このページ以前の
                                  コラムはこちら





 COLUMN 1−D 1730

                            平成23年9月24日・記

    秋季・壁当てキュッチボール始まる

   〜昨日の初物「サトイモ」の味について〜



          

  ↑ナンキンハゼの街路樹。コンクリートの隙間から黄花コスモス。

 本日の朝の気温、室内で17度6分でした。 パジャマ一枚では肌寒い。

          

 セ・リーグのペナントレース、ここにきて応援している中日ドラゴンズが首位ヤクルトを2・5ゲーム差まで追いあげてきました。

 8年間、常に上位争いを指揮してきた落合監督が今季限りで引退、ドラゴンズのOB高木監督への交代と発表された。

 プロの世界のこととて背後では様々なことが葛藤していることでしょうが、ここ2日間の対ヤクルトの戦いはファンとして納得いく内容です。

 本日そして明日の2試合で連勝するようなことがありますと、一気に盛り上がることでしょう。

 中日ファン倶楽部から3か月程前に送られてきている10月11日の対ヤクルト戦は多分消化試合で観戦に行かない予定であったが様子が変わってきました。

          

     ↑素振りをして、ピンチヒッターに立ったつもりです。

  
 昨日初物のサトイモのこと

 
昨夜、親芋を煮物で頂きました。 濃い味で其れなりの味。GOOD。

     今朝は味噌汁の実としました。 土の味がしました。

 土から吸い上げた栄養分がまだまだ消化しきれていないのでしょうか。
      2〜3日、日陰干しすれば味が変わるのでしょうか。

 11月末の最終掘り上げまで、まだまだサトイモ本来の味に昇華してゆくのが楽しめます。 そして、冬を通り越して来年の4月まで楽しませてくれます。

 その時点で残った物が種芋となりますが、例年殆ど食べつくしてしまいます。 
 ホクホク味の煮物の親芋も、ショウガたまりをつけた衣被ぎ、ネバリ気をもった朝の味噌汁の実と半年かけて育てたサトイモが半年間楽しませてくれます。


 COLUMN 1−D 1729

                            平成23年9月23日・記

    1・5坪の自宅の畑、夏野菜撤収(9月22日)

     9月23日、瑞浪・百姓学校で農作業



   9月22日

 庭の隅にあると何時でも出来るからと、ついつい後回しになります。
 それに、大嫌いな蚊が飛んでくることも、意志を弱らせます。

          

     ↑ この写真では何を言っているのか判りません。
     
          

    ↑取り払い、堆肥を播けば畑なのかと少しは判ります。

  たった、1・5坪の庭の隅の畑ですが、1時間強の作業時間です。
 
 わたしが作業を始めると、相方も気になるのか、ブルーベリーの周辺の草取りを初めます。毎度、思うのですが蚊の攻勢に強いことです。


   9月23日
  


      

         ↑、瑞浪・日吉は山に囲まれています。
 午前7時20分、朝霧と言うのでしょうか、集落全体が霧の中でした。

     
 ↑、本日の収獲物です。特に初物は試し掘りをした、お皿の上のサトイモです。

 まだ、試食していませんので判りませんが、まだまだ若すぎ・味に深みがないことでしょう。 11月末頃が一番の味になります。

      初物を神棚にお供えする時は気持ちが良いものです。


 COLUMN 1−D 1728

                            平成23年9月22日・記

     何時もの散歩コース、通行止め



            

    ↑春日井緑化植物園から国道19号線に通じる,通称「西尾街道」の入り口に通行止めの看板です。 
   
      良く利用する道路ですので通行止めは大変不便です。
 3年ほど前にも通行止めで半年間大回りのコースを強いられました。


          

      ↑↓ ご覧のような状態で2Kmの間に2カ所の崩壊です。
 
          

 道路の反対側を通行すれば通過はできますが、どのような処置が取られるのでしょうか。
  春日井市の他の地区の方が大きな被害で、こちらに手が回りかねているようで、ガードマンが配置されているのみです。

       

   ↑日が沈めば、春日井市内から名古屋方面にかけて茜空です。


 COLUMN 1−D 1727

                            平成23年9月21日・記

   このようにして、世界に情報が一気に伝わる

 〜昨日の愛知県・春日井市・高蔵寺駅前の様子〜


  昨日のことです、春日井市・高蔵寺駅前の道路が冠水している状況をhttp://www.16live.jp/ でライブで放映しました。

 こちらはアーカイブです。http://kasugai.16live.jp/archive/17388255/

     瞬間視聴者数が2700名となったと報告がありました。


 このように世界の各地で起こっていることが、瞬時に映像として世界に発信されてゆくのですね。

 マスコミが様々な思惑で削除や加工して流す情報も、このように一般大衆の目を誤魔化すことはできなくなっているのですね。

 同時に、これを悪用し間違ったニュースや情報を流している組織もあるようです、ここは一人ひとり自分の考え方や価値観を持って判断してゆかなければならないなと改めて考えさせられました。




 COLUMN 1−D 1726

                            平成23年9月20日・記

 中部大学オープンカレッジ2011・秋学期・開講式

  〜台風の影響で雨風強し、庭の曼珠紗華開花〜



         

    ↑何時の間にか、黄色の曼珠紗華が栗の木の下でも咲く。

 
                    ↓
                   


  本日、中部大学2011・秋学期・開講式

             


 多分これまでで、最高の受講者ではないだろうか、400名強と言う。
 私が受講を始めた6年前は200人前後であったと記憶するから、倍増と言うことになります。
 
 オープニングセミナーで『比較文化論ー現代社会を生き抜くためにー』の講演がありました。
 1週間にアフリカから帰国したばかりの教授で新鮮なアフリカが届けられた。

 『産業革命、市民革命以降、北の優位、南の劣位?のグローバルなイメージがあるが、新規文化への挑戦が求められている。

 どの民族、文化にも価値があり、学ぶものがある。グローバル時代の比較文化は「誤解と偏見からの解放」のスタンスで対峙する必要がある。

 若い学生と行動を共にすると、直ぐにへばるのは若者です。 
 物理的な体力は若者が強いはずなのに、何故バテテしまうのか。

 「文化体力」という、若い時代に挑戦し、体験したことによる体力がない。

 ボラれない旅などない、痛みを伴わない旅など価値が薄い、経験豊かなオープンカレッジのシニアーのみなさんの学生との交わりを期待します。』

            
         
                       ↓
               
           




 COLUMN 1−D 1725

                            平成23年9月19日・記

     チャレンジ・マラニック IN 遠山郷

    〜前夜祭9月17日、本番 9月18日〜



          

    ↑前夜祭会場、旧木沢小学校へ、午後5時前に参加者到着。

      

 ↑雨模様で、急遽テント下を履物置き場とする、山崎校長、画になる。

        

  ↑マラニック参加者は135名、前夜祭はスタッフを入れて約110名

           

   ↑地元衆の定番・歓迎料理(?)、焼肉、焼そば、焼00と汗だく、
   
    

↑今回の最高年齢83歳の白澤さん、↑翌日23,5キロのエイドで休憩中
        今回も45キロを8時間半以内で完走されました。

          

 ↑前夜祭が盛り上がってきました。藤原さんのアコーデオン伴奏で・・・

 

         

    ↑盛り上がってくれば「霜月祭り」と成ることは必定です。

 明日の本番を控えて、7時半にはお開きとなるも、その後和田地区に繰り出す事になったメンバーもいたようです。

  

  9月18日、本番の日

        

    ↑
心配されたお天気は、日中は夏日となる程の快晴です。

          


  
↑第7エイド(休憩所)旧木沢小学校の正門に歓迎のアーチが。

          

 ↑
午前6時半にスタート約23・5キロ、トップランナーは8時45分頃に着

          

        ↑
茶娘と呼ばれている衣装の姉様も到着、

          


          ↑このようなパフォーマーも参加しています。


          

  ↑例年、ソバを振る舞うことになっているので、期待して来られます。

         

↑「道中お気をつけて、行ってらっしゃい」見送られて旧木沢小学校を出る。

 トップグループの午前8時45分頃から30分経過した頃から、続々と後続が到着します。 それから2時間半後上村を折り返して、下栗まで駈け登り

 、そして掛け下ってきたランナーを今度は第14エイド「気の出る神社”熊野神社”」出迎えるべく、場所を移しました。

 当日は指定された場所でのボランティアの為にスタート時点、ゴール地点の写真は有りません。

           

  
            ↑第14エイド「熊野神社」

 
55キロコースの方はここで約50キ、45キロコースの方で40キロ走って(歩いて)来られますから、足元が怪しい方が居られます。

 この神社の禰宜様にその都度、お祓いをしていただき、元気づけられで出発してゆきますが、遠山川に向かって30数段の石段を下ります。

      一人一人に足元に気をつけるように声を掛けます。

 
ランナー一人一人に約4時間強、禰宜様とお付きの方が、徹夜作業をした様なお疲れの御様子で神殿から出てこられました。

 
午後4時時点で、この第14エイドに到着できず、リタイアーした方が14名程居られました。(記録係をしていました)

 が、中には午後4時を過ぎていましたが、残り5・8キロを完走された方が2名居れて、ゴール地点で終了の花火が上がったのはジャスト5時でした。

        

  
↑後夜祭は前夜祭と異なり、ランナー仲間の交流の場となりました。


        

           
↑、↓、ランナーの寄せ書きです。

          

          


        

  
↑大会運営責任者の会長、副会長のこの笑顔は満足そのものです。
 ただ、年々地元のボランティアの年齢層が高くなり、苦労されています。


          

       
↑9月19日、翌朝の遠山川に張られたテント↓

          

 
ランナーには自然・アウトドアー派が多いのでしょうか、朝早くから「道の駅、遠山郷の駐車場」で、美味しい香りが漂いました。

 驚いたことの一つに、「本日、中央アルプスに登る」と言う方が居られ、近藤会長自ら朝の6時に、車で送り届けの運転で出発されました。

 「人情の里」とよく言われますが、これだけの気づかい+サービスをしていただければ、着実にファンが増えている事の背景をみました。

 その後、和田地区から旧木沢小学校に戻ると、ここでは仮眠室になんと13人が休憩されておられました。

 年々、賑やかになってゆく『チャレンジ・マラニック』嬉しい限りです。


 COLUMN 1−D 1724

                            平成23年9月16日・記

     ヨーロッパ・ユーロで始まるか?

  〜明日から遠山郷・チャレンジマラニック〜



 ギリシャのデフォルトが近いと近隣諸国がその影響度を検討に入ったと報じられている。

 また、イタリアのベルルスコーニ首相が「クソったれイタリア」と知人との電話で発言したと報道されている。

 ギリシャが破綻すれば、ポルトガル、イタリア、アイルランド、スペインと噂に上がっている国々も安泰とはいかないだろう。

 それどころかEUの大国フランスはギリシャのリスク債権がユーロ圏で一番の貸し出しで、デフォルト・クレジット・スワップからみた格付けはトリプルAどころかトリプルBと言われている。

 昨年からこの危機を見越して『ドイツは愚かでない』とギリシャ債権を徐々に売り逃げしてきたドイツですが、過去の2度のヨーロッパから始まった世界大戦の教訓や大国アメリカに対抗するとの意志で進められてきたヨーロッパ大連合も無に帰す危うさにあり、ただ単に『我知らず』では済まされない。

 海を越え、山を越えた地の話と済まされないところが、グローバル化された今日の世界、日本も其の難の外にはいられない。

 ローマの東約70キロに位置する、山手線の内側より20%狭いフィレテジーノ村の村長が「イタリアから離脱し、公国になる」と宣言したそうだ。

 その宣言は的を得ているのではないかと思う。 何故ならこれまでのように大きく纏まれば強くなる、生き延びられるということではなく、一度崩壊し小さな集団・纏まりからの出直しが求められていると思うからです。


  明日から遠山郷 「チャレンジ・マラニック」へ

 明日から遠山郷の「チャレンジマラニック」のお手伝いに行く。
 マラニックはマラソンとピクニックを掛けあわせた造語。競争ではありません。

 3〜4キロごとにエイドと呼ばれる休憩所があり、そこでは地元集落の人々の正に手作りのおもてなしを楽しみながらの南アルプスの絶景を楽しむ大会です。

 とはいえ、45キロコース、55キロコースですから、普段から鍛えておられる方でないと完走は難しいでしょう。

 前夜祭はいつもお世話になっている旧木沢小学校の体育館で開催され、後夜祭もあることですから、エイドのお手伝いか、コース・ポイントの案内役を担当し、後は参加者と共に大いに楽しみたいと期待しています。



 COLUMN 1−D 1723

                            平成23年9月15日・記

    昨夜、「名古屋のたまり場」の話題から

  〜これからの時代にどのように対処するか〜



 グローバル経済、市場主義経済、覇権国による世界支配、我欲による金・物のMORE&MORE社会の行き詰まり、終焉が近づいることを感じ・認識してるメンバーによる「名古屋のたまり場」です。

 昨夜の話題は「では、これまでの秩序、制度、仕組みが崩壊した時、どのような混乱が起こるのか。 その混乱の度合いは? どの程度の生活レベルが想定されるのか? どのように対処すればよいか?」等でした。

 私達が身近に体験、あるいは聞かされてきたどの時代のどのような生活レベルが予測されるか、一番最悪のレベルはどのあたりを覚悟して置くべきかから始まった。

 エネルギー問題。化石燃料に頼り贅沢三昧の生活態度、かといって、人間が制御不能な原発エネルギーについては否定の結論。 

 エネルギーが入手不可能となった時は、既存の技術あるいは新規の電源開発(フリーエネルギー)が一気に進むと、この話題はストップした。

 (が、実際問題として、エネルギーが止まった、あるいは低下した時のことは想像以上だろう。 正に、「想定外」の連続のことであろう。想定外と言うだけでは済まされない私達自身の問題です)

 
 次に衣食住、「衣」は即座に当面問題ないと答えが出、「住」に付いても戦争で焼け出され・破壊されるわけでもないからなんとかなる。

 すると残るのは「食」の問題となった。 どのように食を確保するのか。
 参加メンバーはほとんどが昭和30年代以降生まれ、父母から聞かされた昭和20年代の話が持ち上がる。

     都市住民と農村の食料確保による物々交換の話。
   農村に住んでおられた方は「銀シャリ」を食べていたとの話。

         

     ↑我が家の庭の栗の木、今年は実付少なく、又小さい。

 ここで、昭和20年代の農村人口の話となった、『多分、30%台であっったろう』、が、今は専業農家は1%にも満たないのではないか、兼業農家と言えども10パーセント未満であろう。と。

 食糧は確保されるのか。日本全国に休耕田・畑がある、よって食糧問題も解決されるであろうと楽観的な意見がでる。

 が、そこで問題提起。「腹を満たしてくれる食糧の生産は早くて3カ月、物によっては半年かかる。海外からの輸入も止まるであろう」。

 その時、国民の精神状況、生活態度・行動はどのようなことが想定されるのだろうかと話が進展した。

 世界的な大恐慌により、金融は大混乱・停止、生産はストップ、貿易・運輸はマヒする。即、日本での生活に影響をおよぼしてくると考えられる。

 パニックになった時、たちどころに半数の人間がへたり込んでしまうのではないか、、気力が失せて足腰が立たない状況となるのではないか。

 いや、もっと多くの人々がその場に立ちすくすことになるとの意見もあった。 その時間は最低でも1週間は続く。 精神の立ち直り可能だろうか。
 
 (9;11の東日本大震災の状況から判断して、日本では暴動とか打ち壊しなどの過激な暴力行為は発生しない。いや、そのように思いたい。と)

             

               ↑ チロリアン・ランプ
 
 その後、ごく少数のリーダーに促され10〜20%位の人々が立ち上がる。  そこから瞬時に起こったパニック状況からの立ち直りが始まる。

     1か月が経過し20%プラス20%の人々も活動を始める。

  3ヶ月後、新鮮な生産物を目の前にし、また、各自の強みをを活かして半数以上の人々に再生意欲が湧き前向きな行動に出る。。 

 6ヶ月後、農業以外の生産活動も稼働し、同じ理念、価値観や考え方による新たなネットワークが動き出している。

 1年後、全国各地に21世紀型の共生社会の理念に基づく、低エネルギーで、健康で持続可能な社会のモデルが多数出現する。

 其れは、それぞれの地から人々の自主的・主体的な活動の中から生まれ、更に其れが横にネットワークを結び拡げられてゆくことだろう。

 3年後には日本全体に行き渡り、それぞれの地に適した個性を持ったコミュニティーが形成される。

 そして、国内相互の研修・学びばかりではなく、其の復興・再生・新しいモデルを学ぶ為め、世界から日本各地に研修、観光者が訪れる状況になる。
 其の事により一層日本への注目度は上がり、各地の状況や環境条件を活かした取り組みが展開され再生と新たな社会、地域づくりが前進する。

 農業分野では、単に生活のためのみでなく、青少年の教育の一環として、あるいは共生社会のワークシェアリングとしての役割も果たし、全ての家庭において大なり小なりの取り組が行われている。。

  都心では直接大地との交わりはなくとも、プランターでの土との対話もある。いや、新たにコンクリートの建物でも生産活動が行われている。

 早ければ7〜8年、遅くとも10年で、共生社会の理念、低エネルギーで健康で持続可能な再生された日本社会の第1ステージが完了し、第2次ステージの具体目標に向かって人々の活動が展開されている。

             

            ↑イチイの実付は例年に増して良い。

        今年に入り、思わぬ出来事が頻発している。

 頭の体操も兼ね、様々な状況を想定し、心構えの準備を怠らないことだ。
 いざという時の、備えは良いかと問いかけつつも、時間が過ぎて行く。
 
 追伸
     たまり場での話題以上のことも書き加えてみました。


 これまで、予感していても、口に出すことが憚れる話題でしたが、たまり場の仲間とならば遠慮なくテーブルにあげることが出来ました。

 私自身、これからの時代、社会はどうなるのだ、どうするのだと言う事に関しては活字にしたことはなく、これが初めてです。

 頭の整理を兼ねて、今後、多くの方々の考え方や意見を伺い・勉強し、近づきつつある(いや、もうその火中にあるのかもしれません)この時代の向こう側のあるべき世界を提起し、試行錯誤の行動を進める気構えを持ち続けたいと思っています。




 COLUMN 1−D 1722

                            平成23年9月14日・記

      残暑の中にもヤット秋の花来たる 



        

                 ↑虎の尾ー羊歯

 十数年かけて他の草花を追い払い、今年は殊の外、綺麗に咲き揃いました 。秋の花と言うよりは夏から秋への差し渡しの花なのでしょうか。


          

          ↑その追い出された花の一つ「紫苑」です。
 
 キク科の多年草です。追い出されたというものの、かつての定位置から数字センチ移動した程度です。強い秋の花です。

 毎年のことですが、この花が咲き始める時、名前が思い出せないのです。アイウエオ順に、ア〜、イ〜、ウ〜、エ〜と唱え、サ行を通り越し、2度目、三度目で「シオン」にたどり着きます。

             

              ↑曼珠紗華(彼岸花)↓

          

  好きな花の一つ曼珠紗華です。 庭の東南の隅で咲きはじめます。

 夏草に覆われているので見付けるのは何時もボンボリのような花が姿を現した頃ですが、今年は畑にナスが残っており、採りに行った時に見つけました。

     昨日まで聞こえていたツクツクボウシの声が聞こえません。
      
       今週末から一気に秋の気配と言うことになりそうです。



 COLUMN 1−D 1721

                            平成23年9月13日・記

      インターネット・メールが回復

  〜9月12日「中秋の名月」、雲が晴れました〜  


 9月9日に利用している2台のパソコンの内、メイン・パソコンのメールの受送信に問題が起こった。

 専門家に診てもらうが時間切れで家に持ち帰る。 翌日から週末で自宅で他の機能は平常どうりに利用できるが、メールの関しては使い慣れず使い勝手が悪い。

 週明け月曜日は避けて、もう一度プロに診てもらおうかと考えたが、自分で何とかできないものかと考えました。

        

      ↑9月12日中秋の名月は遠くの雲間に見え隠れしていた。


 サーバーが不良ではないかと中部ケーブルネットワークに電話する。
 一通りのチェックの後に、「これは本体機能の問題だ」と言われ、ヒューレット・パッカードの電話番号を教えていただく。

 

  製品を確認するということで、「保証書?」、「製品番号は?」と質問されるので、手元に置いていた梱包ケースや納品書を探し探し答える。

 最後に「これは当社の製品ではありません」と言う。 だが、箱はヒューレット・パッカードではないかと言うと、製造所が異なるようです。

 そこで、教えていただいたのが、”マイクロ・ソフト・ユーザー・サービス部門” 。3カ所目となるとその間、判らない単語のやり取りで疲れを感じていました。

          

    ↑9月12日、中秋の名月は雲を背景に何とか眺められる。

 
 教えられるままに「シングルクリックかダブルクリックか」と確かめながら指示された画面に沿って作業を進める。。

 時には、修復のためか?、あるいはソフトのインストールのためか?1分近くも時間を要することがある。

 『電話が切れることがあるから、電話番号を最初に教えてください』と言う意味がそれで良く判った。

       
    結局、最初からですと1時間弱で回復することとなった。

 画面上に次々とメールが送られてくるのを見ながら、尾籠なお話ですが、殆ど体験したことのな”便秘解消の快感である”

          

      ↑9月12日、雲が流れ、中秋の名月が我が家の上に・・

 
 それにしても、3カ所の電話応対は皆気持ちよかった。 顔も判らず、単語が通じない相手に向かって実に親切に応答していただいた。

    『年配者に判り易く指導してくれましたね』とお礼を言った。

 『良くあることなので、手順どうりにやれば回復するものです』という。
 
 『年配者で苦労したでしょう』と言うと、『反応は早かったですよ』と言って頂いた。   嘘でも嬉しい高齢者のパソコン活用でした。

  
  前のページはこちらからどうぞ