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 COLUMN 1−D 1720

                            平成23年9月12日・記

   まだ、壁当てキャッチボールは早い・暑い



     本日が中秋の名月と言うが残暑はまだまだ厳しい
 昨日の散歩の時、東の空の月を撮影したが、二重ブレで不採用。

            

           大嫌いな蚊に追い立てられながら
   ↑夏草が庭一面に蔓延っている中、お月見用のススキを飾る。

          

 ↑夏場を除き、壁当てキャッチボールのコンクリート壁にツタが伸びた。

 このツタに向け投げたボールで順番に刈り込むというか、縮めて行く。

 オールド・野球少年には、この残暑では直ぐに汗で健康水の補給となりそうなので、金木犀の香りか、曼珠沙華が咲くまでは日延べしよう。

 

 COLUMN 1−D 

                            平成23年9月11日・記

      本日はコラム2−N NO324に掲載
      (新聞を読んで・眺めて・切りぬいて)

  天谷 直人さんのメールマガジンの内容

       〜私の返信内容も掲載しました〜



 私のメール発信後、天谷さんから以下のようなメールが届きましたので紹介します。

 『メールをありがとうございました。私も一度はどん底に落ちないと日本国民は目覚めないと思いますが、それはやはり忍びがたことで、できればその前に誰かがモデルを示す事ができればいいと思っているわけです。

 夢想かもしれませんが、あきらめることはいつでも出来ると思ってもう少し頑張ってみようという事です』    天木




 COLUMN 1−D 1719

                            平成23年9月10日・記

      瑞浪・百姓学校 白菜順調



        瑞浪・日吉地区で稲刈りが始まった。

        

 車から目測で判断して、全体の3%が天日干しのはざ架けをしている。

 本日は名古屋地方最高気温が33度を超えた様だ。 、日本で最高気温を観測した多治見の隣の瑞浪市も残暑は厳しい。

 来週は遠山郷のマラニックでボランティアの約束をしているので、瑞浪の畑の様子をチェックしなければと出掛ける。

          

 ↑、トンネル掛けの白菜が順調と報告しましたが、第1弾、第2弾とも順調です。 何処に欠けたところがあった場合はと補植用を持参したがその必要はない。

      あまりに順調なのでかえって心配になってきた。
 校長の奥様もチェックしているようで、「あれは白菜か」と訊ねてくる。

 持参した苗を小松菜やホウレン草の芽が出てこなかった所に植え込む。

     トンネルを開けておいたら、虫やバッタが入り込んでくる。
    この地・日吉も朝晩は気温が下がるが、日中は変わらない。

   気を抜いてはいけないと早々にトンネルを閉めるこことした。

   ナスが実りすぎて、重みで枝が根元から裂けて倒れていた。
    実のると頭を垂れる稲穂を眺めながら帰路に付いた。

         


 COLUMN 1−D 1718

                            平成23年9月9日・記

     インターネット・メールが受信できない



    使いこなせもしないのに、2台のパソコンを利用している。

 メインにしているパソコン・メールにエラー表示。 専門家に診てもらっているが回復していない。

 サブのパソコンでは受信しているので、多分問題はないと思いますが、受信した内容を保存するのはメインのパソコンでしているので困っている。

 
 新しいメインのパソコンに旧14型のホームページ・ビルダー・ソフトを乗せたら文字化けして使い物にならない。

 新しいソフトを購入するれば利用可能なのだろうが、サブの古いパソコンでホームページを作成できるので、いまのところそれを使っている。

 と言うことは、2台を使い分けているということになるが、実態はそんなところではない。

 トラブルや故障紛いの状況が一つ・二つと重なってくると、いつ何時全てが止まるのではないかといささか気がもめるが、私達を包む環境はそれどころではないなどと、有らぬ方向へ想いが飛んでゆく。


 こんな時代であるから、知人・友人からくる情報こそ安心材料である。
 
 週明けに再び専門家に診断してもらうことになっているが、気がもめることである。


 COLUMN 1−D 1717

                            平成23年9月8日・記

       9月8日、二十四節気「白露」



 本日、24節気「白露」、まだ残暑が残るとはいえ、この時期から11月上旬・「立冬」のごろまでが、一年で一番好きな季節です。

           

            ↑葛の花(ピントがあっていません)

 クズ餅が食べれるからという「味覚の秋」、「食欲の秋」と言うのでもなく、
 
 静かにもの想い出来る「読書の秋」、「文化の秋」と言うのでもなく、
 健やかに・のびやかに「運動の秋」、「健康の秋」と言うのでもない。

           

             ↑稲穂と電信柱の影と私の影

 春嵐の強い風もなく、穏やかに・沈む夕日が日増しに早くなる散歩道。

 その散歩道にある「元気牧場」の横、休耕畑が今年の春、草刈があり、その後耕転されたのを目にしたが、ブルーベリーが数本植えられただけで、再び草に覆われていた。

 ソバでも播けば良いものをと思っていたら、草刈がされて、なんとソバの芽が顔を出していました。

           

           ↑人様のソバ畑であるが、嬉しかった。


 急がなくても、慌てなくても、騒がなくても、喚かなても時刻まれ秋となる。
   どのような冬の時を迎えるのかは知らないが、再び春は来る。

             気持ちの良い「白露」の日に・・


 COLUMN 1−D 1716

                            平成23年9月7日・記

 9月6日、犬山・羽黒で白菜とジャガイモ植えつけ

 〜羽黒2号地の隣地ですので、好都合ですが〜



 2度変更することになった農作業、足の遅い12号台風で3度目に実施。

   まだまだ残暑有りでしょうが、肌に感じる風は変わりました。

         

  ↑手前は枝豆です。 その向こう側約20坪が新たにお借りした畑。

     先ずは草刈から始まりました。 そこからが大変でした。
 
 多分、隣の畑に迷惑を掛けてはいけないと地主さん、草対策でビッシリとシート、ジュータン、コンクリート片、鉄筋、等が敷き詰められています。

 そのシート、ジュータンを突き破り、抜け出した蔓物の草等が生え出していました。   これを捲りとるのは大変でした。 (筋肉疲労感あり)

 庭師のKさん、雨続きで仕事が滞っていることでしょうが、草刈、シート捲り、そして耕運機での耕転と手際良く進めていただきました。

 (なお、この耕運機は確か1万円で手に入れたものです。 久しぶりの始動にもかかわらず、一発でかかりました。 有難かった)

 土の色から判断しますと肥えた土地と思いますが、ミミズは少ない。
     耕転したのみで生石灰も撒かずに、畝作りをしました。

           

 ↑秋ジャガイモは丸のまま植え込むのが常ですが、大きな男爵芋でしたので、半分にしました。 ↓

          


          

 ↑苗が枯れ始め、植え込みのタイミングが少し遅れてしまった白菜です。
     工場の窓が明けはなたれると、陽が差し込んできました。

          

 ↑寒冷紗を掛けていると隣の工場の従業員の方が声を掛けてきました。
        『ほう、借りたのですか。 御苦労さま』と

 羽黒2号地の15年休耕田を転用のした畑よりは条件が良いと判断しましたが、どのような結果になるのでしょう。

 2号地のカボチャは殆ど収獲なし、トウモロコシは40点の出来栄え、枝豆は自己判断では100点に近かった。

 長野・遠山郷・藤原学校農園、瑞浪・百姓学校、そして犬山・羽黒と条件の異なる地での農作業、そこがまたおもしろくもあります。

 
 世界の情勢が急展開しています。 2年前ごろから自民党から民主党に政権が交代しても日本は一度大きな危機に至らないと新しい時代への転換はないと感じてから、一層畑仕事が面白くなりました。

 収獲があろうが無かろうが、自然・土との対話には嘘がありません。
            修行道にはもってこいです。
 

 COLUMN 1−D 

                            平成23年9月6日・記

  本日はコラム 2−N NO323 に

      下記の内容を掲載しました。  



     「日本人が、これからの世の中の雛型を創る」
     
         自然信仰家 比嘉 良丸さん 
            インタビュー・編集  児玉裕子 さん
   
           にんげんクラブ 9月号より



 COLUMN 1−D 1715

                            平成23年9月5日・記

       台風12号の余波が続く

  〜遠山川も増水し、「警戒準備情報」発令〜



  昨日、犬山の畑に行ったのですが、雨で直ぐに引き返してきました。

 その後、現地のKさんから連絡が入り、本日農作業をしましょうということになっていましたが、5日未明に雨脚を床で聞いていました。

 目覚まし時計に起こされて、外に出てみたものの雨は止んでいましたが雨雲が一面です。 早いかなと心配しつつKさんに中止を連絡。

 今回の台風は本当にユックリした足取りでした。 8月31日、瑞浪で農作業をした時も最後は降り出しましたし、その後も雨のない日は有りませんでした。
 と言うものの、当地は雨雲の隙間にあったようで、テレビ等の報道による状況とは大きく異なっていますが、各地で大きな被害が出ているようです。

          

          ↑モクモクと重なり盛り上がって咲くケイト


 インターネットのメールを開くと遠山郷のFさん情報で、同じく遠山郷に住むSさんのPODCASTで遠山側の増水の状況を流していると言うので覗いてみる。

 8月27日御射山祭りで花火が打ち上げられた遠山川の河川敷はもちろんのこと、遠山川に架かる橋桁に激しく濁流がぶち当たっています。

 Sさんが遠山郷に移住されて確か約3年と記憶していますが、「避難準備情報」が発令されたのは初めてと記されていました。

 また、先回遠山郷に行った折、時間があったので木沢地区から旧秋葉街道の峠を越して和田地区に向かいました。

 昨年の夏の大雨の時大崩れし、小道木地区に大きな被害をもたらし、現在復旧作業中の現場を通過しました。

   そこは、中央構造線であることを鮮明に示す断層がありました。
 (その後、藤原さんが調べると、間違いなく断層上の位置と合致しました)

 この台風、雨で再び崩れてしまうのではないかと心配する程、手で押さえた程度でボロボロと崩れてしまう状態のところもありました。

 晴れているというのに、地下水道の冷たい水が山道に溢れていました。

 工事現場ですし、また人家のある裏山ですので出来るわけがないでしょうが、中央構造線が露出した見学するには格好の現場でした。


         

   ↑小学校の西側のケヤキ道と花壇(近くの方のボランティア)

 世の中大きく変化する時、この中央構造線上に人や物そして情報が行き来した歴史があると聞かされています。

 「遠山郷から日本を変える!!」と藤原直哉さんは言われましたが、其の言葉を思い出すと同時に、それが今将に、起こりつつあるのではないかと思ったりしました。

    今から、「日本社会の歴史」 細野 善彦・著を読みます。



 COLUMN 1−D 1714

                            平成23年9月4日・記

       9月3日「波動の会」にて

 〜一つの時代の終焉と次に向かう方向は?〜



 12号台風の影響で中止にしましょうとメールをするも、既に遅く慌てて名古屋へ。

 17〜8年続いている「名古屋の波動の会」は、強者の論理が優先される、市場原理、競争至上主義の物質・お金偏重社会への疑問と、それにかわる時代が到来することを互いに確認し、絆を結ぶ会であった。

 そして、その時代の崩壊は目の前にやってきたと実感し始めている。

 そこまでは同じ認識をするのだが、ここにきて、ではその後、どのような社会の創造を目指して、どのように対処するのかの考え方と行動計画は10人10色であります。

 これまでの社会の崩壊が有れば、その後はパラダイスとまではいかないまでも、良き時代に一気に変化してゆくと考えている者。 悪が滅び善が栄え、高い道徳を持ったリーダーによって導かれる。と。

 そんな甘いものではない、世界人口65億の半数が命を落とすことぐらいを経て、やっと時代が落ち着き、次が始まる。と。

 また一度崩壊はするが、日本及び日本人の生き方・考え方・価値観・手先の器用さに裏打ちされた文化・技術は世界の最先端を進んでいる。

 それ故に、そこでは各人がもつ得意な分野が活かされ、世界から求められる技術、商品、そして人々の生き方が参考とされ、いち早く世界に先駆けて復活・復興してゆくと言う者。
 
 あるいは、どのような状況が具体的に展開されるか判らない。其の時、その土地・地域の場に応じてそれなりに対応することになるだろう。

 それは明治維新以来続いた、日本を一つの単位とするモノではなく、小さな単位で持っての人々の繋がりで展開されると考える者。

 様々な意見が出てくるが、参加者の全ては実質戦後育ち、程度の差はあれ右肩成長経済を経験し、その后20年間の「失われたの時代」と表現される時代しか体験していない。

 私自身、古典文学の一つ”太平記”の鎌倉幕府の滅亡、建武の新政とその崩壊後の南北朝分裂時代の事もあやふやな認識。

 応仁の乱后の戦国大名の出現に付いてもいい加減な時代認識です。

 江戸時代から明治維新への変遷も第二次世界大戦に至る経緯も定かでない。

 歴史に学ぼうとここ数年、あの時代、あの社会とお話しを聞いたり、書も読んだりしたが、これからの時代を生き抜く指針やモデルが見つかったわけでもなく、確信を持ったわけでもない。

 毎度のことながら、腰を抜かし、立ち往生することなく、気力を持って、手足を動かし続ける試行錯誤の心構えと行動の継続と言い聞かす変化なしです。

 が、この断層の向こう側は決して、冷たく・暗い社会や時代ではないと感じ・思っているところです。 故に、生有り、修行の時に感謝する。

   雨は止んでいますが台風の余波で、庭木が揺れています。



 COLUMN 1−D 1713

                            平成23年9月2日・記

        台風12号が北上中



    台風12号が四国・中国地方を目指して北上している。

 当地も午前中より風が吹きだし、一時雨も降りだしたが、午後5時現在・雨は止んでいます。

 このようにハッキリしない天候の時も有りがたい。 読書どころか送られてくるFAX情報や月刊雑誌までが書斎に積み上がっている。

 習慣になっているインターネット情報も開かないと何となく落ち着かない。

   情報など無ならば無で過ごせるのだが、やはり活字が恋しくなる。

       

      

      北設楽郡豊根村・黒川小学校の同窓会の連絡がきた。
     2年に一度となっているが、今回は既に3年目になっている。

 その連絡ハガキが到着すると、知多半島で住んでおられるAさんから電話が入る。

 何時も明るく、元気な声でかかってくるので、女房曰く「キャンキャン姉様からよ」と取り次ぐ。

 昭和28年度卒業してから58年、卒業生は確か30数名、その間に移住していった方もおれれるが、其の方たちにも声を掛けている。
            物故者も確か4名居られる。

 キャンキャン姉様はそれぞれに電話を入れて参加を呼び掛けているようだ。 彼女の明るい声で参加者が増えることだろう。


       8月31日に瑞浪・百姓学校での作業をしてきた。

   9月4日は犬山・羽黒で「名古屋たまり場のメンバー」との作業日となっている。
      Kさんの活躍で、ほとんど無料の田畑が借りられてゆく。

  一つ一つは大した面積ではないが、積み重なると結構な面積となる。
 今のところ、今回の予定地含めて500坪強だから、まだ何とかなりそうだ。
 
 新しい内閣が誕生し、マス・メディアはそれぞれの思惑で報道はするものの基本的に世界の流れは一度崩壊し、あるいは溶解し、創りなおされなければ新たな時代へと進展しないと思わざるを得ない。

  円高は日本への期待なのだろうか、それとも次に控える陰謀なのか?

         仲間と一緒に行動できる事に感謝したい。


 COLUMN 1−D 1712

                            平成23年9月1日・記

       瑞浪・百姓学校 、8月31日

   〜秋ジャガイモの植え付け、白菜順調〜    



          まず、何よりも白菜が順調です。

        

         ↑自宅で白菜の苗を初めて育成しました。

 8月21日、小雨の中植え込みました。そのタイミングが良かったのでしょうか。 95%の苗が寒冷紗の上からでも大きく成長していることがハッキリ判ります。

 多分、半分はダメだろうと補植用を持参しましたが、その必要がなく、新たに1畝半に植え込む。 半畝分は寒冷紗なしにしてみました。

 白菜、キャベツなどの葉物は自宅で苗を育成し、定植することが必要であると改めて教えられました。(今までは直蒔きしていました)

 が、何時も大きくなり、白菜が巻き始めたところから今度は虫対策です。

 寒冷紗をしたままで、気温が下がるのを待つのが良いのかと思っていますが、子供を育てる親の気持ちとはこのようなモノでしょうか。

    (自分の子育ては、ほとんど任せきりであったが・・・)

        

             ↑嬉しくて、もう一枚追加掲載。

 

          秋ジャガイモの植え込みをしました。 

 8月7日畝整備の時、春ジャガイモの掘り残しが出てきました、それをそのまま畝に植え込んでおきました。 掘ってみると芽が出そうです。

     新たに5畝、約3キロの種芋を植え込みました。

 8月4日には犬山・羽黒でジャガイモの植え込みとこれまた白菜の定植を予定しています。 

 土の質が全く異なりますので、どのような結果が出るのかこれ楽しみです。 色々な条件下でどのような成長をするか、時に死滅するのか全て受け入れです。




 COLUMN 1−D 1711

                            平成23年8月31日・記

           経営者は違う 

   〜今回も突然、富山から奥様と一緒に〜   


   彼は57歳と言っていたから、既に約30年くらい前のことだろう。
         会社で机を並べて仕事をしていた。

 当時から入社して2~3年なのに、先輩社員に対しても物おじせず渡り合っていたことを思い出す。

 1~2年、机を並べて仕事をしていたが、私の方が早くその場を離れたかどうかは記憶にない。多分そうであったろう。

 暫くして、実家の後を継ぐということで、可愛く・しっかり者のお嫁さんを伴って北陸に帰られたと聞いた。

 年賀状のやり取りをしていたが、年数回の交信が始まったのは彼が呉服商の家業を更に発展させて結婚式のコーディネターに進出し「しあわせ娯楽部」、「しあわせ創庫」を立ち上げ、そのパンフレットが送られてきてからです。

 今回も突然
 
 
確か3年ほど前にも前触れもなく奥様同伴でチャイムを鳴らした。
 今回も昨日、突然の訪問である。 明日(8月31日)、前の会社の同期の会があり出てきたという。

 その間、1時間であったが実に素晴らしい意見交換が出来た。

 失礼ながら私から見て、幅広く時代の変化・進展を把握・認識しており、、勉強熱心で、人の気持ちを大きく受け止められる経営者であった。

 勉強と言えば、インターネット関連では、周りは全て一回り、二回り歳下であり、先生と言っても自分の方が年上と言う。

 忙しく採用を期待するがなかなか期待基準に至らない、其の時は「今は採用は止めとけ」と言うサインとみて慌てない。

 10代の青年が応募してきた、「この青年を育てることも、社会へのお返し」かと考え採用したと言っておられた。

 途切れる間もなく、次つぎと話が進んだ。実に気持ち良い時間であった。

 
 この頃・頻繁に感じることなのだが、時代が刻々と大転換の時が迫っている時、日本の各地で新しい次代を創造し・通用する視点・考え方・価値観で日々の生活・仕事をしておられる方が頭角を現している。

 と感じさせていただき、一つの時代の崩壊と溶解の後は、間違いなく明るく・希望に満ちた時間と空間の到来とウキウキさせられる。

 与えられるだけではなく、自分も一つくらいはと考えるのだが、可能な限り人様に面倒を掛けない、掛けない訳ではないから少しでもご迷惑さが少なくなるように、まずは健康第一で過ごしたいが、回答となってしまう毎日です。



  
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