エッセイーA 日々身の回りのこと
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 COLUMN 1−D NO692より
                               
                                   平成19年7月14日 記

 今朝の連想は、モッコクから始まりました

〜「糾える縄の如し」から、四柱推命の運勢判断へ
    


            

 モッコクについて

 <昭和54(1979)年、1月15日購入「庭木、生垣の仕立て方>より
・生長が早い方でなく、手入れの必要性もなく、濃緑色の光沢のある美しさを持っている。 高木10メートル以上になるが、庭木としては中木として2〜3メートルで利用する。

 この木が我が家にある経緯

・昭和53(1978)年、名古屋城公園で開催・菊の展覧会に行った折、公園内にモクモクと茂ったモッコクを見て、わが庭にも欲しいと思った。
・翌年、2月18日、恵那樹苗センターにて、エニシダ(既になし)、ゆき柳(庭のアチコチ、街路樹の周りにも分植されている元となった)と共に、一本450円にて購入してきた。
 
 敷地内の北側、家と物置と駐車場の間に定植しました、そのときの高さは50Cm.
 現在は約6mメートルトに生長し、2階の窓の上部まで来ている。この辺が限界である。

     

      二階の窓から、天辺を写す        この茂ったモクモク感が好きです。

 今朝は台風4号が近づいており、予報誌が、「水道管=梅雨前線が停滞しているところに、散水車が勢いよく水を撒き散らしている」気象状況と表現していた。
 それを聞きながら、このところ知人や友人に送った手紙やメールの中に「糾える縄のごとし」という言葉を数回使っていることを思い出した。

 昨秋の野菜、今年のタマネギの収穫などできが良く、気をよくしている。
 その上に、このモッコクも船旅から帰ってきて見上げた時、昨年より一層お気に入りの姿・形になっていることを意識した。 このように、自分の周りの自然が全て順調に育ち、生長しているので気をよくしている。
 同時に、”糾える縄の表面が続いている”と感じ、自重しなければと思っている。

 そこで、四柱推命による運勢判断の記録のあることを思い出した。
 「タイキの記録・運勢」と題されたタイトルのファイルを引っ張り出した。
 <余談・ある種の自慢
 先ほどのモッコクの記録といい、この運勢記録〜30年前以上前のもの〜が残っています。 几帳面と言うか、このほかにも色々と資料は残してあります。 が、簡単に取り出せないのが悔しい。ボケ度合い判定材料。 本日は、スムーズに取り出せました>

 その運勢判断にはイロイロなことが書かれていますが、当時も、その後も気になっている一文があります。それは『宿命の星』に書かれています。

 『偏菅〜闘争、えこひいき、不公平の星です。 敵を作り易く、感情的で、偏屈、強情、頑固な性格といえる。
 また、権力におごり、激情的であるが、一面侠気、義侠心に富んでいて、他人の世話をしたり、大業を起こすことが多い性格を持っている。
 しかし、大概は、偏った強調の性格が出やすい為、万事に障害が多くなるようです。
 
 偏菅ー病〜障害をつうじて、浮き沈みの多い組み合わせです。 
着実な人生が望まれます』 と言う、ものです。

 そのほかにも色々書かれておりますが、自己判断としてはかなりの部分で納得できるものでした。(その他、このファイルには様々な性格、能力、適正診断記録があり、読むと面白い。 今生の先が見えるので、前よりはユトリを持って楽しく読めた。
 反省し、自戒し輪廻転生、次回も可能なら修行僧として再現を望みたい)

 以上のような背景があるためでしょう、またそのような体験をしてきた為に「糾える縄の如し」と言う言葉が、時折脳裏を横切るのです。
 
 すると、このところは表の部分を進行中ということになるのでしょう。
 過去を振り返って見ると、自然にと言うわけにはいきませんでした。
 本から得た知識、あるいはさまざまな偉人・先輩の納得できる教訓・言葉を手帳にメモし、時に見開いて言い聞かせ、歩いてきたと思っています。

  縄の裏があることを怖れたり、怯えたり、暗くなったり、否定的になるよりは、明るく、元気に、肯定的に、怖れることなく、時には果敢に挑戦して今日に至ったと思っていますし、思いたい。
 
 そして、人類の歴史上でも滅多に遭遇できない、大きな変革の時代が進行している中、ここからが今まで学び、体験してきたこと、更にこれから学び・体験し、そして「宿命の星」に対する回答を出すところに来ている時点に立っていると思うこのごろであり、今朝のモッコクから始まった連想です。





                                   平成18年9月09日 記

 木の文化は循環文化
 〜植物園、”秋の山野草展にて思ったこと〜


 そして、その日の深夜に目が覚めて、思ったこと

 久しぶりに植物園に立ち寄った。 秋の「山野草展」を開催していました。
 2週間前の「石の文化」の発祥の地オリエント・エジプトの記憶が残っており、デジカメに写った背丈が最高でも50Cmの盆栽の草・花・木と大いなる違いを感じた。

 4〜5000年前のオリエントから地中海、そしてヨーロッパへと伝わっていった石の文化・歴史との違いです。 石の文化なる故に、様々な戦いや崩壊や盗掘に会おうとも、数千年の太古の面影、香りは今に残り、何かを語りかけてきてきました。
 それは、屈強な若者や戦いに敗れ奴隷の身となったものたちの労苦の結晶とも感じたものでした。
 王であり、あるいは神とも崇められたかもしれない権力者によって、強大な神殿、石像、建造物が建立されたのでした。
                

 それに引き換えて秋の山野草はどうであろうか。
 一般庶民、しかも年齢は若くて50代後半、大半が60代・70代のおじさん、おばさんの展示品である。
 その草・花・木の誕生は数年前、あるいは十数年前であるかも知れないが、そこに展示されているもの一つ一つは、冬の寒さの中で暖を与えられ、あるいは鍛えられ、春には芽吹き、葉を茂らせそして花を咲かせ、あるいは一回り年輪を重ねた。
 その間、日ごとの水遣りや整枝の絶え間ない世話によったことだろう。
             

 そんなことを思っていたら、伊勢神宮の20年遷宮のことを思い出した。
 いつかは朽ちてゆく自然の木々の文化の日本は、1年1年のめぐり合わせ、積み重ねで数千年の歴史・伝統・文化を育んできたことを・・・。
 同時にまた、それはそれぞれの地に、それぞれの自然環境があり、その自然環境に適した木々や花々を育み、花を咲かせた歴史、伝統、文化を生み出したことだろうとも思った。

 ここ数年、市場原理、競争原理、グローバリゼーション、グローバルスタンダートと言って、強者の論理による世界統一・一律支配の秩序、仕組みが進展してきたが、ここにきて、それが行き詰まりを見せている。
 地理上のそれぞれに地には、それぞれの特徴・特性を持った環境があり、その環境に育まれた歴史があり、文化が生まれ、伝統が形成されてきたし、今もメンメンと継続されているいます。
 それを無視しての統一ルールや制度では如何せん無理が生じると言うものです。

               

 狭く・小さな国土の日本と言えども、南北数千キロに及ぶ日本列島においても、北には北の、南には南の自然環境があり、そこに歴史、文化、伝統、が生まれ、育まれ、受け継がれています。
 産業の発展、マスメデイアの発達によって、標準言語やモデルで統一されるのではと思われたが、バブル崩壊後10数年、近時テレビや新聞報道で各地の歴史、伝統、文化の復活が叫ばれ、その実践報道されることが多くなったことは大変嬉しいことであります。
 それぞれの地には、それぞれの特徴、特性があり、そこに一番適した物や事柄が存在し、その地で生活する人々によって受け継がれ、あるいは新たに生み出され、積み上げられてきたものが、更に変化し進歩し定着してゆくことがこれからの時代に求められていることだと思えます。
 明治以来続いてきた、中央集権による制度・仕組みではもうどうにもならないところまで来ております。
 それ故に、歴史認識・時代認識に欠けて目先の保身に走るお上頼り(政府、官僚、役人)、政治家に任せていてはいけないと考えています。

 自分たちの地域、町の特性、特徴を自分たちで発見し、掘り起こし、自分たちの手・足を働かし・実行して創り上げて行かなければ行けない時になっていると考えます。
 それぞれの地域、町で、そこに生活する様々な個性ある人々によって「個の花が咲く時代」になったと考えます。

               
 その私たちを包む共通した自然環境は、恵まれた自然です。
 四季折々の太陽、清らかな水、土壌豊かな土地にまずは感謝して、日々を送るとともに、新たなる時代に対応した生活、生き方、行動をしてゆきたいと思っています。


 と、以上の内容の原稿を散歩の後に走り書きして、数日前から本場インド料理のカレーを食べたいと思っておりましたので、近くの専門店に行きました。
 食べたいと思っていたものを食するのが一番です。大変満足して帰りました。
 確かに、蒸し暑い夜でしたが一度は寝入ったのですが、真夜中に目が覚めてしまい、3時間ほど寝付けずにいました。 その間に、上記に書いた原稿のことが思い出され、うつらうつらの脳裏の中を行ったりきたりします。
 2時間ぐらいしたときに、仕方なく起き出しグラスに氷ブロックを入れて、赤ワインを飲み始め、以下の事を枕もとのメモ用紙に書き記したと言う訳です。 


 『ロハス=健康で、持続可能な社会』の実践が提唱され、知らない間に多くの方々が口にし、同時に小さなことから実践行動が始まっています。

 日本では、ファッション感覚のところから出発したようですが、今では多くに人々によってこれまでの社会のありように対しての反省や不満・不信・不安を抱く心理とマッチして、日増しにあらゆるところで急速なテンポで伝播しているようです。
(特定非営利活動法人 「日本再生プログラム推進フォーラム」も立ち上げられた)

 ところで、私たち日本、あるいは日本人はロハス時代・ロハス社会の申し子=民ではないかと思うと同時に、その責任もあるのではと気づかされたのです。
 それは私たちが自然文化の民=木の文化の民=循環文化の民と考えたからです。

 植物のうち草・花は分かりやすく1年を循環の周期としています。
 木々も芽吹き〜葉が茂り〜成長し〜年輪を重ねて大木となってゆきます。
 が、この木々も1年の年月の循環を繰り返しています。 芽吹き〜葉が茂り〜紅葉し〜落葉の繰り返しで成長し、大木となって行きます。

 この木の一生を考えて見ますと、100年で成長し大木となった木は少なくとも100年に渡って、神社の主柱となったり梁となってその役目を果たし、そして朽ちてゆきます。
 30年、40年で成長し神殿の材となるものもあれば、住宅の材になるもの、あるいは机や椅子となり人々のお役に立って、その一生を終えてゆく木々もあります。
 その間、社会や人々のお役に成長するまでに、種を宿し、その種は土に還り、芽を出し子孫が産まれ再生し・生成発展成長してゆきます。
 そのように見れば、年月の長短はありますが、循環の法則に則っています。
                 

 私たちは知らず知らずの間に、自然環境の恩恵を受け、その代表の一つでもある木々の何千年と言う恩恵にもよくしているのです。
 自然文化の民は木の文化の民であり、木の文化の民は循環文化の民と言えるのではないでしょうか。
 そうです、ロハス文化の民でもあるのです。
 「健康で、持続可能な社会」の実現に、大きな役割と責任を持った民なのです。

 

 追記
 書いた内容のわりに、写真の出来が悪いです。 もう一度撮りなおしに行ってきます。

 
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