年11月28日・記

   11月の遠山郷・藤原学校は
     
   「遠山郷の歴史をたどる」 11月26日〜27日  



          
   
    ↑中央高速道路・飯田ICを降りますと、リンゴが迎えてくれます↓

            


         

      ↑森林鉄道の復活・梨元ていしゃばで線路敷設作業

  この週の遠山郷は4つのイベントが重なり地元衆は大忙しです。

         

        ↑その2は中学生の旧木沢小学校での野外研修

  彼らは小学校5年の時、この旧木沢小学校で野外研修をしました。

  中学を卒業して進路がバラバラになる前に、もう一度と言うことで今回の研修となりました。 河原から石を拾ってきて石焼バーベキューや校舎の内外の清掃等2日間を過ごしました。

  其の他のイベントは和田地区での御抹茶の会、そして藤原学校です。また、12月から始まる霜月祭りの切り紙の用意と手分けしての対応です。

           
 
 ↑藤原学校観光農園には「エナジー水」製造の複合発酵プラントがバージョンアップして設置されました。

 4次発酵までしますと、汚水が水道水と変わらない程に浄化されます。


 今年の5月から10名以上で沖縄からの団体客が3度目となります。
  今回は若い方が多かった事もあり、最初から雰囲気が異なりました。
           

 ↑その一つの表れが宴会の席で藤原先生を囲んで輪が出来ました。↓
  
           

 ↑輪の出来た場所の壁に『前に』という書が掲げられており象徴的・・。。

         

         ↑と言いましても、最後は盛り上がりました。

       

   11月27日 「遠山郷の歴史をたどる」

   
          

            ↑秋葉街道・梁ノ木島番所へ

        

   ↑遠山谷に陽が射すのは遅く、午前8時半朝霧の中を番所へ

 秘境遠山郷のそのまた秘境「梶谷地区」へ

         

   ↑急斜面に石積みされ、張り付くように建てられた家、緑は茶畑。

      遠山の地元の方も訪れたこともないという「梶谷地区」
      この地区は1000年前からの記録が残っております。
       (縄文時代からの遺跡も出土すると言うことです)

 お母様がこの地で生まれ、育ったというIさんのご案内を受けました。

 昭和30年代までは有る製紙会社がこの地の木を切り出す為に1000人ほどが住まわれていたと言うが、今は地区に数軒と言うことです。

   

      

 この地区の石仏は「神様王国」の遠山・和田地区と姿が異なります。
           しかも、素人の手彫りのようです。

  山を越え、山から降りてきた人々が開拓した地区ではないかと予測。

 京を追われた平家の落人であったり、鎌倉武士に繋がる言い伝えや資料もあると聞きました。

          

 ↑梶谷川を挟んだ反対側は石垣も崩れ、家屋の跡地は苔生して・・・↓


          


          

           ↑其の地で鎮魂の神楽を奉納
    
          

    ↑地区の中心地となる「三条神社、関野神社」も御参り

         


  かつての旅籠(民宿)・島畑

              

   ↑6年前まで、秘境の御宿としてマスコミに取りり上げられた、秋葉街道・青崩れ峠の入り口で旅籠(民宿)を営業していた「島畑」。

  母屋の裏には街道を行き来した馬を繋ぐ厩跡も現存していました。

 ここに国道152号線のトンネルが開通するということで、来年には取り壊されると言う。松の大きな梁の御宿、もったいないと感じた。

          

     ↑昭和26年に御嫁に来たという奥様のお話しを伺った。

 現在「島畑」さんは6年前まで村営宿泊施設であった「やまめ荘」が民営化され、そこに営業移転され多くの御客様を受け入れておられる。(私達が一番お世話になる宿です)

 奥様は今も現役で働いておられ、立派な旧民宿にお住まいされている。
 『嫁に来た頃は川の流れの音に眠れなかったが、今は子守唄』という。

 旧の島畑旅籠から現在の島畑旅館までは山道を歩いて1時間以上かかる、そこまで買い物に出かけたという。『当時は特別のことでもなかった』と語られた。

 遠山郷に4年近く出入りしているが今回は初めて経験する場も訪ね、時代の転換期にこの遠山郷から何かが発信されると言う意味合いの一端を感じることが出来ました。

  
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