エッセイB 政治・経済・社会
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 COLUMN 1−D 1207
                                平成22年1月6日・記

  判断と選択、決断そして勇気が求められる。

  〜人頼りでは生きられない時代となった〜


 以下のコラムに記憶ありますか?

 COLUMN 1−D 1184
                                   平成21年12月15日・記

         『栗の葉で焚き火
         
                      〜条例違反と注意を受ける〜』


        
 街路樹ナンキンハゼの落葉が完全に終わりました。↓

              

      すると、毎年のことですが残るのは我が家の栗の木の落葉です。↓

              


  3日間家を開けていましたら、家の周りのみならず、数件離れた玄関先まで枯葉が舞い散っています。 園芸をされて居られる方が、腐葉土に欲しいと大型塵袋に3個分を持っていかれましたが、残りの葉の方が多いのです。

              
              
              焚き火というか、燃とやして処理してしまいました。
         
  そこで、条例違反と注意を受けたのです。 条例違反はその通り認めざるを得ませんが、その注意をされた方のこれまでと日頃の行動をウジャウジャと書き連ねました。

  今考えてみると、面白くなかったのですね。 いささか腹いせで書いています。
 
  それが今頃になって何を蒸し返したのでしょうか。 その方が私のイイカゲン日記を見て苦情を言ってきたわけではありません。


   1月4日、中日新聞・朝刊の「中日春秋」に以下のことが書かれていました。
 
 以下要約です

 「75年間草も木も生えない」といわれた広島の焦土に、いち早く花を咲かせた植物がある。 葉に毒性があり、「縁起が悪い」と嫌われる夾竹桃(キョウチクトウ)。

    生命力が強く、広島再生のシンボルとして「市花」に定められている。

     その花が福岡市の小中学校90校から姿を消しかけた。

 この木を巡って、撤去して欲しいという意見が寄せられたからだ。 すると、「危険を知らせればよく、安易に切るべきではない」との批判が殺到し、市は当初出した撤去の通知を撤回した。

 このニュースをみて、ダイオキシン問題がクローズアップされた10年前を思い出した。
 正月のしめ飾りなどを焼くどんと焼きの中止が相次ぎ、幼稚園の石焼芋行事が取りやめになったなど、過剰反応もあった。

 プラスチックなどを取り除き、行事を続ける神社も多いという。 伝統行事と環境への配慮を両立させるのは「分別焼き」という知恵だった。」


       ところで、貴方はどのようにお考えになりますか?

 時代が、流れが大きく変化・転換しています。 更に本格的にその流れは加速し・留まることは無いと思います。

 「変化させなくてはいけないこと」、「変化しなくても良いこと」、「当面、そのままにして様子を見てみること」、個人でも、家庭でも、会社でも、社会でも選択と決断が迫られています。

 柔軟な発想とそれなりの覚悟を持って事に当たらなければならない時・時代です。

 ”焚き火条例”は行政が提起した条例だったのでしょうか。 それとも市議会が提案し可決した立法だったのでしょうか。 (私たちが選んだ議員は、それほどの自覚を持った、あるいは知識・見識を持った人たちだったのでしょうか)

    これまで同様に行政や議会に任せておけばいいことなのでしょうか。

 私たち市民が勉強し、自分達の問題として考え、検討し、選択をしなければならない時代に至ったと考えます。

 自ら選んだ選択であり、決断なら責任を持たなければいけませんし、間違いに気付いたならば早急に変更しなければなりません。 

 昨年末、12月15日の日記のことが気にかかっていましたので、正月4日の中日春秋のコラムが目に留まり、本日取上げました。

 

 昨夜、藤井財務大臣の辞任が発表されましたが、この程度の事柄で済まされる日本や世界の状況とはとても考えられないのが平成22(2010)年の庚の寅の年と考えます。

 私の家の落ち葉の焚き火に関することと、時代情勢がどのように関わるのかと絡ませた大げさな話の展開になってしまいましたが、要は人頼りはダメ、自らの勇気を持った判断と選択、そして決断と実行の年であると言い聞かせているのです。




 COLUMN 1−D 1202 より
                                     平成22年1月1日・記

   元旦の新聞折込で 見つけました

〜「ゴミ屋敷」にならない、作らない、声掛け合って 



 
このコラム1191「ゴミ屋敷」のことを書きました。元旦の折込の中に見つけました。

 高蔵寺ニュータウンとその周辺のミニコミ紙「まちツボニュース」の新年号は、エキスパネットの「夢」と題して「みんなでつくろう青空市”高蔵寺 和っか市”」の記事が掲載されていました。 (NPO 法人まちのエキスパネット発行)

               

 『エキスパネットは高蔵寺フォークジャンボリー、高蔵寺映画祭、医療講座・愛らぶライフなどの、市民参加のイベントを企画・実施しています。 イベントを通じて「世代融和」を軸に賑わいのある街づくり・顔の見える付き合いをしようとしています。

 いまひとつ、生きづらいと感じている人の居場所づくりや、孤独からの脱出のお手伝いを企画しています。
 夢が持てる、地域の人と支えあいながら築いていくというインクルージョン(共生)との目標を持っています。』 と自己紹介していました。
 
  
   ニュータウンは誕生して41年目になります。 (私は移住して今年で39年目です)
 この街に移り住んだ頃の活動は、自治会を作ること 、新鮮な魚をニュータウンに届ける為に、メンバーが尾鷲まで出かけ水産業者と交渉してきたこと、名鉄バスと交渉し深夜バスを走らせたことなどでした。

 当時の私はそれらの話は聞いていましたが直接参加し行動したことはありません。
 現在75歳以上の方々が全て実行されておられたと思います。

     当時は何とかしなければ生活が成り立たなかったのです。

(道路は雨が降ると泥濘でした。 深夜と言っても夜の10時になるバスが無く、数台のタクシーの往復です。 待ちきれずに歩いて帰ると、なんと約1時間もかかりました)

 それから40年が経過し「居場所作り」や「孤独からの脱出」という新たな課題が持ち上がってきました。

 コミュニティーの原則、声を掛け合うことが街づくりの第一歩ということを改めて感じ・考えさせられます。

            声掛け合って、輪になってということです。
    ニュータウンのあちこちでコミュニティー市場が出来ると良いと考えています。

       私も今年は畑の野菜が出来たら、持参しようかと思っています。





 COLUMN 1−D 1200より
                                平成21年12月31日・記

  「ゴミ屋敷」の住人から教えられたこと

   〜消費社会が「人間疎外」を生み出した〜  


                

         ↑退職した翌年・平成11(1999)年の私の年賀状です。

 『時折、車で走り抜ける道を  リュックを背に横切りました

          ススキ、せいだかあわだち草の根本に 

       空き瓶、空き缶、もう一歩 横道に入ると
                         冷蔵庫、洗濯機、マットレス・・・・・

       蝉しぐれの木影、紅葉の山道
            薄雪化粧の自然歩道を歩いています。

                       99・01.01           修行僧』

                              と書かれています。


 確か今月の29日の夕刻のNHKテレビだったと思います。
  ”「ゴミ屋敷」がふえる消費社会”というタイトルであったと思います。

 ゴミ屋敷は親子、親族、あるいは地域社会との繋がりが少ない、あるいは断絶した方が殆どとの報道でした。

     

 10年前・1999年の私の年賀状は、人通りは殆ど無く、車も時折の田舎道の光景を書きました。 
 私自身その前年まで周りの風景や様子に目を配るゆとりのないまま、車で通過するだけでしたが、1998年・春に退職し、健康回復のために散歩や低山の山登りをしたことにより、それまで目に留まらなかったことに気付かされての年賀状の一文であったのでしょう。

 既にそのときに「ゴミ屋敷」の問題は発生していたのかもしれませんが、社会問題、NHKが取上げるまでのテーマにはなっていなかったと思います。

         バブル崩壊して10年、それからまた10年が経過しました。
     特に、後半の10年で日本はどうしようもない状況に追い込まれてしまった。

      この状況を嘆いても、恨んでも、泣いても問題は解決しません。
 あとどれ程の時間的余裕があるのかは定かではありませんが、タダ座して待っていただけでは明るい先の展望は開けてきません。

 一人ひとりが自らのこれまでに培った知識と体験を生かして一歩前に進みだすことではないか。 すると、意外と自分の隣に、又その隣の友人とご縁が出来るのではないか。

    少子高齢化社会はマイナスではなく、熟成された知恵の宝庫なのです。
 新しい成長分野の開発・育成は必要です。 
    が、大量生産〜大量流通〜大量消費の時代は終焉しました。

 今この時、勇気を持って試行錯誤する中から新たな光が見えてくる、創り出す。
 その過程の中から新しいリーダーの姿が浮かび上がってくるのではないかと考えます。

   ゴミ屋敷の住人にならないばかりではなく、ゴミ屋敷の住人に声を掛けましょう。






 COLUMN 1−D 1192 より
                                平成21年12月25日・記

   このパターンで躓き・混乱してくるとは・・・
 
 〜民主党政権・夏まで持つか、持ったとしても・・〜


 
この手の話は拙速で結論めいたことを書くと、大きな外れをすることになるのだが・・・

    が、それで飯を食べているのではないから、気軽に書かせてもらいます。

 長いこと、自民党政権からの転換を望んでいました。 痺れを切らしたぐらいではすまない状況でした。 小泉政権などついては何度友人と口げんかをしたことでしょう。
 
 参加している「波動の会」では毎月のように、「早く自民党政権が終わり、政権交代をすべきだ。 
 たとえ、民主党政権になっても世の中も,政治も所詮は大きくは変化せず、行き詰まることではあろうが、それでも政権交代すればこれまでとは異なり、何かの変化が起こる」と参加者で確認・合意できたものでした。 
  その場だけのことでしが「そうだ!そうだ!」と溜飲を降ろしました。

 
  2009年8月30日、大変化が起こりました。「無血の市民革命」とも言われました。
 その選挙の直前に小沢代表から鳩山代表に代わりました。 そのことは選挙結果に良い結果を及ぼしたと分析しています。(鳩山さんだからあそこまで票が伸びた)

 その時点で、今回の鳩山首相の政治献金問題もテーブルに上がっていましたので、その事をも含めて国民は民主党=鳩山政権にイエスの票を投じたと思っていました。

            そして、昨日の鳩山首相の記者会見です。

               

      ↑どう見ても冴えない顔です。 これが新聞社の選んだ顔です。

 庶民感覚という言葉を使わなくても、全く大きな金額ですし、たとえ肉親から贈与されたものとは言え(真相は不明、鳩山さんが言っているだけ)、野党の時の鳩山首相がこの手の問題追求の発言が残っていますので、苦しい答弁・弁解会見となりました。

 さて今後ですが、鳩山さんは国民の反応を待つ、支持率の変化を見てとの態度です。

 国民はどのような反応でしょうか。 マスコミは世論をどのように誘導するのでしょうか。
 
 そのくらいの気持ちのユトリと言うか、マスコミの世論誘導のイイカゲンさはかなりの国民も感じていますので、簡単には世論誘導には乗らないだろうと期待しますが、問題そのもの、その金額の多寡もさることながら、鳩山さんのこれまでの発言から判断すれば「身を処す」のが順当というか、そのようになるのではと考えざるを得ません。

 が、ここで、個人的に鳩山さんの持つ、雰囲気、理想主義、優柔不断・リーダーシップの無さと批評される性格等についての私の見解・期待は、現在の世界の情勢、日本の立場

、抱える課題(普天間基地問題、政権公約・マニフェストと予算編成、アフガンへの石油補給にからむ日米関係・防衛問題等)を考えると、即決、決断というよりは少しモタモタとした粘り腰 、時間稼ぎ、強かさが必要と考えますので、鳩山首相の性格、思考、決断の姿勢は捨てたものではないとも考えています。 

 
 話し変って、
 一方、どうなるかはサッパリ見当がつきませんが、本日の新聞報道で来年7月の参議院愛知選挙区に、社民党の青山光子氏が立候補することになったと報道がありました。

 現在愛知県は定員3人に、現職の民主党議員が2人で 自民党が1人です。
 民主党は2人の擁立を考えているようですが、一人は現職、今一人は新人候補であり、残された現職議員一人も立候補を考えているようで、政党推薦候補とならなくても立候補すると意思表示しているようです。 3人の当選は難しく、共倒れもありです。

 また、自民党も現職議員では無く、若い新人議員の擁立を考えているようで、これまた推薦議員の絞込みに苦労しているようです。

 定員3人に有力候補が7人となりますと、前述の社民党の候補者が当選する確率も出てきます。 共産党の可能性もありです。

 今後の政治状況を予測しますと、このようなことが各地で起きてくるのではないでしょうか。 年明け後に始まる通常国会において、鳩山政権の動向によっては更に各地で、民主党有利の予測は薄まり、混迷の度が深まるのではないかと予測しています。

 すると、小沢民主党幹事長が考えているような、次回の参議院選挙で自民党を徹底的に解体の状況に追い込むどころか、過半数を取ることは難しくなるのではとも予測します。

 そうなると、参議院は少数政党の寄せ集め状態となり、利害・主張が入り混じり、何も決定できない状況になるのではないか。 民主党は衆議院で3分のニの議席は無いから、かっての自民・公明のような決定方式をとることは出来ない。

 現在の先行きに対する道筋は、政治主導でしか解決できない状況にありながら、逆に混迷を深める状況になると予測できます。 
 
 (経済界は保身の事業縮小とリストラばかりで現状打破の積極的な姿勢は見られない)

 さて、そこに更に、民主党の小沢幹事長が西村建設問題・献金問題を抱えながら、首相の座を本格的に狙いだしたとのこと。  どうなるやら混迷は深まるばかりです。
 
 (小沢氏と距離を置く、民主党の渡部恒三元衆議院副議長は「小沢氏は絶対やらない」と牽制の言葉を発しているが、果たしてどうなることやら)

 
 話し戻して、
 「波動の会」で話していたことは、「どうせ、民主党が政権をとってもたいしたことは出来ない、直ぐに行きづまる。すると、”ゴハサンデ・ネガイマシテハ”と解散するしかない」との予測をしていましたが、どうやら可能性が高くなってきた、その目もありと感じます。

 民主党は4年間は解散なしと言って居るようですが、中身(展望力・洞察力・構想力)と覚悟の無い政治家の集団では、時間をいくらかけても同じことのように思えてなりません。

 これまでの政治家の半分くらいは入れ替えをしなければいけないのではないでしょうか。
  数も思い切って衆参合わせて、半分位減らすことを提案したいと思います。

 肝心なことは、今夏、「無血市民革命」を起した国民自身も何とかなるのではとの人頼りの精神が根底にあり(もちろん私自身も含まれる)、各自が肌に実感としてこれまでの社会の崩壊と冷たさ、そして追い詰められることによって、覚悟をもった決断に至るまでは、この国が新しい考え方や価値観で次の時代への歩みは始まらないのだろうとの予測は的を得た所となるのではないかとの感じずにはいられません。

        と、イイカゲン修行僧の久しぶりの政治談義でした。


    12月23日に中部大学の講義が終了しました。2週間のお休みです。

 復習に追われることが無くなったためか、気分的に楽になり昨日からこのホームページに勝手なことを次々と書き始めました。

 その分、正月休みを挟んで、読みきろうとしていた本がマタマタ積読だけになりそうです。





 COLUMN 1−D 1186
                                   平成21年12月22日・記

     ここにも時代の変化を見ました

   〜小売の輪、コンビニも斜陽期です〜


 
本日の新聞報道から、 『「コンビニ売り上げ高、過去最大の下落」主要コンビニの11月の既存店売り上高は、前年同月比6・3%減、6ヶ月連続で前年水準を下回った。

 下落率は記録のある1999年以降、11月としては過去最大』。とありました。

 30数年前、学んだことに小売業の「小売の輪」という法則がありましした。
 正確なことは忘れてしまいましたが、第1法則が「既存の業態に対して、その業態が提供する価額を下回る価額で、次の業態が登場する」ということだったと記憶します。

 具体的には百貨店が先行して定着した小売の業態とします。するとそ百貨店を下回る価額でGMS(大型スーパー)が登場します、すると次にはそのGMSを下回る価額で提供するデスカウウント・ストアーが登場します。 

 その後、日本ではそのデスカウント・ストアを下回る価額で、取り扱い商品は限られていましたが「ホームセンター」が登場しました。

 そのホームセンターを下回る価額で「ドラッグ・ストアー」が登場しました。
 
 果たしてドラッグ・ストアーの価額が下回ったかどうかは議論の余地のあるところですが、間違いなく先行した業態よりも消費者により近いところ(小さな商圏で)で価額も値引きして成立する業態でした

 以上の法則には当てはまらない業態が登場しました。それはコンビニエンスストアーで、ホームセンターと前後して日本では登場してきました。

 このコンビニエンスストアーは決して安さを売り物にしたのではなく、近くで便利、営業時間が長くて便利というように、まさにコンビニエンスを売り物にし、価額はどちらかといえば高値でした。

 コンビニが登場して30数年、人口2万人に1店舗とかが限界といわれていましたが、今ではその2万人を切ったことでしょう。 そして、全国展開した大手同志の競争と成り、熾烈な競争が続いています。

 小売業界で唯一と言っていいほどに利益がでていましたコンビニ業界も足元が怪しくなってきました。

 同一業態のコンビニ間の競争のみならず、食品スーパー、あるいはドラッグ・ストアー、あるいはホームセンター、GMSとの間でも価額競争が続けられています。

 今年、コンビニ最大手の「セブン・イレブン」に公正取引委員会の勧告が出ました。
 FCのコンビニ店のオーナーの自主裁量権が認められることとなりました。

 (具体的にはおにぎり等の賞味期限切れの商品は廃棄処分するという、フランチャイジーの指導に対して、オーナーの自主裁量で値引き販売が可能という勧告です)

                

                  ↑セブン・イレブンのチラシ

 結果、上記のような手書きされコピーしたチラシが我が家にもおりこまれる事となりました。 どう見ても、全国で2万店以上も展開するコンビニ・チェーンのスマートで洗練されたイメージとは異なります。

 以前でなら、決してコンビニの親会社が許すとは考えられないレベルの表現内容です。

 先週は御握りの特売でした。 120円のものが100円、150円以上のものは全て120円と表示されていたと思います。

         列ができ、直ぐに売れきれた状況と聞いております。
       コンビニ・オーナーの努力が報われたということでしょうか。

 何処もかしこもデフレとかで、価額の引き下げ競争が全てに勝る(それしかない)戦術とばかりに繰り広げられていますが。 体力勝負のようで何時まで続くのでしょうか。


 時代は間違いなく大きく音を立てて変革しています。 体力勝負の争いがこれからも続くのでしょうが、バブル崩壊して20数年、この間、全てと言っていいほどにどの産業も業界も、その政策はリストラや事業の縮小ばかりが目に留まったと感じないわけにはいきません。

 もう限界という声を聞きながら、財政破綻した政府の繰り出す補助金や当面の支援策で何とかその日を過ごしているとしか見えません。何時までも続けれらるものではありません。

 ここらで、本格的に新たな時代の創設を目指した、取り組みが求められます。

 「MORE&MORE、モット豊かに、更に豊かに」と成長が全てを癒し、解決するとの視点での行動はハッキリと行き詰ったのではないでしょうか。

 大量生産し、大量に流通し、そして大量に消費するという経済・社会構造は立ち行かなくなったと考えます。

 「NPO法人 日本再生プログラム推進ファーラム」(代表理事 藤原直哉)が立ち上がりました、多くの方々の参加を私も呼びかけたいと思っています。
 http://nipponsaisei.jp/ あるいは、http://www.fujiwaraoffice.co.jp/
               から、お入りください。





 COLUMN 1−D 1182 より
                                     平成2年12月11日・記

   たった2日間、更新しなかっただけですが・・

  〜お酒の話に、 普天間の話、ごちゃ混ぜ〜


 
たった2日間更新しなかっただけなのですが
、久しぶりに昔の悪友から「どうした、風邪か、インフルエンザか、脳卒中か・・・」とメールが届きました。

 今年は先月下旬から忘年会と称して、要は一献の場が設けられる機会が多いです。

 嫌いではないので、喜んで全てに参加しています。今のところ別状はありませんが肝臓が悲鳴を上げているのではないかとチョコット気にはしていますが、それ以上ではありません。

 それでも、昨夜はこの時期なら殆ど「日本酒」が中心ですが、トマトジュースにウオッカを注ぎ、”ブラディー・マリー”を3杯飲んだところで、ウイスキーに代わりました。

 今朝は「ワイン」とは言わず、ポリフノールを通常通り頂きましたが、気がついてみると平均250〜300ミリ・リットルが本日は180ミリで止まっていました。

 自棄で飲んでいるのでもなく、怒りや悲しみで飲んでいるのでもありませんので、自然と酒量が調整されているのでしょうか。



 
 話し代わって、北沢防衛庁大臣が、普天間基地の移転問題でグアムを視察してきましたが、1日や数時間でその実体が分かるのでしょうか。

 現地を踏んだとの実績とその後の言い訳の為の視察ではなかったのではと感じられてなりません。

 日米安全保障条約に基づく、日米安保は戦後の日米関係の基本であり、日本が今日あることの一つの背景(条件)であったことは、間違いない事と認識しています。

 戦後、60年と言うよりは世界は15世紀の大航海時代から、産業革命を経過して、資本主義の弊害、矛盾を克服することを目指したマルクス主義も体験し、一国超大国のアメリカの行き詰まり、崩壊前夜に至り、今新しい時代が展開されようとしていると考えています。

 その間、遅れた帝国主義国・日本も中国・満州の権益を目指して、国の崩壊に至る道を体験しています。
 
 当時、中国に起こっていたナショナリズムの波や間違った中国感=イメージで突き進んでいってしまった若き将校たちの行為が大きな原因の一つであったと学びました。

 現実を・事実を正しく、認識・分析・評価して、次なる方向性を定めなければならないことは、何時の時代でも変わらぬ真理だと思います。 危うさを感じます。

 この話の結末は、北沢大臣のグアム訪問は真摯な現場・事実視察であったのかに疑問を持ったと言うことを書きたかった。 

 どうすべきか、どのように考えているのかと友よりの催促があることは予感できますが、政治家でもありませんが、慎重に発言して行きたいと考えます。

        ここは、強かな判断と行動が求められると考えます。
 日本は来るべき時代の一つのモデルを世界に示す使命と役割を持ち、その資格が在ると考えるからです。

 それは一握りの政治家やリーダーだけで答えが出せる、あるいは答えに対する実績を示す、作り上げることが出来ないと考えるからです。

  多くの人々の参加・参画を持って証明しなければならないからと考えるからです。

 


 さて、明日からは「限界集落の遠山郷」です。 限界集落と言っても平均年齢70歳の方々は元気イッパイです。 「霜月祭り」です。

 私が種芋から育てたサトイモをタップリ持参します。 海の幸・烏賊と煮込む計画です。
 
 そのほか、白菜鍋の材料も買いました。 ”飛騨古川の搾りたて吟醸酒”、”川辺の「初留10分」の焼酎”、そのほかビールも積み込みました。
           干し柿も酔い覚まし薬として忘れません。

 「寒く、煙く、眠たい」と言われる、夜を徹してのお祭り、地元の方との交流に行ってきます。
 その交流の中で、思いつき、暖める価値のあるヒントが頂けるような感じがしています。





 COLUMN 1−D 1179  より

                                 平成21年12月5日・記

  こんな所からも、急速な時代の変化を感じました

 〜本日の午後は「現代中国の宗教」の勉強です〜



        
 20数年前から「電動ハブラシ」を愛用しています。

 12年前、離職した時に、前の歯科医に紹介してもらってかかり付けの歯医者を代えました。 それまでの歯科医が良かったとかの問題ではなく、当時は何処の歯科医も殆ど「電動ハブラシ」を推奨していなかったと思います。

 歯槽膿漏や歯周菌の予防や除去には「歯間ハブラシ」や「糸」での手当てを推奨していたと思います。

 軽い歯槽膿漏になったり、虫歯の詰め物が外れたりして通院していましたが、相変わらず「歯間ハブラシ」、「電動ハブラシ」、そして普通のハブラシを使用しています。

 そして、医師からは「加藤さんは上手に磨かれていますので、これなら80歳で自分の歯20本は間違いない」などと評価されています。

       昨日、詰めもが外れましたので、手当てに行きました。

 その折、受付の窓口に「超電動ハブラシ〜1分間に20000回〜」が販売されていました。

 受付女に「電動ハブラシはOKになったのですか」と尋ねると、明確な返事がありませんでした。

 「確か、かっては電動ハブラシは推奨製品ではなかったですよね」というと、後の席のご婦人が「そうですね。 使ってはダメ」と言われていましたと相槌です。

 そこで、私が「政権も変わったから、歯科医師会も自民党推薦から変更になっているようだし、推奨製品も代わったのかな・・」と笑って口にしましたら、他のお客様もニヤニヤとされておりました。

 歯科医師会のみならず、日本医師会もまた看護・介護師会も支持政党や推薦者を変更するような記事を目にしたことを思い出しました。

  
 以上のことは昨日のある一場面でしたが、その数時間後、大手の旅行会社の方との面談を側で聞いていながら、近時の旅行業界の大変さだけでなく、これまでの商いのやり方が通じなくなっていることを強く感じました。

 このようなことはどの業界でも起こっていることと思います。しかも、これまで大手、大企業といわれていたところほどこの時代の変化に対応するフットワークが鈍く・遅いように感じます。 それどころか、実施していることはリストラや事業所閉鎖などの後ろ向きなことばかりです。 これでは志気が上がりません。

 期待大きくスタートした民主党政権ですが、3ヶ月を過ぎて本当の覚悟と決断が求められているところにきました。

 残念ながら、政治家やその他のリーダーの問題ばかりではなく、国民全体も行くところまで行かないと、時代の転換、変換の時であると認識した新たな行動に移りかえれないように感じてなりません。

      かく言う、私自身はと、反省と自問をしています。


 〜本日の午後は「現代中国の宗教」の勉強です〜

  
本日は「現代中国宗教の群像」と題された、中部大学・中国関係学科・開設記念シンポジュムに行きます。

 「中国がバブルだ」、「中国の発表する数値は信用出来ない」、「中国はそのうちに分裂する」などとさまざまに言われています。が一方「5年後には、世界NO1の国となる」とも言われています。

 春学期で「中国の宗教」の講義を受講しました。 中国と言うと儒教のことが直ぐに浮かびますが、あれは宗教ではないということは理解しました。

 「道教」が中国人の精神・心理の中に息づいているとも学びました。そのほか、民族毎の宗教の多彩さを通じて、中国の国の大きさと深さの一端を学びました。

 中国に文化革命とという、どう考えても後戻りの時代がありました(それは、その後の中国の為には必然、必要なことであったと認識するようになりましたが・・・)

 その終焉から改革開放政策、そして市場経済化政策により、かなりの伝統復興がなされ、とりわけ各所の宗教活動は革命前より活発になったと言います。

 これからの中国の行く末の勢いを知るのは、その背景にある人々の精神としての宗教活動の理解をしなければならないと考えます。

 日本にとって、これからも切っても切れない関係になってゆく中国の底力になっている宗教活動を学んできます。





 COLUMN 1−D 1171より
                                  平成21年11月27日・記

     資本の論理、力の論理の終焉

  〜縦社会から、横社会(ネットワーク社会)へ〜

 一昨日、お手伝いと言うか関係している会社の「10周年記念行事」がありました。

 その会の終了後、社長と社長の大学時代の友人らと歓談をしていたとき、前々から気になっていた会社の戦略(術)の中で、使われている単語「制圧」と言う単語についてに意見を申しあげてしまいました。

 意見を言うだけなら簡単ですが、そのとき「私自身も考えて見ます」と発言していたことが気になっており、今朝思い浮かぶことがあり活字にすると同時に、東京で仕事をされているI社長にメールで送った内容を以下に掲載します。

 
 『参考になれば・・・          平成21年11月27日

 この時代の環境を考えますと、一昨日の「10周年記念行事」は、今までの一六社そしてこれからの一六社の方向性を多くの方々にご理解いただき、またご支援に感謝すると同時に、今後のより一層の御協力をお願いする良い節目の内容であったと思います。

 と同時に、私自身がその一員として参加させていただいたことに感謝し・嬉しく感じています。

 さて、その後の勝川ホテル・地下にての歓談のおり、口にしました「地域制圧」のことが気になっていました。
 
 私自身、昔からこの制圧と言う言葉を使いながら、この表現は企業の論理であり、力の論理ではないかとのイメージを持ってどこかに違和感を持っておりました。

 戦術(略)を的確に表現しているとは言うものの、これからすすんでゆく時代の流れを予測してみますと、資本主義下の力の論理や縦社会をイメージさせる言葉は後退してゆくのではないかと想像しています。
 
 横社会(横のネットワーク)の中で、一層目覚める生活者やご協力を頂くパートナーとの親密な関係を築いてゆくことが明確に求められるときと考えます。

 いや、その思想・理念を持った企業や個人ではないと価値ある存在にはなれないのでは考えます。

 以上のような考え方を持っていましたので、社長に何か考えてくださいとお話したのですが、なにかの参考になればと以下のものをお送りします。

・「重層」、「密接」、「密層」、「覆う」、「カバーする」、「網」と言う単語が浮かびました。
・「適産的販」が次に浮かびました。(
適産的販は一六社の造語です)
・「御用達」〜一人ひとりのお客様のご要望にお答えする。

 
「重層御用達網」

 「蜜層御用達ネットカバー」

 「密接カバー御用達網』

色々な組み合わせが出来ますが、「お客様の様々なご要望に対して、あらゆる情報ネットを持って御用達する」と言うイメージです。

        以上です。
 昨日からの東京での「ツイッターの勉強会」も盛況のことと思います。
 このところ、詰め込んでの業務が続いています。体調管理には充分留意されますように








 COLUMN 1−D 1143  より
                                   平成21年10月24日.記

   藤原直哉さんの「藤原学校」で気付いたこと

 〜秋空の下、 時局は刻々と変化している〜


 
シンクタンク藤原直哉事務所の商品は「時局」、「戦略」、「生き方」等、各種のラインナップが有ります。

 私は15年前から「ワールド・レポート・時局情報」、「藤原学校・リーダーシップ」に参加しています。

 毎週1回の「ワールド・レポート」は時局、戦略、生き方が均等に配分されています。
 
 月2回、1回分が約3時間のテープ(その他CDも活字もある)で送られてくる藤原学校のほうは、時局の分析が濃厚に解説され、戦略は概要の説明、そして生き方はアッサリと触れられています。

 「藤原学校」で昨年後半からでしょうか、ハッキリと気がついたのは本年に入ってからなのですが、それまでは先生のお話が終わった後に質問の時間があるのですが、質問が少なくなったように感じ始めました。

 それまでは、「今後の為替動向は?」、「金利の見通しは?」、あるいは「資源・エネルギーの供給や価額見通しは?」など、時には「世界や日本の政治、戦争の行方とこれから・・・」、等が矢継ぎ早に質問されていたと記憶していました。

    ここ数ケ月は殆ど言ってよいほどに、質問の時間はゼロに近くなりました。

            何故なのだろうかと考えてみました。

  殆どの生徒が藤原先生ファンであり、信奉者と思います。 其れゆえに他の人々とは異なり、いち早く時代は変革期・転換期であると感じ、気付き、ではどのように生きるべきか、

 どのように仕事をしてゆくべきか、経営の方向性はどのようにすべきかを考えながら、あるいはヒントを感じながら勉強され、あるいは舵の方向を変更され、人によっては新しい事業に取り掛かった方もおられたと思います。

 事実、先生は昨年の半ば、特に後半から強く、2009年になるまでに、これからの生き方や会社の方向性と将来ビジョウンを見直し、準備し、確立すべきと強調されていました。

 口を酸っぱくして、「2009年の後半には景気が回復する」などと、言っている経営者は失格であると、なんども何度も口にされていました。

 時代の転換点・変革期が鮮明に感じられたのは本年8月30日の衆議院選挙の結果でした。 自公政権から、民主政権に転換しました。

 このことについては藤原先生は、「市民革命」と言っておられました。外からの力ではなく、日本国民自らが選んだ道であり、それを「市民革命」と呼ぶと・・・

 藤原学校の生徒にとっても、それまでの一般的に情勢分析をする、それを聴き心構えをするというレベルからの脱皮が求められた時に、それまでと同じレベルの質問を繰り返しておれなくなったのではないのでしょうか。

 「ではどうしたらよいのですか」と質問するのでは、学校に何しに来ていたとなります。

 が、先生は質問されたり、個別の相談に来られると対応されているようにお見受けしています。
 同時に、日本のみならず、世界的に今年の末から来年と時間の経過と共に、今以上に金融、経済の混乱が再び表面化し、産業の危機が明確となり、それが失業となって一般庶民の生活に及ぶと予測されて居られます。

 このまま手を拱いていてはいけないと、先生自身が有識者、あるいは現場・第一線で活躍されている方、実績・実力のある方たちに声をかけられ、提言をまとめ、それを実践すべく急ぎ準備に入っておられるようです。

 大きく期待すると同時に、ただ単に人様頼りは一番いけないと自戒している私ですので、まずは人様、特に若い世代の方に迷惑を最小限になるように、心身の健康維持・向上に心掛けたい。

 その上で、なにか一つでもお役に立つことが在るならば(見つけて)と思っています。





 COLUMN 1−D 1136 より
                                   平成21年10月17日・記

  ある情報より「ドル崩壊の鐘は鳴った」

 〜一度、極まらないと次にはすすめないのか〜


 世界情勢や内外の政治・経済・社会のことについては、それなりに関心を持って勉強している積りですが、このところ悪友からの助言と言うか批判や挑発がめっきり減少したのでそれらのことに言及する機会が減りました。

 と言うよりも、自然の草花や木々に目が奪われることの方が気持ちよいからでしょう。

 ところが、昨日手元に届いた情報から、このコラムに目を通していただいている方にお知らせしておいた方が良いかなと思う情報に出会い、入力しています。

 その内容というのは「ドル暴落の鐘は鳴った」と言うタイトルで10月15日に届きました、月2回の情報紙なのですが、次の日・即ち16日付けで緊急情報が入ってきたのです。

   そのタイトルは「円高で、為替仕組み債が破裂(破綻続出へ)」です。
 その中に「今、日本国として、全てのデリバティブ契約無効を宣言すべき」と書かれています。
 その事を論理的には説明する能力はありませんが、2ヶ月ほど前に中国が国家の意思として、デリバティブ契約の無効を宣言したとの新聞報道を読んでいました。

 その意味は、損失が確定したら、商取引として損金は払わないと言うことであり、無茶な宣言をしたものだ、そんなことでGNPが世界第2位になろうという国に許されることだろうかと考えたものでしたが、よそ事でした。

 しかし、このデリイバティブ契約については、昨年来、大阪産業大学や、駒澤大学、慶応義塾大学、早稲田大学、更に経団連や地方の自治体、地方銀行、幼稚園まで損金を出していることと同じと考えると他人事とは思えなくなっております。

 経団連でも、各大学でも経済・金融の専門家が存在しながらの実態なのですから、この仕組みに隠されたテクニックは凄いものだと考えざるを得ません。

 『すべては日本国民から巨大な金融資産を巻き上げる為の施策=(仕掛け)』とあります。
 
 自分の事として考えました。もちろんデリバティブ取引などはしていませんが、思いもしない円高になった時、老後資金として虎の子の資金を海外投資している資金はどのようになるのだろうと、自分事になりました。

 平成15(2003)年2月の時点での対ドル円は119・50円でした。 このところ対ドル円は90円前後ですので、少しばかりの金利や配当があったも、25%ものドル安(円高)では、目減りばかりです。

 これ以上の円高、しかも超円高(想像を絶する)となれば・・・・資金は半減、いやゼロです。

 ここ数ヶ月、世界経済は落ち着いた、金融危機は去った、株価は持ち直しているなどの情報が目に付きますが、果たしてどうなのでしょうか。

 私は懐疑的ですので、大概の事件や状況には驚かないでいる積りですが、上記の情報を手にし、やはり新たな時代へ移行の為には、いまひとつ私たちにこれまで以上の試練を与えてくれるのだろうと気付かせ・考えました。

 
       と言うことを思いながら、昨夜、床に就きました。 
           そして、今朝こんなことを思っています。

 自公政権で成立した補正予算の見直しが新政権の下終了しました。 首相官邸は2・9兆円削減と、報道されていた3兆円に迫った事で安堵しているようですが、各閣僚には不満が残っている様子です。

 自公政権を批判してきた民主党議員=大臣もシブシブは飲み込んだものの、次にくる平成22年度の予算編成ではその反動が予測されます。

 根本的に国のあり方を改めるには、大きな波をかぶる必要があるように思えてなりません。 それなくして、抜本的な改革は始まらないのでしょう。

 何度も発言していますように『3不ー不信、不満、不安』の心理が生んだ「市民革命」の本年8月30日の衆議院選挙の結果でした。

 江戸幕府から明治維新、あるいは昭和20年の敗戦という外の力による変革・改革ではなく、自ら、しかも平和裏に行なわれた選挙による市民革命が起きたことに、日本は捨てたものではないと感じさせてくれ、嬉しかったです。

 が、と言うものの今、時代の転換期のトンネルの向こう側の社会や生活についての価値観や具体的な映像が、政治家・経済人・学者・マスコミ共に描かれていないように感じます。   もちろん、私とて同じことです。

 できることなら、事が極まる前に次の準備と試行錯誤の行動が始まればと思っているのですが、どうやら行き着くところまでいかないと、事柄は始まりそうに無いと、時を過ごしている感じです。

 数日前、「では、加藤さんは”ドスンとくるまで仕方ない”と言うが、”そのドスンとはどのような状況か”」と問われました。

 そのことに対して、「世界的にも、日本においても再び金融の混乱にみまわれ、崩壊するのではないか。 その結果、産業は行き詰まる・輸血すら出来ない。

 結果、生産現場の崩壊でそこで働く人々の生活の維持が不可能になる」と言いました。
 
 もちろん、生産現場、生活現場が物理的に崩壊・破壊されるわけではないので、意思さえあれば、そこから再生が始まります。

 その再生は昭和時代やその延長の考え方や価値観では、多くの賛同を得られない。

  新たな見方、考え方のもと、新たなリーダーのよって創出される。

   今はその環境や条件を満たす為の必要な時間であるのだろう、と考えています。


  本日、久しぶりに「コラム2−N  新聞を読んで、眺めて、切り抜いて」に書きました。



COLUMN 1−D 1126より
                                 平成21年10月6日・記

    「昭和史・戦後編」 意外と読み進む

 〜「日本資本主義分析、山田盛太郎」も届く〜



 
ここ数年、書物はインターネットの通信販売で購入しています。 しかも、殆ど中古品で購入しています。 それは、「はじめ」と「終わり」そして、目次を読んで、気になるところだけの拾い読みだからです。

 もう一つ、手元に入った書籍には、ドンドンと線を書き込む、汚しまくるからです。
 
 昨年の教科書で何度か読み直さないと文意が理解できず、しかも、A3一枚の紙に要約しなけらばならなかったときは、初めは黒エンピツ、次に赤鉛筆、そして蛍光ペンでアンダーラインを入れるのですから、中心ページなどは線だらけでした。

 さて、昨日手元に入った「昭和史・戦後編」も、数ページで睡魔に襲われるだろうと予測しましたが、エンピツで線を入れながら、意外と100ページ以上も読み進みました。

 それは話し言葉が活字化されていることで読みやすかったことにもよりましょうが、記憶としては確かではなくとも微かに覚えている事柄や父親・先輩から聞かされていたことが展開されていたからでしょうか。

 その中の一つに、昭和20年11月9日の朝日新聞に当時40歳の作家、石川達三さんが書いたものが紹介されていました。

 「日本に『政府』は無いのだ。 少なくとも吾々の生存を保証するところの政府は存在しない。 これ以上政府を頼って巷で餓死する者は愚者である。・・・

 経済的には無政府状態にある今日、吾々の命を守るのは、吾々の力だけだ」と。

 この一文を読みながら、何を考えたのか私の両親は家族を引き連れて、昭和20年7月6日に豊橋から愛知県・北設楽郡・豊根村・古真立に疎開(?逃げる)したことを思い出しました。
 そこでの生活は大変なもので、今も思い出すのはサツマイモの粉で出来た饅頭が食事です。 苦くて食べれたものではありません。 口イッパイに頬張って、家を飛び出し吐き出したことです。

 その後、古真立から豊根村の銀座(?・役場の所在地)に移り、昭和29年3月、豊根村・黒川小学校を卒業したことは、何度もここに書きました。


      話はそこから、飛びます。 今年の夏の衆議院選挙です。
 
 既にこのページで書いたことですが、不透明感極まりない世相にあって、不信、不満、不安の”3不のマグマ”が遂に爆発して、政権交代と言う結果を生みました。

        では、これで暗雲が晴れて光が差してくるのでしょうか。

 世論は政治に対してそれほど甘く期待はしていないようですが、それでも今までよりはどうにかしてくれるのではないかとの思いを抱いていると感じないわけにはいきません。
 
 このところ金融が安定してきた、アメリカの経済も落ち着き始めている、株価ももっと上を望めるようになったと書き立てる人たちは、本人はそのように考えていず、何も知らない庶民にマタマタ不良債権・投信等をつかませて、逃げ延びようとしていると思っています。

 基本的に、自然の意に逆らった考え方で作り上げてきた、仕組みや制度、ルールは一度ご破算し、願いましてはとゼロに戻さなければ、新たな時代のスタートは切れないのではと感じています。

 と言っても、昭和20年8月の爆撃や焼夷弾によって生産現場が破壊された状態ではなく、一人ひとりにとっても住む家はあります。

 周りを見れば、緑の野山が広がり、蛇口をひねればそのまま飲める水がジャブジャブと流れ出てきます。 なんと、恵まれた状況ではないでしょうか。

 夢や希望が失われ、これからは暗く・冷たい時代の到来などとは思えないのです。
 視点を変えて、何が本当に必要なのか・大切にするものかを見直して、行動を改めれば、心安らかな明るく・温かい夢と希望に満ちた世界が展開される前夜と感じています。

    ただこの時、自戒していることは「人頼り」はダメということです。
    誰かがやってくれる、悪いのは他人だと言う精神からの脱却です。

 昭和20年11月の石川達三さんの一文「政府は無いのだ」とまでは申しませんが、それと同様な環境・状況がこないとも限らないと腹を括っておく必要はありと言い聞かせています。

 本日、日本の明治維新とそれ以降を分析した「日本資本主義分析」の岩波書店の文庫本が手元に届きました。 斜め読みしましたが、これは途中で棒を折りそうですが、「昭和史・戦後編」と併読することによって、近時日本の歴史からこれから、試行錯誤してゆく日々に対して大きなヒントを与えてくれるのではないかと思っています。

 







 COLUMN 1−D 1120より
                            平成20年9月30日・記

  大変革期には「大魚」は生き残れないか。

    〜宮滝大池の総ざらえを眺めながら〜



            

        ↑少年自然公園内の散歩道に落葉が敷き詰められだしました。

    公園から廻間町の田園に出ると、あと10日もすれば稲刈りだろうと、黄金色の稲穂の波打つ光景を想像したが、 そこに展開されている風景は私の予想を打ち破った。

                

              ↑宮滝大池の水は総ざらえされていました

  最後の田への給水を終えた池の水は、総ざらえのために池の底までバルブが開かれました。 前回は何時のことだったでしょでうか。 数年前のことです。

 散歩道には4〜5の大きなため池があります。 一昨年は一番大きな築水池でした。

 そのときも大量の鯉やフナが放水口から流れ出たり、逃げ遅れた大魚が点々と干しあがった池の水嵩の低くなった水路でのた打ち回り、やがて死をむかえていました。

               

 宮滝大池にもシロサギ、アオサギ、数種のカモも飛来し、小魚を啄ばんでいる光景を良く目にします。

 その姿が小さくて私の目に捕らえることが出来なかっただけなのかもしれませんが、その後、散歩道の脇の用水路には大量の小魚の姿を見かけましたので、殆どの小魚は放水口から逃げ延びて来たのでしょう。

 このあとは、用水路から大谷川〜内津川、そして庄内川へと生き延び、そして同時に成長してゆくのでしょうか。

 宮滝大池の放水口付近で打ち上げられた丸々と太った鯉や鮒の無残な姿を眺めながら、今進行している大きな時代変革期にあって、ズルズルと減量経営の名の下に、リストラ策を持ってしか生き残り策がない大企業の姿を眺めている気持ちです。

 確かに、満々と充たされた池でサギやカモに襲われてもいましたが、強かに生き延びて
、池の水が干しあがった今、その細く・小さな体の強みを生かして池から素早く退散し、新天地に活路を切り拓こうとする変わり身の速さとエネルギーを感じます。

 大転換期です。 こうすれば間違いない、成功するという保障など何処にもありません。
 向かう方向を定めて、試行錯誤の連続の中から道が開ける、いや創造するという時代の中に生かされている(修行している)と考えずにはいられません。

 これも私たちに与えられた必然のことなのです。 感謝して受け入れることからスタートしたいと考えています。





 COLUMN 1−D 1096より
                                  平成21年8月31日・記

  第45回 衆議院選挙が終わった

 〜やっと、平和裏に凄い「市民革命」が起こった〜 



 ”時代・体制がひっくり返る、”ドスンと仰天の時代の到来”、”資本主義の時代の終焉=モア・アンド・モア、物的豊かさの時代の行き詰まりと崩壊”などと口にしていた。
 
 思い出すと日本のバブル崩壊の数年後から「狼爺」と言われて始めているので、既に約15年以上・20年近くが経過した。

 「自民党をぶっ潰す」と言って、国民に眼くらまし加え、自民党の延命に成功した小泉政権が行き詰まった頃から、「狼爺」とは言われなくなった。 では、次はどのような世の中、時代、政治が始まるのかとの質問も貰った。

 終わりを予感し推測し、新たな時代の到来を期待はしたが、次はどうなる、このようにする、どのようになるべきとの答えを持っていたわけではなかった。

     2009年8月30日は、一つの時代の転換期となったといえる。

 それは国民の不満と不安そして不信の「3不」の気持ちがもたらしたものと考えます。

 個々人にとっての「3つの不」は色々でしょうが、身近なところでは老後の年金や医療の不安であり、それを司っていた政治、行政の仕組み、制度、そしてその運用のイイカゲンさに対する不信であった。

 、失業者350万、加わるに企業内失業者が650万と言われている。この雇用に対する不安は日々刻々と身近に感じていた事柄であり、まだ深刻になってゆくと予測できる。

 それなのに、高級役人の天下り、天下り先への特別融資や補助金。 
  何度でも手にする退職金。
 政治・官僚さらに財界までもがつるんだ馴れ合いとしがらみの政治への不信、不満は頂点にまで達していた。

 さらに付け加えれば、教育にも及ぶ格差社会の不公平を実感せざるを得ない中、不信であり、不平等と感じないわけにはいかない。

 気付くままに身近な課題を列挙しても簡単に以上のことを記述することが出来ます。

 さらに、外交や国防に関する秘密協定等隠されている事項が次々に露呈し、国民の不信、不安は高まるばかりであった。

 ところがこれぞ国民性なのか、ギリギリまで追い込まれないと行動に起さない保守性。
 良くぞ、ここまで国民は暴発せず絶え忍んできたものと思わざるを得ない。

 テロもなく、暴力も、一揆もなく平和裏に実行された「平成の市民革命」が起こったのだ。

 数字の上でも戦後の日本政治史上、革命的なことが起こったのであるが、その結果全ての不信、不満、不安が解消される、又解消されてゆくということではない。

 国民の不信、不満、不安が積りに積りして起したこの結果は始まりを意味し、ここから新たな時代の創出が始まる。

 結果を示した国民一人ひとりは、ここから依頼心ではなく、自主性と主体性を持って新時代を生み出す運動に一人ひとりが進んで参画し、自らの手と足で行動し作り上げて行く、記念すべき「平成の市民革命」であったと認識、覚悟して歩み始めなければならないと考えます。


 世界の政治、経済、金融等は2007年のサブ・プライムローン問題、、2008年リーマン・ブラザースの倒産ショックに続いて、2009年版・第3のショック、恐慌の時が日増しに近づいていることを腹に治めていなければならない。

 ふたたび「狼爺」と言われてもいい、「馬鹿か気違い」と言われても良い、今回国民が起したこの結果=市民革命が次の時代の展開に結び付けなければと考えています。


 追伸

 先程、藤原事務所のホームページを開いたら、私も昨日まで滞在していた遠山藤原学校の生徒が藤原先生を囲んで、「ロハスで愉快な仲間たち」と題して、8月30日の選挙の開票速報を視聴しながら、座談会をしている「インターネットラジオ」が収録・放送されていました。

 

2009年8月30日 (日)

藤原事務所の「ロハスで愉快な仲間たち」 2009年8月30日 南信州遠山郷で歴史の断層を越えた  久志さん、yuponさん、yuponさんの息子さん、ワイノさん、藤原直哉

南信州遠山郷で歴史の断層を超えた

lohas090830.mp3をダウンロード




 COLUMN 1−D 1094より
                                  平成21年8月28日・記

  停滞と混乱を覚悟しなければならない

      〜政権交代後の日本の姿は?〜


 
今、8月28日、午前2時です。

 時差の関係でしょう目覚めました。 しばらく床に横たわっていましたが寝付けず起床することにしました。

         同時に脳裏を横切ったことを記録しておきます。

 衆議院選挙の結果は民主党の圧勝の予測どおりになることだろう。
 勝った、勝ったとの祭りの酔い。醒めた後には一転し秋の空はさわやかさとはゆかない。

 (程ほどの勝ち方、それは何とか過半数か、他の野党を加えての過半数と考えていたが、現在の世論調査を見ていると、300議席も超えようとしている。 果たして、そのことは良かったのであろうか。 当初ギリギリ過半を予測し、来年ふたたび総選挙を予測していた私には、意外な方向に進んでいる)

 そんな勝ち方をする民主党にどれ程の覚悟と準備が出来ているのであろうか。
 
 又、その結果をもたらせた不満、不安、不信の意識と感情を持った国民は、新しい体制の持つ意味と新たに創出する政治・経済・社会の姿・形が落ち着くまでの間に起こるであろう停滞と混乱の予測と覚悟が出来ているのであろうか。

 思いもよらない足元の微動から弱震、そして強震と激震を感じ・見舞われることだろう。
 
 吹く風もさわやかで、涼やかな秋風とは裏はらに、思いもよらなかった台風の到来を実感することだろう。

 
・民主党の言う「国家戦略会議」の方向性はまだ見えない。誰がメンバーとなるかの準備は既に出来ているのであろうか。

・外交・安保・国防に関して米国との話し合い、合意はどの辺で決着するのか。 経済の問題と異なり、足して二で割るとはいかない。 新たな世界秩序、アジア・とりわけ東アジアとの信頼関係は築けてゆけるのか。

・無駄な予算を切り込み、削減、何処まで掘り下げて、約束しているマニュフェストの実行が可能であろうか。

 60年続いた自民党政治との決着であるのだから、暫しの停滞と混乱は避けがたいことであるが、思いもよらない圧勝は国民の不満・不信・不安の現われであり、其れゆえに期待が大きく、その反動もあろう。

 
 この間、政治リーダー・政治家は当面の自己保身=当選第一=政権交代であり、時代を担う見識と覚悟が出来ているようには思えない。

 官僚=霞ヶ関は、やり手や目先の聞くものは既に逃げてしまったという。 体制転換で彼らは抵抗するのであろうか。 それとも無責任な役人資質丸出してへりくだり・当面はサボタージュとなるのか。 多分指示待ち族の典型となろう。
 そんな彼らの尻を叩いて、政党から送り出すという100人の政治家が実を挙げてゆけるのだろうか。

 財界は小泉・竹中政権時代の取り巻きは、その後のたらいまし政権の間に、徐々にその姿を隠していったが、何処に潜んで風を通り過ごそうとしているのか。
 世界恐慌の中、新たな時代・社会に対処した変化の方向性を示し、行動を起し始めた企業・特に大企業の意思・姿は感じられない。 これまでの延長線上で日々を過ごしている。

 マスコミはどのような論評を持って、新しい政府に対処するのであろうか。
 これまでの経緯があるから手のひらを返したようにはいかないところもあろうが、彼らの節操のなさ、変わり身の早さから窺うに、恥ずかしげもなく変身するのであろうか。
 当面はこれまでのこともあり、新政権に対して辛口の論評をし、彼らからの提案・提言は期待できない。

 気付くままに国内の権力者の立場を分析してみたが、現在進んでいる「世界恐慌」の進展のほうがさらに大きなインパクトを持っている。
 
・持ち直したとか・底を打ったとか言う世界経済(アメリカ経済他)は全くのイイカゲンな発言であると考えます。

 ・各国の金融支援、財政出動、企業の粉飾決算を可能とする基準の見直しなど、さらに傷を深くしている実体であることは素人の私でも感じるところです。

・それらを受けて、株価が上がってきていますが、いつ何時再暴落の(これまでにましてさらに大幅な)エネルギーを内蔵しているといえるのではないでしょうか。

・それに世界各国の貧富の差は広がり、貧しい人々の不満のマグマは高まっています。
 いつなんどき、暴動やテロとなって吹き出るか分かりませんし、既に起きています。
 それを力で押さえつけようとする度に、危険度は増しています。


 不透明な時代の中、さらに不安を抱くようなことを書くべきではないと思いながらの入力です。 これは私自身の不安を入力することによって吐き出しているのではないかと感じないでもありません。
 
 同時に、自分自身に覚悟が出来ているかとの問いかけでもあります。

 何がどのように変化してゆくのはサッパリ想像もできないのですが、これまで先送りされてきたあらゆる矛盾がテーブルの上に子供のおもちゃ箱のように投げ出されることでしょう。
 その時の到来をくることを夢みいた政治的リーダーも、現実となったその場に立って、唖然とし棒立ちの状態になるのではないでしょうか。

 何も知らされず、日々を過ごしていた国民大衆は茫然自若の状態になる方が半数以上になるのではないか予測します。(一方、意外と醒めているかとも・・・)

 誰が、どのようにいち早くその状況から生気に戻り、次の行動に移るのかの度量が試されるのではないかと考えます。

 バブル景気に浮かされ、バブル崩壊後の20年間、どのように考え、準備し、対処してきたかが問われることになるのでしょう。

 かく言う、私本人はこの時の到来を期待し待っていたのですが、どれ程の覚悟と準備が出来ているのだろうかと改めて自問します。

 とはいえ、ここから新しい時代の扉が開かれるのです。 そして新たな時代の創出の鐘が成り始めたのです。 

 このような時代に生まれあわせたことに感謝し、修行人生の歩を進めたいと誓います。


 COLUMN 1−D 1084より
                                   平成21年8月6日・記

 「イイカゲン・爺さんの政治談義が聞こえない」が

    と、冷やかしのメールが入りました。



 
表題のように悪友から久しぶりに、「挑発(?)のメール」が入りました。
 
 この間にも、なかったわけではありませんが、特別意識することもなく、日々の身近な事柄や追いかけられる宿題と復習に多くの関心と時間を費やしていました。
 
 その間、少しは歴史、社会思想を学び、これからの参考になる心得も得たように感じています。

 世の中のこと、政治のことへの関心は一向に衰えていません。 それどころか、進行している世の中の潮流の変化と新しい時代の到来の中、これからの方々に可能な限りご迷惑にならないようにと高齢者としてもどのように参画できるのかと、日夜ストレッチ、散歩、礼拝、土いじり等心身の健全さを維持するために継続し励んでいます。

 1、今回の選挙の結果は皆さんが予測どおりに、政権は変わります。
 
 2、そのことは、これまで長い間望んでいたことですので良いのですが、その後のことについての展望、未来像、政策が一向に見えず・聞こえてこないことに失望すると同時に、これが現在の我が国民のレベルの現われかと自問しております。
 
 3、自民党は戦後一貫して続けてきた与党としての立場はなくなると同時に、かって社会党を取り込み、その後自由党、公明党との連立政権を続けてきましたが、もうそのようなことは起こらないでしょう。
                 そこまで、日本国民もおろかではないと思います。 

 4、但し、民主・小沢前代表の存在には注意しなければいけないとマークしています。

  ここまで、政権交代のために民主党を引っ張ってきた存在の一端としては認めますが、悪だぐみ・権力維持に執念を燃やす勢力の甘い言葉に乗らないとは言い切れないからです。
 マスコミも御用学者の学界も、どんな手段を考えているのか留意しなければと考えます。

 5、アメリカの意思・意向も気になるところですが、自分の足元の状況に振り回され、自分で撒いた世界の課題の収拾にゆとりがなくなっていると同時に、アジアでは中国をパートナーをする軸足に変化してしていると考えます。
 金ずるである日本については、新政権成立後の動きを見ながらというところではないでしょうか。 

 6、 それにしても、外交・安保を初め、金融も含め全ての事柄に対して米国の指示の下で動き、動かされてきた日本、自主・自立し考え、行動を起すまでには時間が必要と考えます。

 2〜3年の内に数度の総選挙を繰り返すことによって、新たな体制が見えてくると考えます。 そこにこそ、国民の意思が表現されることと考えます。

  その間、国民は次々と知らされる事実・実体、隠されていた秘密協定等を目の前にして、怒りを覚えるならまだしも、うろたえ腰が抜けてしまう人も出現し、揺れ続けることでしょう。 
 その揺れこそ重要と考えます。 揺れは新たな振動となり・エネルギーとなって新しきものを生み出します。

 7、思いつくまま入力しました。 今秋から来年の前半にかけて日本に限らず、世界が同時に大きな波をかぶり、予測不可能な状況になると考えます。

 が、世界で一番初めにバブル崩壊を体験した私たちが、一番先頭を走っているのです。
 100年に一度などではなく、500年ぶり、800年ぶり、いや、有史以来の出来事かもしれません。 日本が世界にこれから生き方の一つのモデルを提供する立場にいます。

 日本の中で、これまで見向きもされなかった事や忘れ去られようとしている時間や空間に多くのヒントや財産を発見し、それを再生し・活かしてゆくことが始まります。

 8、戦争で生産手段、生活場面が破壊されるわけではありません。 
 気の持ちようと考えています。 これまでのような考え方や価値観、生活態度を続けようとする者にとっては、大変な時と場面となることでしょうが、来るべき時と場と予測していた者にとっては大いなるチャンス(と言って、物的な富を獲得するというものではない)と考えます。

 9、喜び方、楽しみ方、嬉しがる事柄が変わると感じています。 既に私たちの周りには多くのモデルが散見されています、素直に見習い、真似して、そして自分流に変化させてゆけばよいのではないでしょうか。 新たな仲間造りです。

 10、その切欠としての、今回の衆議院選挙であると考えています。
 良き時代に生まれ会わせたものだと感謝しています。素晴らしい修行の場です。






 COLUMN 1−D 1039より

                                平成21年5月11日 記

    天木 直人さんのブログを読んで
 
 〜久しぶりに、政治関連のことを掲載します〜


  まず、本日の天木さんのブログです。

 『5月11日の朝日新聞投書欄に掲載された一つの投書に私の目が釘付けになった。

 「政権交代で官僚支配終焉を」と題する、東京在住、無職の70歳男性からの投書の趣旨は次のようなものだ。

 「 ・・・官僚支配を終わらせることができない政権交代なら、私は民主党を中心とした野党の総選挙の勝利は望まない。

 小沢代表のような剛腕でないと政権与党や官僚の手練手管に対抗できない。

 民主党員は、小沢氏が代表を辞めれば選挙に勝てると思っているようだが、(たとえ)総選挙になんとか勝てても、(それでは)官僚支配を終わらせることまでは永遠にできなくなるだろう。

 小沢民主党は、談合・天下りの根絶、特殊法人や独立行政法人の原則廃止、
特別会計の原則廃止、地方分権の推進など、「官」の改革をうたっている。

 政官癒着を打破し、官僚支配を終焉させられないような民主党なら、政権交代の意味がない・・・」

 ここまで応援してくれるこの70歳の一市民の応援に、小沢一郎は拝跪して
感謝し、みずからの言葉どおり、「身の朽ちるまでその使命を達成する」覚悟を新たにすべきだ。

 小沢側近はこの投書をなんとしてでも小沢一郎に読ませるべきだ。

 小沢一郎を支援する人たちは様々だろう。支援する理由も色々あるだろう。

 小沢一郎から政治的庇護を得ている者の支持もあれば、反麻生の立場から小沢一郎を支持する者もいるだろう。とにかくまず政権交代だ、と考える者もいれば、この投書の主のように、既存支配体制を根底から変革するような政権交代を望む者もいる。

 私はまさしくこの投書の主と同じ考えで小沢代表を支持している。 (中略)


 小沢一郎のとるべき行動は一つしかない。政権交代をした暁には日本の権力構造を変えて見せる、民主革命を起して見せる、と、この際はっきりと宣言するほかはないのである。
 小沢一郎はそれを民主党員の前に示し、同時に国民の前に示すのだ。究極の劇場型政治である。

 このような事は、さすがの小沢一郎も、普通の状況ではできないだろう。ましてや、ただでさえシャイで口下手な小沢一郎である。

 しかし、いまは違う。この投書の主がいみじくも書いているように、小沢一郎に求められている事は、閉塞した国民の心に火をつける民主革命宣言をする事なのだ。
その事以外の何物も、もはやない。

 小沢一郎という政治家の真価を私は知らない。しかし、小沢一郎が真価のある政治家であるのなら、いまこそ、その真価を国民の前に示す事のできる、最大で、最後のチャンス到来だ、と自覚すべきだ。

 政治家小沢一郎にとって男冥利につきるではないか。みずからが置かれている苦しい状況を、天が与えてくれた桧舞台と心得て、小沢一郎には頑張ってもらいたい。』
    

 そして、天木さんはブログを読んだ方の感想、意見を求められていますので、私は以下のメールを送りました。
 
 天木 直人さんへ

 私も投書の方の意見、それを取り上げた天木さんと同意見です。

 小沢党首が「自民党との大連立」を口にしたときには、唯一期待していたことに対し裏切られたと怒りました。
 今もその怒りは収まってはいませんし、小沢党首を心底信じられませんが、豪腕と言われ、自民党を飛び出した時の信念(残り火)が残っていると信じたい。思いたい。

 この変革の時に、創造的破壊が出来る数少ない政治家のイメージの余韻が残っているこの最後の時に、過去の罪滅ぼしも含めて、もう一度小沢政治家としての存在価値を示して欲しい。

 何時までも椅子にしがみつくことなく、過去の自民政治の秘密を公開すればよいのです。
 知れば、国民は憤慨するでしょうが、同時に覚悟も決めると考えます。

 金をばら撒き、ごまかし、延命策を講じるのはもうこの辺で終わりにしましょう。
 政治・経済・社会が崩壊するのみでなく、人心が崩壊してしまいます。




 COLUMN 1−D 927より

                                  平成20年12月24日 記

  「2008年に何が起こるか、
   そして、21世紀の全貌を探る!」を読み直す。

〜浅井 隆 経済トレンドレポートNO349〜351〜


 
入力している場所は百姓学校です。 午前中に餅を3臼搗き終わったところです。
 切り餅にするには冷えないと切れず、持って帰るには、あと3〜4時間必要ですので、その間に入力しています。

 本日のタイトルのように、浅井 隆さんを遡上にあげて、どうの・こうのというつもりはありません。 色々なジャーナリスト、経済評論家が居られますが、 私流に区分すれば

 @現状肯定型〜権力側の政治家、官僚、財界人、御用学者、一流新聞社の編集者。
 
 A現状否定型〜権力側には存在せず、居ても批判しているために冷や飯を食わされている。 時間の経過とともにその集団、組織から独立している。が、現状肯定のマスコミ等には取り上げられず、あるいは時に、話を盛り上げるために反対派として登場するのみ。

 B現状を肯定せず、このままでは行き詰まると警告を発している評論家、ジャーナリスト、学者。 考えてはいるだろうが、マスコミ、官僚は表に見えない。

 C現状を広く・深く分析、過去の歴史・事例を冷静に取り上げて、現状が続かない事の警告と来るべき時代への心構えと対応策を提案している人。

 DCと同じではあるが、更に思想、哲学、価値観を提示して、新たな時代の世界、日本そして個人のあるべき姿を提案し、時に実行あるいは実験を始めた人。

 まだ他の立場や考え方の方が居るかもしれないか、この5種の組み合わせでしょう。

 ところで、私の分析によれば浅井隆さんは、C〜5の中間に位置する経済ジャーナリスト・評論家・そして「21世紀の海援隊提唱者」と考えます。

 その浅井さんは2008年初めに、どのようなことを書いておられたのでしょうか。

 2008年に何が起こるか、21世紀の全貌を探る!    〜経済トレンドレポート(NO349〜351) 浅井隆より

20世紀は「石油の時代」 21世紀は「水の時代」(環境破壊・環境汚染)
21世紀は「動乱の世紀」
20世紀前半→「大英帝国」からアメリカへの覇権移行期(戦争と恐慌の時代)1次、第2次世界大戦

21世紀の前半→覇権の移行〜次の覇権国家(中国)は瀕死の重傷を負う

 旧覇権国〜〜〜不安定期=空白期=バブル発生・崩壊〜〜〜新覇権
 2010〜2013年(回復までに7年を要する=2017年)

恐慌の論理・・・60年前の教訓(恐慌のメカニズム)*NO351、ページ1参照のこと 
 →その内の一つ〜不況が底を打つて社会が落ち着きを取り戻すと、あらゆるものの価額が下がっていた為に、財政基盤のシッカリしている人は、より多くのものを買えるお金を持つことになった。
 高級品志向に拍車がかかり消費者を二分化させる。贅沢品が売れるようになるのは不況が底を打ち、株式市場が反騰期に入ってから。

注意〜恐慌の初期と後期ではものごとの様相が全く異なる。 この読み間違えなければ恐慌は“チャンス“である。

・生き残りの為の前提

・前半〜「恐慌」と言う大津波→→→→→「デフレ」

・後半〜「国家崩壊」と言う巨大地震→→「ハイパーインフレ」  
 ここでは前半=恐慌を取上げる。

・@現金をなるべくふやし、流動性を高めておく
→資産売却し現金(預金)、あるいは直ぐに解約できる有料ファンドの資産に代えておく。
400万円は手元に。

・資産家=1000万円以上の余裕資金ある人〜長期的視野に立って、デフレ、ハイパーインフレにも対応できるMF(マネージド・フーチャーズ)→代表例がADP。あるいはスーパーファンド社「ファンド・オブファンド」

・A不動産投資は避ける

 →不動産価額が2010年以降急激に下がる、大底確認までは手を出さない。地震国日本の不動産は処分。

・B良きアドバイザーを確保する
 →(イ)誠実なこと。 (ロ)優秀=恐慌と国家破産に対応できる特別な知識とノウハウ

・C哲学を持って。
 →単にお金やモノの為に行動するのは空しい。人生哲学、金に関する哲学を持つ=欲がコントロールできる。

 そのためには歴史を学ぶ。イ、人物像から学ぶ ロ、歴史の巨大な流の中からパターン性を見つけ出す。

・D健康を維持するための具体的ノウハウを獲得すべし。
→健康こそ最大の財産。健康維持には手間とコストがかかることを自覚する。

・E将来に大きな見通しを持つこと。
→短期的視野にとらわれない。 恐慌後の21世紀の自分のあるべき姿、日本のあるべき姿を常に念頭に置く。

・備えは万全にし、あとは何が起ころうとジタバタせず、悠々と生きる。
2007年はサブプライムローン問題で終わった。
2007年 8月、11月は世界中の株式市場が暴落した。 日経平均株価も15000円を割り込んだ。

2008年8月は中国で北京オリンピックの後、中国バブルは弾けるのか。
 中国株価の暴落の可能性もある。 其れは一つの前兆で、本格的に世界景気が崩れるのは2010年頃と見ている。

・2009年頃までは世界は協調し持ちこたえることができよう。 
 2008年はバブル崩壊の前兆現象が幾つか起きよう。

 〜如何でしょうか、大半の分析・評価、それに基づく「生き残りの為の提案」も的を得ていたと考えます。
 
 が、最後に「世界が本格的に崩れるのは2010年頃」と言い。
 「2008年はバブル崩壊の前兆現象が幾つか置き、2009年ごろまでは世界は協調し持ちこたえるであろう」のところは大外れということとなりました。

 私の勉強不足でしょうが、今日の世界の情勢、急速な時流の変化を予測した方の意見と対処方法に出会ったことはありません。

 浅井さんは私のとって平均点以上の判断材料を提供していただきました。
 それをどのように実行したかどうかは、私の問題です。正に自己責任です。

 アメリカの次期大統領オバマ氏に大きな期待が込められていますが、結論的に私の意見を言うならば、彼が言うほどの「チェンジ」はできないであろうと予測しています。

 彼の背後で蠢いている権力や団体は、これまでの時代を根本的に変更するべきとは考えていず(環境問題、エネルギー問題等)、目先を変えて、方法論を変えて、対象を変えて生き残り、自己満足の度合いを更に上げ、権力を維持し続けるための仕掛けを次々していると感じるからです。

 其の反対の勢力の存在も感じないわけではありませんが、当分(3〜5年、長ければ5
10年)、無益な、彼らにとっては死活問題の戦いと妥協の調整でしょうから・・・

 意本主義と社会主義(共産主義)、個人と社会、私有と公有、等々、産業革命以来の
MORE&MOREのを追求を超える、新たな思想、理念、価値観、生き方は見えない。

 人頼りはダメということだけは確かなようだ。 時間の経過とともに、各自がそれぞれの個性を生かした、自分らしさというか、自分自身が納得し・創り出してゆく生き方の時代ということになると考えます。



 COLUMN 1−D 1193 より
                                平成20年12月11日 記

  「恐慌の行く末を考える」

 〜「世界史概説」の復習をしていて、思ったこと


 

 
 「恐慌の行く末を考える」              平成20年12月10日 初稿

〜これは「世界史概説」の第11回の復習の後に書き始めた。以下の視点を整理することによって自説が出るか?

 1、世界情勢の分析→@アメリカの立場・希望 Aロシアの立場・希望 BEU=特に英・仏・独の立場と希望 C中国の立場と希望 D新興国=インド、ブラジルの立場と希望 E資源国=インドネシア、オーストラリアの立場と希望 Fその他
 
・上記複数の中で、キーマンとなるのは何処か?→@ A B CそしてDか。Dは弱い。
→そのキーマンたちの過去の歴史・実績と現在の力、影響力から判断をする。
 又、今回の大変革期においては、ハード・パワーのみでなく、ソフト・パワーも斟酌しなければならないだろう。

 2、避けて通れない主要課題の一つは、今日まで進められてきた戦後の経済、金融の世界秩序=「ブレトン・ウッズ体制」、「IMF」、「世界銀行」は今後も機能するのか。→どこをどのように変更すれば継続可能か、根本的な変更が必要か。
 
 →@ドル体制の維持 A新しい体制 B @とAの中間か妥協

 ・アメリカの弱り度合と妥協度合い。 内部が纏まるか。産業再生に力が注がれるか。
 ・中国、ソ連の勢いの持続度、野心はどこに。
 ・EUがアメリカ、及び中、ソの間でどのようなスタンスを取るか。仏・独は連携できるか。
 ・日本を@ABCはどのように取り込んでゆくのか(日本はどのように取り込まれてゆくのか)日本の自主性?

 3、2008年、12月10日の段階での状況

 ・アメリカもEUも経済・金融恐慌がどこまで進展、変化して行くのか見当も付かない状況である。 兎に角、大きいもの(企業・金融機関等)に、国は潰せないとばかりに何でもありで資金の裏付けなしで大盤振る舞い。

 ・アメリカの無謀な・馬鹿騒ぎの借金による需要が、世界の国々を満たしてきたが、それが崩壊した。→中国、インド、日本も、ブラジルも、資源国も、発展途上国も、全ての国が・・

 ・金は間違いなくダブ付く、しかし実需要はない(特に米国の消費者には預貯金なし)のであるから企業の復活の見込みはなし。→金融機関も実体経済につられて資金繰りが出来なくなる。
 ・正に、金融恐慌から産業恐慌へ、そして既に現われ始めた失業から来る生活恐慌へと進む。

 ・この落ち着く先がどの辺りとなるかが見えない限り、答えは見つけ出せない。
 ・この先、更なる混乱の中で、上記のキーマンたちの駆け引きが繰り返されることだろう。
 ・“あるべき論”を提案しても、今のキーマンたちは聞き耳をまたない。
 ・混乱し、疲弊し、疲れ果てた先に、天意が示されるのだろう。

 ・天意を待つと言えば聞こえは良いが、思考を止め、主体性・自主性のない人頼りだけはしたくない。
                思いを書き留めて、日々の反省と行為としてゆきたい。




   COLUMN 2-N  NO284 より
                               平成20年11月24日 記


 『米国の変革と日本の右往左往』  高村 薫

     〜中日新聞 11月18日 朝刊より〜 

 私、「それが再生の近道ではないか」と思う。

 切り抜いてはあったのですが、”もう少し待ってから”という気持ちと日々・他の事柄に時間を取られて、そのままになっていた切り抜きです。

 
 『先月(
10月、このコラム NO278で取り上げています)はまだ、私達の足下の不安は何処か隣家から流れてきた煙のようだったが、今では確実に火が移ってきた。 
 (中略)
 この厳しい経済情勢の中、私達生活者はこれまで以上に働くこと以外生きるすべもない。
 せめて前向きに、これを未来への日本の転換点と捉えようと先月は書いたつもりでした。
 (中略)
 アメリカは厳しい景気後退の大波の下、史上初の黒人大統領が誕生した。
 過去8年間の共和党政権による@金融資本主義や A一国主義に決別を告げ、B政府による市場の規制強化、C中低所得者層への所得配分や社会保障、 D国内産業の保護育成などを打ち出して、大きな「変革」を国民に約束した。
 
(中略)
 数年後には確かにアメリカは生まれ変わっていると言う想像は難しくはなく、そうした予感は
カメリカに希望とエネルギーを生み続けることだろう。
 (中略)
 それに対し、日本の首相の弁は「どなたが大統領になろうと、日米関係は変わりはしない」の一言だった。 これはアメリカの変化を変化として認めないと言うことか。 それとも、単に予見できないと言うことか。

 アメリカへの追随だけでこと足りたこれまでの関係を再構築する能力もないのであれば、安全保障の面だけでなく、世界の中の日本が今後どういう位置に立つのか、実に不安である。
 (中略)
 私達は近年経験したことのない不況の姿を見るかもしれない。 その覚悟を決めた上で、今はやはり、未来への道を一人ひとり沈思黙考するほかはない。』


 
 〜今、切抜きから上記の内容を抽出し入力しながら、なぜ10日間もそのままになっていたのかが少し分かりました。 
 
 高村さんは『不況の姿を見るかもしれない』と書かれていましたが、そうならないことを願いつつも、私にはもう避けて通れないところまで来ているとかなりの部分で思っていたからなのでしょう。 

 また、そのようになったほうが、その後の日本の再生には良いことだ、あるいはその道しかないと思い、感じていたからなのだと気づきました。
 あるいは、もっと異なる意見を待っていたのかもしれません。
 
 その割には、まだ判断し・行動すべきことがあるのにキッパリとした決断をしていない自分を眺め、いつものように、その時はオロオロ、ウロウロするなよと言い聞かせているのです。

 私達がこの間作り上げてきた、政治体制、近時の政治状況、官僚機構、そして財界リーダーの面々の最近の言動、学会、マスコミなど、あらゆる既存の機構が自己権益・権限に捕らわれてしまったのです。

 ここは「天のご意思が降りてくる」と言うことなのでしょう。
 「額に汗する気力と体力」は持ち続けたいと思い、少しでも鍛え続けようと考えています。

                      人生すべからず、『修行』ですね。





 
                                   平成20年9月26日 記

   口(公)約果たして、逃げる小泉さん 

 毬栗の撒き散らかった道を進む覚悟ありや自問 

 
 小泉内閣は橋本行政改革内閣の行き詰まり、小渕、森と続いた公共投資ばら撒き型の経済再生内閣も、日本の土台(冷戦終結・少子高齢化・成熟社会)が根本から変化をしている時に、賞味期限切れの政策を打ち続けても、一時の息切れ防止策しか効果がなかった。
 
 国民が先行き不透明感の中(果たして自民党で問題解決できるのかなと疑い始めた時)、『自民党をぶっ潰す』、「官から民へ」、「中央から地方へ」との演出過剰な掛け声とマスコミの誘導によって不安・不信・不満心理の国民は見事に騙された。 5年5ヶ月も・・・

 何度もこの日記に書きましたが、私も小泉政権誕生後の3ヶ月間は騙されました。 ある時、ある情報に接し”これは国賊ものの内閣になる”と感じ、宗旨替えをしました。
 この件はある会で発言もし、この日記にも早くから書いておりますので証明できます。

 とはいえ、結果に対しては肯定して受け入れると心得ているつもりですので、この小泉政権の5年5ヶ月も日本にとって必要な時間であり、内閣であったと今は思っています。
 が、それにつけても騙したお前が悪いのか、騙された私(国民)が悪いのかと・・・

 今日の日本の政治・経済・社会の惨状、あるいは世界(日本から低利の資金が海外に流失、今日の世界バブルを作った)は操られた小泉政治のみやげ物です。

 郵政民営化、道路公団民営化、非雇用労働者の大量出現、社会福祉の低下(後期高齢者医療、社会保障制度改革等)は最たる現われであったと考えます。
 真の構造改革はなされなかった。 偽もの改革で一部取り巻き財界人が潤った。

 この間企業は過剰労務費、過剰設備、過剰債務に苛まれていたが、リストラと言う名の首切りと非正規労働者と過剰労働の職場を作り、そこから生み出された利益で債務返済し、過剰設備の廃棄を進めた。 これが国際社会の中で勝つ用件であったかのか?
  企業が生き延び、国民は幸せになったのだろうか。

 大半の大企業は創造的で・次に活かされるべき投資を怠り当面対策に終始し、働くものの賃金はそのまま、あるいは引き下げて自分らの懐は増やした。

 そんな政治と実業界に目を奪われている間に、官僚のしたことには腹が立つやら、煮えくり返るやら・・・ 盗人も舌をまく自己奉仕の集団、責任感まったくなし、言い逃れの集団、逃げ果せなくなっても、また逃げ場を作って雲隠れ、数年後に復活して左団扇である。


 小泉さんは今回に自民党総裁選挙の状況を注意してみていた。 そしてその結果に自分の身の置き場がないことを悟った。
 と言うよりは逃げた。 これからは過去の出来事が暴かれるばかりとなることだろう。
 
 今度の衆議院選挙は野党・民主党を中心とした内閣の誕生と予測します。
 歴史的な大敗となって、自公政権に天誅が下るとこだろうと思っています。

 何度も言っていますように、今日の世界、そして日本の再生は容易いものだとは考えられません。 総入れ替えが必要です。

 その前に、50数年続きた自民党政治(国家総動員体制)の総括が必要です。そのための政権交代です。 小沢さんの役割はそれ一点にあると言っても過言ではありません。

 そこには色々と傷と腐れ縁を持つ小沢さんでは日本の将来構想、あるべき姿、国家目標・新たな時代を創出する考えを提示しても、まともには動かないと考えます。

 国民に今ある国の実態・状況=隠されている秘密事項・情報、国家財政の実態等を開示し、国民にお詫びし、国民に相当な覚悟をもってもらうことを伝えることです。
 
 そのためには、まず率先して政治家が、そして上級官僚が、また財界も、マスコミも、御用学者も自ら身を正すことから始めなければならないと考えます。

 進んで自己反省とそれを態度で示す行動はできない(しない)でしょうから、結果として選挙をしてまず政治家の総入れ替えから始めることになると考えます。

 
 昨日飛騨金山に栗を拾いに行きました。 底が厚く、側面が皮で覆われたシッカリした靴を履いていたときは何でもありませんでしたが、サンダルに履き替えてイガに近づくとチクチクなどというものではなく、後で調べると棘が数本刺さっていました。

 ここから来年の半ば過ぎまでは、栗イガのばら撒かれた道を穴の開いた靴や底が磨り減ったサンダルで歩んでゆくことになると覚悟しなければと思っています。

 嫌でもオウでも、ここを一度は通り過ぎなければならない道と素直に受け入れて前進したいものだと言い聞かせているのですが・・・。  果たして・・

 小泉さんをもっとボロ粕に批判しようと思って書き始めたのですが、小泉さんもこの時代に求められて、その役割を果たしたことでしょう。ご苦労様と声かけなければとも・・・。

 空気の読める人というのでしょうか、かっこ悪いところは見せられないと引き下がったのでしょうが、息子に後を譲れると思っているならばイガを撒き散らさなければならないと一言申し上げます。
 





 COLUMN 1−D 845 より
                                  平成20年9月5日 記

    野党・民主党よ!なにしているのだ。

 真に政権交代を狙うならば、腹括りして取り組め!

 
 国民の立場に立って福田総理は辞任を決意したものではない。 自民党の生き残りをかけてこの時期を選んだのだ。

 即ち、民主党の党首選挙のないことを見極めての事だ。 
 民主党はこのままでは埋没してしまうと焦っているが何をもたもたしている。

 国民はそんなに甘くはないと言いたいが、「ヤケノヤンパチで自民党をぶっ潰す」といった小泉は不透明感漂った中、不安と不信そして不満心理の国民を煙に巻き、騙した。

 やったことは、官から民へ、中央から地方へ、規制緩和とあたかもまともなことを口にしながら、実際はグローバル化という市場原理主義の競争社会であり、社会保障制度の引き下げであり、非雇用社員を生み出したこと等である。 要は弱者を痛めつけた。

 しかも、最後の郵政民営化は国賊・売国奴の一発勝負で「アメリカのポチ」となる象徴のオマケマでつけてしまった。 毟り取るものがなくなったアメリカは小泉に冷たくなった。

 まさか、今度は国民も騙されないとは思うが、喉もと過ぎれば何とかやら、あるいは甘い言葉が飛び出して、再び私たち国民が判断を間違うことを怖れます。

 前回も書いたように、民主党が政権を取ったとしてもこれからの日本がばら色になるなどとは考えていません。 混迷と混乱は更に続き、深まることだろうが、ここは通過しなければならない道、その先を見据えての分岐点と考えます。

 政権交代こそが必要な道筋だと考えるからです。それは戦後60年以上に渡って積上げられた膿を出さなければ、その先が開けないと考えるからです。

 政治の膿、官僚及びその組織の膿、財界の膿、マスコミ、学界等あらゆる既得権益にしがみ付いた利権構造(彼らはつる見合っている)の一掃が必要と考えるからです。

 今度政権交代がなされたならば細川政権とは異なり新たな展開となると考えます。
 それは時代の潮流が求めているからです。 もう、ギリギリのところに立たされています。
 
 が、小沢党首も多分CIAに弱みをシッカリ握られていることでしょうから、どれ程の事が可能かはわかりません。 それならばそれで、国民は小沢・民主党に反旗を振ります。
 古く、やる気がなく、あるいは二世・三世の親譲りボンボン議員は必要ないのです。

 民主党よ、自民党の総裁選挙に埋没してしまうなどと心配している暇に、政権奪取後は「これだけのことをやる」特に自民政権時代の密約、嘘、出鱈目、を全て公開すると言えばよいだけなのです。 

 その腹括り一発で、見せ掛けの人気取り、延命を狙った総選挙などは吹っ飛ぶことだろう。 それどころか恐れをなして尻尾を振ってくる者も出るのではないだろうか。

 少なくとも自民党議員よりは後ろめたさを持っていないことだろう。(少ないだろう) 先行きの己のことばかり案じていると、どちらにしても見抜かれてしまう事を怖れよ。
 
 ここは一つ、自主性・主体性のある新たな日本を創造する。(決して偏屈・偏狭な民族主義ではありません) 未来をかける心意気で事に当たってほしい。
 


 パソコンの調子が昨日から悪い。その腹いせでもないだろうがポンポン・バンバンとキーボードを叩いて書いたのが本日の内容です。






 COLUMN 1−D 842 より
                                   平成20年9月3日 記

 アメリカのことをもっと知らなければいけないと
        思っていたら・・・

 
 どのような時代背景と要因があって日米開戦に至ったかを良く知る必要があります。
 
 間違いないのは日本が負け、アメリカに占領されました。 アメリカの当初の目論見とは異なり冷戦構造が進むとアメリカの対日政策は変化して行きました。 

 一言で結えば東西冷戦の最前線に日本を位置づけました。 軍国日本の力をいかに弱めるから、日本をどのように活用するかになりました。

 当初はアメリカが全面にたって日本の政治、経済、金融、社会とあらゆる分野で政策を実行しましたが、日本国民に見える形での対応は思うように進まず、あるいは日本国民の抵抗にあい方針を変えました。

 戦犯と言われる人たちも復活させて、彼らを通じて後ろから操作しました。
 朝鮮戦争を境に日本は復興から成長へと高度成長を続けました。圧倒的な力を持つアメリカの競争相手となるまでという計算外の成長でもありました。

 アメリカにとって冷戦構造が終焉すると、同盟国・日本は再び経済敵国となりました。
 政治、軍事、経済、金融、社会、教育等見えないところで日本政府に指示(威嚇)もしていたのでしょう。

 日本も主体性を持ってあるいは斟酌して事にあたれば良かったと考えるのです。
 が、いつの間にか日本の政治家も官僚も財界もマスコミ等あらゆる分野のリーダーたちは、自ら考え、選択し、、決断し、行動し、その結果に責任取ると言う自覚をもたないまま、いつの間にかアメリカの指示待ちという体質になってしまったように思います。

 ところが、世界の警察、一極支配体制といわれたアメリカ、ここ10年間は世界から急速に期待と評価が下落しています。

 私自身のことを考えても、湾岸戦争の前後までは決して悪いイメージをアメリカ持っていませんでしたが、9・11事件から始まるアフガン紛争への介入、イラク戦争と進むにつけて
待てよと言う考えを持つようになりました。

 同時に日米安全保障なくして日本の平和はありえないと言う日本の識者(マスコミに登場)の声に疑問符を持ち始めました。

 今、世界は間違いなく近代以来の大転換期にあります。 現代に入りイギリスから覇権が移行されたアメリカはその立場が怪しくなるに従って思いもかけない行動に打って出るのではないかと思えてなりません。

 そのアメリカをもっと知る必要があると思っています。
 その中の疑問の一つに”なぜアメリカ国内でユダヤ関係者の力があんなにも強いのか?”という疑問でした。

 戦後、多くの優れたユダヤ人がアメリカに移民したこと、ロービー活動を強力にしていることもあるでしょうが、ユダヤ系でない人々までもが靡いている背景がわかりませんでしたが、本日以下のような文面に出会い、疑問の一端が融けたように感じています。

 それは米国の外交評議会の上級研究員、Mead氏の「God and Maney」と最近の本の中に書かれていたことです。

 『「God and Money」では、米国支配の終りという主張は誤りである。米国が世界の支配権を握ってまだ数十年、英国は200年も支配してきたのだ。米国支配の終りなどという議論は歴史決定論にすぎない。

 米国の軍事力と金融力は圧倒的であり、加えてdivide and rule(分轄と支配)というアングロ・サクソンの卓越した技術をもってすれば、なお長期にわたって米国の世界支配は続く、と主張している。

 また、Mead氏の今回の新しい論文には、滅多なことではお目にかかれない、米国人の本音が実に率直に語られている。

 Mead論文の主張を要約すれば、次の如きものだろう。

 @ 米国のイスラエル支持は、限定された勢力によって支えられているのではなく、米国の大衆の支持によって支えられている。

 A 米国人は、イスラエル建国は、神の命によるものという考え方は、米国が先住民を追い出して自国をつくったことを正当化するのにまことに都合が良いものであった。

 ちなみに旧約聖書では、エジプトから脱出してきたイスラエルの民は、神の命に従って、カナンの地に暮らす人々を殺し、この地を自らのものとしたとされているのである。

 米国も又、先住民の90%をこの世から追放することによって作られたと、歴史家たちは指摘している。米国の大衆は、この考え方を心から支持しており、だからこそイスラエルに共感するのだ。』 
と。

 

 足元には日に日に水かさが増してきていると感じない分けには行きません。
 考えたとてどうなるもんでなしと思った時から思考が止まり、足腰が動かなくなる。

 その答え(行動の結果)が正解か正解でないかの問題ではなく、今までの経験、体験、知識に加え、次にやってくる時代に対して自らの意思で判断し、行動をとることこそが大切と考えます。

 今、歴史に学ぶ事も必要でしょうし、新たな知識、情報との対面、取得も必要です。 
 一人ではその範囲は限られています、心許せる友人が大切です。

 納得できること、好きなこと、許せること、やってみたい事に向かって試行錯誤の歩みをしたいものだと考えています。
 

 





 COLUMN 1−D 840より
                                     平成20年8月31日

  「危険ウイルス侵入」 と表示後
                一瞬にして消えた

 〜岐路に立ち、身動きできない日本政治情勢〜
       早く、解散・総選挙をすべし

 
 体力が回復してきたのだろう,書斎でウトウトしなくなった。
 激しく長く続いた雨が上がり、今度は再び暑さがぶり返した。
 
 昨日、久しぶりに”日本政治”のことに触れてみようと思い入力を始めた。
 書き始めがなんと14世紀の近代ヨーロッパの誕生・ルネッサンスからスタートし、
 
 大航海時代のインド航路の開拓、新大陸の発見、スペインのアステカ・インカの征服、
 更に宗教改革からヨーロッパ近代国家の形成(絶対主義国家、植民地活動、啓蒙主義)まで簡単におさらいすることになった。
 
 ヨーロッパのみでは手落ちと思いアジア諸国の繁栄(中国の明、清の勃興と統一、中国隣接地域に加えトルコ世界とイラン世界、そしてインドのムガール帝国)まで手を広げてしまった。

 その後、市民社会の成長と題して、「アメリカ独立革命」、「フランス革命とナポレオン」、「産業革命」。

 更に、ヨーロッパ諸国のアジア進出を取上げ、オスマン帝国支配の動揺とアジアの覚醒、
イギリスのインド支配を初めとする南アジア・東南アジアの植民地、それらと並行して東アジアの激動(アヘン戦争、日清戦争等)まで行った。

 その後は現代編の整理をして、今日の日本にたどりつき、そこで私が認識している今日の世界の情勢を分析していました。

 @アメリカの覇権の衰退予測
 ABRIC,Sのこれから→中国オリンピック後の一時後退、上昇志向の国民で再び↑?
                 インドの7割の国民の意識の変化は遅い
 Bロシアの野望→今一番有利な国家
 Cアフリカ→資源を中心として各国の思惑入り乱れ、混乱続く
 D中南米→安定しない。
 Eアジア→東アジアも東南アジアも日本に期待している、が日本に未来像なくもたつく
        中央アジア火種抱える、 
        中近東は何時戦火が勃発しても不思議でない情勢。
 Fヨーロッパ→西はかなりアメリカ・サブプライム問題で傷ついている。低迷する。

 などなど、4時間に渡り入力したところでタイトルに書きましたように「危険ウイルス侵入」と表示が出ると同時に、何も対処しない内に全てが一瞬の内に消えました。


 再度入力する気力がなくなり、昨日は終わりました。
 本日(8月31日)やっと、上記まで入力しました。 何が言いたかったのか半分飛んでしまいました。 が、思いつくまま書いてみます。

 ・衆議院選挙が行なわれれば、民主党が勝つ、野党と連携で過半数を超える。
 
 小泉内閣誕生の時にもよく口にしましたが、”ヤケノヤンパチで自民党をぶっ潰す”と言った小泉さんの弁に、不透明な社会に不満と不信そして不安を持っていた国民は騙された。

 ・特に最後の郵政民営化選挙などは国賊(売国奴)の行為であるにもかかわらず、本質を語らず(野党もだらしなかった)、髪振りみだし、ジェスチャータップリな人気役者の言葉で日本が変わり、景気が良くなると勘違いした国民の選択であった。
 (マスコミがあれだけ旗を振れば勘違いもする)

 ・戦後日本が急速に復興と成長がもたらした要因は戦前から続く国家総動員体制の戦後版、上からの意思決定と資源配分方式にあった。

 その方式とは冷戦状況の国際関係の条件下で、官僚と政治そして財界のタッグ構造で機能し成果を出した。

 ・が、それは冷戦構造下までのことであり、90年代に入り世界の構造は根本的に変わった。 ところがその構造・利権にしがみ付く自民政治と財界、上からの配分の仕組みの中で築いた官僚支配、天下り、利権配分権を手にした官僚組織。

 ・同時にそれを取り巻く、学界、マスコミ、御用学者と幾重にも積上げられた構造であった。 ここに来て問題の先送りも出来ず、かといって抜本的な改革など出来ないことが明確になった。

 ・小泉内閣の時も、安倍内閣も、そして福田内閣も日本の将来のあるべき姿、ありたい姿、ビジョンを示す政党も政治家もいない。

 ・民主党が過半数を獲得したからと言って、急に国家ビジョンが提示され、国民から信頼され、本当に痛みを通り越した死に物狂いの新しい国家像に向かって国を挙げてにの意思統一が出来るとは思えない。
 
 ・しかし、旧態の意思決定の仕組みや利権構造では日本は衰退して行くばかりと考えますので、ここは自民党を下野させるべきと考えます。
 今度は国民を簡単なことでは騙されないことでしょう。

 ・民主党単独であるいは野党の連合で政権を発足させても、多くの国民の継続した賛同は得られないと思います。

 ・そこで、再度選挙です。2〜3度選挙を行なえば、口先ばかりの議員(言動不一致)、二世・三世の親譲り議員、利権権益にしがみ付く議員は飛ばされてゆくことでしょう。

 ・政治には素人でも真面目に、真剣に自己の考え方を述べ、国民の声を聞く耳と行動をする人物が選ばれてゆくことになると考えます。

 ・世界は歴史的転換期にあると思います。 資本主義、社会主義(共産主義)と言ったイデオロギーの問題を越えていると思います。

 ・新たな思想、理念、価値観に基づいた新時代への移行期にあると考えます。
 その思想、理念、価値観は何かと言うことについて「これです」と答える用意はありません。 が、従来の延長線上にはないということはいえます。
 
・格差社会、グローバリズム、市場原理主義のよる競争社会、覇権主義等、冷戦後の世界を支配した発想や仕組みではないことは明確と思います。

 ・模索し、試行錯誤して一つ一つ作り上げてゆくことになると考えます。

 再度「危険ウイルス侵入」と表示される前に、掲載します。
 
 



 
                              平成20年1月21日 記

  久しぶりに政治に 関することを書いて見ました

     〜通常国会が開催されました〜



 ほとんど毎日目を通すホームページ情報の中に、森田実さんの「時代を切る」というコーナーがあります。
 この老ジャ−ナリスト(年齢だけでは決まらないが)の正義感に満ちたご意見を読んでいるうちに、自己反省をしつつ以下の文章を書きメールにて先生に送りました。

   
「毎回森田先生の「時代を斬る」を読ませていただいている66歳の年金生活者です。
 政治家もジャ−ナリストもマスコミも学者も本音を語らないこの時期、森田先生の腹の据わった、また価値観がぶれないご意見を読ませていただき胸の痞えが下りると同時に、このような社会にしまった私達時代の責任の一端を反省しつつ、最後に何が出来るのかを自問しながら日々を過ごしています。
 
 実質官僚に牛耳られている自民党政治の役割は既に終わって久しいのですが、それに対する野党の不甲斐なさが今日までズルズルと自民党を生き残させています。(其れを許してきた国民自身の勉強不足と人任せ・人頼り・保守保身が根底にあることを自覚しなければならないと思っています)
 バブル崩壊後、旧態然とした利権政治の延長線で、そのたびに目先を変えた自民党の首相が何代にも渡り財政出動・公共投資のばら撒き続け、既に硬直した社会構造・制度・仕組みの中では生き金とはならず、血税の無駄遣いと国家借金の増大を膨らますだけでした。
 
 万策つき自民党の命脈が尽きようとしていたとき、先の見通しもなくヤケノヤンパチで「自民党をぶっ潰す」「改革なくして成長なし」「中央から地方へ、官から民へ」と言って登場した自称「改革内閣」小泉首相。
 将来に対する閉塞感と不透明感の中、不信、不満、不安を持っていた国民は”目眩まし”に合い、騙され何かが起こるのではと期待することとなった。
 その実体は、裏で小泉首相を操った米国とその意を受けたマスコミと財界の一部が仕掛けた”改革”と言う名の国家・将来ビジョンなし、グローバルスタンダート・市場原理主義・弱肉強食・゛アメリカ追随の「ポチ政権」に拍手を送ってしまった。
 その結果は7年後の今、大きな付けとなって表面化しているというよりは、アメリカの行き詰まりと相まって大変な状況=恐慌を呈しているといえます。
 
 此処にきて明確に小泉政治が何であったかを気づかされた国民です。 が、この間=バブル崩壊後、其れまでの考え方や価値観を変更した生き方、会社運営の方向を転換され、行動を始められた方々は大変なご苦労をされておられました。 が、今花が咲き始めている状況をアチコチに散見できる状況になっています。
 其れと同じように政治の世界でも民主党を代表とする野党への期待の風が吹き始めたのでした。 
 自民党ではダメだ、一度政権交代して新たな出直しをしようと・・・ その結果が、昨年の参議院選挙の結果であったと思います。
 
 次の衆議院選挙によって政権交代が可能になると期待しました。 仮に政権交代しても果たして民主党に政権担当能力があるのかとは心配はしましたが、少なくとも50数年続いた政官財癒着の構造に少しは変化が起こり、其れまでより少しはあらたな展開が期待できるのではないかと考えていました。
 仮に、民主党にも政権担当能力がないことが明白に成れば、其れはそれで本気で国民が目覚めると考えていました。 いや、其れを望んでいるといった方が正確な気持ちでした。 既存の政治家のほとんど(期待出来そうな政治家もいる)ではこれからの日本再建は出来ないと考えていたからです。
 
 小沢さんには細川政権発足の時も期待しました。が空しく消えました。
 しかし、自己の確固たる考え方、信念を持っているから多くの寄せ集め集団の中では力が発揮できなかったのか。あるいは、右から左まで無責任で我儘な意見が出るから、中央突破で豪腕を振るった結果だったのかと思ってもみました。 結果、政権党であることが目的のような自民に簡単に政権を渡してしまいました。
 
 その後、小渕政権で上手にあしらわれ、冷や飯を食わされました。 それでも小党・自由党の党首として何とか存在感を示していました。
 まだ何かあるのかなと思った時に、最後の賭けにでて民主党と合流し、棚ボタ式に党首となった。 選挙上手といわれる力量を示し、地方回りをし小泉ー安倍政権で疲弊した地方や人々の期待を票に結びつけ、自民党政治の終焉を演出してくれる可能性の参議院選挙の結果が出ました。
 
 が、そのように思い、期待していた時に、「大連立構想」問題です。
 腹が立つことこの上なしです。 そのときから少し時間が経過していますが、今もテレビで小沢党首の姿を見ると大声で「ばかやろう」と口に出てしまいます。
 数日前、10数年続いているある会でこの事が話題となりました。なんとそこに参加した者のほとんが同じ気持ちを持っているのではと感じました。 
 
 民主党の幹部(?)は小沢党首の言動に怯えているようですが、そんなことでは真に国民の期待には答えられないことは明白です。
 この状況で時間経過すれば、民主党への追い風の国民の意識が民主党離れへと変化するのでは思います。 なぜかといえば、自民党のオウンゴール=失点で得点してきただけだからです。  其れゆえに勝ち目のない自民党は今年どころか衆議院の次の任期まで選挙なしで行く腹積もりではないで思うからです。
 そんなことでは、この大変革の時代の日本は益々死体と成ってしまいます。 ”亡国老人国”(元気老人までもが・・)に成ってしまいます。
 
 今、国民は民主党に微かに期待をかけ、自民党政治の終焉と真の変革の道を求めていることを自覚すべきです。(自民政治家の方が強かです)
 民主党はチャンスを生かしきれずに消えてゆくことになるのでしょうか。
 昨日元三重県知事・北川氏らが「地域・生活者起点で日本をせんたく(選択)する国民連合」が発表されました。 これは中央の政府、自民党にも民主党にも期待できない、失望と危機感の現われでと考えます。 良い現象であると評価します。 
 
 今日の社会を作ってきたのは私達大人です、代表する政治家を選んできたのも私達大人です。このことから言い逃れることは出来ないと考えます。
 これからの若者に引き継いでいただきたいこともありますが、負の遺産も余りにも多く山積させてしまいました
。 
 老人がこれ以上に権利主張をすれば、そのうちに若者が反乱を起こすのではないでしょうか。 そんな情けない最後だけにはしたくありません。
 今は私に出来る事は可能な限り”国民健康保険”を使わないように、朝晩健康維持に務めることぐらいです。
 反省すべきは反省し、これからの若者に謝罪すべきは謝罪し、最後に出来る事を穏やかに・健やかに・爽やかに、そして陽気に実行したいと思っています。
 
 森田先生の日々のお言葉が大いに励みになったいます。 これからも健康に留意され益々活躍されますことを祈っています。
 
 追記
 今、衆議院本会議で民主党鳩山幹事長の代表質問と其れに対する福田総理の答弁を聞き終えました。
 この国会がどのように展開されてゆくのかシッカリを見つめて行きたいと思っています。
 
 

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