エッセイB−5

         政治・経済・社会について
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 COLUMN Bー5 No329

                          平成24年12月12日・記

     12月16日衆議院選挙投票を前にして

 〜如何程の認識と覚悟を持って一票を投じるのか〜



 まともに政治・経済・社会のこの欄・エッセイに向かうのは久しぶりです。

 この間、ズーとモヤモヤしているのですが、其のモヤモヤは正面からそれらに向かい合っていない自分の姿勢にあるのではないかと今朝感じました。

       枕元のメモ用紙に認めたことを入力しておきます。

 「戦後69年の今、大きな帰路に立たされ、立ち止まることも、座り込むも出来ず覚悟した生き方の価値観と実行が求められれている今日の政治・経済・社会の状況下で,実施される衆議院選挙であると感じ・考えます。

 が、長い間の人頼り、人任せの平和ボケした中で暮らしてきた環境の中で、自己責任を持って自分の進路の決定が迫られ、困惑している自分を意識します。

 この先のあり方を示す役割を果たし、納得できる政党も政治家も哲学者も、各種リーダーも現れず、存在せず、正にそれを象徴するような多党乱立の選挙戦の様相です。

          

         
↑食卓から、早咲きサザンカを眺めです。


 今一度、狭く浅い知識を動員して戦後育ってきた社会を振り返ってみます。

 戦後の平和憲法の制定と占領軍アメリカの政策の下、右に左に揺れた昭和20年代前半。
 
 世界の冷戦構造の下、極東における朝鮮戦争を境に、自由主義陣営圏に立った日本の役割は反共の最前線の防波堤となることだった。

 結果、占領軍アメリカの政策は一変し、これまでに増しての支援と援助が強化され、日米安保体制の下、警察予備隊から自衛隊となり、日本国内の治安の維持と国防の名のもとに実態は軍隊の出現となった。

 それらに守られた環境下、昭和30年代に入ると安心し・安定した経済復興から経済成長えと全面的に邁進することとなった。

 戦後の復興と成長を目指し一丸となった政治の決断、官僚が立案した政策は次つぎに功を奏し成長分野への産業の切り替えと新たな取り組みによって、正に高度経済成長が実現し、人々の暮らしも大幅に改善高度化した。

 その間の仕組みは中央に権限と資金を集中し、成長分野への投資と地方への公共投資というバラマキ投資という構造であった。

 それは利権構造を生みだし、既得権益を手にした経済界と政治の癒着を生み、また官僚が天下り先を求めて、それに手を貸し、批判すべきマスコミも何時の間にかその構造の中に組み込まれることとなった。

           

        
    ↑ 正月を飾る飛騨の餅花

 昭和39年、その頂点でバブルが弾けた。 

 その後、何度のかの公共投資を初めとする政府の財政投資がなされたが、既に日本の構造自体が賞味期限の切れの体質となっており、効果は一向に上がらず、それどころか赤字国債もここまでというところに追い込まれ、今後の社会保障制度の行き詰まりを実感しはじめた。

 それまでの政治をけん引してきた自民党政治もここまでかと思われた時に、「自民党をぶっ潰す!!}とのヤケクソ発言が、そこまで言うならばと再び自民党に委ねることとなった。

 しかし、実態は新自由主義経済(ネオコン)の政策であり、勝者・敗者を明確にし弱者を創り出す弱者いじめの政策であり、リストラの嵐となった。

 その構造の異常さに気付き始めた民衆に、またも小泉政権はアメリカの言いなり、従属・追従政策をひた隠し、「郵政民営化」を旗印に置き換えて、小泉自民党が圧倒的勝利をすることとなった。

 結果は更に「格差社会」と進み、弱者や生活保護者の増加を生み、若者の失業率と、非正規雇用を生むこととなった。

 この新自由主義経済政策は日本のみならず、先駆者はアメリカのレーガンであり、老大国化したイギリスのサッチャー政権であり、欧州各国も同様であった。
 
 
 欧米、日本等の先進国が悪戦苦闘する中、BURIC,sと言われる新興国がその間をぬってすさまじい経済発展を推進してきました。

 とりわけ、「世界の工場」を標榜する十三億とも十六億ともいられる安価で豊富な人的資源を持つ中国の勢いは年率GNP10%を越す成長を続け、2011年には日本を終えて世界NO2の地位となり、後10数年でアメリカおも抜き去ると言われています。

 それらBRIC,sと言われる中国、インド、ロシア、ブラジルに続く、第2の経済成長国が頭角を現しています。南アフリカ、インドネシア、あるいは東南アジアの国々です。」

 世界の秩序、構造は否応なしに変化を求められていると言えます。

             

              
↑頂いた麻袋と観葉植物


 再び、話を日本の政治情勢に戻そう。

 小泉新自由主義経済の弊害が誰の目にも明らかとなり、「政権交代か、自民政治の継続か」の選挙が3年半前であり、「生活が第1」のスローガンの民主党が政権獲得し、初の政権党となった。

 そして、3年半後、その間の民主党政権の是非が問われると同時に、これからの日本のあり方、進むべき道の方向性を選択し決める選挙でもあるのが今回。

 政党を選ぶ、政治家を選別すると言う以上に今後の日本の政治、経済、社会
 のあらゆる側面にどのように自らの価値観を明確にして、覚悟を持って選択し・一票を投じるかの時と考えます。

 そこに示された、具体的課題のいくつかは

 1、脱原発か、卒原発か、実質先送りしての存続か。経済発展、家庭生活の安心のためには、夢みたいなことは言えないか。既得権益の存続か?

 2、消費税増税か反対か。必要ではあるがその前にやることがある。行財制
改革であり、自ら血を流すことであると言う。

 今後の少子高齢者問題と社会福祉の問題に如何に対処するか。

 3、T・P・Pへの加盟、あるいは交渉参加に対すし反対と賛成。 日本の食を守れと言うが産業の力なくして1億3千万人は喰ってはいけぬと言う。

 以上の3点課題を取り上げただけでも、生半可な考え方や意思で持っての選択・決定はできない。

           

          
↑リビングルームに引き上げられた観葉植物


 冒頭「如何程の認識と覚悟を持って・・・」と大仰な修飾語を付けたのかの心情を記録しておきます。

 1、原発問題〜

 人類の英知が生み出したエネルギー源であるかもしれないが、其の人類が制御することもできず、更に今後数10年に渡り、これからの人々に障害をもたらす危険を持ったエネルギーを、老い先が見えた今生涯の老人の当面の安逸の為に原発もいたしかたなしとは言えない。

 だとしたならば、節電し暑さ、寒さに耐える意思と気力を持っているか。
 低エネルギーを覚悟した耐乏生活にも向かえるのか。

 誰かが何処かでやってくれるでは、問題は解決しない。

 物質文明に目を、心を奪われている間に、精神文化面へのエネルギーを注ぐことを疎かにしてきました。

 有限で・自然環境破壊へとつながる物質的豊かさの消費を抑え、多消費生活を切り替える認識と行動をとる覚悟が出来ているか。と問う。

 2、消費税の増税に反対する〜

 少子高齢社会にあって、既に社会保障制度は破綻していると判断します。
 
 国政調査権を行使して、国の実態がどのようになっているかを明らかにすることは、国民の参加、協力を仰ぐうえで、不可欠な事柄と考えます。

 また、行財政改革も当たり前のことです。 国・地方の公務員のあり方、給与水準の見直しも当たり前です。

 その上で、一般国民への提案でなくてはならないと考えます。 

 同時に、既に受益者となっている私達年金受給者の年金、国民健康保険料の負担、介護保険の負担も弱者は別として、新たな制度への改編が必要と考えます。

 私達は別という考え方で、若い人たちに負担を強いることは、既に許されない状況になっていると考えます。

 が、先程の国政調査により実態の正確な開示はどうしても必要と考えます。

 3、T・P・Pへの交渉参加、不参加、あるいは反対・賛成論

 日本の農業・米を守れは心情的には理解します。

 が、このT・P・Pの本質が、弱ったとは言え世界の軍事覇権国・米国の新たな支配体制の一環か、あるいは米国従属・追従の自立国家としての自覚なしの論議なのか正しく理解できていません。

 このところの政・官・財・マスコミそして学界までもが裏で巧妙に仕掛けられているのか、あるいは恫喝されているのか、はたまた自己保身なのか、素人でもあからさまに認識できるまでに表面化している日米関係です。

 ことさら声高に強がりを口にするのではなく、外交・防衛そして経済問題に対してしなやかに・強かに勇気と覚悟を持って対処できるリーダーが求められています。
 限られたリーダに期待しても、叩かれ、時に抹殺されているのでしょうか。

 としたならば、国民的認識で後押ししなければ国益にかなった方向での実現は不可能と何がえます。
 力が弱まり、窮してくれば窮して来るほどに、力の圧力が増してきます。物質的な圧力に対しては、日本の文化・伝統に根ざした粘り強く・強かな対応を国民総力での覚悟と行動が求められる。と問います。

 今一つ、、グローバル世界の中にあって、かつて有力な日本の産業は新興国からの追い上げで、この先が見えてきている状態です。

 新たな技術研究・開発も必要でしょうが、同時に競争力を失った産業の転換は待ったなしのところに来ています。

 ということは、経営者には覚悟を持った意思決定が求められています。政府に「助けてくれと、実質の税金を使った支援・援助を求める」ことは経営者失格。

 働く者とて同様です、これからも必要な知識・技術は残す必要がありますが、新たに求められる知識、技能の再取得の勉強が待っています。

 最後に、日本農業・米を守れと言うならば、各自それぞれに鎌、鍬を手にとって、額に汗する準備と覚悟が出来ているかを問いたいと考えます。

 以上、3点に関し、それぞれに負の条件を受け入れる、あるいは新たな取り組みを覚悟することが重要と戒め、ここに記録しました。

          

            
↑同じ町内の和風の家の玄関先


 ところで、テレビ報道を視聴していると

 テレビ報道に出てくる党首の発言を通じても、全く信用、信頼すべきものを感じない。それどころか嫌悪感すら抱くことがある。

 口先ばかりと、相手の話を聴きもせず、自己主張ばかりする。

 散歩の途中で見かける選挙広報ホスターの白々しいスローガンと笑顔を見ると破り捨てたい衝動にかられる。

 と言いつつも、これまでそれを選択し抱っこされてきた自分自身に対する不甲斐なさと苛立ちの表れなのだろうかと自笑してしまいます。

 12月16日の投票日を前に、投票先に迷うと言うよりは、選択すべき事柄に自分自身が腑に落ちないでいる、といって棄権すれば一層自己嫌悪に落ちる。

 私自身がこの機に及んでこれからの生き方、価値観は定まっていないことの表れだろう戒める。

 本日を入れて後5日。その間に2度農作業日予定している。
 ひと鍬振り降ろしては、その中から何らかの啓示が得られることを期待し・決めようと考えています。


 COLUMN 1−D 2073  より

                          平成24年11月7日・記

  筋肉疲労・筋肉痛・身体バランス調整の機器

    〜コールド・レーザー=低温・光線〜
 光子(こうし)=光の成分が集中しているレーザー



     この4年間で、2回ほど取り上げたコールド・レーザーです。

 あまり頼ってはいけないと思いながら、ウマが合うと言うのでしょうか、頼りになる機器です。

     4年前、波動の仲間から紹介されて購入した機器です。

 兎に角、毎晩枕元に置き、この歳になると夜中に起きることが多いので、其のたびごとに足・腰・腕、そして7つのチャクラに照射しています。

 決して気分的なことだけでなく、8時間労働の後でも、間違いなく翌朝に効果を感じています。


 ところが、この製品の弱点は米国製ということでしょうか、小さな故障が多いことです。 例えばこの4年間に今回で4回目の修理ですが、素人でも分かるようになりました。

 断線です。決して手荒な扱いはしていないのですが、其のたびごとに九州・福岡まで修理に出しています。

 今回も、多分ここだろうと思われる所に断線を確認できます。

 多分、この機器は広い意味で、この10数年注目されているナノ・デクノロジーを応用した機器と思われます。

 気づき・発想・研究し製品までこじつけているのでしょうが、製品化した時の米国の弱点を気づかせてくれます。

 と言いますのも、友人が直接アメリカから輸入したものを分けていただいたのですが、その後彼は輸入が出来なくなりました。

 それは多分、この技術の特許を日本で取得した会社が、これを製品化しましたことから彼は直接輸入できなくなったのでしょう。

 ところで、日本で製品化された商品は、医療器具として病院・医院で使われているようですが、4年前私が購入した金額の3倍になっていました。


 

  話が変わります、今日本の自動車・家電製品・液晶製品は世界競争の中で苦戦を強いられています。数年前までは我が世の春だったのに・・。

 考えてみますと、自動車も、家電製品も、IT機器、液晶製品も今では新興国どころか、発展登場国でもドンドン製品化されています。

 労働賃金の問題を初め、様々な条件がこれまでの日本的なやり方では行き詰まったと言うことでしょう。
 
 新しく世界の人々の生活に役に立つ技術、そして製品の開発が望まれています。

 生き延びるための企業縮小やそれに伴うリストラでは、これから先に光は見えてきません。

 先延ばし、一時しのぎでは済まされないことは、何方も感じ理解されているのでしょうが、一度ドスンと衝撃を受けるまでは気持ちを切り替えて、胎を据えての行動にには移れないのが、一度物質的な豊かさを味わったの人間の弱みでしょうか。

      今夜は思いがけなく、夕食後の入力となりました。



 COLUMN 2−N No328
                         成24年2月25日・ 記

        語るに落ちた民主党
 
  中日新聞・夕刊「夕歩道」 2月23日より    



 2月23日の中日新聞の「夕歩道」には、長い間感じていたこと、言いたかった事が書かれていた。

 其の内容は以下の如くです。

 『「旧来の思考と権利構造から抜け出せない旧体制を打ち破り」と崇高な言葉が続く。

 実はこれ、1998年の民主党の基本理念の一節。 古文書を引っ張り出したのは、其の言行不一致に驚くから。

 7人いる党最高顧問に政策担当をお願い。 沖縄を落胆させた宇宙人氏が外交担当。 原爆事故の対応で批判を浴びたお遍路さんがエネルギー担当・・・。

 ブラックジョークと笑えぬほど、屋上屋の旧型思考。

 衆議選マニュフェストには世襲禁止を明記していた。 引退をほのめかす平成の黄門様は、長男後継を念頭に「後援会は、別の党からでもと言う・・と、むにゃむにゃ。 さぞや古文書が目障りだろう』

 
10年以上前から、自民党の政治に行くづまりと嫌気がさしていた(利権と癒着構造、課題の先送り、政治家の世襲等)

 その頃から、波動の会のメンバーと『どうせ政権交代しても大したことはないだろうが、それでも政権交代した方が今よりもっと、誰がやっても同じと言うことを多くの国民が知ることになるだろうから、一度民主党に政権担当させたらよい』と話していたのものでした。

 そして、民主党政権が誕生した。 予測していた通りの情況と、それ以上の内部混乱をもたらした。 それが日増しに抜き差しならぬことへきました。

 3年前に、一度政治の行き詰まりから、経済・金融の混乱・破綻と進み、既存の政治家・官僚・マスコミ・学界・財界の総入れ替えがない限り、次の新たな道筋は生まれないと感じ・波動の会で口にすることとなった。

 (このところそれに加えること、裁判所、検察庁も隠されていた事柄が一気に噴き出してきた状況と思います)

 それにしても、日本には様々な多くの蓄えと庶民の忍耐力と言うか我慢(庶民の保身体質と姿勢も加わって)この20数年を過してきたものだと思わざるを得ない。

 これまで隠されていたこと、気づかなかったことが時代の下り坂の中で露呈されてきているこの頃です。 これまでのリーダーの一掃なくしては新しい世への展開は期待できないと思わずにはいられない。

 政治に関する発言は極力控えてきたつもりであったが、一昨日中日新聞の「夕歩道」を読んで、ここに入力をする事によって溜飲を降ろしたと言うか、私だけでなく多くの方が同じ思いであると共有できました。

 そこで、ここからです。 ここまでなら、「目糞、鼻糞を笑う」と同義。

 下り坂は決して悲観することはないと思います。 これまで積み上げられてきた矛盾や異常さを気づかせ、再生の足がかりとさせてくれると考えるからです。


      本日から冬の遠山郷へ2ヶ月ぶりに出発です。
        どのような作戦会議に成るか楽しみです。



 COLUMN 1−D 1842 より

                            平成24年2月7日・記

     こんな数字も頭に入れて置きたい 。  



 「社会保障と税の一体改革」とかの論議が、国会で、マスメディアで語られぬ日はない。 

 政府、国会、官僚、メディア、学者の言うことに益々不信感が募っているので、情報をストレートに受け入れることはなくなったが、それでも毎日コントロールされた情報を視聴していると知らず知らずのうちに洗脳されている。
 国家財政が破綻と言っているのに、何故円高なのだろうか。
 
 日本より更に国家財政が悪いから、消去法でスイス・フランと日本円にシフトしていると言うが、数字上で最悪の対GDP比率1・8倍と騒いでいる国に何故お金が集まってくるのだろうか。

 誰も納得する説明はない。 貿易収支は赤字になったし、経常収支の黒字も資源の値上がり、エネルギーの高騰、食糧不足、忍び寄っている戦争の危機など何時までも続くとは思えない。

 その内に陰謀で日本国債は暴落の憂き身に会うと脅かし、今の内に早く外貨に切り替えるべきだと営業活動が行われている。

 これらの情報も何か裏があってのことではないかと疑ってしまう。



 財務省は国家財政を家計に当てはめると、月収40万円(税収・税外収入)の家計が、14万円を借金返済(国債費)に充て、実際に使えるのは26万円なのに、この家庭費は33万円で、新たに18万円の借金をして、その残高が4600万円になっているという。

 以上の事ならどうなるかは小学生でもわかることだが、財務省の試算にない数値に、家庭には現金・預金が200万円あり、株やその他の運用資産が2600万ある。
 その上に家や別荘などの有形固定資産が1500万円あり資産合計は5500万という。

 また、日本の国債は殆ど(93%とか)日本人、日本法人が所有しているので、家庭に置き換えると旦那が女房に借りているようなものだと言う。

 離婚したらどうなると言う論議は別として、以上のような数字の見方もあることを頭に入れておく必要があると考えます。

 しかし、上記の現金・預金、株その他の有価証券、そして不動産等は殆ど50歳以上、いやもっと絞れば60歳以上の高齢者の資産という。

 その高齢者たちは年金生活者であり、それなりの年金を受けている。
 
 その高齢者に支給する年金資金も底をついたというか、帳簿上の見せかけは残っているようだが、実態はこの20年間に日本全国の使わない箱物や利用しない道路、港湾につぎ込まれてしまったという。

 今年は決まってもいない将来の消費税をあてにして国債を発行して年金資金に充当しなければならないという。

 見せかけは綺麗な街並みや建物、道路になったが、実態は空洞である。

 自らの身を切ることをせず、増税・増税の論議には腹が立つというよりは、この機に及んでも庶民の意識をコントロール出来ると思っているこれまでの各界・各層のリーダーに怒りを覚える。

 本当に大変と思った時にはその彼らが逃げ出すことだろうから、其の時に初めて庶民は動き出すのだろうか?。

 早々と先の見える官僚は転職しているという。 残った官僚、そして何も決められない政治家が居座って、なおも延命策を講じている。

 ここに来ても、民間経営者は首切りとリストラしか口にしない。

 一度、全てが行き詰まり「御破算で願いましては・・」というまでは新しい時代への創造は始まらないのか。

   その原点の一つである自然=土との対話に精を出そう。


 久しぶりに今日のような内容の日記を書いたが、やはり胸糞が悪くなる。 もう書かないぞと再確認・認識をしました。
 
    お付き合いで、最後までお読み頂きすいませんですぃた。






 COLUMN 1−D 1733 より

                            平成23年9月15日・記

    昨夜、「名古屋のたまり場」の話題から

  〜これからの時代にどのように対処するか〜



 グローバル経済、市場主義経済、覇権国による世界支配、我欲による金・物のMORE&MORE社会の行き詰まり、終焉が近づいることを感じ・認識してるメンバーによる「名古屋のたまり場」です。

 昨夜の話題は「では、これまでの秩序、制度、仕組みが崩壊した時、どのような混乱が起こるのか。 その混乱の度合いは? どの程度の生活レベルが想定されるのか? どのように対処すればよいか?」等でした。

 私達が身近に体験、あるいは聞かされてきたどの時代のどのような生活レベルが予測されるか、一番最悪のレベルはどのあたりを覚悟して置くべきかから始まった。

 エネルギー問題。化石燃料に頼り贅沢三昧の生活態度、かといって、人間が制御不能な原発エネルギーについては否定の結論。 

 エネルギーが入手不可能となった時は、既存の技術あるいは新規の電源開発(フリーエネルギー)が一気に進むと、この話題はストップした。

 (が、実際問題として、エネルギーが止まった、あるいは低下した時のことは想像以上だろう。 正に、「想定外」の連続のことであろう。想定外と言うだけでは済まされない私達自身の問題です)

 
 次に衣食住、「衣」は即座に当面問題ないと答えが出、「住」に付いても戦争で焼け出され・破壊されるわけでもないからなんとかなる。

 すると残るのは「食」の問題となった。 どのように食を確保するのか。
 参加メンバーはほとんどが昭和30年代以降生まれ、父母から聞かされた昭和20年代の話が持ち上がる。

     都市住民と農村の食料確保による物々交換の話。
   農村に住んでおられた方は「銀シャリ」を食べていたとの話。

         

     ↑我が家の庭の栗の木、今年は実付少なく、又小さい。

 ここで、昭和20年代の農村人口の話となった、『多分、30%台であっったろう』、が、今は専業農家は1%にも満たないのではないか、兼業農家と言えども10パーセント未満であろう。と。

 食糧は確保されるのか。日本全国に休耕田・畑がある、よって食糧問題も解決されるであろうと楽観的な意見がでる。

 が、そこで問題提起。「腹を満たしてくれる食糧の生産は早くて3カ月、物によっては半年かかる。海外からの輸入も止まるであろう」。

 その時、国民の精神状況、生活態度・行動はどのようなことが想定されるのだろうかと話が進展した。

 世界的な大恐慌により、金融は大混乱・停止、生産はストップ、貿易・運輸はマヒする。即、日本での生活に影響をおよぼしてくると考えられる。

 パニックになった時、たちどころに半数の人間がへたり込んでしまうのではないか、、気力が失せて足腰が立たない状況となるのではないか。

 いや、もっと多くの人々がその場に立ちすくすことになるとの意見もあった。 その時間は最低でも1週間は続く。 精神の立ち直り可能だろうか。
 
 (9;11の東日本大震災の状況から判断して、日本では暴動とか打ち壊しなどの過激な暴力行為は発生しない。いや、そのように思いたい。と)

             

               ↑ チロリアン・ランプ
 
 その後、ごく少数のリーダーに促され10〜20%位の人々が立ち上がる。  そこから瞬時に起こったパニック状況からの立ち直りが始まる。

     1か月が経過し20%プラス20%の人々も活動を始める。

  3ヶ月後、新鮮な生産物を目の前にし、また、各自の強みをを活かして半数以上の人々に再生意欲が湧き前向きな行動に出る。。 

 6ヶ月後、農業以外の生産活動も稼働し、同じ理念、価値観や考え方による新たなネットワークが動き出している。

 1年後、全国各地に21世紀型の共生社会の理念に基づく、低エネルギーで、健康で持続可能な社会のモデルが多数出現する。

 其れは、それぞれの地から人々の自主的・主体的な活動の中から生まれ、更に其れが横にネットワークを結び拡げられてゆくことだろう。

 3年後には日本全体に行き渡り、それぞれの地に適した個性を持ったコミュニティーが形成される。

 そして、国内相互の研修・学びばかりではなく、其の復興・再生・新しいモデルを学ぶ為め、世界から日本各地に研修、観光者が訪れる状況になる。
 其の事により一層日本への注目度は上がり、各地の状況や環境条件を活かした取り組みが展開され再生と新たな社会、地域づくりが前進する。

 農業分野では、単に生活のためのみでなく、青少年の教育の一環として、あるいは共生社会のワークシェアリングとしての役割も果たし、全ての家庭において大なり小なりの取り組が行われている。。

  都心では直接大地との交わりはなくとも、プランターでの土との対話もある。いや、新たにコンクリートの建物でも生産活動が行われている。

 早ければ7〜8年、遅くとも10年で、共生社会の理念、低エネルギーで健康で持続可能な再生された日本社会の第1ステージが完了し、第2次ステージの具体目標に向かって人々の活動が展開されている。

             

            ↑イチイの実付は例年に増して良い。

        今年に入り、思わぬ出来事が頻発している。

 頭の体操も兼ね、様々な状況を想定し、心構えの準備を怠らないことだ。
 いざという時の、備えは良いかと問いかけつつも、時間が過ぎて行く。
 
 追伸
     たまり場での話題以上のことも書き加えてみました。


 これまで、予感していても、口に出すことが憚れる話題でしたが、たまり場の仲間とならば遠慮なくテーブルにあげることが出来ました。

 私自身、これからの時代、社会はどうなるのだ、どうするのだと言う事に関しては活字にしたことはなく、これが初めてです。

 頭の整理を兼ねて、今後、多くの方々の考え方や意見を伺い・勉強し、近づきつつある(いや、もうその火中にあるのかもしれません)この時代の向こう側のあるべき世界を提起し、試行錯誤の行動を進める気構えを持ち続けたいと思っています。




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