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NO.30                                                平成16年6月4日

“ハンギングビンカ”を植え込みました。そして、Y君とキャッチボール。

 “ハンギングビンカ”などと書くと大半の方はどんな花だろうと思われることだろう。
 “日々草”のことである。 夏の暑い盛りに毎日次々と花を咲かす1年草である。
 冬を越し春の通学路で送り迎えしてくれた“ビオラ”と“チューリップ”に代わっての登場である。
“ハンギングビンカ”の苗は購入済みで昨日19鉢の植え込みを終えた。
本日7鉢分のプランターの土を干しているので合計26鉢になる予定です。
隣のY君が塀を相手にボール投げ遊びをしていたので、手伝いを要請すると直ぐに応えてくれた。 以前、学校の行き帰りに「お花さんありがとう。きれいに咲いてください」と言うんだよと教えるとその後「オジサン何時も言っているよ」と紹介した彼である。
Y君は小学4年生になって、今年からリトルリーグに参加しているという。
植え込み終了後にキャッチボールをすることにした。
少年野球の指導者にY君はキャッチングが良いと褒められているそうだが、この年齢の子供のレベルは私には分からない。 
早い球を投げてくれというので、徐々にスピードを上げる。 といっても時速7〜80キロていどである。 もちろんグラブをしているのだが時折平手のところでキャッチングしてしまい、「痛い!」というが、同時に「この感触が良い」ともいう。
負け惜しみでなく言っているところから推測して、指導者が「そのくらいの痛みは我慢しなければならない」とか「キャッチングが悪いからそうなるのだ」とでも教えているのだろうか。
軽く汗が出てきた。 調子の出てきたY君一向に止めようとは言わない。それどころか「お父さんより球が速いので面白い」と言い出す。
「今日はここまで」と宣告すると、「明日もしよう。ここで待っているから、明日は最初から公園でやろう」というので、すこし曖昧な返事をする。
多分真面目な彼のことだから塀にボール投げ遊びをしながら待っていることだろう。裏切ることはできないな〜と思った。
 今朝、Y君が登校の時「お花さんきれいになってね」と一言言って駆けていった。
NO.29                                                平成16年6月2日

愛・地球博ボランテイア研修の通知がきました。

 2005年3月25日からスタートする「愛・地球博」は300日を切りました。
 応募していたボランテイア研修の日程が知らされてきました。 嬉しいことに15000人の募集に対し、20000人の応募があり、1当たりのボランテイアの日数は5日となったとの連絡も同時にあります。
 入場券の前売りも順調なようですので、予感していた盛り上がりは現実となってきました。
 時を同じくして「愛・地球博 なごやウエルカムボランテイア登録」が開始されました。
 “あなたが名古屋のイメージをつくります!”のタイトルでの募集です。
 最大の玄関口となる名古屋の「名古屋駅」「栄オアシス」「金山総合駅」「藤が丘駅」で、会場へのアクセス、名古屋市内の観光スポットの案内などの情報提供がおもな役割です。
 募集人員は1000名ですが、たぶんこれも応募多数で抽選により登録者の決定となるのではないでしょうか。
 こちらにも応募申し込みのため、パソコンよりプリント・アウトしました。
私にとっては一年前には考えられなかった操作です。 これでデジカメを購入し、送信が出来るようになれば当面の課題をクリアーということになります。
 30数年前、車の免許を取得して自家用車を持ったとき、家ごとの移動空間と感じたことがありましたが、インターネットはそれ以来の時間・空間の広がりを感じさせてくれています。 
 居乍らにしての知識は得られますが、その分身体を使った実感を持たねばとも思っています。 
NO.28                                                平成16年6月1日

通学路、プランター15個のビオラが整理されていました。

 このまま梅雨入りかと報道されていましたが、すがすがしい朝です。
 丁度1週間ぶりに体調が8割方戻ったようです。朝のストレッチ腹筋を使う両足上げの動作以外は全部クリアーできました。 
 燃えるものゴミを持ち出すと、通学路のビオラとチューチップの寄植えが整理されていました。 抜き取っただけですのでチューリップの球根を掘り出しのと、土の回復手当てはしなければなりません。
 藤棚の蔓は更に伸びて絡みつくところを探しています。
 栗の花が咲きはじめました。 例年通り、植物にしては他にない生臭い匂いです。
 私の背の高さでも手の届くところまで枝が垂れ下がっています。
交通の邪魔にはならないのでこのままにしておこうかなと思っています。
学校の行き帰りに子供たちの目に留まることだろうと思うからです。 昨年もそうでしたが、イガが落ちだすと気がかりですが、今のところは大丈夫です。
 今、ピーン・ポーンと玄関のチャイムがなりました。 郵便配達です。
 届いた郵便物の中に飛騨清見村からの「オークヴィレッジ通信」がありました。 今年も朴の木、楢の木などの飛騨の新緑の写真が届けられました。ところで、我が家の朴の木はどうなっているかと書斎から覗いてみました。 心配ありません照葉樹モッコクの隣で、今年の新枝・新葉が伸びてきています。(狭い庭に植えるような木ではないのです、が高山からの贈り物として残っています。 毎年秋にはすべての枝を切り落とすのですが、翌年には数本の枝が芽吹き「朴葉味噌」の提供をしていただけます)
 明日、明後日には通学路のプランターに何の花を植え込みましょうか
 体調が戻ってくると、静かにはしておれません。
 今日も日中は30度以上の気温になりそうです。 
NO.27                                               平成16年5月29日

完全回復に至らず、夏野菜に元気付けられて・・

 節々の痛み、頭の頭痛ほとんど問題はないが、身体全体に力がはいらない。
 田の耕転・代掻きそして大麦(ビール麦)の刈り取り・脱穀は欠席とした。
 
 昨日の午後、夏野菜を購入して植え込みを終えた。 10日前に畝造りを終えていたので気になっていたがこれでヤレヤレである。
 苗を販売しているか心配したが、4月末〜5月上旬の大セールの時よりも苗は大きく成長しており、この時期で十分であることも分かった。
 ポットでの成長と定植での成長にはどんな違いが出るのかは今後のことである。
 大きな苗(約20〜30cmのトマト・きゅうり・ナス・苦瓜)なので、風除け、虫防止のアンドンは省略した。
 その代わりに初めから支柱を立てることにした。
 今朝、ご機嫌伺いをして見れば、ピンと背筋を伸ばし「何の心配もいりませんよ」と言っているようであった。
 こちらの体調が十分でないので、元気付けられているようにも感じた。
 今夕は「南遊の会」の総会である。 “委任状”も届いており、定足数は私の欠席によっても総会運営そのものには問題ないのだが、この会も実質3年を経過して変化の兆候がハッキリとしてきた。
 時代・時流の変化に加えて、参加メンバーの状況もかわる。
 縦社会の組織運営から横組織(ネットワーク)の運営が主流になってきていることをこの会からも教えられる。

 一見何の変化のないような日々のようであるが、確実に矛盾のマグマ・エネルギーは蓄えられてきている。いや新エネルギーというべきか。
 オオカミ少年のごとく騒がなくとも(存在のアピール)、新時代へ向けての流れは始まり、見えてきている。 
 それは後、何度目の夏野菜の植え込み、収穫のときなのだろうか?
 自然・土と対話しつつ穏やかな心根で迎えたいものである。
NO.26                                               平成16年5月28日

ブラブラ3日間のこと

 本日やっとパソコンの前に座る体力、気力が戻ってきました。
 その間はフトンの中で新聞を読む、ソファーに深く座り込んでテレビ映画を観てすごしました。
 この間、曇り空の時もありましたが窓越しに見る陽光は柔らかく、緩やかな風が庭の草木を揺らしていましたが、その光にも風にもそれ以上の感情は湧き出てきませんでした。
 体調が十分でないと快適さも、感謝の念も受け付けないのでしょうか?
 チョットの動作でも身体全体の節々が崩れるのではないかと思われるほどに痛み、頭はズキズキズッキーンと稲妻が走るような痛みでした。
とは言うものの、熱はなく、普段の半分くらいの食欲はあり、量がこれまた普段の半分とはいえ、朝酌、晩酌は欠かさないのですから、苦笑いしてしまいました。

半年位前にも、今回より軽い感冒にかかりました。 其の時3〜4年ぶりの感冒と記録した記憶があります。
 その半年後の今回です。 体調、体力に少しばかりの過信をしていましたのではないかと反省していますが、今、残っている症状が消えてしまうとケロッと忘れてしまうのでしょう。
 明日とあさっては6月6日実施の百姓学校の田植え祭りに備えて、耕転と代掻きが待っています。
 その前に今日の午後は例年より3週間も遅れている夏野菜の購入と植え付けをしなくてはいけません。
 手足を土に触れさせることにより、元気回復といきたいものです。

 すり足で  トイレに行く  哀れさよ
 ズキズキを 稲妻という   大袈裟に
 これ飲むと 直り早いと   もう一杯
 落ち着いた 畝を眺めて   気がもめる
NO.25                                               平成16年5月28日

感冒を引きました。 水が燃え、100円硬貨が溶けるのを目にしました。

 5月25日のことです。
 朝、いつものようにストレッチ、掃除、拝礼を終えましたが、ストレッチのときに両脇の筋肉に違和感をいだきました。
 22〜23日の百姓学校の作業の疲れが、2日間おいて出てくるとは年齢からくるものかと思いつつ、名古屋に出掛けました。
 講演中に軽い頭痛を覚えましたので、これは疲労でなく感冒であると気づきましたが、我慢できるものでしたので(いや水を分解して熱源にするという大変興味を持てるものでしたので)、そのまま主催者が用意したバスで岐阜羽島に向かいました。

 それは「ゼットガス」と名づけられ、研究段階でなく製品化され納入間じかのプラントでした。  病院に納入されて使用済みの医療器具の焼却をするとのことです。
 8割がたの完成品とのこと、1億5千万円の納入価額と言っておられました。
 間違いなく、手品でもなく銅版がそして100円硬貨が溶けて、気化して消えてしまいました。
 99・99%の金を溶かし再び金に戻すと(昇華精錬という)、今度は不純物が取れて99・999%の金になるとのことです。 
 同じように鉄を昇華精錬すると白く、銀に近い色の鉄になり錆ない鉄になるとのことです。
 私には科学的なこと、技術的なことはわかりませんが、間違いなく“水から生まれるエコ・エネルギー”として地球環境に貢献するものであると思いました。
 世の中人々の気持ちを暗くすることが多発していますが、一方で未来に明るい灯を点す事柄も進んでいるのです。

 その夜、別な会合があり、羽島より新幹線で名古屋へ、新幹線ホームでトウガラシをいっぱい振りかけて“きしめん”を食して、会に出席しました。
 会の代表が体調を壊して辞任を申し出ておられました。
 会終了後、直ぐに帰宅すれば好いものを一杯飲食し深夜の帰宅となり、フトンになだれ込みました。
 結果、その後3日間ブラブラとパジャマで終日を過ごすことになったのです。
NO.24                                               平成16年5月21日

梅酒造り始まる

 台風2号は足早に通り過ぎてゆきました。 
 湿った空気で朝のうちは湿度も高かったのですが、庭に出てみると数日前に増して、さらに小梅が落下しています。 これはもう収穫しなければと脚立をもちだしました。
 といって大げさにいうほどの量ではありません。 数より質だといって思い切った剪定をしているからです。
 約1kgの収穫でした。 氷砂糖の残りはありましたが肝心な焼酎がありません。
 酒屋さんのチラシ配布日でしたので調べてみました。 案の定、果樹酒の特売です。

 自家消費のお酒に、百姓学校の分、それに今年の梅酒造りの予定分を合わせて購入しましたので、大きなショピングカートに2台分です。
 焼酎は1・8Lを6本、ブランデイー2・7Lを1本購入してきましたが、到底間に合わないでしょう。
 昨年は長雨の為か南高梅の出来が悪く、1本も漬け込んでいません。
 一昨年は20・0L造りました。 後7.0Lしか残っていませんので、今年漬け込む予定のものが美味しくなるには最低1年の時間がほしいので、大事に飲まないと品切れになってしまいます。

 といいながら、今年の梅の出来はまだ確認していません。
 義姉の庭のものは昨冬の剪定のとき以来、飛騨金山の梅は11月に施肥した以後はそのままだからです。
 市販の梅を購入して造るより、梅そのものから自前のもので造ってみたいと思っているのです。
 和歌山などの大生産地は違うのでしょうが、私のイメージでは梅は山奥の寒村地帯の生産品というものです。 それにしては豊根村では梅酒は造られていなかったと思います。
 焼酎がなかったのでしょう。 甘い氷砂糖はなかったのは事実です。
 今はどうなんでしょうか。 豊根村ホームページに問い合わせてみましょう。
NO.23                                               平成16年5月20日

思い違いでした。絹さやエンドウの収穫時期

 終日の雨です。 台風2号が南方洋上、沖縄方面から北上してきています。
10年日記を読み直していましたら、No22で書きました昨年の“絹さやエンドウ”の最終の収穫は昨年の5月22日でした。
空いていた畝に夏野菜を植え込んでいましたので、勘違いしていたようです。
記憶などというものは本当にあてにならないものです。本年とほぼ同じでした。

同時に5月22日の日記にはその日、子ツバメ2羽が和室に入り込み、閉じ込められていたと書かれています。
今年も約1ヶ月前のこと、子ツバメならず親ツバメが朝の掃除をしているときに、南北のドアーを開けていましたので舞い込みまいた。
一度ならず2度も日にちを変えて飛び込んできました。
子供のころ、ツバメが巣を造る家は安全な家、幸せな家などと言われておりましたので、悪い気はしませんでしたが、一日中開けっ放しにしておける部屋でもありませんので残念でしたが、お引取り願うことにしました。

そのうちに今度は子ツバメが飛び込んでくるのではないかと思っていますが、このところ降り続く雨の中ツバメたちはどんな生活をしているのでしょうか。
4月の記録破りの晴天を埋め合わせるように、雨マークの天気図が続いている5月です。
雨の日は嫌いではありませんが、散歩にも行けず身体をもてあませ、古い記録の整理をしました。
月日の経過を思い知らされると同時に、雨音が記憶を呼び戻しました・・・・・
NO.22                                               平成16年5月19日

1坪半の畑を耕す

 絹さやエンドウの最後の収穫は2Kgであった。 既にグリーンピース紛いまでに成長していたものもあった。 
例年通りの成長と思っていたが、初物の収穫時期が遅かった分、最終も遅くなり、昨年より2〜3週間遅れで夏野菜用の耕転である。
石灰、炭粉、有機肥料にタヒボ茶の出がらしを撒き、溝を掘り栗の落葉(腐葉土までにはなっていない)をすきこむ。
たった1坪半というのに一昨日までの雨で湿り気一杯、一鍬ごとに汗が流れ落ちる。

大きなミミズを掘り起こすたびに、これなら今年も大丈夫であろうと安堵しているが果たしてどうであろうか。 なにぶん2メートルの畝がやっと4本できるだけで、そこにトマト、キュウリが定番で、昨年は5年ぶりにナスを植えた。
そのナスの出来がよかったので畝を変えて今年も挑戦してみるつもりである。

掘り起こしてしまった幼虫、まだ目覚めるには早かったのであろうモゾモゾと曲げた背を伸ばしている。 「これは失礼しました」と再び土の中に埋めてやる。
何の昆虫となって地上に登場するのか知らないけれど、人間様の地上は果たして住みやすいのであろうか。 
NO.21                                               平成16年5月18日

サツキが咲き出した

 開花の時期を勘違いしており、昨年剪定ミスでもしたのだろうかと心配していたサツキが咲き出した。
 特別なサツキではないが密生した葉の間から次々といろんな色、形の花が楽しめる。
 その間から、ユキノシタの花が顔を出してきているし、ドクダミの蔓もニョキニョキである。 ドクダミには申し訳ないが、あまりにも強いので引き抜いているが、それでも毎年さらに増えたのではないかと思えるほどの数である。 多分タップリと肥やしを施しているからだろう。 ユキノシタもテンプラにするにはいささか大きすぎるほどの葉になっている。
その横では、前に紹介した「沖縄月見草」がさらに陣地を拡大して、細い茎に対しては大きな花をつけてユラユラとゆれている。
  藤棚は幾重にも枝、葉が重なって「夏の太陽さん、何時でもどうぞ」といわんばかりである。 藤棚の下は冬の間、家の中に置いていた観葉植物の住家となる。
 但し、藤の蔓が巻きつく心配がある。 既に1メートル以上も伸びた蔓が何処か手の届くところはないかとばかりにブランブランと獲物探しのようにゆれている。 この蔓、夏の間に2回は剪定するのだが、秋には栗や桜の枝に絡みついている。
 綺麗な花で香りも甘く上品だと感じているのに、しつこいところもあるヤツである。
 スッカリ枝一杯に葉をつけたロウバイに隠れて、シャクヤクが咲いている。 「立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花」と詠う。
 隣のSさん家のシャクヤクは赤と白で先に咲く、それを見ているので感動が今ひとつである。 なんでも先が良い訳ではなかろうが、まだ我が家のシャクヤクさんの良さを見つけかねている。 私の感性の問題である。
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