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 COLUMN 1−D 1310
                             平成22年5月10日・記

      自宅温室で育成中の苗たち

    〜アッ! ありました。出て来ました〜  



              

   ↑安曇野から来ました「ポップコーン」(トウモロコシ)です。ほぼ100%芽だし。

              

  ↑名前が出てきません。 商品相場では「小豆」の欄に並んで価額が表示されていたのは何年前なのでしょうか。今はありません。 「小豆」よりも数倍大きな種(豆)です。

 この豆は遠山郷で販売していた豆です。 自宅で料理しようとしましたら虫に食われており掃き出されました。 捨ててしまう所をポットに入れてみました。

                 ↑30パーセントの発芽率です。

              

   ↑スクナカボチャ(このごろはホクホクカボチャなどといわれて店頭にあります)

 昨年収穫したカボチャの中から、元気な種を植え込んだ積りですが発芽率は悪いです。


 黒竹の子の芽がありました。

  
このコラムの5月8日の欄に(NO1307)、歓迎しない所から一夜で伸びてきた黒竹の芽を紹介しました。仕方なくへし折ってしまいました。
 
 その時、黒竹の庭は長年の内に根が詰まってしまったから、他のところに伸びざるを得なかったのだろうかとも思い、黒竹のブロックで囲まれた庭の空き地にツルハシで空気を入れてやり、来年に期待することとしました。

                 

            ↑この置物を移動したところ、なんと、なんと


               

          ↑ニョキリとスズランの花の側から3本の新芽がありました。

      これで、今年の七夕様のお飾りも今年の新竹で出来ることとなりました。

 少し諦めていましたが、例年のこと、平凡なことですが同じように繰り返し出来るということは嬉しいことです。改めて感謝しなければと思っています。



 COLUMN 1−D 1309
                             平成22年5月10日・記

     「タニウツギ」の開花始まる

         〜西高森山に登る〜    


    5月9日、あまりの好天に恵まれたためか、机の前にいても落ち着かない。

     インターネットの活字を追いかけるのですが、同じ所を行き来する。

  道路に出て、壁あてキャッチボールを繰り返し、再度書斎に戻っても同じこと。

 早々と散歩にでることとしました。 久しぶりに西高森山を大きく一周するコースを選びなした。 3年前には、このコースを歩いておられた方が知っているだけで数組いましたが、

   このところ見かけなくなりました。というよりは私自身が歩かなくなりました。
 
  細い散歩道に両側から草木が伸びてきていますので、足や腰周り、時には肩までに触れる状況でした。

            

                ↑西高森台頂上の「タニウツギ」です。

     右下の暗いところが下山の道で、タニウツギのトンネルになっています。

 10年前まではこのトンネル、頭を少し下げて通過するとちょうど良い高さでしたが、周りの木々が成長するに従い、ウツギも負けてはいられないと背の高さを競いました。

    結局、競い合いが激しい所では陽が差し込まなくなり、枯れてしまいました。

       左の陽を浴びているタニウツギのところが今も生き延びています。
 
 それでも背が高くなりすぎ、開いた花は人間の背丈より高くなってしまい、眺めるには下から仰ぎ見るようになってしまいました。

               

     ↑デジタルカメラの望遠をイッパイにしてタニウツギの蕾を撮影しました。

                 

    ↑こちらは飛びついて枝を手元に引き寄せ、ヤット2輪の開花を撮影しました。





 COLUMN 1−D 1308
                             平成22年5月9日・記

        昨日は「波動の会」でした。

 〜国際情勢、これからの国のあり方について〜    


   月に1回の「波動の会」は気兼ねなく意見が言え、しかも攻められることが無い。 
             気分・気持ちの発散の場でもある。

 今回も世界の情勢認識と日本、国のあり方と方向性、これからの政局等、次々と多様な意見がテーブルに上がりました。

 記憶に残っている発言内容の内「アセンション、今の世の終焉と新たな世界の到来で世の中大いに変化し、人々は皆同じ仲間であると気付くことが期待できる時代となる」という発言に対し、
 「スピチュアル系に関心を持つ人たちは、新たな時代の到来願望が強く、それは人頼り精神である。 自分自身がどの様に考え、どの様に行動してゆくかの決意と発言が必要」

 という、発言に注目しました。 見えない世界、スピチュアルのことに関心のある方は、多くの書籍を読み、様々なパーティーや集会、勉強会に出席されておられる。

 かく言う私自身もその一人だった(?)が、あるとき何時も集まり、あるいはインターネットで情報交換している人たちは同じメンバーではないかと気付いた時、これでは偏ったものの見方や考え方になってしまうのではないかと反省したことがあります。

 全体としてみれば、この「波動の会」も同じではないかと振り返ってみると同時に、大勢の意見に流されてはいけないとも思ったものです。

 この会には色々な職業や立場の方が参加しておられるので、それぞれの体験からの意見が出るので面白いと思ったり、大変参考になっています。

             

    ↑5月7日、雨上がり前の散歩時に撮影しました。一本の花木ではありません。
               上の緑は「なんじゃ・もんじゃ」でしょうか

              ↓下の黄色は、密集した小花の集団です。

                


 平成21年12月25日、の日記を読み直す。コラム 1−D NO1192、Or 
 エッセイ B 「政治・経済、社会」欄  『 民主党政権、夏まで持つか、持ったとしても・・・


 
約5ヶ月前に書いたものですが、大筋で半分は言い当てているのではないかと・・・

 政治評論家でもなく、それで飯を食っているわけでもないので好きなことが言える。
 
 昨日の会の中でも語られた、日本国民の多くが目先の景気、失業、社会保障、そして時には、これからの国のあり方・安全保障問題等に関心を持つようになった。

 
そのことは政権交代した最大の成果であると考えますが、ではどれほどの国民が高く、あるいは深く思いをはせ、覚悟しているであろうということについては、大いに議論が分かれる所でした。

 
ギリシャ問題に端を発するEUの問題、覇権国アメリカの衰退、新興発展国中国・インド・ロシア・ブラジルも常に一触即発の課題を内部に抱えています。

 そのような中、日本についてテレビ出演し大声を上げているが、国の新たな行く末を示す政党、政治家でこのグループなら、この方ならの姿は感じないし、見えない。

    益々政治はメルトダウンし、7月参議院選挙を迎えることになろう。
 
 溶解し崩壊に至らないと本格的な新しい国づくりの機運は盛り上がらないことだろう。
 
 が今、これまでは注目されていなかった市井の人達が、真にゼロから創り上げてゆく気概と能力を持って時間切れ間近の中、試行錯誤の行動が展開されようとしている。

 私は5月16日の開催される「日本再生プログラム推進フォーラム」の総決起大会(東京)に参加します。 「枯れ木も山の賑わい」ですが、学び、研鑽し、行動をと考えています。
      
    現役時代から東京に行くことは好きではありませんでした。反発していました。

 仲間の誘いが無かったら、欠席すると所でした。 どんな出会いや気付き、そして行動へと繋がってゆくのでしょうか。

 傍観者ではなく、今ここに生きている一人としての役割を果たしたいと思っています。

                

                5月7日撮影、雨上がりの「野アザミ」



 COLUMN 1−D 1307
                             平成22年5月8日・記

       本日は「凡事3題」です。

 「ナラ枯れ」、「黒竹がニョッキリ」、「子豚公園掃除」


            

     ↑このコラムNo1276 (4月10日)に掲載しました討伐されたコナラです。

  その時?マーク付きで「カシノナガキクイムシ」にやられたかと書きました。

 本日中日新聞の県内版にて”広葉樹集団枯死「ナラ枯れ」 前年の10倍以上”と報道されました。
 
 ナラ枯れは、カシノナガクキムシが木に入り込み、その際に持ち込むカビによって、木が水を吸い上げられなくなり枯れる。 コナラなど主にナラ・カシ類が被害を受けるとありました。

 
   一夜、空けた我が家の庭には

         
     

         ↑5月7日は終日の雨で、庭に出ることもありませんでした。
 
 温室のポットに播種したカボチャやトオモロコシに水遣りをしようとセメントの敷石を通過しますと御覧の通りです。

 数日前、一部敷石が持ち上げられていたのを認識していましたが、踏みつけておいたので大丈夫と思っていましたら・・・・

 竹の種は「観賞用の黒竹」です。 30年前に購入して、家の角地に植え込みました。

 その数年後、徐々に新芽を出す範囲を広げ、最後には垣根の下に潜り込みました。 この時の生垣は「春日井市推薦指定を受けていた生垣」でしたので大変苦労して掘りあげました。
 そして、素人仕事で石ころだらけの庭を50センチメートルも掘り下げてブロックで囲みセメントを流し込みました。

                 
      
           ↑20数年前のブロックで囲った黒竹の庭

 それから、約20年間はその囲いの中で毎年10本近くの新芽を出しておりましたが、数年前よりそのブロックを乗り越えるようになったので、毎年新芽を切り込んでいました。

 終に、今年は本来芽を出して欲しい所には、今のところ一本も見当たらず、本日となりました。

               

     ↑このように黒竹の庭には、観音竹、山吹、ススラン、ツワブキなど幾種のが共存しています。がフキ(蕗)と同様に竹も年々新しい地を求めて根を伸ばし、生き延びてゆく力を持っているのでしょう。

 元々の黒竹の地(庭)には何も成長していない空き地もありますので、そこを耕してやろうと思っています。 そこに改めて新地を求めてくれると良いのですが・・・

             

  ↑春日井指定のアカメの生垣は既に10数年前に病気で絶えてしまいました(この地方は殆ど全て)。
 その後のイチイの生垣ですが、これは生垣などといえる代物ではありません。写真手前は頭部にのみ葉が茂っています。

 観賞用の黒竹も伸びたいように伸ばしていますので、このような高さになっています。

 7月7日の「七夕祭り」には、生竹の天辺からの飾りが吊るされ、風や雨で吹き飛ばされるまで、年によっては数ヶ月も吹き流されています。


   黒竹の処理をしていましたら、元気な声が聞こえてきました


               

             ↑↓本日は子豚公園のお掃除の日でした。

               

 毎年、夏休みになるとこの公園で早朝のラジオ体操が行なわれていましたが、10数年前程から行なわれていません。 

 色々な理由を聞かされましたが、地域住民の繋がりがマスマス少なくなってゆくことに危惧を抱いていました。 どなたかが御提案していただいたのでしょうか。

 このところこの公園の近くには県の職員住宅の取り壊し後に、新しい住宅が建ったり、造り替えたりして子供の声が前よりは聞こえるようになりました。

 今朝も、4月に引っ越してこられた向かいの双子の3歳児が大きく手を振ってくれました。

          幼稚園の送り迎えにも元気な声で応えてくれます。
      様々な植物が共存するように、人間社会も色々な人たちと過ごしたい。


 COLUMN 1−D 1306
                             平成22年5月7日・記

     再び山藤と 

         今朝・我が家のジャスミン香る



               

  ↑数日前から、田圃の土手で名も知らぬ小さな花が密集して風に揺れています。

 間近に迫った田植えの準備で耕転が始まりました。 耕転後に地中から掘り出された、あるいは飛び出した虫(ミミズか?)を狙って、カラスがジーと待ち構えております。

 写真を撮ってやろうかと近づきますと、ピョンピョンと跳ね、更に近づくとスーと場所を移動してしまいます。
 
     数度、挑戦しましたがなんだか馬鹿にされているようでその場を去りました。

               

             

            ↑昨日とは異なるルートで再度山藤と出会いました。

          

       ↑対岸の中央のところに山藤がありますが、確認できますか?


    そして、今朝は雨降りです。 

                  


                 

       ↑我が家の2階の窓まで伸びたジャスミンが今年も香りました。

 昨秋、外壁の塗装をしましたが、その時これをチャンスにと伸びほうだいになっていました蔓をかなり思い切って剪定しました。 数年前には、枯れ枝・蔓の中でスズメが誕生していたほどです。

 剪定の効果があったのか、全体的に花付きがよく空気の重い今朝、香りはたいしたことはありませんが、庭を明るくしてくれています。



 COLUMN 1−D 1305
                             平成22年5月6日・記

     午後からは雨との予報であったが


        

                 ↑定点観測地点「築水池」

             

    ↑我が家の藤は花時は終わりました。が、散歩道の山藤は今盛りです。


                  

             



 COLUMN 1−D 1304
                             平成22年5月6日・記

     昨日は 瑞浪・深沢で農作業

    〜夏草が勢いよく、成長を始めました〜



             

    ↑今年はジャガイモの芽出しが遅く・しかも元気がない、 それに比べて夏草は、何事もなげに勢いよく、成長しています。

 遠山郷・下栗のジャガイモも芽を出しました。 こちらの方が心なしか元気が良いように感じさせられます。 厳しい環境で成長していたからでしょうか。

            

   ↑ジャガイモの草取りだけで2時間を要しましたが、御覧のようにスッキリです。

              

   ↑6月末収穫予定のタマネギ、昨年10月末と、11月中旬に植え込みました。
      10月末の物が茎を枯らし始めましたので、一部収穫をしました。

 今朝、神棚からのお下がりで味噌汁の実としていただきました。茎もいただけました。          今夜はスライスしてオカカをかけて御つまみの予定です。

              

     ↑支柱をするには早い時期ですが、前回と変化させる為に実施しました。

 心配していたスイカはやはり枯れていました、追加で持参した苗を再度植え込む。

          そのほかの夏野菜はアンドンの効果か全員OK。 
     トウモロコシを追加植え込みました。 イノシシ対策をしなくては・・・

 日中に気温が29度と真夏前の気温となりましたが、風は気持ちよく実働5時間の作業。
 
 



 COLUMN 1−D 1303
                             平成22年5月4日・記

 遠山藤原学校  中央構造線を下る 5月3日

  第4日目 前日実施の観光農園の様子


   作業自体は5月2日の午前中と講演終了後の2時間ほどで全て終わりました。

            

            ↑3月27~28日に植え込みましたジャガイモです。

 完全に100%芽を出しておりました。土作りが良かったのか、素人たちでしたが丹念に植え込んだのが良かったのか分かりませんが、今のところ100%です。

            ↓以下は4月4日種まきしたものです。

              

                        ↑水菜

              

                      ↑ほうれん草

              

                       ↑人参

              

                      ↑大根
 以上です。藁を被せておきましたので、数度の霜にも耐えたようですが、畝の上ではなく、掘り下げた畝に蒔いた為でしょうか、ひ弱です。

              

   ↑刈り込んだ茶は芽を吹き始めています。 これも霜を今のところ逃れました。

              

   ↑ほったらかしだったネギ、移植され元気に背伸びしてきましたが、いま少し時間がかかりそうです。
          

  ↑さて、埋め込まれてしまいましたので、その姿は見えませんが、まずは「ミョーガ」、「ウド」が最上段に入りました。

 手前には3Kgのサトイモが3種類、落花生、豆類が数種類、(ささげ、絹さやえんどう等)、油菜も蒔かれました。

     安曇野から届いた「サラダ菜」の苗もネギの上段に植え込みました。

 写真の中ほど(特に赤く見えるところ)には、今月末には安曇野で播種された夏野菜が植え込まれる予定です。 そこで、約100坪の畑は殆ど使われることとなりますが、なにぶん、1月に1回と時々の見回り程度ですので、どの様に成長してくれるのでしょうか。

 私の岐阜県・瑞浪の百姓学校の経験では月2回の農作業ならば何とか野菜たちも応えてくれるのですが・・・

 以上、4月30日から5月3日、3泊4日で諏訪大社から遠山郷への中央構造線ツアーの報告です。

 
   高蔵寺ニュータウンのこと
 
  今年立ち上げ計画であった高蔵寺ニュータウンの「農業からわが町の再生を目指す」の”楽農活き活きプロジェクト”が動き出しますと、「まちツボニュース」が伝えております。

 時間を見つけてお手伝い・参加させていただきますと言ったものの、現状からしますとご迷惑になりそうでどうしようかなと思案しています。




 COLUMN 1−D 1302
                             平成22年5月4日・記

 遠山藤原学校  中央構造線を下る 5月2日

  第3日目 「このた民宿」〜和田地区〜木沢へ


     中央構造線ツアーの第3日目です。 (遠山藤原学校は2日目です)

      

    ↑遠山郷・このた地区の朝です。「民宿・このた」まではまだ陽が来ていません。

                                                             


             

                 ↑「民宿このた」の正面から

             

       ↑山の崩れた色は茶色ですが、青崩峠の岩石と同じということです。


      

     ↑隣の茶畑です。 深い谷と急峻な斜面を感じていただけることでしょう。

           

        ↑このように木の板で土留めをしないと土は流れてしまいます。

               

          

    ↑立派な先祖代々の碑が建てられていました。 丸に二本の箸の家紋。
                遠山家に通じる家柄のことでしょう。

    

 ↑どのお宅にも薪が高く積まれています。化石燃料はあるのですが、イザの時には・・

             

        ↑この家の方は引越しをされたようです。芝桜は今年も春です。

                

                 ↑これが本当の石垣イチゴでしょう。


  「このた地区」を降りて、遠山郷の中心地和田地区です。

 
       

    ↑和田地区は何度もご紹介していますので、今回は遠山川を泳ぐ鯉です。
 
 地元の「若い衆の会」が県の許可を取り、実現しました。 色々な地域で実行されていることですが、「若い衆の会」と言っても、限られたメンバーで大変な作業であったと聞いています。

                

  ↑今回も川原に降りて、「埋没林」に顔(鼻)をつけ、1300年前の山津波の時、
 
  樹齢700年という桧の大木が埋没しました。ところが長い年月で埋まった土砂が流されその姿を現しました。 驚いたことにはその大木から新鮮な香りをいただけるのです。。

             

    ↑藤原先生の『激動の時代と日本の未来』と題した講演を拝聴しました。

                

        ↑藤原学校・旧木沢小学校の住民「たかねちゃん」も参加しました。

 
 5月2日の午前中には「遠山郷枯山水体験研修」もありました。 が、私はその間、「遠山藤原学校・観光農園」にて、農作業をしました。

             その成果は、次の日記で紹介します。
 
 遠山藤原学校は1泊2日ですので、5月2日、午後4時終了、皆さんお車や飯田線を利用してそれぞれにご帰宅されました。





 COLUMN 1−D 1301
                             平成22年5月3日・記

 遠山藤原学校  中央構造線を下る 5月1日

  第2日目  諏訪湖から遠山「このた民宿」まで


        

     ↑諏訪湖の朝、 ヨットハーバーです、向こう側は岡谷市

         

 ↑冬なら湖面氷結してワカサギ釣りですが、この魚網はなんでしょう。

             

     ↑諏訪神社上社の入り口「こだわり横丁」に集合です。
 北は秋田県、南は兵庫県からの総勢22名です。 車8台に分乗。
         
           

        ↑横丁前では「御柱祭」の練習をしておりました。

         

↑国道20号線を右折して、国道152号線に入り急な坂道杖突峠の展望台
   から、諏訪湖と諏訪の町を見下ろします。(左隅に諏訪湖)

           

  ↑縄文人が住んでいたという山並みです。雪山は南アルプス

           

   ↑「溝口露頭」 中央構造線は関東から九州へと日本列島を東西に縦断している大断層です。 日本列島が大陸の一部だったころから現在に至るまで1億年以上の活動をしています。 

  時代が変化する時、この断層に沿って何かが起こると言われています。

              

  ↑不思議なことにこの山奥で塩が採取できます。鹿塩温泉です。

         

         ↑花桃が咲く河原に降りて、昼食をとりました。

           

    ↑中央構造線博物館で学芸員の方から説明を受けました。

    

  ↑「安康露頭」です。明日の「枯山水」盆栽の石の収集もしました。

         

   ↑計画にはなかったのですが、あまりにも御天気が良いので「しらびそ高原」約2000メートルに向かいました。 何度か来ておりますが、こんなに素晴らしい眺めは初めてでした。

      

      

 
 道の駅遠山郷・和田・ゆー楽」で急ぎ入浴し、今夜の宿「このた」へ。

 限界集落での成功例と紹介されたこの民宿は、山菜を初めとしてのロハスはな御食事と地元の方を交えての宴会はいつものように盛り上がりました。
 この後、この民宿では泊まりきれず、半数以上の方がいつもお世話になる「島畑」へ。もちろん、「舞夢」のコースもありましたが、前日からの車で疲れていまい、早々と床につきました。
  
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