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COLUMN 1−D 2570 平成26年9月12日・記
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天龍川水系の関連の川を下る
〜9月8日に続いて今朝が川の夢〜
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元来、夢を見る事は殆どなく、たとえ夢をみたとしても覚えていると言うことはない程度の夢です。
9月8日は「車で坂道に差し掛かり、ブレーキが効かず、新道の脇道に入り、横転した夢を見ました」。 高度成長時代には坂道を登っていたことの反動だったのでしょうか。(この項、9月8日の日記にある)
そして、本日は川淵の岩の上から滑り落ち、岸辺のツツジの枝につかまろうとするのですが流されてゆきました。
初めはユックリとした流れです。どうしたことか浮輪にでも乗っているようにユラユラと流れ下り一向に沈みません。
ところが、急に目の前に急流が飛び込んできました。
それには見覚えが有ります小学生の頃川遊びで急流を流れ下った天竜川の支流大入川です。 これまた恐怖を感じません。
暫くすると流れは穏やかになりました。川幅は向こう岸が見えないほどに拡がっています。岸の側までたどり着きましたので川から上がりました。」
そこは見知らぬところです。川筋に沿った山道を登り始めました。
が、何処かで見かけた山道です。 そこはこれまた小学生の頃の豊根村の我が家の裏山です。杉・檜で覆われている暗い山道です。
上空をテツサク(山から木を運び出す運搬用のロープ)が張られています。 その下を500メートルほど登るとそこには山肌を切り崩した山畑が開墾されていました。
そこで手拭いで姉さんかぶりをしたご婦人に出会い、『ここから遠山郷に行くには、どれほどかかりますか』と訊ねると、『2~3時間はかかる』と言われました。
これでは夕食までにはたどり着けない携帯電話で姉のところに電話を入れました。
『今夜中には帰るから心配するな』と告げたところで目が覚めました
何でこのような夢を見たのか見当がつきません。 9月8日の坂道を下る車を運転していたのは、反動であったであろうと想像はしましたが・・
関連と言えば、遠山郷も天竜川に注ぐ遠山川が流れています。
豊根村は「花祭り」。遠山郷は「霜月祭り」で、両者ともに湯立ての舞がありますが、その他の祭りの舞い自体は異なります。
あまり良く知りませんが、花祭りは伊勢流神楽(湯立神楽)の流れを汲むと言います。
遠山郷の「霜月祭り」も伊勢神宮の内宮の湯立系統を引くモノと言われていますので、元をたどれば同系統のものかもしれません。
多分、子供の頃の夢が、現在月に一度訪れている遠山郷と結びついたのでしょう。
坂道をブレーキも効かない車のハンドルを手にしているよりは心休まる夢でした。
COLUMN 1−D 2569 平成26年9月11日・記
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9月11日 犬山 農作業日記
〜3号畑の85%、初秋の作業を終えました〜
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本日の報道で北海道の大雨被害です。 この時期北海道での雨被害は記憶にありません。 これまた異常気象なのでしょうか。異常が正常?
かく言う。当地も今朝・未明には雷と大雨だったと言うことですが・・
3号畑のこと

↑昨日、我家の庭では白の彼岸花が蕾でしたが、3号畑では・・・。

長雨で野菜が高騰していますが、今秋の大根類は各地で芽出しは順調のようです。 3年目の私たちも畑も何とか芽出しまでは順調です。
大根類に続き9月4日に種蒔きしました白カブ、赤カブも芽出ししております。
8月31日に種蒔きしました、ごぼう、人参も本日芽出し確認。
気を良くして先週畝作りしました所に、チンゲン菜、小松菜、アイシクル(20日大根)を播き、水菜が苗作りで何度も成功していますので(今回も100%)活着)、直播して見ました。
成功ばかりとは言えず、9月7日に定植した白菜は、丁寧に敷き藁をした苗は10%のみ活着、敷き藁をしないものは90%の活着率です。

↑とは申せ、昨年より10日程遅れていますが、本日をもって3号畑は来月種蒔きしますエンドウ類の畝作りを残して本日終了しました。
畝作り出来たところで、2週間後白菜、キャベツの第2弾(第1弾は10%の活着率)をする予定です。
ことしは丹波の黒豆の枝豆が口に入らないかと思っていましたら、本日幼い豆姿を見つけることが出来ました。
昨年も収穫が10月上旬からですので、昨年と変わらずと言うことです。
そして、相棒がお待ちかねのミョウガが一向に芽を出しません、
そこで只今、調べてみましたら昨年は10月13日に芽出し確認し、10月17日に収獲をしていますので、後1カ月後と成ります。
同じ苗を植えてある、我家の庭のミョウガは早いもので1か月前から収獲出来ていますので、土の違いでしょうか。

↑3号畑の北西の角には、かつて大木が茂っており小山になっております、本日はお隣さんから苦情が来る前に3回目の草刈をしました。
ここの場所は初めて私は草刈をしましたので、判っていなかったのですが、お隣さんは草抑えのために小石を敷き詰めて綺麗に管理されておられました。
お小言を頂く前に草刈の必要性を理解できました。
とは申せ、本日をもって一応一区切りが出来ましたのでスッキリです。
2号畑のこと
この後は今年難問であると認識して鍬入れた2号畑に移ります。
自己評価で及第点がとれたトウモロコシ、と地這えキュウリ。
その後、8月21日に丹波の黒豆の台風後の支柱作業後は一度も出向いていませんので、間違いなく夏草に覆われています。
玉ねぎとエンドウ類を予定していますが、どのような展開になるのでしょうか? 難問の地と考えていますので、心配もしながら楽しみでもあります。
追記
メンバーのkさんが鶏糞が手に入ったので、現在出来上がっている複合発酵堆肥に混合してみようとの提案です。
今秋から、ホームセンターで骨粉入りの油粕の特売をしていましたので、各畝に少しづつ播いております。
鶏糞入りの複合発酵堆肥となれば、一層強力になる事は体験していますので、期待する所大です。
COLUMN 1−D 2568 平成26年9月10日・記
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初秋を探して
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↑晩夏の花なのでしょうか? サルスベリ

↑擁壁に張り付くように玉すだれ

↑2度目の登場となるトラノオウ、密集して咲きだした。
 ↑後数日で。開花済ます。 白色の曼珠紗華

↑ケイトとコスモスとススキの競演です。
COLUMN 1−D 2567 平成26年9月10日・記
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黒竹の処置のその後
〜なんでも体験すると、役に立ちます〜
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家を新築した時、小さな黒竹の庭が欲しくて確か瑞浪のセンターから買い求めてきました。 それから38年が経過しました。
その間、根を張り生垣の下まで入り込みだしました。
30年近く前のことです。 体力もあり根を掘り上げると同時に、4^50センチほど掘り下げブロックを積み上げて建物の角に閉じ込めました。
5年ほど前からそのブロックを越えて再び生垣まで根を張り始めました。 それどころか下水道管を押し上げるほどになっていました。
七夕飾りを生きた黒竹で楽しむことより、処分することを考えました。 もう、体力的にも掘り上げる気力もありません。
知人の園芸専門家にお訊ねし、黒竹の処分を始めたのが、今年の8月1日からです。

↑薬剤を注入してから40日が経過しました。 10日ほどで葉が枯れ落ち、今では葉はゼロです。
この時期の処置には3か月程の時間がかかると言っておられましたので、地下ではまだ最大5メートルほどの根は活きており薬功が廻り始めているのでしょう。
その事とは別に、息子の仕事の関係で竹の処置をすることと成りました。 3週間程前に薬剤で処置しました。
その後私は直接見ておりませんので判りませんが、息子が言うには葉が枯れ落ち、中には節のところから折れているとのことです。
我が家の黒竹とは異なり(黒竹は3年目に伐採すると、その後4〜5年は支柱として活用出来た)、早めに朽ちる弱い性質の竹だろう。
今週、現地を再び訪れるので良く観察してみましょう。
犬山の3号畑も隣の竹林から(これは孟宗竹・食用になっている)の根が深掘りした溝を越えて畑に侵入してきている。
来年には対応しなければならないが、農薬も、化学肥料も一切使わずに3年目の栽培を終えようとしている畑。
薬剤を使わずに対処したいと思っているが方法はあるのだろうか?
COLUMN 1−D 2566 平成26年9月9日・記
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むら雲を とってくれろと 泣く子かな
〜我が家からは、虫の音を共に 雲晴れる〜
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昨夜は中秋の名月でした。 夕方から薄日が差し込み始め、これなら満月を望めるかなとリビングのボードの上に「御団子」を供えました。
↑昨夜、和室から眺めた月です。
今朝の中日新聞に、佐藤 正明さんの政治評論4コマ漫画が掲載されていました。

安倍首相と思われる方が、縁台に座り、金融緩和、財政政策、そして第3の矢・成長戦略に雲がかかっています。
本年は暦の関係で3回の中秋の月が眺められるとのこと。 後2回で、成長戦略の雲は晴れるのでしょうか。
それとも消費税の10%引き上げを前にして、一層むら雲は厚さをますのでしょうか。

↑我が家からは、雲晴れて真ん丸なお月様を眺められました。
COLUMN 1−D 2566 平成26年9月9日・記
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積み上がったコンクリート・ブロック
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散歩コースの途中にコンクリート・ブロックの製造工場が有ります。
3年ほど前に田圃であったところを転用して暫くの間は駐車場として利用されていましたが、この2ヶ月間の間にブロックの置き場になり始めました。

↑積み上がった行くコンクリートブロック
アベノミックスの経済成長が順調に進み、在庫の積み増しでしょうか。
それとも、専門技能職の不足で建設工事が思うように進展せず、行き場に困り製品が積み上がって行ったのでしょうか。
そのどちらでもなく、不良在庫として積み上がっているのでしょうか?
大企業と異なり地方の零細中小企業ですので、不況となれば直ぐに生産調整が可能なことでしょうから、やはり積極的な在庫の積み増しなのでしょう。
稲田の穂が垂れ下がり始めました、一部の田・畑では猪の被害が見受けられます。
のんびりと散策をしている道筋でも、世の中の動向が気にとまります。
COLUMN 1−D 2565 平成26年9月8日・・記
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40年前、右肩上がりの坂道を登っていた 〜今朝の夢は・・〜
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運転しているワンボックスカーが止まらない。
ブレーキは効かず、エンジン停止もできない。
その時大きな下り坂にさしかかり、その道を一直線に下りはじめる、サイドブレーキを引いても、エンジンストップを試みるも、スピードは一端は落ちるがそれでも再び下り続ける。
なんとか坂道を半分下り終えた時、工事中の新道が視野に入りその道にっ込んだ。。
工事現場の重機や資材、大小の石がゴロゴロと散乱している、必死の思いで横転しないようにハンドル操作を続ける。
が、やがて大きな岩に乗り上げ横転した。
外は夕闇が迫り、そして一気に暗転してゆく。目を凝らしてみると遠くにポツリポツリと灯りがともっている。
手にはハンドルと一片の車体の一部ををぶら下げフラフラと歩んでいる。
通りには人影はない。
フッとその時、暗闇の中から人影ら現れ、『この寂れた火の気のない中で生きるのですか?』と訊ねてくる。
それは一人ではなかった、それぞれに手にプララカードを掲げている。 そこには「私達の街を生かそう!」「他所者が出ていけ!!」と書かれていた。
人々の群れは静かに、無言で通り過ぎてゆく。
この光景は何であろうかと自問している。かつて、新店舗を開設する業務に関わっていた頃の事を思い出したところで、目が覚めた。
目覚めてから4時間後 上記の夢は何を気付かせたかったのかを考えている。
1、40年前の「私達の良くところに幸せあり、との信念を持って明るい社会づくりに貢献する」の信条に何の疑い持たず、突き進んでいた事の反省か。 2、右肩上がりの時が終わり、失われた20数年が過ぎた今、改めて歩んできた道を振り返り、これからの行く様に思いを寄せているのか。
3、昨日中日新聞に掲載された、浜 矩子さんの「取り戻したがり病が怖い」を読んで、これからの自分の生き方をメモした。 ・時代が変革したことを感知し、歴史を学び直す。 ・新たな時代に対応可能な価値観を心に収め、心身の健康状態を保つ。
・自然と対話し、自然と交わり、可能ならば人々との輪の中にいて、何か一つでもお役に立つ。
・これまでのことは、時間の経過とともに一つづつ削ぎ落とし身軽となり、穏やかに、健やかに、爽やかに、そして陽気に日々を過ごす。
と、書いたことはお忘れではないでしょうねと夢を見させたのでしょうか?
過去を振り返り、反省することは必要と思います。 が全てのことが必要であり、必然であったと考えます。そして今が有る。
過去、現在そして未来は今この一点に集約されている。
頂いた、持ち合わせた資質から思うに、人一倍のチャンスを頂き、多くの体験をさせていただいた事に感謝しすぎることはないと思っています。
ありがとう御座いました。
COLUMN 1−D 2564 平成26年9月7日・・記
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9月7日 犬山 農作業日記
白菜、水菜の定植。 ニンニクの植え込み等
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午前中は雨が残るとの予報、ならば午後から作業を始めようかと打ちあわせていたが、何とか雨も降りそうもなく午前中からの作業。
大根類の発芽は良いが、一種類だけ20%の発芽率。 籾殻を被せすぎたのではないかと、再度種を播く。
昨日、畝作りして置いたところに、愛知の白菜(茨木産の種)と、千筋水菜の定植をする。 トンネルも後から嘆くのは悲しいと設置することにしました。

↑ 白菜、水菜の定植後、後ろのマルチシートはニンニク
3年前は資材が揃っていず、少しづつ買い増していたが、今では白菜。キャベツの最大値に定植した時のモノが有り、安心して設置できる。
3年前に、瑞浪の百姓学校で使っていたモノは、使用期間が5年以上が過ぎ、繊維が弱り破れて使いモノにならなくなった。
新たに購入したトンネルカバーは思い切って、途中から高価な方を選んでみたら、最終的にはこちらの方が長持ちすることだろう。
鍬でも、鎌でも、草刈機でも、少々高価な専門職人クラスのモノを選んでおくと、大切に使いもするし長持ちすることとなる。
3年目の畑3号地、大木のあったところの地を開墾した所も、本日畝建てして見ると、良い香りの土色になっていた
雨の後で、畝建てには少々重い土であったが、首周りの廻したタオルを汗で湿らせていたが気持良く、いつの間にか太陽が登っていたことも忘れていました。
COLUMN 1−D 2563 平成26年9月6日・・記
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9月6日 犬山 農作業日記
明日は天候が安定しないと報道、臨時出勤
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9月7日の定例農作業日は天候が安定しないとの報道、予定している作業がこれ以上遅れる事は許されない。
そこで、臨時で出勤することとしました。
8月7日に定植したキャベツ関係は殆ど全滅、9月5日自宅にて2回目の種蒔きをする、
その跡地には赤カブを3畝半も種蒔きをしました、残っていた畝にも本日春菊の種蒔きをする。
明日の千筋水菜、白菜の定植の畝を整備する。 ニンニクの畝は9月4日に済ましているので、明日は種を埋め込める。
明日、畝の整備予定地の草刈を入念にする、これで8月上旬以降2回目となるが、その成長の速さに呆れる。
この作業をしておけば、たとえ明日雨に降られようが、その後の作業のつじつまは合う予定。
一安心した所で、北の西側・5月25日に植え込んだ、「紅はるかサツマイモ」の生い茂った葉が目に飛び込んできた。
スーパー・マーケットでは1カ月以上も前から鹿児島産のサツマイモが店頭に並んでいますが、当地の予定は10月上旬が適時と思っている。
思い立つと止まらない性格、試し掘りという理屈を胸にして、3本分を掘りだしてみました。

↑2~3日、日にちを置いて食べてみようと思っています。
サツマイモは前の瑞浪の畑ではほとんど収獲できませんでしたので、(百姓学校の校長の指導を受けましたが・・)、何年かぶりの収獲です。
今が葉の茂りが一番盛んな時ですので、後1カ月半も過ぎれば、大きくもなり味も良くなることでしょう。
COLUMN 1−D 2562 平成26年9月5日・・記
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今年は栗が豊作なのだろうか、それにしては」
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本日も雨模様、朝キャベツの種播きをしようとしたら、急に雷の音、続いて猛烈なシャワーに見舞われた。
1時間ほどで雨は止み、ポットを置き去りにしたまま逃げ込んだが、水遣りをしなくてもよいほどにポットの土は濡れていました。
急な雨で落とされたのか栗の青いイガが一つ転がっている、振り仰ぐと ビッシリとたわわな栗のイガがぶら下がっている。

今年は豊作なのだろうか。それにしては数日前散歩の折に、一番早く稲穂を垂れていた田圃では猪防止の柵を取り付けていたし。 サツマイモを半分掘られてしまったと言う方が、海苔網で防御しておられました。
犬山のサツマイモもボツボツ実が成長しはじめる時期となった、何の防御もしていまいが、収穫までに至るのだろうか?
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9月4日 犬山 農作業日記
〜秋ジャガイモの植え込み、キャベツ活着少ない〜
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本日も雨模様、8月の雨の多さで野菜の収獲に影響が出てきました。
近くのスーパーマーケットで「野菜の緊急放出の均一セール」が始まった。 ジャガイモ、タマネギ、ネギ、人参、の菜根類が中心で、夏野菜のナス・キュウリ、トマトと並んでいます。
毎日、同じものばかりと言う訳にもいかないのだろう、お買い物の籠の中身を眺めていると苦労している買い物の状況が判ります。
当方の畑の秋ナスも収獲時期に入り、それなりに収獲できています。
シシトウは相変わらずの大量収獲ですが、シシトウばかりを食べても居られずですが、そんな贅沢を言っておられるのは何時まででしょう。
本日、秋ジャガイモの植え込みをしました、春にマルチシートを活用したジャガイモも初めてですが、労力を考えるとソコソコの出来栄えでした。
そこで秋ジャガイモもマルチシートで挑戦することとしました。
比較できるように、三分の一畝は裸の畝にして見ました。
8月7日に定植したキャベツは20%弱の活着率です。 明日にでも第2弾の種蒔きをしようと思っています。昨年も早すぎたと記憶しています。
アブラナ系の白菜、キャベツと続いてしまったことがいけなかったかもしれません。
そこで、空いた畝に赤カブの種を播きました。
一方、この時期になっても相棒が期待して待っているミョウガが頭を見せません。 昨年採りたてを口にしてこんなにも美味しいのかと言って居られたのですが・・。
その代わりにはなりませんが、ネギを初掘りしてお持ち帰りになられました。昨年の冬、プランターで育ったネギとは大いに異なると言って居られました。
玉ねぎ、エンドウ類を予定しています2号畑を除いて、3号地は70%の畝整備と種蒔き、植え込みも終了し、後3回の作業で見通しがついてきました。
真夏の日差し頃はへばり気味で、この夏草と対峙できるのだろうかと訝り、恐れていましたが日増しに畝が整ってきますと嬉しいやら楽しいやら・・

↑図鑑で調べましたが、大きさから判断してクマセミでしょう。
街路樹で羽が破れて居りました。
昨日までは我が家の桜の木でツクツクボウシが鳴いておりましたが、本日はどの蝉の声も聞かれません。
暑かったり、大雨だったりの激しかった夏も一気に秋の気配です。
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