エッセイF 文化・スポーツ活動
 (講演会、勉強会)
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                                平成18年10月31日 記

 小田原”第3回ひなた村祭り”藤原直哉講演録
〜『21世紀、ロハス時代の
    感じ方、考え方、心の持ち方、生き方』
            平成18年10月28日講演

 
 タイトルは加藤が勝手につけたものです。 また、文責も加藤です。

 <流れが変わってきた>
・10年前頃より静かな日本になると感じていた。 ロハスという言葉はなかったけれど、自然の中でネットワークが組まれてゆくイメージを持っていた。
・容易ならざる時代ではあるが、20世紀のものが消えて、未来は良くなってゆくと思っている。
 →EX,弱肉強食。 アメリカ帝国主義など
・世の中の動きは、皆を引き付けておいて、ある時バサッと消える。
・歴史はもっとシンプルに動く。 権力闘争により残るものは残り、消えるものは消える。 そして世の中抜本的に変わる。

 <21世紀の価値観>
・健康・継続してゆくものが残る。 EX、農地〜続ければ品質上がる→続けることの大切さ
・続けるところから生きてゆく価値観、続ける価値のあるものが続く。
・腹を固め、実力を持っているところが続く。
・世の中良くはなってゆくが、その仲間に入っているかどうかが問題。
・そのためには、自分自身を良くする→ライフ・スタイルを変える。節制、塵を捨てない。
・誰かに言われてやる、誰かが言ってやるから→→誰言うことなしにやっている。
→誰かが言ってやるは、ダンダン声が大きくなる。
・日本という国はリーダーが引っ張ってゆく=俺について来方式ではなく→→みんなで一緒の国。
・理屈っぽいは日本では動かない。 誰も何もしないのに動いていると言う、合理的でないもの
 →現在、「観光」「農業」「ロハス」皆がやっている、役所は後からやって来た。

 <日本人が何をして居るかの観察が大切>
・自然に見えてくるものがある。 そのためには自分を“無”にすることが大切。
・思いが強すぎて見えなくなってはダメ、「俺が俺に沈まないこと」
・「頭」と「心」と「腹=肝」の3箇所で感じる。
 →「頭」は理屈、世の中はそんなに合理的、理屈では考えられない。
 →「心」、心配になる、気持ちがウロウロする。気持ちはゴロゴロ変わる。心持はいろんなところから・・
→「腹=肝」で覚悟する。 頭からあふれ、心に落ちて、腹で覚悟する。
・そのために「祝詞」「瞑想」をして腹を鍛える。→腹を決めるのは生活の中で直面し、修羅場を潜る。
→問題から逃げてはダメ。問題から逃げると腹の力弱まる。→逃げない、前向きに行動、生活態度。
→そうなると、浮ついた話に引か掛からない。利害打算―頭で考える、心ふらつくと失敗する。
・日本人は恵まれていた。→1990年バブル弾け、16年間もユトリがあった。
→その間に、色々と苦労して、未来が見えようとしている。=軟着陸できた。
・ハードランデイングのところもあったが、残るものは残った。抜け殻が落ちだ。
・中国・アメリカはいま少し時間が掛かる。
・腹を決め、頭と心をスッキリすると見えてくる→裏が見えてくる。

 <自然の中の自分を感じることの重要さ>
・日本は素晴らしい、四季おりおりの作物が出来る。やりようは色々ある。
・自分の手で自然からいただく、これが本当の贅沢である。
・近頃、東京の高級店のサービス・品質が落ちて居るという。文化を知らない成金趣味となっている。
→伝統文化、残すものの定義が変わってきて居る→自然との豊かさを自分の手で実現する。
 
<定期的に見ることの大切さ>
・人間は1日で毎日見ているもの、注目しているものは10個ほど(EX,時計、電子メール・・)
・基本的に見ているものは少ない。 人間の感性は24時間生きているのであるから、もっとおおくの情報をうけているはず。ということは、限られたものしか見ていないと言うことになる。
→、これを変えてみる。 EX,日の出を見てみる。風を見る。月を見る。
→「株価を見る人は多くなった」
・限られた情報でもって喜怒哀楽して暮らして居る。 大きなムダをしていることになる。
・もっと気づこうとすること→普段見ないものを観る。感性を鋭敏化する。
・今を生きる、未来を良くするためには、多くのことに気づかねばいけない。
 
<日々生きる戦略が必要>

・人間の行動には因果関係に則ったやり方が必要である。生き方そのものが問われる。
・頭・体で汗をかかなくてはいけない。なんとなく楽しくではダメである。そのためには腹を決める。
・だから、勉強をしなくてはいけない。実践の勉強が大切。
・大小の問題があるが、小さな問題を自分の問題として対処する。→其の方法
 @問題を避けている、気が付かないでいる。 まず、自分の問題として考える。
 A他人の経験を自分の問題とする。
 B歴史を学ぶ
・人間は本来高い性能をもっている。本来の設計性の力を発揮する=自己開発=とらわれ、疑いを外す。
 →やばい、怖いという枠を外す。 他人から何と言われても平気。 色々やって修正する。
 <ロハスのライフ・スタイルとは規則正しい生活から>
・日々の生活態度からとらわれを外す。他人の体験を自分の体験とする。
・時間の使い方で人生が変わる。 →EX,大学に入学してサビタ、ボケタという学生多い。→朝の時間マチマチ、一日が不規則→気持ち浮つく。
・仕事をするには、時間をキッチリとする→毎日見えるもの、聞くものの変化を発見する。
・「定点観測」→世の中の変化は規則正しい生活の中から見える。→頭が冴えてくるから←パワー付くから。
 
 <新しいことを実施する時間を持つこと>
・形あるものにするには、1日5~10分でよい。 EX、本を読む。話を聞く。積み重ねの重要さ。
 →藤原直哉の「日本再生のブログ」→今では1日10~15分で書けるようになった。
・規則正しい時間、新しいことをする時間を持つこと→無理しないこと、可能な範囲。継続すること
 →好き・嫌い、合う・合わないがあるから無理しない、続けることに価値がある。尻上がりに良くなる。
・生きる上で厳しい時間もあるが、攻める時間を持つことが必要と感じる。
<大きな変化は何処で起きるか、頭に入れておくこと大切>
・「キリスト」「マホメット」「ノストラダムス」「出口王仁三郎」「ラビ・バトラ」皆、同じことを言う。
→見えない世界=不安の連鎖―大洪水、大火山。東京の焼け野原と同じ。
・予言は殺伐とした人々の心を読んでいる。 心=気持ちの世界を読んでいる。
→「気持ち乱れる」→「形乱れる」→「気持ち乱れる」
・「最後の審判型」の世界が来ると言う→自分で自分の行く先を選ぶ時代がくるという。

 <自分の立ち位置を知ること>
・立ち位置を知るには、自分を“無”にすること。→こだわりをなくす。
・無にする人は成功。我を張る人ダメ。 時に手綱を外す。手綱外すと良くなる=天が教えてくれる・
・無理にやろうとすると漂流がはじまる。無理を外す→気づく→自分で道を変える。
・天のストップの前に気づく→「大難が小難となる」→経験で分かる(嫌なことが起こるなど)
・振り返ると分かる、自分の役割。
・藤原直哉の自分のこと
 →“国鉄に入りたかった”。今は「21世紀の学校」が会社の目標とのイメージを持っている。
→個人の人生は思いの他の所にある。 学生時代は無神論者であったが、ココまで変わった。
→今後、どれだけ変わっても驚かない。これからも何処へでも行く。
・本当に行ってはいけないときには、表情が変わってくる。表情が暗くなる。タイミング合わない。
→EX,農作物も同じ(タイミング)
・時には反対に振れることもある。苦労して、反対に振れることあり、避けられない時もある。

<ロハスの21世紀は楽な時代>
・10年後の世の中は分からない。よって、今は「今日一日を充実したものにすること」
→「飲み、歌う人」「考える人」→最後の審判を待つ。
・自然にチャンスの巡ってくるのを活かす。ココから先は天のシナリオに任すと腹を括るが強い。
(戦争世代の方々の話、自分がなぜ生き残ったか、分からぬと言う)
・腹を据えること→ロハスの時代は未来志向型でやってゆくには大変な時代→「今日一日を貫徹する」
・あと5〜10年、もう少し世の中の落ち着くのを待って、未来志向型で計画する。

 <心の持ち方>
・21世紀の最後の関門の時と思える。→水も空気も食糧も住まいもある→この縁は自分で作ってきたものではない。 天・人・地のお陰であると思うところから、ストレスなし、病気なし。
・20世紀は大型バスに乗っていた時代。安全な枠組みがあり成功。降りない限り失敗なし。
・21世紀は皆が乗れるバスはなし、一人ひとりがやってゆく時代。
・抜き身(刀を鞘から抜いている)の中で生きてゆく時代。→バスに乗りあっていないから、スピードも早く、変なことをするとアッと言う間に悪くなり、消える。
・21世紀を生きてゆくには緊張感が続く。
・緊張感を保つには「光と熱」で決まる。
 →「光」とは目標。「熱」とは暖める力。
→EX,「炭」炭の熱は何でも暖め、個の持ち味を出す=咲かす
→「サポートする力」=熱=サポートのクオリテイーの高さで個の良さが出てくる。
・炭も=火も強すぎれば焦げてしまう。→目標が強すぎると焦げてしまう(程ほど、個にあっている)
・今を生きるには光と熱をもってゆくこと。怖いと思わない。緊張感に慣れる。抜き身の中で生きる。
・藤原直哉は、4~5年前より毎朝、毎夕、祭壇に神官の衣装で祝詞を上げている。→その後、スーとする=払われた状態。
・毎日掃除をする=磨く。磨き続けると光る。
・朝の掃除、神棚に手を合わせる。→理屈抜きにパワーが湧いてくる。
・21世紀・ロハスの生活は日々新たなる人が勝ち。理屈ではダメ、行動を変える人が勝ち。



                                                      
                                   平成18年8月5日 記

 NPO法人「日本再生フォーラム座談会
     熊谷弘氏と藤原直哉氏の対談
 〜ロハス、グレイド・コラボレーション、カルチュアル・クリエイテイブス〜


  藤原 直哉「NPO法人日本再生ファーラム」
〜ロハス。グレイド・コラボレーション。カルチュアル・クリエイテイブス
 熊谷 弘と藤原 直哉の対談より

 +冷戦終結後に出会った二つの論文(熊谷)
 1、ソ連崩壊後の予測→オーランステイン<思想・歴史家>
→冷戦終結は東西の世界の勝ち負けの問題ではない→500年に一度の社会の変革をもたらす
・500年前に起こったこと
 @国民国家の誕生
 A資本主義の誕生(南ドイツに生まれる)→@Aが地球上を覆った。
→一つのシステムが完結すると、新しいシステムが生まれる→その後、(約50年の混乱が続く)
 2、フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」
→自由民主主義の進化→覆いつくし時代の終わり→新しい変動期に入る
<日本の55年体制の崩壊などは、サザナミみたいなもの)
・狩猟社会→農業社会→工業社会→ネクスト・STAGE(情報社会では語りえず)

 +1990年当時、アメリカで感じたこと(藤原)
・アメリカの会社に勤めていて、このシステムに不安を感じた
・次は静かな社会の時代が来るのではないかと感じた。(江戸時代)
・グローバリゼーション=開国の時代からの戻りを感じた。
 →グローバリゼーションはベースにあるが、その上では各国の個性あるシステムが形成されると。
・もう一つ、量子力学の世界より
・目に見える社会と目に見えない社会の存在
→EX、金融世界を動かしているものは想念→目に見えないものを予測して動かしている。
・今、この時代、未来に明るい光を見ている人々が元気である。→未来を考え行動している。
→今は節目、この後に元気な人々が創りだして行く、想念と現実を同時に見ている。
EX,誰それの作った野菜→野菜を見るだけでない。
  観光→事前にガイドブック=想念で世界を旅している→現実の旅はそれ以上のものを観る。
・友達を求めている→横のネットワーク→繋がってゆく
・世の中が乱れると→共存・共生が求められる。

 +社会変動を語りながら、歴史を語る藤原先生。 (熊谷)
・独創的な歴史家が3人いる。(日本人の多くが独創的な歴史を語らないが・・)
@、平安末期から鎌倉時代→慈円→貴族で名門での僧侶
A、江戸末期から明治維新期→陸奥宗光
B、明治末期から大正時代→内藤湖南→応仁の乱を境に日本の歴史は変わった。(歴史の結節点)
 →EX,食事回数2回が3回に。 家屋の作り方。天皇制のあり方

+グレイドコーポレーション(藤原直哉・提唱)、カルチュアル・クリエイテイブ(ポールレイ)→ともに次の時代(STAGE)を示している。(熊谷)
→現実の中から変化を読み取る→その中に次の時代の芽を見る→変化が次のステージを提示している。
→情報社会とはテクニカルなこと。 
→ネキスト・ステージとは次の時代の生き方、社会の作り方の変化を示す。
・世界を覆い尽くした資本主義論は変化を余儀なくされている。
→ラドクリフ→良心的資本主義論(藤原直哉、訳)

 +グローバリゼーション、市場原理などアメリカ・シカゴ大学のネオ・リベラリズム(新保守主義)の主張の行き詰まり。 (藤原)
・資本主義は抑圧された時代、人々を解放するために生まれた。→が、今は、人々を抑圧する道具となった。解放するための資本主義が、抑圧のための道具となった。
→EX、株主の提案と言いながら、会社を潰す。
→市場経済型社会は一部の人々しか生き残れないシステムとなった→専制君主として振舞う。
・カルチュアル・クリエイチブとはクリエイテイブと言うがごとく、閉塞感を跳ね返す→それは資本主義を直すこと→発想・行動の自由で、問題を正し、直す→今のシステムを前向きに直す→ロハスに通じる。

 +小さな反乱が地球上を覆い始めている(熊谷)
・私たちは今、火中にいるから目に見えないだけである。
・日本のロハスはファッション的感覚で出てきたが、底辺、小さなところから広がっている。
→日本全国を回り、見て、聞いて、触れると良くわかる。
・上から声高に言っても動かないが、下から盛り上がったものは本物
Ex、インターネットの普及→当初は盛り上がらず→携帯電話で世界のトップレベルとなった。」
→日本は旗を振らなくても本物なら動く→農業、観光
・田舎暮らし→嘗ての貧困からの脱出のイメージはない→クリエイテイブを求め、ワクワク感の人々。

 +日本では消費者発想からロハス=安全・安心・健康
・アメリカ、アバジーン(人名)→投資家としても目の付け所と変化している。
→今まで、利回りから環境、貧富の差=アンフェアー、トレード・フェアー→善なるところへ資本が行く
・国連決議が示すもの
→貧富の格差(安い労賃)→アンフェアー→持続可能な社会。生活可能な条件→共存できること。
→野蛮な資本主義の修正がもとめられている。
・カルチャル・クリエイチブ、あるいは良心的な資本主義を求める人々は、未来志向、こうすれば未来は良くなる→末法思想ではない→地に足をつけて、前向きに行動ている人々の生活。
・イタリア・フイレンツエの繁栄と文化遺産の話。

 +権力について
・権力とは、強制力による・暴力のよる力が一般的な考え方
・最強の力を持ったローマ皇帝も、護衛官にはゴマをすらねばならなかった→支持を受けなければ生きてゆけない→最後は番犬がけでは・・・
・ハンナアント(人名)→権力とはACTING TOGETHER(ともに行動すること)
・<ブッシュは政治=軍事と言うが、ハントアンナは政治破綻が戦争と言う)
・ホールレイ(カルチュアル・クリエイテイブ)も、尽きるところはコラボレーションといい、脅しでやることは、結局長続きしないという。
・「人類一家?」との表現は???であるが、→みんな同じ皿の上にのっている→上からの押し付けるものでなく、みんなで大衆が作り上げてゆくもの
 <加藤、挿入
 世界の歴史を学んで、教えられたことの一つに→力で支配するものは長続きしない。被支配者層にどれだけの自由度を与えたかが、支配の良し悪しになっている)
・民間企業においても、共生タイプの会社が伸びている。市場原理型の会社はボロボロになっている。
・「縦のリーダーシップ」から「横のリーダーシップ」へ
→みんなが納得する生き方→権力ではダメ。友人から言われれば聞き入れる。
→縦の秩序から横の秩序へ→横型のネットワークの時代
・日本の文化レベルは一頭抜け出せうる社会
→歴史、文化、伝統の生活→大量生産の時代ではなく、精神性の高い世界=ロハスの世界=品質の世界
→日本では市場原理経済はダメ

 +世論・マスコミについてX
・寛容性を失った。相手を慮る精神失う。懐が狭くなった
・人々は本心を表していないだけ、ただ黙っているだけ
・横型な生き方→日本人の遠い型→日本の職人の世界→プライドを持っている→芸術家、IC世界の人々→同じ価値観で働いている。
 EX,小豆島→“群れましょう”の指導に対し→元気な若者は離れていった→縦型はダメ

+スピチュアルなものが求められている
・ホテル→癒しの空間として求められている→ロハス的なもの
・スピチュアルなもの→本格的、本物として出てきた
→インデイアン=スピチュアルな人々、文化――先住民の生活→今日の生活を守りながら、スピチュアルな生活をする→日常のライフスタイルに違和感がなくなった。
・伊勢神宮などに長く逗留している外国人→呆けた外国人を見る→日本のパワフルさではないか(見えないものの力)

 +現代のコラボレーション
・過去――今――未来の人々とのコラボレーション
・過去、今、未来を考えた生き方→共存、共生させる日常生活の行動
・次の人々のライフスタイルに影響している→環境、地球の未来

 +政治の役割
・平和の実現→戦いのない社会を作る政治
・勉強している人々は、横型社会での政治のクオリテイーの高さを求めている。
・「天」とは二人の人がいるという言葉。人が寄り合って生きている。
・大変動の時代→その50年間の15年が過ぎたに過ぎない→後35年続く
・路線の変化の先が見えてきた。→藤原さんに日本の思想界を引っ張っていってほしい。

+社会的困難の中で新しい生き方=ロハス=グレイド・コーボラレションの生き方に目覚めた人々が元気になっている。
・「成長の限界」と言われるが、行過ぎれば戻ることは出来る・
・経済的混乱→反省して戻ってくればよい→天の道
・行過ぎたことに反省し(破滅にはならない)戻ってくる人間の力→前向きに行く、これが政治の力
・人生の一駒 →三波春夫の歌(昭和39年、東京オリンピックの頃)→“世の中みんなそんなとこ”

・冷戦構造の崩壊→アメリカの一極支配<歴史家ポールケネデイーは、1890年代の軍事の敵はソ連、経済は日本であったが、今やアメリカの軍事力は世界の60%を占めると言っていたが)→それも今や、つかの間の幻想であった(18~19世紀のマルチパーラーの世界と同一)
・金融の世界も同様で、世界で1つはムリ→覇権は後退している
・国民国家の役割も変わってゆく→新しいファーカス(芽)が出ている→国民国家だけでは国民を守りきれなくなってきている、実感がなくなってきている。



藤原事務所  「ひなた夏祭り」にて
藤原 直哉さんのお話より 7月30日

 
藤原事務所 「ひなた夏祭り」にて 平成18年7月30日
・渋谷から事務所を移転
→渋谷にも事務所をそのままにしてあるが、利用の仕方異なる。
→ここは、JRでも、小田急でも、車なら大井松田ICからでも近い。
→賃貸ビル。 コピー機展示場所であった。 7−11の印刷を一手引き受けていた
→断食道場など、近くには面白い人たちがいるようだ。

・1991年以降これから「拓け行く日本」のイメージを抱くようになった。→江戸時代のような静かな世の中
・1997年、3年後の日本を紙に書いてみた。それが『富貴の心』という本となった。
→観光と農業の日本
→福島県に首都。 京都に天皇。 東京の皇居に芸術家たち
・夏祭りの開催→リーダーシップの時代のイメージ=きれいな国
→信州の山奥〜祖父は天竜川の山の奥(平家の海賊?)〜食いつぶした祖父の前の時代。
→・リーダーシップ、シュミレーション・ゲーム=ひなた村を実施している。


・これから必要なもの
→良いところを残してゆく
→自然の豊かさ、自然の与える感性を残す
EX、小麦→うどん、 豆→豆腐、 キムチ材料→草、 自然そのもの→炭、 紙→木→炭
・自然の活用→人間の活用を待っている
→野菜の生き甲斐は何→最高の状態で人間に食べてもらうことが野菜にとって嬉しいこと
・会社も国家も人間を活かしきることが大切
→炭の力=熱=サポート〜暖かい心・力。熱のクオリテイー=最高のものを作り出す
・相似形
 炭の熱→自然の力→美味しくなる
 熱→与える力から→サポートの仕方
・@目標=光―太陽。 A熱で人々を暖める→@とA
→炭は光を出せない(熱をのみ)→暖めるのみ→光なくとも、熱、発し美味しくなる

・手間をかけることの必要性→キムチ、うどん、豆腐
・人間の力(手間をかける)→自然の力を生かし、美味しくすること→人間の熟練の力
→天が人間に与えた力=技→生き甲斐
・自然・人間のやるべきこと→持っている力を相互作用させる→自然の偉大さと人間の偉大さ

・二宮尊徳翁について
→江戸時代末期、藩政の改革をした人
・「報徳」→徳を積むではなく、“徳に報いる”=善政→全てのモノには徳がある、それに報いる。
→時は幕末、農村は疲弊、休耕田,廃田の荒地
→藩主は農民の力(税)で生きている、農村(民)のおかげを理解せよ→農民の生活を良くすること
→収穫量アップの方策を与え、税を少なくし蓄えを作る→貯蓄=生活安定→財政に還る(報徳)
・光の目標は人それぞれ。 サポートは可能〜友達―切磋琢磨は必要、切ってはダメ
→サポートは徳に報いる。

・好奇心をもって、←地球は狭くなった。→行って→見て→知って→会って
→デジタルとアナログの世界の双方を
→新しい学校を作る→ヒントを出す
 楽しい自然の力→何かのヒントを与える→それがドンナ役に立つかは分からないが、続ける。
→生き甲斐の探求こそ大切。



 COLUMN 1−D  NO565より
                              平成18年7月17日 記

 世界の歴史を学んでゆくと、宗教を学ぶことになる
 〜今、八百万の神の下の日本人は・・・・〜

 
 ここで学んだことの一部、感じたことの一部を披露するなどという、出来もしないことを書こうとしているのではありません。
 「ヨーロッパを学ぶには宗教を学ばなければ成らない」の言葉に始まった「ヨーロッパを知る」と「比較文化研究」という講座。
 その宗教を学ぶにはユダヤ人・ユダヤ教の歴史から始まり、キリスト教との関係。そして時代が下がりイスラム教がどのような背景から生まれ、力を伸ばし、ヨーロッパに様々な影響を及ぼしていったかの一端を知ることによって、刷り込まれていた既成概念の大きな修正を必要としていることを強く感じさせられているということを書き留めて置かねばという事に過ぎません。

 また、今年の5月より「インド学への誘い」という特別講座を受講しておりまして、その内容もさることながら、インドで生まれ育ち20数年、その後30数年日本で暮らしている担当教授の話しぶり、態度、そしてその内容からも異文化体験をしております。
 7月12日で講義の半分が終わり、後半は8月23日から始まるのですが、前半を終わり「疑問、質問、これからの講義への注文があれば、提出してほしい」とのお話でしたので、このような内容の文章を書きました。

 「インド学への誘い」前半戦を終えて

@回を追うごとに面白くなっている。
A参加者の顔ぶれを見ると、ビジネスに拘ることはないと思う。
 前半、ビジネスのことを特別多く取り上げてはいなかったが・・後半のタイトルを見て

質問と希望
@第1回で話された、インド哲学的な話はそれなりに興味が持てた。
→生まれ変わり(過去^現在〜未来論)、存在・価値観(乞食に施す行為)
Aインドの宗教(イスラム、ヒンズー、仏教)の歴史、関係を取り上げてほしい。
Bカースト制がインドの人々の生活の中で、どのように具体的に影響しているのか。 
 30%3億の人々にとって、70%7億の人々にとって、それは異なるのか、同じか。
 30%の人は、現代グローバル社会のビジネスの価値観で生活、行動しているのでしょうか?  インドの人から見た、アメリカ、日本、インド、中国、ヨーロッパの価値観?
C過去700年のインドの歴史から、日本人の心の傷を理解しているといわれたが、
 では、その700年の間にインドの人々は一番どのような傷を負ったのか?
D日本人ならばアバウト精神のインド人を変革可能といわれたが、何を持ってそういえるのか?
 日本人の特徴、特性の何が、インド人の変革を可能にすると考えますか?
Eインド人は日本人にプラトニック・ラブ的な愛を持っているというが、何時頃から、どのようなところから生まれたものなのか?


 どのように、今後講義の中で答えがいただけるか楽しみである。

 もう一つ、イスラムに関する講義を受講している。 野町和嘉郎著、カラー版”メッカ”−聖地の素顔 岩波新書を参考図書に、イスラム教の原点を多くの写真入の本の解説で学んでいる。
 上記のユダヤ教、キリスト教との関連もあり、大変興味深く学んでいる。
 昨年の「愛・地球博」の折、会場の何処かで「イスラーム」世界宗教の教えとその文明という小冊子をいただいて、斜め読みしただけで本棚にしまっておいたが、本日引っ張り出して再読しました。 その中で、「イスラームから見た日本社会」という項があり、このように紹介されています。
 「イスラーム世界と日本の交流が盛んになり、近年では、イスラーム世界から日本を訪れる人たちや留学生も増えています。 彼らに日本について尋ねると、誰もが日本への賛美を口にしますが、特に、「イスラームの価値観と似ているものがたくさんある」という感想を聞きます。 どのようなところが似ているのでしょうか。特に話題になることもの紹介します。
 
(1)両親への敬愛、親孝行       (5)勤労精神
 (2)家族の重視              (6)社会的相互扶助
 (3)清潔                  (7)j自己抑制と他人への思いやり
 (4)真面目さ、誠実さ           (8)宗教心の尊重
 このような面を見ると、ムスリムたちが日本に対して親近感と尊敬心を持っていることがよく分かります。 これまでは互いに遠い世界だったかもしれませんが、相互理解の道は大きく開かれているのではないでしょうか。

 以上ですが、如何ですか。 私は3度内容を読み返しました。 どこか気恥ずかしくなる思いになりましたが、皆さん如何でしょうか。
 と言いますのも、先週15日に毎月集まっているある会で、今の日本は既に崩壊している、が新しい希望の芽も水面下で芽生えているという話をしてきたところだからです。
 インド学の先生が「アバウトなインド人を改革できるのは日本人である」と言われました、日本人のどのような特質、特性がそのような言葉を言ったのか、ますます聞いてみたくなりました。 
 私たちには長い歴史、伝統、文化に育まれ、それがメンメンと受け継がれて、今も厳然として残っている日本人(日本社会)の素晴らしさがあると考えています。。 
 今のうちなら何とか成る(何とかしなければ)と思いつつも、外から見ておられる目のようには、私が強く気づいていないだけなのではないか。
  この混迷深まる世界にあって、これからの時代、社会の中で、価値観・生き方の一つのモデルを示すことが出来る日本(日本人)であるのではないか、あるいは期待されているのではないかと言いつつも、確信を持って言い切り、行動していないのではないかと自戒します。 
 もっと、自信と使命感を持って足元から立ち上げるべきではないかと、教えられているように感じながら学んでいますが、行動が共わなければと、今日も教えられています。
 
 八百万の神は何時、どのように私たちに、新たなる奮起をお示しになるのでしょうか。
 この神はそんなことはなさらずに、自問し、答えを出し、行為しなさいと自然体でお示しになったいるのでしょう。 気づく気づかないは、私自身の問題、「君の横にある、前にいる、後ろに座っている山川草木が語っている」と。

                        




                                                                                       平成18年1月20日 記

 恒例 春日井新春経済講演会  1月19日
「2006 どうなる日本経済」於春日井福祉センター
 フジテレビ「報道 2001」メーン・キャスター黒岩

 「2006 どうなる日本経済」
  〜日本を再生する“マグネット国家論”〜 
        「報道 2001」メーン・キャスター 黒岩 祐治

・「どうなる発想」は好きでない→他人事みたい「観客民主主義」みたいだ。
・民主主義はみんながプレーヤー、グランドにいる。「どうするのだ発想」がすき。
・「ホリエモン」は高い授業料であった。 妥協の業務提携→通信と放送の融合
 →ホリエモンがフジテレビに出たことくらいが変化→また、出られなくなったが・・

・「どうなる日本」前段 〜“中西医統合医療”(中国と西洋医療)について〜
・私の体験談から@腰痛もちであったが「カイロプラテイック」で全快。 
        A激痛に悩まされていた。強い薬飲む→胃痛となる→指圧師、ストレスが原因と診断、その後回復。
B父親肝臓ガンと診断→抗がん剤の副作用で衰弱→中国人に統合医療を進められる→現在、元気回復、ステーキを食べるまでになった。
・その哲学の一つは未了を直すことが大切。 西洋医療は現象が出てから、医者の言葉「もう少し、様子を見てみましょう」
・父親は漢方薬が届くまでの時間、「長いも」を食べよといわれた。 生薬の中の山薬=長芋は乾燥させてスライスすると漢方薬、生を蒸して食べれば「医食同源」
・今後高齢化ますます進み医療費が高騰する、診療報酬の削減と保険代のアップだけでは根本解決にならない、予防重視が大切。中西医統合医療に注目したい。

・「どうなる日本」後段 =“マグネット国家論“〜
・1992年にスタートした「報道 2001」は、登場する方々に“国家ビジョン”を尋ねてきたが、答えはなかなかもらえない。 逆に、キャスターに逆質問してくる政治家もいた。 そこで私も考えた。それが「日本を再生する“マグネット国家論”として刊行した。
・平成3年当時、救急医療のできる救急車を提言していた(医師会からは猛反対)、それが救急救命士として実を結んだ。 
 同じころ看護婦の不足問題が課題であった。看護婦の3K(キツイ、キタナイ、キケン)どころか、8K(結婚できない、化粧のりが悪い、等々)
・そのとき人集めしなくても良い病院があった→マグネット病院(良い看護婦が集まる→良い看護ができる→さらに良い看護婦が集まる)
・「マグネネット」という言葉がキーワードになって、発想が広がり、日本がマグネット国家になるためにはどうすべきかと考えた。
・当時、中国での反日の動きを分析していた。→中国政府が反日教育をしているからだ。との一つの結論もあった。 そのとき中国人の友人に会った。 そして、彼はいった。
@ 反日教育は昔からあった、が、僕たちは戦後ゼロから立ち上がった日本にあこがれていた→留学をした。 今の若い中国人にはその感情が無い。今の日本人の誇り、パワーに尊敬の念を抱いていない。
A バブル崩壊後の日本は元気が無く、ショボクレテいる。(1992年から7年間米国にいたが、韓国人、中国人、日本人を見分けるのは、下を向いてショボクレタ歩き方をしているのが、日本人だといわれた)
B 日本人はアメリカの子分か。
C 日本に留学し、帰国した者は日本のことをよく言わない。日本の会社に就職しても高い職階に就いたものがいない。 自由と民主主義のアメリカン・ドリームに憧れてアメリカ、アメリカである。アメリカはマグネット国家である。
が、9.11同時多発テロ事件後は変わったが・・・
D日本の社会は受け入れてくれない。嫌いになって帰る。(日本の言葉ができ、住んだこともある人たちが)、アメリカに駐在した日本の家族、奥さんと息子は帰りたがらない。

・優秀な頭脳流失も問題→青色ダイオードの中村教授。 入ってくる頭脳が無い。
・現在受けに入っているのは日本のアニメぐらいか。
・観光→日本の受け入れ観光客670〜680万人、フランス7700万人、フランスというとイメージが広がる。エッフェル塔、公園、宮殿、自然、文化、伝統、等々
・日本にもそれらのものは全てある。が、京都の駅に降りたとき古都京都が見えない。
 建設時に古都京都の発想があったのだろうか。 外側(観光客)の視点があったのだろうか。 今から30年前の京都には調和があった。外の目からみる大切さ。

・その京都の変遷を見ていた人がいた。 熊本県、黒川温泉のプロセス
・古い湯治場〜社員旅行で潤う〜人びとの興味が変わる〜客が減る。
・その時、地元の人は言っていた。政府が悪い、もっと景気対策をすべきだと気勢を上げる→気勢があり、文句が出ていた間はまだしも、その元気もなくなった。→世代交代期だった→危機感を持った。
・「再生の共通点」は本物の危機感。その前は「他人の性症候群」
・例えば、日産自動車の例、就任したゴーン社長聞いて回った。各部署が他部署の悪口。
・フジテレビ、1980年代視聴率最低。当時の鹿内社長の就任時の言葉「酒場でフジテレビの悪口をいうヤツは首にする」
・当時、黒川温泉で1軒だけ客が絶えない宿があった。「シンメイ館」コダワリの後藤テツヤさん(この人が京都の変遷を見ていた人)
・後藤さんのコダワリ、「温泉にとって一番は風呂だ」といって、岩を3年掛りでくり貫き、露天風呂を作っていた。 他の旅館はライバルで繁盛の秘訣を聞きに行けなかった。

・ある旅館に婿養子が来た=若旦那(ワカモノ、バカモノ、ヨソモノ)→彼は後藤さんを訪ねた。教えられたことは「客は町から来る」、「町の人の目になれ」町の人は通勤電車に何時間も費やし、疲れ、苛立ち、ストレスの塊だ。黒川には自然しかない。非日常を提供すればよい。(これは東京デイズニー・ランドの発想と同じ、一度ランドの中に入れば、外界をシャット・アウトしてある)
・若旦那は露天風呂を作った。客が来るようになった。全員が後藤さんに学びにいった。
みんな露天風呂を作った。内2軒、露天風呂ができなかった。 近所の旅館がその2軒に露天風呂を提供した。 →全旅館共通の「入浴手形」を発行することになった。
→1986年は入浴手形の発行枚数は6000枚、現在は20万枚となった。
・この間、外から眺めると黒川温泉の各旅館の看板が汚いことに気づいた。 婿養子が委員長になり、看板撤去の活動をし、今は統一看板となっている。

・さて、後藤さんは京都の変遷をどのように見ていたのか。
・その前に、「客は背中で語る」面と向かっては本当のことは言わない。
@ 人は感動した時のリアクションとして“ワアー”と声を上げる。 A写真を撮る場所は一番気に入ったところである。B道を歩く客の話に耳を傾けた。
・最初、京都の日本庭園で“ワアー”という声を聞いた。 それが「竹やぶ」の前で、叫び、写真を撮っている。 本物自然志向に変化したと感じた。帰宅後、剪定された庭木に代えて、雑木に植え替えた。

・大きなホテルは造らなかった。限られた客室数→予約取れない→さらに行きたくなる
・これと対照的なのが「鬼怒川温泉」「「熱海温泉」。ホテルの中に客を囲い込もうと、全ての機能を備え付けた。 客はカランコロンと下駄の音が聞きたいのではないだろうか。
旅に、温泉地に必要な風情を失ってしまったのではないだろうか。

最後に、何を持って磁力=マグネットとするか。黒川温泉はオンリー・ワン
不便を売り物にしているとさえ感じる。 着く前に期待が膨らむ。
新幹線・道路で便利になった長野県、四国の鳴戸・阿波、木更津はストロ―現象
・地域再生は磁力を持つことです。



 COLUMN1ーD NO.418 より                                                                        平成17年12月22日 記

「野球の何が好きか」と問われたら何と答えます?
  〜アフリカの少年はこう答えました〜

 今週で中部大学の講義が終了します。 昨日は「アフリカを知る」の最終講義に、「JICA(国際協力機構)中部の・提携促進チームのリーダー・友成 晋也さんがこられ、お話を聞かせていただきました。
 彼は学生時代(高校〜大学)から野球が大好きでした。 大学の時は補欠にもなれずベンチに入れなかったということです。 卒業後、1996年から8年間、アフリカ・ガーナのJICA事務所に勤務され、ガーナ・ナショナルチームとの出会いがあり、その体験を通じて国際協力観が劇的に変わったお話を聞かせてくれました。
 
 ナショナル・チームと書きましたがこの国には1チームしかありません。 ガーナからはキューバ(世界的に野球の強い国です)に技術研修に行ったメンバーが帰国後、野球チームを作って楽しんでいた。 友成さんにコーチをしてほしいと依頼があった。 土・日曜日が練習日となった。
 <なを、この話は数年前、フジテレビが1998年から3年間バラエテイー番組「アンビリバブル」で取り上げられていたそうですから、視聴された方もいるかと思います>

 さて、色々と興味のあるお話が聴けたのですが、その中での最高のお話が、「野球の何が好きか?」と問われた少年が何と答えたかということです。
 この後を直ぐに読まずに一度考えてみてください。

 
 答え「バッター・ボックスが好き」と答え、其れはバッターボックスに居ると皆が応援してくれる、皆が注目してくれる。といったそうです。
 また、このようにも答えたそうです。
 「Baseball is democratic sport!」 野球は「民主的」なスポーツだ。
 皆がヒーローになるチャンスが公平に来る。というのです。
 彼らの父親は50%が失業している、だから子供達は学校にやれない。故に子も知識不足で就職できないという「貧しさの連鎖」が続いているという事です。

 話は少しそれますが、その子の家を訪ねたら1家族は父母、祖母・祖父、兄弟にとどまらず親戚・知人まで同居していたとの事です。 失業率が50%なのでこうして共生社会の構成になっているとの事でした。 
 また、豊かな家庭は少子で高等教育を受ける事が出来ますが、貧しい家庭は乳児死亡率も高く、多産ということです。

 友成さんは”スポーツの持つ可能性と恵まれない地域の子供達こそスポーツを”と帰国後も様々な活動をされておられます。
 道具がなくても出来る「三角ベース」の普及プロジェクトやアフリカ野球の自立発展のための野球道具の生産をアフリカで産業化するということなどです。

 最後に「アフリカの2ウエイ アプローチ」という事を語られました。
 「開発」其れは「人権問題」と「環境問題」。 開発問題で見逃していけないのは「人間らしさ」という視点であると。そして人間の安全保障=人間が生きてゆくためには
  「人間として生きてゆく権利」と「人間らしく生きてゆく権利」、
 これが、2ウエイ・アプローチと。


 以上のような素晴らしく・良い話を掲載した後に載せるのは気が引けるのですが、聴講生には提出義務はない、『「アフリカを知る」の講義を聴いて、新たに発見したことや感想を書きなさい』と宿題が出ておりましたので、教授にお礼の意味をこめて以下のような一文を提出しました。

 
    アフリカを知る B
1、 氏名 加藤大喜
2、 学籍番号 YG05047
3、 「新たに発見したアフリカ」レポート

A) アフリカはやはり大きな大陸である。
 今春期と秋期、“アフリカを知る”を受講したが地理的にも、時間軸に換算してもほんの一部を撫ぜたに過ぎない。 正に「群盲象を撫でる」の如し。 愛・地球博のステージで単調な太鼓のリズムに乗って体全体で表現された力強いダンスから感じた感覚が思い出される。 其れも時間の経過とともに薄くなり、忘れ去られてしまうのだろうか。

B)サハラ砂漠以北のアフリカは、地中海に面した地をギリシャ(オリエント文明)、ローマ帝国、そしてイスラム勢力が通過し、拠点化した都市・国とは全くサハラ砂漠以南のアフリカは別ものであることを改めて感じた。

C)そのサハラ以南のアフリカはきっと外部の勢力が押し寄せてくるまでは、数知れない民族と言語からなる人々が穏やかな生活をしていた事だろう。 また、海の海路を中心として友好的な交流を通じ、豊かな文化が育まれていたことだろう。
 西欧の膨張が押し寄せてきた時、殺戮と収奪によってその様相は一変する。 其れは売買の対象としての奴隷貿易の時代にとどまらず、先進国の利害・利権丸出しの政策が、アフリカ民族同士の対立と抗争にと尾を引いてゆく。 →余り意識せずに講義で使用された同じ番組を見ていたが、授業で取り上げられたことにより、その意味するところを考えさせられることとなった。

D)日本とアフリカの関係についても新たな発見をしました。
 文明開化に続く「富国強兵」の下に、アフリカが研究され、地元豊橋の中村直吉なる人物の事も初めて知りました。 大恐慌前の大正10年には「からゆきさん」が存在したことも、日本商社の進出の事も今回初めて知ることになったことです。

E)「ジンバブエ遺跡」のことも発見でした。
 「アフリカは人類のゆりかご」という単語は使っていたものの、実態は「暗黒の大陸」「未開の地」「奴隷の国」という言葉で教えられた事以上のことは知りませんでした。 ジンバブエ遺跡のことは驚きでした。
 きっと、まだまだ知らない事、発見されていないアフリカが眠っていることなのではないかと思います。 既成概念でことを判断してしまう事の危険を教えられました。
 
 ありがとうございました。 


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