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                                   平成19年8月4日 記
                                   
 

 『選挙は終わった時から始まる』

 〜「カーティス教授の参考書」〜
   平成19年7月27日 中日新聞 朝刊より



 〜『選挙は終わった時から始まる』と民主党の党首小沢さんを真似たわけではありません。 最後までお読みいただければ何が言いたかったのかお分かり願えると思います。

 さて、その前にカーティス教授を紹介します。 ご存知のように米国コロンビア大学の教授で、中日新聞の本社客員。 「時代を読む」、「座視」などのコラム欄へ投稿されておられます。
 今回の「カーティス教授の参考書」は、参議院選挙を前に12回に渡り連載されてコラム欄です。 その最終回の内容を紹介します。

『「こんな女に誰がした」と言うフレーズがサビになった懐メロ(『星の流に」)があるでしょ。これ、大好きなんですよ。(中略) 占領時代の悲しく、切ない歌です。
 
 今でもよく使われるフレーズです。 「こんな国に誰がした」とか、ね。
 歌の女性は敗戦後、生きるためにやむを得ず身を落としていったんだけど、今の日本を見て、誰がしたと問うのであれば、私は国民、それも有権者だと思っています。

 日本は必死に頑張った、立ち直った、経済大国になった。世界が羨んだ。 がバブル崩壊後「自分達はだめだ」「こんな国に誰がした」と自身を失ってしまったように見える。
 だから安倍首相の唱える「戦後レジームからの脱却」と言う考え方も出てきたのでしょうが、大事なことは脱却することではなく、脱却してどんな未来を作るのかということです。
 国の未来を示すのは政治家の仕事ですが、その政治家を選び、評価するのは有権者の仕事です。
 政治不信で「選択肢がない」という声がありますが、それは政治と向き合って初めて言えること、投票を棄権することは、政治から逃げること。
 投票日にはあなたの意思を示してください』

〜「我が意を得たり」の発言です。
 「たった一票で何ができる」とか、「どうせ、変わりはしないのだから・・」あるいは、「国は、政府は、政治家は何も情報を国民に与えないで、判断のしようがない」、その声がマスコミ批判にもつながり「一部の政党や政治家と裏で組んで、世論を煽っている」などの声を多き聞きました。

 その度に、だからこそ、ここでの一票が必要なのだといい続け、今がチャンスだ、世界が変わろうとしている、日本も先駆けて自らを変革していかなければいけないのだと口にしました。
 それが十数年続いて『オオカミ爺』と字を頂くことになった。 甘んじて受けてはいたが、さてやっと到来したこの時をどのようにするのかは、またまた私たちの問題です。

 国をどのような方向持ってゆこうとしているのか、その道筋を示しているのか、しかも多くの人々の共感・理解・納得の行くような時間と説明がなされているのかを監視し、意見具申していかなけらばならないと考えています。

 今の政治家や高級官僚(中間層もその背に隠れてに、姑息なことをしている)、新利権に有り付こうとしている輩も有象無象いる。
 ここで、私たち何千万の目と行動が求められていると考えます。

 
『選挙は終わった時から始まる』のです。 「選挙」を『国づくり=持続可能な・あらゆるものと共生する社会』と置きかえらばよいのでないでしょうか。
 
 

 COLUMN 1−D 259
                               
                                   平成19年7月30日 記
                                   平成19年8月4日  追記
 

 参議院選挙後に目にとまった活字

  〜その後、放置したままでした〜


 <日本変わるには自民崩壊が条件> 独紙が論評
                    
中日新聞、ベルリン=三浦耕喜

「30日付けの「南ドイツ新聞」は日本が変わるには自民党が崩壊惨敗のすることが条件と論評した。
 惨敗の背景について「安倍首相は学校での愛国心教育の強化し、憲法を改定し、北朝鮮に強い姿勢を示そうとしたが、これらのテーマに対して有権者は余り響かなかった」と分析。
 
 首相の続投については「首相の去就は大きな問題でない。 他の民主主義国と同様に、時に応じた政権交代が行われて初めて日本は本当に変わることが出来る」とした上で、「これは自民党が崩壊することによって可能となる。 今回の平手打ち十分ではない」としている。」


上記の入力は7月30日に済ませたものです。 あと2つほど、目に留まった記事があったので同時に掲載しようと思っていましたが、本日(8月4日)、コラム 1−D NO698にも書きましたように、その日の前後からパソコン入力に疲れたというか、気力が低下してそのままになっておりましたものです。

 本日も気力回復とは参りません。 書斎整理や資料の改廃、十数年前のアルバムを見つけたので、それをパラパラとめくっています。
 再度書きますが、船旅から帰って60日目、何か書かずには居れなかった気分が一区切り付いたようです。

 さて、上記の「参議院選挙」のことも、船旅とは異なりますが、これまた十数年(1993年頃からだったろうか?)口にしてきたことが表面化・顕在化してきたということで、”オオカミ爺”の汚名が晴れた訳でもないのに、これまた一息ついたような気分になっています。

  事はここから始まるのです。 冷静に考えてみれば、消えるものは消えるべくして消えるのであって、それ以下でもそれ以上でもない、驚くこともないとも言えます。

 それよりは、ここから始まる混乱と言うか、格差社会の実体が進行する中、多くの市民にとっては不透明感の社会情勢の中で、更に予期していなかった事の現象化で、一層の不安・不満・不信の心理状態になるのではないだろうか。
 こんな時こそ、リーダーが求められる。 それはトップリーダーであり、また身近なところのリーダーである。 明るく・元気で・楽しく事を進めてゆけるリーダーであると考えます。

 ドイツ紙の報道ではありませんが、日本が変わるには一度自民党が政権から退くことであると思います。 
 (その後の安倍首相のドタバタは、更に自民党の中に混乱を呼び込むということで、歓迎すべきことであるとも考えます。 
 それにしても落ち目の自民党には腹の据わったリーダーも若手も居ないのでしょうか、言いたい事も言えず、まだビクビクと保身をしているとしか見えません。)

 民主党やその他の政党が政権の受け皿となり、一気に問題解決など出来ないと考えます。 多くの人がそのように思い・考えているではありましょうが、ここから始まる混乱は数年間続き、新しい秩序が形成されてゆくことでしょう。

 同時に、これは日本のことだけに留まらず世界に目を転じても、アメリカも、元気のよいといわれるBRIC,sでも、一触即発の危機をはらんでいる中近東でも大きな変化の兆候を示しています。 そうなれば、連鎖反応的に全世界に及ぶことでしょう。

 世界的リーダーも求められる時ではありますが、ないものねだりに思えます。
 一人ひとりが自己責任で、自主性と主体性をもって、それぞれの個性や特性を生かし、納得できる身近なことから実践してゆくことしかないのではないかと考えています。



 COLUMN 1−D 258
                               
                                   平成19年7月27日 記

 「想定外のこと」との発言が多く聞かれます。

 「夢と勇気とサム・マネー」とは、夢=創造性


 以下の文章は藤原直哉さんが、ご自分の「インターネット放送」で語られたことを、加藤が活字化したものです(文責は加藤です)

 そのときには、字図らでしか理解しておりませんでしたが、今朝(7月27日のN・H・K朝のラジオ放送)で、このことに関係することを藤原さんが話され、活字化した時よりも一層その意味するところを理解できたと感じ、ここに掲載するものです。

  「想定外への」対処       平成19年7月17日 インターネット放送より

・中越沖地震で、原子力発電所の放射能の水漏れ事故。 揺れることを想定していなかった。
・自然の営みは人間の営みより優れている。
・狭い視野の想定が崩れると絶望してしまう。考えていることが狭く・小さいと絶望となる。
・歴史はダイナミックに動いている。 歴史の年表が長いのは国が潰れるからだ。 
・国の潰れ方は経済が行き詰まったからだと理論整然と書かれているが、基本は経済と思われるが、本当は経済の変化に対処できるリーダーシップがなくなった。 人々の気持ちがついていけなくなったことによる。

・EX,ソ連崩壊のとき、彼らは資本主義は階級性が酷いと思っていた。自分達の強権主義=社会主義をしらなかった。 それがいまや、米国にも、日本にも伝染した。
・そこにいる人たちが珍妙に思えるような固定観念、無関心で、つかれている。
 
 EX,戦艦大和の最後は、へたり込んで、生きながら死んでいた。
・想定外とはリーダーシップの衰退さ・柔軟さの欠如。 組織の雰囲気=文化の問題で、可能性へのスイッチが入らない。 創造性、前向きのスイッチが入らない=想定外の言葉となる。 
 ・想定外は保身の姿勢。

・1993年、32歳からこの間サラリーマンの文化の中に居なかった、そこに組みしていなかったことは幸せ。
・組織内に安住している、今までの常識では生きられない、自分で考えること、勇気がないと疲れるばかり。
・気持ちが切り替わらないと、閉塞感から脱却できない。
・ソ連も同じだった。 組織の行き詰まり、メルトダウンする。 既にわかっている人はそこにはいない。

・どのように対処すればよいか。
「教養」=そのときは直ぐに役に立たないかもしれない教養。 何か変だ、おかしいと感じること。
・言われたことのみをやっていると、世の中の森羅万象のさまざまな変化についていけない。
・マニュアルを少しでも外れると対処できない。

・EX,押し売りの電話「送った資料読みなしたか」 「ハイ読みました」と答えると、次が無い。 マニュアルには「読みました」との返事が無い。

・想定外は「教養」の差。身につけるには余裕のある時を過ごすこと。諦めるもの、諦めないことのメリハリをつける。
・本だけではダメ、体験すること。試行錯誤の余裕が必要。環境の変化についていけなくなる。
・世の中はある時、ある勉強を試されるときがある。
・1年前から、イラク戦争、北朝鮮問題、環境問題、食糧問題等、今までの勉強をためされる。 勉強時代から、前にすすむ時代へ。

・大きい組織が特に硬直化している。
・時代と共にリーダーシップは変化する。 若い方でないと難しい。
・東海JRの葛西会長ののリーダーシップは時代遅れ。
・今までは後退期であったが、これからは良い時代が来る。
・戦後のあるときまでは良かったが、あるときからおかしくなった。
・自然の力ははるかに想像を超えている。 常に謙虚に。あらゆる状況に見識と勇気を持って対処する。

・10年前にヨーロッパでの冷戦体制は終結した、今度は極東で冷戦構造が終結した。
 →アメリカは北朝鮮に譲歩した。
・これも想定外のことではない。 1994年北朝鮮、核危機の時に、アメリカは決断し、水面下で交渉していた。
 →13年前に日本が想定していなかっただけ、それが今日の日本。
・未来に向けて、表に出して、明るくなれるように、勉強の時から実施の時に来た。 緊張感を持って進もう。


〜長い引用となりましたが、再々度読み直しましたが、今の時代、組織のリーダーシップのあり方を的確に言い当てていると思います。

 現在、平成7(1995)年から約5年間、松藤民輔さんが書かれた「夢と勇気とサム・マネー」と言う、旬刊FAX情報誌を読み直しています。

 そこでいうところの「夢」とは、創造性とも言い換えることが出来ると気づきました。
 夢をもつといいますが、今の時代はこれまでの延長戦での考え方や方法論では、所詮時間の経過と共に行き詰まりがくることは必定とおもいます。

 そこで「創造性」が問われる、必要となると考えます。
 全くゼロから事を起こしてゆくことは常にどの時代にもありますし可能性もありますが、戦火に焼かれ、あるいは自然災害に遭って全てを失い、ゼロから出発するしかないならば別として、多くの人々が日々生活している企業や集団がそれまでを全てを投げ打って、「夢」に向かってゆくというわけにはいきません。

 現実を直視し、これまでの延長線ではやってゆけないことを互いに共有した後に、第一線のことを良くわかったリーダーが、創造性を発揮して、次の目標を設定し・明示して前向きな行動を起こすということでしょう。
 そこは明るく、元気で、楽しい日々となることでしょう、なっていることでしょう。



 COLUMN 1−D 257
                               
                                   平成19年7月26日 記

 神秘の民  ホピ族とは
 
 〜ホビの予言から「第5の時代がすぐ」〜
    月刊「HADO」 8月号から


 ホビ語で「ホビ」とは、「平和の民。 何者とも争わず正直に質素に、大いなる意志と共に暮らす人々」と言う意味。
 アメリカ南西部に住む、ネイティブ・アメリカンの中でも、最も古く、そして最も神秘的な一族。
 科学調査では4500年といわれるが、長老に言わせるとアメリカに渡る前から数えると約5万年にさかのぼるという。

 移住区はグランドキャニオン国立公園のちかくのフォーコーナーズ。
 他の部族がアメリカ政府によって強制移住させられたが、ホビ族の地は白人にとって利用価値のない不毛の大地、厳しい自然環境が幸いした。

 ホビの予言が描かれている岩絵によると・・・
 人類は第1から第3までの栄枯盛衰期を繰り返してきた。 
 現在は、第4の文明期の終盤という。

 第1の時代。
 人々は、創造主の意の下に、地球のありとあらゆる恵みを受けて幸せに暮らし、全ての動植物と共存していた。
 が、一部の人々が富を私有化しようとしたので、それに怒りを覚えた創造主は、世界のありとあらゆる火山を噴火させ、地球を火の海にしてしまった。

 第2の時代。
 人々は更に我欲に目覚め、利己主義がはびこるようになった。
 そこで創造主は地軸を傾けて、世界を氷河期に変えてしまった。

 第3の時代
 アトランティスとムーの時代。
 ホビの予言どおり、現代と同じように科学技術が発達、空には瞬時に空中移動できる飛行体も発明された。
 そして世界戦争が勃発、創造主の怒りは頂点に達し、世の中は大洪水に。 
 一部の人がノアの箱舟によって生き残った。

 第4に時代
 現代。 モノや金が唯一の価値あるものとされている時代。
 やはり創造主によってリセットされる時代が近づいている・・・と、予言されている。

 〜全く科学的でない。 どのように証明できるかと言われても答えようがない。
 しかし、私にはなんとなく、この予言は的を射ているように思えてならない。
 決して、自分自身は悲観論者とは思っていない、それどころかイイカゲンの楽観論者だと思っている。

 理屈をつけて説明などできるものではない。 
が、どのようにして手に入れたモノやお金であるかは知れませんが(ヒョットするとそれらの人たちこそ)、もっと現状に対し、まだ不足だ・安心できないと、不満や不安、そして不信を持って日々を送っているのいるのかもしれない。
 いや、そんな不安も不満も不信もなく、ふんぞり返って、足元の潮目の変化に気づいていないのかもしれない。

 角度を変えて眺めてみれば、私たち一般市民は、生活の中で不満や不信、そして不安があり、日々の生活は緊張感を強いられてはいるが、特に失うものがあるわけではない。
 創造主は間違いなく事の成り行きを見ている、知っている。
 ホビ族の方々の生き方に学び、「正直に質素に、大いなる意志にお任せして」みたらどうであろうか。
 








    COLUMN 2-N  NO256                                 
                                 平成19年7月26日 記

    「文化」欄 中日新聞7月25日 夕刊

  《他人事》ではない、  渡辺 淳 (演劇批評家)

 『・・・先般、妻を癌で亡くしたのはこれまでになくショックだった。 (中略)
 老いたるやもめとして男が後に残されるのは大変だと言うことを、現にその身になって初めて実感した次第だ。 (中略)

 あり日の妻の姿をしかと心にとどめつつも、そこから飛びだして人生最後のラウンドの生活と仕事に精を出したいと思っている。
 出会いがあれば別れがあり、生物として人間もいずれは皆老いるし、死ぬという事実の再認識と共に、この死別によって、これまでになく、たとえじかに生死にかかわることでなくとも、何事であれ《他人事》とは思わないと言う人生訓を学んだと言いたい。
 
 他者の痛み、苦しみ、悲しみを出来る限り《他人事》ではなく《我がこと》として受け止める人間社会が願わしいことを痛感した。

 ところで、現実はというとカネ万能のような風潮に支配され、政治や企業のトップが第1にこうした《我がこと》意識を欠き、すべてが《他人事》みたいなのである。
 
 辞任はしたが久間防衛相の「しょうがない」発言が飛び出した際、何時もの通り彼をかばった安倍首相の言い分など、このような全てを《他人事》とする「無責任思想」を端的に示す最新のモデルと言わざるを得ない。』



 〜この一文を取上げたのは、その通りだと賛意を示すと同時に、私自身がその多くに《他人事》意識で事に当たっていることへの反省が大半である。

 余りにも多くの悲惨な事件や事故が次々と報道される、慣れとなり「またか」と思うならばまだしも、テレビなどで放映されると、モウケッコウだとチャンネルを切り替えて仕舞っている。

 報道されると言うことは、”稀な事であるからだ”と理屈で押さえ込んでしまっているが、このところ続いている自然災害の報に接した時、特に老齢者の身に起こったことには同情以上の感情を持たざるを得ない。
 今朝も「中越沖地震」での平日のボランティアが不足していると報じられると、何かできるのかなと思ったり、行けば足手まといになるのかなと考えらりしています。


 さて、4日後は参議院選挙です。 一度のことで世の中が様変わりするとは思えませんが、時代の流れが大きく変化している今、少しの変化が変化を呼んで、想像以上のスピードで潮目の変化をハッキリと実感をすることになる可能性を持つと予感している。

 自己責任の時代、自主性と主体性を持った行動を続けたいものであると同時に、《他人事》意識ではなく、何事も《我がこと》意識でことに当たってゆきたいと思っています。





    COLUMN 2-N  NO255                                 
                                 平成19年7月25日 記

    ”けさのことば”  岡井 隆
           中日新聞7月25日 朝刊より


  気づいたら/「俺はもうダメだ」が/挨拶の言葉になっていた
    
             『含羞詩集』  阪田 寛夫

 『俺はもうダメだ」と言う人にかぎってがんばったりするのだ。
 「我ながら誰に向かって言っているのだか」と反省してみても、自分自身をはげます口癖みたいなものだから改まらない。

 「真夜中に思わず声を出し/あわてて木に竹を接ぐように/『神様、ありがとうございます』と/口先だけで付け足している」


今朝、「コラム1−Dに、『今朝、目覚めた時に、”人の育成であり、組織風土・文化の問題である』と夢の中で口にして目覚めたと書いた。
 
 その「コラム1−D NO696」は、今「コラム2−N NO255」を入力している時点でも、書きかけのそのままにしてある。 何でそんなことを、思って目覚めたのか今のところ検討がついていないからです。

 そして、いま「気づいてら/「俺はもうダメだ」が/挨拶の言葉になっていた」を書いています。
 
 私もダメだとは思っていないがんばり人間の一人であるのだろう。
 それだから、新たに流れ始めた今と言う時代に対し、そのリーダーたちに対して(かっての私に対して)、ヤッパリ「人の育成であり、組織風土・文化の問題であるから、その視点に立脚してこれからの組織、事業、集団運営・経営をすべきだと、
 
 現役時代には、口癖のように、あるいは深く・強くは腹に納まってはいなかったが、間違いの無いお題目を唱えていたことの反省が、今朝の枕元に出てきたということなのだろうか。

 そして、この「けさのことば」に注目したのだろうか。 分からない。




    COLUMN 2-N  NO254                                  
                                 平成19年7月24日 記

 松藤さん「牛之宮ウィークリーNo658」より

       〜「延命十句観音経」〜
 


 松藤さんが平成7(1995)年から、平成12(2000)年までの約5年間、「夢と勇気とサム・マネー」と言うFAX情報誌を発行されておられました。 今はありません。
 
 ここで、初めてお話しするのですが、そのFAX情報誌を加藤がかってに選択、抜粋、編集しています。 その理由はここでは述べません。 なにぶん月3回で5年分ですので、最後まで続けられるか自信がないモノですから・・・

 が、本日その14回目に来た時に、本日の「牛之宮ウィークリー NO658」に出会い、横道にそれて以下に紹介します”抜粋文”を「夢と勇気とサム・マネー」に挿入しました。
 ここでも、紹介すると面白いかなと掲載することにしました。

 と言いますのも、2003年7月に、松藤さんが10年先の予測をされていたモノを、これまた別なネライから整理しておりましたので・・・・・
それとの関連でも興味を持っていただけるのではないかと考えました。その予測内容もここに掲載します。

 では、最初に、本日のNO658「延命十句観音経」から

 ここで突然横道に逸れます。 松藤さんが毎週書いている「牛之宮ウィークリー」の平成19(2007)年7月24日発行のNo658号から、抜書きします。 タイトルは「延命十句観音経」です。

『 台風4号の時、乗る予定であった便が欠航で、一つ早い便に乗った僕は無事に熊本に着いた。

 空海が中国に着いたとき、2,3日で中国語をしゃべり、中国語の経典を読むことが出来た。

 1969年、高野山の宮坂先生はサンパウロに招かれ講演することになった。 サンパウロに着き、2,3日ホテルの部屋に閉じこもった先生は、4日目に現れ、通訳なしでポルトガル語を喋り講演された。
 数年後、ロシアに招かれて。 同じように数日ホテルに閉じこもり、4日目で通訳なしでロシア語で講演された。

 奈良時代の僧侶たちは、国家試験を受けるのに呪文を20万回唱え、脳力開発し、暗記力を高めて勉強したと言う。
 数ヶ月で20万回の音読。その後、一度読めば忘れない暗記力が養われたという。

 僕も延命十句観音経を7月15日から一日2時間から3時間唱え始めた。 1日1万回として百日で百万回が、この観音経の行らしいのだが、とにかく、この観音経を唱えれば、病気にはならず長命で、超能力的力がでるとあれば・・・・。

 一日一万回、百万回達成すれば超能力とは愉快と始めてみた。 

 思えば般若心経の千巻法要で僕の人生は変わった。ある日思い立って一日30巻、3ヶ月で千巻の般若心境を写経した。
 10年前の事件だった。人生は音を立てて変わるように変化した。 アレから20回以上海外を飛び回っているが一度として飛行機が遅れたことが無い。 誰かに守られているような人生だった。
 (注・加藤、この「夢と勇気とサム・マネー」を読みすすみますと、確か1997年頃に般若心経のこと登場する)

 今朝4時頃、目が覚めたのか、夢なのか、大きな大きな大都市の建物が音を立て落ちてゆく。 建物は崩れずに何かが落ちている。 ああ株なのだ。株の暴落が始まるのだと思うと、頭の中に延命十句観音経が流れていった。
 まだ、7日目なのに不思議なことばかり。 100万回達成したらかなり面白いことになるのではないかと予感。
 1年かかるのか。続けられるのか。 』

 
 では、続いて平成13(2003)年の松藤さんの10年後の予測

 ・松藤民輔さんが感じ考える10年後    

〜牛之宮ウィークリーNo495「ハワイ殻の手紙」より 平成15年7月 記

・10年前、(1993年ごろ)、松藤38歳
・当時のハワイのホテルは日本人」三分の二、現在は三分の一
・直感から物事の本質に迫る松藤方式。
・10年前の光景とは何も変わらない、海の目印、赤い旗→星条旗
・10年後、松藤58歳、見てくれは今の48歳より若くなっている。

・@米国は消えている。 分裂して10カ国ほどになっている

・A中国、北京オリンピックを転機として、分裂の道へ

・B経済イ)日本のみインフレに突入 ロ)ドルは紙切れ ハ)金価額 1g−1万円、いや10万円

    ニ)2003年不動産問題未解決、大手不動産、財閥クラス倒産までダメ

・C金融問題イ)10年後、大手銀行と日銀と、もう1行 ロ)郵貯解体→銀行部門で大手か? ハ)10年後、証券の時代で、銀行は終わり

・D10年後の世界の最大問題
イ)貧富の格差拡大による国家の問題 ロ)国は成り立たず、有能な人は住みよい国に移住ハ)若く才能のある人々は日本を目指す、日本語流行。 パックス・ジャポニカの時代。(50年前のアメリカ)

・E日本は二大政党が支配する構図
イ)老人達が支持する保守党と若年学生層を中心に女性に支持される政党
ロ)前者は年金・社会保障資産をもち社会をリタイヤーした人達。後者、新たなる社会構造で職を失った人々の雇用問題、小子化に伴う子供の問題を中心。

・F官僚政治は完全に終わり、効率性、機能性をもつ実務実行部隊による日本改革

・G医療分野  西洋医学一辺倒から、代替医療が進化
 イ)60歳以上のひとびとはより長生き、40歳以下は短命
 ロ)ファーストフーズ食文化とアメリカナイズの発想の若者は米国流で短命

・H学校は崩壊しているだろう。 大学は全国10校、義務教育は小学校まで。 個人の自主性、創造性の教育は10年後くらいから始まる。 東大神話は不動産神話以上に消える。

・H10年前(1993年)松藤の経済予測
イ)株価6000円、金3000ドル、ゼロ金利
ロ)3つの内2つは当たった、3つ目の金は上昇の第2幕

(注・加藤評価、2007年時点では、ゼロ金利が近い程度<2003年当時は正解>、

・I金、金融、証券の時代がやってくる。

〜本日は長くなりました。
 加藤のコメントを入れるレベルのテーマではなさそうです。
 ただ、私も毎朝のお勤め=礼拝のときに、「延命十句観音経」は3回唱えます。
 既に約10年が経過しましたから、3×365(日)×10(年)=10950回となります。
 百万回となりますと、今のペースでは、あと100年は生きなければなりません。

 超能力、超記憶力が私に授かるとは思えません(と言っているから、ダメなのですが・・・)が、ここ10年、平穏無事に楽しく、豊かに面白い日々をすごさせていただいていることが、延命十句観音経のご利益なのでしょう。

 明日よりは、更に感謝をこめて唱えたいと思います。
 

 


    COLUMN 2-N  NO253                                  
                                 平成19年7月17日 記

 私の認識と異なる
  ”黙認は了承となる「従軍慰安婦」決議案”
 
 「中日新聞 春日井くらしのニュース7月12日版」
 


 
 私の認識と異なる意見が、少なくとも客観的な記事を書くことを要請され、訓練されてきただろう新聞記者が、公の新聞に書かれたことにいささか驚いて取上げました。

 読者の方から、「加藤の認識、意見が書かれていないので、あの記事をそれこそ、<肯定し”黙認”しているのかなと思った>という、感想が寄せられたので、再度取上げました。

 沖縄の「集団自決」の教科書への記述が検定で、削除されたことに対しても、政府は黙認の態度を示していることにも疑念を持っています。 近頃の政府・リーダーは変だ。おかしい。

 幾人かの識者といわれる方が、「日本の悪口ばかりを並び立てる、お詫びばかりしていては、子供の教育上に悪い結果をもたらす。 卑屈にさせてしまう。 日本人であることに自信を無くさせてしまう」などと、意見を述べておられるのを聞いたことがあります。

 このことについても、事実は事実、物事を客観的に認識・共有してこそ国内問題でも、対外関係でも一番重要なことと考えています。
 (近頃の外交はそんな生易しいものではないようですが・・旧秩序の末期症状でしょう)
 日中、日韓の教科書問題で、両国が共同して共通認識を持てる活動が行われていることに意味を感じています。

 都合の悪いことは頬かむりするという態度の方が、教育上よくないばかりか、逆効果になると思います。
 私の思想信条、主義主張は、平凡で一般常識的と思っています。故に、揺れますが・・

 縦社会の崩壊によって、内部の隠された情報が矢継ぎ早に、官庁といわず、民間といわず、あらゆるところから漏洩しています。 
 新たな時代への進展と共にますます現象化することでしょう。 改めて、変革を唱え、無理して反対行動を起こさなくても、これまでの権力や権力者からボロボロと悪事が露呈し崩壊してゆくことでしょう。

 ただ、それを眺め、手をこまねいていると、思はぬとっばちりを受けかねないことを自覚し、自己責任で対処しなければとも考えています。


 今回の7月12日の原稿を改めて読み返しましたら、入力している間に別なことが閃くとそちらに、主題を忘れて飛んでいってしまう悪い癖が出ていると反省です。


    COLUMN 2-N  NO252                                  
                                 平成19年7月17日 記

 ”
「ひろさちやのほどほど人生論」

 〜いま、日本の老人”反省する心を持とう”
      中日新聞 7月 17日 朝刊〜


 以下の文章は加藤が抜粋、編集し直しています。

 『英語の「逆境は人を賢くする」を訳して「艱難汝を玉とする」の名訳が生まれた。
 私はこの言葉が嫌いでした。 イギリスの作家のモーム(1874−1965)の言葉,、《私は苦悩が人を気高くなどしないことをはっきり知った。 苦悩は人を我儘にし、卑怯にし、ケチにし、疑い深くする。 些細なことに拘るようにさせる。
 苦悩は人を本来の性質より良くはしない。 悪くさせるのだ》(サミング・アップ」行方昭夫訳)

 <俺は若いこと さんざん苦労したから、今日の俺がるのだ>と考えるから、失敗した人間に冷たいのです。 「彼らは努力しないから失敗したのだ>と、失敗者を蔑みの目で見ます。 いくら努力しても報われず、下積みになっている人にたいして同情出来ません。

 いまの年寄り連中(私も含めて)は、若い頃に苦労を重ねてきました。 敗戦によって、国土が焦土と化し、満足に食事もできない貧困のどん底にみんな生きてきたのです。
 だから、今、日本で成功している人は、ほとんど全員若い頃に苦労した人です。 そして、その成功者達は、本当に「玉」になっていますか?
 そうじゃないですよね。 むしろ玉ではなくて屑になっているように思われます。 

 その証拠に、今の日本社会は、失敗した人・敗者・弱者に冷たい社会です。
 成功者が敗者・弱者を思い遣る心の余裕を失った結果、こんな社会になったのです。

 今大切なのことは、年寄りが反省することです。 若い頃に苦労した結果、自分は敗者・弱者を思い遣る心の余裕を失った卑怯な人間になっているのではないかと反省することです。
 まかり間違っても、若者を非難してはいけません。 若者は弱者なのですから。』



 〜ここ2~3年、先が見えてきたからなのでしょうか、今のような社会にしてしまったのは、私たち先を生きてきた人間の責任であると、感じ・口にしてきました。
 本日の「さちひろやさん」のような視点に、なるほど宗教評論家は違うなと思わざるを得ませんでした。

 その思考の視点は異なり、深度は浅いですが、それでも先を生きてきた者としても、責任の一端はある(自意識過剰かなと思ったりしていました)と発言して来たことに、少しばかり気持ちが落ち着きました。

 ひろさちやさんの指摘は、胸に手を当ててみると思い当たること数々です。 この指摘に留意して、この先を生きてゆきたいものだと自戒しました。

 ただし、若者が弱者だからと言って、甘やかすことではないと考えます。 どの時代にも通用する人の道、エチケットはあります。 そこまで先輩が引っ込めてはいけないと思います。
 ここで、注意しなければと思いつつ(例えば、電車の中の椅子の座り方)、暴力でも振るわれたらと口をつぐんでしまうことのないように、気骨を失わないようにしたいと思います。




    COLUMN 2-N  NO251
                                  

                                 平成19年7月12日 記

 ”黙認は了承となる「従軍慰安婦」決議案”
 
 〜中日新聞、春日井くらしのニュース
      平成19年7月12日”春日井春秋”より
   


 『10年以上前、社会部時代に日本によって強制連行され従軍慰安婦にされたという韓国人女性による講演会を取材した。通訳を介しての話は悲惨そのものであった。

 ただ、主催者から記者に対して、「おばあさんは心に深い傷を負っているから質問はしないでくださいとの申し入れがあった。 きわめて異例なことだった。

 その後、戦争に行った元日本兵から実話を聞く機会もあった。
 戦地で韓国慰安婦から貯金通帳を見せられたという。 家が二軒は建つ金額がそこにあった。

 疑問が膨らみ、肯定派、否定派双方の著作を読んだ。 日本では論争が進むにしたがって、「日本の官憲による強制連行」を唱える学者、研究家はほとんどいなくなった。

 6月下旬、米国下院外交委員会で「従軍慰安婦」決議案が可決された。
 虚偽と判明した内容が基になっている。 事実に基づかない批判は否定しなければならない。 黙認は了承と同じ。 それが国際社会のルールだ。』



〜ピースボートに乗船中、「日本国憲法」のこと、「地球環境・温暖化の問題」、「少数民族=ファースト・ネイションのこと」、また韓国からのIS(インターナショナル・スチューデント)が船旅の最初から最後まで乗船し、共に語り・学んだから、当然のごとく「従軍慰安婦」の問題、「教科書問題」、「靖国神社参拝問題」等はテーブルにあがった。

 私は事実を客観的に把握すること。 それには日韓双方の共同研究で明らかにしてゆくことが大切であると主張しました。 その結果、両者の共通認識が優先されることこそ重要と言いたかった。
 その上で、過去においてどのような両国のアグリートメントが成されたのか。
 積み残してあることがあるのか、話し合い決着はついているが、人道上まだ解決すべき問題があるのかを話し合いをすすめれば、結論が導き出され、其処からどのように対処すべきかの方法論はでてくると考えています。


 
 また、「日本国憲法」のことを学んでいる時に、日本・日本人は余りにも”ナイーブすぎる”、
ナイーブとは日本人はその言葉から「単純、素朴」と言うイメージを抱いているが、西欧人の解釈では、「騙されやすい」と言う意味を有しておることを知らなければならない”とも教わった。
 ”騙すより、騙される方が良いではないか、最後は勝利する」と言っておられた方がいたが、現実の世界の政治・交渉ごとを見ていると、今は騙しあい、権謀術数の世界である。
 
 例えば、米国は日本に国連安保理事会の常任理事国入りを薦めておきながら・・・
 あるいは、東アジア問題=北朝鮮問題の6カ国協議で、日本の拉致被害問題に対し、理解と協力を申し出ながら、事柄によっては北朝鮮と話し合い決着をつけ、日本は振り上げた拳の落としどころに困った状況に追い込まれ、6カ国の中で孤立状況になっている。 
 それを読めなかった政府や外務省は幼稚でナイーブということで済まされるのだろうか。

 騙されることもあるを承知し、覚悟してことに当たっていれば胆が据わっており、次善の策も考えておけるし、次の一手が打って出ることも考えられるのですが、戦後一貫して、「核の傘に守られている、守ってくれる」と信じ込み、甘えて、いつの間にか自主自立の精神が欠落して、指示待ち政府・リーダー・国民となってしまった。(従属国家と言ってしまえるのか、あるいは、其処まで読んでいたといえるのか。其処までとは・・・)
 
 今現在の世界情勢は日々刻々と大変革し、世界秩序の崩壊と再構築=創造の時に到り、大きな混乱が起ころうとしているのではないだろうか。

 と思いつつも、世界で一番初めに「バブル崩壊」を経験し、失われた10年を経過し、更にその上に7年の月日が過ぎた今、その試行錯誤の中から新たな時代に対応した人々や集団が目の前に現れだしている。
 既に少なからずモデルは出来つつある。 その面では日本は一番先頭を走っているのかもしれないとも思うこのごろです。


 と入力し終わったところで、私が会員になっている3つの会のことを思い出しました。
 松藤民輔さん、藤原直哉さん、浅井隆さんがリーダーとなっている会です。
 その3つの会はどのような動きをしているのでしょうか。 私の頭の整理をしてみようと思いました。


 

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