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COLUMN 2-N  NO240

                                  

                                 平成19年6月20日 記

 藤原直哉・ワールドレポート No574より

〜自然、女性、激変する時代〜「ウロウロ、オロオロ」

 
  藤原直哉さんのワールドレポートNO574より。

 『自然は本当に良くできている。 最終的に破局が起きる前に小さな兆候をパチパチと何度も我々に見せてくれる。
 この兆候に気づきさえすれば、巨大な破局は予知することが出来る。
 
 混乱期になぜ女性が強いのか。 女性はどんな混乱期でも日常生活のための作業をしなければならないという役割を持っているからだと思う。
 未来を心配してじっとしている暇があったら、今日の生活のために身体を動かさなければならない。 ですから、未来に対する懸念は妄想のように広がりにくいのです。

 同時に、普段の日常生活の中でふとした変化・兆候でも未来のことを感じられるものです。
 また、男と違って理屈の色眼鏡で世の中を見ることをあまりしないから、自然が我々に与えてくれる兆候には男よりも早く確実に気がつくのだろう。

 異常気象、政治経済の変動は何が起こっても不思議でないことを伝えている。
 逆に言えば、これだけ変化が激しい時には、腹を据えて自然体で暮らすのが一番確実な生き方だと思う。

 (中略)
 既に、市場大暴落の始まりを感じている人は焦っている。
 能天気な人でも怪しさを感じる今の時代、勘の良い人は身に迫っていることを感じ始めている。 しかし、もはや手遅れなのです。
 米国市場も中国市場も日本市場も、大手銀行も自民党も役所も、いまや何処を見ても流れ去る基盤を立て直す人は何処にもいないのです。(中略)

 流れ行く基盤に取り残されたのは、ここまでやりたい放題やってきた無能なリーダーたちと、自分から一歩踏み出さす勇気を持てなかった人たちと、何も考えずに無能なリーダーに盲従してきた人たちです。 (中略)

 一度壊れるものが壊れてから本当の再建が始まるのだと思います。
 誠に凄い時代だと、つくづく思います。

改めて、尻馬に乗ったように、あるいは分かった振りして、はたまた、自分はそれらの人とは違うよと言えるほど、ことを予測し・予感し準備や行動をしてきたわけではありませんから、コメントすることはありません。
 やってくる新たな時代に向けて、あるいは出くわした時毎度のことながら「オロオロ、ウロウロ」だけはしたくない、しないように心してこれからの日々を過ごしたい。



COLUMN 2-N  NO239

                                  

                                 平成19年6月17日 記

 『平和と発展は9条のおかげ」 
   岐阜県大垣市 僧職 菅沼 晃さん 54歳の投書

 <中日新聞 6月17日 朝刊 ”発言欄”より

 
 船旅日記の93日目、5月29日付けの「船旅を終えるに当たって」と題して、100日間の内で記憶に残るテーマを5つ書き出しました。
 その中の一つに<「掌中にある”輝ける宝石”=日本国憲法」を知らなかった>と書きました。
 と書いた理由は、少しは憲法のことに関心を持っており、改憲すべきか、護憲で行くべきかの私としての見解、主張は纏まっては居ないが、憲法論議の輪の中ではそれなりの意見が言えると考えていましたが、船中での各種講義や地球大学で学ぶ内に、私の知識は軽薄なものであり、判断、結論を導くには余りにも幼稚なレベルであったと思い知らされました。

 それが、「日本国憲法を知らなかった」と書かしめました。
 その後、勉強し、思考し自分の見解が纏まったというところまでには、到底至って居ませんが、その後、この課題に出会うたびに素直に再考することにしています。
 そんな本日、表題に示しました"発言欄”の菅沼さんのご意見を目にすることになりました。 
 一読し、現在の私の心情、気持ち、考え方に近いと感じましたので、ここに入力するものです。
 念には及びませんが、菅沼さんが僧籍の身であり、私が自称”修行僧”と言っていることとは全く関係ありません。

 『国民投票法が成立したが、憲法をどう変えるのか国民には分かりづらい。
 新たに「環境権」や「プライバシー権」を制定するなどの動きもあるが、国民が最も関心のあるのは9条ではないだろうか。
 確かに、現憲法は米国の占領下においてつくられたが、世界でも例がない戦争放棄と軍事力不保持の9条は、戦後日本の奇跡的な平和と発展を支えてきたと思う。

 従属的な日米関係を正すために自主憲法が必要との論議もあるが、仮に防衛のための戦争や軍事力保持を認めれば、世界情勢では、米国の世界戦略の下でますます海外派兵などは増えるのではないだろうか。
 為政者のもくろみは自主憲法と言いつつも、むしろ米国の要請に応えるためではないかと心配する。
 
 恒久的な平和は人類の願いだが、平和の維持には不断の努力が必要である。
 従って改正内容を吟味しない感情的な改正論は、わが国が歩んできた苦い過去の歴史を繰り返すことにならないだろうか。』





COLUMN 2-N  NO238

                                  

                                 平成19年6月15日 記

「経済トレンドレポート 浅井情報ネットワーク・322より

〜人生の95%は運しだい
         (経営戦略コンサルタント松永修岳)〜
 と、船井幸雄先生の時代認識と正しい生き方とは・・

 
 ・・・2007年〜2009年はどのような年になるか。
 @政治と経済は混乱、A株価は乱高下、B勝者と敗者があっという間に入れ替わる、C災害等で人が大量に、アットと言う間に死ぬようなことが起こる、D意識の高い層が増える。

 特にキーワードとして、@格差拡大 A経営統合加速 B自然災害死(災難死と自殺)の増加。
 @については、新しい貧困層と呼ばれる層(25歳以下と76歳以上)が増加、若者と単身高齢者の貧困が増える。この層の犯罪と自殺。
 A企業の経営統合やコラボレーションはますます進み、活発になる。
 B人はある日突然不運に出会い、あっという間に死ぬか、自然災害でまとまって死亡。

 
 「一生懸命やることが良い」とされた時代ガ終わる。 結果を出さないと評価されない。
 90%の人が不景気と感じ、10%の人が素晴らしい時代と実感。
 負けることを怖れる人は、富を手に入れることは出来ず、生き方を変える人のみが成功する。
 何事も創意工夫、モノを売ろうとしないで、買いたくなる「工夫」をする。
 「運」の良い人と組んで仕事をし、自分の運気を上げる。
 この状況を変える事は出来ない。 この状況を抜け出す鍵は「知識」と「創造力」。
 混迷に飲み込まれないためには、未来に対する的確な理解と、自分と言うに人間の現状認識が重要。 「知恵」と「運」を身につけること。(中略)

 普通に暮らしていれば幸と不幸は表裏一体、対になって現れる。上手に運をつけること。
 格差社会を生き抜くためには、現実を正しく認識する力、それに基ずいて行動する力。(中略)
 格差社会は90%の人が不景気、10%の人には素晴らしい将来。一人で900万円持ち、残りの100万円を9人で分かつ時代となる。
 経済的に自由を獲得した人はそうでない人を助ける。 能力の高い人がより貢献するのは当然。
 どれだけの財を得たかが大切なのではなく、どのようにして財を得たかが大切。
 高い意識、思考力、感情を持っているかどうかということに目を向ける必要がある。
 社会に貢献しようと言う高い志、創造力がなければ、意識を高めることは出来ない。

 「自分を変えてゆく」程度では間に合わない「総入れ替えする」くらいの決意が必要。
 単なる「努力」ではない、「創意工夫」これが最も大切。
 「創意工夫」のない人間は、過去の延長に生き、時代に取り残されるばかりでなく、変化の障害になってしまう。
 『一生懸命やらない』「結果を出す』、そして自分の自由な時間を作る、それが発展するということ。

 負けることを怖れると、富は手に入らない。 恐怖心が強いと運気は下がる。 恐怖は無知からやってくる。リスクあるところにしか利益はない。 安全なところには利益はない。 
 風水は「障害を手がかりにして進め」と教える。 障害を怖れることこそ運を逃がす。

 冒険をしない人間には、良い気も強運もやってこない。
 強運がやってくるには、第1に「志」を持つこと、第2に自分が何処に向かっているかを知ること。 努力よりも方向性が大切。 自分の潜在力の眠っていることに目覚めよ。可能性は大。



 以上、風水の先生の2007〜2009年の予測とその対応方法でした。
 この次に、船井幸雄さんのホームページから、加藤が抜粋・編集しました。
 船井先生の時代認識とその対応姿勢です。

 @世に中は既に激動期に入っている。 
 激動期とは、ア)気象が荒れる、天変地異が増える。 イ)人間の心がすさみ、末法的世の中になる可能性が大
 ウ)画期的な本物技術などが続出する エ)よい意味で「100匹目のサル現象」も続出する。 オ)2012年12月、冬至に日は注目に必要
 
 A増え続ける天災、気象異変は100年前の50倍
 B時流についていけない人、続出(精神病患者50年前の50倍)
 Cユビキタス社会が近々到来。
 D正しく生きると病気から解放される。
 
 ・では、正しく生きるとは
 @よく学び、良く働き、世のため、人のためになることをして、ならないことはしない。
 A自主、自由、自己責任で生きている人
 B全ては必然必要であり、自然の理にかなっている人
   効率よく、調和しながら、生成発展するように
       〜単純化、万能化、自由化、開放化、協調化、長期活用法
 その反対は、複雑化、統制化、秘密化、単能化、競争化、短所是正化
 C金銭欲、物欲、我執欲などが必要最低限の人〜できるだけエゴを減らし、ムダ、ムラ、ムリをなくし、明るくプラス発想で生きる。
 
 
 本日は以上のことについての私のコメントはなしです。
 しかし、話としては理解し、納得できることだと考えています。
 今から、夕刻の散歩に出かけますので、何か閃くかどうかです。





    COLUMN 2-N  NO237

                                  

                                 平成19年6月14日 記

 藤原 直哉の「ワールドレポート」NO573より
 
〜保守層、現代層、ロハス層に分かれる人々の意識

 ”ピースボートでは、「ピース派とボート派」でしたが 

 
 『保守層 とは第2次世界大戦を経験した世代を中心に、かっての確固としてライフスタイルをしっかり守ろうとするいう意思をを持った人々であり、
 現代層とは過去も未来もなく、兎に角今の時代の流行に乗って生きてゆこうとする人たち。
 ロハス層というのは新たな価値観を持ち人たちが生まれてきていて、対立を止揚して本格的な共生社会を創ろうとしている人たちがふえつつあり、ロハス層が自分達が21世紀の時代の担い手だと実感してヨコに連なり始めた地域では、政治も変わり始めつつあります。

 日本では今度の参院選挙で与党が負けて大騒ぎが政界に広がってゆく中で、ロハスな日本を求める声が次第に高まってゆくでしょう。(中略)

 日本でも米国でもロハス層と真っ向から対立する右翼連中は次第に足元が流動化し、人々から見放されつつあります。
 同時に、組織運営においても、健康に悪く将来の持続可能性を考えない運営をするリーダーに対して公然と反論が組織内部で広がっています。(中略)

 お金の多寡は決して価値観の高下とは比例しない。 価値観の富んだ人が上に立たない世の中はまともに回りません。
 今起きつつある混乱の中から素晴らしいリーダーを出せるかどうかが組織の未来を決める』

 
 〜全く同感ですなどと、大きな声で言えるような過去を持っているわけでもありませんし、今も生きているわけではありませんが、頭ではそのように感じ、少しでもその線に沿って生きてゆきたいと思っています。
 私は確固とした信念など持ち合わせない「イイカゲン修行僧」ですが、分類から言えば「保守層」という事になるのでしょう。
 そして、少しばかりロハス的な生き方や日々を送りたいと思っています。
 
 船旅101日間でも何度か紹介しましたが、ピースボートには、「ピース派=平和のこと・環境のことに関心がある人々」と「ボート派=専ら観光目的の人々」の2種類が同船していました。
 もとろん、どちらかに区分けされるというわけではなく、その両者を持ち合わせた人々もおおくいました。 私もその一人と思っています。


 今回船旅でも感じたことですが、時代は間違いなく生成発展した方向に進展しておると同時に、これまで先送りしてきた人類の課題(特に先進国と言われている国)に対して清算が迫っているということです。
 またまた、「オオカミ爺」といわれそうですので、口を慎みますが、早ければいつ何時・明日にでも起こっても不思議ではないと思っていますし、どのようにやりくりして先延ばししても5年以内、いや3年以内には、否応なしにロハスな価値観の時代へと進んでゆくと思っています。





    COLUMN 2-N  NO236
                                  

                                 平成19年6月12日 記

 「経済トレンドレポート」 浅井隆情報ネットワーク

 〜聞いているのに聞き取れない子供〜     

 
 ”「鈍感力」なんて冗談じゃない!

 というタイトルで書き始められた論文です。
・周りに反応できない(車内携帯、車内の大股広げ、周りに気遣うことをしない)マナーの酷さ。
・石原慎太郎が息子を都の芸術家として重用し、都の公費より作品を購入、あるいは海外視察、私物かも甚だしいのに、石原を評価する都民の鈍感さ。
・自国の財政問題についても、国民はきわめて無頓着。
・危機を察知する能力も劣化していると指摘した上で、「聞いているのに聞き取れない子供達」の話ガ展開される。

『 ・・2007年4月20日付けの日経新聞の記事が紹介されている。
「埼玉県の小学校の5年担当の教師がテスト用の用紙を配り「一番上に名前を書いてください」と指示した。
 何人かが手を動かさない、理由を尋ねると「先生、今なんていった」と言う、よそ見をしていたわけでもなく視線は教壇に向かっていた。
 
 「聞いているのに聞き取れない子供が増えている。こう感じた先生は、指示を黒板に書くなど、視覚に訴えるようにしている。

 脳科学を研究している、日立製作所フェローの小泉氏の指摘「脳は五感から膨大な情報を得ているが、ネットは視覚中心。 仮想世界になれた子供は現実での情報取得に影響が出やすい。」

 ITをやりすぎると脳がダメになる。日本より進んだ韓国は感覚が正常といえない若者が増えているという。ネットなどコンピューターのやりすぎか。
・・・・・・中略・・・
 子供の頃から、ネットや携帯電話を使うことによって、人間が生物として本来持っていた、「敏感に反応する力」が失われる。』

 
 この論文を読んでいて、自慢と言うか・これは効果あることなのだと認識したことがあります。 それは、中部大学での講義を可能な限り書き留めて、その後パソコンで活字化していることです。
 船旅の3ヶ月間の間に、能力が落ちてはいけないと考えたことと、中身のある・ためになる講座は残して置こうと考えました。
 約30講座を書きとめ、活字化しました。 
 こんな効果が出ました。また期待できます。
 
 @ 間違いなく復習となります。
 A その活字化の過程で、読み取れない字が書かれていますので、前後の関係から判読します。 すると、内容も判読することになり、そこで自分の考え、意見も沸いてきます。
 B活字後のことですが、時間の経過と共に記憶も薄れていきますが、読み直すことにより思い出すことが出来ます。
 C 知人、友人に話す時の役に立つことと、彼らから欲しいと言われることがあります。

 
 




    COLUMN 2-N  NO235
                                  

                                 平成19年2月21日 記

 藤原直哉の「日本と世界に一言」
 ”バブル崩壊後の光景” 
        2月20日インターネット放送より 
   

 
 本日は藤原直哉さんのインターネット放送を活字化してみました。

 ・世界中の金融当局はお手上げ、暴走を止められない状況である。
 ・何時崩壊してもおかしくない状況。上がったものは必ず戻る。
 ・バブル崩壊後の手を打つ必要があるが、全く打っていない。

・17年前の日本バブル崩壊と同様に、株から始まり、、不動産、銀行、財政の破綻と進む。
・昔はバブル崩壊の経験者が現場におり、どうすべきか、引き継がれていたが、前回のバブル崩壊のときも現場にはどうしてよいか分からない人たちばかりであった。
・今回もアメリカ、ラムズフェルトなど民間人は反省していない。
・全世界的なバブルなのに何が起きるのか知らないし、対処も知らない。

・今は時価会計であるから、問題が発覚すると早い。粉飾が表に出ると、一気に横に広がる。
・また、資金調達も難しくなる。 業界が助け合うというよりは、スキあらば足を引っ張り、相手を潰すチャンスと思っているから、資金調達は困難。
・本格的なバブル崩壊は世界が一方向に動いているから、全金融機関が回収困難な状況となり、救援は無理。 一瞬にして世界がパンクする。
・「失業」問題が深刻。 現在は在庫を持たない、資材を可能な限り持たない経営だから、仕事が一気止まる。 

 ・流通業は営業停止となり、物が動かず、人が飢え死にする。 かってなら、国がバッファーを持っていたが、市場経済下では国が民間をサポートする力を持っていない。
 結果、実業がとまり、全世界同時にとまる。
 ・EX、中国の10億の民は流通が動いているから飢え死にしないのであって、止まれば一気に飢え死にとなる。 これの対処がしていない。
 
 ・相場においても、中国の大金持ちは有り金全てを投資に回している(日本のように預貯金はしない)。フイに崩落すれば一気に負債の山となる。
〜これは「影絵」のごとき世界の中国であり。電気消えると影絵も消える。
 大金持ちが大きな被害をこおむる。貧しいい人は横の連帯や強さがある。

・住宅ローンも変動金利、二番抵当にまで入っている。 バブル崩壊で返却は不可能となろう。 住んでいる人は生き死にをかけているから、法の施行は難しい。

 ・バブル崩壊後はとんでもない時代となる。
・今から対処しなければ間に合わないのに、考えもせず、日々の企業運営にのみ忙殺されている。 弾に当たると逃げるか、隠れるかのお粗末な人達、これらの20世紀の人々の時代が終わり、消えてゆく。
・これも必要必然のこと。 新しい社会を切り拓き、新しい時代を創っていく。
・急激なバブル崩壊は世界の変化のスピードを速める。
・資本主義のストップ。企業のストップ。
・それは地球温暖化問題についても必要必然なこと。
・このバブル崩壊後の対処の行動指針を決めておくこと。友を決めておくことが必要。 
                               以上文責、加藤

 藤原さんは時代を否定的に見たり、悲観的に見ておられる方ではない。 どちらかと言うと楽観的に見ておられる方と思っています。
 が、歴史的視点にたって冷静に分析しておられる方思っています。 現状についても既にバブル崩壊は避けがたいと読んでおられるのでしょう。
 今までの時代・社会は一度崩壊することを必要必然と読んでおられると思います。
 それ故に、その後のあるべき姿や対処すべき心構えや行動の用意を促しているのだと考えています。
 かく言う私は心構えは良いのか。 と問うています。

    COLUMN 2-N  NO234
                                  

                                 平成19年2月11日 記

 ”今週の言葉 ”   松永伍一 中日新聞2月11日        

 前回このコラムに入力したのは1月22日でした。
 それから早くも20日間が過ぎています。 その間、新聞を読んでいなかったわけでもなく、また目に留まった記事がないわけでもありませんでした。

 ・愛知県知事選挙もありました。(私は石田候補の推薦葉書を40枚ほど書きました)
 ・かって少しは関係しましたエデイオン(当時は第一家電と言っていましたが)とビッグカメラの資本提携の記事も目に留まりました。
 ・また、パロマに続いてリンナイのガス湯沸かし器の不完全燃焼の死亡記事もありました。
 ・北朝鮮の核問題を中心とする「6カ国協議」も連日掲載されていましたが、特にこのコラムに取上げる気になりませんでした。
 私の感性や政治・経済・社会への関心が薄くなったとも思えないのですが・・・・

 そんな20日間の後に取上げる"今週の言葉”は以下のものです。
 
「極楽に酒があるなら行きたいが、そうでないなら願い下げだ。 藤原 道隆」

 
平安時代の公卿で有名な藤原道長の兄。 無類の酒好きであった。
 仏教でいうところの「末法の世」の到来を怖れて、浄土真宗に人々は傾いた。
 極楽浄土への往生を願う心は貴族階級だけでなく、下層階級にも及んでいた世相になって、酒好きの関白道隆は、あの世の浄土と言うものに疑いの目を向けていた。

 「酒によっている時こそが極楽浄土の境地なのだ。 あの世にこれほどのものが保証されるならそこに言ってもよいが、そうでなければ願いさげだ」とうそぶいた。
 この世こそ極楽は存在するのであってあの世は当てにならない、と見定めた現実主義者の道隆に比べ、弟の道長は病んで五色の糸をたぐり寄せつつ極楽浄土への往生を切に祈った。
 その対比においても人間の陽と陰が読み取れて面白い。
 以上ここまで転載

 今朝も赤ワインを約250ミリリットルを美味しく頂きました。
 昨夜はビール350ミリリットルを1缶、日本酒300ミリリットル、米焼酎をロックで2杯をいただきました。
 この世が「末法の世」とは思いませんが、数百年に一度の転換期ではあると思っています。
 
 生臭修行僧は今世で到底修行が終わるとは思いませんので、再度輪廻転生によって”苦の世界?”に立ち戻ることだろうと楽しみにしています。
 閻魔大王様にどのような判定を受けて、どのような姿でこの世に立ち返るのかは知る良しもありません。
 過去から続く今世のことは今世のこととし、とは言え大王様の判定に少しばかり恐れおののきながら、来世のことに少しばかりの配慮をしつつ朝晩の神酒を頂くことにいたしております。
    COLUMN 2-N  NO233
                                  

                                 平成19年1月22日 記

”ひろさちやのほどほど人生論” 中日新聞1月16日

 「忙しいのは不幸」 自分の時間持ててこそ      


『(前略) 〈幸福とは、どうでも良いことに忙しくしていることだ〉と幸福の定義がデズモント・モリスの名著「『裸のサル』の幸福論」(新潮新書)に紹介されたいた。  (中略)
 「私はスケジュールは過密ですが、忙しくはありません」と講演で語る。
 ”忙”と言う字は心(りっしんべん)を亡くすという字だからです。(中略)

 イタリア人は『お忙しそうですね』といえば、「不幸にして」と答えるそうです。
 なぜなら、忙しいのは生活費を稼ぐために忙しいのであって、それは不幸なことです。
 幸福なのは、自分のために使える時間をたっぷり持っていることであって、あくせく働かないでおれる人が一番幸せな人です。( 中略)

 古代ギリシャの哲学者のデイオゲネスは自足の生活を送り、樽の中で住んでいましたが(一種のホームレス)、アレクサンドロス大王がやってきて「望みがあれば申し出よ」と言葉をかけたとき、「チョットどいてくれ、お前がそこに立つと、わしが日陰になって困る」と言ったそうです。(中略)
 義務的な仕事から解放されたもの、ボランテイア活動的な活動とか、趣味に打ち込めること、あなたはそういう幸福を求めたいと思いませんか・・・。』

〜同感です。 と言ってもモリスやひろさちやさんが言っているようなレベルでの幸福論には程遠いことなのですが。 何が遠いのかな?とクビを傾げました。
 
 ここ数年、自分の好きなこと、納得しないことはしないことにしていると、口にも出してきましたし、その様に行動してきたと思っています。
 かなり我儘なやり方である・あったと少しばかりは反省する時もあるのですが、大概はそれで押し通してきました。
 ただ、反省すべきは、ついつい相手様の領域と言うか、心に棘として刺さってしまったのではないかという言葉を吐いてしまったことがあるときです。
 
 自己責任で生きていると偉そうなことを言っても、どれだけ人様のお世話になっていることかは冷静になれば分かることなのですから・・・・・


 学校の予習、復習に追いまくられていたことも、今週でひとまず解放ですが、きっと寂しくなることでしょう。 後、1ヶ月に迫った船旅の予習に時間を割きたいと思っています。
 図上では3回目になります。


    COLUMN 2-N  NO232
                                  

                                 平成19年1月9日 記

 ”老いを学ぶ”  松原 泰道 中日新聞1月7日

          無理・無駄・無精をしない


『(前略) 
 ”生涯修行臨終停年”の心の杖ことばを忘れないようにします。(中略)
 どの道でも修行は無上で、上限はなく永遠に、涯しなく(はてしなく)上がり続けます。
 臨終は、永遠の一時の休止点ですから停年がふさわしい。(中略)
 「年をとるにつけて叱る人も、注意してくれる人も無くなるから、自分に厳しくしないと堕落する」 (中略)
 

 無理をしない、はいわゆる年寄りの冷や水を言うのではない。 老いるととかく自我が強くなり、道理を無視しがちなのを自戒する。
 無駄をしない、は老人には労動力も生産力もないから弄費(ろうひ)や物をそまつにしないようにすることです。
 無精をしない、は年寄りは身体を動かすことがおっくうにになるから、つとめて自分で出来ることは自分ですることです。(中略)

 私の書斎時間が多いのは江戸時代末期の儒者の佐藤一斉(言志録の著者)の「視聴力が衰えても、見え聞こえる限りを廃すべからず」の言に励まされたからです。』

                                          以上、ここまで転載

〜松原翁は明治40(1907)年生まれであるから今年の11月23日には100歳になられる。
 翁の小論「老いを学ぶ」を取上げて、感じたことを書くのは憚れる。
 ただ、一応65歳を持って”老人”としている様々な規定に当てはめると、私もあと5日で老人の仲間入りと言うことになる。
 町内の『老人会』への入会勧誘はあるが、まだ、まだ入会する気にはなれない。(名前だけは登録されているようだが?)
 昔と比べたら老人と言うのは75歳以上を言うのがよいのではないかと思っているが・・・

 そのことよりは、松原翁が自戒し、精進されていることを読ませていただいて、早くも「無理、無駄、無精」な毎日を送っている自分を見るにつけ、反省の意をこめて掲載しました。




    COLUMN 2-N  NO231
                                  

                                 平成19年1月5日 記

   ”けさのことば”      岡井隆
  

   〜中日新聞 1月5日 朝刊 より〜


 思うにまかせぬ愁いは、幾千万、/美酒はわずかに、三百杯。
     『李白詩選』 (松浦 友久 編訳)

 唐の詩人李白は酒仙としても有名。  「愁いは多く、酒は少ないけれど、酒さえ傾ければ、愁いはやってこない」と歌うが、「三百杯」でも少ないのか。
 「ひとまずは充分に美酒を飲み、美しい月の光のなか、立派な高楼で酔うことにしよう」
 お正月用に酒の詩を揚げたが、酒量はどうか程ほどに。


 〜冬季(大体11月から3月末ごろまで)は、朝は赤ワインを約200MLで、晩酌は日本酒のみならば350〜500ML、日本酒と焼酎の組み合わせならば、(と入力して考えてみたが)ほとんどかわりがない。 と言うことはアルコール分から計算すると焼酎の方が度数が高い。
 その他にも、ビール(冬場はほとんど飲まない、喉の渇きを覚えた時のみ)、ブランデイー、ウイスキーが、そのときの気分で加わる。

 本日、ある会のリーダーが禁酒を宣言した。 理由は特になく閃いたようだ。
 この方、断食を年に1〜2回されているようだ。(既に十年近くになるのではないだろうか)
 色々な健康食品(サプリメント)を自分の身体で試したりしている。
 持続・継続力はある方、が、時に方針変更もしているようだから、今後が楽しみだ。

 別の会のリーダーも大変なお酒好きであったが、これまた断酒された。 これは昨年2年ぶりにお会いした時に気がついた。 体重が5〜10Kg近くは減っていたのではないだろうか。
 どうしてと訊ねたら「お酒を飲まないと、副食品の食べる量が減るので、自然と体重減となった」と言う。
 新時代の到来と、そこで必要な新リーダーシップ論にもとずく、リーダー養成をライフワークとされているから、断酒と言う決断をなされたのだろうか。

 禁煙は30数年前に実行したが、今のところ断酒は考えていないし、考えられない。
 惰性で飲んでいるだけだとも言われたが、朝のストレッチ、掃除、そして拝礼の後に待っている朝ご飯の時間が近づくにしたがって、血の巡りが良くなるのが実感でき、胃袋は「もう、飲みましょうよ」と訴えかけてくる。
 夕方も同じこと、約1時間の散歩の後に待っている晩酌はこたえられない。
 李白のような詩は読めないが、愁いなく酒は楽しんでいる。

 健康診断を昨日してきました。 その結果や如何に・・・・・
 
 




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