エッセイD 旅日記
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                              平成19年9月17日 記

 遠山藤原学校に行く  そのA

 〜「遠山郷・木沢地区・中立の民家に宿泊〜               


 旧木沢小学校に着きました。(木沢小学校のことはコラム1−D NO702から704、あるいは『旅日記』8月10〜13日に掲載されています)

 お話を聞かせていただいているうちに、この地区の民家を借りて都会から観光客を呼ぶ計画が進んでおり、数週間前に補修と掃除が終わったばかりだ、覗いてみないか、宿泊してみないかと言うことになり、まずは見学させていただくことにしました。

 国道152号線から車で約5〜6分ほど坂道を登ると、急峻な山肌に数件の民家があり、そのひとつが目的の民家でした。

          

               上記は9月17日 午後3時ごろです。

          

               9月18日、朝の同じ眺めです。 朝明けです。

          

             民家の裏の窓より、茶畑と民家を望む

    

              

               隣の家の墓。 9月18日朝、撮影

    

   1階が約27〜8坪で、その居間              囲炉裏部屋

                 

           風呂場、トイレも改装してあります。水洗便所でした

      

   若尾文子さん20代?        ネギ(?)       昭和32年度国保完納の章

   

    エビス大国様         裸電球がアチコチに      ???

   

     賞状                                  善行証書

 地元や飯田市内からの有志の方々によって、何度も手が入れられたことがよく理解できるほどに、整備と掃除がなされていました。
 普通なら埃が舞い、かび臭いのが当たり前でしょうが、この民家の本家の方が近くにお住まいになって居られ、時々風と通していると言われましたが、その夜使わせていただいたフトンも気持よいものでした。

 
 さて、この民家を視察した後に木沢小学校に戻り、小学唱歌=童謡を藤原さんのアコーデオン演奏で歌い、その後約1時間先生のお話を聞かせていたが着ました。
 その内容は、別途掲載します。

               

                   校長と呼ばれている山崎さん

    
 
              

        藤原先生、熊野神社の禰宜様、そして遠山藤原学校の高橋さん

    

 兎に角、お酒が強いのです。 コップの底まで飲み干す前に、次々と注がれます。
 本日はこの地区の方(上記民家の本家の方)が飼育されているイノブタの焼肉です、アッサリしていて余り肉を口にしない私ですが、箸が進みました。

 なお、鹿には虫が全くついていないと言って良い。
 イノシシは虫を持っておる。痩せたイノシシには必ず虫がいる。飼育しているイノシシには時折、虫下しを施す。
 熊は首筋のところの肉に虫は付いていると言うことで、注意しなければいけないと初めてお伺いするお話を承りました。
 

 
                              平成19年9月17日 記

 遠山藤原学校に行く  その@

 〜矢筈トンネル周辺と秋葉街道”遠山郷”のこと〜               


 特別の理由はあリませんが、遠山郷に行くときは一直線に目的地を目指していましたが、今回は早めに家を出発して、遠山郷に入る手前の「矢筈トンネル」付近を散策しました。

 既にご案内したところですが、遠山郷は中央高速道路の飯田市から”矢筈トンネル”が開通するまでは、南アルプスと伊那山脈の谷間に位置する陸の孤島といわれていました。

 これは江戸時代、この地の木材を確保する為に、幕府が簡単に人が入り込めないようにしていたことのも大いに関係あるようです。
 と言っても、平成6年4月に完成した矢筈トンネルですが、南北に走る国道152号線(浜松〜高遠〜諏訪を経由して更に北上計画)はありますが、全線開通までにはあと10年とも、20年とも言われており、途中で途切れた国道沿いに「早期開通152号線」とか「152号線改良促進」の看板を見るたびに寂しく感じられてなりません。

 これから紹介する天龍村と喬木村を除いては、全て伊那谷一の町・飯田市に合併されております。
 飯田市内から喬木村に入りましと、まったくと言い程に道路整備がされていません。 
 舗装はされているのですが、公共投資をしていないのでしょう、道がクネクネとしかも狭いのです。 なにやら、村長さんの考え方が反映されていると聞きました。(お金を使わない、余分なことはしない。これも考え方、やり方のひとつでしょう。よって飯田市とは合併しなかった?)

 矢筈トンネルを作っているときに同時に出来たのでしょうか「矢筈砂防ダム」がトンネルの近くにあります。

           

 ダムから上流2〜3百メートルのところから河原に下る道があります。(川原ではなく砂で埋まったのでしょうか)、そこが矢筈のキャンプ場です。

    

   手前から水が流れ込んでいます     そこから上流部を眺めるとキャンパーです

      

     入り口の看板                  ブラックバスを釣り上げていました 

 その後、矢筈トンネルに向かいます。 
 トンネルの入り口に行くためには、急勾配の坂道からインターチェンジを兼ねた(?)山奥には滅多に見当たらないであろう谷間の曲線回廊を上ります。

         

 矢筈のトンネル入り口の彫刻は、後続車が来た為に撮影を諦めましたが、4180メートル、標高八百数十メートルの矢筈トンネルを越えて、遠山郷へと入ります。
 トンネルを越えるとそこは上村です。 矢筈トンネルに接続予定の橋柱が既に出来上がっておりますが、一部サビがきているのではと眺めました。

         

         左の道路が現国道152号線、上村川、そして橋柱です。

 さて「遠山郷」と一口に言っても、何時の日からは知りませんが、一概に一くくりには参らないようです。
 現時点で、知りえた情報を基に、「遠山郷」の状況を記録しておきます。
 途中「青崩峠」と「地蔵峠」で寸断されている国道152号線(迂回路はあり)沿いの、かっての町・村の関係と今とこれから進展を見るのに役に立つのではないかと思います。

 @国道152号線は浜松市から天竜川に沿って北上します。
 この街道は龍山村にあります「秋葉山=秋葉神社=火の神様を祀る」から、”秋葉街道”と名づけられて、南信濃村、上村、大鹿村、長谷村から高遠町を経由して諏訪市まで通じています。(南信濃村、上村は現在飯田市に平成16年に合併。 大鹿村は独立しており、長谷村、高遠町は伊那市と合併している)

 私の記憶に間違いがなければ、浜北市、天竜市、龍山村、春野町、佐久間町、そして長野県境の水窪町までが浜松市と合併して政令指定都市として平成17年に指定されています。(そのほか浜松の西方面の舞阪町、雄踏町、細江町、引佐町、三ケ日町も含めて)

 Aここで、中心課題になりますのは、旧・上村と南信濃村そして、長野県天竜村です。
 今回の旅で知ったのですが、南信濃村もかっては「木澤村」と「和田村」とに分かれていたようです。合併して南信濃村になったのでしょう。
 その南信濃村・和田の南西に位置する天龍村の和田よりところに「遠山郷入り口」と言うバス停車場があります。
 ということは、天龍村までを含めて、「遠山郷」と呼ばれていたのでしょう。

 B平成17年の飯田市との合併問題では、上村は最初に合併賛成を打ち出したということです。 南信濃村の木沢地区と和田地区は住民の意見が分かれたと聴いています。
 天龍村は平成19年9月の時点では、独立行政です。

 なぜ、上村は早々と合併賛成を言い出したのでしょうか。 ここにはかって有力な国会議員を輩出しておりました。
 よって公共投資が大いに実施され箱物行政が進みなした。 が、縮小財政の中運営費に事欠いて行きました。 お分かりのことでしょう、助けてくれと言うことです。
 この村には「しらそび高原」、「日本のチロルと言われる下栗の里」というような見て楽しむ観光場所があると解説されました。

 が、南信濃村には「霜月祭り」という余り注目もされていない、年々住民が減り、年老いて祭りの運営が大変なっている無形文化財ぐらいしかないとも言っておられました。

 今回、私の知りえた情報はここまでですが、今後何度か訪問するごとに、この地の歴史・文化・伝統等の知識が加わって行き、同時にこの地がどのように変化してゆくかの情報も発信できると思います。
 引き続き、情報を流しますのでご期待ください。


 最後に、上流部から下流に向かって地理の説明をしましょう。
 イ)国道152号線は静岡県と長野県の境のところ「青崩峠」(平成20年には開通するとのこと)と、もう一箇所、上村と大鹿村の境「地蔵峠」のところで、途切れています。(迂回路はあります)
 その地蔵峠を源とする「上村川」が上村を南北に縦断して流れています。

 ロ)長野県と静岡県県境に位置する聖岳(3013メートル)を源とする「遠山川」は途中「矢筈山(1593マートル)から流来る川を取り込んで木沢地区で「上村川」と合流します。

 ハ)合流後は遠山川となって、約16キロメートル下って、飯田線「平岡駅」の近くの、平岡ダムに注ぎ込みます。 天竜川との合流です。
 その後は天龍村を縦断し、佐久間ダムに至ります。

 ニ)龍山市、〜天竜市〜浜松市と磐田市の間を流下り「暴れ天竜川」が太平洋と注ぎます。
 
 

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