平成19年3月27日(火) 記
”世界一周,101日船旅日記 30日目” 3月27日
〜肉体的、精神的な疲労が
散見されるよう になりました〜
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バベルマンデル海峡に入りました。 今朝の日の出です。
旅も1ヶ月を過ぎました。 所々で肉体的な疲れと、精神的な疲れ、イライラ感の現象が見受けられたり、耳に入ってきます。
乗船客同士の諍いはきこえてきませんが、寄港地のツアーに出かけた時、思いどうりに進まないこともあり、ガイドにキツイ言葉を投げかけているようです。
「前日に紹介された予想気温と違う、着てくるもの、もってくるものを間違えた。」ガイドというよりはCC(コミュニケーション・コーデイネーター)の女性が目を真っ赤に晴らしております。
その情景を見て同行の女性連絡網から「旦那も旦那なら、奥さんも奥さんだ。 止めればよいものを・・」などと聞こえてきます。
昨日は深夜に隣の声が喧しくて眠れず、船内で知り合った方の個室に逃げ込んできた。 逃げ込まれた方は真夜中にドアーをノックするものだから、どうしようかと警戒しつつ声をかけた。
その後はレセプションに掛け合ってみたものの、深夜は日本人スタッフがいず、今度は自分が眠れなくなってしまった。
その上に、昨夜のことを責任者に申し出てその後の対応を依頼したりしていたら、自分が疲れてしまった。 と今度は私が聞き役です。
夫婦で参加の方は総じて奥様が仕切っているように見えます。
何処の港かは忘れてしまいましたが、通関に手間取っていました。 旦那様がお一人でトイレに出かけたようです。 かなりの時間か経過しても戻ってきません。
奥様は首を伸ばしてアチコチ探しておられました。
そのうちに旦那さんが戻ってこられたのですが、開口一番「もう、一人ではいかんからな」と命令口調です。 その後、食卓が一緒になりましたが、旦那さん「ビール!」と一言、地元客もあって立て込んでいるレストラン、給仕がなかなか来ません。 「ビールと言っているではないか」と催促です。 奥様、立ち上がりビールを調達してきました。
この情景を眺め、その後もご一緒のツアーがあったので、気に留めていますと、偉そうなことを言っていますが、あれでは奥様がいなければ何も出来ないのではないかと思わずにはいられませんでした。
こういう関係の夫婦は奥様が先に他界すると、旦那も後追いするのではないかと想像してしまいました。
神戸を出港する時には元気な足取りでタラップを登ってゆかれました。 顔を見受けないなと思っていましたら、足を踏み外して足首を捻挫され、食事をキャビンまで運んでもらっていたようです。
同室の方が常に付き添っておられます。 寄港地ツアーは全てキャンセルして車椅子で回れるところに切り替えたと言っておられました。
日本の家族には知らせていない、帰国までには直さねばいけないと言っておられた83歳の口達者な高齢者(男性)。
今朝のデッキ・ウオーキングの時です。
私の目の前3メートルのところを歩いておられた60歳前半の女性が、濡れた甲板に足を取られて、お尻から転倒されました。
その時、左手で体重を受け止めました。 立ち上がったのは良いのですは、手首のところが曲がっております。 気丈な方で「昨日もここで転んでしまった」と手首を摩っていましたが、ミルミル腫れて来ました。
(追記・3月30日)
本日、その方と廊下ですれ違いしました。 腕を吊っておられます。 案の定、ヒビが入っているでしょうとの診断です。 レントゲンがないのでイタリアで再度検査するとのことです。 痛みは引かれたようですが、左手はポンポンに腫上がっていました。
「1ヶ月間はしかたありません」と気丈に語っていました。
知識のない者が触れない方が良いと思い手を引っ込めました、 「冷やした方が良いかしら」と言って、船室の戻っていかれました。
わたしが中学生の時、同じような状態で転び、左手首を骨折しておりますので、その経験上からは同じような状態になっているのではと思います。
毎朝のオープン・デッキ・ウオーキングでは早く歩けばよいと言うものではありませんが、上位3番に入る足取りとスピードの方でした。
毎日甲板を蹴るように歩いていますと「キュッツ・キュッツ」と音がします。 それがまたリズムを作ってくれるのですが、調子に乗っていてはいけないなと思わされました。
その日の夕食の前に、船内で挨拶を交わしている方から、望月さんと言われる80歳になられる方の誕生祝をするから参加しないかと声をかけられました。
望月さんとは2度ほどダンスもしていましたので、ご一緒させていただくことにしました。
誕生祝は毎日1〜3組あります。 望月さん自身が前日から注文されていたシャンパン(ドンペリでした)が開けられ、ウクレレの伴奏に合わせて「ハッピーバースデイー」も数度歌いました。
その後の二次会は8Fの「波へい」のデッキに陣取りました。 しばらくすると暗闇の中を海鳥が甲板の手すりにとまりました。 しばらく見ておりましたが逃げてゆく様子もありませんので、カメラを取りに戻り撮影に成功しました。

手を差し伸ばすとご覧の通りです。

本日の主役・望月京子さんの頭の上にもとまって頂きました。
なお、首に巻かれたレイはテイッシュペーパーで造ったレイです。
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平成19年3月26日(月) 記
”世界一周,101日船旅日記 29日目” 3月26日
〜STEP BY STEPのメンバー紹介〜
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こんな映像を狙ったわけではありません。カメラのレンズが曇ってしまったのです。
外から、拭いてもダメでした。 しばらくして、右のように正常に戻りました。
本日はトパーズの専属バンド「STEP BY STEP]のメンバーを紹介します。
パーテイーのとき、コンサート、スポーツ・バーやウイジャマール・バーなどで演奏しています。

ギター ドラム バンドリーダーサックス

ピアノ ボーカル |
平成19年3月26日(月) 記
”世界一周,101日船旅日記 28日目” 3月25日
〜”アオザイとサリーの夕べ”が開催されました〜
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特に遅いと言うわけでもありませんが、昨夜は11時半過ぎに寝床でしたので、起床は
6時少し前です。
船内新聞を朝飯時読むのですが、本日は参加したい企画が少なく、今からインターネットでメールを送信しようと思っています。 通信回線の状況はどうなのでしょうか。
また、書き溜めてある活字化した講座の校正が一度もしていないので、その後にでも実施しようと考えています。
目覚まし時計の時間を合わせるネジを失ってしまい役に立たずです。船内売店に確か売っていたと思いますので、購入しなければと思っています。
小さなことでも通常と何か一つでも変化すると、当たり前に思っていたことが気になってしまいます。(持参した複数機能のナイフを落としてしまいました(多分)。何か大きなものを失ったように感じています)
今夜は「フォーマルデイナー」でした。 社交ダンスパーテイーも開催されました。
そして、フィナーレは「アオサイとサリーの夕べ」です。
何時もは半ズボンでTシャツで脛丸出しの男性軍も正装(と言っても背広姿がほとんど)でテーブルについています。 何時もましてワインがポンポンとあけられています。
ではフィナーレを飾った「アオサイとサリーの夕べ」のショットを紹介しましょう。

司会進行ののピースボートノメンバーです

審査員席です 審査員の高樹 沙耶さん

ギッシリ満員のブロードウエイ・ショウラウンジ
コンテストへの参加者は15組です。 そのほかにファッションショウに出場の方が20人くらいだったでしょうか。 以下はコンテストに参加された方の一部です。


親子で出演の高山さん


↑ 83歳と言っておられました。 マサイマラではバルーンにも乗って、冥土への良い土産ができたと言っておられましたが、この姿を見れば冥土どころではありません。
現在は民間の養老施設で生活しており、公正証書も作成してあるから安心だと言っておられました。
右の方とはまだお話しておりませんが、2度ほどオプショナルツアーでご一緒しましたが、これまたかくしゃくたる元気さでした。

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平成19年3月24日(土) 記
”世界一周,101日船旅日記 27日目” 3月24日
〜この日は、前日までの整理に追われました〜
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モンバサから乗り込んだ水先案内人やISのお話を朝から夕方まで、会場を渡り歩くことになりました。 それを活字化しますと全く余分な時間がありません。
夜は地球大学のメンバーと「波へい」にて飲み会でイッパイやりました。
その前から飲んでいるのですから、半分出来上がっての参加でした。
百姓の話には少しばかり反応がありました。 午後の11時半近くなっており、急ぎキャビンに戻りベットに入りました。
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平成19年3月23日(金) 記
”世界一周,101日船旅日記 26日目” 3月23日
本日より「地球大学」ユニット2がはじまった。
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昨夜(午後9時)のうちにモンバサ港を出港したトパーズ号は北北東の方角に向かって
北上しています。 今、3月23日入力していますのは午後7時(現地時間、日本は24日午前1時)です。 ソマリアの国境に近づいていることでしょう。
今朝の朝日です。

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本日より地球大学が始まりました。 モンバサから新しい水先案内人やIS(インターナショナル・スチューデント)が乗り込みました。中高齢者も27人のメンバーのうち7名で、男性は2人、女性が5人、若い人は圧倒的に女性軍が多く、男性は4人。 乗船者が女性が多いこともありますが、平和への関心は女性の方が高いのだろうか。
ユニット1の「カンボジアの地雷原」に参加された20代の女性が面白かったからと、急遽このユニット2にも参加することにしたと言っていました。
約3週間の間に、日本で勉強してきたユーゴスラビアのことはスッカリ忘れてしまっている。 参考本やコピーしてきた資料の読み直しです。
モンバサから乗り込ん出来たメンバーの顔ぶれが異なり、船内企画も変化する。
ISノメンバーを紹介すると、イスラエル人のナタリー、パレスチナ人のサマール、セルビア人のマヤ、ボスニア人のサビーナである。 4人ともに若い女性である。

ナタリー サマール マヤ サビーナ
水先案内人のヤスナ・バステイッチさんはボスニア戦争下のボスニアでの戦争体験をしておられます。
また、次の寄港地であるエリトリア出身のゲスト、ゾウデイ・アンドンさん。エチオピアで生まれ育ったが、98年のエリトリア・エチオピア国境紛争時に、37年間育ったエチオピアから、両親がエリトリア人と言うことで追放された方です。 私たちにはまったくと言っていいほど、縁もなく、知らない国の方がどんな体験、考え方を伝えてくれるのだろうか。
そして、自らを「ドリーム・クリエター」と呼んでいる、高樹 沙耶(たかぎ さや)さん。
17歳でモデルデビューし芸能界へ、20代後半から30代にかけて転機、フリーダイバー、ナチュラリストと様々な顔を持ち、「自然と共存した生き方」を目指している。

ヤスナ さん ゾウデイ さん 高樹さん
が、本日はマサイラマの写真の整理に一日中終われました。5時間はかかりました。
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平成19年3月23日(金) 記
”世界一周,101日船旅日記 24〜25日目”
3月21〜22日
〜ケニア・モンバサ入港から
マサイマラ国立保護区でのサファリへ
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モンバサ入港時の様子




その後、モンバサ市内を通過してモンバサ空港に向かいますが、この国の経済的な貧しさを目の当たりにすることになります。 産業がコーヒー、紅茶、綿、除虫菊、タバコ、そして観光と言うことで、資源はなく人口2800万人で、首都はナイロビです。
ケニアと言っても4つに大別でき、@海岸地帯(モンバサ、マリンデイなど) Aリフト・バレーと中央山岳地帯(ナイロビ、ナクルなど) B西部(ビクトリア湖周辺) C北東部(マルサビット、モヤレなど)
私はその後、モンバサ空港からリフト・バレーと中央山岳地帯のマサイマラまで、19人乗りのチャーター便で2時間のフライトでマサイマラ空港まで行くのですが、1500メートル以上の高地で、到着と同時に気温27度と言うことです。 が、肌に爽やかな空気を感じることになります。 ところが陽が沈むと気温は20度近くに落ちてきました。
キリマンジャロ山を眺めて

モンバサ空港

この小型機に乗り込みました
モンバサ空港を飛び立って約1時間弱のところで、標高5895メートルのキリマンジャロを眺めることになりました。 飛行高度は4000メートルぐらいですので下から眺める事になるのですが、雲の上に勇壮な姿を現してくれました。
一番最後に乗り込みましたので、操縦席の後ろしか席がありませんでしたが、それが撮影するのには一番の席となりました。



マサイマラに到着
マサイマラ空港に到着しました。 これが空港ターミナルです。 また、滑走路は舗装もしてありませんでした。

空港のお手洗いです。 男性用は勿論平原にOKです。
しかし、そんなことよりは、兎に角この大草原を見ているだけで、気持ちはデッカク広がってゆきます。 ケチナ考えはおやめなさいと何度か教えられることになるのです。
早速、本日のお宿、フィッグ・ツリー・キャンプ「Fig Tree Camp」に向かいました。
キャンプまで車で移動です。 その後のゲーム・ドライブの道よりは整備されており(勿論、舗装などしてありません)、時速50Kmは出ますが、動物がいると迂回して見せてくれました。 まずは、最初に出会った、トピ、ガゼル(?)、象、キリンです。
午後からと翌日の写真はもう少し良いものがあります。

さて、ロッジに到着です。 日本のロッジを想定してはいけません。
サバンナの中でもこのように森となっているところにキャンプがあります。

この映像は3月22日、熱気球に乗ったときに撮影したものです。
迎えれくれたのが、バッファローの顔の骸骨、これがいたるところにおいてあります

この橋を渡って、レセプションに行きます。 歓迎のジュースが配られました。

レセプションです カフェー&バーラウンジ

数少ない備品の一つ、シャンプーとペーパーです。

ロッジの扉です、二段式で開きます。 ベット 電気もありますが・・

木にぶら提げられた電気ランプ と レンガの中のランプが暗い足元を照らします。
レセプションから私のロッジまでは約200メートルあります。夜は迷いました。
マサイ村を訪問
キャンプから15分のところにマサイ村があります。

女性による歌で歓迎してくれました

男達もジャンプして、踊っての歓迎です。 裸足とこの履物が半々でした。

家の中を案内してもらいました。真っ暗闇の中で数分いましたが、何処に何があるのか分からず、兎に角、フラッシュを焚いて撮影しました。
左が煮炊きするところ。 右が子供部屋と紹介された。
村全体のことを紹介しますと、直径7〜80メートルの円形状に家が建ち並んでいます。
中心の広場は夕方になると牛達のねぐらと言うことになりますが、勿論屋根などありません。 その数は約35軒ほどでした。 一軒の大きさが6坪ぐらいでしょう。 その中に夫婦の寝室、子ども部屋、真ん中では薪が燃えていました。 一夫多妻制で子供は10人前後と言うことです。

牛糞を固めて作ります。 4~6ヶ月作り変えるそうです。 屋根から草が生えて↑
彼らの主食は牛の乳と血を混ぜて飲むと言うことです。 牛は祭り以外の時は殺さず、大動脈から血抜きして搾取する。 殺す時、血は一滴も無駄にしないように窒息死させて、血を抜き取ります。

牛の管理は男達の仕事 女性は水汲みと薪拾い
勿論、観光客相手のマーケットも店開きします。 村の横の広場に並べられます。

ゲームドライブに出かけました。

軍用車の払い下げでしょうか? 道路掃除に出かけるオバサンたちの出で立ちです。

動物を見つけると、近くの車が集まります, こんな悪路を走ります。
溝にはまって動けなくなった車もあり、そこで車から降りて、砂利を敷き抜け出したグループもありました。

時には、こんな水場もありました。
翌朝(3月22日)はバルーン(熱気球)に乗りました。

キャンプの朝が白々と開け始めました。 空気が冷たい内でないとバルーンは上がりません。

物凄い音をたてて、熱風が送り込まれてゆきます。扇風機が回っています。

一籠に最大12人が乗れます。 プラス操縦士 二つのバルーンに乗り込みました。

キャンプの水タンクをかすめて上昇してゆきます

日の出です。



バルーンは最高高度60メートル、動物を見つけると地表近くにまで降下します

マラ川に朝日が当たり、小鳥達の鳴き声もしてきました、見下げて見ます。

バルーンの影

バルーンを真下から見上げました。 右は天上の一部が開いて(空色の部分)降下。

草原の中に降りて、朝の食事です

朝からシャンパンを頂きました。 バルーンに乗ったと言う証明書
このオプショナルツアーには、バルーン代金は含まれていません。別途49000円也でしたが、チョット味わえない体験でした。
出あった動物達の紹介
(バルーンの帰り道、朝でもあり2台の車ですから動物を見つけても込み合いません)
遠くに見かけたり、写真が上手に撮れていないものもありますが、象、ライオン、チーター、キリン、インパラ、トムソンガゼル、トピ、イボイノシシカバ、ハイエナ、水牛。
ダチョウやほとんど飛べない鳥達も数種類見かけました。
シマウマは船内企画で最後は見飽きると言っていましたが、何と一匹も出会いませんでした。 今は隣国・タンザニアの方に行っているとのことです。
サハリのオプショナルツアーの種類は8種類ありましたが、昨日から本日の情報交換で、飛行機で2時間飛んだだけの価値はあったと認識できました。
同じ、マサイマラ国立保護区に行っても、出発後のコースはバラバラになり、同じ体験と言うことではありません。
国立公園は国の管理地域、保護区は地方行政が管理し、ドライブ・サハリなどの観光収入になるようになっています。
私たちがテレビで見る動物の映像は、プロが長い時間と費用をかけての撮影したものだと言うことが良くわかりました。

陽が昇るとライオンは茂みの中に移動します 左メス、 右がオス
↓貴重な連写映像の中から抜粋、ライオンが道路を横切って行くのに出会いました




カバの家族の水浴びです

象の群れのドロ遊び、彼らにとっては遊びでなく皮膚を潤すためや、害虫がつかないようにしているのだそうです。 上はまず小象たちがドロの中です。

その後、親達がドロの中に入ったり、鼻で吸い上げて身体に撒き散らしていました。
この間にも、見張り役がこの場所より2〜30メートルはなれたところで四方を見張っています。 象は大変頭が良く、しかも決定は民主的に相談して決めていると言うことです。
「エレファンテイズム」と言って、人間が学ぶところ大とのことです。
最後は、ハイエナがトピやカゼルを狙って狩りに来ました。

遠くに一頭いるのがハイエナです。 この後にもう一匹ハイエナがいます。 一頭がやり過ごした振りをして、次のが狙うのでしょうか。

この間、三頭でジーとハイエナの動きを監視しています。

ガゼルも見張り役を立てていました
最後までは見届けれませんでしたが、本日の狩りは成功しなかったようです。
「貴方の職業は何ですか」
今、入力しているのは22日午後9時である。 今から床に入るところであります。
忘れない内に入力をしておこうと今ホームページ・ビルダーを立ち上げた。
いいたいのは、人間の直感力とか感覚は鋭いものがると同時に、不正解の確率も高いと言うことです。 よく言われるように”見た目で判断してはいけない”ということです。
たとえば、私の職業についての話になると、「大学教授」、「医師」、「弁護士」、等と言われる。
これまでの社会的規範からすると、どちらかと言うと尊敬され、一段上のクラスの人ひとと言う評価になるのでしょうか。
私などをそのように見間違えると言うことは、それらの職業の人たちの地位も、相対的に低下していることとなるのではないでしょうか。
「大学生です」と答えると、「そんな返事を聞いたことがあります」と言う反応と、「嘘でしょう」と言う反応は70%対30%で、安心しました。
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平成19年3月20日(火) 記
”世界一周,101日船旅日記 23日目”3月20日
〜トパーズ号・徳元・食糧調達責任者に話を伺う〜
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毎朝のことですが、朝日の昇る状況は毎日異なります。 本日は時差で1時間戻った関係上か、船尾で多くの方が朝日に向かってシャターを切っておられました。

→ → → →
上記の写真を入力した後、メールの送信をしました。 第1回目はダメ、二回目成功、3回目以降も3回失敗し、本日6回目の挑戦をしました。
回線の調子が良かったのか、10数人の方にメールを送ることが出来ました。
それでも、その間75分掛かりました。
どのようにすれば効率的に送れるかが少し理解できましたので、少し肩の力がとれて楽になったような気になっています。
なを、数人の方から返信のメールを頂いており、受信箱から取り出して読む。
地方選挙が始まったと言うことですが、船内は一番新しい新聞で3月5日付けです。
なを、日に日に人気が上がっていった「落語の時間」は本日が一応の最終日で、枝雀の古典落語に変わって、「綾小路きみまろ」が放映された。
正に観客は中高年ばかりで、立見席も出ると言う人気ぶりで、朝から大笑いの時間でしたが、その映像を見ている中高年のご婦人の反応振りがこれまた面白かった。
まるで、他人事みたいな顔で見ている方、笑い転げて泪を流している方、時折、プッと
噴出す方などです。 総じて、男性のほうが手を叩き喜んでいました。
本日の昼食時に、「トパーズ号の歴史」を3月12日に語ってくれた、この船の食糧調達係り責任者の徳元さんと同席になった。 イロイロと質問した。
まず、お酒のこと、相対的に日本が一番お値打ち価額になっていると言う。
ウイスキーは世界的に「シーバスリーガー」が人気があり、値崩れがない。 (ちなみに、この船のヘミンッグウエー・バーでは1リットル瓶が24000円である。これにはチップ・サービス料金が15%掛かっている)
ブランデイーはこの船では飲む方が少ない。 私が「ヘネシーXO」は如何ですかと訊ねると、世界相場で1リットル瓶で9000円前後とのこと(仕入れ値)。 日本のデスカウント・ストアーでは750ミリリットルで11000円と言うところです。
「ゴードンブルー」という銘柄のブランデイーが中国系の方の多いところでは人気と言う。
かって私も香港ではこのゴードンブルーを飲んでいたので、思い出して、懐かしかった。
この船のトパーズ・ダイニングではヘネシー・VSOPしかなかった。価額は聞いていない。今度聞いてみよう。
お酒に関してのついでに、15%のチップが加算されている(24000円とはチップ含むことに関して訊ねてみた。 やはりその一部が彼らに割り戻されていると言うことである。
だから、酒飲みの加藤さんの名前は直ぐに覚えるはずである。 ボトルの底に少しの量となると、昼食時だというのにタップリ・並々と注がれ、”次のをキープボトルするか”と問われる。 注意していないと昼間から酔いよいになる。
が、教育されているのだろう「購入を強要する」様なことはない。 テーブル単位かエリア単位かと思ったが、基本的に個人レベルと聞いているとの返事であった。
港・港の特徴があり、なじみの業者はまだ良いが、騙されることがあるという。 目方の相違、新鮮さ、相場のこと、サインするまでは神経を使わなければならない。 いま、弟子の教育期間中であるがあと2〜3年は掛かるであろうとのことであった。
肉よりも魚の仕入れが難しいと言う。 肉と魚は世界レベルでは1対9とのこと。 魚と言っても淡水魚と地元の市場的な取引が多く、大量に買い付けることは難しい。
「マグロの値段は上がっていますか」に対しては、少し値上がりしていますと言うことだった。
船員用とお客様用との仕入れ係は別になっており、勿論、食事内容も大きく異なると言うことです。 おっとりとした話し方をされる方で、一人で独占してお話を聞かせてもらいました。
「洋上サッカー大会」
若者が企画した6人制サッカー(内、女性が一人以上参加)が16チームで開催された。
炎天下の中での開催である。 若くなくては出来ないとつくづく感じた。



インド洋横断、ウルトラクイズ大会」


アフリカの水先案内人加藤直邦さん 司会進行をしてくれたお二人
一方、早川千晶水先案内人の会場では。早川さんの水パ(水先案内人の企画のパートナ−)が、主役になって「聞いて欲しい私の思い、〜過去の体験、今の私、そして未来〜と題して、
・なぜこのピースボートに乗ることになったかを語ってくれた、中学生二人、「リュウタ君と「たけ」君
・小学4年から不登校を体験した19歳の「みずの」さん。
・子供の時代の記憶がないと語った「ピーチ」さん。
・自閉症の施設で働くことになっている「アラシさん(通称)。(彼女はスペインで引き返す、なぜ自閉症の施設で働こうかと考えたかの過去のことを語る))
・そして、元苛められっこだった「さのとも」さん

左は早川千晶さんと中学生の二人
この実体験の話は大変参考になった、と言うよりは現在日本全国の学校で起こっていることを目の前で、本人の口から時に泪を流しながら聞かせてもらったと言う時間であった。
この内容は「早川千晶さん」の活字化の中に収録した。
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平成19年3月19日(月) 記
”世界一周,101日船旅日記 22日目”3月19日
名古屋のイメージは?
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今朝は真っ暗な内に起床しました。 散歩デッキからは夜空が楽しめました。
20分後から徐々に東の空が明るくなってゆきます。 デッキに出てから1時間半後に雲の上に太陽です。 今日はこのまま暑い光りが注がれます。

↑ 手前の灯りは船尾の灯りです。



トパーズ号はケニア・モンバサまで後48時間のところまで来ました。 本日の午後はモンバサ上陸の説明会が開催されます。 3月16日を第1回目としてマラリヤ予防薬の”ラリアン”を飲み始めました。 1週間に1回で5月25日まで11週間飲み続けます。
今から(午前8時半)落語を聞きに行きます。 良い席は早く埋まってしまいますので・・・
本日は私にとっては余り興味のあるテーマのセッションが少なかった。
韓国ISの4人と日本人2人が取上げた、『従軍慰安婦を知っていますか」に参加。

過去のことと済ますには出来ない問題であると同時に、ではどのように対応したらよいのかと言うことも絡んで回答の難しい問題であった。
韓国では「従軍慰安婦」とは言わずに「日本軍慰安婦」と呼んでいるという。 同年代の同じ韓国人同士でも、取上げ方、感じ方、対応の仕方に違いがあった。 と言うことは、日本人ならばさらに異なることだろうと容易に想像できた。
これは60数年前の韓国、中国、フィリッピン、シンガポールの話でなく、アフリカで、そして数年前までユーゴスラビアでも起こっていたことであるし、今はイラクでも起こっている。
過去を正しく知り、現実の問題として捉えると同時に、将来の問題でもある。
彼女達の報告によると、韓国の被害者のハルモニたちは、過去を引きずらず、未来に向かおうとする姿勢が見られるとの内容もあった。
3日前の夕食の時、出身地の話になり「名古屋です」と答え、「田舎者というイメージですか」と訊ねると、60代の埼玉県の女性はうなづくように言葉を発した。
私が万博の話を持ち出すと、その隣の方は違ったイメージを持っておられ、「名古屋は特にあのとき(万博)を境に、その後も変化し続けていますよ」と言うと、「元気の良い名古屋のようですね」と答えが帰ってきました。
前者の方は万博に来ておらず、後者の方は1週間連続で楽しまれたようである。
万博は名古屋・愛知・中部のイメージ変化に貢献したことを改めて感じた。
そこで、今日は持参した2006年12月発行の「ナゴヤ全集」、中日新聞連載「この国のみそ」を読み始めた。 私自身が名古屋を再発見している。 今度、名古屋の話が出たら、一つ二つ紹介しようと思っている。
下の写真はCCと言われているコミュミケーション・コーデイネーターの方々の紹介イベントの一こまです。

この方達は水先案内人の通訳や英語、スペイン語のレッスンの通訳、船内新聞の英語化、オプショナルツアーへの参加など、単に通訳として出なく、情報をコーデイネートするところからCCといわれています。
年齢は25〜30歳くらいまでの方10名です、が、お一人既婚者で、お子様もある40歳の女性の方も居られました。(途中スペインとベネチアから3名が乗船してくると言うことです)
皆さんお若いのに経歴は大変なもので、子供の頃から海外生活、高校を出てから海外を40数カ国歩いた後に大学へ、ボランテイアで海外の貧しい子供達を接した後に、再び海外へと言うように、ドイツ、オーストラリア、アメリカ東海岸や西海岸と世界に渡っています。
面接試験を受けて、集中勉強会を終えて乗船されております。 一見すると何処にでも居られる方のように見えますが、なかなかの実力者とお見受けしました。
このような若者に出会うと世界は本当に狭いのだなと感じると同時に、正に世界に通じるCCと成長してゆくのだろうと明るい希望が持てます。
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平成19年3月18日(日) 記
”世界一周,101日船旅日記 21日目”3月18日
〜「ローマの休日の君」の事〜
赤道通過記念と”夏祭り”の開催
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既に彼女のことは書いたのかもしれない。 あるいは書きかけて止めてしまったのかもしれない。 時間の合間を見てはパソコンに向かっているので、入力をしてしまうとほとんど直ぐに忘れてしまって、前後のことを覚えていません。
さて、”ローマの休日の君”とは、多分彼女が自分のことを紹介するときに使ったことから始まったのだろうと想像する。 年齢は分からないが多分55歳ぐらいではないだろうか。
男性と異なり女性の皆さんそれぞれに着飾っておられるが、その中でも特に派手目で最初から目立つ存在でした。
一流企業の受付女であったとか、旦那様がご理解があってこの船に乗ったとか、直観力が強く投資で稼いでいるとか、乗船前にも3軒目のマンションを購入してきたとか、兎に角何も訊ねないのに次から次と甲高い声で一方的に話しかけてくる。
ジョフォール・バルに行ったとき同じバスに乗り合わせた。 10年前のパスポートを持ってきておられるやら、生まれたときの写真や結婚式の時の写真も、何も言わなくてもお見せいただいた。
現在はかなり痩せておられるが(これでも回復したと言っていた)、結婚当時の写真はなかなかの美人であった。
持ち歩くものも少し代わっていて、可愛いお人形や羽根毛で作った花のようなものをバックにくくりつけて歩いておられる。
本日取上げたのは、4人部屋を3人で使用していたが、同部屋の二人が別の部屋に別途料金を支払って移動されたと聞いたからです。
ローマの休日の君は4人部屋を本日よりお一人で使用することになるらしい。
兎に角、一癖も二癖もあり、個性豊な方たちの集まりである。 黙っていてもお話しだすと止まらない方もいる。 勿論、静かに船旅を楽しんでおられる方々もいますが、それはそれで、なかなかの頑固者にも感じるのですが・・・
このような人たちの中の一人なのですから、私も他人事ではないのでしょう。
赤道通過記念全員集合写真
3月18日午後13時30分に長い霧笛が2度流れて、赤道通過記念集合写真が撮られた。 赤道通過を記念して皆さん何か赤いものを身につけての登場です。


キャビンの乾燥しているところから湿気の多いデッキに出ましたので、15分後にはカメラのレンズが曇ってしまって、撮影がストップしてしまいました。

センゲーニャ・スターズのマシャカさんを囲んでの記念写真もご覧のようです。
カメラは2台持ってきているのですから、使い分けないといけないと思いました。
お名前は知りませんが、写真一番右の方はセンゲーニャ・スターズのリーダーで、長老で呪文師でもあり、船内で何でも相談を受けているバーバー(お父さん)マテラさんに「金欠病の相談を持ちかけたという方です。 どんな返事が返ってきたかはまだ聞いていません。
かなりの酒豪家とお見受けしましたが、体力的に少し弱っている感じを受けました。
人類発祥に地 アルリカに還る
今回アフリカには4箇所の寄港地があります。 後、60時間後に最初の寄港地ケニア・モンバサに到着します。 毎日アフリカに関するセッションが開催されています。

”夏祭り 〜夏だ!祭りだ!踊ろう夜!”
赤道通過の夜は”夏祭り”です。

私も持参したユカタで参加しました

たこ焼きも有れば 仮装もあり 神輿も登場

今日は俺が主役とSさんが頑張りました こちらはかわゆい

国際色豊な顔ぶれとなります

勿論、昔のお嬢様たちも元気イッパイです。
写真を撮っているだけで、汗が滲み出てくる赤道直下の夏祭りでした。
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平成19年3月17日(土) 記
”世界一周,101日船旅日記 20日目”3月17日
第1回目の請求書が届いた
〜カンボジア地雷原の体験報告会が開催された〜
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日中は太陽が照り付けているのですが、朝は地平線からの太陽はまだ一度もありません。 今朝も日の出時間から遅れること10分後に雲の合間から顔を覗かせました。
こんなに早くデッキに来ることのない若い方が「ラッキー」と言って眺めていました。

その太陽も直ぐに雲に隠れてしまいました。 散歩とストレッチ、そして礼拝が終わる頃に、雲の展開が変わりました。

数分後、太陽が力強く雲上にまたがる様に登ってゆきました。

太平洋ほどではありませんが、広い広いインド洋を今日も西へ西へと向かいます。
その間、日中は太陽が隠れることはないでしょう。
夜になると、加藤 直邦さんの「星空観測会」は行われます。
本日第1回目の「請求書」がキャビンに配られました。
船内の買い物や洗濯代、インターネット料金、電話代、オプショナルツアー代金はあらかじめ登録していたクレジットから引き落としとなります。 現金のやり取りはありません。
全請求額119000円のうち、お酒の請求金額が105600円でした。
その内ウイスキーは7本で一番多く、後はワインとビールです。 但し、ここのウイスキーはリットルボトルですので、かなりの量となります。
ちなみに、シーバスリーガーとジョウニウオーカーの黒ラベルが24000円です。
赤ラベルになりますと11000円、ジャックダニエルは6480円です。
焼酎は1リットルパックが3500円です、他のお客さんに先駆けて一番早くボトルキープしましたが、口に合わずまだ残っています。
キリンの生ビールは350円。 キリンの缶入りは280円です。
ワインはまだ二本しか飲んでいませんので全体のことは分かりませんが、ヘミングウエー・バーのバーテンダーお奨めは3000円前後になります。
以上の代金には15%のチップ代金が含まれています。
請求書が別途となりますジャパングレース旅行会社の直営「波へい」(口取りが日本のものが多い)からは、請求書は届いていませんが、好物の鉄火巻きが400円で、ウイスキーのサントリー・山崎がシングルで650円です。 ここではボトルキープをしていません(キープ方式実施していないみたい)。シングルで24杯取れますので650×24=15600円となります。
以上、船内お酒の相場でした。 前にも書きましたが、お酒の持ち込みは禁止されています。 私は梅酒(自家製造もの)を2リットルのペットボトルで持ち込みました。
大事に飲んでいますので、今のところは最後まで持ちこたえられそうです。
地球大学のユニット1、「地雷の世紀から私達は何を学んだのか」を選択し、「カンボジアの地雷原をたずねて」こられた方々の報告会が開催された。

地雷の種類が書かれています。
ここでは、私が学んだことを入力することは止めます。 地球大学に参加されている方自身もほとんど20歳前後の方と見受けましたが、この報告会の会場に来ている方も80%は同年齢の方たちで、20%が年配者でした。
このトパーズに乗り合わせている人々の中で、どの年齢年代、性別で参加メンバーの顔ぶれがどのようなことに関心を持っているのかの一部が分かったような気がします。
良かったのは参加者が実体に触れて、日々の日本の生活がどれ程恵まれているか、何かをしなければいけない、一人でも出来ることがあるのではないかと発表されていたことです。

また、同時に韓国からのISも4人参加していたのですが、韓国は北朝鮮との間で、現在も38度線を挟む休戦地帯に地雷が埋設されていることや地雷廃絶の「オタワ条約」に調印していないこと、カンボジャで起こった虐殺の博物館の写真を見て、韓国の歴史を思い出した、あるいは韓国兵がベトナムに参戦した事実を思い出した、など日本の若者とは異なる視点で語っていたことに興味を持ちました。
韓国ISの方は特に聖公会大学でNGOの活動家を多く輩出していることにもよるのでしょう。
新たに知った事実の前にしての感動と感激イッパイの報告会でした。
正直に、カンボジアから船に戻り記憶が薄れてゆく自分が歯がゆいとも語っていました。
この多感な年代の方達がこのように語り合い、学びあうことは素晴らしく、また意義のあることで、キット近未来に希望がさらに膨らんで行くと感じました。
次は私も参加するユニット2、「ユーゴ紛争にみる、戦争のつくり方”」が、モンバサ出港から始まります。 どのような発見や感動・感激、衝撃が待っているのでしょうか。
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平成19年3月16日(金) 記
”世界一周,101日船旅日記 19日目”3月16日
インド洋が連日このように穏やかなのは珍しいと・・
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船内イベントや自主企画も新しいものが加わってゆきます。
・「赤道祭」を前に”神輿をつくろう!」と言う夏祭りミコシチームが発足しております。
・「出産体験談」と言う自主企画も登場しました。 若い方、向けでしょうか。
・「イルカを呼ぼう」 呼ぶことができたら奇跡?
・「ヘナタウトーして欲しい人」おいで。アフリカが近づいていることを感じさせます。
・朝9時からは「落語の時間」が開催されています。 テレビ録画のものです。 本日は「枝雀師匠の”寝床”」でした。 この企画も若いお嬢さんのもののようです。
落語が好きなのでしょうか。沢山のテープを持ってこられたようです。

4〜50人の年配者の方が朝からクスクスとお笑いです。


お読みいただけると思いますが、寄港地で子供達に描いてもらって、ピースボートがバトンとなって、次の寄港地届けると言うものです。
お国柄が出て、面白い企画だと感じました。

まずは日本 「かきごうりやさん」になりたい バイクやさん

ベトナムの子供 この絵は中国の影響でしょう

スリランカ 自然の豊かさを感じさせてくれます
3月31日 追加 ケニアが張り出されました。

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平成19年3月15日(木) 記
”世界一周,101日船旅日記 18日目”3月15日
アジアからアフリカに向けて
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東南アジアには良く出かけたが、インド洋は初めてだ。 そのインド洋を南西に向かって昨夜コロンボを出港した。
コロンボから乗り込んだ水先案内人やアフリカの音楽やダンスショウのグループが乗り込み船内企画もがらりと変わった。

左から加藤 直邦さん、テレビ番組で「動物発見王」として称される。ケニアで動物や自然エコツアーガイドとしての経験を持つ。
続いての4人が「センゲーニャ・スターズ」のメンバーで左から4番目の方がマテラさんでこのチームのリーダー、と言うよりはバーバー(父)と呼ばれる長老で呪術師でもあり、伝統音楽とダンスの人間国宝でもある。ナイジェリアで開催された全アフリカ太鼓でNO1になった方。
その右がアクロバット・ダンサーと太鼓の名手ブイさん(マテラさんの息子さんで29歳)
左から2人目はマテラさんの弟子で、↓ダンサーのマシャカさん29歳。

その右が大西 匡哉(まさや)さん、3年前よりマテラさんに弟子入り、マテラさんの20番目の子供でもあるという。
最後が早川千晶さんで、若い頃から人間の生きる意味を追い求めて世界中をバックパッカーで旅を続けた。 そんな中で出会ったのがアフリカ。
現在、ケニアで家族を作り、ケニアで生活。 ギベ・スラムの子供達に寺子屋などを作って活躍しておられる。
ケニア・モンバサまでの6日間、どのようなパフォーマンスや体験談を聞かせてもれえるのだろうか。
アフリカはね? ビューテイー編としてこんなことが紹介されていました。
アフリカにはビューテイ4大要素がある。
@布・・・・一枚の布をドレスにしたり、頭や腰に巻いてバリエーションも豊富。
Aペイント・・・石灰、赤土、ヘンナという木の樹液を塗った、民族ごとの独自のセンスで顔や身体に塗りつける
Bヘヤースタイル・・・伝統的には短くし、棒状にまとめた髪型がおおい。丸一日かけて髪の毛を編んでもらう。 仕上がりは芸術的。
Cアクセサリー・・・・自然素材を利用した装飾品。
その夜、「センゲーニヤ スターズのライブ」開催


バーバー・マテラさんの当日の衣装

自然素材のみでできた質素な手作り楽器です(太鼓)

観客は様々なお国からです。 日本、韓国、スペイン、など


若者が戦いに出かけるときの儀式の踊り
この日、私は1年半前の「エキスポ2005、博覧会」のアフリカの会場を思い出しました。 そのアフリカに向けてトパーズは進んでいます。 「赤道祭」もまぢかに迫っています。
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