COLUMN 2-N                                    
                                 平成20年4月26日 記

 
         西高森山の外周を歩く

 
 
 今年の定点観測と決めた築水池の上の北池は愛岐三山(かっては春日井三山と呼んでいた)の弥勒山と大谷山から流れ下った沢水を受け止め、そして築水池へと放流する。

          

     

 今はまだ蔓草が伸びていないから池のわき道を通過することが出来るが、もっと頻繁に来て踏み込まなければ、そのうちに道がわからなくなってしまう。

                 

 西高森のコースに入る前に、一度県道の出る。 そこで↑シャガーの花が咲き乱れていた。
 この花はお寺の日陰のところでよく見かける花です。 我が家にも3年前まではシランやスズランと同じ場所で競い合っていたが、シャガーの繁殖率が一番強く今年は毟り取られてしまったようだ。

     

 このように並べてみれば同じ花でないことは明白ですが、左の花と外周道路でであった時は右の花と同じものと思いました。 帰りに植物園に行く調べましたら、「ハクサンボク」というそうです。 左の花の名は分りません。

           

  毎度おなじみの大久保池の定点観測地点です。↑ラクショウの新芽が柔らか緑です。

          

 同じ大久保池ですが、この時期赤モミジの新芽に目を奪われるのは毎年のことです。


         




    COLUMN 2-N                                    
                                 平成20年4月24日 記

    ジャスミン登場、お隣の枝垂れ藤の盆栽

 
 昨日の藤棚と一緒に紹介していましたライラック(リラの花)が満開です。
 春の季節最後の穀雨が一昨日でした。 本日の雨で花びらが落ち始めることでしょう。

      

          ↑ ライラック(リラの花)

                  

               ↑ お隣のおじさんの枝垂れ藤の盆栽も満開です。

                  

    ↑ 地上から5メートル、我が家の軒イッパイまで登ったジャスミンの蔓の先

                      

          数本折って花瓶に挿しました。たちまち部屋中が香りに包まれました。

   



    COLUMN 2-N                                    
                                 平成20年4月23日 記

     藤が満開、今年もクマン蜂が飛んできました

 
         

         



    COLUMN 2-N                                    
                                 平成20年4月17日 記

     春の雨の中、藤がボタンが咲きました

 
            
        4月15日撮影                        4月16日撮影

         
                 4月16日撮影、お花購入者もこのはなの知らず

          
               4月16日撮影、ハナミズキが咲き始めました

      
       4月17日ベランダから               4月17日道路から

                     
           
     4月17日撮影のライラック(リラの花)を→波と渦と万華鏡↑デ仕上げてみました

            
        4月17日、南西の角から、藤とライラックと桜草、芝桜は分りますか?
  
         




    COLUMN 2-N                                    
                                 平成20年4月15日 記

      4月14日・夕方と 15日午前9時半

 
              
           4月14日、藤の花が咲き始めた(脚立に乗って) 

      
  4月14日。ライアラック(リラの花)第1番花     4月14日 芝桜見ごろとなりました 

    
         明けて4月15日朝です。 洗面所のアルミサッシの桟の向こう側 

     
    手前は布ぞうりが干して在ります         縦の黒いものは黒竹です

    書斎に上がると、お隣の叔父さんが屋上で春から晩夏まで盆栽に水遣りです。

                
                   山は愛岐3山の大谷山

     
春4月、萌黄色から新緑に変化して行く何とも清清しい朝のひと時です。

  





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                                 平成20年4月12日 記

 萌黄色になり始めた大久保池
              ジャスミン開花間近い

 
           
              4月11日、夕日に照らされて、大久保池の対岸

           
               4月11日、植物園の源平枝垂れ桃

                      
                     4月12日、ヒマラヤ雪ノ下

           
        4月12日 、ジャスミン               4月12日、コゴメ満開





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                                 平成20年4月11日 記

 本日(4月11日)より
 庭や散策路で見つけた、出会った草木、花々は
            こちらに掲載します


              
             4月 11日 藤の花、明日にでも垂れ下がることでしょう

     
       4月11日  ツツジ                 4月11日 ドウダンツツジ

       
    4月11日 サンシュの葉芽と花柄          4月11日 ライラック(リラ花)





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                                 平成20年2月10日 記

 書き換わる聖徳太子像
        〜中日新聞 2月10日「社説」より〜

  
 聴講生として通学している中部大学の大山誠一教授が聖徳太子は実在していなかったという説を持ち、論文を書れていることは他の教授から聞いてはいました。
 が、色んな考え方や説があるものだと肯定も否定もしていなかった。 ところが、本日の中日新聞の社説に『戦後歴史学がたどりついた成果とも、真実追求の学問がもつ非情さとも言えるでしょうか』と紹介されている。
 一部、抜き書きをします。

 『聖徳太子は6世紀末から7世紀前半の飛鳥時代、日本の伝統精神に仏教や儒教の外来思想を身につけ、日本の国力と文化を飛躍的に高め先進国入りさせていった皇太子です。
  (中略)
 積上げられた近代の実証的歴史学の結論は「聖徳太子はいなかった」で、どうやら決定的らしいのです。
 聖徳太子の実在に最後の止めをさしたといわれるのが、大山誠一中部大学教授の1996年からの「長屋王家木簡と金石文」「聖徳太子の誕生」「聖徳太子と日本人」などの一連の著作と論文、2003年の研究書「聖徳太子の真実」でした。
  (中略)
 国語・国文学・美術・建築史・宗教史から事実は次々に否定され、史実として認められるのは、用明天皇の実子または親族にウマヤドノオウが実在し、斑鳩宮に居住して斑鳩寺(法隆寺)を建てた事ぐらい。 聖徳太子は日本書紀によって創作され、後世に捏造が加えられたとの結論が学界の大勢となりました。
 誰が何のために、その源となった日本書紀とは何かが、古代社会解明の焦点となる。
 そのいずれにも重大な役割を果したのが持統天皇側近の藤原不比等と言うのが大山教授の説くところ。
 (中略)
 大変革時代の日本書紀の任務は誕生した天皇の歴史的正統性と権威の構築です。 其れが高天原ー天孫降臨ー神武天皇ー現天皇と連なる万世一系の思想と論理、中国皇帝にも比肩できる聖天子・聖徳太子の権威の創作、書紀は政治的意図が込められた歴史書でした。
 (中略)
 日本書紀が展開した思想と論理は1300年の現実を生き現代に引き継がれました。
 憲法と皇室典範は「皇位は世襲」で「皇統に属する男系の男子がこれを承継する」と定めています。
 しかし、万世1系は子孫を皇位にと願う持統天皇のあくなき執念と藤原不比等の構想によって成り、その父系原理も日本古来のものとはいえないようです。

 建国記念の日に永遠であるかのような日本の原理の由来と未来を探ってみるのも。』


 〜いまひとつ関心を持っていることに「考明天皇の子息の睦仁親王が明治天皇」に疑問を持っている説です。 考明天皇も睦仁親王も殺され、明治天皇といわれている人はすりかえられた別人であるという説です。
 私自身その説の真偽の程は全く分りませんが、その説のお話を聞くと全く否定も出来ないと考えています。
 歴史の編纂はその時の権力者によって都合のよいように書かれるといういうことは十分考えられることです。
 
 平成20年=2008年は日本のみでなく、世界歴史の大転換期として次々に大きな出来事や天変地異が表面化する時であることはどうやら間違いないようです。 2010年説、2012年説等色々なかたがたが様々に予測し、警告を発しています。

 世界を実際に統治しているのは一握りの勢力=イルミナテイー=唯物主義科学アカデミズム=フリーメーソンなどとも言われていますが、人間の欲望からの発想や権謀は行き詰まりの時が近づいていることは確かではないかと感じて成りません。

 




    COLUMN 2-N  NO268                                  
                                 平成19年12月23日 記

 「今週のことば」   
  〜青山 俊董   中日新聞 12月23日より〜

  

 「今が本番、今日が本番、今年こそが本番。
      明日がある、明後日があると思っているうちは何もありはしない。
              肝心な今さえないんだから。   東井  義雄 」

 師走を迎える度に、声も姿もない時の流に、月日という、師走とか正月と言う名前で区切りをつけ、人の認識にのぼらせようとした古人の知恵を思う。

 相田みつをさんに「そのうち」と題する詞がある。
 
 「そのうちお金がたまったら、そのうち家でも建てたら、そのうち子供が手を離れたら、そのうち仕事が落ち着いたら、そのうち時間のゆとりが出来たなら。
 
 そのうち・・・そのうち・・・そのうち・・・と、出来ない理由をくりかえしているうちに、結局は何もやらなかった空しい人生に幕が下りて、頭の上に淋しい墓標が立つ。
  そのうち、そのうち、日が暮れる。いまきたこの道、かえれない」


 こんな年の暮れにならないよう、「今が本番、今日が本番」と立ち向かってゆきたいものである。

〜今年の1年は特に早く過ぎてゆきました。 振り返ってみると決して単純な日々ではなかったとは思うのですが、どれ程だったのかなと思い直しています。
 それほど気張って生きる年齢ではないと思うので、この程度で及第点としておこうと、甘い自己採点です。
 なにか、書き足りないのですが年末の高校駅伝のスタートの時間となりました。
 若い方々のエネルギーをテレビ画面から吸収することにします。





    COLUMN 2-N  NO267                                  
                                 平成19年9月21日 記

 ”藤原直哉 IN 遠山郷” で語る。

〜それを知人に送った後の、私の解説を掲載〜

 
 以下の文章は、9月17日藤原さんが9月の「遠山藤原学校」でお話されたものです。
 加藤が活字化したものですので、文責は加藤にあります。

 「藤原直哉 IN 遠山郷」   平成19年9月17日

(A)1994年に藤原直哉さんが書いた「雨宮 浩一郎」の小説を読む。
 ・そして、その13年後の今、その小説の通りのことが社会で、我々の身近な生活の中で起こっている。
そこに書かれていることは「和解の時代」の到来を予測し書かれている。

 例えば、@この町は昔、落人の村であった。
 A1万年前と3000年の時を越して、今新しい日常が始まる。

 B歴史には断層がある。今、私達はその断層の上に、時代に生きている。
 C都市が壊れる。今歴史の断層を渡っている。

・15年前に今の混乱の芽が出ていた。 自然の中の人間。静かな時代が来ると予測していた。 頑張ったことのその上にある。苦労する時は苦労する。結果13年前に、見ることが出来た。

 B)小泉時代は完全に終わった。

・福田さんを良く知る知人とは15年前からの付き合いである。(リーダーシップ研修の第1期生)彼が言うには、福田でダメなら、自民党もダメになる。
・大連立の時代となる。そのことは永田町の政治の終焉である。福田で終わりなら全てが終わる。福田氏は政治家としては選ばれていなかった。彼は人間として選ばれた。

“自立と共生”5〜10年で日本は動く。
・自然と人間は遠慮しない。生きたいように生きる、その中で折り合いをつける。
 自然は自ら動くことは出来ない。与えられた場に適応して生きる道を探さなければならない。

(「景色の”上村”、人情の”南信濃村”と言うように「人情の町」である。→個人が認められる、自然と同じように個人が認められるところである)

・暴動が起きる時は@不景気A権力がピークを過ぎた後B物価高 @ABが揃った、東京は危ない。地方に逃げる。  地方は暖かく迎えることが大切。

・時代は左に流れた。

・市場原理主義がOKの人は和解の政治を受け入れない人=戦う相手がいなくなると職を失う人は、時代が左に向かっているのだから、真ん中より後ろにいる人々は、車の尻が振れて振り落とされることとなる。 特に島国では、戦いでは問題は解決されない。

(C)人々の幸せは別のところにあると感じている。今、その断層を渡る。

・アメリカの時代は終わった。150万人が家を失った。
・英国の新聞は伝えている。 英国の銀行(横浜銀行と同規模)は取り付け騒ぎで、銀行預金の50%が抜けた。
15年前の日本と同じ状態。(当時、欧米は日本を馬鹿にしていた。市場原理が働かない国だと)
・その彼らが1ヶ月間で150兆円<米・欧州・日本・アジアトータル>の資金を投入したが、市場は安定しない。 →何が市場原理だ。

・日本は最先端を走っている。

・今、元気が良いには「京都」である。本当の観光の視点たって建て直した。→日本食、民宿、座禅、茶、写経、等。
京都らしい企業が注目されている→ワコール、京セラ、等

・足元を見直す。
 →大木の下の植物を見てみよう。 彼らは動けない。よって、たとえそこが日陰でも生き残る道を探る。

・人間の生き方の基本。他人を羨まない。 街づくりの基本は自分の強み・弱みを知って、最大限に生かすこと。
不便というのは、ものの見方、その環境の中で一番良い道を選ぶ。

・市場原理は都合の良いところへ移動してゆく。 中国→ベトナム→中近東と・・・
・自然も、植物も、人間も、会社も、その制約条件を生かして生きてゆくことが大切。

・遠慮のない関係の時代

・政治も、企業も表舞台で本音が言えるようになった。

・2008年、東京・政府は一夜にして叩かれる。欧米の行き詰まりがその現象である。

・そこで次にすることは受け皿を作ること。=共生の本物
・この地域(南信濃)のよさを認識すること。何となくはダメ。歴史風土を振り返り、主体的に生きる。

(D)欧米の金融は破綻した。→資本主義原理の貫徹はなくなった。

・日本にはバブル崩壊後、15年という「天の恵み」が与えられ、準備期間をもてた。
・日本はこの15年間の間に、試行錯誤が出来た。共生はなかったが、混乱の中で滅びるものは滅び、新しい命を貰った。

・欧米は突然にやってきた。
・中国人は不景気という言葉を知らない人たちばかり。即ち、この30年間好景気のなかで育った。景気の谷を知らないまま、河の深みにはまっている。
・毛沢東の時代の後、文化革命で教養のある人、知恵のある人たちを殺してしまった。

・アメリカの大統領候補の注目株はロン・ポール。 彼は@徳政令をだせ。 A海外の軍隊を引き上げよ B国内に力を戻せ。という。 民主党でもなく、共和党でもない新しい、アメリカが生まれるのではないか。

(E)20世紀と決別する時がきた。

・共生の時代、日本は最先端にいる。 穀物を食べ、魚を食する。
・MADE BY JAPENESE =日本人の作ったものが評価。(00国のMADE BY JAPANではダメ)
・日本で償却ゼロとなった、6年物の中古車が30万円で引き取られる。

・日本人は日本の良さを分っている。
・遠山の良さを知って、受け入れ態勢をつくろう。できることと、出来ないこと。
・遠山の良さは、生きる幸せを感じること(京都は成功した)根付かないことはダメ。

・これからは「和解」の時代。若い人の情熱、老人の知恵の共生=コラボレーション。・エネルギーは形=行動にしないと力が弱まる。遠山郷全体を巻き込む。

・結論の出ない話には時間を費やす。疲れた頃に答えが見える。
・松藤民輔氏(営業のプロ)と藤原直哉(金融テクノロジーのプロ)はニューヨークで、毎朝応接室に閉じこもり、何日も、何日も話し合った。
・無が有を生む。 話し合う=結論のない話、突然化学反応が起こる。=“場”が必要。

・聴き上手が大切。聴いてもらうと自分で考え、自分で答えを出す。
共感の力、焦らないこと。時間を待つ。

・福田氏は時間を待てるか。 民主党は話す奴ばかりだ。


 以上の内容の物を知人に送りました。
 その返信を頂いたのですが、少しばかり加藤が解説したいことがあり、以下のような文面を送ることにしました。
 太字のものが、知人の返信の内容です。 →(矢印)以降が加藤に解説というか、意見です。

 A) 多くの若者は,都会にあこがれ村や町から出て行くが,競争社会で揉まれ人間不信となり、 故郷にもどり,自然のなかでゆったりすごすことで癒されていく。

藤原さんは,エリート社会で名誉栄達も可能なのに退いたのはご立派です。魂が高いので個の利益を求めないのでしょう。
 
 →退いたのではないと思います。 新しい時代の可能性の実験に入ったのだと思います。 即ち、インターネットなどが発達して田舎にいても、十分に現実社会に十分通用する仕事がができることを証明したいと考えていると思います。
 
 同時に、これから数年の内に都会は危険となり、崩壊してゆく。 また、その受け皿として、過疎化した田舎の復活を目指す。
 この両者の接点=可能性の試行錯誤の行動の一環として遠山郷を選んだということだと思います。
 
 魂の高さはいわれる通りと思います。 目先の利益や対策だけではないのです。 日本、地球の将来を考えての行動と考えます。
 故に、私はその爪の垢でも飲みたい、触れたいと考えているのです。
 
 小さな成功を積み重ねてゆかないと、活動は継続し・成功しません。 理想論を口にするばかりでは尻蕾となってしまいます。
 また、現場の人々を巻き込んでゆかなければ、行き詰まります。 この点が正に試行錯誤ということではないでしょうか。
 
 今度、お会いする時には、13年前藤原さんが書いた小説をお渡しします。
 驚くべきことに、今の時代を読みきっているのです。 小説どおりの現象が今、現在展開されています。
B)それでも日本や世界の情報を集め分析批判すれば,私益・国益のどろどろとした欲が うずまいており、それを知れば知るほど世の中に期待や夢が持てなくなる。
 人情身のある田舎で、自然の中で若者を育てることに,期待や夢を持つことに大いに共感します。楽しみです。
 
藤原さんは悲観的ではないと思っています。
 時代がここまで進展するのを待っていたと思います。 特に、日本はバブル崩壊後17年間、良くもここまで持ち応えられたものだと考えると同時に、天が授けてくれた貴重な時間であったと思って居られると思います。(この間、私達に考え、準備する時間があり、試行錯誤できたのですから・・)
 
 
 貴方がよく指摘されますように、確かに藤原さんは、時代を・リーダーを・政策を批判します。
それは@ 冷静に現状を分析し、最悪を考えて、心構えと対策を事前に打つことの必要性を言っているのです。
  Aそのときに、オロオロして、必要上のリアクションをしないように注意を喚起しているのです。
  B大局に立ち、長期的視点で、根本的な将来ビジョンや施策の立案の必要性を提言しているのです。
  目先の対策では、この時代(断層と言っておられます)を通り越してゆくことは出来ないと考えているからです。 新たな創造が必要と言っているのです。
  C私の知る限り、そのような考え方や視点に立って具体的に提言しているのは、藤原さんが一番と思っています。
 
 様々な活動(EX、ロハス活動=健康で持続可能な社会=グレイトコラボレーションの社会)のなかで、どうしても必要なのが新たな考え方・価値観を持ち、多くの人々がそれぞれの個性・長所を生かす=「個の花を咲かす」には、それを引き出す一線のリーダーが必要と考えておられます。
 
 同時に、夢や希望を持ちきれずに、本来持っている可能性に気がつかないでいる若者に、気づきと技術と勇気を持ってもらう手段としても色々な試みをされています。 
 その一環として人情厚い遠山の地と人々との触れ合い(地元にとっては活性化)が、その機会となるのではないかとのお考えからの活動と考えています。
 
 以上、既に十分ご理解されていることなのでしょうが、少しばかり気になるところを私の言葉で解説させていただきました。
 
 
 いま、携帯電話が遠山でお世話になった方の車の中に忘れていたと電話を頂きました。
 これからドコモに行こうと思っていたところでしたので、バンザイしました。 思いつくと直ぐに行動に移す、私ですが昨日から今まで、辛抱していました。(時間を待つ、ワッハッハッハ・・)
 
       ではまた
 




    COLUMN 2-N  NO266                                  
                                 平成19年9月12日 記

 藤原直哉の「ワールド・レポート」NO586より

〜天の意に沿っていないものは、障害に突き当たる
    各人の出番と配役は決まっている〜
    
   ”天の意に沿ってゆけるか、これからの修行僧”

 →追記、この日「安倍首相・辞意表明する。


 『人生と言うものは自分の力で自分を磨くことが大切ですが、そうして磨いた実力がいつどこで発揮できるかは、自分で決めることは出来ません。
 人は一人の「俳優」として自分の修練に努力しなければなりませんが、出番と配役は天と言う名の舞台監督、プロデューサーが決めている。 (中略)

 出番と配役は自分では決められない。 そのあたりの腹の据え方、気持ちの落ち着きがシッカリ出来ていないと、今を生きることはとても辛く、後悔ばかりが先に発ちます。

 世の中は急速に世界大恐慌の様相を呈し始めました。 日本以外の各国は過去15年ほどの間に日本が経験したすさまじい経済・政治・生活破壊の荒波に襲われることでしょう。
 反対に日本はもうこれ以上失うものがないという状況の中から本格的な21世紀社会の形を創っていくでしょう。(中略)

 自分や周囲の意に沿っていても、天の意に沿っていないものは、次第にいろいろな障害に突き当たるようになります。
 そうしたら、天の意に沿うように方向を変えれば問題はないのですが、無理を押し通すと1週間で一生の仕事がフイになるような大破綻を迎えます。

 その破綻から学べる人にはありがたいことに、新たな人生がまっていますが、学べない人は過去への悔悟と執着のためにそこでその人の時間は止まってしまいます。

 今年のキーワードは「流」という字を当てました。 来年はこの様子ですと「怒」ではないでしょうか。 人々は見通しが暗転した、とんでもない期待はずれが起きたと騒ぎ始めるのではないでしょうか。 (今は一部の人しか気づいていません。)
 
 これまでの時代を率いてきた政治や行政や経営のリーダーが破綻し、お手上げになり退き、一気に今までの権威を喪失するところからはじまると思います。
 物価は上がり、景気は悪化と資源喪失ですから、人々は急速な生活難に直面することになります。

 緊張する時代です。 これから先は自然の猛威や相場の猛威と同時に、怒りに駆り立てられた人の猛威も大変怖い時代です。
 周囲の状況によく気をつけたいところです。』
 


 〜加藤の「オオカミ爺」よりも怖い話です。

 が、私は藤原さんに大いに影響を受けているからでもありましょうが、「気づいている一部」と認識しています。 と同時に、今後に悲観的でもないと付け加えておきたいと思います。
 何度もこのコラムでも書いてきましたが、「分水嶺は越えた」、あるいは「一度は通過しなければならない道」と同様と考えているからです。

 自己責任で、自主性・主体性を持って、良かれと思う方向に向かって試行錯誤の行動を起こし、創造してゆく時代の流れの中にあると考えるからです。

 もうひとつ、”人は俳優」として自己修練に務めなければならないが、出番と配役は天が決めるもの。自分では決められない”というところにも、共感と言うか、少しばかりの経験からその通りと賛意をしております。

 今でこそ、気楽にこのようなことを入力していますが、6年前まで、頭では「天が決めるもの」と思いながらも、現実は怨み、辛み、愚痴、妬み、嫉みにどれ程の時間と頻度で苦しむというか、苦悩したことでしょうか。

 2度に亘るそれぞれ2ヶ月以上の入院生活がマイナス感情を沈めてくれもしましたが、
 それでも「全ては自分が選んだこと、全てが必要必然、、天の配慮である」と言い聞かせ、押さえつけるように無理やり納得させたことだったでしょうか。
 
 へそ曲がりと負嫌いな性格から、それまでの人脈・交流を全て絶って、それまでとは異なる道を・友を探し、歩き始めました。
 山歩き、百姓仕事、四国遍路、キャンピングカーによる日本一周、等等・・

 60歳を過ぎた頃より、それまでの負の感情が日ごとに薄くなってゆきました。
 65歳になる頃は、どのような時代に、どのような考え方を持って、どれ程の体力・知力を以って言動と行動を起こしているかと、他人事みたいに興味が沸き始めました。
 その間、放送大学、中部大学の聴講生となり、主に世界の歴史を学び始めました。

 そして、座学だけでは飽き足らず、本年は「101日間、船旅世界一周」を終えました。
 自分でいうのもなんですが、「一皮剥けた」と実感しています。
 
 数年前から、エンピツ書きしていた「遺言」も正式なものに書き直しました。「終末医療に関する意思表明書」も再確認し署名捺印しました。
 その他、加藤家のこと、母方の家のことなど、親族も含め記憶にあること、息子達の為に記録し残しておいた方がよかろうと思うものをかなり書き止め、入力し記録保存しました。

 そして、気分は「さてこれからだ!!。ここから勉強し直すぞ。一仕事しよう。修行の始まりだ。」との思いになっています。

 
 追記(9月12日、午後1時)
 
 〜午後1時のNHKニュースっを視聴しようとチャンネルを回すと、『安倍首相 辞意表明」のテロップが流れた。
 本来なら本日午後1時より始まる、所信表明に対する各党の代表質問が予定されていたが、ストップした状態である。
 
 誰が次ぎの首相になるか分らないが、誰がなろうともこれまでの政治をリードしてきた方々では、時間の問題で立ち行かぬことになることは必定でしょう。

 一度徹底的に混乱し、これまでの政治、行政、財界(経営者)リーダーが一掃されなければ収集はつかないと思います。

 と同時に、それはリーダーたちの問題のみでなく、その人たちを選んできた私達市民の問題でもあり、私たち自身がこの状況を正しく認識・理解し、これまでの考え方や価値観の見直しとこれからの向かうべき道筋に対しての見解とそれに基づく行動をとらなければ、新たな時代の到来とはならないと考えます。

 何度も、何度も書いてきましたが、自己責任、自主性、主体性を持って、良かれと思う道に向かって、各自が試行錯誤の中から選び取ってゆくことと考えます。
 それらの行動・活動の中から、一つ一つ新たなモデルが見えてくると考えます。
 


 




    COLUMN 2-N  NO265                                  
                                 平成19年9月4日 記

 最新『宇宙論』と人類の未来
   対談 佐藤 勝彦・池澤夏樹さん

 中日新聞・夕刊 8月22日〜8月28日 全5回

 ^滅びないために 互いの思いやりしか・・(佐藤氏)
            自分で見えぬ物を探す(池澤氏)


 切り抜きはしたものの、宇宙論なんて理解できる訳がないと、積んでおいた。
 それでもと思って目を通してみました。

 『宇宙創生のシナリオ、世界を貫く最新物理学の法則やゼロから構造が生まれる不思議の話と興味を持って読み始めた。

 宇宙の謎は解けない、新たな謎としての「銀河団の周辺の暗黒物質、ドラえもんのタイムマシンも出てくる(時間をさかのぼる自己矛盾)。
 
 知的生命体は宇宙に存在するのか。
 「人間原理の宇宙論」なんて、初めて聴く話。<宇宙のすべての法則は人間の存在を可能にすべく微調整されているように見える。 そのように見えるのは、認識主体である知的生命体(人間)が生まれうる宇宙のみ認識されるからであり、認識主体が生まれない宇宙は認識されないからだとする考え>。

 宇宙には、他の天体には知的生命体が存在するのか、「宇宙には生命体がいるのは当たり前だろうと考える」佐藤さん。「 自分が特殊な存在ではない」というのが物理学者の考え方と言う。 そして地球に似た星が見えてきたともいう。 

 進化の果てに
 
池澤さんは「知的生命体はその知力によって比較的短い間に自滅するのではないか」
 「我々は実際絶滅のギリギリの危ない橋を渡っているのではないか」と問いかける。

 心も進化する産物としたならば、我々の思考の原点はホモサピエンスがアフリカを出た10万年前から少しも変わっていない。
 
 知的ではなく論理力が増して、キリストやマザー・テレサのような形而上学的能力に長けた生き物が出てくると、その時われわれホモサピエンスは消えてゆく。
 が、それは理想的な考え方で、それらの人は進化の過程で亡び、我々のような迷える人が生き残るというにが進化的にきわめて自然と言う。

 本能でなく知力で生きようとした間違い。 知的であることで、人間は生物としたの頂点に立つようにみえるけれど、その先は行き止まりになっている。

 では、滅びない為には
・・物に頼りすぎた文明は最終的には滅びる。 戦争という形で物と権力を奪い合う。
 ・命がなくなるような現象が至るところで起こり、混沌とした状態のシナリオしか見えない。  オゾンホールのときもギリギリ間に合った。 遺伝子組み換えは逃げ場がない。
 
・一番怖いのは「投機」と言う名のグローバリゼーション。儲かることが全てに優先。
 ・「星の王子様」=サン・テグジュペリには、”自然を人間の役に立つように上手に運営するのは神から与えられた義務”というカトリックの世界観が書かれているところがおもしろいという池澤さん。

 人類が絶滅しない為には、「大事なものは見えない。 見て分るようなものに頼らず、その先は自分で考え探してゆくしかない。 その過程が、私達の生きてゆくということ」
 
 先ほどの「星の王子様」には、別の世界からある人物(王子様)が地球に降りてこられ、我々の論理にとって大事なことを教えてくれる、ドラマチックな死に方で元の世界に帰ってゆく。 キリストと同じ。

 あの本を読むと優しい気持ちに慣れる。 例えば、北極星に行くことは出来ないが、北極星に向かって歩くことは出来る。 星は地球的でないから希望を託せる。』」



 〜如何にお感じになりましたか、私はここまで要約するのに精一杯です。明日もう一度、読み直します。 抜粋編集していますので、構成・編集は私=加藤の責任です。
 対談の真意は損ねてはいないと思いますが・・・
 
 





    COLUMN 2-N  NO264
                                  

                                 平成19年9月4日 記

 松藤 民輔さんが書いた、吼えた”バブルよ戻れ”と
    「牛之宮ウィークーリー663号」より

 〜では、どうすべきか。思案のしどころ、いや・・・


  松藤民輔さんについては、私のホームーページには何度も登場しているので、改めて紹介することは止めます。
 と言っても、初めての方には何のことやらサッパリわからぬでしょうから簡単に。

・・私が十数年前から受信しているFAX情報発信者の一人です。
 ・また、彼は十数年前に個人資産と知人・友人から預かった数十億円の資金を一気に失った方です。
 
・その後が振るっています。 「夢と勇気とサムマネー」という、新しいFAX情報通信を今までに追加して発信し始めました。 
 そこには、そのときなぜ失敗したのか、今後どうしたいのかを包み隠さず、活字にして発表したのです。
 
 ・私はその破天荒な行動に、魅せられたられたというか、私には到底できることではないと思いました。 そして、この方の今後は大変面白いから付き合ってみようと思いました。(騙されてみようと思いました)

・少しばかりの遊んでいた金額が手元にありました。それを彼の発行する社債に投資したのです。 投資と言うよりは、映画を見るか、私小説を読む気持ちで・・・(入場料・代金)
 ・それから、早十数年が経過しました。
 ・そして、本日の彼の書いたこと、吼えたこととなります。

「・時代は動いた。バブルという名の経済サイクルが冷酷にバブルに乗った人々を流し去る為に。 歴史は動く、変わらぬ河の流れのように。
 この歴史の変化を待っていた僕がいた。 思えば15年間、同じテーマを追い駆けてきた。
・・・、読者に誓う。 この変化を待っていた人々、計画的に、意図的に予定していた人々の為の時代が来ると。

 時代の流れや変化を予定し、予見し、その流に乗ろうというつわものは少ない。
 我々の読者は、十数年の長き時間を、僕と共にこの変化のタイミングを追い駆けてきたのだから。
 だから投資でもうけようなどという、安直な話ではない。
 透視した時代の変化に乗ることの凄さを味わって貰いたいものだ。(中略)

 金へカエル。 金の時代がやってきたことも発見できた。 ニューヨーク株の下げは、金の上昇であり、政治的には覇権の移動が始まることになる。
 全ての銅のブル(強気)市場の後には、革命か戦争がくるからだ。
 中国における資本主義革命なのか、中東で戦争が始まるのだろうか。(中略)
 
 このバブルを許し、崩壊を予定し、キリスト教文明がこのバブルにより衰退してゆくことを、我々は歴史の証人として眺め、検証すべき時に立っている。 (中略)

 投機とはバブルに乗った人々のことではない。 遠くを眺めるという投機である。


〜加藤はこのホームページにイロイロなことを書いてきました。
 が、 私自身が持っていた知識とか見解などはほとんどなく、約10人程の政治・経済・社会評論家、ジャーナリスト、あるいは新聞や 雑誌から知りえたものから、私自身が理解し・納得出来たことを自分の意見、見解として綴ってきました。
 時には、異なる意見や見解も口にし、活字にしてきました。

 同じことを繰り返す、あるいは同じテーマとなんども対峙するようになりますと、少しづつですが腹の底から言いたいことも出てくるようになったのは、最近でしょうか。

 今回紹介した松藤民輔さんの発言は本人も何度か言っておられますように、思い込みが激しく、外れに外れて十数年ということです。(説を曲げなかったからたいしたものです)
 今回も、「書き、吼えて」いますが、果たしてどのように時代は展開するのでしょうか。

 私がこのところ思い、考え、口にし、活字化していることは、お読みいただいていればお分かりのように、「分水嶺は越えた」、「一度は通過しなければならない道」などというタイトルにもありますように、これまでの古い仕組み、制度、システムは静かに(時に激しく)流れ去って行きます。 
 しかし、目を凝らし、耳を澄まし、足を使って訪ねれば、新たな夢と希望に満ちた動きがアチコチに散見されるという見方、感じ方と少しの実感です。

 ただし、それは今までのように人頼りで、待っているだけでは手元にはやってこない、自己責任、自主性、主体性を持って試行錯誤の過程の中から手にするものであり、そのネットワークが出来るのだ考えています。




    COLUMN 2-N  NO263
                                  

                                 平成19年9月3日 記

  この半月の間に切抜きした事柄

〜自己を見つめ日常生活を・・・
    〜時代は根元から変動を起こしている〜


 8月13日 中日、夕刊 「エネルギーという欲望」 高村 薫
 
 「・・・エネルギーをめぐる困難は、私達の欲望の作り出した困難だろう。 
 現在の消費を維持する」という条件を満たす為の右往左往だろう。 
 地球の資源量と環境の条件を大前提にしたとき、「もはや現在の消費は維持できない」という、前提に立たなければならないのではないか。 だから、掛け値なしに、深刻なのだ。

 産業革命以来の生活スタイルを、変えなければならないというのは、精神的にも物理的にも、直ぐに想像が付かない話である。
 けれども、エネルギーの節約とは、物に溢れた消費生活を縮小する以外にはあり得ない。
 必要のないマイカーを捨て、生活用品を捨て、それでも回るような経済構造を、本気で考え出さなくてはならない。』

 8月24日 中日 夕刊 「あの人に迫る」 塩崎 亮潤 (大峯千日回峰行の大阿闍利)

 『一般の生活でも悟ることは可能」

 ・
真心を取り戻す。 朝、神様、仏様に手を合わせる。
@大自然の決まりごとに、ありのままに生かされていることに気づく、水は高きから低きへ。
Aいい事をして、悪いことをしない
B感謝する。


 8月19日 中日新聞 社説 「この夏に逝った顔、顔」

 
・保守本流の良識派といわれた宮沢喜一・元首相 87歳
 ・今日の共産党の基礎をきずいた、宮本顕次    98歳
 ・臨床心理学に第一人者、元文化庁長官 河合隼雄 79歳
 ・作家・評論家・「ベ平連」などの市民活動家 小田 実 75歳
 ・昭和の歌謡界の代表作詞家 阿久 悠    70歳

 9月3日 中日新聞 社説 「活私共生」のすすめ
 
・戦前・戦中の忘れられない体験「滅私奉公」「滅私報国」
 「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも とどめおかまし 大和魂(昭和17年、11月 内閣情報局が発表の「愛国百人一首」のひとつに選ばれた、吉田松陰の歌)

・やがて、「挙国一致」「尽忠報国」「一億一心」「神州不滅」、と四文字で戦争へと導いた。
・戦後「個」が行過ぎたと安倍首相が認識するならば、それを規制する「滅私」ではなく、私を公に生かす「活私」の道を模索すべきでしょう。

・日本ではインターネット元年といわれた1995年は、「ボランテイア元年」でもあった。
 同年1月、阪神大震災では各地から自然発生的に人々が救援にはせ参じた。
 「私」を他人の為に生かし苦楽を共にするというスタンスです。

 「滅私奉公」から「活私共生」です。

藤原さんは「個の花を咲かす」運動を始められました。現在会員募集中。


 ・
9月2日 中日 「座視」 「民主党のつまずき」 ジェラルド・カーティス

 ・『民主党は7月の選挙に勝ってから二つの間違いを犯したという。
 @郵政民営化凍結法案の提出
 
 国民新党を民主党との統一会派に引き込む為に、古い自民党の政治構造復活を願う政治家との提携である。同時に、前回の総選挙の有権者の選択を歯牙にもかけないとの宣言である。
 この法案は小泉首相のときに国民の審判は下っている。 有権者の選択を尊重しないのに等しい。 安倍首相を交代させない自民党を批判できる立場を自ら放棄している。

 Aテロ特措法の延期問題。
 
 ジェラルド氏は延期せず、新法を制定する十分な理由があるという。 小沢代表は「普通の国」になるべきだと言ったが、自国の外交政策を国連安保理決議の人質にする普通の国が、どこにあるのか。
 
 安保理が決めることを尊重するのは国連加盟国の義務だが、安保理が決めないと、何にも出来ない国は何処にも居ない。
 政府の最大の責任は、国を守って国益を追求する事だ。

 そのために日本が何が出来、何が出来ないかを既定する役割を国連安保理に任せるのは「異常な国」とした言いようがない。 

 民主党は、自民党が権力を失うのを期待するだけでは、何時までたっても政権を獲得できない。 有権者の支持を得るための戦略が必要だ。』 


 〜なるほど、評論家は、目の付け所が違う。
 
 と思うと同時に、頼りにはならない民主党であるが(どうせバラバラになり、空中分解の可能性高いが、それでも)、この時代一度自民党の政治をひっくり返し、政権から引きずり落とすことが必要と考えています。

 一時的には混乱を招くことでしょうが、長い目で見れば10日前に書きましたとように「一度は通過しなければならない道」です。(一部の方にしか、この一文は送信していないかとも思います。調べてみます)
 
 アメリカ追随で、言われたことしか出来ない国から、主体性と自主性を持った国に(国民に)脱皮しなければならない考えている私としては、たとえそれが目先の戦術にしろ、自民党を追い込み解散総選挙に持って行くべきだと考えているからです。

 また、アメリカも足元が様々な側面から(例えば、イラク問題、低所得者住宅問題から派生した金融問題等)、世界のアメリカという帝国主義戦略は行き詰まっています。
 
 ヨーロッパのドイツがガタガタと言いますし、中国が最後のバブル崩壊国となって、世界は一気に大変革の時を迎えると思っています。予測しています。

 そのような時代背景にあって、政治(政治家)に求められていることは、もっと大局的・長期的、地球的視野にたっての、世界や国のあり方、方向付けです。
 目先のことに対応して、次ぎの選挙の票を狙ったとてもそこまでです。
 
 やって来る波は、これこそ「想定外」と言って、すまされるものではないほどの地殻変動を伴ったち超大波でしょうから・・・

 でも、目先も必要でしょうし、良しとします、が、あわせて上記の視点たった提言と思索を早急に検討し、提示し、国民の審判を仰ぐという国家挙げての課題と思っています。

 
 何もなく、示されていず、一億国民が右往左往することが、一番混乱を招くことになると考えるからです。

 
(再び「オオカミ爺」の遠吠えが始まったと笑って済まされるならば、これまた幸せでございます)
      私は私で出来ることを試行錯誤しながら続けてゆきます。 



    COLUMN 2-N  NO262
                                  

                                 平成19年8月6日 記

 「緑のオーナー制度」とは何か?
           「分収育林制度」何か?
                   の質問に答える。

        中日新聞 8月6日 朝刊より
      〜”お金では買えないモノがある〜


 昨日「緑のオーナー制度」に関してこのコラムで取上げましたら、もっと詳しく説明して欲しいとのメールが入りました。
 本日の中日新聞にとりあげられていましたので、その中から紹介します。

 『分収育林(緑のオーナー)制度とは、育成中の国有林について、市民がオーナーになって費用を分担し、15^30年後の伐採、販売、持分に応じて収益(間伐代も含む)を国と分け合う制度。
 負担金は一口50万円と25万円。 スギやヒノキなどが対象で、国が林業者らに委託して枝打ちや間伐をする。
 国は国有林を、これまでの木材生産から土砂災害防止や二酸化炭素吸収といった公益的機能を重視する方針に転換。 99年度以降、募集を休止している。』


・・、が収益が出資金を下回るケースが続出している問題をめぐり出資者から「国を信用して契約したのに・・・」と不満の声が上がる。
 収益は国産材の市場価額に左右されるため、制度は元本保証ではない。 国が十分にリスクの説明をしていない可能性が高く、国に賠償責任を求める動きもでている。』

昨日の説明とあわせてお分かりいただけたと思います。
 オーナーは延べ86000人です。 
 昨年3月末の立ち木価額(1立方メートル当り)はスギが3332円で、制度開始時の五分の一まで下落。 ヒノキが三分の一に落ち込んでいる。

 『一方、投資ではなく、森林育成への貢献を強調する声があり、分収育林と並ぶ制度で、販売収益をうる「分収造林」に参加している「森林クラブ」の代表は、「収益は気にせず、森作りを楽しんでいる。 自分のお金で森林が保全されることにやりがいを感じているいる人もいるのでは。 こうした制度は、都市から山にお金が流れ、林業への関心を広める異議があると思う」と話している。

 〜これから速度を増して新しい考え方や価値観が登場し、その実行者がドンドンと現れ時代を引っ張ってゆくことでしょう。

 自慢話になってしまいますが、昭和50年代初めに気づかされた”MORE&MORE”=(物的豊かさ・ひたすら利益とお金を求め)の自分の発想や行動に後ろめたさを感じていた為か、平成6(1994)年北海道にキャンピングカーでドライブで周遊した折、知床で「国立公園内100平方メートル運動」に参加しました。
 その運動はその後募集枠が満たされて、「100平方メートル運動・トラスト」と引き継がれています。 それにも参加しました。


 また、平成8(1996)年、四国・高知県の四万十川中流域の方々が始められた「四万十ドラマ」にも会員として入会、2005年には、設立から10年を経過したのを節目として、『民営化』の手続きが始まり、株式会社四万十ドラマとして、240株の全株を3町村の住民の方々が購入されてた。
 3町村以外からも出資の申し出あがあったということで、第2次募集が100株なされた時に、私も2株出資させていただいた。 (1株は5万円です)

 配当といえば年1回、2000円分の地元の御茶などの産物が送られてきます。
 今年は四万十ドラマの近くに「道の駅」が出来、四万十ドラマの直営店も出店し、そこでのお買い物券2000円分が送られてきました。
 
 民営化を期にそれまで年2回であった情報誌が年4回になり届けられます。
 その内容は「四万十川の魚たちの10年」、「四万十川を見渡す、この山全部が僕の牧場です」、「いつまでも広井小学校}(今年の春、生徒数が減少し統合されることになり、130年の歴史と閉じた小学校)、「川向こうに行く手段、沈下橋」の特集と、都会ではとてもお目にかかることの出来ない、あったか情報に触れて、参加した喜びを十分に味わっている。


    COLUMN 2-N  NO261
                                  

                                 平成19年8月5日 記

 「緑のオーナー」随時契約でも「落札」と林野庁公表
 
   〜中日新聞 8月5日 朝刊・3面 より〜

 ”これからの時代の創造と進展にどう参加するか”


 中日新聞の記事より

『国有林育成の為に募った出資金の元本割れが相次いでいる林野庁の「緑のオーナー制度」で、同庁が公表した昨年の国有林の販売結果資料で「落札」としている160件に、実際は「随意契約」の38件が含まれていることがわかった』

〜ご存知のことと思いますが、「緑のオーナー制度」は昭和59(1984)年にスタートしました。
 手元にある資料によりますと、このような解説がなされています。

<以下は、1994年7月24日 発行の中日新聞、サンデー版NIE(教育に新聞を)から>

 『1920年から30年にかけては20万人弱だった林業従事者数は、30年代後半、労働人口の急激な増加と軍需用材の供出制度のもとで急速に増加、40年には30万人を超えた。
 更に戦後復興期の用材・薪炭材需要により木材価額が急騰したために林業は一層活気を増し、55年には従業者数が全産業の1・3%に当たる51万8725年に達した。

 しかし高度経済成長期に産業構造が大変化により山村の過疎・高齢化は急速に進み、55年から65年までの10年間で従業者数は半減。
 一方、住宅着工数は増え続けた為、国内生産が間に合わず外材を大量に輸入。
 外材に競合品目のない国産ヒノキを例外として、国産材は、より安価で質・量とも安定している米国産ツガなどのライバルに圧倒されていった。

 80年ごろから住宅着工数減少と共に需要が落ち着き、木材価額は低迷。その結果林業と他産業との賃金格差はますます広がり、後継者不足にますます拍車をかけた。
 悪循環で高齢化は進み、90年代には10万7500人しかいない林業従事者の内、50歳以上が67・9%を占めるまでなった。
 


 〜「森林太って林業細る」といわれている日本の林業です。
 私は1991年香港での勤務を終えて帰国した時、香港ではまったくと言ってよいほど緑とは縁のない30階の高層住宅密集地での生活をしていたこと、と、私の故郷である信州との県境の豊根村の森林100%と言ってもよい環境の中で育ったことに影響されて、緑のないところ、見えないところではストレスがたまるというか、気持ちが落ち着かない精神状態になっています。
 そのようなこともあって、帰国後1年経過したところで知ったこの「緑のオーナー制度」に応募しました。 30〜40年後には幾ばくかの元本の増加が見込めるだろうという下心を否定することは出来ませんが、それよりは日本の緑を何とかしなければという純な気持ちの方が大きかったと思います。

 ユトリがあるわけではありませんでしたから、50万円と25万円各一口を購入しました。
 30年後と40年後の満期では有に80歳を越えていますから、一口は息子の名義にしました。
 当時、現地見学会がありまして、設楽町・田峰で一緒に参加された高齢のご婦人が「この木を切り倒した時に、自宅に持ってこられたら大変なことになる。 住宅の建て替えの計画はないから」と言って、マジに心配していたことを思い出します。
 
 無理もありません、当時のパンフレットを読み直しますと、一口(50万円分)でおおむね100uの木造2階建ての住宅に使われる木材になるものと見込まれます。将来が楽しみな”緑の資産”といえます。と書かれてあるのですから・・・。

 既にそれから15年の歳月が流れました。 契約期間が短かった方や初期(1984年)に契約された方たちが満期を迎えられて今回のような額面割れの結果となっています。

 元本割れも問題ですが、随意契約を「落札」と発表したことの方が問題であると考えます。
 ”購入時に元本割れあることの説明が充分なされたなされなかった” 、”国の事業で国民に損害を与えることは許されない”との意見もでていますが、私としては当時、元本が保証されるとは思っていなかったし、割れることもあるだろうとの可能性を、当時の材木価額の推移から考えられもなくはなかった事を記憶しています。

 それよりは「随意契約」を「落札」と発表する林野庁の態度の方が問題です。
 解体されることになった社会保険庁といい、60年続いた自民党中心の政治体制、行政・官僚機構はあらゆるところで次々と不正や問題の先送りがどうしようもなくなって膿が噴出してきているといえましょう。
 今回のこの件についても、参議院選挙で自民敗北のことが大きく取上げられていますが、もっと大きく取上げられてしかるべき課題であると考えます。(どれ程のオーナー数なのでしょうか)

 バブル崩壊に至る過程、その後に続く右に左に揺れ動き、責任なすりあいの政府(与党)と大蔵省、日銀は問題の大元と言ってよいと思います。
 今回の選挙で、参議院の民主党が与党になったことで、更に次々と私たちの前に、今まで知らされていなかった事柄がテーブルに乗ってくることでしょう。

  そんなことを言っていても始まりません、何度か書きますが、消えてゆくものは消えてゆきます。 明るく・元気で・楽しい、新たな時代を私たち自身で作り上げて行くときが来たのです。

 話を林業に戻すならば、現在の状況の元ではコストを大幅にダウンすることも出来ませんし、無理して行えば森林が壊れてしまうでしょう。
 日本の林業は昔から労働多投的で北米や北欧の林業に比べて能率はよくありません。
その分環境に対しては優しい。 原生林を収奪する非持続的な林業は消えてゆくことでしょう。
 
 そこらをにらんで、この森林を太らせておくのもよいことかなと思います。
 ただ、林業従事者がその後も減少していますし、ますます高齢化しています。
 各地で森林回復のボランティア活動やNPOが立ち上げられています、大いに期待すると同時に、私も2年前まで参加していたこれらの活動に、再度参加しようかなとも思っています。

 私の契約している「緑のオーナー」の契約満期は、平成34年と平成41年です。あと15年と22年です。
 新しい時代の創造と進展を眺めながら、ジックリとジャマにならないように、可能な行動を続けてゆきたいと思っています。
 
 

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