エッセイE 手紙・メール・FAX等の交信
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 コラム1−D NO428より                                                                      平成18年01月04日 記

 知人からのメールに、こんな返信を送りました

 
 
NO.428                                                                         平成18年01月04日 記
  こんな返信メールを送りました  
 
 知人からメールが届いていました。 几帳面な方なのにここ数ヶ月便りがなかったので、病気でもしているのではないか? あるいは余程仕事に追われているのではないかと心配していましたので安心しました。
 以下のような返信を送りました。

 『 拝復 まずはおめでとうございます
 相変わらずのご様子ですね。 一番心配な兆候(注、健康問題)が出ておりますね。行くところまで行かないと素直にご神託を受け止めれないのが、また素晴らしさなのでしょうかなどと言っていいのでしょうか。
 
 00問題は長い間に積み重ねられていた価値観と体質に基づくものでしょうから、基準ができたといったところで簡単に変わるものではないのではないかと危惧いたします。 時は権力者に対して本当に厳しい見方をしていると考えています。(近頃のマス・メデイアにはいささか不信感と不満をもっていますが・・・)
 中間層=中流意識が急速に変化、崩壊してきていると思いますので、その反動と不満があらゆる側面に噴出してくるのではないかと考えています。
 何も言わない若者はジーと時を待っているようにも感じます。
 団塊の世代は再び時を越えて反抗勢力に変身するのではないでしょうか。(そんな元気さがあるのかなとも危惧しますが・・)

 といいつつ、高齢化、少子化、人口減には感覚的に悲観していません。 今朝もNHKの朝のラジオ番組で「明治の初めは人口3300万人?、昭和20年の終戦時には7400万人?とか言っておりました。 人口が多い少ない、若い人が多い少ない、子供の数が多い少ない、どこの何が問題なのか、心配なのか。
 予測されていたことに対してこの十数年間、私たちが取ってきた対応の結果です。 そして今も続いていることなのです。 これまでを如何にとらえ、これからどう対応するかが問われているのです。 
 昨年1年間、世界の歴史を少しばかり勉強しまして、少しはロングレングスに、広く、さまざまな価値観を持って、物事を眺めることを教わりました。 人生50年時代では考えられなかったこと、対応できなかったことが人生80年、いや100年になってやっと気づき、次世代に伝えてゆく何かを実行できる可能性があるのではとも気づき始めています。   反面、早く逝くことが求められているのかなとも、考えないわけでもありませんが・・・
 ーーーーーー 中略ーーーーーーー
 なんといっても、健康第一です。 これを大切に、気を使い、磨いておれば、そこから芽が出、葉が開き、枝が伸び、新鮮な空気や自然に感謝できそうです。

       では、また        敬具







 コラム1−D NO.356 より                                                                       平成17年9月22日 記

 これからの時代、どのように進んでいくのでしょうか
 〜藤原直哉さんからFAXが届きました〜

 
 これは「コラム1−D NO356」に掲載したものです。
 形式が私から藤原 直哉さんにFAXをしたものに対し、藤原さんの返事が来ましたので、FAX交換として掲載するものです。 
 なを、この関連のものはエッセイB 政治・経済・社会欄にありますので、興味あればお開きください。

 こんなFAXを藤原さんに送りました。

 『前略 何度も繰り返して「ワールドレポート NO482」(私のホームページ、コラム2−N NO146 「藤原直哉のワールドレポートNO482 〜衆議院選挙の結果」を参照ください)を読み返しました。
 先生のように長期に渡り、歴史的・大局的視点に立って突き詰めて見・考えている身ではありませんので、NO482に展開された内容には追いついてゆけないというか、本当にそこまで行くのかなと思ったりしていますが、天意が働けばやはりそこまで行くしかないのかなと思ったりしています。

 ところで、今と言う時代、先生は室町時代・末〜戦国時代と言っておられますが、世界、人類の歴史上では如何なる時代の何処の地域・国の様相なのでしょうか?
 又、そのことを知り、学ぶために推薦される書籍は何でしょうか?
 お教えいただければ有難いです。

 愛・地球博もあと9日で閉幕です。 祭りの後、名古屋・愛知・中部は今後どのように展開してゆくのでしょうか。 
 豊かな自然のヒターランドをもち、堅実な生活の県民性ではあるのですが・・・・
 打ち寄せる大波にどのように対処してゆくのでしょうか。
 結局最後は一人ひとりの心構えと生き方が問われるのでしょうが・・・・
   よろしく お願いします』

 このようなFAXをいただきました。
 『加藤様 こんにちは。 いつもお世話になります。  すっかりごぶたさしておりますがお元気にお過ごしでしょうか。
 お問い合わせありがとうございました。
 
 米国の覇権の衰退と共に米国の属国である日本も世界も次第に戦国時代の様相を呈しつつあります。
 キーワードとしては ・応仁の乱  ・領国経営  ・無縁・公界・楽  ・楽市楽座
 ・分国法  ・太平記  ・京(応仁の乱前後の変化)  ・守護大名と戦国大名
 ・惣  ・荘園の消滅  ・遷都
 あたりでいろいろな解説や本を読んでいただけると、イメージが湧いてくると思います。
 実際に時代が進展してくれば、決して驚くような話ではなく、ごく自然に気がついたらそういう時代になって居ると思います。
 たとえば、15年前の1990年にこの1年間に日本に起きたニュースを霊視などで見たとしたら、みんな卒倒してしまうでしょう。
 しかし実際に生きていれば、ごく普通にそうなっているのです。
 しっかり足元を固めていけば、決して未来が暗くなるような事ではありません。
 どうぞ、ますますご活躍ください。

 PS
 中部地方ですが、トヨタはすでに内部でおかしくなっているのではないでしょうか。
 この1年くらいで状況が急変するかもしれません。 
 その様子を見てまた考えましょう。』







掲示板 ”いい加減問答”の投稿より
                                 平成17年1月22日

 「修行僧の月夜編に期待する」とあった。

 ホームページ「地域ホームページ、高蔵寺」に一つの投稿欄(エッセイ)として書き始めてから3年半、そして自前のホームページとして独立して今年の4月で一年になろうとしている。
 勝手なことを気兼ねなく書いていると、それでも何処からか何がしかのご意見が寄せられる。 
 インターネットは世界を結び、情報を得て、知らぬ間に実体験しない世界に触れることができる。 いい加減な情報もあるが、同時に力による権力の横暴が公開されて、世の中が正されてゆく事も垣間見れる。

 そこに行くと、私のホームページは非常に限られた方への発信になっている。
 というよりは、私自身への問いかけであり、また指先を使う事によっての”脳軟化防止対策”になっているようである。
 このところ、他の要素(いちょうの葉のエキスを飲んで)の効果もあるのか、一時よりもの忘れの進行は緩んでいるように感じる。
 近々、書いたものに反応していただいた方のメールをここに掲載します。

 
 
里修行の月夜編へ期待する 投稿者:おれ俺 投稿日:2005/01/19(Wed) 12:16 No.88  
ひさしぶり。 ますます意気軒昂にてお喜び申しあげます。

 今日は驚いた、偶然か、はたまた故意か、この「いいかげん問答」をクリックしたら、2004年5月20日の俺の投稿が出てきた。
 ーその後、一番画面から再度入ったら正常なNOであったので、故意ではないのだと知ったが、それにしても驚きと同時に嬉しくなった。
 かねて要望していた事の一部が俺の目にふれることなったのだから。 感激である。

 山野を駆け巡り、滝に打たれ、座禅を組む、山の修行も修行ならば、生きるための日々、喜怒哀楽の里の修行もこれ修行なりと言い放つ貴僧の考えに賛同しているからであります。
 その貴僧の月夜の修行物語を覗いてみたいとかねてから思って、期待していた私の希望がかないそうであるからです。

 このところ半枯れの日記ばかり読まされていた、時には色、艶のあるお話を渇望していた。 
 第一話を読んで、何処までが事実で、何処からがフィクションなのか。 昼の修行の裏で、如何なる時にそのような修行をされていたのかと、想像しているだけで老化防止になるやら、うらやましいやら・・・
 今後、貴僧の修行の数々に圧倒されるのかと思うと、いささかジェラシーが沸き起こりそうである。

 やきもちをやくよりはその中の一編に加わるほうが良いかなとも思っている。
 秘め事などなき身なれど、我にとっては貴重なる修行体験を近々送らせていただきますのでよろしく。

 貴僧にいかに切られるのか、それとも光失った星が再び輝きだすのかを期待しないでもない。

 どちらにしても「夢見シリーズ」として始まった、里修行のこれからを期待する。


何方だろうと推測したりして楽しんで居ます。


 


コラム1−D NO177 を受けて
                                 平成17年1月20日

 韓国から知人の便り

 『前文省略

 ソウルの街を歩くとまず気付くのは、煉瓦造りの家が多いことと教会が多いことです。 丘や高いビルが各所にあり、そこに登って俯瞰すると、赤い屋根や壁と共に十字架がそこかしこに林立し、「日本の風景とはちがうな〜」と思います。
 また、街の看板や広告塔も当然ながらハングル(韓国文字が氾濫しているので、「ああ〜やっぱり韓国だわ」と実感します。
 
 日本人はアルファベットには慣れていますが、中国の街や香港で見るヒラ仮名のない漢字のみの看板や、ソウルで目に飛び込んでくる記号のようなハングルだらけの街並みにはなかなか馴染みがありません。
 漢字だらけの街ではドギツさを感じ、記号のようなハングルだらけの街ではハングルに酔ってしまう人もいるようです。
 かく言う私は、外国の街でのぶらぶら歩きが好きでして、ドギツくても酔っ払ってもお構いなし・・・
 直ぐに韓国のどぶろくや焼酎とお友達となりソウルの街を満喫、ほろ酔い加減で散策している次第です。
                                              
 街にでてみますと、ソウルには(李氏)朝鮮時代の宮殿がそこかしこにあります。  寒い気候のせいもあるのでしょう、宮殿内庭園の真っ赤な紅葉が素晴らしい。 日本に居たなら紅葉を見に行くなどという風流は少しも持ち合わせていないのですが、ソウルでは「紅葉がきれいだ」よ言われれば、「紅葉をみよう!」、「山に雪が積もった」といわれれば、「では雪見に行こう!」と足取りも軽く出向ています。
 どこの国に住んでも思うのですが、限られた時間を有効に、と日本にいるとき以上に好奇心も旺盛となり、時の経過を惜しみます。
 日本でも継続的に向上心を持つことができたならば、もっと人間として成長できたかなと悔やみます。

 ところで、韓国人は昔より日本人と見分けがつかなくなった様です。
 生活水準の格段に向上し、身だしなみにも気を使い、服装も垢抜けおしゃれになってきています。
 かっては顔や服装や臭い(キムチやにんにく)で韓国人は判るなどといわれたものですが、外見では日本人とまったくかわらない韓国人が大勢います。
 勝手な憶測や思い込みは失敗の基、仕事とまったく一緒です。

 料理については韓国料理も日本人の口にあって人気抜群。 わたしも焼肉、鍋、パジョン(お好み焼き)、麺、キムチ、どれも好きです。
 どこで食べても美味しいのですが、どこでたべても焼肉か鍋かパジョンか麺、そしてキムチなのですね。
 あそこの肉がうまいとか鍋が辛いとか、タレが辛いなどといいますが、ソウルでもプサンでも、田舎町でも、何処え行ってもね名物は焼肉か鍋、焼くか煮るかで料理の広がりがないのかなあ、日本料理は食材も調理法もバラエテイーに富んでいて奥行きが深いな、と見直してしまいます。

 クリスマスのイルミネーションがソウルの街を綺麗に彩り始めました。
 イブの夜はプロテスタント教会で、クリスマスの朝はカトリック教会でミサでも歌って来ようかなと想いつつ師走の街を眺めています。
 (統一教会に紛れ込んで拉致(!)されないように気をつけよう・・・・)

 大学時代、歌のクラブと天文同好会に在籍していたのですが、ひっくり返って空をみあげて、あ〜あしばらく天を見ていなかったなあ、前だけ向いて歩いていても前しかみえないもんな、立ち止まって眺めを変えてみようか、とも思った次第です。
    では皆様、佳いお年をお迎えください。』


 〜何処にでもある手紙の内容ですが、今朝目覚めの時、この手紙の事を思い出したのです。
 韓国の事もさりながら、この文面を書いたMさんが感づかれいることは、今年あるいは近い将来の出来事を暗示しているのではと感じたからです。
 私の思い過ごしならば、どうということもないのですが・・・・


 
コラム1−D NO147
                                     平成16年12月13日

世の中、色々な人がいるものです。
〜WE100/Rの紹介記事にこんな反応もあり〜

 
                                              
NO146で「WE100/R(ウイークエンド百姓学校・瑞浪竜吟)の開校式のことを紹介しました。 
又、12月10日の朝日新聞の“生活”のページにこの開校式のことが予告記事となっていました。 その後の事です。
12月13日多分この記事を見られた方と思いますが、問い合わせ先として掲載されていたK氏のところに以下のFAXが送られてきました。 同時に電話もあったようでK氏曰く「声の様子からすると30代でしょうか」とのこと。
「日本にどうして農業がいるのだ、意見を言いたい」との内容です。以下紹介します。
一部当て字の間違いと思われるもの、ひらがなを漢字に変換したところはありますが、ほとんど本文そのままです。

『日本の農家は国家に対して甘えていると思います。 まず新聞なんかを読むといまさら食料自給率を上げると寝ぼけたことを言っている国があるのか、もっと現実を考えろといいたい。
日本の田舎は、若者は百姓をやるのが嫌で都会へ出て行ったり、他の産業・サラリーマンなどの仕事についてみんな生活をしているのではないか。
それなのに百姓や農林議員や農協は日本の農業を守るなどと言っている。
たとえば、メキシコから安い豚肉が入ってくれば日本の豚農家がやっていけなくなると言っているが、消費者からみれば安い豚肉のほうが食べたいに決まっているだろう。

 だいたい、世の中いろいろな職業があるが世界中どの国に行っても百姓なんか最低の仕事ではないか。 もっとも低所得で人から一番馬鹿にされる職業ではないか。
特に豚農家なんか恥ずかしくて人には言えないだろう。 そんな事もわからないのか? 
 だいたい、百姓の子供が学校でお前の親、百姓かなんて言われイジメに会うだろう。
 テレビや求人雑誌で若い女性から彼氏の仕事で最も嫌われる仕事の第1位が百姓だといっていた。
 それは日本だけでなく世界中どこの国に言っても女性に嫌われる仕事だろう。
 日本の農林議員は選挙の1票ほしさに心にもないことを農村で言っているみたいだが、百姓はそんな事も分からないのか。

 だいたい日本が世界で第2位の経済大国を維持し、豊かになったのは自動車や工業製品などを世界に売りまくっているからだろう。 
 世界のお客に工業製品を買ってもらっているから経済が成り立っているのだから、米や豚肉を世界から買ってあげるのが当たり前だろう。
 日本の田舎や百姓がそれで全滅しても、それはそれで仕方がないことだ。
 日本の田舎は年寄りしかいないし、そもそも美男美女は一人もいないだろう。
 自分も見てくれは悪いが、世の中イメージは非常に大事な事だと思う。
 公務員やサラリーマン、たとえは極端だがスチュワーデスにはブスはいないだろう。
そもそも美人しか採用しないと思うが、百姓特に日本を含めてアジアの国の百姓には美男美女はいないだろう。 
 百姓の奥さんや生まれてくる娘など見ていると、とても可愛くてモデルのような人間は絶対に生まれてこないだろう。 

 昔ニュースで北海道の酪農家が嫁不足で東京から嫁いだ奥さんがニュースで紹介されていたが、都会では男がだれも相手にしないようなとんでもないブスの女性だった。
 百姓をしていると美人の奥さんとも結婚できないんだなあと思った。
 だいたい百姓を見ていると顔は日に焼けて黒く、いかにも垢抜けない不細工な男や女が多い。
 夏の炎天下で地獄のような野良仕事をして、年収200万〜300万円台という、とても低所得で働いて、貧しい生活しか出来ないような仕事をどうして百姓や国は維持しようとするのか?

 あるインターネットの国際結婚のサイトで中国女性を日本男性に紹介するサイトがあり、それを見ていると中国女性の日本男性に対する職業の所で、漁業・農業以外と書いてある女性がほとんどだった。 中国女性からもいまや百姓は嫌われるのである。(顔のブサイクな女性は別)
 自分の知り合いにロシア女性を日本男性に紹介する結婚相談所を経営している男性の社長を知っているが、その社長が言っていたが、日本全国の百姓からも電話で問い合わせの電話があるが、ロシア女性も百姓は嫌がると言っていた。
 百姓は世界中の女性からも嫌われるのである。
 昔、テレビで山形の田舎の村が村ぐるみでフイリッピンからお嫁をもらっている特集をしていたが本当に見ていて情けなくなった。
 やはりレベルの高い人間はレベルの高い仕事(医者や弁護士、パイロット、外交官)などの仕事につくものだ。
 決して間違っても一流大学卒での美男美女は百姓なんて死んでもやらないだろう。』

 以上長々と紹介しました。 もちろん賛同して掲載したわけではありませんが、今の世の中にこんな考え方や発想をしている人もいるのだなあと驚くやら、情けなくなって入力を止めようかとも思いましたが、最後まで続けました。
 多分こんな内容のものを再び手にすることもなかろうと思うと同時に、たとえ少数派であっても、間違いなくこのような思いの方がおられる事実の前に、新時代への変革は如何なる展開をするのやらと、暫し手が止まりました。
 この方、ご自分のFAX−NOまで書き入れてありました。

一方、同じ百姓仲間のNさんからはこんなメールが届いていました。
『 食料自給率アップ、農水省が自治体に努力目標要請へ
農水省は11日、先進国最低水準で低迷している国内食料自給率をアップさせるため、2005年度から、都道府県や市町村に対し、食料自給率の達成目標とそれに必要な具体的な施策を策定するよう求める方針を固めた。
自治体が食料自給率目標を設定することで、地域の食物を地元で消費する「地産地消」などを促す狙いもある。これらの方針は、2005年3月に閣議決定する新たな「食料・農業・農村基本計画」に盛り込み、具体化を急ぐ考えだ。

新基本計画では、都道府県や市町村に、将来目指す食料自給率の設定と、地元の農産物の消費拡大など、地域がそれを達成するための具体的な施策の取りまとめを求める。
それぞれの自治体が数値目標を掲げることで、近隣自治体間の競争を促す狙いもある。首都圏など、農地が少ない自治体に対しては、洋食中心の食生活の改善策などを求めることを検討している。』

室内で「シャコバ・サボテン」の花が咲きました。 赤とオレンジです。
昨年までは別々なポットに入っていたのですが、植え替えで一鉢となりました。

   オレンジ         赤           オレンジと赤






コラム1−D NO109
                                   平成16年10月14日

友人からのメールに応えて

   友人からメールが届きました。
『ついに私もパソコンをゲットしました。先週インターネットが開通しホームページなどを見る練習などしています。
なかなか大変なことです。
メールの練習はこれで二通目。一通目はM君にです。それは無事成功しました。
彼に大喜さんのE−メールアドレスを聞いたのです。ところが、彼はホームアドレスを失ってしまったようです。
私にご返事を送る折にぜひ大喜さんのホームアドレスをお知らせ下さい。
今日は挨拶代わりに・・・少し慣れたら長い文章をお送りします。

遅れましたがその後お元気のことおと思いますが?いかがお過ごしでしたでしょうか?
私と私の家族全員大変元気にしております。
                           取り急ぎご挨拶まで・・・ 』
  
 以下は私の返信です。
『A・M 様
お元気のご様子何よりです。 それにお楽しみ事が一つ加わったとの事、ご同慶のいたりです。
 私はかれこれ2年と数ヶ月でしょうか。 息子に言わすとパソコンの持つ機能の2〜3%の活用とのことです。
 簡単に色々と出来るようですが、トライするとタチマチ大変なことになってしまいますので、余分なところには触らぬようにしています。 
 すると今度はセキュリテイーチェックを怠っているので、大変なことになるぞと脅され、新パソコン購入(本年春)以来はじめて先週、インストールとやらをしましたら、30分ほど時間をかけて作業をしている様子でした。(パソコンが自動的にするので、ほったらかしにしていたのです)

 息子のお古(7年使用パソコン)の払い下げで始めたのですが、今年のはじめに無理な使用をしたらしくパンクしてしまいました。
 データーが全て失われて結構不便な思いをしました。 今は1週間前より、これまた息子のお古でバックアップシステムを起動しています。
 7年前の機種と比べると天と地とまでは行きませんが、性能、スピード、が格段に進化していることを私でも感じることが出来ます。

 貴方もご存知と思いますが、かってU社に勤務しておられたS.Iさんのインターネット・ビジネスが数ヶ月前から大ブレークして日の出の勢いの情勢のようです。 
 3年前の2001年8月に「地域ホームページ・高蔵寺」から始まったのですが、今では私には到底理解が出来ないくらいの広がりのようです。

 開設の 折、ホームページに掲載する原稿がないから何か書いてよというのが始まりです。 当時私はパソコンをいじっていませんでした。 原稿用紙に書いてFAXで送り、担当者が入力してまたFAXで送り返されてきたものを、校正をしてまた送りなおすという事を2年近くつづけたでしょうか。
 その後、S.Iさんのビジネスがだんだん忙しくなり、原稿掲載が遅れがちとなり、姪に入力を依頼していましたが、昨年後半より自分で入力をするようになりました。
 
 更に今年になり「ホームページ高蔵寺」にも掲載されていますが、「修行僧の“いい加減 ホームページ”」として独立もしました。
 そのアドレスはhttp://www.k-taiki.com/ です。

 さて、ちと長くなりました。 決して先輩ぶって長々と書いた訳ではありません。
 もちろんブラインドで入力できる訳はなく、両の人差し指二本にてポコポコです。 
入力間違い、変換間違い、入力先が変なところに飛んでいくはで、これだけ入力するのに大変な時間です。
 とにかく、何度も、何時間も触っている事だとの指導ですのでパソコンの前にいる時間は結構長いです。(日に2〜4時間)
 すると、数日でいやになって、ほったらかしにしたりするとホームページ・ビルダーの操作を忘れてしまい、これ又大変です。

 時代はインターネットなしでは済まされない、あるいはインターネットによって世界中の情報が交差し、時代を作っているようにも思えます。
 たとえば、イラクの情勢はインターネットによって世界の世論が形成されているとも言えるのではないでしょうか。 
 強国アメリカが情報を独占しようと思っても出来ない。 地方の小さな隠れた情報までが世界に流れているのですから・・(いい加減な情報も含めて)

   練習もかねて日ごろの出来事などを送信してください。    では又 』
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