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 COLUMN 1−D 1830

                            平成24年1月23日・記

        街路樹が問題となっている

  〜我が家の栗の落葉も最終盤になりました〜



 春日井市内には街路樹がある路線が市道だけで約200路線。 ナンキンハゼ、トウカエデ、イチョウそして春日井の市の木”欅”など50種12000本余が植わっているという。

 「紅葉を楽しみにしていたというのに枝が払われてしまった、街路樹の意味がない」という意見もあれば、「風が吹くたびに葉が舞い落ちる。 吹き溜まりになっていて、多い日には一日3回、掃き集めなくてはならない」との意見も聞かれる。

 高蔵寺ニュータウンを新緑の頃訪れる方は、なんと素晴らしいケヤキ並木だと褒めていただき、住民として晴れがましい気持ちになる。

 我が家の前の街路樹はナンキンハゼです。 春遅く枝を伸ばし、暑い夏は涼しげな木陰を作ってくれ有難いと感謝しています。


 そのナンキンハゼンの紅葉が終わり、葉を落とすと市の指定業者が枝切りに来ます。 スッキリした街路樹は冬を迎えることとなります。


 さて、そこからです、その頃我が家の庭隅の栗の葉は枯れてこそしていますが、ビッシリと何十万枚の葉が残っています。

 12月に入るとひと雨降ればその葉が落ちます。 12月も後半になると気温が零下近くなった朝は道路一杯に落葉です。

 其のたびに掃き掃除をするのですが、風の強い日などは掃くことはできません。 向こう3軒両隣といいますが、飛ばされた葉がご近所の玄関先に吹き溜まり申し訳ない気持ちでいっぱいです。

        

      ↑1月22日、やっと栗の葉の落葉は最終盤となりました。

 溝に掃きだめした葉を庭の畑の肥やしにもしますが、それ以上の量で溝で焼却してしまうこともあります。(本当は違反ですが・・・ゴメン)

 数年前、近くのお婆ちゃんが、『散歩の時、この栗の木の下でお休みできるのが楽しみだ』と言ってくれたことがありますが、栗のイガが落実する頃になりますと、”イガ落下注意”の札をぶら下げることとなります。

 何度か切り倒してしまおうかと思いましたが、御近所の方も含め色々なご意見があり、今日に至りました。

    木に登って作業できるのも後何年だろうと見上げています。
 
 松の剪定、藤棚のペンキの塗り替え、シデコブシの剪定等、毎年繰り返される自然との対応が健康維持になっているのだと感謝です。

          

   ↑栗の木の下、通学路に配したサクラソウ、最初の一輪です。



 COLUMN 1−D 1829

                            平成24年1月22日・記

 このところ「腰痛」の痛みを訴える方が多いですが



 本日メールやブログ、フェイスブック、ツイッターを読んでいますと、知人・友人に「腰痛」の痛みを訴えている方が多いです。

 今年はインフルエンザが愛知、岐阜、三重の東海地方に多いことは聞いていましたが、ある人などは「腰痛は伝染するのか」と書かれている方もいました。
 
 私も全く腰痛とは無縁とはいえません、20数年前、頸椎症(今も完治していない)を患っていた時に、気分転換の為にゴルフをしました。

 その時に、不自由な足をかばって打っている間に腰に異変を感じるようになり、その後も無理をすると腰に違和感を持つようになりました。

 直ったという訳ではないですが、もう10年以上朝のストレッチ時に腰回しを取り入れています。

 右回り33回、左回り33回、続いて右回り22回、左回り22回、更に右回り11回、左回り11回です。 33、22、11、という数字に確たる意味はありませんが、いつの間にかそうなりました。

 その後、スクワップを55回をして、更に上記の腰回しを再度行います。
    その後、寝転んで柔軟体操を取り入れたストレッチをします。

 神棚に御参りする時に「般若心経」に合わせて、左右に回し、「消災呪」に合わせて膝曲げのスクワップ、「延命十句観納経」に合わせて両手を腰の横でブルブルと振ります。

 以上を全部しますと50分近くなりますので、腰回しのみを実行してみてください。 ただし、最初は少なめにして、徐々に回数を増すことを提案します。
 初めから頑張りますと、かえって悪くすることがありますから。

 上記が面倒な方は、歯磨きをしながらスクワップをする、あるいは踵の上げ下ゲをするというように、日常生活の中に運動を取り入れることをお勧めします。
  そして、なんといっても続けることです。「継続は力なり」です。

          

                 ↑寒アヤメです。


 COLUMN 1−D 1828

                            平成24年1月22日・記

   国民総幸福の国ブータンより年賀状届く
 
〜本日中日新聞・社説タイトル「去りゆく団塊世代」〜



 1980年の後半、香港で一緒に働いていた仲間から、国民総幸福(GNH)の国ブータンから年賀状が昨日届いた。

 彼は55歳の役職定年で30数年務めた会社を離れ約1年後、乞われて大手スーパーマーケットの役員に就任した。 2期4年勤めて退任された。

 その彼の2011年の年賀状は『私は1月6日より2年間、悲願であったJICAのシニア海外ボランティアとしてブータンのパロという町に行くことになりました。

 ブータンはインドと中国に挟まれた人口70万人の小さな国です。 国教を仏教としている唯一の国で、親日的で顔つきも日本人に似ています。

 ブータンンでの仕事は農産物加工のマーケティング、製造、物流及び販促などの指導です。 私の知らないことも多くあります。

 皆さまの支援を頂くことも多くあると思われます、その節はよろしくお願いします。 62歳になっても「ラマンチャの男」です』とありました。

    そして、昨日そのブータンから年賀状が届きました。
 メールアドレスは日本のそのままだったのですが、其れを忘れて日本の自宅に年賀状を送ったので、ご家族の方が転送していただいたのでしょう。

      

    ↑ブータンの切手です。多分昨年新婚旅行で王妃と共に来日し、其の爽やかさと実直さで人気をはくしたワンチャック国王と思われます。

     

 ↑彼の家から車で30分、更に徒歩で3時間登った所にある「タクサン」という有名な寺院だそうです。


 本日の中日新聞の社説のタイトルは「去りゆく団塊世代」でした。

 そして 『団塊世代は、もうお払い箱なのでしょうか。 60歳以上の男女を対象に地域社会への参加に関する意識調査によると、「何時まで働きたいか」の質問に「65歳まで」が約2割、「70歳以上」と「働けるまでは何時までも」が7割強を占めたとあります。

  本日紹介した彼は来年の1月に帰国予定ですが、まだ64歳です。

 どのようなお話しが聞けるか楽しみであると同時に、『加藤さん、これからですね』との声が聞こえそうです。

 本日、遠山郷藤原学校には藤原先生以下数名のスタッフと地元の方が本年の計画打ちあわせと、今年最初の盛り上げ会が開催されていることでしょう。

          参加できなかった事が残念です。


 COLUMN 1−D 1827

                            平成24年1月21日・記

   中部大学・定年退官教授の最終講義が続く

 {先に生まれたから「先生」と言われるならば・・・」〜



 このコラムNO1824でこの3月定年退官される教授の司会による「シンポジウム 「映画・映像のパラレルワールド」を紹介しました。

 この教授の最終講演も開催されることだろうが、まだ手元に届いていない。 その前に今月24日、聴講生ばかりで「送る会」を春日井市勝川のホテルプラザで開催される。

 さて、昨日は25年間中部大学で教鞭をとられていた鶴田正道教授の最終講義が開催されました。

 そこで紹介されている経歴を見ますと教授の卒業論文が「ワーグナー研究;楽劇以前」です。

    専門はオペラで全国紙に音楽評を担当されていました。
 特に「春日井市交響楽団」と「春日井市民の第9演奏会」の音楽監督を歴任され、クラシック、オペラなど全く畑違いの私でもそのことは存じ上げていた。
 其の他、愛知環状鉄道の4都市を結ぶ「愛環音楽連盟」の理事長や「名古屋モーツアルト協会」顧問など、数え切れない要職に就かれています。

 かねがね、春日井市に中部大学が存在することの意義は大きいと発言していた者として改めてその功績を認識させられました。


 1時間半の最終講義の為にB5版で150ページのレジュメというよりは参加者へのお土産ともなる冊子が配布されました。

 音楽を例に引きハイデガーの著『存在と時間』の「人間存在」について講演をいただいたのですが、私の記憶に深く残っている言葉は以下のことでした。

 『この有為転変の世の中でさえ、確実で、間違いないことが2つあります。
 其れは、「人間は必ず死ぬ」ということと、其の後の世界は「後輩たちが受け継でいく」という、この2つです』

 「先に生まれてきた私たち」(これを「先生」といいます)は、生きている間に、これから後の世界が、今よりもより良い、幸せな世界であるように、若者たちを教え、育てて行く義務があります。

 後輩たちもまた、先生方の善き教えを守る義務があります。』でした。

          

         

 帰宅し、一夜明け、再び最終講義で頂いた冊子を手にしながら、「先に生まれたから「先生」か」と呟いています。

 まだまだ多くの諸先輩がおられるますが、全体からみれば後から生まれれ来られた方の数の方が圧倒的に多いことは明白です。

 では、私は何を後から生れて来られた方達に、どのような事を伝え、残された人生でどのような行動をとるべきか考えさせられている今朝です。



 COLUMN 1−D 1826

                            平成24年1月20日・記

      23年度の確定申告の入力終了



 6〜7年ほど前から確定申告は「e−TAX・国税電子申告」を利用しています。
 自宅から小牧市の所管税務署に行く手間が省けることよりもさることながら、待ち時間がないのがなによりでした。

 とは言え、当初はパソコン自体にも慣れていず、当局のシステムも間違いがないようにという考え方からでしょう大変面倒であり、何度かもうやめようかと苛立ちを覚えたこともありました。

 が年々改良され、こちらも慣れてきたこともありスムーズに運ぶようになりました。 とは言え、1年に一回のこと、ポイントを忘れてしまい思いだすのに時間がかかります。

 それでも、申告すれば幾ばくかの還付金もあり、入力を終えた時には大変儲かった気分になるから不思議です。(納め過ぎが戻ってくるだけだが)

            

   ↑20数日ぶりの雨、ロウバイの花5部咲きとなって・・・

 だが、確定申告も今年が最後になりそうです。 国民年金(基礎年金)、厚生年金、そして企業年金の3段階方式の第3段目に当たる企業年金が昨年末で終了したからです。

 6年前、企業年金を10年で受け取るか、5年で受け取るかかの選択肢がありましたが、其の時5年を選んだのでその時が来たということです。

 この部分(段階)に所得税がかかっており、その還付ということでした。

 今年からはその還付に当たるところもなくなり、懐寂しくなるが世の中の情勢を眺めていると、それどころではないと思わずにはいられない。

 社会保障と税の一体改革といっているが、今の政治家、官僚、学者、そしてマスコミも入れて、これまでの仕組み、制度にいくら手を入れても本質的な解決策にならないと考えています。

 ここまで、其れなりに恩恵を受けてきた者が言える立場にはないが、どのような理念、価値観でこれからの国の方向付けをするかの根本的な合意形成がないことには前には進まないと考えます。。

 真に持続可能な社会の実現、共存・共生可能な社会にとってのエネルギー問題、食糧問題(第1産業の再生・復興)、自然との共生、地球規模での共生の理念の合意・共有なくしては既に行き詰まっている地球規模の問題解決にはならないと考えるからです。

 容易に合意形成などなされないだろうが、少なくとも理念・価値観・方向性の提示がなされなくてはと思いますが、既存のリーダー達を見ていると既得利権にしがみ付き自分本位で、課題の先延ばしと目先の対応に終始しています。


 参加している波動の会に置いても、政治のあり方や、官僚制度への不満、経済の仕組みなどについての議論をしていましたが、3年前からそれらの議論・会話に入り込むことに熱が冷めてしまっている私です。

 ここは自主・自助精神で事に対処する時に来ていると思えてならず、まずは健康第一に、鋤・鍬を手にして汗流すことと改めて考えています。

          

 それにしても、年金生活者のスズメの涙の税金はどこに消えているのでしょうか。



 COLUMN 1−D 1825

                            平成24年1月19日・記

   エホバの証人の訪問者とお話しをする



  庭の隅の畑。絹さやエンドウの支柱と網を設置していました。
   
    向かいの歩道を見かけない二人ずれが歩いてゆきました。
    二人ずれは70代の高齢の男性と30代半ばの女性です。

 年に1〜2回玄関先で、直接お会いしてお話しを聴く機会がある”エホバの証人”の方ではないのかなと思いましたが、組み合わせが何時もと異なるので直ぐに忘れていました。

 エナジー水の散布も終わり物置に道具と片付けている時、そのお二人が声を掛けてきました。

     寒くもないので、駐車場で立ち話を15分ほどしました。

 曲がりなりにも中部大学で宗教学や特に注目している教授の専門分野の一つにキリスト教がありますので、4年間で7〜8回の講義を受講していますので基礎知識はあるつもりです。

 当時の歴史、聖書、イエス・キリストのことなど、エホバの証人の方のお話しは殆ど何を言いたいのかは理解できました。

 私との受け答えの結果でしょう、『何処かで聖書のことを学んでおられますか』との問いかけがあり、大学の聴講生として学んでいることを告げました。
 
 「これからの世の中どのようになるとお考えすか。 また、今のような世相・時代になったのはどうしてでしょうか』との問いかけがありました。

 『欲でしょう。我欲でしょう。 ここは一度天が地上を崩壊させることによって、明るく希望に満ちた時代の到来となると考えています』と答えました。

 其の他、色々な問いかけを頂きましたが、このところ持論としている、「今は各自手に鎌と鋤を持って、汗すること」と考えていますと話しました。

 終わりがけになり、私が『昨年の3:11大災害以降、聖書に興味を持たれる方が増えたのではないですか』と尋ねましたが、特に変化はないということでした。

 高蔵寺ニュータウンには”ものみの塔・エホバの証人”の方が550人おられるそうです。
 世界中では770万人とのこと。私は『70億人全ての方が、エホバの証人になれば、これからの世は明るいですね』と言いますと、思っても・考えてもいなかったのかのでしょう、何倍になるのでしょうかと計算されて居られました。

 私はキリスト教徒でも、エホバの証人でもありませんが、彼らはほぼ毎日各家々を訪問していることを知っています。

 ほとんど場合固くドアーを閉めたままか、出て来られても数秒でお帰りになる所をお見受けしていますので、可能な限り対応することにしています。

 押しつけられるのは嫌ですが、彼らとの会話には心安らぐ所もあります。



 COLUMN 1−D 1824

                            平成24年1月18日・記

  シンポジュウム「映画・映像のパラレルワールド」



    昨日で持って今期の中部大学の講義が全て終了した。

  後は歴史研究会の顧問教授の最終講演と24日に今期で定年退職される教授を送る会のみである。
       
 この教授の講義は絵画や映像をふんだんに活用しての講義で大人気、今期は特別に聴講生を対象としたスペシャル講座が開設されたほど。

 その教授が司会を務めるシンポジュウムが開催されると言うので、一度帰宅した後午後の5時半からのシンポに参加した。

 パラレル・ワールドとは、この現実世界に並行するもう一つの世界を言う。 現実と重なりそうで、しかし交わらない世界、別様な世界。異界の世界かもしれない。

 映画・映像・動画像の可能性と未来を見つめるとパンフレットにあったので参加しました。

 「日本時代劇」の研究をされている女性教授の話は、市川雷蔵、市川右太衛門の話が出てきて、理解もしやすく面白かった。

 その時代劇も昭和30年代をピークにその後下降線、そのような時代劇のみならず映画自体がテレビや新たなメディアの登場で大苦戦している。

 そこに行くと日本のアニメは世界中で大評判と聞いていましたが、他の教授が示すデーターからはフランス、米国に置いても5〜6年前がピークで今は横ばいから低下傾向にあり、日本アニメの厳しい現実を教えられた。

 教授曰く、『色々な理由はあるだろうが、その一つに「感覚」があると指摘していた。 日本人の感覚と他の国の人々も同じ感覚であろうとアニメを制作していることが厳しさの現象の一つであろうと・・』

 ドラエもんが受け入れられたのは、共通する夢を提供していたからか?。
 日本人の感じる「可愛さ」という感覚は国ごとに異なる事を知って、制作にあたらなければと言っておられた。


  映画館という限られた空間で、うしろの映写機により映し出される前面の映像と対峙している安心感と集中心がスター=英雄を生みだしてきたのではないか。(他の娯楽もなかった昭和20年代後半〜30年代)

 鞍馬天狗の嵐寛寿郎、悪人をバッタバッタとなぎ倒す片岡千恵蔵、市川右太衛門、大友柳太郎などといっても通じるひとは一握り。

    時代が降って、三船敏郎も石原裕次郎も今はいない。
 
 明るい・色彩豊富な生活空間の中での映像との対峙は、今後どのような展開をするのだろうか。
 
 映画館には滅多に行かないが、テレビ映画は週に2本くらい鑑賞する。

 30年前、40年前、時には50年前の映画を見る。その時代の外国の風景や生活のあり様も解り、活字からでは伝わらない世界との出会いに、これからの時代の様を想像する楽しみの時間であります。




 COLUMN 1−D 1823

                            平成24年1月17日・記

      沖縄・石垣島からのメール届く

       〜元気牧場のお馬さん〜



 昨日、このコラムに登場した「しあわせ創庫」の代表者から、『今、沖縄・石垣島にメンバーと来ています』とメールが入ってきました。

 詳しいことは判らないが、私は間違いなく北陸にメールを送信したのだから、多分転送されるようになっているのだろう。

 今という時代便利になったと言え、リーダー・責任者とは大変だ。

 どこにいても、直ぐに対応が可能な状態にしておかなければならないのだろう。
 
 私の携帯電話は友人・知人から「携帯電話ではなく、不携帯電話だ」と揶揄されている。 自分の方から掛ける時以外は、殆どOFFになっているからです。

 沖縄といえば、今月の26〜28日、沖縄・浦添市にゆきます。
 昨年、沖縄から団体で3回、遠山郷の藤原学校に参加いただきましたので、その返礼も兼ねての沖縄旅行です。

 遠山郷の限界集落のことを学び、自分たちのこれからに役立てるとのお話しでした。 きっと、逆に私が現地を踏むことによって新たな気づきがあるのではと期待しています。

 
 一方、しあわせ創庫の責任者の方のメールに、彼が発行するフリーペーパーにスポンサーの料亭さんやお菓子屋さんから自店のお店のページを掲載してほしいとの依頼があり、今回それらが掲載されていました。

 ”右肩上がりの売り上げ計画を止め、楽しくやるのが一番”の経営スタンスに共感されたのでしょうと、今まだ石垣島から八重山諸島に移動中の彼に届くだろうメールを発信しました。

        

           ↑散歩道に「元気牧場」があります。
 かつては何処かの競馬場で競走馬として活躍していたと聞いています。

 開田高原の木曾駒と会わせ、競うこともなくユッタリと過ごしています。
 時に、障害者を背に載せて、馬場をこれまたユッタリと廻っています。

          

 力持ちなのに、早く走れるだろうに、今は第2の時を充実して送っています。 穏やかで・優しい眼差しに癒されます。


 COLUMN 1−D 1822

                            平成24年1月16日・記

   これからの結婚式はこうなる!大胆予測

     〜”しあわせ創庫”代表者の意見〜



 かつて、机を並べていた仲間が家業を継ぐために北陸に帰郷した。

 呉服店の後継ぎであったが20年ほど前から貸衣装から今では総合結婚相談をご夫婦とスタッフで営まれている、ここ数年多くのお客様に喜ばれているようだ。

 2年に一度ほど突然私の自宅を訪れてくれるのですが、昨年の夏ごろ、これまたご夫婦で訪問してくれました。

 今年の年賀状はイタリア・ヴェニチアの写真がご夫婦で登場していましたので、充実した日々を送っておられることでしょう。

 その彼から2008年1月に創刊された「MARRY ME」のタイトルのウエデイング専門のフリーペパーの第5号(2012年版)が送られてきました。

 巻頭にあたる所にこのような事が書かれていました。

 『これからの結婚式は@何処までも夢を膨らませる「ゴージャス婚」、A身の丈の結婚式を価値観にする食事会中心の実質主義「大人婚」、 Bパーティーのノリを楽しむ友達中心の「会費制婚」 、Cお手軽にお写真だけでお済ましになる「省略婚」。

 今北陸エリア・日本海側の幸せ度が上がっているという。
 戦後追い求めてきた物質社会の追及、便利さの追求、自由主義個人主義の追及が破綻しかかっている。

 勝手気ままより、地域での絆や共生という生き方がもう一度復活してきたのだと思います。
 最後に色々な選択肢はあろうが、こういう時は「土」に戻れが鉄則なのではと思います。

 しあわせ創庫(会社名)も10年前より右肩上がりの売り上げj計画は放棄しました。 働いてくれるスタッフが楽しければ、素晴らしい人生を送ればというスタンスで経営しています。

 結果、売り上げも利益もソコソコに推移しています。 お客様とスタッフに感謝です。」と結んであった。

〜このような考え方・価値観で相談に乗った、あるいはプロジュースした結婚式に参加してみたいものだ。

 



 COLUMN 1−D 1821

                            平成24年1月15日・記

     誕生日メールありがとうございました。
  

   〜犬山・羽黒、本年の農作業が始まる〜 


 昨日は私の誕生日でした。 ファイスブックが世に普及しているからでしょう有難いことに多くの方から「お誕生日おめでとう」のメールを頂きました。

 頂いたのは有難いのですが、それに返信をするのが大変でした。

 というのも、何処をどのようにすればよいのか判っていないことと、相手様も慣れないのか一度ならず二度目の送信もあり、その内容が少し異なるので、それぞれに反応をしなければならないのかと判断が付きかねました。

 返信忘れの方もいるかと思います、その場合は「ごめんなさい、ありがとう」とここで返信の代わりとさせていただきます。


 犬山・羽黒の農楽倶楽部のこと。1月15日

 
本日は現場での最初の集まりです。 

 『昨年の12月26日に借家で良いから農機具の置き場が欲しいですね、更にもっと積極的に上物の承諾が頂ける借地に小屋を建てるのはどうでしょうか。 』とメンバーにメールを送って置いたのですが、其れが現実化しました。

          

 ここにメンバーの一人が2台のコンテナを移動してきて、両架で雨・露を凌げるようにすると言うのです。↑  ↓現地・たまり場が可能です。

         

       思いは通じるものだとはいえ、あまりの早さに驚きです。

         

           ↑新・羽黒・5号の6畝の畑です。

         

            ↑新・羽黒・6号の4畝の畑です。

 更に、昨年から「借りてくれないか」とお話しがあった羽黒4号の6畝の水田も、本日契約に行くこととなりました。

 これで水田が2・3反、畑が1・5反です。昨年が水田0・9反、畑がT反でしたので、72%増です。

        

  ↑本日はT・1反の1号地に稲藁を押切で裁断し播き、耕転しました。

 その時の作業中の会話ですが、押切で裁断し、満遍なく撒き散らすだけなのですが軽く汗がにじみます。 

 そこで『昨年は耕転し、田植えをし、除草し、稲刈りし、稲架に架け、脱穀をした。そんなにも作業をしたのか』と振り返りました。

 同時に、みんなが異口同音に口にしたことは、配布したお米の味のことでした。 自宅で消費した者、近状にお裾分けした者、兄弟に配った者と様々でしたが、『みんな御世辞ではなく美味しいと言った』ということでした。

 私自身も美味しいと思いましたし、息子たちも美味しいと言いました。

 普段購入しているお米も他の市販のお米と比べても高価なものですが、其れにも勝るとも劣らないと感じていましたので、メンバーのみんなもそのように感じ・思っているのだなと改めて美味しさを確認しました。

 やる気は満ちていますが、農業体験もなく参加されて来られた方も2年目となるとどのような反応になるのでしょうか?

 また同時に、世の中はどのように変化し、私達の行動にどのような影響を与えるのでしょうか。
 
  
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