二日間で750Kmは久しぶりのキャンピングカーでの遠出で疲れました。 ![]() ![]() ↑ 氷見大橋をバックに「かもめ」を撮影しました。上はカッパエビセンを食べに・・ ![]() ↑↓ 輪島の曽々木海岸に向かいました。23日は風も穏やかでしたので、このような映像と成りましたが、上の写真のように、荒波に削られた状況が分ります。 ![]() ↑ゴツゴツとした岩を見ていただければお分かりになることでしょう。 写真の岬を回って向こう側に行くのには「難儀をされた」と言います。 何人もの犠牲者が出たと言うことです。 今もトンネルがありますが、ドンドン削られているからでしょうか、本年12月に開通するトンネルが山側に掘られていました。 ![]() ↑「窓岩」のこの光景も、波が創った造形の一つでしょう。 ↑ ↓ 「千枚田」 ![]() 一枚、一枚の田圃は小さく、西に沈む夕日とのコントラストを撮影しようと多くのアマチア・カメラマンが待ち構えていましたが、当日は雲の切れ目の可能性はなく、早めに切り上げてきました。 ![]() ↑ 「キリコ会館」です。 何時ゴロまでが、日本海側が大陸から文化、文明の入り口だったのでしょうか。 その中心地のひとつでもありましょう、能登地方には夏秋の祭礼にはキリコと呼ぶ巨大な御神灯を担ぎ出す風習があります。 奥能登のキリコが一堂に展示されておりました。 ところで、輪島の朝市を最大の狙いが今回の旅だったのですが、パソコンかカメラ操作の間違いで、今のところ写真がどこかに言ってしまいました。 出てきましたら、また紹介します。
直江津港を小木港に向かってフェリーが出航しました。 2時間40分の船旅の間に新パソコンを前にしました。 2等客船から、1等客船にランクアップしたことは正解のようです。 ジュータン敷きの船室ですが、寝そべることもできますし、何よりも13人分に5人しか乗船していません。 ここまで、カメラに収めてある映像を引っ張り出してみます。 ![]() ↑ 信州中野で「新 佐渡 グルメの旅」第1回目の昼食です。 ![]() ↑ 牛と黒豚そして馬(馬刺し)の造形物、旗がひらいめいています。 ところで、ここまで入力するのに1時間かかりました。 まず、軽い船酔いというか気分がすぐれません。 直江津港を出港してしばらくすると、高波とは言えませんが、船がローリングしていました。 同船の方が「船酔い止め」を購入に行きました。 皆さん。横になっています。 私も小さな活字を相手にしているからでしょう。 目眩というか、吐き気までしてきましたので、そこで中止しました。 午後8時、自室に戻り入力を始めました。 船の上よりは、快調に入力しています。 とはいうものの、写真の掲載には苦労しています。 ![]() 小木港への入港です。 雨は上がりました。 時折、日差しが射しておりますが、風は冷たいです。 衣裳の選択を間違えました。少なくとも、スプリング・コートは必要でした。 ![]() ![]() ![]() ↑本日から2連泊・湖畔の宿「吉田屋」から、佐渡で一番高い山「金北山(1172M)を望む。 ![]() ↑ 加茂湖に点々と広がる筏は、牡蠣の養殖です。海に通じている湖です。 「新 グルメの旅」とは,名付けられたが、少しばかり名前負けするツアー名称ではないかといいながら、写真紹介のイメージどおりの食事内容であったら体重がどれほど増えるか心配していましたが、そちらの心配はなさそうです。 さて、夕食後、毎夜9時05分から始まる地元有志連(?)による「佐渡民謡」の開演となりました。 ”数撮ればなんとかなるさ”精神で、俄かカメラマンです。 ![]() ↓↑ まずは、現代歌謡曲から始まりました。 ![]() ![]() ↑ 踊りは足さばきがポイントですの言葉を思い出しまして・・・ ![]() ↑ いやいや、腰の備えこそ重要なのですと ![]() ↑ そんなこと、どうでもいいじゃんと、爺ちゃん、婆ちゃんと参加も00ちゃん ![]() ![]() ↑ やはり最後は「佐渡おけさ民謡」で終わりましょう。
![]() ↑ 佐渡と言ったらまずは、「朱鷺」でしょう ![]() ↑ 素晴らしく,飛び立つ姿をお見せしたかったので剥製です。 ![]() ↑ おまけに、なんと骸です。でも、人間さまは灰となります。 ![]() ↑ 妙見寺 順徳天皇に供奉した阿仏房日得とその妻千日尼開基と伝えられ、流された日蓮に篤く仕えたという。 ↑ 県内唯一という、五重塔 ![]() ↑ 境内が城のように感じられる。かって、竹田本間氏の居城にためという。 ![]() ↑ 佐渡に現存する最古の能舞台へ ![]() ↑茅葺の能舞台、周囲の松と芝生の緑と相まって、建物を見るだけでも十分に鑑賞にたえていました。 もちろん知りませんでした。 能舞台に太陽が輝いているのはこの舞台だけとは↑ ![]() ↑ かって、佐渡には200軒程のの蔵元があったそうです。今は7軒の蔵元。 「アルコール共和国」と名づけられ、なかなかの商売ぶりでした。 佐渡は金山と流刑地ぐらいとしか、知識がありませんでしたが、対馬海流の関係で本島より夏・冬通じて気温が数度安定しており、果物はみかん、リンゴ、ブドウ、柿、梨などほとんど収穫でき、米も収穫の三分に二は出荷しているとのこと。 新潟県の三大銘酒「越しの寒梅」、「久保田」、「八海山」に勝るとも、劣らない酒蔵地であることを知りました。 ![]() ↑ここに、拉致事件の曽我ひとみさんの二女「ブリンダさん」が勤めていました。 ![]() ↑ゴールド・パークで砂金採りの体験ができます。 初心者コース、中級、上級とあります。 中級は人工の川で、上級はほんとに川に入る。 ![]() ↑ はじめは渡っているが、そのうちに目が輝いてきます。 男性よりも女のほうが時間を過ぎても頑張っていました。 その場でペンダントなどに加工してくれます。 ![]() ↑ こんな「大黒天さま」の姿に魅せられて、集合時間オーバーとなりました。 ![]() ↑ 佐渡歴史伝承館へ ここでは拉致事件の曽我ひとみさんの旦那様が働いておられました。 かって、タラップを降りてきた時のような、痩せて電気のない表情とはまるで別人jでした。 ふくよかで、ゆとりのある表情でしたが、記念撮影の対象となり、無表情に売り物の「焼きせんべい」の宣言マンとして活躍されていましたが、どこか違うなと感じない分けにはいきませんでした。 私は写真を撮らないことにしました。 ![]() ![]() ↑一体が一番高価なものは4500万円という蝋人形で精密にできています 。↑昔話をしている爺さん、婆さんの話を聞いている坊やは蝋人形 お隣のお客さんは最後までそのことに気がつきませんでした。 ![]() ↑願いの叶う「ご利益橋」を渡って終わりです。 ![]() ↑七浦海岸の「夫婦岩」 ![]() ![]() ↑ 紺碧の海に屹立つ弾劾、波静かに見えますが、当日は1~1・5メートルのなみです。 絶壁の岩肌に船が近づいた時は、少しばかり緊張しました。 ![]() ↑大崎灯台にかかる遊仙橋は、映画「君の名」の舞台となったところ、別名「真知子橋」とも名づけられている。 ↑最後は「佐渡金山」の見学です。 乗り降りが多く、ここまで来た時にはいささか疲れてしまい、写真を撮る気にも成らなくなっていました。 それとも、流刑地の作業場を敬遠したのでしょうか。 いや、決して犯罪人だけでなく、石川県能登の方面からも、賃金がよいので働きに来ていたようです.。 が、仕事はきつく長生きはしなかったようです。 「新 佐渡グルメの旅」と名付けられていましたが、一度もご紹介されないお料理です。 どこにでもある旅の料理といったら失礼でしょうか。 「おけさ柿の柿酒、食後のシャーベットのデザート」、特にというわけではありません。 「佐渡のエビ・カニ」海が荒れてカニは二日目に口にできました。 エビは豊漁なのでしょうか二日目の10数品の料理のうち6品エビが利用されていました。(甘エビでしょう) 「佐渡産牛」「佐渡の牡蠣」塩が採取できるので、それをタップリとアジにまぶして焼き上げた料理と思い出せば、結構なものです。 その他、海藻のエゴ草をトコロテンのように煮詰めて固めたソバのようにきざみ、ネギとワサビなどの薬味をつけ、醤油をかけて食べる「いねごり」。サッパリとした磯の風味。 佐渡の代表的な食品。 忘れてはいけないのが、佐渡さんのコシヒカリです。これは佐渡の中央部に広がる国仲平野の穀倉地帯、山間部の棚田でも作付されており、銘柄米としても一級のおこめでした。 このお米に味噌をつけて食べたのが一番・・・
雨模様の朝が来ました。 「たらい舟」が終わるまでは何とか降らないでと願いましたが、乗船間近に降り出しました。 ![]() ![]() 小木港の湾内を半径20メートルで一周です。 大きく濡れることもなく下舟。 小雨のために差した傘の色が黄色で、画面に色添えとなりました。 帰りの2時間40分のフェリーは今回知り合った可児からの小形さんとおしゃべりです。 小形さんも高血圧の薬を飲みながら、朝からいっぱいのご様子です。 「傾聴」の勉強というか、私の心構えの進展を測るお話相手でした。 ↑ 乗船前に、お別れの「佐渡おけさ」をひと踊り見学しました。 5年間で4回キャンピングカーでの佐渡旅行を計画しましたが、今回やっと行くことができました。 島の様子も分かりましたので、次回はやはりキャンピングカーで行動自由な旅をしてみたくなりました。 旅行社の佐渡への旅行はほとんど2泊3日が定番のようですが、3泊4日ならもっと楽しめる事だろうと思いましたし、キャンピングカーならゆったりと5泊6日なら山登りなども楽しみ、釣り好きな方なら更にということになるのではないでしょうか。 前にも書きましたが対馬暖流の関係で、ミカンとりんごの両方は収穫できる住みやすい島とのお話が理解できました。 また、島で収穫できないものは「お茶」とのことです。 これには伝説のお話もあってのことです。 鮎の遡上もありアユ釣りも楽しめるとのことです。 観光がメインの産業でしょうが、お米は島外移出していますし、島内で全てが自給できるのではないかと、お話から想像しました。 永住のために島に渡ってこられる方の近年増えているとのことです。 帰宅後、お風呂に入っていましたら、チャイムが鳴りました。 昨日注文、宅配便のお酒が届きました。 離島からの宅配便というのになんと速いことでしょう。 今夜は疲れましたのでお休み。明日にお楽しみとします。 平成20年10月15日 記
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上記のように、タイトルが長い紅葉狩りに北関東に行ってきました。 今回はキャンピングカーではありません。 第一日目 (10月11日) ![]() 名古屋をたつ時には晴れていましたが、西の東京はまだ雨が残っていました。 皇居前を行く、2階建ての天井がないバスには雨合羽姿の観光客が乗っていました。 関越自動車道路に出てから所沢から川越の間の事故で約予定時間をオーバーすること2時間です。 これだから連休の込み合う旅はダメだと改めて思いました。 ![]() 「吹割の滝」↑ 東洋のナイヤガラと呼ばれるそうですが、いささか、いやかなりオーバーな名付けです それでも本日の見学コースは吹割の滝↑、のみでしたので見学時間を縮めて、予定時間から遅れること1時間でホテルの到着。 急ぎ、一風呂浴びて夕食です。 宿泊は猿ケ京ホテル(ここの朝御飯はメタボが気になる方には打ってつけ、カロリー計算がされている。 そういえば、夕食は豆腐三昧の料理でした。 日本のほか海外もツアーコンダクトされている添乗員さんが、年間150日行く旅の中でも10指に入るホテルと言っておられました) 豆腐懐石の「猿ケ原ホテル」 源泉かけ流しの温泉でした。 本日のバス走行距離は235Kmと記録してあります。 第2日目 (10月12日) 奥只見ダムを建設した時の工事用トンネルを、その後、観光地にしようとトンネルを整備して観光バスが通過できるようになりました。といっても、大型観光バスがすれ違う時、運転手さんはほとんどスピードをゼロに落として慎重です。(福島県の地元の運転手さんです) ![]() 奥只見湖の銀山平(昔、銀の産出でにぎわったところ)から遊覧船に乗って奥只見ダムまで下ります。 ![]() 両岸の紅葉はまだ早く、ところどころの紅葉をアップで撮影しました。 ![]() 360度ブナの森の奥只見は確かに日常では味わうことのない自然を感じさせてくれる別世界が展開されます。 新緑、紅葉、そして雪渓と四季折々の姿を想像できます。 ![]() 銀山平から40分で奥只見ダムの到着します。 ↑ダム堤防からの眺めです。 ![]() 振り返って、逆光の奥只見ダム湖を写しました。 今回のバスツアーのコースは阪急交通社としても第1本目(初回)のツアーということで、スケジュールにゆとりがありません。時間の読みが十分でなかったと思います。 復路も同じコースを引き返すのですが、それほどは大型バス同士のすれ違いはなかったと思うのですが、次の会津若松(福島)に到着し「鶴ヶ城」の見学となっていましたが、既に閉門していました。(当日は連休で、PM6時から、再度開門でしたが宿までにはまだまだ時間がかかりますので、出発です) 案内状には公園内をタップリと散策と書かれていましたが、早々とバスに戻りました。 ![]() 表磐梯山に夕日が映えていました。 この山の中腹の岳温泉に到着したのはPM7時を過ぎており、温泉にも入らず夕食となりました。 本日のバスの走行距離は約354Kmと案内されていましたが、時間的には500Kmを超えている感じでした。 救われたのは本日もホテルの設備、サービスが行き届いています。 ワンランク上のツアーだとは聞いていましたが、そのとおりです。 「陽日の郷 あづま館」 源泉かけ流し温泉はやはり気持ちいい 第3日目 (10月13日) 当初の計画では朝の出発は8時30分でしたが、10分早くに修正されました。 といいますのも、11日にテレビ中継がなされて連休の中日の昨日は大変なお客さんであり、大混雑ということの情報が入っていたからです。 ![]() ↑安達太良山のゴンドラ山麓駅から ↑長い列ができました 10分の差は大きかったです。 観光バスの駐車場は何とかなりましたが、一般の乗用車は大変です。 遠くに止めてここまで歩いてこなければなりません。 本日の入場登山客を列に並びながら計算してみました。 6人乗りのゴンドラが約40個、片道10分かかると言っておりましたので、6(人)×40(個)×6(1時間に6回)×8時間=11520人で正しいでしょうか? 頂上駅から10分上ったところが360度の展望台です。 ![]() 写真の出来映えが悪いのです。 写真に気を取られていると、素晴らしい景色を心身で受け止めることができない言う。 今も脳裏に残っている映像はこんなものではありません。 その後に、川床が美しいといわれている中津川渓谷に参りました。 ![]() ↑中津川渓谷の駐車場の紅葉 ![]() 東北一とも日本一との言われるほど美しいという渓谷に下りてみました。 厳しい段差のある坂道と階段、高低差70〜80メートルを下ります。 汗をかき、翌日は足の筋肉に異常を感じた方が多かったのではないでしょうか。 苦労が報われるという感動の景色とは言えませんでした。 ![]() ↑昼食のホテルから裏磐梯を眺めました ![]() ↑ 裏磐梯五色沼 ↑五色沼から裏磐梯を望む このように旅をまとめてしまいますと、簡単ですが本日もこの後、JR東北・新白河駅までのバスは走行距離150Kmです。 ![]() 新白川駅近くの田圃は今を盛りの稲刈りの時期でした。 バス運転手さんの家でも米作りをしているとのことですが、1俵(60Kg)で受け渡し価額12000円ではどうにもならないとのことです。 農協に依頼すると、賃貸料はほとんどゼロとのことでした。 それでも高速道路の両脇に続く黄金の田圃を眺めながら、2ヶ月前のトルコの100Kmも続く麦畑と比較してみました。 麦畑といってもそれ以外は砂漠といっても良い状況でした。 同じような黄色の眺めですが、実り多き我が日本の豊かな自然に感謝しなければと感じた旅でした。 平成20年8月18日 記 不思議の国 トルコ周遊 ハイライト9日間
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今、入力している時間はイスタンブールの現地時間8月18日午前6時です。 (日本時間では18日昼の正午です)。 名古屋・セントレアを8月16日、午後10時45分定刻どおり飛び立ってから32~3時間後です。 よって、8月16日のことは満席のエミレーツ航空315便の中ということになります。 トルコミニデータ 正式名称は トルコ共和国 緯度 イスタンブールは北緯41度で、青森県とほぼ同じ 面積は77.9万キロ平方メーター 、人口は7320万人 、言語はトルコ語 宗教はイスラム教のスンニ派が99%、その他キリスト教とユダヤ教 日本との貿易は輸出が革製衣料、敷物類、鉄・非合金関連製品 輸入は乗用車、テレビ部品、ミシン、建設機械 トルコ共和国(トルコきょうわこく)、通称トルコ(土耳古)は西アジアのアナトリア半島(小アジア)と東ヨーロッパのバルカン半島東端の東トラキア地方を領有する、アジアとヨーロッパの2つの州にまたがる共和国。首都はアナトリア中央部のアンカラ。 北は黒海、南は地中海に面し、西でブルガリア、ギリシアと、東でグルジア、アルメニア、イラン、イラク、シリアと接する。 国土の大半の部分はアナトリア半島にあたり、国民の99%がスンナ派イスラム教を信仰するため、日本の地域区分では地理的な位置と、欧州即ちキリスト教というステレオタイプから中東、西アジアに含めることがほとんどであるが、サッカー協会やオリンピック委員会などではヨーロッパの統一団体に属す。経済的、政治的にもヨーロッパの一員として扱われることがあり、現在欧州連合(EU)へ加盟申請中である。現在欧州でイスラム教徒が人口の過半数を占めている国家はトルコとアルバニアのみである。 |
| 平成20年8月18日 記 不思議の国 トルコ周遊 ハイライト9日間
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今、入力している時間はイスタンブールの現地時間8月18日午前6時です。 (日本時間では18日昼の正午です)。 名古屋・セントレアを8月16日、午後10時45分定刻どおり飛び立ってから32~3時間後です。 よって、8月16日のことは満席のエミレーツ航空315便の中ということになります。 トルコミニデータ 正式名称は トルコ共和国 緯度 イスタンブールは北緯41度で、青森県とほぼ同じ 面積は77.9万キロ平方メーター 、人口は7320万人 、言語はトルコ語 宗教はイスラム教のスンニ派が99%、その他キリスト教とユダヤ教 日本との貿易は輸出が革製衣料、敷物類、鉄・非合金関連製品 輸入は乗用車、テレビ部品、ミシン、建設機械 トルコ共和国(トルコきょうわこく)、通称トルコ(土耳古)は西アジアのアナトリア半島(小アジア)と東ヨーロッパのバルカン半島東端の東トラキア地方を領有する、アジアとヨーロッパの2つの州にまたがる共和国。首都はアナトリア中央部のアンカラ。 北は黒海、南は地中海に面し、西でブルガリア、ギリシアと、東でグルジア、アルメニア、イラン、イラク、シリアと接する。 国土の大半の部分はアナトリア半島にあたり、国民の99%がスンナ派イスラム教を信仰するため、日本の地域区分では地理的な位置と、欧州即ちキリスト教というステレオタイプから中東、西アジアに含めることがほとんどであるが、サッカー協会やオリンピック委員会などではヨーロッパの統一団体に属す。経済的、政治的にもヨーロッパの一員として扱われることがあり、現在欧州連合(EU)へ加盟申請中である。現在欧州でイスラム教徒が人口の過半数を占めている国家はトルコとアルバニアのみである。 |
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