エッセイD 旅日記
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  コラム1−D NO.332                                                                         平成17年8月21日 記

 中部山岳国立公園 飛騨・乗鞍山麓
〜五色ケ原 カモシカコース(滝めぐり) 8月18日〜


 運転免許証がなかった頃はバスで、その後標高2702mの畳平までスカイラインを利用して自家用車で乗りつけ、5回以上は乗鞍岳に登っている。 そればかりか長野県側に降りたり、長野県側から登ってきたりで、いつでも気楽に楽しめる乗鞍岳(3026m)であったが、3年前(?)に環境問題から自家用車の乗り入れが禁止となり、乗り入れ可能な最後の年に行ったきり縁が遠くなった。
 
 昨年、その乗鞍岳が生みの親となる五色ケ原の原生林を巡る2つの散策コースが出来た事が報道され、高山方面に車旅をしたおりパンフレットを手にいれ、今回の計画実行となった。 生みの親と言うのは乗鞍岳の火山活動によりこの五色ケ原が生まれたと言う事です。
 2つの散策コースは「滝めぐりのカモシカコース」と「池めぐりのシラビソコース」です。
 先に滝コースを終えてから池コースに参加してくださいと紹介されています。 
 乗鞍岳の火山活動は古期と新期に分けられ、五色ケ原の形成に関係する火山体は、古期の烏帽子火山体と、新期の恵比須火山体、権現池火山体で、先に形成された「カモシカコース」を最初にと言う事のようです。 どちらも所要時間は8時間と表示されていますが同伴ガイドさんの話では「滝めぐりカモシカコース」のほうがキツイと言っておられました。 8時間の内、食事休憩や一時休息を含んで7時間はビッシリです。 残りの1時間は出発点に戻ってくるマイクロバスの所要時間(約45分)と終点地での休息です。

 もう一つ”散策コース”などと紹介されていますが、確かに距離的には約7Km前後ですが、連続しての上り下りです。 私の平地での散策(散歩)経験からすれば、疲労度は20Kmはあると感じました。 普段から歩いているか、予備訓練をして参加することをお薦めします。
 乗鞍山麓五色ケ原公園の自然環境を厳正に保護・保全し、適正な利用を図るために入山は指定ガイド同伴が必要ですし、一日の入山者数も限定していると聞きました。
 それ故に、雄大な自然に恵まれ、永年、未踏の秘境として守られてきた魅力は確かにありました。 地元の方でもこの地に入り込むと戻ってこられなくなったことが過去に幾度もあったとも教えられました。 かっては、乗鞍信仰の修験道者が滝行をし、烏帽子岳を経由して乗鞍に登る危険な修行の場でもあったようです。
 では、写真で紹介しましょう。

   入り口の看板ではなく終点地のものですが・・

                
                        久手御越滝
 
 入山口標高1360mから1・7Km、浅い沢を渡り、ダラダラと登って標高1500mの久手御越滝です。 落差は58mで女性的な優美な滝との解説ですが、飛沫が降りかかりとてもやさしい滝とも思われませんでした。(あとの滝との対比によるのでしょう)
 
 ここからこのコースの最高点1620m牛首に向かいます。 滝からは尾根越えの登り、ガラガラの礫が斜面を覆い常に足元に注意が必要です。 「山の中は涼しいね」などと言っていましたが、牛首に登りきった時には一汗どころかビッショリでした。 (なを、この地点でギブアップの方は「朴の木平スキー場」からの林道が近くまであり、引き返し可能との事でしたが、その必要は誰もありませんでした)
 牛首から池之保御興谷への下りに入ります。 樹林に隠れて滝の全貌は見えませんが、溶岩が連続している様子はうかがえます。
 急斜面をジグザク降りますと(一気には降りられません、斜角度は60〜70度でしょうか)谷にでました。 丸木橋を渡った先が池之保御興滝(1450m)ですが、最下部しか見えません。
              
                       池之保御興滝
 
 ここから高低差はほとんどありませんが、崖錐斜面を横切り、柱状節理の「炭木岩」が現れたり、岩場が剥離した柱状の岩が沢山転がっています。 足場の悪い道が続きイタヤカエデが多く「楓沢」と呼ばれているところをを渡ります。 この頃から時に列が長くなり、立ち止まったままで休憩を入れて急坂を克服すると1500m烏帽子小屋です。
              
                 尾根上の 烏帽子小屋 

 山小屋(休憩と避難施設)と言ってもこの小屋は沢の水を利用して発電をしておる水洗エコトイレ付きです。  暖か便座に 温水も出るウオッシュレットです。 ご婦人達からトイレから出てきたくないとの声も聞かれました。  山のお天気です、サーと雨が降ってきました。 が、大したことなく止みました。 スタート地点から3・6Kmのところです。
 弁当分が減ったといってもリュックの重みには変化がないように感じます。
 
 ここで、当日参加のメンバーを紹介しましょう。 2班に分かれました。 ガイド1人を加えて各8人構成です。 A版は男性一人に後は同好会のメンバーなのでしょうか、登山ルックも装備も良く揃った全員60歳前後のご婦人ばかりです。
 私たちのメンバーは一人参加の40代前半の男性の他は、旦那が定年退職後の夫婦連れが3組です。 私たちのガイドさん(地元の50代後半の女性ガイド)は適度な距離間隔を保とうとするのですが、烏帽子小屋までは知らぬ間に何度もA班に追いついてしまいました。 その後の後半も同じような状況です。 
    リュックにカラフルなカバーがかけられていましたA班。

 さてここからが本コースのクライマックスとなります。
 ブナ林、サワグルミ林(沢胡桃沢)に一度降りてから「ネズ壁」の急斜面に入ります。
 ネズと言うのはクロベの別名「ネズコ」の事です。 そのネズコが壁のように林立している事から名付けられたとのことです。 が、壁は行く手に立ちはだかっているカベと思えます。 知らぬ間に疲れが出てきているのでしょう足元が怪しくなります。 中間地点まで下ると青垂滝と飛沫で濡れた柱状節理の大岩壁が眼前に立ちはだかり、そのスケールに圧倒されます。
 ガイドさんの浮石がありますから注意してくださいの声に、後ろの方にそのことを告げながら急降下します。 この難所を越して青垂滝です。 まずは写真を・・・
               
   この柱状節理の大岩壁に滝が       滝下の大流木が橋の役目を果たす
                    
                   大流木をアップで撮りました
                
         青垂滝(雄滝)              奥に見えるのが雌滝と思います
 
 ところで、青垂滝は雄滝と雌滝とに分かれているのですが、勇壮な雄滝ばかりに目が行って、雌滝単独のシャターは忘れてきてしまいました。 
 雄滝は2段に分かれており滝の落差は約90m、雌滝は上段だけが約74mの滝となっておる。 水量は雌滝の方が多いとの事です。

 この滝を眺めながら思い出しました。 出発後直ぐからほとんど最後まで湿気のあるところ、沢の周辺に紫色の花が紹介されました。 ヤマトリカブトです。
    ヤマトリカブト                          

 もちろん、山菜の宝庫ですが、有毒植物も含めて採取禁止です。 ガイドさんが「中途半端に食べると、かえって元気になる」と言うものだから、皆さん苦笑しておられました。
 この時期は花が少ない時との事でしたが、それでも数々の花を紹介されました。 初めの内は記録しておりましたが、上り下りの急坂にいつの間にかカメラはリュックの中でした。 最後になだらかな道に入ってところで、今回のトレッキング中に何度か見かけた赤い美の「ゴゼンタチバナ」を紹介します。 この実は葉が4枚のものには花が咲かず、6枚のモノにしか白の花がつかないとの事です。 そして今頃赤い実となります。
                    

 以上で乗鞍山麓・五色ケ原・滝めぐりカモシカコースをおわります。 春の新緑・秋の
紅葉はまた趣が異なり素晴らしいとの事です。
 「池めぐり・シラビソコース」の出発点であり、「滝めぐり・カモシカコース」の終点でもあります布引滝の展望台でお別れします。
                   

                

 
 
 




  コラム1ーD NO.331                                                                         平成17年8月19日 記

 道の駅「白鳥」で朝を迎えました   8月17日
〜白山信仰の馬場 白鳥文化を終日楽しみました〜


 8月16日大日ケ岳の登山を終えて高鷲から白鳥町(どちらも合併して郡上市と今春からなった)へ、途中右折して「満天の湯」に立ち寄り、その後、食事どころを求めて再び国道156号線を下り白鳥町内沿線の良さげなお店せの下見をした上で長良川沿いの「郷土料理 炉辺焼き さくら」に入ることにしました。 もちろん鮎三昧でして、食べ終わる頃にはやっと体全体にエネルギーが行き届き力がわいてきました。 久しぶりの道の駅「白鳥」の宿となりました。
 午後7時過ぎ頃より雨が断続的に降り、車窓を開けていては雨が降り込みますので締め切りますと蒸し暑く、首筋に汗が滲みますが疲れのほうが勝っているのでしょう寝込んでしまいました。
 翌朝、駐車場には10数台あり、ここで夜を越したようでした。 雨も上がり昨夜は気がつきませんでしたが、道の駅は「白山長滝公園」の一角にあり、東側を長良の清流が流れ下っています。
        
                
 3枚の写真共に公園内です。 林業の町なのでしょうか、あちこちに間伐材や立派な材木が活用されていました。

 朝食後、最初に訪れた「若宮家修古館」は白山長瀧神社の社家であった。 先祖は奈良朝に仕えた公卿で、1200年前に奈良からこの地に至り土着して40代目にあたり、今も宮司を奉職している。 その奥方さんに迎えられて懇切に案内を受けた。
 そこで、ひとくさり。
 『加賀・越前・美濃・飛騨・越中の5国境にしびえる白山は、富士山・立山と並ぶ三霊山の一つである。 雪をいただく白山から日本海へは手取川・九頭龍川・庄川、太平洋へは長良川が注ぐ。 古来人々は、豊富な水で流域を潤し暮らしを支える水の源・霊峰白山を水分神(みくまりのかみ)として崇めてきた。
 奈良時代養老元年(717)越前の僧・泰澄(たいちょう)は白山を開踏し、白山信仰が形づくられた。
 平安時代の初め天長9年(832)加賀・越前・美濃側にそれぞれ登拝拠点の馬場がもうけられた。 美濃馬場・白山中宮長滝寺は、白山中居神社を経て白山に登拝する白山禅定道(ぜんじょうどう)の基地として発展、治安元年(1021)天台別院となり勢力を拡大した。
 木曽義仲が寿永2年(1183)北陸路を都へ攻め上る時、白山の三馬場に戦勝を祈願した事が「源平盛衰記」で知る事が出来る。
 鎌倉時代には歴代朝廷や武士・豪族の信仰は厚く、寺領は飛騨国河上庄を含む広大な範囲に及んだ。 白山信仰の広がりは、修験道の活躍と共に白山御師(御祷師の略=祈祷に従う身分の低い神職または社僧)の布教活動が大きな役割を果たし、信徒は美濃・尾張・三河・遠江・駿河にまで広がっている。』

 長々と紹介しましたがこの地方に白山神社を多く見かけますので、その訳が分かり嬉しき成ってつい入力も長くなりました。
 若宮修古館を出たあと、白山長瀧神社/白山長滝寺にお参りして、「白山文化博物館」に入館、たっぷりと時間をかけて勉強し、楽しみました。 気がついたら写真を撮るのも忘れていました。 故にありません。 この間、マンジュシャゲ(彼岸花)と同じように茎が伸びた花だけにシャターが押されていました。

 奥美濃白鳥町前谷には日本の滝100選に選ばれている「阿弥陀ケ滝」が有名ですが、これは以前訪れていましたので、霊峰白山の登山口(白山禅定道でもある)、今清水境内跡にある大杉「石徹白(いとしろ)大杉」を写真に収めてきました。
              
 この写真では大きさが分かり難いと思いますが、幹の周囲13・4M、大人12人でようやく抱えられる事から「十二人抱えの大杉」とも呼ばれている国の特別天然記念物です。
 帰りの道で「白山中居神社」にもお参りしました。 <ここで購入した大好物のトウモロコシは非常に美味しかったです。 開田高原のトウモロコシにも負けない味でした。>

 最後に長滝寺〜阿弥陀ケ滝〜桧峠(満天の湯)〜国境の宿義経宮〜白山中居神社〜石徹白大杉と続く白山禅定道の内、桧峠から石徹道への道は義経が確実に歩いたと言われ、「義経の道」として復元されている。
 「白山文化の里」はその他にもまだまだ興味を引くものがあります。 次回の楽しみとして残し、車を高山へと走らせました













  コラム1−D NO.330                                                                        平成17年8月日19日 記

 高鷲村”大日ケ岳”(1708・9M)に登る 
  〜ベビーフードでは〜     8月16日


東海北陸自動車道を利用しする時には高鷲サービスエリアをいつも休憩場所にしていた。 その時、眼前に見える大日ケ岳にはいつか登って見たいものだと思っていました。   
8月18日に後ほど紹介するように、乗鞍山麓の五色ケ原トレッキングの予約をしていたので、それとセットで登ってみようと出発しました。 山に登るには朝早くが鉄則でしょうが、午前9時にスタートというおおちゃく振りである。                         

大日ケ岳に登るには白鳥、高鷲、庄川の3ルートが紹介されていましたが、時間的に一番短かいダイナランドスキー場からのコースを選びました。 後から反省してみますと確かに時間的には短いのですが、その分急坂と言うことになります。 18日の五色ケ原が一番の目的と言う事もあり相方は三分の一のところで早々とリタイアーしてしまいました。        
               写真左 スキー場の作業用道路でもあり、ゲレンデでもあります。 足元は石ころで、しかもなかなかの急坂です。 全コースの約五分の2を占めます。                

写真右 スキーゴンドラの終点地(1320M)から高鷲方面(白鳥方面?)を眺めたところです。     この地まで、ゴンドラで運んでくれれば楽なのですが、それでは山登りをした感激が薄まってしまう事でしょう。                                         

 さて、相方がリタイヤーしましたのでマイペースで歩き始めましたが、登山道に入りキツイ登りが何度かあり水筒の水はドンドン減っていきます。 出発前に登山登録したホテルで、「連日雷雨がきておりますのでパラッときたら無理しないように」と言われていましたことが脳裏を横切る雲行きでしたが、ここで引き返す訳には行かないと3度の大きな登り下りを繰り返してやっと「前大日」に到着しました。                             
 

前大日から大日ケ岳を望む

ここまでに、単独の男性、二人連れの若いカップルと3人連れ(男2人と女一人)とすれ違いました。 と言う事は私より1時間半前には登山口を出た事になります。         
ここで問題が一つありました、弁当を持参していないのです。 沢山買い込んで来た御菓子類はリュックにイッパイ詰め込んでありますが、やはりお米が求められました。 一気に登ってしまおうと先を急ぎ頂上です。                                

       
三脚は持ってきていませんので、方位盤の上にタオルを置いてシャターを押しました。
                         方位盤を真上から写す             蝶がご挨拶にやってきました。      
 360度の眺望は残念ながら快晴とは行かず今ひとつでしたが、雷雨に見舞われるかも知れないという危惧はなく”大日如来”様と記念写真でした。                

 往路の時はシャッターを押すユトリもありませんでしたが、復路では登山道の真ん中に根を張り通せんぼしている写真や急坂の場所のロープを振り返って撮ってきました。    
                         
  帰路は1時間半と紹介されていました、往路は紹介の85%で来ましたので、1時間もあればと思っていましたが、最後になって弁当のなかったことがひびきました。 エネルギー切れです。 水も(1リットル)底をついてしまいました。 次々とゼリーや飴、スナックを食べていましたので空腹感はないのですが、身体に力が入らないのです。 フラフラということはないのですが、重い足取りでした。  後から分かりました。 口にした物はベビーフードということで低カロリーのものだったのです。 一袋食べても98〜200カロリーでした。                 



  コラム1−D NO.325                                                                         平成17年8月日6日 記

 古代東山道を歩く
 〜ヘブンスそのはら・富士見台高原〜


          
 この写真は「富士見台高原ヘブンス・そのはら」のロープイェイ・ゴンドラの中から撮影したものです。 
 中央高速道路の園原IC当たりの全景です。 中津川・神坂から最初の恵那トンネルを出たところにありあす。 車で走れば後1分で再びトンネルの中です。
 写真でもお分かりのように山間に地にあるICでして、名古屋方面から飯田に向かう、あるいはこの園原ICから名古屋方面に向かう車しか利用できません。 それだけの平地がないということでしょうか。 
 何故こんな僻地にICを作ったのでしょうか、正しい事は知りませんが、推測するに昭和30年代、国鉄時代に中津川線が計画され、その後昭和47年に神坂トンネルの試掘に着手しました。 ボーリング調査中に昼神・湯の瀬地籍で温泉が湧出しました。
 その後、今日の昼神温泉へと発展して行くのですが、昭和55年に国鉄中津川線の工事は中止になりました。 そこで名古屋方面からのお客さんを見込んでICの建設が成されたのでしょうか。
 そのことと、中央高速道路建設の時、この恵那山トンネルは大変な難工事でした。
 何も無い(失礼)下伊那郡阿智村の方たちを中心として様々な工事への協力が成された事に対しての反対給付でもあったのでしょうか。
 なお、昼神温泉郷ばかりでなく、月川温泉郷もあり年々賑わいを増しているようです。
 
 また、時代を遡ると歴史浪漫の地でもあるのです。
 大宝元年(701)、朝廷は近江の国(滋賀県)を起点として「東山道」という道路を作りました。 道は美濃国(岐阜県)を経て、神坂峠(信濃坂)信濃国府を経て、碓氷峠を超えて上毛野(群馬県)・下毛野(栃木県)より陸奥・出羽国(東北地方)へ通じていました。 長さ約1000KMの道のりでした。
 東山道は大和政権が地方を服従させるための「支配・軍事の道」であったと同時に、九州北辺の防備に徴用された「防人の道」、税物を背負って歩いた「納税の道」、されに信濃の国で生産された馬を都に運ぶ「貢馬(くめ)の道」として、利用されていました。

 東山道の中でも、美濃・信濃両国は険しい山道が多く、最大の難関は神坂峠越えであった。 気候の変化が激しく濃霧がかかりやすく、雷鳴が近いところでもありました。
 都でも通行困難な場所と知られ、古事記・日本書紀や古文学に地名や歌枕として取り上げられてきました。

 長々と紹介しましたが、本当はまだ昼神の地の由来なども書きたいですがやめます。  かって中津川から神坂峠までクネクネと100曲がりの細い道を車で行ったことがありました。 また、その時とは別に神坂峠からされに九十九折の山道を信濃側の月川温泉郷に下った事もありました。(今は数年前の台風で土砂崩れで通行禁止に成っています)
 当時、神坂峠から富士見台高原で登るルート(往路約40分)を見上げただけで帰ってきました。 次に、10年前に富士見台高原ロープウエイが出来たその折に1600メートルの展望台までは行ったのですが、物凄い濃霧で景色はおろかトレッキングどころではなく帰ってきてしまいました。
 今回は再度の挑戦と言う事です。

          
 標高800Mの山麓駅から山頂駅(標高1400M)、更に冬にはスキーリフトともなる展望台リフトで標高1600Mの展望台に到着。 そこから約1時間かけて神坂峠(1576M),一度下って1739Mの富士見台高原に到着です。

          

 深田久弥『日本百名山』で紹介された二十三座が360度のパノラマで見られるとの事ですが、時折陽ざしは差し込むものの、うす曇でご覧のような状況でした。
 また、元は山伏岳と呼ばれていたが、明治時代に富士教信者が富士参拝所をここに設けた事から「富士見台」と名がついたと言う事で、富士山がみえるわけではありません。

 再び同じ道を下りますと、ここは恵那山を初め「東山道」などの登山ルートの起点になっており山小屋「萬岳荘」があります。
          
 今は村営で山小屋は初代より数えて三代目です。
 萬岳荘は、昭和8年放牧場の牧夫小屋兼登山者宿泊所として創建された。 昭和35年4月21日『日本百名山』の著者・深田久弥も恵那山に入山、恵那山頂より南アルプスの眺望を楽しんだ後に、神坂峠へと下り、当時の「萬岳荘」に宿泊した。  
 なを、ここのお水は美味しかった。湧き水との事でした。
 

 往路は横目で眺めただけで通り過ぎた山頂駅に降り立つと、10周年記念で「空・花・緑・光に包まれた天空の園」とのうたい文句の花のジュータンを眺めました。
 夜はイルミネーションが点灯されてますが、4時間も時間をつぶすところはなく下山しました。 それが正解でした。 2時間後この地方が激しい落雷だったのです。
         
                             キテイーちゃんです

 山頂ではアキアカネ(トンボ)が湧き上がるように舞っていました。 何度かカメラに収めようとしましたが全てが点に成っているばかりでした。
 それに反し、フジバカマの周りを飛び交っていた蝶(名前?)は静かに近づけばカメラに収まってくれました。
         
 
  



  コラム1−D NO.303                                                                         平成17年6月19日 記

 「あじさいの里」に行ってきました。


 東海地方最大級の五万本のアジサイが咲く蒲郡市金平町の形原温泉「アジサイの里」に行ってきました。  余り期待していなかったのですが、駐車料金500円、入園料300円で久しぶりに満足しました。

        
      
               
 ここで、アジサイの由来について
 『アジサイは日本原産のガクアジサイを母体した園芸変種。  いつごろ、どうして出来たかは分からないが日本生まれの園芸品種。 中国に渡り、1790年頃ジョセフ・バンスクが移出し、ロンドンのキューガーデンに植栽し、欧米で品種改良。
 19世紀に紅色の花が咲くアジサイが出来る。 20世紀以降、品種改良が進み、明治になって日本に逆輸入。 西洋アジサイ・ハイドランジアと呼ばれるようになった。
 アジサイを漢名で紫陽花と書くのは正しくは日本名「あじ」は「あつ」で集まると「さい」は真、「さ」の藍の約されたもので青い花がかたまって咲く様子からアジサイと名付けられた。 (牧野新日本植物鑑より)

 意識したわけではないのですが、アオ系よりピンク系が多くカメラに収まっていました 。  
     ウインドミル          ソフィテイー          ラブユーキッス
    
     ジューンブライト        サンルージュ        レデイーサチコ

 ピンクが続きましたので、気分を変えて
         
         アリラン                名? 実に綺麗な紅色でした
    
              
            伊豆の華              名?線香花火のようです

    
    名?モクモクと        カシワバアジロサイ    エゾダルマノリウツギ

 再び、ピンクに戻ります。 まだ他に数枚ありますが、どれがどれだか区別がつかなくなりました。 判明可能なものを取り上げました。
             
          リップル                  ソフテイー
                
 脱皮したばかりでしょうか? バッタの子供にとっては最初の餌のようです。
 カメラを向けると警戒してヒゲ(触角)をピンと張っていました。

 (追記・6月22日)
 本日新聞を読んでいたら、上記の虫の記事が目に止まった。 30年前の「昆虫図鑑」では分からなかった虫の名前が判明した。
 キリギリスの仲間「クダマキモドキ」である。 <クダマキ>といい、<モドキ>といい怪しげというか、正体がはっきりしない昆虫であることは確かのようである。
 まさか、時代を反映して登場してきたわけでもないだろうが、兎に角私のシャターの被写体になったことは確かである。 目にし、シャターを押した私も時代の浮遊物なのか?

 オマケに
    
       清澄沢           紅アジサイ         名? 

 シャターを100枚以上押しましたが、紹介は以上にしておきます。
 今日は花曇で愛・地球博の人手も多いことでしょう。 明日からは雨模様です。
 雨の中色づいたアジサイを楽しむこともできるそうです。
  

    

NO.
                                               平成16年月日

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 平成16年4月18日までの”近畿〜山陰の旅2004春が一番新しいものです。
 暖かくなったら旅に出たいと思っています。  
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