このページ以前の
                                  コラムはこちら




 COLUMN 1−D 1750

                            平成23年10月20日・記

    瑞浪・百姓学校 秋色に染まり始めた



     

         ↑ハンの木と紅葉が色づき始めました

          

             ↑土手には秋スズラン(?)

          

      ↑もう一つ、これまた名前は判りません。キキュウ(?)

       

       ↑秋野菜がやっと口にできるほどに成長しました。
 ジャガイモはまだですが、大根、赤カブ、人参、白カブ、白菜、小松菜。

            

       ↑2週間前に植え込んだニンニクも芽を出しました。
 
 芽が出ていないところに補植をしようと穴を掘りますと、「そんなに急ぐなよ」と、伸び始めの芽を掘りあてる。根は十分に張っていました。


        

   ↑この秋、瑞浪に行くたびに楽しませてくれる紅葉をアップで。

        

               ↑こちらはハンの木

 9月23日にサトイモ試し掘りから始まり、10月10日第2回目、そして本日が3回目です。 大きさも平均すると最初の倍近くなりました。

 霜が降る前11月下旬が最後です。 更に深みのあるサトイモになります。

   瑞浪で収獲する農産物のうちでこのサトイモが一番好評です。
     この時期になりますと、女房に分けてと注文がきます。

 が、同じ瑞浪・深沢でも南側向きの私達の畑の物と、川を隔てた反対側の北向きで、味が異なると教えられました。 

 自宅の玄関・階段下でダンボール箱に入れておけば、来春4月末の植え込み時期に種芋として役に立つのですが、いつの間にか食べつくしてしまいます。

     今夜はどんな料理がテーブルに並ぶか楽しみです。


 COLUMN 1−D 1749

                            平成23年10月19日・記

  昨日の散歩時の映像は「岩船神社」の裏山から



         スッカリ陽が沈む時間が早くなりました。
 午後の5時前に散歩に出かけても、30分後には西の空が真っ赤です。

        

  ↑岩船神社の裏山に着いた時、後数秒で沈むという状況でした。

    小山に走りあがりましたが、既に陽の姿は消えておりました。

 そこからの雰囲気も好きです。 背を残照に押されながら帰ります。

 
 打ちっぱなしゴルフ場のバンカー練習場が畑に変更になって10数年が経過します。 年々、其の広さが広がって行きました。。

 練習場其のものは繁盛している様子なのですが、ゴルフ練習場の周辺ばかりでなく、今年に入り練習場の中・六分の一程度が畑になりました。

 と言うことは、見た目には変化ない様ですが、ゴルフ人口が減っているのでしょうか。 私自身もこの練習場を利用していましたが、既に10数年前の回数券を少し残したままです。

 打ちっぱなしゴルフも健康に良いのでしょうが、手塩にかけた野菜も健康によいです。 300坪程度を十数人の方が取り組まれている様子なので、それはそれは手入れが良いです。

   散歩コースの終盤に其れを眺めることも精神衛生に良いです。
           又、写真で紹介しましょう。
 

 COLUMN 1−D 1748

                            平成23年10月18日・記

     春日井・廻間町周辺も稲刈りが終了

     〜今週末は岩船神社の秋祭り〜



 3度目の登場、築水池の「池ざらえ」も終了し,底の水路が浮び上がる。

           

   ↑その水路に沿って、白サギ、青サギが小魚を狙っています↓

        


          

        ↑岩船神社周辺の稲刈りは終了しました。

          

            ↑今週末は「秋の祭礼」でしょう。

 この祭礼が終了すると、一度冷たい風が吹きますが、今年はどうでしょう。 
 手帳を捲ると今週から11月初旬まで、書き込みのない日がありません。

 その間をぬって、犬山の稲刈り・脱穀、瑞浪のサトイモ掘り、まだ農協には苗が出回っておりませんが、玉ねぎの植え込みもあります。

 今月末になれば蚊も出なくなります、2〜30時間必要な庭の松の剪定時期でもあり、アッと言う間に年末と言うことになりそうです。

 世界中で色々なことが次つぎと起こった今年ですが、マダマダこのままでは済みそうもない2011年です。


 COLUMN 1−D 1747

                            平成23年10月17日・記

      犬山・羽黒1号地 初の稲刈り



 昨夜来の雨は上がっているものの、自宅の庭の草木は雨に濡れている。

 現地に、リーダーのKさんに電話を入れると、『皆さんそれぞれに出発したようです』との返事、急いで出掛ける用意。

 羽黒3号地の田圃の稲は大半が倒れているので、1号地から始めることとする。

          

               ↑稲刈り機を降ろす。

  最初に田圃に生えた草を抜き取る、雨上がりなので簡単に抜けるがその分、下半身は稲に付いた水でびっしょり、長靴にも水がたまった。

           

 ↑当初3万円と言っていた中古稲刈り機、タイヤに傷があるから1・5万円で良い、しかも調子が悪かったら返品OKと言う。

 その後、稲刈り機が始動を始めた。何処かの高校の実習で昨年まで活躍していたという。 初めは腰が定まらなかったが徐々に調子があがる。
 
 何処かでトラブルが発生するのではと心配していたが、案の定、紐が切れる。    御隣で稲刈りをしていた地元の方に支援いただき解決。

  (お隣の稲刈り機は昨年新調されたという。 操作も簡単なようで、片手で悠々と進む。私達の田圃より1・3の広さを3人で、こちらは6人)

         

  ↑昼前に再び紐が結ばなくなる、紐が切れっるとトラブルが続く。
  何度もお隣をわずらわすことに気が引け自前で手結びで始める。

     この時点で、並行して行っていた稲架掛けは約4割が終了。 

  ここで、稲架用の竹が不足している事が判り、急遽名古屋へ走る。
      (地元・小牧市の業者は土日休業とのこと)
 
 私も岐阜県・瑞浪の中山間地で広くて1枚が100坪程の田圃での経験しかない、1枚が約330坪の稲刈りの収獲についての目安が立たなかった。

        

  ↑資材が揃ったのは午後の3時半、その後急ピッチで作業を進めるが、農作業などほとんどされたことのない方々、動作が緩慢になる。

 午後5時過ぎには日が沈み、残照の中最後の稲架作りと並行しての稲架掛けをする。 残照も消えて廻りが暗くなった5時半ギリギリで作業終了。

 記念撮影もしましたが、私はカメラを取りに行くユトリも元気もなかった。
    多分、疲労感あるも、満足一杯の笑顔であったことと思います.


        

 ↑この写真はメンバーの水野秀彦さんのギャラリーから転写しました。↓

        

 
 午後3時ごろ道路を隔てた向かい側の田圃に4条(?)のコンバインが現れた。 同じ広さのT反を1時間もかけずに終了して次の地に移動した。

 とはいえ、中古バインダー(稲刈り機)もなく、そして庭師Kさんの稲架づくりの手際のよい手さばきが無かったらと思わずにはいられなかった。


         羽黒2号地(約3畝)は次週となりました。




 COLUMN 1−D 

                            平成23年10月16日・記

   昨日は結婚式披露宴に参加・飲み過ぎ。

    本日(10月16日)は、犬山・羽黒で稲刈り



  犬山・羽黒の稲刈りは午前7時集合。 前夜の雨で稲がびしょ濡れ。

    久しぶりに陽が落ち、残照が消えるまで農作業をしました。

      睡眠不足のため、その様子は明日掲載することとします。


               おやすみなさい。




 COLUMN 1−D 1746

                            平成23年10月15日・記

     再び築水池の池ざらえ   (10月14日撮影)

  〜10月15日・姪の息子K君結婚式で東京へ〜



        

   ↑築水池も72時間の放流で、ほとんど水位がゼロ近くとなった。

          

 ↑池の底近くから車の姿が現れる。池の周りは鉄柵が施されている。
 破壊された様子もないから、最低でも10数年前に落ちた、落とされた?

 今回見せた姿は、15号台風で山から泥水が流れ落ちたから、車の上に積っているように見える。 

        

        ↑宮滝大池は完全に水位がゼロとなった。↓

          


        

    ↑番(?)の白鷺がユッタリと干上がった小魚を啄んでいる。

    水位ゼロでカモの群れは何処かに飛び去ってしまった。
   再び放流を止め、注水が始まると、戻ってくることでしょう。


 ~15日・午前0時、目覚めて起床。外は風の音と雨が窓を打っている。
            赤ワイン片手に書斎に入る。

 夢などほとんど見ないのに、コンクリートの床から手が伸びてきて身体をまさぐる夢にもがきながらやっとの思いで逃れ出た。

    夢判断からすると、どのようなことを意味するのだろうか。
           


   子供の頃、このような怖い夢を毎夜見ていたような記憶がある。
 集落のお狐様がいると言う祠から、お化けが飛び出して追いかけてくる。

 追われた私が段々畑の上段から飛びあがり、舞い逃げることが出来た。
 逃げ果せなかったこともあり、其の時は寝小便を漏らしたときだっただろうか。

 今月25日、北設楽・豊根・黒川小学校の同級会がありその地に出向く。

 数日前、藤原直哉事務所に北設楽郡・設楽町で、数年前まで「旧設楽農学校」を運営されて居られた方から連絡が入った。

  大きな敷地と宿泊可能な建物が今は活用されていないようだ。
     其の方と今月19日、瀬戸市でお会いする約束をした。

 私には特別な思いも計画もないが、日本の各地で新たな時代の到来の予感を感じて様々な試みが行われている。

   先駆者は既に10年以上試行錯誤をされて居られるようだ。

 どのような形で花が咲いてゆくのかは判らないが、同じような思いを共有する仲間が横に結びついてゆくネットワーク形成の予感がする。

 
 本日は東京で結婚式、家を6時半には出なければ、ひと眠りしよう。


 COLUMN 1−D 1745

                            平成23年10月14日・記

   ひと際面白く・興味湧いアドバンス・セミナー

      〜今回は1730年代のパリです〜 



 このコラムのNO1734で取り上げました来春中部大学を定年退官される、西ヨーロッパ史専門(特にフランス)の教授のシニアー向け(聴講生向け)特別セミナーです。

         今回は1730年代のパリの紹介です。

 私が90分間で学び・感じたことを活字で紹介することは到底不可能ですが、様々な視点から当時のパリを紹介されることによって、少しは判ったような気持ちにさせていただき、書き留めておく気持ちにさせられました。

 
 まず、、南仏の作家ピエール・プリオン・著『ある作家の回想』を取り上げ、1738年のパリ滞在の思い出の憧れと懐かしさが披露されました。

 続いて、本日のメインとなる「チェルゴのパリ」です。 チェルゴは事実上のパリ市長(1729〜41年)です。

 その彼が透視画法の専門家・詳細不明の画家・ルイ・ブルテに依頼した
20枚の区分地図で、パリ全市と城外区が透視立面図で描かれています。

 そこには教会、建物、広場、泉水等、其の他にも公共建築物、宮殿、邸館、個人住宅が区分されて記されています。

 1枚のサイズは76×49・5センチメートルで、20枚合わせると縦2・45メートル、横3.26メートルです。

 この透視立面図を使用して当時のパリ周遊をしました。 陸上・河川、船の様々な姿形、船着き場、セーヌ川を東から西に紹介されてゆきました。

 其の他にも、当時の音楽(バッハ「マタイ受難曲」。 クープラン「クラヴサン曲集第4巻」が教室に流れます。(私にはまったく知らない曲ばかり)

 ラモーの歌劇「イポリトとアリシー」、「ダルダニュス」も流れました。
 
 そして、最後には演劇の現状として、「コメディー・フランセーズ」、「コメディー・イタリエンヌ」、縁日芝居「コメディー・ア・デ・ラルテ」が紹介されました。

 以上の音楽も演劇も歌劇もそしてパリの街並みの建築技法もサッパリ理解の外ですが、それでも90分の講義は退屈しませんでした。

 多分、教授はこれが最後の講義になると数回口にされ、今回の講義内容を纏めるにあたって、これまで自分自身が回答を出しかねていた課題に最終結論を出すつもりと言われたおりますので、その意気込みが講義内容、レジュメにそして数々の映像、絵画、参考書籍の紹介となっているのでしょう。
 
 よくは判りませんが、90分の講義の為に一枚の年表を纏めるのに1週間かかったと言われておられました。

 平均すると1回の講義にレジュメの作成、各種の絵画、音楽の選択、そしてDVD映画に置いてポイントとなる所の編集等など。20時間以上の時間を使っておられることでしょう。
 
 50年近く研究し研鑽されてこられたことの集大成の一つ・スペシャル「アドバンス・セミナー」を受講出来ていることに感謝します。


 〜それにしても、1730年代のパリの下町(?)は舗装もなく、ビルの窓から屎尿が投げ捨てられ、其れが池となっている。その周りをスカートの裾を汚しながら、子供(モリエール?)を追いかけている母親の姿。

 17世紀の劇作家・モリエール(彼の死後1680年にコメディー・フランセーズ創設)に大きな影響を与えたという、「縁日芝居」の映像を見ていると、当時の世界の先進地・人口50万のパリと今日のEU・中心国フランスに思いが行く。
 
(参考・ロンドン57万、ナポリ30万、アムステルダム20万、マドリッド14万、ヴェニス14万、モスクワ13万、ミラノ12・5万、ウイーン11万)

 ギリシャの破綻は当面免れたと報道されているが、先送りすればするほど傷は深く深刻になってゆくのではないだろうか。
 
          花のパリがどうなるのでしょうか。


 COLUMN 1−D 1744

                            平成23年10月12日・記

   燃えよ!ドラゴンズ、14日にもマジックか?

    〜ヤクルト戦を観戦してきました〜    



       

↑セリーグ・リーグ戦、後半に入り中日・思わぬ優勝戦線へ、名古屋ドーム

         

      ↑スーパーハイビジョンに「GOGO!DRAGONS」と

          

             ↑ドアラも声高く声援します。

         

             ↑チァーガールも盛りたてます。
           
         

          ↑劣勢のヤクルトの雨傘は、お湿りがち・・

         

     ↑浅尾〜岩瀬と繋いで何とか勝利、ドラファンが燃えました。

 昔よりは冷静に試合の推移を楽しむようになりましたが、一方的な試合や其の日の流れで先が見えると早々と床に就いてしまいます。

 相方の方がここ数年ドラゴンズ・ファン・クラブに参加し、中日スポーツ新聞まで購入して応援しているようです。

 昨日の観戦中のこと、これまた中日ドラゴンズ・ファン・クラブと御見受けした60歳代のご婦人二人が隣の席に来られました。

 野球を見ているよりは御話しに夢中で何時観戦しているのかなと思えるほどでした。

 相方が二人のお話しの中継ぎをしてくれるのですが、『二人のうち一方はあまり野球をしらないようだ』という。

 『各いう、貴方も20年前は同じようなものだった』と言ったら、黙ってしまった。

 本日、明日と名古屋球場でヤクルトとの2連戦が残っているが、これに連勝しようものなら、一気に14日の東京ドーム・巨人戦で胴上げが見られるのかもしれない。

 少し調子に乗ってくると、ファンは過大な期待をするものだが、そんなに調子良く・思い道理に事は進まない。

   今の御時勢も、既に終焉と思いきやなかなかどうして粘っこい。

     粘っこさの下で、コツコツと次代の仕掛けが創られてゆく。


 COLUMN 1−D 1743

                            平成23年10月11日・記

       今年も築水池の「池ざらえ」

     〜セリーグ・リーグ戦の行方は〜



   田植えが平均6月上旬の廻間町では稲刈りが今・盛りです。
    よって、田圃への通水の必要がなくなりました築水池です。

  築水池の「池ざらえ」は3〜4年に一度の頻度と記憶しているが、今年は台風15号の影響で山の泥水で濁っている為か昨日から始まった。

        

             ↑放流が始まった築水池

          
 
              ↑宮滝大池のカモたち

 築水池の下の宮滝大池も3日前まではこのようにカモたちが泳いでいた

         

  ↑その宮滝大池も放流が始まり、白鷺、青鷺が小魚を狙っています。


 話変わって

 
今期のプロ野球・セリーグ・リーグ戦の優勝戦線が山場にきました。
   中日対ヤクルトの名古屋球場の4連戦が昨日から始まりました。

 第1戦は中日がヤクルトを下しましたが、どちらに流れが傾いてもおかしくない戦況でした。 故障者続出のヤクルトの善戦と言えます。

 さて、本日は中日ドラゴンズ・ファン倶楽部の招待試合で観戦に行きます。 
 これまでの観戦試合では地元球場で強い中日ですので、勝ちゲームを観戦することが多いのですが、大事な第2戦はどうなりましょうか。

 一時は10ゲーム差も広げられ、クライマックス・シリーズへの期待となっていましたが、ここまで来ますと欲が出てきます。

 ファンとは有り難いもので、手弁当でお応援してくれるのですから・・
 
 夢や希望を与えてくれるスポーツや芸能は厄介な話より良いですね。


 COLUMN 1−D 1742

                            平成23年10月10日・記

   10月8日、瑞浪・百姓学校・農作業

    10月10日、犬山・羽黒で農作業


 10月8日 ・瑞浪百姓学校

          

   ↑
トンネルの白菜が巻き始めたが、色つやが気に入らない。

 トンネがいけないんではないかと、3畝のうち2畝を外してみました。

          

      ↑ニンニクの植え込みと、玉ねぎの畝を作りました。

          

   ↑サトイモ、2週間前の試し掘りより、ハッキリと成長を確認。
   今年も、瑞浪の畑はサトイモの出来栄えは満足ゆく状況です。


 10月10日・ 犬山・羽黒3号地の農作業

         


           ↑ご覧の様な枝豆の出来栄えです。 

 本日の収獲は全体の三分の一程度の収獲です。 この後大豆にして味噌づくりと言っていますが、私には経験がありません。

 次週、稲刈りですので、其の時大豆も一緒に稲架けしてみようと思っていますが、まだ早そうです。もう一回枝豆の収獲をする計画。

          

 ↑白菜の定着率は40%程度でしたが、瑞浪の白菜よりも色つやが良い。 
   10月8日の写真と比較してください。 どうしてか?判りません。
     種も定植方法も同じですが、一番の違いは時期でした。

          

    ↑シートやジュータンで長年草抑えしていたところです。
   粘土質のように固くなっていますが、順調に成長してきました。

   秋の植え込みでしたが、種芋・男爵が大きく、カットして植え込む。
       瑞浪とは品種が異なるので、比較は難しい。
 
          

   ↑玉ねぎの畝作りを早々としました。植え込みは11月上旬予定。

   エナジー水の原液をタップリと蒔き、剪定したチップを施しました。



 COLUMN 1−D 1741

                            平成23年10月09日・記

     偶然などないと言っているのですが・・

〜必要・必然としたなら、何であったか、何であろう〜


        本日豊橋の実家の庭木の剪定に行きました。
 秋分の日にお墓参りをしていませんでしたので、まずは墓参りに。

         我が家の墓のお隣は父方の叔父の御墓です。
 草取りをして、御榊を取り換え祝詞をあげておりますと、声がかかりました。

      見覚えがありません、X子でする言われてもサッパリです。
  加藤OOの娘のX子です。『今日は東京から豊橋の家の空気の入れ替えと墓参りできました』と言われる。

 名前と顔とはくっつきませんが、社会人2年目頃、半田のお宅にお伺いしたことがありますので、”そうだったかな”と其の事を思い出す。

 私は加藤丸喜の息子の大喜ですと自己紹介しますと、『なぃ〜、大喜さん
、全然違いますね』と言うので、『貴方も鏡見れば判りますよ』と押し返す。

 『姉がいるから今から庭木の剪定です』というと、会いたいと言うので彼女が乗ってきたタクシーを清算して実家に行く。

 1時間半近く剪定に時間を要したが、何を話しているのか知らない。
 その後、豊橋名物「菜めし田楽」に行く。

 高校時代も活発なお嬢さんと聞いてはいたが、今も東京の文京区で現役で働いておられるとのこと、歯切れの良い話し方と、頭の回転の良さで、会話が弾む。

 この間、何処かでお会いしているかもしれませんが、全く記憶にないですから40数年ぶりに会いました。

 5分間のヅレがあると、水汲み場から御墓の場所までにすれ違っても挨拶もないままお別れしたことでしょう。

 日頃、何事も必然・必要で偶然などないと口にしておりますが、40数年ぶりにお会いすると言う事の意味はなんでしょうか。

 意味などないのかもしれませんが、時代のこれからの展開に置いて何らかの繋がりが出てくるのでしょうか。

 
  



  前のページはこちらからどうぞ