エッセイC−01 自然との交流
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 COLUMN1ーD NO.420 より                                                                     平成17年12月25日 記

 百姓学校、本年最後の定例会は”餅つき”です。
 〜同時に、忘年会に、Xmasパーテイー〜

 忘年会でも、Xmasパーテイーでなくとも、毎回アルコールの量は変わりません。
 それでも忘年会という事で、今年の夏から豪華「恵比寿ビール」が定番のビールになりましたが、今月は更に上を行く「イギリス産」と「ドイツ産」が加わりました。 350ミリリットル換算で、450円のビールでした。 やはりそれだけの事はありましたと、お酒の話から入りましたが、今冬最低気温マイナス9度を記録した、瑞浪・日吉です。 ノーマルタイヤですので、もちろんチェーンを持参いたしました。 山に入りユルユルと走って学校の導入路までは到着しましたが、ここでチェーンを掛けることになりました。
 この雲空を見ていただければご理解いただけるでしょう。
              

 さて、田も畑も全て雪ノ下です。 本日は「餅つきの手順」を紹介することにします。

   
  @水に浸す            A水揚げをする        B蒸篭です。

 @「餅米の水洗いと水浸し」←これは前日の作業です。 水洗いは最初シッカリと押し洗いします、その後3回すすぎをして、約12時間水に浸します。
 A翌日、蒸す前に水切りをします。→今年はここで失敗しました。 水切りをしないまま蒸篭(せいろ=蒸し器)に入れたため、時間もかかりましたし、上手に蒸しあがりしませんでした。 →2臼目からは正常に。
 B蒸篭を用意します。

              
        C蒸し専用のフキンです        D水揚げした米を入れます
 C蒸し専用のフキンです。 このフキンが重要な役割を果たしてくれます。
 D蒸し器に入れますが、真ん中を掘り下げ、縁を盛り上げます。蒸気の廻りよくなる。
                   
                     E蒸します
 炊き上げの時間は火力の状態によってマチマチですが、このように重ねて蒸しますので、調子が出てくれば早いのですが、平均40〜50分でしょうか。 
 蒸し上がりの判断は活字では伝え難いのですは、指で軽くすり潰して柔らかい粘りを感じた頃です。
             
      F搗きます                  G今回は袋で延ばしました。
 F搗き方、手返しは現場で体験してください。何でも力任せに搗けばよいというものではありません、初めから強く搗けば米が飛び散ってしまいます。 杵の重さにもよりますが、杵自身の重さに任せれば充分です。
 G今回は市販で板伸し餅専用の袋で大半を仕上げました。
 伸し板は撮影を忘れてしまいました。

             
     H固めます                     I切ります
 HI一昼夜寝かせてから切ると上手く切れますが、本年の気温でしたら搗きあがって4時間経過のものでもキレイに切れました。

 以上ですが、この間搗きあがった餅を食べたり、寒いのでイッパイやりながら「おつまみ」を摘まんだり、自家製の小豆の餅いり善哉を食べたりで「今日は空腹感を覚える暇がなかった」と出っ張った腹を摩っていました。
 もちろん夜は囲炉裏を囲んでの談義は相変わらずでした。
                 



 コラム1−D  NO.402より                                                                          平成17年12月04日 記

 鳳来寺、”いろいろあります会”の忘年会へ
  鳳来寺と鳳来東照宮に向かう 〜その2〜

 〜その1〜で、朽ちかけているものに目が行きましたと、紹介しましたので、今度は反対側を紹介しましょう。
 というものの、今年は家の周りの紅葉、岐阜県「天生峠」(あもうとうげ)、数度にわたる中部大学の紅葉等を堪能し、紹介していますので、私自身の感動が少しばかり鈍くなってきています。
 1425の石段を息を切らせ、汗流しての間に押したシャターです。

                          

       
     〜その1〜で紹介した「医王院」の裏側です。 逆光に照らされていました。

            
    本堂を縦に撮りしました.       本堂前の展望台から三河湾?方面を望む

  

         
           東照宮 

     東照宮の神殿の両脇に狛犬が鎮座しています。
             

 そこにはこんな短歌が添えられていました。左右の狛犬の意味がお解かりいただけると思います。

 「戦場に召されし兵の守りとて 身を削られし 狛犬のわれ」
 
 「戦争の絶えし世ならば神護る 身をば削るな 狛犬のわれ」

                
     高き鐘楼を見上げて、兵の安らかに眠らんことと、平和を祈念しました。






 コラム1−D  NO.401より                                                                          平成17年12月04日 記

 鳳来寺、”いろいろあります会”の忘年会へ
  鳳来寺と鳳来東照宮に向かう 〜その1〜

 鳳来寺、参道沿いの門谷地区やその周辺の地元の方々、更に都会からのメンバー、近隣の小中高の学生を交えて様々な活動が行われています。
 「いろいろの森」と銘うった植樹から始まり、下草刈りや子供中心の木工工作など幅広く、しかもかなり本格的な内容で、その関係筋では全国的に注目されているようです。
 その活動の中から本格的に森林技術を身につけようと、プロの方が講師となって昨年12月に「森林真剣隊」が生まれました。 今年に入って更に「NPO法人森林真剣隊」と発展しています。 
 また、これらのメンバーと一部重複もしていますが、千枚田の維持、復活の活動を始めて3年目、お米の収穫をしている「千枚田プロジェクト」もあります。
 私は6年前に植林に参加し、その後「千枚田」のほうにも仲間に入れさせていただいていたが、今年はほとんど百姓学校とダブリ千枚田の方は全休、森林関係も2回しか参加していません。 が、例年楽しい忘年会が開催されるのでそれには参加させてもらうことにしました。
 30数名の参加者の食事用意のお役にでも立てばと12月3日、午後1時半に到着しましたが、午前中でほとんど終了しましたとの事、それではと「鳳来寺本堂」まで、1425段を登る事にしました。 では出発します。

           
                                  一の門、午後2時ごろ
                
               国指定重要文化財 建物鳳来寺仁王門、
 この門は、両脇の仁王像・鳳来山東照宮とともに、徳川3代将軍家光の命により、慶安3年(1650)着工、翌年4代将軍家綱の時完成した。
 この華やかでドッシリとした門をくぐった後から、なぜか崩れかけているもの、朽ちかけているものにカメラが向かいました。 〜NO1〜

         
            「医王院」                「松高院」
 「医王院」が万治元年(1658)、徳川家綱の建立。 「松高院」の創建年月は不詳とされているが、ほぼ同格というからその前後に立てられたものだろう。 「松高院」は代々東照宮の守役をしていたが、この地が廃寺(増道院)となって参道中腹の現在地に移されたとあった。 徳川全盛時代には将軍家綱の側室の仮寓といわれている。
 「医王院」が真言学頭で百石、「松高院」は天台学頭で百五十石となっているが、鳳来寺は、真言・天台兼併の寺院であったから、松高院と医王院が交代に3年づづ学頭を務めていたと紹介されていました。
 写真からは分かり憎いかと思いますが、草むらの中にある「医王院」です。
 「松高院」は戸が閉められていましたが、石垣をよじ登って中に入ってみました。 思い描いていたのとは格差がありましたので、かなりの造作の山門を紹介する事にします。

       
         仮本堂                      現在の本堂 
 カメラアングルと背景の関係で、仮本堂のほうが大きく立派に見えるかもしれませんが
、背景を見比べてください。 大きさは問題にありません。  が、華やかな現在の本堂より風雪に耐えた仮本堂のほうが私にはありがたく見えました。
 そのためでしょうか、仮本堂と現本堂の中間にある朽ち始めている建物に気が入り込みました。
       
 同じ角度ですが、背景に紅葉を配置すれば雰囲気が変わるのかと思いましたが・・・
 この建物の裏手に回ってみました。
 
             
 漆喰が剥げ、窓は吹き飛ばされていました。 その側には廃材が野積みされていました。 多分250年以上前の建物と推測しました。

            
 何を登場させたか、お解かりになるでしょうか?
 大きな岩の下に並んだ石仏群です。
 右の写真はその大岩が崩れてこないように、鉄柱が支えているのです。 こんな鉄柱でこの大岩が支えられるとは思えないのですが、最近「耐震強度偽造」による欠陥建築に比べれば、信頼が寄せられるのではとおもいましたが・・・
 その証拠に、石仏さんは安心しきった様子で晩秋の陽を浴びておられました。
                
 約2時間半で、元の「一の門」に下ってきました。 山の向こうに陽は沈み、急に気温が下がってきたのを感じました。

 





 NO399                                                                      平成17年11月28日 記

  百姓学校の第7回収穫祭開催
〜おもてなしに、会員てんてこ舞い、11月27日〜 

 例年は土日2日の百姓学校・定例会の初日=土曜日に開催していました「収穫祭」。 今年は2日目の日曜日といたしました。 一日前に、準備はできるのですが、其れが手いっぱいでした。
 前日はお土産用のサトイモ堀(翌日お客さんにも掘っていたただきますが、とてもとてもお助けにはなりません)、牛蒡堀(お土産にするには堀上が大変で中止、その代わり@植え付け時の畝の作り方、A間引きの程度 Bこれがノウハウ・・牛蒡堀の方法をまとめることが出来ました。(別途、今年に入って全ての農作業の手順、方法、留意点等を只今作成中です)。 
 そのほか、もち米の精米、販売用の仕分け、(小麦粉も含めて)。
 午後4時一段落休憩となりましたが、看板の設置や舞台装置が出来ておりません。
 舞台横断幕の上に吊るす、蜂屋柿も剥かなくてはなりません。
 陽は沈みましたが、何とか薄明かりの残る内に終了となりました。
 水不足のために15分離れた、何時もの旅館?ホテル?の風呂に行きました。
           
                     夕陽に輝く舞台と装置

 前日では間に合わず、27日当日の朝、受付のとなる作業場の上に看板設置。                       

 本日の参加者はメンバーとその家族で16人、太鼓出演者5人、一般参加者19人、校長夫妻の計42人です。 何とか開始時間の10時にはスタートできました。

       
     代表=統括のご挨拶               挨拶を聞く会員とお客様

       
     サトイモ堀が始まりました          一方、こちらは「ほうとう」作り

 この辺から、ペースが乱れ始めました。
 <といいますのは、朝一番5時半前か?、に起床の米責任者のN氏、昨日の遣り残した駐車場の籾殻の移動(牛の寝床になります、其のほかにも活用、まだ睡眠中の方もおられますが、小型運搬機でゴロゴロと作業開始、終わったところでカマド(餅米を蒸します)作り、まだ6時を過ぎたばかりというのに「まだ、火をつけるのは早すぎますね」と言う、これは入れ込んでいるなと感じました>
 
 案の定、餅つきの予定時間は11時半からというのに10時半には蒸しあがってしまったようです。 朝食の後片付けがやっと終了し、次の準備にかかろうとしていた炊事場は慌て始めました。 「大福のアン」が丸めてない、「黄な粉」は出来上がっていない、
 「のし板」にはまだ「ホウトウ」がのっている。と、てんてこ舞いの状態。

 蒸しあがってしまったので、まずは一臼搗くことになりました。
          
    木村さん親子の餅つき              あんころ餅作り

 ここまでは何とかなりましたが、続いて蒸しあがってしまったという事で、2臼目、3臼目と続けざまです。 出来たての「ミゾレ餅」「黄な粉餅」「醤油・たまりつけ」を食べてもらおうと思っていたのですが、まだサトイモ堀をしている人たちが居る、まだ11時を過ぎたばかりで「腹減っていない」というやらです。 (そのわりには、予定通り消化してしまいましたが・・・)
       
 大釜イッパイの「芋煮」も出来上がりました。 幼児含めて 一人2・5杯分はあるとみました・・・(その後、前夜好評でした、残りのイノシシ鍋も15人分平らげました。これは、憎きイノシシへのお返しだったでしょうか)

 腹ごしらえが出来たところで、舞台に登場しましたのが、『華鼓(はなこ)』メンバーです。
           

   続いて「太鼓教室」も実施されました。
        
 太鼓教室は盛り上がりました。 約15〜20分の指導の後ではそれなりに聞ける音合わせになっておりました。 指導というのは大したものです。改めて感心しました。

 舞台も終わって、後片付けに入った最中にサーと通り雨がやって来ました。 直ぐ止みましたが、お帰りのお土産を作ったり、渡したり、ご挨拶をするやらで、集合記念写真を撮影する事を忘れてしまいました。
 カメラ担当というわけでもありませんでしたが、カメラ持参は私だけでしたので、なぜか落ち度をしでかしたような気分に少しなりました。
 舞台横断幕の上に吊るされた25日収穫の蜂屋柿は宿泊棟の軒先に移動しました。
 来月の定例会=餅つき日には美味しい吊るし柿が食べれる事でしょう。
               





 コラム1−D NO.385より                                                                        平成17年11月1日 記

  イノシシ侵入につき、急遽脱穀に向かう
         〜脱穀の手順の記録〜


        
       脱穀は奥から手前に          急がずに挿入、前の束落ちる頃、
                 
  @脱穀は奥から手前に、ハザ架けするときも同じです。 取りやすいから
  A慌てて束を機械に挿入すると、キレイに脱穀できません。前の束が落ちる頃に次を
  B脱穀した米を受ける袋は大体ハザ掛け2支柱分で1袋です。約30Kgです。
    袋は同時に2枚使う、1枚はコボレ米を拾います。
  Cハザ架け支柱の間隔は210Cm(歩幅で3歩)、この間に稲束が30前後架かる。

       
      藁束を縛るワラ紐              4束づつ交互におきます
               
                16束で1括りです
  @ワラ紐・・事前に藁5〜6本を穂先のところで縛っておきます。
  A藁束4本を交互にして4回、計16束で1括りです。
    藁が長いものと、短いものがあります縛る位置は調整です。
    また、太い束もあれば、短いワラ紐もあります、その時は12〜14束にします。
  B縛り方はシッカリ束を押さえ込んでください。最後は0000のとおり。(又教えます)

 支柱の整理・・長短は混ぜても良いですが、突き刺す底辺でそろえる。(交互にしない)
 イノシシ防御の網の整理・・絡まないように隅をキチンと縛ること。

 ところで、本年の収穫は「ヤマホウシ」6袋=180Kg(約3畝)籾摺り後は150Kg?
            「アサヒノユメ」5袋=150Kg(約3畝)籾摺り後は120〜30Kg?
  反当りの換算すると7〜8俵ということになりましょうか? これは後で・・・
 
 最後に、サツマイモ畑では大宴会の会場を提供してしまいました。
 ハザ架けの場も奥さんに毎晩見回っていただき、ネットの補強も何度かしていただきました。 そのたびにイノシシも賢くなるそうです。 夜中12時の身回りで懐中電燈で照らし出すと、2日続けて親子のイノシシが逃げ出していったそうです。 その影がこれです。
                  
 





 コラム1−D NO378                                                                       平成17年10月24日 記

 2005〜06 麦作りの手順の記録 〜その1〜


  平成17年10月22日から始まった、麦作りの記録を残します。
 
        
 @左・・ここでは紹介してありませんが、畑の周りの草刈がはじめです。
 A右・・耕転後の畑です。 トラクターで最低2回、最初はスピードをユックリ、耕転速度もユックリです。 2回目からはスピードアップ、耕転速度も速くてもかまわない。 半年休耕して居りましたので、3回目もスピードをあげて実施しました。

   
 耕転するとき草むらが少なくなって、コオロギ、カマキリ、バッタなどが追い詰められてゆきます。 カ二も土の中から這い出してきます。 カエルは既に冬眠に入っていたのでしょうか、ピョンピョンと逃げてゆきました。
 
                  
  B畑の周りの溝堀(上げ)です。 これをシッカリやらないと水掃けが悪くなる。  

           
 C左・・畝作りです。北側から始めます。北側は縁の線が真っ直ぐなためです。
      石垣より1・5メートルの通路幅を取りました。 畝間の幅は中耕や土寄せの時、     小型耕運機の作業を考えて1メートルとしました。
 D右・・種を蒔く前に畝を足踏み固めします。 種が定着しやすいためです。

 ところでその種麦ですが、前日の夜、湯漬けしておきます。(人間さんの入浴終後ですから36〜37度前後でしょうか。 蓋は外しておきます。蒸れて息ができなく、発芽の条件が悪くなるためです。
 種麦の仕込み量は今回F畑(約1反で3升あれば充分でした。(蒔き方のもよるが・・)
                 
 E上記の種麦は湯漬け後のものです。網に入れて湯漬けです。

           
 F左・・パラパラと蒔きます。10Cuに20〜30粒ほどでしょうか。 多すぎるとダメです G右・・畝に土を被せています。 麦の大きさの3倍が目安ですが、すこし多目のほうが良いです。 麦種が表面に出ていますと鳩に食われてしまいます。多目でも芽は出る。
 さて、これで麦蒔きは終了です。
 この後は、1月下旬〜2月中旬に麦踏です。
 麦の背丈が30センチメートルになった頃に中耕です。
 大体4月の中旬から末に穂も出て60センチメートルの頃に土寄せです。
 6月中旬から下旬に麦刈り、ハザカケ、7月に入り脱穀となります。
  
           
    無農薬・有機栽培の「スーパー・パウダー」が出来上がります。
    1キログラムが300円(250円?)という、特別価額で販売します。
 
                  

 今年(平成17年3月27日)の百姓学校定例会のときには「うどん」作りをしました。

  
 


 コラム1−D NO377                                                                       平成17年10月24日 記

   秋の夜、大宴会が実施されたようです?
 〜「共生しようではないかと言っていられない」〜
        百姓学校10月定例会 22〜23日


       

 10月22日”脱穀”を予定している田圃の様子です。 2年後に通水するという水道管の埋設が終了して、小倉家に向かってアスファルトの工事が終了しておりました。
 午前中から曇り、今にも雨が降ってきそうなので早めにと思うのですが、朝、冷え込みがあり、ツユで濡れております。 乾くのを待って「モチ米」は実施したのですが、脱穀後乾燥させなければ”籾摺り”は出来ないとのこと、二重手間になるので「うるち米」の脱穀は後日に回すことになりました。

 ところで、どうにも悔しいのが「サツマイモ畑」です。 イノシシにやられたとは聞いておりましたが、これが見事というには余りにも見事、人間様が掘るより数段上手を行く掘り出し方です。 それでもどこかに少しは何かが残っているだろうと掘ってみましたが、収穫は直径1.5~2・0センチメートル、長さは5~6センチメートルのもの数本だけでした。
                  
                       浸入の跡
   
           
   残っているように見えますが・・             実は、ご覧のとおり

 野菜責任者のI氏が「イノシシとも共生しなければ・・」と先月言っておりましたが、これでは”共生”どころではありません。
 イノシシ君の家族なのか、それとも仲間を呼んでこなければ、50坪のサツマイモ畑全部が一夜のうちに消える事など考えられません。
 昨年、今年同様の防網で少しはやられましたが、それでも収穫はありました。 イノシシ君に知恵がついたのか、私たちのどこかに手抜かりがあったことなのか?
 色々を来期の防御についての意見がでました。 
 @網張りの位置をもっと山側にする
 A段差が出るところには二重の網張りにする。
 B網の下を潜れない様な張り方を工夫する。
 Cもっと、全体の網張りをしなければ、浸入経路が変わったのだから・・等

 簡単に生け捕りなどできない話、受身のこちら側の問題。 イノシシ君との知恵比べということになりそうです。 共生と言ってもなかなか簡単には参りません。
 
さて、この他にも作業が続きました。 サトイモ堀、秋野菜の抜き菜、土寄せ、麦蒔き等・
 体験し身体で覚えると言っても、毎年同じことを注意され、叱られるので情けない、まずは「麦作り」について記録を残すことにしました。 別にその記録は収録します。
 






 コラム1−D  NO371より                                                                         平成17年10月11日 記

 小雨の中、稲刈りをいたしました。
 〜多分、反当りの収穫は一番ではないでしょうか〜


 当初10月8日に予定していた稲刈りが雨のために10日に順延されました。 この日も天気予報は思わしくなかったのですが、この日を除くとメンバーが集まらず、実施する事になりました。
 例年稲刈り機のトラブルから始まるのですが、この日は前日校長のところが一足早く稲刈りに入りましたので、順調に始動開始です。
           
 最初は「もちまい」からです。 順調に進みました。 雨がパラッとラときましたが気になるほどではありませんでした。  「うるち米・アサヒノユメ」の田圃に移ったところから大変です。 元気に育ったのは良いのですが、背丈が伸びすぎて倒れています。 稲刈り機に稲が巻き込み一向にはかどりません。  「手刈りにすれば」の声もありましたが、3人一組で慎重に刈り取れば手刈りよりは余程早くできる手順が分かりました。 と調子に乗って早進み下ところでトラブルです。 この田を刈り取るにはあと30分以上が必要でしたので、一休み休憩としました。
   
               
 昼食はいつもかなり豊かです。 各自が持ち寄るのですが、奥様の手料理を毎回持参する人、コンビニで調達してくる方、今回、我が家は栗ご飯の握り飯を持参しました。
 もちろんビールあり、ジントニックあり、その上特性のジュースも加わりますし、デザートもあります。

            
 
 難問だった背丈の伸びすぎた稲も休憩後は気分一新イッキに終了。
 残された一番大きな田圃の稲「あさひのゆめ」は順調に終了しました。 ハザカケです。

           

 毎年、このハザ作りは校長に「何度教えても分かっていない」と叱られるのですが、午前のうちに「餅米」のハザづくり、ハザカケは終了しておりました。
 上記のハザづくりとハザカケは校長が帰ってきておられましたので指導は受けましたが、「石の上にも3年」ならず、6年目です、シッカリしたハザが出来たと思います。 とはいってもこれからの台風でどうなります事やら・・・・。
 
 なお、今年初めてもことが起こりました。 ↑右の写真です、ハザがT字型になっております。 こんな事は始めてなのです。 刈り取っている時から1株が大きいのが分かりました。(2〜3本の苗が分株して15〜25本位になる)
 案の定、例年と同じハザの長さでは架かり切らずでT字型に増やしたのです。
 籾摺りをしてみない事には最終の収量は分かりませんが、多分間違いないと思います。
 雨に濡れて稲の束の重さは増しておりましたが、雨の性だけでなく間違いなく実入りが良いと思います。
               
       笑顔の記念撮影となりました。 稲刈り後の写真はこれが初めてです。

 そんな嬉しさと、気持ちのユトリからでしょうか。 刈り取った田の土手にヒッソリと咲いていた「ニンジンツリガネソウ」に目が止まりました。
           
         

 




 コラム1−D NO.357より                                                                        平成17年9月26日 記

 実りの秋到来 9月定例会
 〜ここに来て 雨降らず秋野菜に水を撒く〜

 
 カメラを持参する事を忘れて、映像で状況をお知らせする事が出来なく残念です。
 I氏が種から育てたナス、ピーマンが遅く移植したこともあり、また9月に入り連日の高い気温の事もあり、実が地面に接するほどの出来栄えです。
 中には重みに耐えかねて枝の分かれ目のところで避けてしまっているものまであります。
 ナスとピーマンのみで小型運搬車に一杯分の収穫でした。 早速、昼食にナスとピーマンの油いためです。 ナスの種の部分は切り取って(牛の餌になる)の贅沢な秋ナスは美味しかったです。(見た目はそれほどでもないのですが、口にすると次々です)

 サトイモの試し掘りをしました。 充分な収穫を保障るしてくれる内容でした。 後2週間すればさらに成長し味覚が増す事でしょう。 
 この地のサトイモは土と相性が良いのでしょう、毎年好評を博しております。 昨年、知り合いに購入を依頼しました。 最初は付き合いで買ってくれたのでしょうが、追加注文がはいりましたのでやはり間違いがなかったのでしょう。

            
        
新サトイモ  (翌日、自宅の玄関にて) ナス、ピーマン、ゴーヤ

 
大根菜の間引きをしました。 25日の朝は菜めしをいただきました。 こんなに新鮮なものをいただけるとは本当にハッピーです。

 作業はそのほか草刈と耕転。 すでに白菜、キャベツ、ニンジンが成長していますが、月替わりには麦蒔きや玉ねぎの植え込みが待っています。 充分すぎるほどの広さの耕転をしました、今月小松菜も蒔かれましたが後は何処に何を仕込むのでしょうか。

 10月9日に稲刈り日と決まりました。(雨の場合は繰り延べ) サトイモのほかにもサツマイモ堀もありますし、牛蒡が収穫時期になっております。 I氏をはじめ野菜グループ、そしてみんなの共同作業の成果が結実する秋の収穫時期です。
 11月27日の収穫祭の日程もイベントも決定しました。 
 1年に一度の太陽、水、土、自然、合わせて草にも虫にも、さらに付け加えてイノシシ防御の魚網にも、エイヤーイノシシ君にも分け前を挙げての感謝の祭りです。
 
 どなたでもご参加いただけます、ご連絡ください。


< 9月26日 追記>

 草刈の途中でN氏が掘り忘れていたショウガを見つけてほりあげてきました。
 お土産の中に、他の野菜にまぎれて数本入っておりました。 
 私の夏の好物に姫ショウガに生味噌をつけて白いご飯と食べる事があります。
 この時期のモノですので姫ショウガとはいえませんが、姫とヒネの中間ぐらいのショウガの状態でした。 其れが素晴らしく美味しいのです。 夕飯ではほとんどご飯類を食べないのですが、冷凍飯を2度も解凍していただきました。 
 翌朝もいただきましたが、これまた最高でした。 
 夏の食欲が落ちるころの姫ショウガと生味噌も食欲増進になりますが、食欲の秋本番を前に旺盛な食欲となりました。 
 思いがけない収穫で良かったのでしょうか? 来年は意識して作ったらどうかなと思っています。 ご馳走様でした。 食べてしまったのでこれまた写真ありません。



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