エッセイC−04 自然との交流
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COLUMN 1−D 1430
平成22年10月18日・記
瑞浪・百姓学校では稲刈りです。10月17日
〜やはり、実りの秋の農作業は一番楽しいです〜
↑百姓学校で秋の進行を教えれくれるモミジです。
↑この地区では一番遅い稲刈りが16日から始まりました。
↑稲架づくりです。 第5子の出産を11月に控えた方も大きなお腹で参加。
↑子供も6〜7人参加していました。子供がいると賑やかです。
一方、私達のグループの方はネギ、じゃが芋の土寄せ、人参の間引き、ニンニクの草取り。
少し遅いかと心配しつつ、そら豆、水菜、ホウレンソウ、時期が早いか思いつつ・絹さやえんどうの種蒔き。 白菜、ブロッコリーの苗を植え付けをし木酢を施す。
前回、マルチ・シート敷きしたところに、一部「早取り(来年3〜4月)のタマネギの苗」を100本程植え込みました。 通常の苗はまだ、JAでは販売していませんでした。
今月末からということでした。
↑イチゴにネットを張りました。 このイチゴ、昨年の秋に植え込んだのですが、寒冷紗なしでは冬を越すことが出来ず、もちろん収穫はゼロ、8株の内の1株が生き残りました。
Iさんがその株を他の場所に移植し、今夏、草取りをしておりました。 そこで、2週間前にランナー(子苗)が伸びたものを移植したところ、全部生き延びていた10株です。
今、あるイチゴ栽培農家の1年の作業内容を検索しましたが、夏の間に草取りをする程度の作業内容どころではありません。 そのことと比較すれば全くの野生育ちイチゴです。
果たして、越冬し、来春には実を付けるのでしょうか。
↑これは3度目の種蒔きとなった大根です。 2週間前にタマネギ用のマルチに坪蒔きしました。 90%の発芽率となり、今のところ成功です。
以前に書きましたように、1回目は夏場の乾燥で発芽せず(水不足)、2度目は発芽はしたものの虫の発生で全滅でした。
毎日、手入れを行き届かせるには、片道1時間では遠すぎます。運任せです。
とは言うものの、数日の違いでスクスクと育っている畑もありますから不思議です。
過去2年間、私達の畑は他と比較して順調でした、出来すぎでした。 遠隔から”気”を送っていたからと偉そうなことを口にしていましたが、反省です。
今回も秋ササゲは大収穫です。 3家族分を有に超えるできばえですので、そのまま成長させて豆で収穫する予定です。
サトイモは先回に続いて2度目の試掘り、大きさは殆ど変化しておりませんでしたが、今朝(18日)、味噌汁の具でいただくと2週間前よりはサトイモの味が深まりましたが、まだまだです。 やはり11月下旬頃が堀時です。
冬を越して、春3月に耕転が始まり、畝作り、種蒔き、苗の植え付けの時期もウキウキしますが、秋の実り・収穫の時期は爽やかな気候と相まって一番楽しい農作業です。
11月下旬には感謝の「収穫祭」です。
COLUMN 1−D 1420
平成22年10月4日・記
瑞浪の畑に 10月3日
〜アキササゲの収穫、タマネギ用マルチ敷き〜
スッカリ秋の気配です。
↑金木犀が香ります。
↑万華鏡にすると、あの香りのイメージとは離れているように感じますが・・・・
瑞浪・百姓学校
↑↓アキササゲが収穫時期に入りました。
↑今年の異常な高温にもかかわらず、上々の出来ばえです。
秋茄子と一緒に煮込みました。 10月3日・夕食時には薄味でしたが、今朝は旨みが
浸み込み山盛りの1皿を平らげてしまいました。
こんなに美味しかったのなら、もっと収穫してきたら良かったと悔やまれました。
↑タマネギ用のマルチ・シートを敷き詰めました。
1畝に150〜200球の苗を定植できます。6畝ありますので1000球以上です。
Iさんが盛んに計算します。 1個いくらで販売が可能かと・・・
1000球植え込んで、どれ程定着するか、また定着してもどれ程の出来ばえかによると返事し、マルチ・シート代金、苗の代金、Tトンボ(マルチ・シートを押さえる器具)代金を計算すると手元にどれ程残るのでしょうか。
カボチャを収穫した所を耕転しましたので、そこも「タマネギ」でどうかと提案です。
土壌はそちらの方がタマネギに適しているように思います。
やるのは良いが、次回の苗を定植してからにしようと思っています。 1000球の植え込みの労力をまだ実感していないようですから・・・10月末までは定植可能です。
サトイモの試掘りをしました。 ソコソコの出来ばえです。あと1ケ月成長させます。
それにしても、秋・冬野菜は人参、ネギ、ニンニクを除いて全滅です。
大根は1回目は日照にやられ、2回目は気温が高く虫が発生し、食い尽くされてしまいました。(近くにいるわけではありませんので、木酢液の散布がままならず、気温にお任せですから)
ホウレンソウ、コマツナ、白菜等の葉物もみんな全滅です。
冬に大根やカブラが収穫できないのは、気が抜けてしまいます。
少し遅いとは思いましたが、敷き詰めたマルチ・シートに残っていた大根の種を2粒づつ丁寧に坪蒔きしました。期待イッパイです。今朝、神棚に向かって「ありがとう」と・・・。
COLUMN 1−D 1413
平成22年09月20日・記
初めて、農作業を連続10時間実施しました
〜瑞浪・百姓学校の堆肥作り他〜 9月19日
朝晩涼しくなったとは言え、当地方でも日中の気温は30度を越しています。
ということで、先回に続いて今回も午前6時からの作業開始としましょうと、午前4時半起床で駆けつけました。
作業手順の確認で畑を一回りします。夜露が降りており、真新しい地下足袋どころか、当日刈り取る予定の草の露で太股から一部は腰の辺りまで濡れてしまいました。
残暑の時期とは言え、山間の畑には6時過ぎでないと太陽が届きません。
ヒヤリとする空気を吸い込んで、夏野菜の整理から始めました。
前夜から宿泊の別のメンバーの一人が「朝から精が出ますね」と、歯磨きしながらのご挨拶です。 私の返事は「修行ですから・・」でした。
仲間の到着が遅れており、一人作業でも効率の良い作業を優先しました。
仲間到着は午前8時を超えておりまた。
働き盛りの30代後半、多分前夜遅くまで仕事だったのでしょう。
(日中の休み時間に、寝転んだらそのまま寝込んでいました)
「百姓をして身体を壊すことは無いから・・」と声を掛けておきました。
一人作業と二人作業では作業内容によっては3倍にも4倍にも作業効率上がります。
↑このネギは最初の種蒔きから、その後の植え替え、既に5年以上と思います。
何時も感じるのですが、畝作りした後、苗ネギが並ぶと本当に気持ちよいです。
本日のメインの作業に「堆肥作り=土作り」がありました。
↑本日参加のIさん提案ですので、妥協の無い作業が続きました。
前日までの準備段階の予定どうりにほぼ事は進みました。
現場でのドリルドライバー使用の時に感じました。 10年の月日を・・・
正確に居ますと12年前、ドリルドライバーを購入し藤棚や庭のテーブル、椅子を作成しました。(今も庭で現役です。4度目の塗り替えの時期に来ています)
コンパネの強度の問題もあるのでしょうが、ネギ釘の打ち込みのバランスが悪いのです。 彼に代わってもらうとスムーズに打ち込んで行きます。
さて、陽射しが強くなる前に作業を終了と思っていましたが、思うように進みませんでした。 結局、終了しましたのが午後4時でした。
もちろん、その間十分な休憩を入れたのですが、それにしても10時間です。
労働の対価(収入)が得られる仕事以外ではこんなに長時間身体を働かしたことは何時のことだったのでしょう。
四国88箇所遍路の時以来です。 その折、42・195Km以上を目指して午前5時ごろから歩き始めたことが2回ありました。 目的地到着は午後の4時ごろ前後であったと記憶します。
9月18日、午前6時に作業開始、午後4時終了でした。10時間でした。
収穫物を車に詰め込むのに”気合”を入れなければ動けないほどにへばりました。
この日記を書いているのは9月20日、午前3時です。
昨夜は午後7時半に床にへたり込みましたので、この時間に目が覚めて入力しています。
昨夜のケアーが良かったのか、今のところ足腰・膝・腿は大丈夫のようです。
少しばかり嬉しい感じの自信が付きました。
COLUMN 1−D 1412
平成22年09月18日・記
瑞浪・百姓学校の堆肥作り
事前準備完了
昨日の日記にも書きましたが、瑞浪・百姓学校の仲間より提案のあった、米糠での堆肥作りの準備が完了しました。
クレオソート油で塗装したコンパネも乾き、車に詰め込んだ。 心配だったのは四隅を留めるネギ釘の電動ドリルのことだった。 (ドライバーでねじ込む作業では大変です)
レンタルもあると言われていたが、昨日までの所は全て貸し出し中でした。
(本日の朝の段階でも、一つも返却されていなかった)
朝一番でホームセンターに乗りつける前、12年前に藤棚、庭のテーブル、椅子を作製したときに購入した充電ドリルドライバーを探してみました。
ありました。が、充電器が悪いか、充電パックが寿命を過ぎていたように記憶していました。 始動させてみると微かに動く気配がしました。
ホームセンターのプロに見てもらうと、充電パックの取替えで利用可能という。
昨日の相談事への対応といい、本日の対応も言葉少ないが親切・適切である。
↑活躍が期待される、充電ドリルドライバーの一式。
私の現役の頃は大量生産し、大量流通、そして大量消費の大衆消費社会。
そしてここ15年程は首切り、リストラと海外生産移転によるコスト切り下げ=価額の切り下げが中心であったが、それもここに来て行き詰まりの様相です。
少々、値段が張っても親切・御用達の姿勢の相手と付き合いたい。
上記の手作り生活「マイジョイ」シリーズの充電工具も、少なくとも12年間以上継続されていることとなる。 基本設計が今でも変化なく・続けられていることが嬉しかった。
かつて、私も口にしたことですが「廃番になりました」の一言で、お客様が消耗品を取り替えればまだまだ使える器具、資材を捨てさせてしまったことを思い出します。
自分の書斎を眺めれば、30数年前、ヤマハ楽器がシリーズとして販売している組み立て家具だから安心だろうと数年間徐々に買い増していったことを思い出します。
いろんな事情があったにせよ製造中止、裏切られた気持ちになったことが忘れられません。
新しい内閣が発足しましたが、先行きは滝つぼに向かうボートなのか、それとも見上げる滝の前で旋回する救命ボートなのか。
どちらにしても、世の中一度溶解するか、崩壊しないことには目が覚めない事だろう。
そのときにへたり込まない様に、明日朝・6時から堆肥作りを始めます。
COLUMN 1−D 1340
より
平成22年9月5日
・記
午前6時からの農作業 9月5日のこと
〜お天道様は何かを知れせている・・・〜
9月4日は名古屋市内に行きました。最高気温が38度、室内のクーラーを最高に効かしていたのですが、一向に気温が下がりませんでした。
波動の会の例会でした。何時もに増して話は盛り上がりました。 その為でしょうか。
翌日、9月5日は瑞浪の百姓学校の作業を午前6時から致しましょうと、仲間が提案してきました。 私が不在であった8月22日の炎天下の作業に懲りたようです。
果たして、そんなに早く来ることができるのかなと思っていましたが、時間どうりに到着・久しぶりに3人が揃いました。。
が、彼らが8月22日に蒔いた種は全滅でした。 モロヘイヤ、ブロッコリ、カリフラワ、レタス、キャベツ、アフリカンマリーゴールド、青シソ、レモンバーム、バジルです。
↑何が植えてあるか分かりますか。 ネギです。
↑秋じゃが芋を予定していた所は御覧のようです。
草を刈り・耕転したのですが、カラカラで砂塵が舞い上がります。
↑この草の下に何が隠れているかお分かりですか。
↑スクナカボチャです。殆どほったらかしでしたが、御覧の様な収穫です。
その後、タップリと水を撒いてオーソドックスに大根、人参、飛騨の紅カブ、聖護院かぶ、と菜根類の種を蒔きました。 ホウレンソウを実行。
が、小松菜、レタス、白菜の種は持参しましたが、今後1週間の天気予報を調べると、マタマタ全滅になろうと判断し、それは次回としました。(水遣りは毎日出来ません)
カラカラの地に少しばかり山水を導水して、秋のじゃが芋2Kg,、ニンニクの植え込みをしました。
午前6時、山間の畑にはまだ陽が差し込んでいず、夜露が地下足袋を湿らし気持ち良かった。
が、直ぐに汗と代わります。 と言うものの午前10時頃までは作業がはかどりました。
その後は、写真を撮影する余裕・気力もなく、午後2時に帰宅しました。
COLUMN 1−D 1398
平成22年8月29日
・記
遠山藤原学校・8月28・29日開催
〜農園担当スタッフの報告〜
8月27日のこと
今月・末は秋・冬野菜の種まきの時期です。 28・29日に予定している行事に参加していますと農園どころではありません。 そこでスタッフ4名とボランティア募集に応募していただいた方1名の5名で27日午後から作業スタートです。
遠山郷とは言え、日中の気温は都会と変りません。 後でお分かりになれますが(29日の作業内容で)、月1度の農作業では夏草は容赦なしです。
それでも先月、マルチシートと寒冷紗でカバーしておいたところはそれなりの効果があり、大雑把にお客様を迎える準備を急ぎました。
初日のことですので体力はあり、恒例の夜の盛り上がりもそれなりでした。
8月28日のこと。
陽は登っておりましたが午前中2時間強、前日のメンバーでカラカラに乾いた畑に灌水して、何とか畑らしくなりました。 急ぎ本日の集合場所に移動です。
↑道の駅「遠山郷」内、アンバマイ館で自己紹介とスタッフ紹介。
↑↓ 昼食後は八重河内地区の陶芸館へ陶芸の実習
↑陶芸館から祭り会場・和田地区へ。 上本町と中本町の組に参加させていただきました。 お酒の勧め方がお上手でツイツイ飲みすぎてしまいました。
↑揃いの法被もお貸しいただきました。ここから約1Km離れた「諏訪神社」まで
旧の秋葉街道をワッショイワッショイと、掛け声は地元の方にヒケを取っていません。
↑張りぼての子供神輿が行きます。 その外「和田小学校」の神輿、和田中学の神輿と続きます、どれも絢爛豪華どころが、神輿としてはみすぼらしいと言えます。
でも、親しみがもてます。 他人行儀のところが感じられません。
↑諏訪神社に全ての神輿が集結しました。
ここで組ごとにお払いを受け、お守りの木札を頂きます。
↑今度、行列は新秋葉街道とでも言うのでしょうか、国道152号線で和田地区に戻ります。 全行程約4キロ当初は威勢が良かったですが、後半は疲れ気味でした。
和田小学校のグランドで手筒花火が始まりました。
(私はここまで、足を運びませんでしたから、写真はありません)
さて、午後7時半、本番の「打ち上げ花火大会」です。
写真撮影はせず、足湯に浸かりながら見上げていました。
1時間の間に、6回のスターマイン。期せずして拍手が起こりました。
この集落でこれだけの花火を上げることが出来るとは、『何か』と考えてしまいました。
山間にコダマする大音響は身体の芯まで揺り動かしました。
8月29日のこと
一般の参加者は午前8時に宿を出発、和田地区の見学をされ、埋没木、「気の出る熊野神社」を参拝して、旧木沢小学校へ。 校舎裏の畑で農作業実習。
↑前日遠山スタッフが整備した所にはニンニク、青首大根、人参、ホウレンソウ、チンゲンサイの種まき、そして秋じゃが芋の植え込みをしました。
↑一方、草ボウボウの畑に挑戦していただきました方もいました。
↑たった1時間の作業でしたが、午前11時前後の太陽は厳しく、
冷えたトマトに塩がタップリ、冷たいお茶がこんなに美味しいとは思わなかったと・・・。
↑次は和田地区を通り過ぎて、天仁の杜で、ソバ打ちの実習です。
↑「お母さん、早く切ってよ。僕お腹空いちゃった」
↑最後は藤原先生の講演「遠山郷の未来を創りために」
藤原事務所の「ロハスで愉快な仲間たち」 2010年8月29日 藤原直哉講演 「遠山郷の未来を創るために」 飯田市南信濃自治振興センターにて
lohas100829.mp3をダウンロード
午後4時、遠山観光農園から持ってきました、バジルを新聞紙に来るんでお渡ししました。 多分、気持ち和む香りに包まれながら、ご無事にお帰りになられたことでしょう。
8月30日のこと、
本日まで残ったスタッフ4名で、朝食前・2時間最後の仕上げをしました。
↑午前6時過ぎにヤット、畑に朝日が届きました。
↑サトイモには、抜いた草をタップリ敷き詰め乾燥防止をしました。
↑タカキビは背丈が3メートル以上にもなりましたが、何時頃収穫か、又その後どの様に対応するのか誰も知らないのです。
地元の方に訊ねましたが、これまた自信がある返事をいただけません。
「長老に聞いておきます」とのご返答です。
昭和20年代には貴重な食料だったと思うのですが・・・
今のところ、「山の若い衆=猿」様も、飛びつく様子は見えません。 まだ、食べごろではないと言うことでしょうか。
↑お土産にと思っていたのですが、忘れてしまいました。ピーマンとじゃが芋
どうしようかと思案し、フリーマーケットの棚のところで袋詰めしていました。
木沢小学校の駐車場に車を停めて、近くの葬儀に参加された方にお持ちくださいと差し出すと、「タダで貰ってゆくわけには行かない」と豚の貯金箱に小銭を入れてくださいました。
人情と気遣いの遠山郷を今回も堪能しました。
COLUMN 1−D 1393
より
平成22年8月14日
・記
夏休み・遊びの間に秋・冬野菜の耕転と種まき
〜トウモロコシ関係が全て山のお方に・・〜
↑ゴーヤが収穫期に入りました。先週、仲間が収穫して行ったはずなのに、本日も
御覧のような(長さ約30センチメートル)が10本収穫。
ゴーヤといえば「青のゴーヤ」と認識、が、これは「白、いやオフ・フォワイトのゴーヤ」です。
残念なのが、ポップコーンです。
↑この一本を残して、全て喰い尽くされていました。ハクビジンでしょうか。
これで先々週のスイートコーンに続きて、トウモロコシ関係は全て山の民に奉納しました。 悔しいと言ったらありません。 人間社会でも同じようなことが起こっているような・・
↑悔しいといって怠けているわけには行きません。 ポップコーン畑も含めて秋・冬野菜畑用に耕転をしました。
左右並べましたのは、幅1メートルの道を隔てた畑の土の色です。
左の黒い土が良いとばかりはいえませんが、両方とも10年間休耕田でした。
左は既に5〜6年利用しています。右はそれより2〜3年後からです。
何をどの様に活用したのか、そしてその後の観察力が知恵を深めてゆきます。
自然と向き合っていると、簡単には答えはいただけません。
話
変わって
↑散歩コースの一つ「東高森台小学校の西側のヒマワリ」です。ケヤキ通り。
↑これまた、続きのヒマワリですが、組み合わせでイメージが異なります。
10年日記の8月中旬から下旬を開いていますと、「サギソウの花」の撮影とあります。
この後、築水池を一周してきます。
COLUMN 1−D 1382
より
平成22年7月30日・記
夏野菜の手当てをしながら、
秋・冬野菜の畑を整備しました。
↑↓ まずは畑を一回り、しおからとんぼ(?)でしょうか。
仲間は土OR日出校。当日、私は他の計画があり本日一人作業。
↑兎に角、夏は草との戦いです。 2週間前に収穫したジャガイモ畑の様子。
↑40坪畑草刈後の状態です。
↑刈り取った草をこのように寄せ集めます。この草は牛君の飼料となります。
↑草を集めた後の状況です。 草刈はあまり上手な出来映えではありません。
刈残しの草がアチコチに残っています。
(じゃが芋の掘り起こした後ですから作業はし難いですが・・・)
草を残しておきますと、後の作業=耕転する時に支障が出ます。耕運機に草が巻き込んで仕舞います。
午後になり陽が高くなります。 着替えた2枚目の上着からも汗が滴ります。
↑牛舎から牛糞をいただき蒔きました。 白い所は消石灰です。
(市場で購入すれば4^5000円分です)
この後の作業が大好きです。 耕転です。
何故好きか。耕転した後の畑は生き返った様に黒々と力強く、「ご苦労様でした、良く出来ましたよ」と声を掛けられているように感じるからです。
なをその土で畝づくりをすると更に綺麗=命育みを感じます。。
3枚目に着替えたシャツからも汗が滴りだしました。
同時に、東の空模様が怪しくなり始めました。
↑急ぎ、スクナカボチャの点検をしました。
耕転は明日か、明後日に来る仲間にお願いすることとしました。
運搬車が倉庫に入る直前に、ザーっと一雨襲ってきました。
母屋で麦茶をいただきました。なんと700ミリリットル一気に飲み干しました。
真夏に秋・冬野菜の準備、世の中のこと色々言われていますが、焼塩を氷水に溶かして喉を潤しながらの作業と着替えたシャツから滲み出た塩分は心爽やかにしてくれました。
COLUMN 1−D 1379
より
平成22年7月26日
・記
7月の遠山郷 (畑担当・スッタフ編)
7月24~26日
↑6月に続いて「遠山・藤原観光農園」は草取りがメインでした。
この日予定していましたじゃが芋掘りは、既報しましたように「遠山の若い衆(お猿さん
」出没で、急遽小田原から駆けつけていただいたFさんが2日間・8時間かけて全て掘り起こしていただきました。
倉庫で乾燥されていましたので、参加された方にお持ち帰りしていただこうと袋詰めしたのですが、改めて備中鍬がなくショベルと手堀していただいたその量の多さに驚きました。
瑞浪の百姓学校の出来映えより数倍です。 大きいモノから、小さいものまで全て余すことなく拾い出していただいていました。
私一人ならやり切っただろうかと自問しました。 ありがとうございました。
↑タカキビもポップコーンも順調ですが、実りだすと再び山の若い衆のお出ましか?
↑色添えに、ミニトマトを添えましょう。汗噴出した身に熱せられたトマト酸味スッキリ。
→
↑観音霊水をかけて冷やしました。→一風呂浴びれば、御覧のように再登場。
↑夕食時の交流会、その後に続くカラオケもこの写真でご理解願えるでしょう。
翌日(7月25日)撮影
↓
↑木造校舎の入り口と桜の木の配置関係。
入り口の右側にも樹齢約70年の桜の老木があったのですが、昨年倒れてしまいました。
↑御覧のように、山のプロたちによって補強されていました。
本日のタイトル「7月の遠山郷 (畑担当・スタッフ編)と書きましたのは、25日の午前中、飯田市観光j課のご案内もいただき、参加のお客様は「神様王国・遠山」の観光をされました。
そちらの様子は「遠山郷へ行こう」のブログのほうで、他のスタッフが紹介していると思います。 (現在の所、確認していませんので悪しからず)
大事な写真を撮ることを忘れてしまいました。
8月末に予定しています次回は秋から冬野菜の種まきと苗の植え込みです。
今回同様に草取りから始めていては到底作業になりません。そこで今回草取りした所にマルチ・シートと寒冷紗を敷き詰めました。
種まき前に草を押さえ込む狙いで、このような手当てをした経験は初めてのことです。 一ヵ月後どの様になっているか、楽しみと同時に心配でもあります。
8月28~29日の遠山郷の藤原学校は「遠山郷の夏祭り」=御射山(みさやま)祭りと花火大会です。 山あいでドーンとなる花火の音は山々にこだまして、都会の花火と一味違います。
そんな祭り囃子と花火の音を聴きながらの作業など出来ません。
来月は風で飛ばされて跡形もなくなっているかもしれませんが、マルチ・シートと寒冷紗
の畑とそこに畝作りし・種まきした姿を掲載しましょう。
COLUMN 1−D 1373
より
平成22年7月19日
・記
4週連続の「畑仕事」です。
7月18日
まづは体調について、1週目は体力回復に3日ほどかかりました。
2週目は2日間でした。3週目は二日目には元気でした。 が、筋肉の手当てをしました。
4週目、昨日は筋肉疲労の手当てもせずに床に入りました。 今朝は草むしりした腕に少しの疲労感はありますが、このようにパソコンに何時もと変らず入力しています。
↑燐の畑でじゃが芋掘りが行なわれていました。 陽が昇り・暑くならない内にと、朝の7時からは始められたということです。 私が作業を始めたころには一畑(約60坪)が終了していました。
↑失礼ですが、御覧のように一鍬入れても堀起されてきません。 堀起されても赤ちゃんの握りこぶし大以下のモノは殆どでした。
近くの畑の方が訪ねて来られ、「どうですか」。 「やはりダメですか。私の畑も同じです」
ということは、私達の出来映えは平年の半分でしたが、大きさから判断して優秀でした。
なを、このグループには昨年までは見かけなかった顔がありました。 若い方です。
農業を勉強したくて入学されたとのことです(こちらは学校方式です)
↑同じグループが午後からは正月用の「餡ころ餅」用の小豆の種まきです。
↑2センチ間隔に種豆を蒔くのではなく、一粒一つ置き蒔きをして、土被せです。
抜き菜もするのでしょうが、手間の要る方法です。 キット、美味しい小豆になるでしょう。
↑先週刈り込んだ夏草をドーンと敷つめたサトイモ畑は大正解です。
夏草が殆ど押さえ込まれていました。
それに引き換えカボチャ畑は夏草と競争です。 引き抜いている間に写真を撮るのも忘れてしまいました。
たった、一本残ったスイカには充分な敷き藁(夏草)しましたので、2週間後は努力に答えてくれることでしょう。
今年はトウモロコシが順調で、今週から収穫と勢い込んでいました、なんと「アライグマ」(数年前から出没)、あるいは「ムジナ」が浸入していました。
他の畑は全滅ということで、順番に移動してきたようです。 真坂、私達のが不味いと思われたのではないでしょうが・・・・
未熟モノも含めて全て収穫(先のほうは粒になっていませんが、下の方は充分でした)
写真に記録するユトリがありませんでした。
話し変って、集中豪雨について
1、百姓学校・校長の母屋の土手が一部崩落していました。 また、敷地内の通路は水の勢いで掘り起こされて歩きづらく、池が溢れて鯉が逃げ回ったということです、下の池に逃げ込む(押し流されて無事)。 山間のダンダン畑、田圃は被害なし。
2、この集落を流れる深沢川が溢れました。一番低いところの住宅は床上浸水です。
親類、縁者の方々が家から家財を持ち出しておられました。
COLUMN 1−D 1365 より
平成22年7月11日・記
今週も瑞浪・百姓学校です。 7月10日
遠山郷の「山の若い衆」の対応も気になっていますが、数人の方が今週、遠山の観光農園に行っていただけるようですので、私が動かなければ何も進まない、瑞浪・百姓学校に今週も行きました。
↑基本的に2週間で一回の農作業で何とかなるとこの2年間で実証しています。
先週も出かけていますので、御覧のようにサトイモ畑は綺麗です。 少しの草取りでOK。
↓
↑急に草が伸びたわけではありません。 午前中に刈り込んでおいた土手の草を敷き詰めました。 今は雨がありますから良いですが、梅雨明け以降は日照りです。
サトイモにとっては日照り続きは大敵です。 敷き草で根元の涸れ防止と草の生えるのを抑えてくれます。 9月初旬には、もう一度敷き藁をしてあげなければと思っています。
↑安曇野の吉田さんから頂いたポップコーンをポットに種まきし、移植しました。順調です。
↑前にも紹介しましたが小ナスです。、気温が25度を超えれば直植えも出来ると種袋に書かれていましたので、初めて実行してみました。 御覧のように成長してきました。
これでも間引きして横の畝に移植したのですが、連日の雨の恩典で全部根付き、間隔が狭すぎます。 でも、ここまで成長してきたのですから、全部育てて見ます。
↑正午を過ぎてからの作業は更に汗をかきます。
畑の土手に流れてくる山水が美味しいです。
↑畑が少し乾いた所でジャガイモを掘りました。 出来は悪いです。例年の6割以下。
↑これもジャガイモ畑です。失礼ながら別なグループのジャガイモ畑です。
お手伝いを兼ねて2~3鍬、振り下ろしましたが気の毒でその場を立ち去りました。
↑最後に残った私達のジャガイモ畑です。 先週よりは青々とした葉の勢いが落ちましたが、御覧の通りまだまだ元気な「遠山郷、下栗のジャガイモ」です。
来週・(7月17OR18日)にはこれも掘る予定です。
と言うことで、6月26〜28日は遠山郷で、7月4日、7月10日、そして来週と瑞浪です。
その次週(7月24~25日)は遠山郷、8月1日も瑞浪百姓学校を計画しています。
6週連続の農作業は初めてですが、毎週実行していますと、身体に感じる疲労度が薄まってくる感覚です。
一日2〜3時間土いじりをすれば一家族分の年間の野菜類は購入しなくて済むと言われていることが理解できます。
我が家の1・5坪の庭隅の畑もキュウリ、ナス、トマトが毎日順調に収穫です。 トマトなどは真っ赤に完熟したところでもぎ取るのですから、市販のモノより美味しく感じます。
いや、間違いなく美味しいです。
COLUMN 1−D 1359
より
平成22年7月5日
・記
只管(ひたすら)夏草取りの修行道
〜ジャガイモの収穫、カラミ大根は食欲増進〜
7月4日、朝、梅雨空からシトシトと落ちています。
でも、この日を逃すと又1週間の先延ばしになってしまいます。
天気予報を聞く、新聞で調べる、何とか雨は持ちそう、午後からは青空も望めそうと希望的観測の自己予報。 現地に電話を掛ける、「今は雨は降っていないが、多分降るぞ」と言う。
仲間から電話があったら、「出掛けた」と返事をしてくれと言い残して一路瑞浪へ。
↑どうですか。予想をはるかに超える、豊かな日本の緑の畑です。
2週間前にも手を入れているのですが、雨続きで御覧のようです。 この成長は1か月分に相当するなと、畑を一回りする。 全ては難しいからと判断、優先順位をつける。
↑夏野菜に取り掛かる。草の中からお化けキュウリが収穫。お化けナスも発見。
↑踏んづけてしまったゴーヤを仕立て直し、午前中はそこまで。
途中仲間が一人加わり、萎えそうな気持ちが持ち直す。
7月4日は他の百姓学校のグループは昨日から宿泊していましたが、7月3日は殆ど仕事にならずといっていました。 一部収穫したジャガイモを見せて貰いましたが、例年に比べて量もなく、芋も小さい。 午後予定の自分達のはどうかと・・・・
↑ネギも溶けずにに姿を見せてくれました
→
↑この畑で一番評判の良いサトイモ、二度目の土寄せとなりました。
ここまで成長してくれば一安心です。 水気を好むサトイモは梅雨の間は良いですが、梅雨明け後の日照りが難敵です。 昨年も葉が日焼けし黄色のピンチ・サインでした。
枯れ細った山水を畑に誘導し、敷き藁をして秋の収穫へと導きました。
↑一方、水気を好まぬジャガイモ畑です。 朝の雨でぬれています。
↓
本来なら2^3日の好天の後に掘り出すのが理想です。
午後から弱い太陽でしたが顔を覗かせてくれました。草を刈り込み、少し畑が乾いた所で、 当日、最後の作業でしたので、体力が消耗していました。 私の半分の年齢の30代の若者はヘトヘトで、運搬車「力丸」に運び込むのもフラフラしていました。
収穫は例年の6割と言うと頃です。 半分は収穫しましたが、後半分強残っています。
雨の性でしょう、腐りのジャガイモが例年以上です。 今度の収穫までの天候が心配です。
一方、遠山郷・下栗のジャガイモはまだまだ、葉が青々としています。花も咲いてします。
試掘りをしましたが、下栗産特徴の小さなジャガイモがコロコロと子沢山に出てきました。
写真を撮る余裕がありませんでした。 本日家で煮込んでみようと思っています。
↑他のグループは仕掛けてくれた電柵の御蔭で、今の所、私達の畑には被害がありません。 昨年は全てパーとなったスイートコーン順調です。
昨年一番収穫を期待していた仲間が、昨日一番成り1本を持って還りました。 お子さんとどの様な会話がなされたのでしょうか。
今、日記を書き終えて、本日の写真はみどり、緑、ミドリのオンパレードであることに気づきました。 素晴らしい緑の日本の象徴のようです。
今朝、白いご飯に「カラミ大根おろし」、実働6時間で疲労感の残る筋肉へ浸透吸収。
本日、ポリフェノール品切れにつき、ホワイト・ポリフェノール、 これまた良し
COLUMN 1−D 1353
より
平成22年6月28日
・記
6月の「遠山藤原学校」 6月27〜28日
〜久しぶりの雨・学校。 雨にも感謝し楽しみました〜
↑まずは、先月茶摘し・地元工場で製茶したものを袋詰めから始まりました。
↑小ぶりの雨の中作業開始。 4〜5日前にカンカン照りの天候から急に雨となり、一気に草が生長したと地元の方のお話です。
2週間に一度の農作業なら何とかなるとの実証をしていますが、1ヶ月は無理です。
畑の草の伸びようにいささか気分が滅入りましたが、農作業が初めての方はそのようなことは分からず。 「どうしたらよいか」と質問してきます。
100坪の畑ですが、大勢でかかれば何とかなるものです。 2時間強で一応畑らしくなりましたが、雨の中での草抜きです、1週間もすると生き返ってくるのではないでしょうか。
私はエジプトやトルコで数十キロに及ぶ砂漠の道路の両側に、何処に草が生えているのだろうかと眼を見張りました。 そこには痩せたヤギやヒツジが放牧されているのです。
日本で放牧したらさぞや立派なヤギやヒツジが育つことだろうと考えました。
豊かな緑を提供してくれる自然に感謝になければと痛感したものでした。 それ以来雑草とは言わず、意識して「草」と表現しています。
↑このジャガイモは今年種芋を植え込んだものではありません。
昨年、ジャガイモの葉が枯れて何処に植え込んだのか分からなくなり収穫せずに残った芋が種芋となり。畑のアチコチから育ったものです。それでも20〜30Kgはありました。
翌日、お土産としてもって帰っていただきました。
↑お馴染みの夜の交流会はもちろん盛り上がりました。 今月は藤原先生のアコーデオンのほかにトランペッターの登場もありました。
6月27日
↑地元の「郷土料理を楽しむ会」です。 「藤姫饅頭」でお馴染みのお母さん3人が講師としてご指導を頂きました。
↑藤姫饅頭の餡子を使っての「あんころモチ」ですから、美味しいのは保証済み。
二人仲良く(?)で一層、甘みが増しましたかな???
↑小田原から届いた大麦と炭、安曇野の吉田さんの手製の焙煎機。
↑最後は木沢小学校に戻り、昔懐かしい木造の机と椅子に座って、土橋先生のお話を聞かせていただきました。 医師が本音で語る内容は多くの気付きを頂きました。
『西洋医学技術の進歩は10年位前にストップしている。 やりつくしたと思う。
医師は臓器の変化で見えるところのものに従って病名をつけている。 病気の原因を見つけたのではない。
結果そのものを原因とする医療は終わろうとしている。 次の段階に来た医学。
「病気」とはどういうものか。 果たして悪いものか。 「病気には意味と価値がある」
自分の頭で考えよとのサインです。
微分のように点と点を見て、今何が起こっているかを見・判断するのではなく、積分のように自分の過去の歴史から今日までをトータルで見ること、気付くこと。
そして、病気を治すためには「決断」が必要だ。 決断とは何かを「断つ」ことです。
何かを足してゆく対処ではなく、何かを断つことです。
決断できる人は治すことが出来る。 これからの世の中決断を迫られることが頻発する。
新しい自分を発見し、社会と関わる。 治そうと思っている人は治せない。
治る人は治りたいと思っているのではなく、気付き決断する人です。』
(以上は加藤の文責です)
↑土橋先生に特別指導を頂きましたメモです。 毎回先生は遠山郷に来られるわけではありませんが、年に数回来訪されます。 時間タップリ・納得できるまで質問に応えていただけます。
↑↓遠山川が流れ下り・合流する主流・天竜川は”暴れ天竜”として有名です。
支流の遠山川も二日続きの雨で、普段の数倍の音を立てていました。
↑一瞬、雨脚が止まったときに撮影しました。
6月27日、午後3時半で「遠山・藤原学校」は終了しました。が、この後が楽しみだというスタッフ・メンバーが居残って地元の方と早々と一席が始まりました。
6月28日、午前2時ごろ出発したもの、 4時頃にも車のエンジン音も聞きました。
私は5時起床して、2時間で春日井に到着でした。
COLUMN 1−D 1344
より
平成22年6月18日
・記
6月17日 急遽の百姓へ
〜梅雨の時期、人間様の都合どおりには行きません
6月19日 OR 20日予定していました瑞浪の百姓学校、天気予報を見ていますと18日からは連続の雨模様です。
17日・午前中1時限は大学の講義がありましたので急ぎ帰宅、昼食もソコソコに出かけました。 最高気温・名古屋は32度を越えておりまして、汗は滝のようでした。
途中の水分補給は1・5Lでした。
(夕刻に体重を量りましたら、普段から2Kg落ちていました。
↓↑いつでも刈り取りOKの麦秋です。
↑珍客を捕獲しました。「野うさぎ」です。 畑の草むらで見つけました。
キット、餌を捕りに来て親兎と離れてしまったのでしょう。 初めは驚いて逃げ出そうとしていましたが、そのうちに手のひらの上で静かになりました。
手のひらの方の家では兎を飼育しているといいます。 持って帰って大きくなったら放してやるといっていましたが、野生の兎、果たして餌付けが出来るでしょうか。
↑自宅で今年初めて雨よけシートを張りました。 瑞浪でも実施してみました。
シートから外れたキューリ、シシトウ、ピーマン、ナス、落花生も順調です。
↑こちらは「小ナス」です。5月4日に「地蒔」した種からです。大きさ6センチです。
一部間引きして移植しました、写真の後ろ側が枯れた様に写っています。 数回、水撒きをしましたら、帰るころには背をピンと張っていましたので、大丈夫でしょう。
↑一部のトオモロコシから早くも穂が出てきました。 昨年はイノシシ君でした。
順調に成長してきました、電柵が今年は今のところ効果ありです。
↑カボチャです。良くしたもので手前の葉は虫に喰われていますが、その後は全く平気です。 てんとう虫も葉にはついているのですが、喰われた様子が有りません。
ここから一気に成長してゆきますので、峠は過ぎたと思います。
↑4本を植え込みましたが、残ったのは1本だけのスイカです。
カボチャ畑と同じですから、交配してスイカ・カボチャ、あるいはカボチャ・スイカになるのでしょうか。
↑ササゲが伸びてきました。 支柱が一本では耐えられそうにありませんでしたので、4本組みに補強しました。
↑4月25日に植え込んだサトイモがヤットここまで来ました。
1回目の土寄せを実施。 収穫は11月です。夏場の日照りに弱いです。
後、2回は土寄せと敷き藁等の乾燥対策をしなければなりません。
昨年は水不足で葉が黄色くなってきた時に、山水を誘導しました。
結果は、他のグループとの大きな格差がでました。 手当てが必要です。
↑ジャガイモを試掘りしてみましたが、例年に比べて大きさは小さく、収量も少なく感じました。 後、2週間で特別に成長することも無いのでしょうから、あまり満足のゆくものでは有りません。
夏大根は間引きの状況ですが、今朝「大根おろし」をしました所、夏大根独特の辛味があり、少し疲労感のある身体をシャンとしてくれました。
写真は忘れましたが、タマネギは満足のゆくものでした。 駐車場につる下げました、当分スーパーから購入してくる必要はありません。
21世紀は「スローフード」の時代だそうです。
自分で育て、収穫し、料理を楽しむ、20世紀とは異なったライフスタイルを取り入れる、あるいは変更できる生き方が求められているようです。
百姓を始めて11年目、(自宅の庭なら33年目)、いつの間にか当たり前になりました。
今朝、採りたてのキュウリを家の前の双子の幼稚園児に「塩をつけて食べてごらん」と渡しました。 母親に送られてゆく車の中でニコニコと食べていました。
初穫りのナスを1本神棚に上げました。
昨日収穫のジャガイモ、人参、大根と神棚は満タンです。
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