COLUMN 1−D 1740
平成23年10月8日・記
|
『情けは人の為ならず』
〜10月7日、夕刻の散歩コースで出会う〜
|
私達の習い覚えた「情けは人の為ならず」の意味は『人に同情することは決して他人だけを得することではない。情けをかけておけば、其の善い報いはめぐりめぐっれ自分に来るものだ。
人に親切にしておけば必ず良い報いがある。』(小学館 故事 ことわざの辞典より)
時代と共に其の使われ方が変化して来ると言うか、意味合いが異なってくる例として、其の意味するところは『人に情をかけると、かえって其の人の為にならない』という使われ方、意味合いと紹介されていた。
さて、昨日の夕方の散歩に時です。 定番コースの青少年の森の入口にさしかかると、70代の男性が声をかけてきました。
『この道を行けば国道19号線に出るのですね。 そこから右折すれば小牧に行けますね』と。
確かに西尾峠を越えれば19号線に出られるが、右折では間違いです。
『どうされたのですか』とお尋ねすると、『同僚と剪定の仕事で来ていたが、すれ違ってしまった。サイフも小銭も携帯電話も彼の車の中でどうすることもできないから歩いて帰る』と言われる。
小牧の岩崎と言う、17〜8Kmはあります。 『夜の11時頃までには行きつけるでしょう』と、其のまま歩いていこうとする。
『夜道は危ないですよ。送ってゆきましょう』と言うと、『御礼はできないよ』と言われる。 『御礼など良いですよ、引き返しますからついてきて下さい』と自宅まで引き返し、送ることとなった。
約30分の道すがら、私の散歩コースの山に「自然薯掘りに来る」事、
我が家の駐車場に吊るされていた玉ねぎの長期保存の方法を教えていただいた。
自然薯掘りは多分しないことだろうが、玉ねぎの保存法は早速実行してみるつもりです。
昨日の夕刻のことでした。 自宅に帰った時には既に陽も沈み上弦の月が東の空にありました。
相方は名古屋に会合に出掛けている、散歩なしで其のまま夕食に入るのも”良し”とせず、上弦の月を見上げながら「情けは人の為ならず」も時代と共に変わるのだなと思い出しつつ、本日の日記となりました。
COLUMN 1−D 1739
平成23年10月7日・記
|
中日ドラゴンズ、首位に躍り出る
|
ヤクルト・スワローズがここにきて故障者の続出で連敗、中日は5連勝し、遂に首位に躍り出ました。
本日から名古屋球場で巨人と3連戦、続いてヤクルトとの直接対決の4連戦です。順調ならばここらで決めたいところです。
以前にも書きましたが、今年の春ドラゴンズ・ファン倶楽部の招待試合が組まれていました、確か3:11大震災の関連で流れ、その後10月11日の対ヤクルト戦の招待状が届きました。
其れは6月頃でしたので、中日の調子はガタガタ、それに対してヤクルトは破竹の勢いで、10月の試合はどうせ消化試合と高を括っていました。
其れが9月中旬以降、様相が大きく変化してきました。 そして、ついに昨日で中日ドラゴンズは首位に躍り出ました。
こうなると、このチケットは中日ファンにとっては大いに価値があがりました。
20数年前、香港に在住していた頃、「香港・中日ドラゴンズ会」成るものが立ちあげられ、その後15・6年は毎年帰国したメンバーの会合が続いていましたが、このところは御無沙汰になっております。
優勝が決まるようなことがありますと、急遽招集連絡が入ってくるのでしょうか。
香港の旧の啓徳空港から1998年新しい国際空港がランタオ島に移動・開港してからは一度も香港を訪問していません。
これを機に仲間を誘ってみようかと思っていますが、なんといっても20数年以上の年月が経過しています、どのような反応があるか???。
COLUMN 1−D 1738
平成23年10月6日・記
|
来春入社予定社員・内定式に参加して
|
10月3日、関係している会社の来春入社予定者の内定式に参加した。
昨年は4人(内2人女性)であった、今回は今のところ5人の男子でした。
就職難と言われる中、色々な希望を持って様々な企業訪問をしたことだろう。
反対に企業側にとっても先行き見通しが立ちにくい中の採用は大変。
中部大学で学生と同じ授業を受けているから、大よそのことは判っているつもりであるが、本音のところは判らない。
テレビに出てくるタレントと同じで、見分けがつかない同じ顔・形・姿です。
リクルートスーツと言うのだろうか、濃紺の背広と白のワイシャツ。
学校で見かける破れたジーンズにポロシャツ、あるいはブカブカの半ズボンにライニングスタイルで授業中机にうつ伏せで寝ている姿とは違う。
『暑いから上着を脱ぎなさい』と言うと、『遠慮なく・・』と一人が脱いだ。
2時間の社長始め先輩社員による入社前オリエンテーションの後半になると眠気眼になり、日頃の姿が見えてくる。
彼らの両親も年齢50前後であろう。 高度成長期に生まれ、成長し、1980年代に社会に出、バブルを経験し、その後の20年。
目の前にしている青年たちはバブルの最高調期か1990年代初期まだバブル余波の残っている頃の生まれ、そして今、変革の時代に世に出ようとしている。

↑10月5日、書斎から”この秋霧をどう読むか?”
関係する会社もここ数年、自前で社員の育成を考え実行してきたが、成長・発展の糸口が見え、ここにきて中途採用を決断した。
若い新入社員の育成は時間がかかるばかりでなく、若い彼らの個人的な希望と会社の方針との間に乖離が生まれ、離職してゆく事が続いている。
私らの若い時代のように我慢する、努力してみると言う考えや精神は薄く、パソコンやスマートフォンでゲームをしているように簡単にゲームオーバーし、次のゲームにチャンジする感覚であるように見える。
これまで育ててくれた両親や学校そして社会の甘やかしの中で、温室育成されてきた結果の表れだろう。
かつての「20歳成人式」は今日では30歳になってやっと、昔の20歳成人となると言われているが、その実態を見ているようだ。
彼らを責めるよりは、先輩としてのこれまでの私達の生き方や考え方の結果を示していると反省材料を突き付けられている思いです。
これまでの政治、経済、社会の秩序や制度、仕組み等あらゆる側面がゼロから組み立て直しされる所に来ていると感じ・考えます。
見たところの感じで、体力・気力ともいささか心もとない彼らですが、素直で、真面目さとこちらには欠けている文化、芸術的素養はこちらが学び、先輩としての自覚と責任をもって、試行錯誤の前進をしたいと感じさせてくれました。
COLUMN 1−D 1737
平成23年10月5日・記
|
飛騨金山に栗拾いに行きました
|
自宅の庭の栗の木は早い年ですと9月20日前後に実が落ちはじめます。
が、今年は実の付きも悪く、見上げてもイガの姿が数えるほどでした。
9月末になっても飛騨金山から『落ち始めました、時期になりましたよ』との電話もなく、どうしたことだろうと思っていました。
遠山郷から帰った10月3日の夜、『早く拾いに来ないと、腐ってしまいますよ』との電話が入りました。
4日は午後から中部大学の講義があります、そこで午前6時半に出発しました。

左右の枝の端が10メートル以上にも広がった見事な姿です。
3本あった栗の木、1本は昨年枯れてしまいました。 更に今年はもう1本の栗に木の下はイガばかりです。
電話をくださる家の奥様が出て来られて『今年は2回の台風で栗も柿も落ちてしまった』と教えてくれました。
11月中旬、収獲予定の上段の畑に蜂屋柿を見に行きますと、枝に数えるほどの実しか残っていません。しかも例年以上に小さく感じました。
毎年、知人、友人に干し柿にして送っていましたが、これで2年連続して残念な状況となりました。
「桃栗3年、柿8年、梅は酸い・酸い(スイスイ)13年」と子供のころに口にしていました。 芽生えてから実が結ぶまでの年月を歌っているのでしょう。
栗と柿は既に30年近くなりますから、収獲寿命がきているのでしょうか。
と思って調べてみたら、手入れの条件にもよるが50年、中には100年も生き延び、収獲しているとありましたから、やはり2度の台風の影響だったのでしょう。
一つ一つの栗の実は色つやも良く大粒です。今夜にでも栗ごはんが頂けるでしょうか。 例年ですと30Kg以上の収獲ですが半分以下の15Kg.。

↑スモモの花
柿の木の畑の隅にスモモの木があります。時期外れと思える花が咲いていました。
山間で台風の影響も少ない山里ですが、この時期にスモモの花が咲き、世の中の異常な状況と相まって通常ではないことが起こっています。
COLUMN 1−D 1736
平成23年10月4日・記
|
10月の遠山郷 藤原学校
”ワァ〜イ、わぁ〜い、遠山郷から日本が変わる”
|
今回はと言うよりはこれで5月、6月に続いて沖縄からのお客様10名をはじめ、その他の参加者と遠山のスタッフの総勢30人です。

↑遠山川の流れを指差しながら、太古からの歴史も交えてご案内。

↑ 昼食後旧木沢小学校に移動、遠山観光農園にてサトイモの収獲

↑、ニンニクの植え込みもしました。
その後、藤原先生のお話し聞かせていただきました。
その間に、収獲したばかりのサトイモと落花生が茹であがり試食。
採りたての落花生の甘みに驚き、生姜溜まりの素朴なサトイモにも感激。

↑、「道の駅・遠山郷・、ゆー楽の温泉」で汗を流した頃には、三日月が天狗様の頭の上に。 駐車場の電灯を避けることができませんでした。
本日の宿泊・会場は標高約850メートルの民宿「このた」です。
乾杯!!と歓談が始まり、続いて簡単な自己紹介の後は遠山バンド↓

↑、毎回の事ですので、写真紹介は割愛します。イヤイヤ・・・
10月2日
今回のメインイベントは下栗の里・中根の炭焼名人でもある熊谷次郎さんのお宅で南アルプスの眺望をバックに次郎さん始め、親族・ご近所の方々の心温まるオモテナシを満喫し、更に生演奏でジャズを楽しもうです。

↑20人乗りの観光バスですがご自宅に横付け出来ず、下栗の里から、下りばかりですが行きも・帰りも10~15分の腹ごなしを兼ねたピクニック。
その途中の茶畑から山々を望む

↑手作りのカカシ君が御出迎えです。

↑毎回紹介する聖岳、兎岳ですが、生活の場を感じさせる画面で紹介。

↑頂いた本当に心のこもったこれぞ手作りという御料理の一部
特に女性軍に人気の高かったのは「こんにゃくの煮物、遠山ジンギス」
其の他、旬の栗をフンダンに使った栗アンのおはぎ、同じおはぎも小豆もあれば、黄粉もあります。 手打ちのソバと下栗名物の芋の味噌焼、手製の漬物が様々に。
ご主人・次郎さんの勧め上手に升酒を注いで回り昼間から・・・

↑本番前「前座」と始まった遠山・霜月祭りの即席のお囃子と舞い

↑名古屋のジャズバンド eNのボーカル・KAOさんです。
『このように標高の高いところで歌うのは初めてです』と言っておられました。 澄んで・晴れ渡った天空の下、柔らかに・優しく・繊細なリズム流れ・・

↑その歌声も沖縄衆と遠山衆のアンコールの声に押されて、・・・


↑物静かな次郎さんも踊りの輪に入りました。

↑この目線の一枚を紹介したくて掲載しました。

↑『私達も踊っちゃおう!』と輪の中に入りました。↓


↑名残尽きませんが、みんなで記念撮影
なお、この後は旧木沢小学校に戻り、再び藤原先生のお話しを聞く。
このところ大型カメラが重たくて、小型デジカメしか持ち歩きません。
腕前は兎も角、今回はスピードシャッターや連続撮影の可能なカメラを持参しなかったことが悔やまれる場面がシバシバでした。
いや、余程の偶然が重なり間違いでもない限り、この場の空気をお伝えすることはできません。
次回は10月29・30日。そして11月26・27日で本年最後です。
刻々と時代は大転換の様相を呈していますが、この地で人々と交われば、明るく・希望の明日に出会えるのではないでしょうか。
どうぞ、遠山郷えお越しください。
COLUMN 1−D 1735
平成23年10月1日・記
|
数日前から咲き始めていた様です「金木犀」
|
まだかまだかと心待ちをしていた金木犀の香りにヤット出会いました。
散歩をしていれば4〜5軒に1軒の割合で金木犀が植えられていますから、其の香りを見つけるんですが、我が家の金木犀が一番初めだったのでしょうか。
相方によれば、2日ほど前から香りだしたというのですが、知りませんでした。 何か先を越された様で損(?)をしたように感じます。



夜陰に潜んで忍び込む様な香りが好きです。
雨戸を開け、網戸にして呼び込もうと思っています。
といっても、本日から遠山郷です。
そういえば、遠山郷では金木犀の香りを体験した事がない様に思います。
今年は栗の実も少なく、我が家の庭の栗も数えるほどです。
秋色にはまだ早いと遠山郷でしょうが、安全運転で行ってきます。
COLUMN 1−D 1734
平成23年9月30日・記
|
「ヨーロッパ文化とは何か」
ヴィクトル・エリセの短編映画『ライフライン』から
|
来春中部大学を定年退官される教授の最後の半年間の講義です。
今秋、通常の講義もあり、並行して受講することとなりました。
特に「ヨーロッパの文化とは何か」はスペシャル版で聴講生向けに特別に開催されるものです。 限定30名ですが少し定員をオーバーして本日から始まりました。
その第1回で取り上げられましたのが、ヴィクトル・エリセの『ライフライン』です。 10分間のオブニバス方式の短編映画の1作品です。
この作品からヨーロッパ文化を解読しようと言う試みです。

↑イタドリの花、本文とは全く関係ありません。
インターネットのユーチューブで視聴できると聞きましたので、色々調べましたが、アカウントが停止されている様で再生できません。
http://umikarahajimaru.at.webry.info/200710/article_8.html ここを開いていただくと、動画は出ませんが詳しく物語は紹介されています。
何故、ここに取り上げたかと言いますと、映画といってもハリウッド映画とは全く異なるからです。
様々な側面からこの映画の解説をしていただくのですが、例えば、スペインとヨーロッパの関係、ギリシャ神話のこと、そしてキリスト教のシンボル体系のことなどが判っていないと、たった10分の短編映画ですが其の意味するところを上辺だけで見てしまうこととなります。

↑セイダカアワダチソウ。本文とは全く関係ありません
教授もこの作品を取り上げて著書を出版される予定で、この映画を7〜
80回見られ、本日の講義でどのように結論付けるか迷っているところを最終決定するつもりと仰っておられました。
90分の講義を聞いただけでは到底理解できません。 ただ、特に日頃多く目にすることの多いハリウッド映画とは大違いだと言うこと、そしてそれはどのような背景から来ているのかの一部は理解できたように思います。
今、ヨーロッパ、EUは大きく揺れています。 民族が入り組み、20世紀最大の戦場となったヨーロッパの複雑な歴史と培われてきた文化はどのような解決策を持っているのでしょうか。
どのような智恵があるのでしょうか。 忍耐が切れ崩壊と言う事態に追い込まれることになるのでしょうか。

↑ススの穂。本文とは全く関係ありません。
ヨーロッパに限らず、米国も、元気のよかった新興国もグローバル市場の下、人類は寛容さを持って解決の糸口を見つけることが出来るのでしょうか。
昨日の「個の花倶楽部・勉強会」で取り越し苦労はするな、現実を受け入れて日々己に課せられた使命を果たして行くことという言葉が結論の様です。
COLUMN 1−D 1733
平成23年9月29日・記
|
個の花倶楽部・勉強会で名古屋へ
|
名古屋のたまり場のメンバーとほとんど重複していますが、2ヶ月に一度、藤原先生が講演で名古屋に来られた時に、時間を割いていただき、一方的にお話しを聞くだけでなく、質問や意見を交えての勉強会が開かれています。
今回は先月の「名古屋たまり場」で話題となった事柄がテーブルに上がりました。
其の内容は「時代はいよいよい行き詰まりつつあるが、どの程度の震度・崩壊を予測し、どのような心構えで対応したら良いか」と言うところから始まりました。
その内容は今世界で、そして日本で起こっている事柄を過去の例も取り上げて広範囲に渡りお話しいただき、話題も展開しました。
一言でいえば「取り越し苦労はするな。 現実を受け入れて素直に自分が感じたことを、其のまま形にしてゆけば、現実はついてくる」
「苦労はチャンス、自分で答えを出す。本人次第」と言うことと理解しました。

↑何時もの散歩道。このコスモスは3回目の登場です。↓


↑昨日はコラム 2ーN NO325に大谷川の左岸から、岩船神社を取り上げましたが、本日は彼岸花を手前に岩船神社の夕陽に映える鳥居を。
COLUMN 1−D
平成23年9月28日・記
|
本日はコラム 2−N NO325に
掲載しました
|
COLUMN 1−D 1732
平成23年9月27日・記
|
『 最悪の月が始まると伝えてきた』
そのような情報ばかりを集めているのではないが・
|
突き詰めなくとも自分の性格は楽観論者と思っていますが、ここのところ寄せられてくる情報、接している情報は悲観的な事ばかりです。
確かに、目の前だけを見ているとこれまで続いてきた生活が一度根底から覆されると感じているから不安がないわけでもないが、とはいえ、今のような社会構造や秩序、制度が続けば良いかと自問すると、これは一度行き詰まり、新たに出直すことが必要と答えが出ます。
結果、再生に向け多くの困難や苦労はあろうが、次に展開する社会、時代は今よりも良いものになる、いやしなければと考えています。
保守的になると変化に対応する気力が萎え悲観論となるのではないか。
本日寄せられた情報は『「最悪の4週間」とのタイトルで21世紀や22世紀を通じて、資本市場で最悪の4週間になると書かれている。
この4週間で時代が変わり、世界の登場人物まで変わってしまう』と。

↑お隣の剪定された松の先端
お隣の御主人は盆栽の専門家でもあり、庭師でもあり88歳。
今、私の書斎から眺めていると、足を引きずって離れから母屋の屋上に移動されていった。そして、目の前で屋上の盆栽の手当てを始められた。
話変わって、昨日のこと
出入りしているインターネット関係の会社の会議に出席してきました。
この9月から新年度が始まりました。 4カ月前から「流動化か?」と言うタイトルで自社の分析とこれからの方向性を模索していたが、昨日の会議で長期構想が発表された。
決して、目の前の営業数値は万々歳と言うものではないが、今と言う時代にあって5年10年先の構想を発表できることは素晴らしいと思う。
既存の体制や政治家、リーダーたちによって新たな道筋が示されるとは到底思えない。
各人が、許しあえる・納得できる仲間と組んで新たな時代の模索に向けて、試行錯誤の時代に正に近づいてた、いや入ったと感じています。
昨日の会議から「感じたこと、考えたことを」A4の紙に1枚纏めて今から送信するところですが、この情勢を前向きに受け取り行動してゆく事の重要さを改めて感じています。

↑9月26日、夕刻撮影、大谷川のコスモス
COLUMN 1−D 1731
平成23年9月25日・記
|