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 COLUMN 1−D 2320

                          平成25年9月10日・記

 その後も、脳裏をかすめる2020東京五輪の役割

  〜私自身は何処を目指し、実行しているのか〜



 9月8日、2020年の東京五輪、パラリンピックの招致が決定した。

 特に、賛成でもなく、反対でもなかったと書き、このことを契機に新たな時代、社会の創出に結びつく切っ掛けになる事を望むと書いた。

 また、安倍首相が福島原発問題はコントロール下にあり、解決可能と大見えを切った。 大風呂敷が現実になることを切望するとも書いた。

 が、一方数年前より、商業五輪ばかりでなく、世界は資本の論理(世界金融資本)の支配で牛耳られて居るのが現実である。

 日本もその支配体制下にあり、さらに悪いことには日本の既得権益者は
その下で目先の自己の利益ばかりを優先している。

 そのことが日本で・世界でさらに混迷の度を深めてさせ、破綻、崩壊の道を進み抜き差しならぬところに至ろうとしている。

 が、エゴ優先の社会の根本問題解決は必然性としても、また十分条件としても混迷が整ったところでもって崩壊の時に至るとも書いた。

 そこまで、行きつかないことには近代社会が生み出した矛盾の真の解決に向けたスタート台には立てないとの思いに至ったとも書いた。

 そして、其の事を傍観者として時を過すことなく、またスタート台に立った時に、腰を抜かすことなく行動を起こしている修行僧でありたいとも書いた。
 
 そのことを書いてからも、何処かスッキリしない、喉の何処かに異物が残っているように感じてならなかった。 そして本日のこと。

 
朝のストレッチとNHKのラジオ体操に合わせて身体を動かしていた時の事です。

     グッキッと左太股の筋が切断する様な音がしました。

 その後、時間まで体操を続けました。 が、その後の礼拝時にも、このアクシデントは私に何を伝えようとしたのかと考えることになりました。

   (時間の経過とともに、痛みを感じだし、サポーターを巻く)

 その結果、2020年を漫然と待つのではなく、何かを考え・目標を持って日々を過ごしないないとのシグナルではなかったかと思うに至りました。

 自分自身にとって、私の周りにとって、そして日本を訪れる世界の人々、あるいは各種メディアを通じて日本に触れる世界の人々にとって、美しく・気持良くそして幸せと感じてもらえる事・姿とは何であろうかと・・。

 それはきっと、金や物では得られないことの具象化であろうと・・・。

 「ロハス=LOHAS=健康で持続可能な、また重視する生活様式」の姿の具現化ではなかと・・・。

 その一つは「自然環境との共生」と考えます。が現在私たちを取り巻く環境は近代化された、効率視点の開発の結果の見直しではないでしょうか。

 見直しの結果、元の姿に戻すべきものはも戻す、消し去るモノは消す、そして新たに造るべきモノは造ることと考えます。

 クリエイティブな発想を持ち合わせていませんので、残念ながら進んで進言・提案する能力は有りません。

 が、2020年・79歳の自分にとっても、心身共に健康な姿で生活していることの実現は可能と考えます。

 自然と共生している社会環境、そこで心身ともに健康で人情ある「おもてなし」の社会を作り上げてお迎えするあるいは、発信する日本の新しい姿。

 一般論は以上で良いと脳裏をかすめます。ところで「君は何をするのか。出来るのか、どのような状態を作るのか」と・・。

 ・可能な限り人様の御厄介にならない。健康保険利用は最小。
 ・鍬・鎌を手にして、安心・安全な食糧の生産に従事している。

 ・若者・青少年との接触の場を持ち、交流をしている。
 ・世界の情勢に関心を持ち、受信し、発信し、時に出向く。

 ・社会・地域との接点を持ち、お役立ちの一つも実行している。
 ・人様の長所・強みが見え、嘘や嫌味を言わない日常生活。



 COLUMN 1−D 2319

                          平成25年9月9日・記

        葛の花・葛の根、葛根湯

   〜「白露」すぎ、風が心地良くなりました〜



 実家が薬屋であり、薬剤師の父が漢方薬のことを研究(?)しており、幼少の頃より病弱であった私は、煎じ薬によって何度か救われた様です。

 其の為か、普通の人は嫌うドクダミの臭いが嫌いではないと言うよりは、好きと言った方が近いです。

 ドクダミは毒下しとも言われ、戦前(?)と戦後の一時期、栄養不足からだろうか、皮膚に吹き出物を患る方が多く、ドクダミのエキス入りの軟膏が良く売れていたように記憶しています。

 そのドクダミを風邪気味で特に鼻づまりの時、生の葉をちぎり軽くも揉んで鼻の穴に押し込んだものです。

 5分もすると詰まっていた鼻がスーと通り気持良かったことを想い出します。今でも年に1~2回は手当てしています。


 これまた、大半の方が嫌うと言うよりは口にしない漢方薬・「葛根湯」の煎じ薬に今でも良く御厄介になります。

 少し背筋がゾクッとした時などは、早めに煎じることにしています。
 
 家中に独特の香りが拡がり薬効を感じさせ、特に冬季は身体が温まり、汗が滲み出てくれば回復の兆候と喜んでいます。

 一方、この「葛」繁殖力が強く、どのような道端にでも繁殖し、成長力が強く真夏の頃から弦をグングン伸ばし始め、今頃になりますと他の植物を覆いかぶしてしまいます。

       

              ↑散歩道の葛の生い茂り。
 
 畑の周辺の葛は見付け次第に成敗していますが、少し目を離していると一気に栄養素を抜き取られるのではと感じる勢いです。。

 この「葛の根」から作られる「本葛粉」は生産量が少なく、高価なモノのようです。
 
 道端にある葛とは種が異なるのでしょうか。 石川県の宝達葛、奈良県の吉野葛、また三重県の伊勢葛等が有名のようです。

         

                   ↑葛の花

 が、私にとっては上記の葛の花のように、秋風が肌に心地くなる頃に咲く花として、この時期良く目にとまる好きな花の一つです。

         さて、本日も彼女に会いに出かけましょう。



 COLUMN 1−D 2318

                          平成25年9月8日・記

      9月8日、 犬山・農作業日記

  〜五輪(パラリンピック))東京招致決定の朝〜



   前夜、今朝5時に雨が降っていたならば、農作業は中止と確認。

 雨こそ降っていないが、数時間前まで降っていた雨が庭の木々を濡らし、黒竹などは地面に届かんばかりにしなっている。

    その下をくぐり抜けて芽出し中のジャガイモを取りに行く。


 出発。 ラジオからアルゼンチンで行われていた2020年開催のオリンピック、パラリンピックの開催地が東京に決定したことを何度も告げている。

 特に反対でもなく、また特に賛成でもない今回の招致運動であった。

 これをを契機にこれまでの価値観や基準でないオリンピックなり、新たな社会の創出が始まることを望んでいるが、容易なこととは思えない。



 安倍首相が大見えを切って、福島の原発問題は解決できると言った。

 このことを潮に、ここまで国民に本当のことを知らせない・見せない実態を反転させ明確にして、あらゆる方法を・手段を尽くして解決に向かうならばオリンピック招致は喜ぶべきことと賛成します。

 が、このところの商業主義に基づくオリンピックが継承されてゆくならば、五輪のみならず、資本の論理に基づくあらゆる事象に於いて今日の世界の秩序、状況は更に一層混迷をもたらし、破局に向かうことになろう。

 4年前から、日本も世界も一度行き詰まり、破綻・崩壊の憂き目にあわないことには、新たな時代を創出する必然性と十分条件が揃わないだろうと決めつけてしまった。

 日々人々が胸の底に覆い隠している不安・不信心情の拡がりと世界情勢は日増しに其の時のうねりが近づいていると感じない訳にはいかない。
 
 時代の趨勢はどのような流れを生みだして行くか、傍観者としてでなく今この時に生ある修行僧として身近なところから休まず行動を継続したい。


         その行動の場の一つが犬山の田・畑です。

        

 ↑その畑・3号地の枝豆です。葉は青々と大きく成長はしましたが、既に日記にも書きましたが、実入りまでに至りませんでした。↓

        

   ↑ご覧のように鞘は十分すぎほどの数ですが、中身は空です。

       窒素過多の時に良く起きる症状と教えられました。 

 2年弱の体験の畑の中で一番条件の悪いところに4月11日に植え込んだ枝豆(大豆)でしたが、5カ月経過した本日でギブアップしました。

   (がまだ、別の場所、同じ種の枝豆と丹波の黒豆はそのままです)

        

 ↑背丈が1メートルにもなり、根の張りもシッカリしていましたので、引き抜くのに苦労しました。 情けなさの涙と降り始めた雨が重なりました。

  なを、9月5日に植え込んだジャガイモの不足種芋を本日補植。


        早々と引き上げて、この日記を書きました。



 COLUMN 1−D 2317

                          平成25年9月5日・記

     9月5日、 犬山・農作業日記



 名古屋・南部と北部では避難準備勧告が出たと言う。 南区から来る相棒は正に一寸先が見えない状況を体験したと言っていた。

 春日井は時折強い雨脚も有ったが、起こされることもなく寝入っていた。

 豊橋は水甕の宇連ダムが貯水量が4%パーセント以下で、豊橋の家庭用水道は30%注水制限となり、雨が欲しいが貯水地ではどれほどか。

 豊橋市内ではそれほどの雨の量でなかったといい、雷や大雨が極端に嫌いで・怖い姉からは聴いたこともない雨乞いの話を聞いた。


 1号地

 
2匹目のドジョウを期待したトオモロコシでしたが、背丈が1メートル足らずで雄穂が咲き、続いて雌穂も出穂した。

 土寄せする必要のない位の背丈で、実の方はベビーコーンとなろう。

 3号地
 南の島ー1

 ・
何度か挑戦するが、ホウレンソウをまともに収穫したことがない。PH値を測定すると、適正とまではいかないが、なんとかなりそうな数値です。

 8月29日、思いっきり種を振りまいてみました。 発芽には成功しました。

 同じ日に蒔いた春菊も発芽、前回(7月5日)は種袋のいつでもOKと有ったが早すぎたと言うことだろう。

 初めて発芽を促してから定植するジャガイモ(てじま)4kg,にしゆたか1Kg(これは購入してきたばかり)。

 遠山郷、下栗のニドイモ(発芽を促したが芽出しまでは至らない、が少し芽出しを始めていた)1Kg。

 そして、今春収穫したジャガイモ男爵も発芽を促していたが、芽出しはしていない。 次回、9月8日に植え込む予定。1・5Kg

 南の島ー2

 
・聖護院大根が今度は発芽した。とは言え発芽率は50%か?

 ・白菜・豊秋が虫に食われている、持参の愛知の白菜を補植。

 ・さて、ナスです。夏野菜としては殆ど収獲ありませんでした。

 秋の気配と共に、懲りずに水遣りをしていたら枝を切り詰めてもいないのに(切り詰めるほど成長しなかった)花が咲きだしました。

        

  ↑生きている間は見捨ててはいけないことを教えてくれました。
 たとえ、実に成るまでに至らなくとも、猛暑を生きぬいた力に感激です。

 中央の島

      
ここでは大根、キャベツから御教授を頂けそうです。

       

   ↑大きい葉の物は8月1日に定植しました。80鉢定植してここまで来たモノは40%です。同じトンネルの中の小さいモノは8月29日の補植。

  大根は既に3度蒔きの物もあります。 トンネルまで施してです。

 過保護なのでしょうか? ほとんどは葉と根の継ぎ目のところを喰われております。 コオロギ、バッタ、???

 白菜の苗が余りましたので、混植にして見ました。どなるかな?


 北の島

 
人参、紅カブの種蒔きをしました。

 枝豆、大豆関連

 
南の島の枝豆(大豆)は鞘は鈴なりですが、実は一つだになかりけり。

 来週には撤収しようと思っています。 立派な堆肥となりましょう。
 ニンニクを植えようと考えています。

 北の島の枝豆(大豆)もほぼ同じ状態ですが、次を予定しています玉ねぎにまでは時間がりますので、今少し其のままです。

 この畑の丹波の黒豆は収獲時期がもっと遅くなりますので、様子を見てみます。鞘に少しは実が付きはじめたようにも思えますので・・・。




 COLUMN 1−D 2316

                          平成25年9月4日・記

   9月3日付け書いてあったバラバラの話。

  〜なのを感じ、何が言いたかったのか〜??



       以下の文章は9月3日に入力したものです。

 消してしまおうかとも思いましたが、本日・9月4日、書く事もないので、そのまま掲載することにします。


    待望の雨も降り犬山への水遣り行きは必要なくなりました。

 庭で育てている白菜、水菜が順調に成長して、9月5日の畑作業では定植できそうです。 一昨日も書きましたように各種虫類に喰われていますので、補植ということになります。

 何処まで補植すれば一定の数が残るのか判りませんので、次の種まきをしました。 兎に角、納得できるまで続けてみようと思っています。

 直播の種の発芽を楽しみしていますが、今回はどうなっているか。


 話変わって、豊橋・姉の家のテレビの故障

 デジタル対応テレビ、購入して6年ですので耐用年数に問題はないはず、
 先回、豊橋に行った折、特に接触した訳ではなかったが回復した。

 が、帰宅後、再び調子が悪くなった。 『何処に仕舞い込んだか忘れてしまった』と言う電気屋さんの電話番号を探し当て電話をしたという。

 即、個人電気屋さんは代わりのテレビを持参して、故障テレビを持ち帰えったと言う。 

 価額重視で大型店で購入するよりは、高齢者の家では小回り良く面倒を見てくれる近くの電気店が正解だと改めて認識する。

 本日、豊橋に行き電気店に電話してその後のことを訊ねてみる予定。


 さらに話変わってタイランドのこと

 息子が仕事の関係でタイランドに行って来たと報告。
 
 そこで、思い出したのが1989年、香港在住の時に勧められてタイランドのゴルフ場の権利を購入した。

 初めから、転売することはできないと言う条件付きの契約内容であった。
 その時の契約書をとりだしてみると、当時の1タイ・バーツは日本円で6円であった。

 本日、調べてみると1バーツ2円です。 三分の一になっている。
 バーツが弱くなったのか、円が強くなったのか?

 世界の情勢を眺めてみると、アメリカの覇権は凋落、シリア問題でも国内が纏まらない。TPP交渉も思い通りになっていない。

 ヨーロッパ? 新興国ロシア、中国、インド、ブラジルの通貨も揺れている。
 世界の中で、これからの成長地域として注目されているアジア、東南アジアと言われているが、果たしてどうなることか?

 忘れていた契約書を取りだして、久しぶりに世界のことに思いめぐらしてみる。
 


 COLUMN 1−D 231


                          平成25年9月1日・記

     ヤット、雨が降った。9月1日農作業日記

 〜畑の隣のご主人、2日前から畑仕事始める〜



 8月31日、今日は雨が来るだろうと空を見上げるが、その兆候を感じない。  結局金曜日、土曜日と水遣りに出向いたのは正解でした。

 3号地

 これ程水遣りに拘っているのは、8月に入って定植した苗は次つぎにしぼむ。(コオロギ、バッタ、後は??に根元から喰われているモノも目立つ、

 彼らを殺虫する化学兵器は全く未使用、どうぞとは言わないが彼らも生き物、、必死に生きているのだろうと敵対心を持たないこととしている)

 葉モノのトンネル架けは、モンシロチョウ用、ここに来て彼女の姿も少なくなった。 トンネルの外に出ているモノは集中攻撃。

 20日大根、白カブ、赤カブそして各種の大根類も発芽率が20〜30%。

 8月下旬に蒔いた種がやっと芽出しを始めた。なんとかしたい・・。

 

 8月18日に蒔いた北の島の20日大根は遂に芽出しせず。 蒔かねば生えないと言い聞かし、本日白カブを再度1畝蒔く。

 後2畝用意したが、一気に蒔くと同じ結果となると残念なので、1週間前に散布して置いた複合発酵ボカシを畝と和した。 次回に蒔くつもり。

 ジャガイモを予定している南の島ー1の畝に鍬を入れる。 シッカリと根切りして草を刈り込んであり、少しは期待できる土質になったと感じる。

 (春、秋を通じてこれまで経験したことのない低収穫量であった)

 ところが、自宅で初めて芽出ししているジャガイモは、今秋新たに購入した「でじまジャガイモの種」は順調に芽出ししたが、経費を考え春獲りのジャガイモを試してみたが、発芽して来ない。 (遠山のジャガイモも同じ)

  種芋10キロ分の畝は用意しているので、買い増しが必要だ。

 南の島ー2のナス。ほとんど収獲らしい収穫はないままであったが、懲りずに水遣りは続けていたら、ここにきて秋獲りとなるか花芽が付きだした。

 収獲まで成長するかどうか判らないが、猛暑を生き延びたナスを手にすることが出来るか? 複合発酵ボカシ(今回は完全発酵済み)を散布。


     畑の隣の御主人が8月30日から庭に出て作業を始めた。

 大根(?)の畝を作っている。 あわてん坊の私は8月中旬から種まきを始めている。自宅で苗づくりしているモノはポットで成長するが、直播の物は無理か。

 隣百姓と言われるかもしれないが、地元の方のタイミングに合わせる必要があるかと感じ始めている。



 COLUMN 1−D 2314

                          平成25年8月30日・記

        秋を探して・・・ その2



 所によっては大雨を降らせているようだが、待ち望む雨は希望どうりには降ってくれない。 

 午後から空が曇って・一雨かと思いきや大粒な雨が一瞬通り過ぎて、何処かに行ってしまった。

 1・5坪の庭の隅の畑の整備をする。 小さいがソコソコの収獲となったトマトにはまだ小粒の青いトマトがついていたが、一気に整理してしまった。

 湿度が高いためだろう、下着も上下の作業着も汗まみれ、汗を流して散歩に出かける。

        

          ↑真っ赤に色づいたサンゴシュの実、

        

  ↑植物園の「万葉苑」を覗いてみたら、ユウゼンキク、秋の花だ。

        

          ↑これも万葉苑の中で、「ハナトラノオ」

          

    ↑大谷山、道樹山から集められ、勢いを失った樋から・・・

        

        ↑その横で、アジサイの花が残っていました。

  猛暑日をくぐり抜けてきた梅雨時の花・アジサイに秋を感じました。

    汗ばんだ背に霧のような雨粒と共に、風が吹き込んできました。



 COLUMN 1−D 2313

                          平成25年8月29日・記

      8月29日 犬山・農作業日記



 朝晩の気温は25度を切る状況となり、朝方は掛け布団を引きよせている。

    本日、白菜、ブロッコリー、水菜の定植、キャベツの補植。
        大根は畝によっては3度目の種蒔きとなる。

        

  ↑この時期に定植する野菜にはトンネルを設置することとしている。

 1・8メートル×10メートルで1000円の物と1800円の物が有りますが、
 
 今後使い続けなければ正しいことは判らないが、1800円の方が防虫には効果的ですし、強度と言い、使い勝手も良いように感じている。

           上記の写真はその製品です。

        

      ↑ブロッコリーの苗、敷き詰められているのは檜の堆肥

        

     ↑豊秋・60日、ここまでは順調、補植用も用意する。

 この2年間で一度もまともな結果を得ていないホウレンソウの種まき。

       春菊も8月下旬となれば、発芽をするだろうか。

           赤カブ、白カブも補植をする。

       

 今夜からの雨を期待しての定植、種蒔きですがどうなることだろう。


 COLUMN 1−D 2312

                          平成25年8月28日・記

      秋を探して・・・ 久しぶりの散策



         

  ↑アレッ!! これは秋ではないな。 久しぶりのこと手当たり次第

             芙蓉ですよね?  夏の花でしょう?

         

       ↑アセビ科、ムベがこんなに大きくなっていました。


         

             ↑ドングリの実が落花していました。

    

     ↑日影にオミナエシと         キキョウがひっそりと

           

    ↑隣でハギが「私が主役と」咲き揃う、いや楚々と咲いていました。

     

                  ↑ススキと秋雲

 気持良く出かけましたが、帰りつくと汗びっしょり、風呂上がりのビール旨かった。 その後はハイボールで、そして只今日記を書きました。



 COLUMN 1−D 2311

                          平成25年8月26日・記

        
    遠山郷藤原学校  8月24~25日

    藤原先生の御案内で近場を訪ねる   


 8月24日、春日井では雨が上がったが、山の方の天気は判らない。

  今月は一般のお客様が来られないことでもあり、出発を遅らす。

  中央高速道路を走っていると、停滞電話の振動が太股に伝わる。

 このところ姉のこともあり電源を入れているが、携帯電話の呼び鈴はほとんどの場合良い情報ではない。

 早めに遠山に到着していたスタッフからの電話でヤレヤレと一安心。
 
 『到着と同時に、近場の見学に行くからとのこと』、という。 が近場と言っても訪ねるような場所が有るのだろうかと訝る。

       

↑旧南和田小学校。校舎を民間の会社が買い上げ、工場として操業中。

       

  ↑旧木沢小学校の校舎。 飯田市の所有となり、地元の活性化協議会が運営を任されている。 数年前より、屋根の塗り替え、ポッタン・トイレの改修と進み、来年度は炊事場の改修へと続くと言う。

 写真を比べてみると、構造的にはほとんど変化ないが、人の手の入り方で輝きが違う。

        

↑旧南和田小学校の校庭に廃棄されているバスが一層その思いを強める

      

  JR飯田線・平岡駅近くの平岡ダム。戦前から工事が始められ、太平洋戦争と突入と共に、中国・朝鮮半島の人々等が工事の使役をになった。

 推測ですが、この工事に伴いJR飯田線の付け替え工事が有ったのではないか。その廃線跡を訪ねた。

         

        ↑木々に覆われて、廃線路の一部しか見えない。↓

         

         

  ↑場所を移動したら、急斜面のところにトンネルと廃線路が見えた。


 JR飯田線、為栗(してぐり)駅周辺

 
豊橋から辰野に至るJR飯田線は秘境駅が多いことで、このところ鉄道マニア、観光客に注目されている。

 
 平岡駅から長野県道1号線に入り、天竜川右岸を5キロ程北上する。

 こんなところで商売になるのかという場所に喫茶店がある(実際、何度も店名が変わった様だが、長続きしていないと言う。当日も閉店中)所を、左折して500メートル。

       

   ↑突然、道が行きどまりとなる「天龍橋」と名付けられた吊り橋。

       

 ↑後から判ったことですが、東京から来られたと言う方が渡って行った。

            

  ↑つり橋の途中で、多分熊(?)の糞と思われる遺物を目にした。

         

               ↑綺麗な駅名の看板

             

   ↑線路の向かい側に、民家が一軒、空家のように見えた。

         

   ↑線路脇にある看板。観光施設案内とあるがそれらしきもの??
    右下に徒歩10分と書かれてあるのは、先程の喫茶店のようだ。

          

        ↑2時間か3時間に一本しか停車しない時刻表。

       

       ↑運良く「天竜峡」行きの普通列車が入って来た。
    先程の東京からの御客様は、当日は飯田泊まりとのこと。

       

    ↑列車を送り、駅の近くの万古川橋りょうまで足を伸ばす。

 定かではないが、橋りょうの下をくぐりそこから山道になり約1時間弱登る。
 そこには80歳を過ぎた老婆が一人暮らしをしていると言う。 村の民生委員が街に降りたらどうかというが、一向に返事がないと言う。

      年に何度かの郵便配達も継続されているという。

      

  ↑橋りょうも塗り替えられており、しばしば大雨の時は不通となるが、
 JR飯田線は太平洋側・遠州、三河と南・中信州を結ぶ重要な路線です。


        私はこの飯田線を小学校までは利用しました。 
 
 豊橋の中学に転校するまでは、この飯田線・愛知県の最終駅・東栄町で下車、そこからバスで豊根村に疎開していたからです。

 東栄町を過ぎると静岡県となり、佐久間ダムのある佐久間駅を経由して、浜松から北上して来る秋葉街道152号線と並行して走り、水窪駅。

      この水窪からがJR秘境線と言われる駅が続きます。

 今回、飯田線・秘境駅の一つを訪れ、身近なところに興味ある場を知りました。 今年の紅葉はこの路線を走ってみようかと思っています。
      
  
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