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 COLUMN 1−D 850
                                  平成20年9月12日 記

   今秋、初見の”曼珠沙華”=彼岸花

 
 好きな花という訳ではありませんが遠い昔を思い出させる花のひとつです。
 
 このホームページに数度書いたと思いますが5歳で母が亡くなり、父が自転車の荷台に私を乗せて、豊根村を横断して天竜川に注ぐ川幅20メートルの大入川の下流に・・。

 その川を渡すつり橋の向こう岸に真っ赤な曼珠沙華が咲き誇っていた光景です。
 
 父は「赤い花なら 曼珠沙華 オランダ屋敷に 雨が降る  濡れて泣いてる 
 ジャガタラおはる 未練な出船の あ〜あ 雨が降る」という歌を口すさんでいました。

 昨日、ウグイ川を下って行きますと大きな欅の木の下・日陰のところでこの花を見つけました。
                

 日陰のためなのでしょうか、それともまだ残暑厳しく燃え上がるようなボンボリの火のような形では咲いておりませんでした。


 私の10年日記の2006年9月12日には「自民圧勝。 これでは安定どころか、混乱のスタートとなるのではないか。  苛立ち覚える。」と書かれています。(小泉首相の郵政民営化を訴えた衆議院選挙の結果です)

 同じ日付の2007年は「安倍首相、辞任表明」とのみ記録されています。

 そして、2008年9月12日は今のところ白紙ですが、なんと記載されることでしょう。
 福田首相辞任に伴う、5人が立候補した自民党の総裁選挙で、その後には衆議院解散、総選挙が待っているという日程です。
 
 彼岸花が満開からパラリと散り、花も茎も姿・形が消えてしまうころ、政界にはどのような花が咲いているのでしょうか。

 曼珠沙華は救荒作物といわれています。 自然の真っ只中に生きた先人達が最後の頼りとしてこの花の名が、天が釈尊に供養とした花に由来するという。
 
 ということならば中国伝来のこの花は、今の日本、これからの日本においてふさわしい名の花といえるのではないでしょうか。

 追記
 曼珠沙華はアルカロイド系の強い毒を有するが、この毒は水に晒すことによって簡単に除去することができ、球根からは極めて良質な澱粉が取れる。
 先人は水田の畦に植え込み、飢饉のときの備えとしたと聞く。
 「毒がある故に触れるな」、「持って帰ると火事になる、死人が出る」と教えて守り育てたのでしょう。





 COLUMN 1−D 849
                                  平成20年9月11日 記

    ここ数年9月中旬(敬老の日近く)になると・・・

 
 特に意識している分けではないのですが、結果としてこの時期になりますと以下の項目の再確認をしています。

 @終末医療の中止を求める意思表明書の確認とサイン
 A葬儀の形式と手順&お墓について〜
  ・知人・友人・近所への連絡と通知
  ・知人・友人への「死亡通知とお礼文」
  ・墓地と墓石
 B相続について

 以上のことに関して平成18年9月に知人からの便りがあり、それに答えるように「コラム 1−D No589、No590、NO591、NO592を掲載しております。

 さて、本年も上記の項目に関して再確認しサインをし、また修正すべきところを、この後修正する予定です。

 今年はこんなことも考えました。
 インドでは人生を1)学生期 2)家住期 3)林住期 4)遊行期の4つに区分する。
 中国では     1)青春  2)朱夏   3)白秋  4)玄冬に分けます。

 「青春」の学生期は修行期間。人間的にも社会でも一人前として認められるために学び、あらゆることに挑戦し、試行錯誤の時期であり、失敗もあることでしょう。=修行期

 「朱夏」の家住期は働き盛りで仕事をバリバリとこなし、家庭でも子育てや家事に大活躍の時期です。=活躍期

 「白秋」の林住期は会社や家庭のことだけでなく社会や国のことなど大きく・広く目を向け、自分の実力を社会に役立てる時期です。=社会期

 「玄冬」の遊行期は個人的にそれなりの悟りの境地に至り、煩悩に苦しむことなく人生をおおかし楽しむ時期です。=解脱期

 では、何歳から何歳までがそのれぞれの期に該当するのでしょうか。
 平均寿命も時代時代で異なりますし、社会環境も異なります。 個人の事情によっても
異なることでしょうが、今の日本に当てはめてみると30歳ごろまでが学生期、30代前半から50代半ばが第二の活躍期でしょうか。

 第三の家住期・社会期のここからが人それぞれに大きく異なってきます。

 A)定年間近でその後の人生の目途が立っていない。 定年延長あるいは準社員で65歳までは働いたものの、その後は一気に老け込んでしまう。社会期どころではない。
 
 このような方にとっては林住期=社会期と呼べるものはないに等しいといえるのかな。
 そんなことはないと考えます。真面目に誠実にコツコツと働いた方、そのこと事態が社会貢献していると思います。

 この方達にこそ解脱期があります。 物欲・金欲に凝り固まって走った人よりも、心がきれいで、気持ちの優しい方ですから静かな悟りのときを楽しむことができると考えます。

 B)反対に、定年のことも、その後のこともまったく気にかけず自ら、あるいは周りから求められ一心不乱に仕事に打ち込んでいる。 それが社会へのお役立ちとなっている。

 何かの時、一瞬立ち止まられた時にガクッとこられることなく解脱期に移行されて行ったならばうらやましい人生。たぶん70代半ばまで社会=林住期となっていることでしょう。

 C)そして、D)は・・・・・・

 
 とここまで入力して自分のことを振り返っております。
 年齢的にも気持ち的にも「解脱期」とは思えません。 といって「社会期=家林期」にあり これまでに先輩や社会からいただいた知識・経験・技術を社会に役立てるとも思えない。

 30年近く年賀状に「修行僧」と記しているように修行期をうろついているのか?
 三度三度の飯を食べ、人一倍酒を飲んだ実績は自他共に認めるところです。

 時代の潮流は間違いなく変化し、大転換をしています。 このまま進みますのでいささかの混乱と混迷のときを通過しなくてはならないと考えています。

 そのときに、胎が据わっているとは自信を持って言うことはできませんが、やせ我慢でも・見栄っ張りでもいいから何かひとつでもお役立ちの行為をしなくてはと言い聞かせています。
 果たして・・・

 



 COLUMN 1−D 848
                                  平成20年9月10日 記

  最先端(?)のネットビジネスの勉強会へ 

 
 私がパソコンを手がけるきっかけとなった知人のネット・ビジネスの勉強会に出席しました。 

 その知人が2000年2月に創刊号として「インターネット情報」とのタイトルでオリコミ広告したものが手元に残っていますが、そこに掲載されている内容は本日の勉強ではまったく影も形もありません。
 如何にこの8年間で、この業界が変化したかを思い知らされます。

 この業界3年続けば立派なものといわれるそうですが、彼は8年半もの間ただ単に続けたというだけでなく、次の株式公開という目標に目かって一歩を踏み出しました。
 
          
            

 少しは事前に単語の勉強はしてゆきましたが、専門用語やシステム・仕組みについては
 やっと40〜50%の理解という程度でした。

 それでも彼のビジネスが現在どの道を、どのくらい構築してきたのか、そして今後どのような優先順位で進もうとしているかの理解は50〜60%は理解できたのではないかと自己判断して帰ってきました。

 かって車の運転免許を取得しその行動範囲が広がったことを実感しましたが、今の世の中インターネットが少しでも操作できる、できないではその情報取得の便利さと量の差が大きいと思わずにはいられません。

 が同時に安易に情報が手に入るために分かった気になり、自分で考える、判断する、行動することが疎かになっている事を危惧します。 

 このページにたとえ一日おきでも日記を入力していますと、それなりに自分の思いや考え方を整理する時間となり、ボケ防止になっているのではと自己判断しています。






 COLUMN 1−D 847−2
                                  平成20年9月9日 記

  今朝は湿度低く、さわやかな朝でした 

 
 9月9日、名古屋の日中の気温は32度まで上昇するとのことですが、朝の気温は午前6時で23度、湿度が低く窓を開けるとさわやかな風が通り抜けました。

 思わず「気持ちいい、秋がやってきた」と口にしました。
 若いころは春が好きでしたがいつの間にか、秋の方が好きになっているこのごろです。

               

      お隣さんとの境・カイズカイブキ垣根の間から「偽萩」が咲き始めています。
      アップで撮影すれば、偽ハギなどと呼ぶには失礼な色合いの花です。

 同じカメラの昨日分には植物園のカナールの一枚が残っていました。 夕日を浴びて一足早く秋色の様相を見せてくれています。

            

 民主党は小沢代表の無投票当選で決まり、昨日記者会見の様子を視聴していましたが、そっけなく・口数少ない会見と異なり、「毎度言っていることですが・・」と前置きしながらも、丁寧に自民党政権との違いを縷々説明しておられました。

 そのポイントは”官僚組織からの脱却”=官僚の書いた作文を自民党のラベルに張り替える政治から国民の政治に戻すと言う視点です。
 私もこの一点が最大のポイントであり、そのためには政権交代あるのみという思いです。

 自民党の総裁候補も5人に絞られたようです。麻生、与謝野、小池、石破、石原です。
 偏見かも知れませんが、どう見ても小粒というか人材払底の感がしてなわず、質がかなわず、量で人気挽回策と感じます。

 量の時代は既に終わっているのです。  一人ひとりが個性・特性を生かして花を咲かせる時代となっています。 その意味では大物でなくともよいのですから政治家もそれでよいのでしょうか。 それにしては新鮮さだ感じられません。

 しばし賑やかなマスコミ報道でしょうが、秋深まるとともに早々と冷たい風に身の引き締まる時代、いや贅肉の付いた身と心が凍てついてしまうのではないでしょうか。

 ここしばらくは身支度かねて、さわやかな秋風を楽しみたいと思います。






 COLUMN 1−D 847−1
                                  平成20年9月7日 記

   9月6日、秋野菜の3回目の種まき

   9月7日、テレビ討論会(自民党総裁選)

 
 9月6日、今年の秋3回目の種まきに行く。  白采は3回目、大根、ホウレンソウは2回目、秋ジャガイモは止めようと思っていたが、農協へ種を購入に行ったら”今が植え込みどき」とPOPが目に入り、一袋購入し、植え込むことにしました。

  他に種からの白采はなかなか難しいと考え、苗を購入し植え込んできました。

            

 この写真の奥に壁のように見えるのは「秋ササゲ」です。 昨日が初収獲でした。
 やっと20個程の収獲でしたが、ゴマ和えで頂きました。柔らかく・サクサクと快い歯ごたえでした。


 9月6日、久しぶりに朝から「テレビ政治討論会」を視聴しました。
 ・「福田首相の辞任の真相」〜公明党の福田離れ。珍しく(?)公明党の大田代表が登場していた。 テレビに出ないと”公明党が福田総理を辞任に追い込んだ事になる”とでもいわれたのだろうか。

 ・7人もの自民党総裁選の候補者が並んだ(麻生、与謝野氏は欠席)。福田首相の辞任についてどう思うか? なぜ立候補したのか?。 総理になったら何をするのか?。

 それぞれの思いや考え方を口にするが、民主党の主張する”政権交代” ” 一度民主党に政権を取らせてほしい”、そしたら「政治が変わる、国が変わる」を越えるような主張は聞くことは出来なかった。

 このままなら、新総理誕生、即解散総選挙となっても、やはり民主党の勝ちは動かないと思いました。

 が、毎度の私の主張、右から左まで混在する民主党がどれ程の事が出来るのか、小沢で纏めきって行けるのか、直ぐに再度の総選挙となろう。
 
 数度選挙を繰り返し、一新された人材によって新しい思想、理念、価値観に基ずく”国家像、未来像”が示され、その後10年ほどの歳月をかけて具現化ことにされることになろう。

 その未来像は明るく、その道程は建設に参加していることの喜びに満ている。

            

 散歩路の大谷川の流れは水かさを増し、音を立てて堰を越え流下っている。
   向こうの”岩舟神社”の鎮守の森は残暑を取り込んで、静まり返っている。

    その間にある、田圃は実りの秋間近、稲穂が頭をもたげ始めています。
 この水と緑と自然そして太陽があり、額に汗する意欲があれば怖いものなしです。

 




 COLUMN 1−D 846
                                  平成20年9月5日 記

    国はどのようにして滅ぶのか。
    敵はどのようにして攻めてくるのか。

      〜スイス「民間防衛」を読む〜

 
 思い当たることばかり、戦いは外からの物理的な力ではなく、獅子身中に潜みこみ、内から崩れ去らされる。

             「スイス政府「民間防衛」に学ぶ」

−日本が敵国から武力以外による攻撃を受け、破滅へと導かれないように

 
  敵国の攻撃に対する、スイスの回避策 / 「民間防衛」より引用 P227

 戦争のもう一つの様相は、それが目に見えないものであり、偽装されているものであるだけに、いっそう危険である。また、それは国外から来るようには見えない。カムフラージュされて、さまざまな姿で、こっそりと国の中に忍び込んでくるのである。

 そして、われわれのあらゆる制度、あらゆる生活様式をひっくり返そうとする。
 このやり方は、最初はだれにも不安を起こさせないように、注意深く前進してくる。その勝利は血なまぐさくはない。

 そして、多くの場合、暴力を用いないで目的を達する。これに対しても、また、しっかりと身を守ることが必要である。
 
 われわれは絶えず警戒を怠ってはならない。この方法による戦争に勝つ道は、武器や軍隊の力によってではなく、われわれの道徳的な力、抵抗の意志によるほかない。
「それは国外から来るようには見えない。カムフラージュされて、さまざまな姿で、こっそりと国の中に忍び込んでくるのである」。前半はこれがメインになります。どんな姿で忍び込んでくるのでしょうか。続けて読んでください。

 http://nokan2000.nobody.jp/switz/index.html 詳しくはここでお読みください。
 
 以下メインコンテンツを掲載します。
  はじめに
・敵は同調者を求めている1 / 眼を開いて真実を見よう
・敵は同調者を求めている2 / 社会進歩党は国を裏切るだろうか
・外国の宣伝の力 / 不意を打たれぬようにしよう
重要敵はわれわれの抵抗意志を挫こうとする / 警戒しよう
・敵は意外なやり方で攻めてくる / 自由と責任
・敵はわれわれを眠らそうとする / われわれは眠ってはいない
・スポーツも宣伝の道具 / 真のスポーツ精神を守ろう
・われわれは威嚇される / 小鳥を捕らえる罠
・経済的戦争 / 経済も武器である
重要革命闘争の組織図
・中まとめ
・敵はわれわれの弱点をつく / スイスは、威嚇されるままにはならない
・混乱のメモ / 健全な労働者階級はだまされない
重要危機に瀕しているスイスに、人を惑わす女神の甘い誘いの声が届く/ 心理戦に対する抵抗
重要政府の権威を失墜させようとする策謀1 / 政府と国民は一致団結している
重要政府の権威を失墜させようとする策謀2 / それにもかかわらず、国民と政府は一致団結している
重要政府の権威を失墜させるための策謀 / 国民と政府は動揺しない
・内部分裂への道 / 自らを守る決意をもっていれば
重要滅亡への道……… / 法と秩序が保たれれば
・スイスが分裂していたら / スイスが団結していたら
・首に縄をつけられるか / われわれは他国に追随しない
・終局 / スイスにはまだ自由がある
・おわりに

 





 COLUMN 1−D 845
                                  平成20年9月5日 記

    野党・民主党よ!なにしているのだ。

 真に政権交代を狙うならば、腹括りして取り組め!

 
 国民の立場に立って福田総理は辞任を決意したものではない。 自民党の生き残りをかけてこの時期を選んだのだ。

 即ち、民主党の党首選挙のないことを見極めての事だ。 
 民主党はこのままでは埋没してしまうと焦っているが何をもたもたしている。

 国民はそんなに甘くはないと言いたいが、「ヤケノヤンパチで自民党をぶっ潰す」といった小泉は不透明感漂った中、不安と不信そして不満心理の国民を煙に巻き、騙した。

 やったことは、官から民へ、中央から地方へ、規制緩和とあたかもまともなことを口にしながら、実際はグローバル化という市場原理主義の競争社会であり、社会保障制度の引き下げであり、非雇用社員を生み出したこと等である。 要は弱者を痛めつけた。

 しかも、最後の郵政民営化は国賊・売国奴の一発勝負で「アメリカのポチ」となる象徴のオマケマでつけてしまった。 毟り取るものがなくなったアメリカは小泉に冷たくなった。

 まさか、今度は国民も騙されないとは思うが、喉もと過ぎれば何とかやら、あるいは甘い言葉が飛び出して、再び私たち国民が判断を間違うことを怖れます。

 前回も書いたように、民主党が政権を取ったとしてもこれからの日本がばら色になるなどとは考えていません。 混迷と混乱は更に続き、深まることだろうが、ここは通過しなければならない道、その先を見据えての分岐点と考えます。

 政権交代こそが必要な道筋だと考えるからです。それは戦後60年以上に渡って積上げられた膿を出さなければ、その先が開けないと考えるからです。

 政治の膿、官僚及びその組織の膿、財界の膿、マスコミ、学界等あらゆる既得権益にしがみ付いた利権構造(彼らはつる見合っている)の一掃が必要と考えるからです。

 今度政権交代がなされたならば細川政権とは異なり新たな展開となると考えます。
 それは時代の潮流が求めているからです。 もう、ギリギリのところに立たされています。
 
 が、小沢党首も多分CIAに弱みをシッカリ握られていることでしょうから、どれ程の事が可能かはわかりません。 それならばそれで、国民は小沢・民主党に反旗を振ります。
 古く、やる気がなく、あるいは二世・三世の親譲りボンボン議員は必要ないのです。

 民主党よ、自民党の総裁選挙に埋没してしまうなどと心配している暇に、政権奪取後は「これだけのことをやる」特に自民政権時代の密約、嘘、出鱈目、を全て公開すると言えばよいだけなのです。 

 その腹括り一発で、見せ掛けの人気取り、延命を狙った総選挙などは吹っ飛ぶことだろう。 それどころか恐れをなして尻尾を振ってくる者も出るのではないだろうか。

 少なくとも自民党議員よりは後ろめたさを持っていないことだろう。(少ないだろう) 先行きの己のことばかり案じていると、どちらにしても見抜かれてしまう事を怖れよ。
 
 ここは一つ、自主性・主体性のある新たな日本を創造する。(決して偏屈・偏狭な民族主義ではありません) 未来をかける心意気で事に当たってほしい。
 


 パソコンの調子が昨日から悪い。その腹いせでもないだろうがポンポン・バンバンとキーボードを叩いて書いたのが本日の内容です。





 COLUMN 1−D 844
                                   平成20年9月5日 記

 トルコ旅行の時立ち寄った「ドバイ」について

 
 エッセイ旅日記のコーナーに8月16日から24日のトルコ旅行の初日と最終日にドバイのことに少し触れました。

 ”石油が作った高層ビルと建設ラッシュ・埃の街”と表現しました。

 本日朝、NHKの「朝一番ビジネス展望」で財団法人・日本総合研究所の所長・寺島実郎さんが出演しており「ドバイについて」語られていた。

 私の見当違いの見方もあったので記憶に残っている部分を掲載します。
 詳しくは来週の月曜日になると寺島さんの話はじかに聞けます。
     http://www.nhk.or.jp/radiodir/asa/business.html

 @ドバイはUAE連邦8カ国の一つであるが、ドバイには石油は算出しない。
  産油国でないから生き残りに様々な知恵を働かせている。

 A運輸・港湾への投資がなされ、現在世界第7位と言う(東京は第23位)
 Bドバイはロンドン〜ドバイ〜インド〜シンガポール〜オーストラリアと続く、英国連邦の一国であり、現在はシンガポールを目指すべき目標にしている。

 C7星のホテル、フリータックスの隣接する巨大なショッピング・モールには日本からも買いものに出かけている。

 D危ないところは中近東の地であるということだ。 地政学的に見ていつ何時何事が起こるかもしれない国である。 
 それは余りにも豊かさを追求すると、イスラム教の思想・行為(富者に貧者に対する貢献)で抵抗感が芽生える。

 これは寺島さんの話でありませんが、ドバイが世界のコンベンション・シティーを目指して空港(兎に角,大きい)、会議室やホテルの充実に投資していることはを聞いたことがあります。
 
 以上、私の現地で感じ、見たことに付け加えさせてもらいます。





 COLUMN 1−D 843
                                   平成20年9月4日 記

朝からパソコンは反乱か、暴動か、サボタージュか・・

 兎に角、何とか入力できる内にお知らせしておきます。 タイトルを含めここまで入力するのに30分は要しました。 パソコンをいじり始めた頃のスピード以下です。

 しかも、いつ何時動かなくなるか判りません。 ワープロ機能は現在作動しませんし、メールの送受信は老人のトイレよりひどい状態です。

 分かる方に見ていただきました。 メモリーアップ・キッドが届くのは来週の月曜日です。
 それでもダメかもしれないとの事です。 

 約5年間使用したこのパソコンの寿命でしょうか。 容量はまだ半分ありますが、容量だけの問題ではなさそうです。

 こんな時には入力してみたいテーマが次々に浮かぶものです。

 ここまでは入力できました、さてアップロードできるかどうか心配です。
     お読みいただいている方、よろしく
 




 COLUMN 1−D 842
                                   平成20年9月3日 記

 アメリカのことをもっと知らなければいけないと
        思っていたら・・・

 
 どのような時代背景と要因があって日米開戦に至ったかを良く知る必要があります。
 
 間違いないのは日本が負け、アメリカに占領されました。 アメリカの当初の目論見とは異なり冷戦構造が進むとアメリカの対日政策は変化して行きました。 

 一言で結えば東西冷戦の最前線に日本を位置づけました。 軍国日本の力をいかに弱めるから、日本をどのように活用するかになりました。

 当初はアメリカが全面にたって日本の政治、経済、金融、社会とあらゆる分野で政策を実行しましたが、日本国民に見える形での対応は思うように進まず、あるいは日本国民の抵抗にあい方針を変えました。

 戦犯と言われる人たちも復活させて、彼らを通じて後ろから操作しました。
 朝鮮戦争を境に日本は復興から成長へと高度成長を続けました。圧倒的な力を持つアメリカの競争相手となるまでという計算外の成長でもありました。

 アメリカにとって冷戦構造が終焉すると、同盟国・日本は再び経済敵国となりました。
 政治、軍事、経済、金融、社会、教育等見えないところで日本政府に指示(威嚇)もしていたのでしょう。

 日本も主体性を持ってあるいは斟酌して事にあたれば良かったと考えるのです。
 が、いつの間にか日本の政治家も官僚も財界もマスコミ等あらゆる分野のリーダーたちは、自ら考え、選択し、、決断し、行動し、その結果に責任取ると言う自覚をもたないまま、いつの間にかアメリカの指示待ちという体質になってしまったように思います。

 ところが、世界の警察、一極支配体制といわれたアメリカ、ここ10年間は世界から急速に期待と評価が下落しています。

 私自身のことを考えても、湾岸戦争の前後までは決して悪いイメージをアメリカ持っていませんでしたが、9・11事件から始まるアフガン紛争への介入、イラク戦争と進むにつけて
待てよと言う考えを持つようになりました。

 同時に日米安全保障なくして日本の平和はありえないと言う日本の識者(マスコミに登場)の声に疑問符を持ち始めました。

 今、世界は間違いなく近代以来の大転換期にあります。 現代に入りイギリスから覇権が移行されたアメリカはその立場が怪しくなるに従って思いもかけない行動に打って出るのではないかと思えてなりません。

 そのアメリカをもっと知る必要があると思っています。
 その中の疑問の一つに”なぜアメリカ国内でユダヤ関係者の力があんなにも強いのか?”という疑問でした。

 戦後、多くの優れたユダヤ人がアメリカに移民したこと、ロービー活動を強力にしていることもあるでしょうが、ユダヤ系でない人々までもが靡いている背景がわかりませんでしたが、本日以下のような文面に出会い、疑問の一端が融けたように感じています。

 それは米国の外交評議会の上級研究員、Mead氏の「God and Maney」と最近の本の中に書かれていたことです。

 『「God and Money」では、米国支配の終りという主張は誤りである。米国が世界の支配権を握ってまだ数十年、英国は200年も支配してきたのだ。米国支配の終りなどという議論は歴史決定論にすぎない。

 米国の軍事力と金融力は圧倒的であり、加えてdivide and rule(分轄と支配)というアングロ・サクソンの卓越した技術をもってすれば、なお長期にわたって米国の世界支配は続く、と主張している。

 また、Mead氏の今回の新しい論文には、滅多なことではお目にかかれない、米国人の本音が実に率直に語られている。

 Mead論文の主張を要約すれば、次の如きものだろう。

 @ 米国のイスラエル支持は、限定された勢力によって支えられているのではなく、米国の大衆の支持によって支えられている。

 A 米国人は、イスラエル建国は、神の命によるものという考え方は、米国が先住民を追い出して自国をつくったことを正当化するのにまことに都合が良いものであった。

 ちなみに旧約聖書では、エジプトから脱出してきたイスラエルの民は、神の命に従って、カナンの地に暮らす人々を殺し、この地を自らのものとしたとされているのである。

 米国も又、先住民の90%をこの世から追放することによって作られたと、歴史家たちは指摘している。米国の大衆は、この考え方を心から支持しており、だからこそイスラエルに共感するのだ。』 
と。

 

 足元には日に日に水かさが増してきていると感じない分けには行きません。
 考えたとてどうなるもんでなしと思った時から思考が止まり、足腰が動かなくなる。

 その答え(行動の結果)が正解か正解でないかの問題ではなく、今までの経験、体験、知識に加え、次にやってくる時代に対して自らの意思で判断し、行動をとることこそが大切と考えます。

 今、歴史に学ぶ事も必要でしょうし、新たな知識、情報との対面、取得も必要です。 
 一人ではその範囲は限られています、心許せる友人が大切です。

 納得できること、好きなこと、許せること、やってみたい事に向かって試行錯誤の歩みをしたいものだと考えています。
 

 




 COLUMN 1−D 841
                                   平成20年9月2日 記

 猛暑・大雨、が、今のところ台風は来ていない

 〜畑の草に感謝する時がくるのではないか〜

 
 「この秋の 稲の実りは 知らねども 今日一日 田の草を取る」 と言うような意味の短歌が頭の隅をかすめました。

  旅前の8月13日に畑の草を抜きました。 そしてトルコ旅行から帰国後、気になっていたのですが体調がすぐれないことと、連日の雨でノビノビとなってしまった。

 9月2日、午前中は曇りとの天気予報で思い切って出かけました。

 惨憺たる状況です。 秋蒔きの大根、白菜、ホウレンソウ、チンゲンサイなど全く芽を出していませんでした。
 
 トルコ旅行中の日照りはさぞかし大変なことであったと想像できました。
 そこで、冒頭の短歌となります。 

 とは言うものの、午前の手抜きの草抜きも、午後から振り出した雨の中の草刈も落胆の気持ちよりはスガスしさの気持ちと何処かに感謝の念がありました。

          

        草抜き後、やっと残った手前の白菜は虫に食われています。
         その後方には青々と美味しそうな葉が茂っています。
 名前は忘れましたが、確かに胡麻和えなどにすると美味しい草葉ではありますが・・・

 これは多分、トルコ旅行中に100Km以上ににも渡って緑のない、また実りの少ないだろう麦畑。  時折見かける痩せた山羊や羊の群れは何を食しているのだろうと数時間のバスの中で思っていたことが、まだ何処かに残っていたからでしょう。。
       雨が本格化しましたので、3時間の作業で引き上げました。


 
  畑から帰る、メールを開くと友人から、「貴殿の政局の読みは素晴らしい」と、8月31日に掲載しました久しぶりの政治関係の内容にコメントが送られてきおり、「これからどうなると予測するのか」との問いかけがありました。

 『これは始まりであって、今後益々混沌と混迷が深まるだろう。それは日本ばかりで世界の状況がそうなると思います。
 
 実に変化のある・価値ある時代に生を受けたものだ、「健康第一、また迷惑をかけないとしたらそのくらいしか出来ない」』と返信しました。



   

   日課の散歩に出かけてみれば、稲の穂が風にゆれ、西日に輝いていました。

  
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