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コラムはこち



COLUMN 2-N  NO300

                                平成20年3月14日 記


   けさのことば  岡井 隆
  
               中日新聞 朝刊より



 「書くのは、どの人の中にも眠っている組織をよびさますのに最適である。

      『リヒテンベルグ先生の控へ帖』  (池内 紀 編訳)

 読むだけでなく、「書く」。 とにかく書いてみる。
 「一度でも書いたことのある人は、書くと、自分の中にあるなどとまるで気付かなかった何かが、やおら目を覚ますのに気付く。
 
 記憶減退をなげく人も、そうでない人も書いて頭の中の木の芽を起してみることだ。



 〜岡井先生の指摘には納得できる。 

 私自身書くことにはもともと抵抗のあるほうではなく、またどちらかと言えば「筆まめ」であったと思う。

 このように、ほとんど毎日書くというのか入力していると、何か一言でも書かないと「継続」がとまったようで、また怠惰になったのではと感じ、何でもいいから書くことになる。

 ウェブの世界が広がり「総表現社会」となって、多くの方が自己主張を始めた。

 一方的に垂れ流されるマスコミの情報を受け取り、知らずにいると(意識していないと)取捨選択することも忘れ、そのまま受け入れてしまっている、あるいは操作されていると感じることが益々多くなっているこの頃です。

 一番の要因はマスコミが権力と結託していることではないかと日ごとに感じるこの頃です。
 
 大衆もやっとその辺のことに気付き始めて入るのですが、計算され仕掛けられた上手な誘導で知らず知らずに引き込まれているか、テレビなどは馬鹿番組(時には疲れた時、考えるのがいやな時には時間つぶしには良い)で思考を停止させられているのかとも考えてしまう。



  ここ数日、ウェブ会社の新入生教育を受ける為に、指定必読書「ウェブ進化論」(梅田 望夫)をやっと1回読み終わった。 (指示されているのは最低3回は読むこと)

 何度か書いてきましたが、このウェブ世界=インターネット社会の進化は、新たな社会の創出に益々ユックリではあるがインパクトを与えてゆくと感じています。

 この世界は全て正しく、清いなどとは言い切れませあるんが、(数々の問題点が指摘されているし現に起こっている)、若い方々にとっては当たり前の社会と受け止められている。

 色々と体験し分別がある、物事が見える世代には、つい否定的な言葉を吐いてしまうが、それだけでは彼らとの間の溝が埋まらない。

 無理して迎合することはないが、まず最低限の知識と技術は持ち合わせ、その上で判断したいと思っている。 

 さて、2回目の読書と参ろう。

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COLUMN 2-N  NO299

                                
平成20年3月13日 記

 「世界経済の覇権は自信喪失の二番手国家に・・」

〜松藤民輔氏のブログ、増田 悦佐さんの論文より〜



 「世界的な金融危機が時代を変える機能を持っている、次のような一般的傾向がある。
 
 
(1)世界を覆いつくして国際貿易を停滞または縮小させるような金融危機は、世界経済の覇権国を交代させること。

(2)そして新しく覇権国になるのは、世界金融危機でいちばん苦しみ、自国の経済運営についていちばん自信を喪失した国であること。

 

 それにしても、なぜ深刻な金融危機に直面していちばん苦しんだ国が、次の時代の覇権国になるのだろうか。
 簡単に言えば、知識人が自分たちの都合のいい方向に大衆を引きずりまわす能力が低下して、みんなが それぞれに自分で自分の生き方を考える世の中になるので、国民全体の持っている潜在力が解放されるからだ。


 (中略)
 こういう時代にどう対処するかについては、両極端の考え方がある。
 @、ひとつ目は、できるかぎり有能なエリートに全権を与えて、そのエリートの指導のもとに一丸となって危機を突破しようという考え方だ。

 Aふたつ目は、最初のエリート主義とは正反対に、危機の時代こそなるべく広く薄く決断を下す権限を分散して、だれもが自分なりに危機に対処する、そしてその中でだれかひとりでもたまたま正しい解答を出すことを期待するという考え方だ。


 (中略)

 政治環境がどんなに深刻になろうと、エリートは大衆を教え導く権限をあっさり放棄したりしない。
 なんとかして自分たちの地位や名誉や高収入を守るために、危機のときほど「大衆はエリートが教える通りに動かなければ、今よりずっと悲惨な目にあう」と主張する。

 いや、危機が深化すればするほど、彼らは従来から維持してきた特権的な立場にしがみつこうとする。大体において、どこの国でも危機は知的エリートの指導力を強化する方向に働いてしまう。


 ところが、危機の時代にこうしたエリートたちの支配力がかげりを見せる国がある。
 そう、あまりにも長い不況の中で、知識人も自分たちの指導力に疑問を抱くし、大衆も知識人の言うことを信用しなくなる国だ。

 1930年代のアメリカも、1990年代以降の日本も、まさにそういう国になっていた。つまり、自信喪失というのは、あくまでもエリートたちの自信喪失であって、大衆はなんとか今まで通りに生きていくために、悪あがきだろうと何だろうといろいろなことをやってみる。社会全体がそういう状態になっていくと、思いもかけなかったような潜在力が発揮される。


 (中略)
 
知的エリートが思うがままに大衆を操ってきた社会から見ると、1930年代のアメリカも1990年代以降の日本も、有能な「指導者たち」が自信を喪失したために社会全体のタガがはずれてしまっただらしない世相に見える。だから、政治家や財界首脳や官僚たちは「この世の終わりだ」というような大げさな悲観論をばら撒きつづける。

 だが、かれらが極端な悲観論で大衆を脅さなければ自分たちの権威を維持できないと思っているような社会こそ、本当に新しいものが生まれる良い社会なのだ。
 そういう社会に支えられた国が次の経済繁栄期へのスタートダッシュで他国をリードするのも、そこに世界経済の覇権が移行するのも、当然なのだ。


 
 〜縦型社会(組織)の崩壊の時ではないでしょうか。 
 答えは天から降りて来ていたのではなく、縦社会(組織)の頂点やその周辺の我欲でもって意思決定だなされて降りてきていたのです。
 
 それが今、「カネと物のMORE&MOREの終焉」の時となったのです。

 私は自然、太陽、土、水ということにここ十数年関心が向いていました、そしてここ数週間は
 一転「ウェブ世界の進化」と言うのかインターネット社会の進展に関心が及びました。

 一見、異なる世界の組み合わせのようですが、私の勘ではどこか結びついているのです。

 それは縦社会(組織)ではなく、横社会とでも言うのでしょうかネットワーク組織の映像です。

 同心円状上広がった考え方や価値観を共有するする人々の輪=和であると感じています。

 様々なところで、様々な方法で、色々なテーマで行動が起こっています。 その試行錯誤の中から、このトンネルの向こう側に光が=景色が見えてくるのではないかと考え、感じています。
 其れゆえに、私自身も「これからの自分史」を書き続ける為に、行動を起こし、続けなけばと思っています。
 人様や周りに可能な限り迷惑がかからないように、まずは健康第一でいろんなことに取り組んでいきます。
 
 1、朝のストレッチ、掃除、礼拝、夕方の散歩、早寝早起き。
 2、食事内容は穀物・野菜類を中心、地場産・国産、農薬・化学肥料・添加物の少ないもの
 3、健康補助食品(サプリメント)を摂る。 ヒノキエキスでストレス解消(化粧品、浴用等)
   まだ、3ヶ月弱ですので、確信を持っては言えませんが「コールド・レーザー」は良さそう。
 4、百姓学校、自宅で土と接する。
 5、各種のサークル、集まり、勉強会に参加・出席する。

 上記のほとんどのことは、この11年間実行してきたことですが、継続することに加えて、無理のない程度に新たに付け加えてゆこうと思っています。


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COLUMN 2-N  NO298

                                  
    
                                 平成20年3月11日 記

 「応仁の乱の時代」と今の状況

    熊谷 弘さんのブログより紹介


 3月8日から、4日間にわたって熊谷 弘さんが、「応仁の乱」について、書かれた

  大正時代の内藤湖南

  昭和時代戦後の和辻哲郎、 同じ昭和と言っても昭和40年代の永原慶二3人の学者がそれぞれ視点か

 ら「応仁の乱」を取り上げ、歴史的な意味合いを紹介されておられました。

 ここでは、それらの全てを紹介することは出来ません。

 興味のある方は http://www.kumagai.ne.jp/column/の「ノンジャンル」からどうぞ。

 以下は結びの文です。

 500年続いた欧米優位の時代が大きくゆらぎ、劣位におかれた新興国が台頭する時代である。英国から

 米国へバトン・タッチしつつも過去類例をみない超大国、世界帝国米国が支えられないほどの変化が起こっ

 ているのである。オバマ政権の経済政策の最高指導者ボルカ
が、金融システムが崩壊したと言い切っ

 てはばからないほどの事態になっているのである。日本人全体が覚悟をきめて立ち上がらねばならぬ危機存亡のときだといっても過言ではない。


 内藤湖南の次の言葉は、今の日本人にも届くにちがいない。

 「応仁の乱というものはまったく日本を新しくしてしまったのであります。
 
 近ごろ改造という言葉が流行りますが応仁の乱ほど大きな改造はありませぬ。

 この節の労働争議などは、あれが改造の諸論のようにいっておりますが、あんなことではとうていだめです。
 改造というからには応仁の乱のように徹底した騒動がなければ問題になりませぬ。それで改造という事が

 結構なら応仁の乱くらい徹底した騒動を起すがよかろうかと思います。」



 〜コメントはなしです。




COLUMN 2-N  NO297

                                  
    
                                 平成20年3月9日 記

 「応仁の乱の時代」永原 慶ニ 先生

    熊谷 弘さんのブログより紹介


 熊谷さんのブログを読んでいたら、永原 慶ニ先生の話が紹介されていた。
 
 私は永原先生を知らない。 調べたら以下のことが分った。
 熊谷さんの出身校、一橋大学の教授である。

 永原慶ニ先生は、中世史・社会経済史の分野での第一線での研究と同時に、教科書問題など、同時代への積極的な発言でも知られていらっしゃいます。

 【略歴】1922生。一橋大学・和光大学名誉教授。東京帝国大学文学部国史学科卒。経済学博士。著書に『日本の中世社会』『歴史教科書をどうつくるか』ほか多数。



 熊谷さんの文章で、永原先生が語られたことが以下のように書かれている。

 「応仁の乱の時代、“ポンコツ政治”の時代である。

 こうした為政者たちの無為無能が社会の混乱を大きくしていったことは間違いない。
 この時代は、経済、社会が大きく移り変ってゆく変革的な時代であった。それゆえ激動日本はむしろ当然のことだ、と永原教授は指摘している。

 見方によれば、国家の衰微その極に達した、いわば国家なき時代であるとさえいえる。だが、それは新しい国家への移行への大きな転換への道であったとも言えるのではないか。

 この古いものが一度徹底的に壊され、バラバラになったあと、やがて、統一への長い道のりを歩み始めるのである。内藤湖南は次のように言っている。

 「それが百年にして天亀天正になって、世の中が統一され整理されると、その間に養われたところの思想がやがて来る日本の統一に非常に役に立つ思想になりまして、今日のごとくもっとも統一の観念の強い国民を形造ってきているのであります。」



 〜さて、私は何処に、何を感じここに取り上げたのでしょうか。

 多くを語らなくても読者にはお分かりのことと思います。

 どんなに不透明で、不信、不安、不満な時代でも、それは次の新しい展開が始まる前兆であり、よい方向に向かっている証拠でもあるのだと思っています。

 日本の歴史の中で「下克上」と言われ、全てが破壊され、庶民は極貧の生活の中で死んでいった。 その後に展開された世界も殺し合い、強いもの勝ちの時代ではあった。

 が、そんな中で、日本統一の思想が形成されていったのだと言う。

 今、今日の世界の状況、日本の情勢はその応仁の乱の時までには至っていない。
 ここらで、気付き立て直せるのか、ゆくところまでゆくのか。

 私はゆくところまで、ゆかないことには次が始まらないと感じているのですが・・・





    COLUMN 2-N  NO296
                                  
    
                                 平成20年3月5日 記

 一六社にて


                  


              


    COLUMN 2-N  NO295
                                  
    
                                 平成20年3月3日 記

 「牛乃宮 ウィークリー NO725」 松藤民輔さん
   
     ”誰も経験したことのない時代”より


 抜書きをします。

 『時代は20年ほど大変な時代なことになる

 日本人にもこの恐慌は厳しく受け入れ難いものだ。 しかし、1990年代からの失われた時代は、日本と日本人に経験という貴重な学びを与えてくれた。

 この学習効果は甚大にして効果のある学習であった。
 この結果、企業は90兆円という資金を蓄え、個人は実に1500兆円の金融資金を抱えている。
 昨年10万口座の証券口座、8万口座の金取引口座がオープンした。
 取り付けや倒産の中で、自分の資産運用のための証券口座を開く国民は、日本人をおいてない。
 バブルの日々、中国は一日5万口座、一ヶ月で百万口座ひらいたことがあった。
 それらのひとびとは、いまや損失に嘆き、追証に困っているに違いない。

 誰もが損失にあえいでいる時に、口座を新設する人々、それが次なる時代のリーダになる人々である。
 (中略)
 
 食べることに窮する人々。 大量生産の農業と、質をめざす農業が現れる。
 (中略)
 
 恐慌が来るから金山だと、金山を買った僕の人生。 何か変だ。
 
 あらゆるビジネスの基本が儲けることから人助け、世直しに軸足を置き換えなければ、自分だけが幸せを追求させてもらえなくなるに違いない。

 自分から他人の視点で眺める生き方。 視野を広げ、視点を下げた生き方の基本がこれからの厳しい社会の生き方になってくるのだろう。』



〜このウィークリーを書れているのは、昨年から今年にかけて6冊の単行本を出版された「松藤民輔さん」である。

 松藤さんは私が時々ここ紹介する藤原直哉さんと16年前に日本で共同してファックスで政治・経済・金融等の情報を提供する会社を設立された。

 詳しい経緯は知らないが、お二人がアメリカで同じ会社に勤務されていた時、資本主義国アメリカの将来、あるいはアメリカの証券会社のやり方に疑問を持たれ退職された。

 確か2年後、お二人の間で何があったのかは詳しく知りませんが、袂を分けた。
 私の知る限り、ご両人の価値観、生き方、ビジョンは異なっていた。
 両雄並び立たずということだったのだろう。

 その後、松藤民輔さんが執筆・発行される「牛乃宮ウィークリー」と、独立された藤原直哉さんが執筆・発行される「ワールド・レポート」の読者であり、会員です。

 私は藤原さんが牛乃宮時代から開校されている「藤原学校」の生徒であり、平成19年秋以降は「遠山郷藤原学校」にも参加させていただいき、「遠山郷から日本を変える」の趣旨に賛同し2ヶ月に一度遠山郷を訪問している。

 藤原さんは経済アナリストという肩書きではあるが、経済に限らず歴史、政治、経済、金融、外交などあらゆる分野に関しての博学と見識ををもって、揺ぎ無い一貫した思想でもってこれからの世界、日本のあり方、方向性を提示されています。

 
 一方、松藤さんはこれまた詳しいことは知るよしもないが、平成6年か7年に、数十億円という金融資産を一瞬にしてゼロとした。 (当時会長が松藤さんで、社長が藤原さん。)

 松藤さんは数ヵ月の時間を置いて、株式会社ジパングを設立し、同時に「夢と勇気とサムマネー」という週間レポートを発行して、その後、債権募集をした。(この前後で、藤原、松藤さんは袂を分けている)

 その後の松藤さんは、いろいろなビジネスに手を出した。 その中に一つにアメリカ時代からの恐慌の再到来を予見して、金の時代が来ると予測していた。 

 現在はアメリカ・ネバタ州等で金鉱山会社を買収し、日本で唯一の金鉱山所有専門会社・株式会社ジパングを経営、昨年日本のグリーンシートに上場した。

 私の邪推であるかもしれないが、個人資産を手にしたことにもよるのだろうか、本日上記で紹介したように「あらゆるビジネスが儲けることから、人助け、世直しに軸足を置き換えなければ、自分だけ幸せを追求させてもらえなくなる」という発想に切り替わってこられたのだろう。

 私に様々な勉強と生き方の道しるべを教えてくださったお二人が、今、時代の節目の時、新たな発想、価値観をもって行動をスタートされ、様々な展開が期待できます。

 改めて。、刺激と成り有り難いことです。





    COLUMN 2-N  NO294
                                  
    
                                 平成20年3月1日 記

  けさのことば       岡井 隆
 
      〜
中日新聞 3月1日 朝刊より〜
 


 『 道ばたに 色とりどりの 春の草花  その内側で  

   陽にぬくぬくと 大あくびして 「すべてよし」と滅んでゆきく  冬。

    世紀の変わり目に しゅがみこんで』  大岡 信』

 
 
今年の 「冬」はどうだったか。
 「すべてよし」と「大あくび」しながら、その座を 渡したのだろうか。

 「冬の瓦解は完全なので  そのすべてが そっくりそのまま 
        
                       春の中で 新しくなる」といいのだが。



 〜
岡井先生の解説を何度も読み直しているのだが、腹に収まる理解と納得がいかない。

 どの立場でこの短歌を呼んだらよいのだろうか。
 もちろん最後は私自身の立場からの理解であり、認識であるのだが・・・

  今年の冬の出来事は、目や肌には春の到来を感じさせてはいるものの、瓦解は全て終わったとは到底思えない。

 「すべてよし」と肯定し、必要・必然のこととして受け止め、前向きな気持ちで日々を過ごしているつもりではあるが、「大あくび」して、新しい春を迎えたという気持ちにはなっていない。

 まだまだトンネルの中。 トンネルの出口は見えないし、出口の向こうの景色は、これまで体験したことのない状況であろうと頭では想像しているが、果たして想定以内のことで済まされるのだろうか。

 どちらにしても「全てよし」「何事も必要・必然」、人生修行の道すがらの出来事と前向きに、明るくそして暖かく感謝して受け止めてゆきたいと思っています。



 本日から3月、庭の絹さやエンドウが日増しに背丈を延ばしてきた。 支柱を立ててやらなければと気になっている。

 昨冬耕転した瑞浪の畑も、再度耕転し・畝作りしジャガイモや春野菜の種をまかねばならないと気になっている。 今日は農協に買出しに行ゆ計画です。。

 地元のミニコミ紙「まちツボニュース」に、「地産地消を考える ー高蔵寺近郊の田園からーが紹介されている。

 家から10分もかからないところに一件が掲載されている。 農協の帰りにでも立ち寄ってみようかと思っている。
 
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    COLUMN 2-N  NO294
                                  
    
                                 平成20年2月12日 記

   中曽根康弘・元首相衰えぬ”脳”の秘密

 〜2月8日。日本テレビ「サンデーモーニング」より


 竹村健一氏のコメンテーターからそれまでメイン・キャスターであった黒岩祐治氏にコメンテーターに交代したから、「サンデーモーニング」の番組を見なくなった分けではありません。

 時代は劇的に変化しているというのに、首相が「給付金」を受け取るの・受け取らないの、方針演説の漢字を読み間違えたなどと、視聴者が関心を持ちそうな目先の問題が取り上げられており、馬鹿らしくなってチャンネルを合わせなくなっただけです。

 2月8日は松坂へ出発の前、偶然このチャンネルに合わせたところ、中曽根康弘さんが登場しており、久しぶりに彼がテレビから退場するまで視聴しました。

 其の中で、日本テレビが3日間、中曽根さんに密着取材をした結果の結論として纏めたのが、「中曽根康弘の衰えない”脳”の秘密」でした。

 1、記憶力   2、好奇心旺盛  3、人の話を聞く  4、ユーモアがある でした。

 中曽根さん自身は好奇心について、「新刊書を読む」と言っていました。秘書に買いに行かし、手には取るが最後まではほとんど読まず、「置いとくだけだ」も言っておられました。

 また、規則正しい生活が大切で、90歳になった今も午前10時には事務所に行き、午後の5時には帰宅するという生活をしていると言われました。

 コメンテーターで出演しておられた脳科学者の茂木健一郎さんが、中曽根さんのことを「5歳児の子供のような顔を見せる」と表現されていました。

 最後に、「夢は?」と問われ、「本を出したい」と言われ、そのタイトルは「GOOD BYE]。

    COLUMN 2-N  NO293
                                  
    
                                 平成20年2月6日 記

   けさのことば      岡井 隆

   〜中日新聞  2月6日 朝刊より〜
    <ジャガイモの短歌を読んで>



 「爵位ある 薯(いも)のましろき ししむらに 奉りてむかぐ はしきバター
              『遊星の人』  多田 智満子

 男爵いもの名は、明治時代・川田男爵が導入したことから付いていた。

 まるまるとした肉(「ししむら」)が白いところが特徴。

 男爵さまに「かぐわしきバター」を差し上げましょう(奉りてむ)というのだ。

 「香り高きバターこそ 似合へ 乳白の ししむら熱き君 五月の女王(メイ・ークイーン)
 とも歌われていて作者の心は品種に対しても公平である。

        

〜さて、私にコメントは・・・・

 男爵だの、「ししむら」だの、「はしきバター」などに、目が留まり本日のコラムへの登場となった分けではありません。

 あと、1ヵ月後になるとジャガイモの種の植え時となることを思い出しただけのことです。

 昨年末に、牛糞もタップリ撒き、耕転もシッカリ実施しましたので、3月になったなら軽く耕し、畝作りをすれば、直ぐにでも「男爵」も「メイ・クイーン」もOKです。

 毎年、ジャガイモの種芋は購入してきます。 1ヶ月後の4月には、サトイモの植え込みとなります。
 例年サトイモは収穫した内の幾らかを、畑に穴を掘って越冬させ、取り出して植え込むのですが、昨秋は全て自宅に持ち帰りました。

 瑞浪・日吉の百姓学校は冬の間には、氷点下8度以上にもなりますので、埋め込んでおいても2〜3割は腐ってしまい、使い物にはなりません。

 持ち帰ったサトイモは我が家の玄関でダンボールに入れられたまま冬越しています。 
 浸みることもなくこのまま行けば、今年の種芋になるかと思っていましたが、覗いて見たら、なんと小粒ばかりになっております。 種芋にするにはいささか小さすぎます。

 ということは、この間「美味いい・美味いい」と、食べてしまったことと相成ります。
 年初に一度、腹下り(腸内一掃)はありましたが、イモ類を食することは腸の働きには好結果をもたらしてくれまして、その後快調・快適に春を迎えようとしています。

 このところ、書斎に閉じこもっての時間が多かったですが、ボツボツと春の畑仕事へ向けて心積もりをし、「自分史」の整理を急がねばと、はたまた気忙しくなりました。

 やはり「神宮伊勢」へのお参りが、一つの区切りになりそうです。



    COLUMN 2-N  NO292
                                  

                                 平成20年2月2日 記

   「変革」33歳の挑戦
 〜全国最年少・松坂市長 山中光茂さん〜
 
        中日新聞 2月2日 朝刊より


 本日のコラム 2ーN NO291は少し嬉しかっただけだが、今度は変革が始まっている情報を発信できる喜びを感じている。

 「ここにも新しい時代が動き始めている」

 1月25日の三重県松坂市長選挙で無所属新人の元県会議員・山中光茂(33)は当選した。
 自民・民主両党が実質支援する現職候補に8000票も差をつけての大勝だった。
 
 インタビューに答えた。

 政治家になるまでの歩みは、『高校生時代、国連難民高等弁務官事務所にいた緒方貞子さんに会いに行った。「現場に身を置き、川下でおぼれている子供を救うのは大事。 でも、おぼれないように川上を何とかするのも大事」と言われたことが印象に残っている』と言う。

 『学生時代は児童擁護施設で勉強を教え、国際協力のボランティア団体の活動にも参加。 外交官の第1次試験に合格したが、現場を踏まないまま組織に入っていいものか悩んだ』


 医師免許取得後、松下政経塾に入塾。一方、医師としてアフリカの国々へ。
 
 『内戦や人種差別のあった地域で、政治が”壊れた”結果、人々の生活が引き裂かれるのを目にした。 現場でいくら取り返そうとしても、頑張っても、難しいことはある。 だから政治に対して思いが強くなった。』

 選挙戦では従来の大型投資の市政を批判。医療や福祉を重視する施策への転換を強調、女性や若者の支持を集めた。 勝因は何かと問われて

『市民一人ひとりが今まで以上に自分の頭で、自分の生活や地域を考えるようになったこと。
 時代の流れであると思う。 普通に見れば、政党や業界、各種団体が支援した現職を相手に勝てるはずがない』

『まずは情報公開を徹底する。借金などの市政の問題を、全面に出して分りやすく説明する。
 表に出なかった情報をチェックし、謝る必要がある部分も含めて公開する。
 市民が批判や意見が出せるようにすることが大切。

 市長室にいるばかりでなく、現場に身を置いていくつもりだ』
 と語った。


 〜如何ですか。 単純に喜ぶのは早いとは思いますが、直感でこれは偽者ではないと感じています。
 これからは、私達市民自身も「情報が公開されない、してくれないから」と言い訳をしている時ではないと思います。
 自ら進んで勉強し、情報を収集し、分析し、評価し、自分の意見・見解をもって、市政に、国政に参加すべきと考えています。

 このような市長を選んだ、三重県松坂市の皆さんに拍手を送りたい。


 全く関係ないことなのだが、今月8日に「松坂市」に行く、「波動の会」の定例会と其の関係である。 そして、翌日は「伊勢神宮」に参拝し、其の翌日は鳥羽から伊良湖に渡ろうと計画している。

 この頃、これらに一連の出来事や計画は全く偶然とは思われなくなっている。
 こんなことを書くと『遂にお前も頭にきたのか』と言う知人・友人もいるが、お言葉を返すようようですが、『そのお歳になって、お元気でよろしゅうございますね』とご返事申し上げておきます。
            失礼しました


    COLUMN 2-N  NO291
                                  

                                 平成20年2月2日 記

    ブッシュに無視された小泉元首相
 
      〜天木 直人さんのブログから〜 


 特段、小泉元首相に恨みを持つわけではないが、何度もこのコラムで、小泉元首相が首相に就任した3ヶ月の間、私が彼に期待した、あるいは騙された自分に不甲斐なさを抱いていたことは何度か書きました。

 小泉ー竹中ラインの終焉後、ここに来て様々に批判されていることに、溜飲し嬉しさも感じていない。
 それどころか、益々彼らと其の取り巻きが進めた施策がここに来て、その後の日本の社会に大きな歪を出し続けていることに心痛んでいます。

 それにしても、小泉はまだ政界の混乱にかまけて、何か仕掛けようとしているし、竹中に至っては、ぬけぬけとテレビに登場し「改革が中途半端であるからいけないのだ」と、言い放っている。
 
 両者とも引っ込んでいなさいなどとは考えてはいない、もっと・もっとやればよいとさえ考えている。 
 どちらにしても、日本は(世界も同じ、が、日本よりも海外のほうが、事柄の重大さを感じているようである。いや、追い詰められている度合いの問題か?・・・)

 日本、日本人はいま少し混乱と経済・社会の状況が悪くならないことには、真の改革、創造に向かって真剣に取り組み始めないだろうと思っているからです。
 
 正しい認識もって、覚悟と決心を伴った方向性を示して立ち上がろうとしている姿の人々の数がまだ少ないように感じているからです。

 さて、そうは言っても、モヤモヤが付きまとっています。 そんな中、天木 直人さんの2月1日から始まった「有料ブログ」を読んで、少し気分良くなっています。

 2009年2月2日発行 第0034号

 ブッシュに無視された小泉純一郎



 私は1月のブログで3回にわけて「ブッシュと小泉の仲」と題して、
さんざんメディアが喧伝していたブッシュ・小泉の歴史的な緊密関係が、
実はつくりあげられた虚像であったことが証明された事を書いた。

 その詳細については1月20日の第三回目(最終回)のブログで書いた
のでここでは繰り返さない。

 そのブログで私が強調したことは二つあった。

 一つは、私の問題提起がきっかけで読者から多くの関連情報が集まり、
それによって事実関係が明らかになり、私の推測の正しさが証明された
事である。つまり皆の情報を持ち寄れば一つのメディア、ジャーナリズム
が作れるのではないか、という希望である。

 もう一つは、私のブログの読者の中にジャーナリストがいるならば、
是非この事を調べて記事にして欲しいと呼びかけた事である。
 なぜならば、この事実は、決して過去に人になった小泉元首相の
個人攻撃ではなく、日米同盟関係の本質にかかわる極めて重要な問題提起
であるからだ。是非とも全国の日本国民に知らせる必要があると
考えたからだ。

 残念ながらジャーナリストへの呼びかけについては空振りに終わった。
どこのメディアも動かなかった。

 そう思っていたら、読者からの情報提供で、大橋巨泉が先週の週刊現代
(2月7日号)のみずからの連載「今週の遺言」の中で取り上げている事
を知った。このメールマガジンはその事を読者に知らせるために書いた。

 そのさわりの部分を以下のとおり、そのまま引用する。

 「・・・やはり彼(ブッシュ大統領)は史上最低の大統領という烙印を
甘受しなければならないと思う。しかしここに一人、ブッシュ以上の惨めな
思いをしている政治家が居る。それは小泉純一郎日本国元首相である。
去る1月13日、ブッシュはホワイトハウスを去るに当たって、3人の
外国人政治家に、アメリカが文民に与える最高の勲章である「自由勲章」
を与えた。その3人とはコロンビアのアルバロ・ウリーベ大統領、
イギリスのトニー・ブレア前首相、そしてオーストラリアのジョン・ハワード
前首相である。3人とも強力なブッシュの協力者として知られ、当然の授章
と受けとめられている。
 だが待てよ。その中でもハワードと小泉は「ブッシュのポチ」と言われて
まで協力した首相ではなかったか。しかも小泉は、ハワードですら
やらなかったプレスリーの真似までしてブッシュに取り入っていた。
それなのに最後になって完全に無視されてしまった。
 ある時は憲法の理念を曲げ、またある時は『私に戦場がどこかと聞かれて
も解らない』とか、散々詭弁を使ってまでブッシュの後押しをした小泉さん、
その結果が今回の『無視』ですよ・・・もう二度と『国を売り兼ねない』
人には、首相の座について欲しくないと思うばかりである」

 大橋巨泉が私のブログを知らずにこれを書いたとしたら、私は彼の
ジャーナリスト感覚にこころから敬意を表したい。もし私のブログが
ヒントになったとしたら、それはそれで嬉しい。




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