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NO.50                                               平成16年7月10日

 なぜかけだるい朝です。

 昨日炎天下のなかを名古屋市内に出向いたせいでしょうか、今朝はけだるくスッキリしていません。 
 朝、花曇であったのに突然のにわか雨です。 そのままにしておいた七夕飾りの一部が雨に打たれてダラッと垂れ下がってしまいました。 (子供らの願いをこめた短冊を仕舞い込んでおいてよかったです。)
 3日前に初蝉の鳴き声を聞きましたが、その後はパタリと鳴きません。
 27年間使用した書斎のクーラー、本日再度トライしてみたところ稼動しています。
 リセットボタンの押し方が悪かったのでしょうか。
 本日の折込広告、家電店のものを調べ終わってからでしたので、なんか儲かったような気分になりました。

 曽我さんファミリーの事が本日のトップ記事ですが、心なしか記事の取り上げ方が小さく、遠慮がちに感じたのは私だけでしょうか。 
明日の選挙に影響を及ぼすと判断した新聞社の考え方が入っているのでしょうか。
私も「新聞を読んで 眺めて 切り抜いて」に取り上げようと思ったのですが、特段のキーワードが思い浮かばず(普段もおなじであるのだが・・・)、今のところ何も書いていません。
 時間をかけて、ユックリとご家族の空白の時間を埋め合わせてください。
思いもかけない連続の出来事に見舞われたご家族の心情を計り知ることは出来ません。
 望むべきことも出来ないでしょうが、マスコミ報道が沈静かすることを願っています。

明日の参議院選挙は投票率の低さが心配されています。
 そんな状況にしてしまった政治家、政党が悪いと言ってもそれは私達が選択してきた事の結果であります。 怒る事も、恨むことも、問題転化をすることもできません。
たったの1票ではありますが、これが新たな時代を選択し、造り出してゆく1票なのです。 この行動を起さない限りこの不安感・閉塞感からは脱皮できないのです。
何処にもモデルを見つける事のできない、世界で一番先頭を走っている日本の使命・役割なのではないでしょうか。

ムクゲの花が咲き始め10日過ぎました。
毎年秋には切り詰めてしまうのですが、春には枝を伸ばし、夏のなると雷雨にも、炎天下でも次から次へと咲き登ってゆきます。
 この花を眺めていたら身体がシャキッとしてきました。
NO.49                                               平成16年7月 9日

いや〜暑いですね。
 梅雨明けとの報道もありませんが・・

昨日は我が家の庭、栗の木で"初蝉の声"を聞きました。 朝の事でしたがその後は途絶えています。 あわてものの蝉が登場したのでしょうか。
 連日(これで12〜3日でしょうか)真夏日が続いています。
 3〜4日前からでしょうか、知らぬ間に朝の食卓はビールに代わっています。
 ビール1缶で終わればよいのですが、それから赤ワインも少々となって、再び汗のもとになっています。
 反省をさせようと27年間使用していました書斎のクーラーが故障したようです。
 サア〜・サア〜と軽やかな音は発しているのですが、一向に温度は下がってきません。
 それでも、窓を開け放てば室内よりいくらか涼しい風が通り過ぎてゆきます。
 今夏はこれで我慢してみようかと思っているのですが・・・・

 高蔵寺ニュータウンが開発されたときから放置(?)されていた近くの空き地、愛知県開発公団(?)所有の土地が1ヶ月前から造成が始まりだしました。
 当初は病院の建設との話もありましたが、時代が変わり、経済状況も変化して長らく放置されていたことは間違いありません。
 隣接する公団(当時)の土地も、長い間の住民との話し合いの末に、住居地域より準工業地帯へと用途変更をして、既に10年以上経過しますが、土地購入の企業も経済状況悪化で、その後の設備投資は繰り延べとなり、一向に新規着工させていません。
 他の空き地に個人の住宅の建設はぼつぼつとなされていましたが、久しぶりに大型開発のブルドーザーの力強い音が、30度を越す空間をデンパして聞こえてきます。
 60軒の新たな住宅建設とのことです。

 25〜6年前は新入学児童と転入児童でプレハブ建設対応した小学校は当時の4分の1程度になりガラガラと聞いています。
 朝・夕行き交う児童の列が短くなっている事に寂しさを感じていました。
 60軒の新築ぐらいでは大きな変化も無いでしょうが、出生率がドンドン落ちている状況の中ではどんな変化を感じさせてくれるのでしょうか。

 部屋を通り過ぎていた風がパタリと止んでしまいました。 途端に額から、首から、背中から汗が滴り落ち始めました。
 七夕祭りの短冊を黒竹から外して、「2004年7月7日」とメモして仕舞い込みました。
 何年後に、彼ら・彼女らに見せる事になるのでしょう。
 暑い・暑い夏の訪れが今年は早くやってきたようです。
 後、数度のカミナリを聞くと、一気に本格的な夏となりそうです。
自然現象がどこか、何か大変化の前触れをしているように感じるのですが・・・・ 
NO.48                                               平成16年7月 8日

翌朝には願いの短冊が増えていました

 7月7日約束どおりにY君がピーンポーンと玄関のインターホーンを鳴らしました。
 お友達はいません、みんな塾や練習だそうです。 中学1年生のY君の姉Kちゃんも、行きたいけれど、宿題とドリルの学習があるとのことです。
 二人で七夕飾りをしました。 
 短冊にK君はこんな事をかきました。
・ テストで100点がとれますように。
・ 野球が上手になれますように
・ しょうらい野球選手になれますように
ここまで書いて、自分のことばかり書いていたと言い、
・世界の一人一人が同じ生活が出来ますように  と書きました。
そして、これは小父さんには見せないと言って、"恋愛"の事だと言いました。
・好きな人にこくはくできますように   でした。

翌日のことです。 洗面所の脇、黒竹の生の竹に飾りつけをしてあったのですが、短冊の数が増えているのを発見しました。短冊の形も違うのでだれのものかと確かめました。
 家の前のMさんの子供達のものでした。 紹介しましょう。
・ O地のおじちゃん、おばちゃん、K地のおじいちゃん、おばあちゃんが仲良く、元気に、明るく、悔いの無い1日を送り、しあわせな人生を彼ららしく送れますように
(多分これは専門学校2年生になった、長男のものと思います。
・ 家族の名前を列挙した次に、父方・母方のおじいさん、おばあさんの名前が書いてあります。 そして「みんな仲良しで、明るく、元気に、毎日を送り、幸せな人生を送るぞ!! 送れますように!!
・ 続いて「私の目の病気が治りますように!!幸せな毎日がおくれますように!!
全てのオーデイションに受かり、大好きな演技を大人気女優として、作品を大成功に収められますように!! 
 2004年7月7日から2005年7月7日までとりあえず・・・
・ 中身も外見も美人で可愛く、人からも自分でも憧れられ、尊敬される女性になれますように
(以上は昨年から1年間アメリカに留学して、この7月に帰国した長女でしょう)
・ 美人になれますように
・ テスト勉強もしっかりできますように。
・ もてますように  みんな幸せに生きられますように
(中学1年の次女です)
最後は 今年4歳の3女です
・ いもうとができますように

4人兄弟・姉妹と言うのはこの近くではありません。
夜の間にみんなして相談し、書き、吊るしてくれたのでしょう。
昨夜は雨が降るとの予報もありましたが、今朝はサラサラと竹の葉を鳴らして短冊がゆれていました。
 暑い一日になりそうです。
NO.47                                               平成16年7月 6日

30数度の炎天下でキャッチボールをしました。

知人への郵便物を投函に行く途中でミットとバットを持ったY君とすれ違いました。
 「元気か。 野球の練習は済んだか」と訊ねると、「相手がいなかったので帰ってきた」との返事です。
 「よ〜し分かった、小父さんが帰ってきたらやろう」というと、赤く染まった両のホッペを緩まして笑った。

 前回、今度のときは少年自然の家の下のグランドでしようということになっていたので、言わずもがなで足がむいた。
 途中、6人の同級生と思われる一団が漫画絵のカードの交換会をしていた。
 「あの中に野球をする人はいないのか」と訊ねると、「いる事はいるが、駄目だ」という。
 「どうしてダメだ」「気が合わない」という。
 「そうか、人間には相性の会うのと、いないのがあるからな〜」というと、黙っていた。

 今年、水はけをよくするために整備された多目的グランドは誰も使用していない。
 「わ〜広いな〜、僕達だけで使って良いのかな〜、バックネットもある。」と歓喜の声。
 実際はソフトボールの試合用のピッチャーマウンドであるが、少年野球のY君にはジャストなのかも知れない。
 20分もしない内に汗が噴出してきた。 持参のお茶を飲んだ後更に30分。
 Y君の暴投に走りまわされた私はもう上から下まで汗ビショリである。
 Y君の方は赤い顔してはいるが、汗はそれほどかいている様子もない。
投げる球のスピードは私のほうがかすかに速いという程度である。 あと1年もしない内に彼の方が速い球を投げる事になろう。
 Y君同級生のかけっこででは短距離も持久走も一番であるという。
「でも、小父さんのカーブは凄い」と喜ばしてもくれる。
 彼にとっては今、練習相手として適当なのであろう。

 明日は七夕祭り、帰宅後3年前に彼らが書いた短冊を引っ張り出して見せてやった。
 Y君3年前の小学1年生の時「てんさいになりたい」と書いてあった。
 今年からリトルリーグに入団したY君、なんと書くのであろうか。
NO.46                                               平成16年7月 6日

何か大きなテーマの単語で目覚めました。

 「一事が万事、万事が凡事」のこのコラム、身近な、ほんとに身近な事を書き連ねています。 
 今朝はまだ薄明かりの中で目覚めました。 いつもより半時間か1時間早かったです。
 その為か、サ〜と起き上がる事が出来ずにいました。 いくつかの単語が頭の中をかすめていきます。 こんな事は久しぶりです。
 珍しい事もあるものだと薄ぼんやりと感じながら、通り過ぎる単語を記憶しようと思うのですが、同じ単語が繰り返しながら通り過ぎてゆきました。
 10分ぐらい経過したでしょうか、トイレに立ち、枕もとのメモ用紙に書き記した単語は以下のものでした。
 矢印が3本引かれています、左上方に向かって「認識編」とでも言うのでしょうか、現状の事を書いています。 
 カオス(混沌)、多様化、多価値、異質価値、分裂、衝突(対立)文明、宗教、アメリカの孤立、地球環境(自然・食料・水)。
 過去→現在→未来と書き、過去と現在の矢印の間に、大国、冷戦、軍事とあります。
 現在から未来に向けての矢印の先には新秩序とあります。

 2本目の矢印(右上方)は「価値編」を示すのでしょうか。
 が、その矢印の方向にはなにも書かれていません。

 3本目の矢印は下に向かっています。
 その3本の矢の中央に丸があり、その中に「平和」「融合」「共存・共生」とあります。
 下に向かった矢印のところに、日本の役割とあり、融合へのコネクター、仲介者(主義・力・宗教)と書かれています。

 もうひとつ、この3本目の矢の方向は「方法論」を示しているのでしょう。
 融合は理<情とあり、人(人々)が楽しめる(納得)とか書かれています。
  戦略統合→分化ともあります。

 以上今朝、枕元のメモ用紙に書かれたものです。 久しぶりのことです。
 参議院選挙が迫ったことからのことでしょうか。
時代の要請により、いやが上にも変化し、変化させられてきました。
 曲がり角を半分程度曲がったところでしょうか、ここからは一層国民自らの選択です。
 自らの意思と行動が新時代、秩序を創造してゆくのです。
 まず、変えるのだと言う意思を表現しようではありませんか。
 既成の権力、利権集団をまず追い込む事ではないでしょうか。
 頼るのでなく、自らが創り出してゆくのだとのおもいを持って・・・
NO.45                                               平成16年7月 3日

「デジカメ片手に大ちゃんが行く」
                一向に始まりません。

 このホームページに変更したときに、"只今準備中"と書いてすでに3ヶ月になろうとしています。
 その間何もしていなかった分けではありません、知人数人に何処の機種が使い勝手が良いか、性能はどうかと訊ねてもいます。
 また、大型電気店にも行き、実際に手にして調べても見ました。 おおよそ購入のポイントは理解したつもりです。
 あまりに幼稚な質問を繰り返すので、係りの方があきれていましたが・・
 よしこれにしようかと思ったとき、一息入れるためにトイレにゆきました。

 其の時、「ICレコーダー」を購入したことを思い出したのです。
 車旅のとき、運転中に気がついたこと、印象に残ったこと、周りの風景・景色を録音しておき、後で記録する時の参考にしようと考えたからです。
 それは1年前の九州の車旅のときのことでした。
 結論を言えば、初日に1回録音をしたのみでした。 その後も旅に出るたびに持参はするのですが、解説書をはじめから読み直さなくてはならず、そのままポシャットの中にしまいこんだままの帰宅となっています。
 多分電池が切れているのではないでしょうか。
 ということで、この二の舞はしたくないとその日の購入はなしで帰ってきました。

 レコーダーの方はなくても、忘れてしまうか、その瞬間に感じた感情表現がどこかに行ってしまうだけで済みますが、デジカメの方はそんなわけにはいきません。
 散歩の折に、この花を撮っておけばとおもうこともあります。
 CULUMN1−N NO44の記述の時はカメラがあればと思わずにはいられませんでした。

 今日は土曜日です、ドッサリと折込広告が入ってきました。 電気店の大判の広告はもちろんあります。
 見ることは見るのですが、購入行動に結びつかない日がもう1ヶ月も続いています。
 「嫌なこと、好きになれないこと、納得しないことはやらない」ことをモットーにしていますので、今週も足がすすまないのでしょうか。
 ということで「デジカメ片手に大ちゃんが行く」は今しばらくお待ちください。
NO.44                                               平成16年7月 2日

三重県 飯高町「飯高洞窟美術館」に
                 行ってきました。
 "御18観音めぐり  いやしの里"

 美術館として活用している全長700メートルの洞窟は、近くの「蓮ダム」を造るときできたものである。 館内は年中16度にたもたれて、夏涼しく冬は暖かい環境。
 前々から一度訪ねるように薦められていたが、機会がつくれなかった。
 そのトンネルから湧き出る水が(30トン/日)ミネラル成分、特にカルシュウム分が多く、アトピー、糖尿病、骨祖症、便秘等に効能があり、評判になっているとの話がはいり、行ってみることとした。

 水の話は置いて、美術館のことである。 車旅で各地の美術館に入ったが、その道のセンス、鑑賞眼がなく、入場料との比較で割高と感じるようになり、このところは計画からはずすことが多くなっている。
 が、今回お世辞にも立派とはいえない美術館の入り口に立ったとき、「あ、いいな〜!」と感じた。
 「18体の観音様が訪れる人に幸福をもたらす」と謳っていたがそのためであろうか。
 今年66歳になられるH館長が40年かけて中国、インド、スリランカ、パキスタン、カンボジャ、韓国、タイ、ミャンマー、ラオス、ベトナムから収集されてきたものである。
 展示されているものは1500点程であるが、まだ3〜4000点の収集品が有ると言っておられた。

 時価数百億円とも評価する人もあれば、これは眉唾ものという方もおられるようであるが、私には本物というか、真偽を超えて感じるものがあった。
 湿度が高く、滴り落ちる雫もまざって、通路も展示品もシットリしていて気持ちがよかった。
数百年、中には千数百年の時を超えて縁あって日本の、三重の山奥に旅してこられた観音様、壺、皿。 
土曜日・日曜日には毎週、ボランテイアの方々が20名ほどこられ、清掃や近くの山から取ってきた花木で、何百年前の花瓶に、壺に正に投げ入れの生け花である。

 趣味としては度を越した収集と感じずにはいられない。 
 「損得を超え、好き嫌いを超えて、これはH館長に何かお役目として降り注いだものではありませんか。 それでなくてはこれだけの品が集まるはずがない」と口にしていました。
 この美術館のヨコには「香肌峡(かはだきょう)リゾート ホテル スメール」があり、宿泊も可能である。

 「(仮)香肌峡 山の深層水」として、売出しを計画している水は20リトッルいただいてきました。 水割り、コーヒーに最高とのこと早速ためしてみます。
NO.43                                               平成16年6月28日

どうしたことでしょう。 枯れてしまいました。

 あと30分遅くに雨が降ってくれれば良かったのにと思わずにいられない、6月28日の早朝のことでした。
 昨日までの百姓学校の疲れも残っておりましたし、夜中に軽い脱水症状であったのでしょうか、枕元に置いたタヒボ茶を1リトッル飲み干したあと、直ぐには寝付かれずにウトウトしていましたので、寝不足気味でした。
 網戸でしたので、ザーと強い雨脚に目が覚めてしまったのです。
 その後はなんと日が差してくるではありませんか。 
 今日もまた天気予報は少し外れたようです。 この時期の予報は難しいとの事ですが、こんなに外れることは無かったのではないかと思います。 
 ことしは何か異変でもあるのでしょうか?

 ところで、昨日百姓学校から帰ってきたとき、20数鉢のプランターのハンギングビンカ(日々草)が枯れているではありませんか。 どうしたことでしょう?
 隣のY君は毎日「お花さんありがとう、きれいに咲いてね。」と言って、学校の行き帰りをしていてくれたはずなのに・・・・・
 強い花のはずなのにどうしたことでしょう。
 何回も使っている土なので、日干しも、活性剤も混ぜ手当てをしたのに・・
 今回はフルイにかけて、大粒な混ざり物を取り除いてしまったからでしょうか。
 原因が分かりません。 

 その代わり、一部のプランターからは昨年の落し種からでしょう、朝顔の芽が顔をだしています。 
 昨日までの疲れが残っており、その上少々の睡眠不足で、プランターに再度の植え込みをする気力が湧いてきません。
 落とし種でも良いから、何か芽を出してくれないかなと願っています。
 何時の間には曇り空となりました。 梅雨の中休みでしょう、身体が重く、気分はボーとした気だるい月曜の朝です。
NO.42                                               平成16年6月25日

くちなしの花の香が漂っています。

梅雨時のこと庭に出る機会が少なくなります。
 出ても蚊に襲われるので、サーと引き返してしまいます。 そこで北東の物置の影にある「くちなしの花」を見落としてしまいます。
 が昨日は資源ごみ回収日で、瓶・アルミ缶などを袋詰めにしていると、甘い香りに誘われて、咲き始めのくちなしの花に出会うことが出来ました。
 狭い場所に沈丁花、金木犀と同居しています。 意識して植えた分けではありませんが、"香りの3羽ガラス"が揃っています。
 この梅雨の時期、真っ白な花弁は雨に打たれてグッタリしてしまっています。
 その分でしょうか、香りは逃げてゆかずに辺りに留まっていました。

 この後注意していないと、大きな青虫(アゲハチョウの幼虫?)の卵がかえり、葉をバリバリと食べてしまい、惨めな姿になってしまうのが毎年のことです。
 あの白く、香りのよい花の葉を食べるから、きれいな蝶(?)が誕生するのでしょうか。
 梅雨に濡れたくちなしの葉も深い緑に輝いています。 きっと美味しいのでしょう。
 隣の朴の木の葉が「今なら僕も美味しいよ」と言っているようです。
 子供のころ、柏の木が少なく、朴の木の葉で巻いたモチを作ってもらったことを思い出します。 
 今夜は朴葉味噌でも作って一献やってみようかと思っています。
 今週は雨模様の土・日となりそうです。 静かでよいのですが、百姓学校の定例会です。
 夏草が生い茂っています。 草刈はできるのでしょうか。

 COLUMN 2−N NO28で最後にこんなことを書きました。
 <この原稿を整理・掲載していてくれるかたがたは20代から30代前半の若い奥さん達であることを思い出しました。 この原稿を読まれるとしたらどんな気持ちで読んでおられるのかと気になった>と。

 こんな感想が寄せられてきました。
 <やはりもっと福祉(医療、手当て等)が充実していれば、もう一人子供が欲しいのだけど、と言われているお母さんが多いです。 このままどうなっていくのでしょう、子供達の世代のこの国を考えるととても不安です>と。

 子供達の世代どころか、目の前に迫っている瓦解と創造の時。
 そして歴史を紐解いてみると、行き詰まった時代のあとには必ず新たな秩序が組み立てられ、新たな社会建設が始まっております。 
 今までの権益に守られ、むさぼっていた人が大変なだけですから・・・・
 心配ないのです、新時代建設の担い手としての子供達の時代なのです。
NO.41                                               平成16年6月22日

台風6号が通り過ぎました。

 我が家は風の通り道に建っていますので、少し風が吹くと大変です。
 昨日も午前中から東からの強風です。 軒先のロウバイ、今年伸びた枝が雨戸に打付けられ、今にも千切れ・吹き飛ばされるそうでした。
 それより南東の角にある1・5坪の畑の夏野菜が心配でした。 特にキュウリが1・3メートルほどに成長していましたので、支柱、網と一緒に倒れるのではないかと・・・
 栗の大木は枝が真横にしなっています。 街路樹のナンキンハゼの葉が飛ばされているのが見えました。

 午後4時過ぎには雨も風も収まり、早速辺りを点検しました。
 ロウバイは中間から枝が引き裂かれるように折れ曲がっておりました。
 キュウリの支柱は少し曲がった程度でしたが、大きく広げた葉っぱがあちこち破れ、一部飛ばされています。 トマト、ナスはまだ身長50センチメートルでしたので助かっていました。
 悪いことばかりではありませんでした、栗の花が終わり朝・晩2回の掃除でも道路イッパイに落ちていた花柄が全て吹き飛んでいました。 明日からは掃除をする必要がありません。 でも何処へ飛んでいったのでしょうか。

 夜、豊橋の実家・一人暮らしの姉から、「塀が壊れてしまった」との連絡です。
 さぞ心細かったことだろう、明日朝一番で駆けつけねばと早々と床に就きました。
 6月22日は台風一過の真夏日です。
 塀の跡片付けをするだけで汗は滝のようです。 持参したお茶はアッと言う間に飲み干してしまいました。
 塀を取り除いた後の手立てはどうしようかと道路側から観察してみました。 
 7年前に家屋を取り壊した時に、春日井の自宅から運んだオオゴンヒバを隣家との間に植え込んでおきました。 それが高さ2・5メートル、一番膨らんだところは直径1・3メートルにも成長しており目隠しの役を果たして塀の必要を感じません。
 かえって、敷地の中間にあった塀がはずされてスッキリし、広々として好いくらいです。

 塀の側、井戸の横にあった榊が枯れた後に、自然生えした木(名前は分かりません)も高さ4メートルほどになっており、オオゴンヒバ同様の役割を果たしております。
 茂りすぎた枝を剪定し、井戸水をバケツに汲んで水揚げをしました。
 昼食後、その枝を持ってお墓参りをしてきました。
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