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 COLUMN 1−D 2370

                          平成25年11月22日・記

      目の前の大谷山も紅葉です。



 何やかやと続き、定番散歩コースに2週間近く足が運ばれていなかった。

      

   ↑書斎から眺められる大谷山や檜峠は赤色なしの紅葉です。

        

   ↑定点観測地の大久保池のラクウショウだけが赤に近い。

       

   ↑定点観測地・築水池は昨年に続いて堤体(防)の補強工事。

        

          ↑本年は出水口も補強に入っています。

 大型の重機が力強く、土を掘り起こし、これまた大型の運搬車が運ぶ。

 それでも昨年と本年で工事は終了せず、来年の予定が表示されています。

       

   ↑定点観測地・宮滝大池の茅の穂が夕日に照らされています↓
    
     


       

         ↑自宅前のナンキンハゼの街路樹です。

      

       ↑反転し、西の空に向かってシャッターを押しました。

       

     ↑再び反転し、西日に照らされたジャリ獲り山の茜色。


 COLUMN 1−D 2369

                          平成25年11月21日・記

       11月21日・犬山 農作業日記



  脱穀日というのに朝から小雨が降りだした。 止むこと前提に犬山へ。

   畑3号地

 晴れるのを待つ間に、時折小雨が降る中、ニンニクと玉ねぎの草抜きをして籾殻をタップリと施す。

         

 ↑昨年は早蒔きすぎて成長が早過ぎ、越冬に苦労した絹さやエンドウ、グリーンピース。

 本年は10月31日に種蒔き、11月14日に発芽を確認した。(14日で芽吹)
 
 それでも早すぎたかと11月9日に2度目の種蒔き、13日目の本日芽吹き確認できず。スナックエンドウも同じこと。 気温の変化が急です。

 成長の悪い秋ジャガイモ、何とか細々と葉を茂らしているが、厳しい霜が降る前に(葉が枯れる前に)芋の姿になてくれますように・・。

    田圃1号地

 1号田圃のハザ掛けの一部が倒れていたために補修し架け直し。
  (この間Kさん、この田圃に落下した草種をバーナーで焼く、)

   田圃4号地

 その後、11月17日にこれまた稲架が倒れ脱穀が出来ず、干し直しをして置いた稲の脱穀に向かう。

 主に、畑の面倒を見ているので確かなことは判らないが、今年の稲作は様々な場面でタイミングが食い違い、労力が浪費されていると感じる。

 田圃1号と2号は3年目ですが、毎年何か課題を提供されて勉強です。

 それでも、午前10時過ぎ脱穀機が快調な音を響かせ活動し始めると、青空ものぞき気分爽快に4号地の作業を終えました。

  脱穀が残っているのは、1号地と3号地。11月24日に脱穀予定。

 私は11月24日、11年間お世話になった瑞浪の百姓学校の収獲祭が3年ぶりに開催との案内が届いており、ご高齢になった校長にご挨拶に行きます。 よって、欠席です、よろしく。



 COLUMN 1−D 2368

                          平成25年11月19日・記

       再び・寒波第2波・到来か



  軒下の吊るし柿日当たりのよいのは有りがたいのですが、柿の外側が乾燥する前に雨に当たると出来上がりが悪くなり心配しています。

        

    ↑昨年は霜が降り一日で萎れていしまった皇帝ダリヤ

 今年は天空の荒雲のもと、別名の如く「木立ダリヤ」はスクッと・・。

        


          
 
    ↑皇帝ダリヤ、万華鏡仕上げにしてみると、家紋のごと。

        

     ↑皇帝ダリアの根元では、ツワブキの花、太陽の如し。


 COLUMN 1−D 2367

                          平成25年11月18日・記

    遅れていた脱穀・昨日やっと半分終了

  〜苦労の籾すり、精米し、釜焚きご飯の収穫祭〜



  11月3日でもOKであった脱穀が雨でのびのびとなり昨日開始。

        

        

   お隣の田圃、藁燃やしの煙が立ち込めて晩秋のムードです。


  脱穀直後に籾すりにかけましたが、今年も目詰まりして大苦労。

 11月12日、このコラム NO 2362で紹介しました漆喰の釜で炊きあげました。
   
 
         

  ↑出来上がり時間は午後の1時半近く、腹が空いている上に、焚き上がったご飯はこれまた格別。 平飼い鶏の卵かけご飯でハ〜イお代わり。

  

               ↑一粒も残しません。↓          


        


        


  腹ごしらえが終われば、お子様には「泥んこ団子」づくりが待っていた

         


       

               初冬の陽は一気に沈む、

 昨夜の夢はきっと楽しい思い出を一杯、お腹一杯だったことでしょう。


 COLUMN 1−D 2366

                          平成25年11月16日・記

        昨日は、名古屋で一席

  本日・庭松剪定他 本年3回目、明日は脱穀



 昨夜は名古屋駅前へ。 かつて勤務していた会社の同僚3人と年に一度の顔合わせ、既に7回目くらいか。 

 会って最初に交わした会話は、誰それの葬儀が有った、葬儀に参加のBさんは急に老いぼれていた、 Cさんが一昨日急に脳梗塞で帰宅の車の中で急死した、難病であったAさんの奥さんが63歳で死去された。

 お酒が廻ってくるとより打ち解けて、世の中の事、業界のこと、持っていた株式投信が大幅に下落した事。 家族のこととあからさまな内容となる。

 それにしても、かつて本社のあった名古屋駅前から一歩外れると寂れた(?)木造民家の通りが、「古民家風の居酒屋や洒落た洋風カッフェ等」に変身している。

 こんなに連なっていて大丈夫かと訝しく思えたが、金曜日の事、どの御店にも客が一杯であった。 

 私達の予約していた店もDさんの顔で良い席が確保されていました。

        

 ↑↓昨日吊るした干し柿、朝の低い高度の太陽の光、葉蔭を通して

        


 本日女房はかつてベトナムで植林ボランティアをしていた時の学生の結婚式に呼ばれたと言うことで、イソイソとご準備、高蔵寺駅まで送る。

 

  久しぶりの好天、庭の落葉樹の葉がハラハラと落下としている。
 
 松の剪定はまだ半分も終了していない。 そればかりでなく藤蔓は高く・広く伸びユラユラ、イヌマキはツンツンと枝を伸ばし、其のマキに名も判らない蔓が巻きついている。

 更にら更に、庭になどに有ってはならない朴の木の大きな葉がガサゴソと雪柳に絡みついている。(なぜ、有ってはならない朴の木が存在するか)

   〜その理由は、既に何度か紹介しているので割愛します〜

 
 作業を開始すると、初冬の太陽も低い角度ではありますが、庭の高木の頭を越えて和室に差し込みます。

       

  今夜の御帰還は遅いのでしょう。晩酌の友になる品々が、食卓の上、コンロの鍋にバイキング料理よろしく揃っています。

 今夜は電子レンジ等で温めず、お湯を沸かして熱燗で頂きましょう。



 COLUMN 1−D 2365

                          平成25年11月15日・記

    「渋柿蜂屋」の皮むき、結束し、吊るす。



 11月11日に収獲してきました「渋柿・蜂屋」のその後作業が続いています。
 
 女房の知人・友人に御裾わけをしておりますが、何といっても渋柿ですので、喜んで貰っていただけるところは少ないようです。

 昨日で吊るす場がなくなりました。日本家屋でない我が家では、庇にあたるところが小さく・狭いので苦労します。

      

  ↑最上段のように木切れでつっかい棒を差し込み吊り棚を作りました。

    本日は雨が降りだし、下段はビニールシートで雨よけです。

 
 数年前、駐車場に吊したのですが多分直射日光が当たらないために、青カビが発生しました。 

 ペニシリンの材料になるくらいだから大丈夫と食べてしまいましたが、果たして正しい対処であったのでしょうか。其の時は何ともありませんでした。

 
 本日は午後から日差しが戻ってくるとの予報ですので、最後の皮むきをします。

         

              ↑ベランダに吊るされた干し柿

 数日前、テレビを視聴していましたら、下呂市の「渋柿・富士柿(?)」の映像が流れました。

 ほっこりした日向の庭先で数人のお年寄りが、語り合いながら手を動かしていました。 『手先を使うとボケ防止になる』と笑顔でした。

     私も時折、背筋を伸ばしてボケ防止に励むこととします。

      

     ↑家の一角が干し柿の簾で初冬のムードが漂いました。


 COLUMN 1−D 2364

                          平成25年11月14日・記

    11月14日  犬山・農作業日記


   畑3号地

  本年、一番の冷え込みとなる。 犬山はAM7時半、気温2度であった。

        

             ↑本年最初の霜が降りる。

        

        ↑丹波の黒豆を収穫し、ハザに架ける。

        

                ↑丹波の黒豆

      乾燥した状態では真っ黒の豆ですが、上記の如し。
      初めての試み、収獲時期がいささか早すぎたか?

 今後の日程からして、本日しか時間がない、ハザで黒くなるか?

 ・黒豆の撤収跡地や葉物の収獲後の畝に6畝大麦を蒔く。

 ・鍋もので春菊が美味しい時期となり、10月17日より収穫を始めているが、更に1畝追加して、種まきをする。(南ー1)

 ・・本日8月17日から約3カ月ぶりでエナジー水散布。 気分的な事もあるのでしょうが、安心し気持良い。 後は発酵ボカシの製造散布。



 畑2号地
 

 本年は春にジャガイモを植えたが、ほとんど収獲に至らず。
       その後は2度ほどの草刈を実施したのみ。

 2年前に、畑の前を散歩していた地元の農業経験者が『大変な土地を借りたものだ』と言われた畑です。 耕運機がヌカルミにはまり立ち往生もしました。
 その後、水抜き用の大掛かりな作業もしていますし、竹チップも全面散布しております。

 10月9日(雨で脱穀できなかったの日)、お返ししようかとの話も出たが、最終的に大豆で取り組むとなった。

 10月13日のたまり場で、私から再度人手が十分ではないかと提案するも、続けようと言うこととなった。

         

     ↑ご覧の状況。防火帯を作り燃やそうと言うこととなる。

         

 ↑当初から、『この畑でそれなりの収獲が出来るようになれば、廻りから見直されるだろう』と発言していたSさんが本日草刈に入った。

 まだ、草は十分に枯れていないので、12月に入ってからの焼却となろう。

 1号地の畑は3年、3号地の畑は2年が経過しようとしており、それなりに年間を通して休む暇なく活用している。

 

 時代は転換期と言われ何時破綻・崩壊するかと言われつつやり繰り算段で先延ばしされていると思います。

 が、時間の経過とともにジワジワと、時に天変地異によって身辺に異変・変化の波が足元を洗っているのを感じない訳にはおられません。。

 こんな時、本業の仕事が有るということは、求められていると言うことであり、そこに注力して取り組むことが重要と改めて考えるところです。


 COLUMN 1−D 2363

                          平成25年11月12日・記

   11月11日 飛騨金山に「蜂屋柿」収獲へ



        一昨年、昨年と収穫は全くのゼロでした。

 日記帳を取りだして調べると3年前以前は11月中旬が収獲期です。

 地元で見張り・管理をお願いしている方に電話を入れると、『今年は出来ているよ』との返事。

 昨日を逃すと来週後半にならないと空き時間がない、そこで急遽出掛けることとしました。

 大型の脚立を持って行かなくてはならず、キャンピングカーで出発。

   どれほどの出来栄えだろうと3年ぶりのこと少しばかり心踊る。

      

 ↑3段になっている畑の手前は栗の木です。 まだ、落葉せず青々としています。 柿の姿は見えず、大きな期待をしてはいけないと瞬時に思う。

        

           ↑が、見事な実の付け方でした。 

 収獲には4〜5日早く、まだ落葉していない柿に葉を見上げました。

 管理を任されてから10年以上経過しますが、柿の木の剪定方法も知らず、当初は伸ばし放題でしたので、ドンドン背丈が伸び、収穫は大変です。

 大きな枝を切り倒しての収獲です。 高いところから柿の実が落果しますと傷んでしまいます。柿の木は折れやすく慎重を要します。

      相方は午前中でボツボツ根を上げ出しました。

     が、3年ぶりのこと、本当に頑張っての収獲でした。

 地主で・柿の木の所有者でもある義姉のところに立ち寄って帰宅しましたら、スッカリ暗くなっておりました。

        

   ↑さて、喜んで・欲をかき収穫した量は173・5Kg、多分800個以上でしょう。

 一つづつ手で剥いて、紐を掛け、軒先に吊るすのですが、多分吊るし場所が足りません。

 近所の方にお裾分けをしようと思いますが、出来上がりならともかく、渋柿です。果たして喜んで頂いていただけるのでしょうか。

 本日は大学の講義、そして豊橋行き。 その後に農作業もあります。

    今週一杯で、対応するには、喜びすぎた収獲量でした。

   それでも、まだ半分は残っています、後はどうしましょうか。


 COLUMN 1−D 2362

                          平成25年11月12日・記

    11月10日  犬山・脱穀予定日



    10月10日・日曜日、脱穀予定日は生憎の雨となった。

   脱穀後、直ぐに一部を精米して新米を頂く計画になっていました。

 しかも、仲間の一人が作成しました、高知の漆喰で仕上げたこの窯で↓

        

  雨の中、道具置き場兼作業場(?)で、出来上る過程をお聞きする。

        

 ↑成形された中に流し込むのではなく、粘土と藁を梳きこんだ10センチ四方・厚み2・5センチのブロックを作り、その後1ミリの接着で形を作り上げる。
   (底の写真で外側にブロックが配置されているのが判ります。)

 何といっても、赤色で仕上げられた漆喰釜の発する光沢に感激しました。

 南部の鉄器釜で炊き上げると、米粒が縦の状態となって蒸し上がっているとのこと。 

 作成に要する時間は乾燥から仕上げまで含めると1週間はかかると言う。 お話から考えてお金に換算すると10万円でもいいかなと思いました。


 その後は、畑3号地にある倉庫(物置)に移動して、発酵堆肥の稲藁を切りこみました。

 発酵堆肥の在庫は既にゼロですので、可能な限り早めに取り組むこととしましたが、何分皆さん本業を持っておられるので,他の農作業や天候とを勘案して進めることとなります。


 雨の中、収獲物を少しばかり持ち帰っていただきました。
 10月9日、掘りだしたサトイモ、傘さ差して大根、赤カブ、千筋水菜でした。


 COLUMN 1−D 2361

                          平成25年11月9日・記

      11月9日  犬山農作業日記



 明日11月10日は10月13日に稲刈り・ハザ架けした田圃1号の脱穀を予定している。

 その前に、残っていた田圃1号の稲刈りは昨日Kさんが暗くなるまで費やして終了していただている。 結局、草も一緒に刈り取ったとのこと。

 ところが天候の巡りあわせが悪く、明日も曇りあるいは雨との予報が出ています。
 脱穀前に済ましておきたかった畑・作業残っており、午後から出掛ける。

 (午前中は自宅の松の剪定等を実施。 年々体の柔らかさと持続力が低下しているのを実感する。 医者の診断よりは的確ではと苦笑い)


 3号畑の作業

 ・蔓なしスナックえんどうと白花絹さやエンドウの種まき。

 紫花エンドウは既に種まき済み、白花が4〜5月の収獲、紫が5〜6月の収獲と種袋に書かれてあり、例年一種類しか実施していなかったが今年は初めて2種を実施。

 犬山は温暖地に属すると思って・其のように対応しているが、2度の冬の体験から名古屋と比較して寒さは厳しく、2~3度違うのではないか。

 今年・春収穫のエンドウも芽出しした後の越冬は大変だった。

 なを、既に5~6回挑戦しているホウレンソウは今回も失速。
 そこで、その畝を整備し絹さやエンドウの種を蒔くことにした。

 基本的な野菜と思っているホウレンソウ、地質に合わないのか、能天気農法では問題をクリアー出来ないでいる。

 1号畑

 
昨年の出来栄えは自己判定及第点であったサトイモ。

 
本年は成長が悪く、葉も小さければ背丈も小さかったサトイモ。 葉はもちろんのこと茎も枯れ(溶けて)その姿が見えない。

 これまでの経験では11月末までは問題ないと思っていたが、本年の夏の異常ともいえる猛暑日の関係だろうか。

 それでも、かつて教わった事を忠実に、種芋間を40センチとして植え込んでいたので、掘りあてることが出来ました。

 但し、出来栄えは「絹被き」として食するのには、最適かと思える大きさの芋を掘り起こすことになりました。 (トホホ)


 
  
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