文章は現地ホテルにて
本日の特記事項
・特になし
・クイーズタウンのお土産屋で、女房が買い物してのを忘れたという。
其のお店で、夕食後買い物をすることになっていた。 多分、そこに置き忘れていたのではないかとの推測が当たる。
金銭的な問題ではなく、このような事故・思い忘れは必要以上に気なるものだ。 発見した後の開放的な気持ちで買い物が進んだようだ。
・次の特記事項
・また、再び私の虫歯の詰め物が抜けた。 出発前にも小さな詰め物が抜けたが帰国後にしようと手当てせずに出発した。
私の虫歯の詰め物は4か所あり、このところローテーションのように3ヶ月か半年で歯医者通いである。
旅の途中で抜けることは初めてである。 飴をなめていたときなので
、どうしてこの欠片だけ消化しないのだろうと不思議であったが、舌で転がしている間に、閃いた(。(こんなところで閃いたという単語を使うか?)
追記 2月14日
・昨日、歯医者に行く。 一か所は詰め物を其のまま入れ直したが、もう一か所は作り直しとのこと。
歯科医師の先生に「長期休暇はどのくらい取れるのですか」と聞いてみた・
すると、「次々と機械購入で借金まるけで、60過ぎても仕事が止められない」と嘆きを聞いた。
患者を置いて休むわけにもいかず、医師会の社会的な仕事もあり、大変ですと言っていた。
経済的には借金まるけということはないであろうが、それにしてもお金だけでは何ともならないものがある。
”抜けた”といって、簡単に予約し、調整してもらえることに感謝になければと思った。
本日の観光について
・既に午後の11時を過ぎているので、これ以上の記録はできない。
明日の朝も。モーニングコールが7時です。
本日の観光は、片道300Km強かけてミルフォードへ、乗船観光後再び同じ道を帰る。、休憩時間を入れて、トータル12時間強の長旅のバス旅行であった。
後日、其の時の写真を掲載しますが、それだけの時間と体力を消耗した価値がありました。
もう一度行くかと問われれば、即座にイエスとは言えないバスの旅でした。
この地は年間降雨量が7~9000千ミリとのこと(日本平均は1000以下)ということで、終日の晴れでした。最高気温が29度と言うことで、異常気象といわれています。
雨の中を見学するのが当たり前、よってもう一度来てくださいと言われました。
これでは「ミルフォード・サウンドのクルージングではありません」といわれるほどの好天に恵まれました。
ピース・ボ−トでのアラスカのフィーヨルドとは違った、夏の南半球の大自然を味わいました。
以上、睡眠前入力しました。
ここからは帰国後の入力です。
・世界遺産 フィヨルドランド国立公園 ミルフォードサウンド観光
まずは、クイーンズタウンについて一言
・クイーズタウンを最初に発見したのは、グリーンストンを求めてさまよっていた先住民族マオリの人々。その後、金を求めて採掘者が訪れるようになった。 実にすばらしい景色と様々なアドベンチャー、ゆたかなライフスタイルを求めてこのクイーンズタウンに人々が来ている。
タウン自体は四方2Km以下の小さな町。
ほとんどの店やレストランは歩いてゆくことができます。

↑宿泊ホテル「リッジス レイクランド リゾート

↑↓ ホテル前の朝の湖面です

片道300Kmのバスツアーは途中の休憩が必要です。

↑ここが本日のメイン観光地と言ってもよいほどの「アナウル」です

↑帰りの時は、ここで水遊びをしておりました
・ミラー湖

↑まずはこの写真を掲載しました。そうでないと逆さまと言われます。
今回の旅は120%の天候に恵まれたようです。添乗員さんも地元のガイドさんも滅多にほとんど体験していない気象条件と語りました。
このミラー湖もミラーになる確率は大変低いのこと。 風があればダメ、風がなくとも水鳥が泳いでいればこれまたダメということのようです。

↑↓ミラー湖に映し出された000山

・キャムズ(滝によって浸食された奇岩風景)

↑氷河によって削り取られた山肌はU字型になり、そこに大量の雨

↑中央に見える一筋が滝です。雨の多いこの地は土砂降りの時などはここを通過するのが恐ろしいほどと言っておられました。
雨のないミルフォードはミルフォードではない、よって「もう一度来訪しなけれなミルフォードのことは分からない」と解説されました。
・→ミルフォードサウウドクルーズへ

↑ここで乗船 ↑ 船に乗らなくてもこの通り



〜次々と異なる表情を見せるフィヨルドにより出来た大渓谷の美しさを楽しむ〜とツアーガイドに紹介されています。
アラスカのフィーヨルドの時は真冬でした、ここは真夏です。
中国・桂林の山並みとは全く異なります。
地球はひろいな〜、さまざまだな〜、皆きれいだな〜

↑海に繋がっていることが分かります、アザラシが日向ぼっこ。

↑滝の真下まで船は近付きます。カメラのレンズを拭きながらの撮影でした。

↑帰り道、運転所のボブさんが、危険を冒して(道路での駐車は違反行為)、静かにバスを路肩に寄せました。
静かにバスを降りました。 羊は臆病で驚くと一斉に列をなして逃げてしまうそうです。 逃げる姿も面白いから、石でも投げてやろうと思いましたが、思いとどめました。
ニュージーランドの道路(高速道路と言っていましたが・・)は、建設費は土地の買収費は別としても、建設コストは多分三分の一かそれ以下ではないでしょうか。
というのは、ガードレールはありませんし、側溝もありません、中央分離帯もありません。郊外の橋にかかりますと、それまで片側一車線が急に一本道になります。「 ONE LANE BRDIGE」と道路にペイントされています。
車の量が少ないのですからそれで十分なのです。
また、市内でも交差点は少なくロータリー方式です。日本なら渋滞で動けなくなることでしょう。
クイーンズタウンの戻ってきました

↑午後9時20分過ぎにやっと辺りが暗くなりました

↑公園でパフォーマンスが始まりました。

↑素晴らしく美しく、小さな街の商店街に灯がともりました。
朝目が覚めた時から山の背に太陽が沈むまで、クイーンズタウンには美しい風景が広がります。
ミルフォードサウンドへの往復8時間のバスの旅は、疲れはしますが、それだけの時間をかけても惜しくはないクイーンズタウンの美しさです。
クイーンズタウン 宿泊 連泊
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平成22年2月 7日 記
見た、眺めた、撮りました
ニュージランドの旅
第5日目 クイーンズタウン→ギブストン
→オマトラ→マウントクック国立公園
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文章はホテルにて
今回の旅で一番早くチェックインしました。 溜まっている写真の整理をしようとしているのですが、思うようにカメラとパソコンが繋がりません。
バッテリーの充電はバッチリなのですが、カメラにバッテリー不足との表示が出ており思うように操作ができません。
よって、本日の特記事項はこのことです。
他の失敗やトラブルはありませんでした。
このままですと、もう一台持参したデジカメに切り替えるか、このまま撮影し続けるかですが、其の場合は帰国後の整理が大変です。
さて、今回のニュージーランドの旅は3回目の計画でやっと実行できました。 旅行社が催行予定人数に満たずでキャンセルと私の予定変更によるものでした。
結論から申し上げて、この旅はお勧めです。
1、綺麗で・清潔な国です。トイレはどこも清掃が行く届いています。
清潔でトイレペーパーはないというようなことはありません。
ダーニングの市庁舎のトイレをどこかで紹介しまたが、これがトイレかというサービス・カウンター(?インフォメーション・カウンター)がありました。
それほどではないですが、田舎のドライブ・レストランも、休憩所も掃除が行き届いています。
(ただし、日本でウオッシュ・トイレ文化になれていますので、その点は日本の方が私にはお好みです)
2、自然が豊かということでしょう。これは私の一番の好みでもあります。
3、チップの習慣がなく気楽な旅、気遣い不要な旅であること。
4、国土の面積に対して、人口が少ない、よって車も少ない。 のんびり・ゆったりの気分になれる。
5、ワークング・ホリデーなどの制度があり、世界から若者が集まってきている。(これが人件費の低減にもなっているのでは・・・)
と、思い出すままに書いてみました。
昨日のメイン観光・ミルフォード・サウンドと本日のメイン・マウンテンクックを比較をすることはどうかと思いますが、私もまた他のメンバーもマウント・クックに軍配が上がりました。
マウント・クックに宿泊しないコース・プランが多いようですが、一泊すべきです。(ホテルは一軒しかない、その他の宿泊施設はあります。登山目当ての方の宿です)
ただし、昨日も本日もニュージーランドの南島では珍しい晴天であったことを付け加えておきます。 こんなことは滅多にないことだそうです。
本日、マウントクックに到着したころは、頂上付近には雲がかかっていましたが、ショート・ウオーキングをしましょうと外に出てみると、これがなんと晴れ渡りました。
そして、ショート・ウォーキングどころか、もう少し、もう少しと片道1時間のコースを歩き切ってしまいました。
水も待たず、途中へばり気味の方もいましたが、8人全員歩き切ってしまいました。
其のせいか、ほとんど口にしない肉を、昼食のサーロインステーキ約250Gに続いて、夕食にバイキング方式でローストビーフを皿に盛ることとなりました。
長旅のバス旅行ですから、やはり疲れて体力を消耗していることだったのでしょう。 (この追加入力をしています、2月7日の夕食にも「鹿の肉の注文」となりました。
夕食時のこと
そんな必要は全くないのですが、一着だけ持参したジャケットを着て、夕食に出かけましたら、同行のメンバーから感嘆の声が上がりました。
思いがけない出来事ということだったのでしょう。 一着くらい持参すると、旅の気分がかわるものですのでお勧めします。
さて、今から再びカメラの操作をしてみます。 イライラしたまま今夜は眠ることになるのでしょうか。
さて、ここからは帰国後の記録となります(平成22年2月15日・記)
・スロージェット乗車体験

↑受付カウンターの下は水族館、水鳥が餌を食べています


↑記念の搭乗写真は、記念写真・有料しか撮影できず。

↑湖から川を下ります。 スロージェットとはいえ、操縦士は大サービスとばかりに蛇行運転をして、岸際の柳の木に、あるいは橋の欄干間際をすり抜けます。
最初は其のたびごとに首をすくめていましたが、後半は余裕を持って楽しみました。
時間のゆとりがあるということで、バンジーの渓谷へ


↑覗き込むだけで、もう結構と吸い込まれそうな高さでした。
・ギブストンワイナリーでワイン試飲
数年前より日本にもニュージーランド・ワインが輸入されるようになりました。その一つを訪問しました。

↑ギブソン・ワイナリーは山の斜面を利用した横穴の倉庫の中でワインは眠っていました。 奥まった倉庫の一角に花瓶に挿された花が・・
ここでも日本女性が活躍されて居りました。8年目になるそうです。

↑収穫しやすい高さに木が選定されていました。
・→・バスにてオマトラへ
・羊の毛刈りショー見学とバーベキューランチ


↑どうしたことでしょうか、今回の旅ではこの日を持って肉が食べれるようになりました。 日本で、これまでも食べれないわけではないのですが、せいぜい月に2〜3回、しかも80グラムもあれば十分でした。
この日の昼食は間違いなく250グラム以上はありました。しかも、大変美味しくいただきました。 この日を境に今回の旅ではよく口にしました。
(帰国後のことです、赤身のマグロを口にすると、特に肉を食べたいとは今のところ思っていません。が、肉の旨さは知ったようですが・・・)

↑毛刈りは初めて見ました

↑毛刈りのマスターの口笛3種で、見事に牧羊犬は羊を追いたて、追い込んでいました。
レストラン、お土産や、そして毛刈りショウのオーナー(マスター)は、たった450頭しか羊を飼っていないそうです。
ここで働いている日本人の男性に聞きました。 羊の牧畜よりも数倍の所得とのことです。原毛を生産しているだけでは、付加価値がないということのようです。
牧羊犬もビール1ケースで譲り受け、教え込んだということです。
・世界遺産・マウントクック国立公園へ
アオラキ/マウント・クック国立公園(Aoraki/Mount Cook National Park)はニュージーランドの南島にある国立公園の一つ。
最寄の町は65km離れたトワイゼル。公園内にあるアオラキ・マウント・クック村は、従業員やガイドなどが暮らすことを許可されている。
(この村の様子は、2月8日分にて、紹介します)
この地域は1953年10月に保護地域として登録されていたエリアを合わせ、国立公園として正式に制定され、1990年には近隣の国立公園らと共にテ・ワヒポウナムの名称でユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されている。
マウントクックは19世紀のキャプテンクックから由来し、アオラキは先住民から「雲を突き抜ける山」という意味から由来している。
アオラキ/マウント・クック国立公園は約700km2の広さをもち、総面積の40%が氷河に覆われている。中でもクック山の東側に位置するタスマン氷河は温帯地方で最大の氷河として有名。
ニュージーランドにある20の3000mを超える山のうち、アスパイアリング山を除く19の山がこの公園に位置する。とくに3754mのクック山(アオラキ)のがニュージーランド最高峰として有名である。

↑世界遺産の敷地内にある唯つのホテルハーミテージ・ホテル

↑ ホテルのパンフレット

↑ハーミテージ・ホテルに到着する30分前以上から、時折アオラキ(添乗員&ガイドは盛んに、マウントクックではなく、「マオリ語のアラオキ」を強調していた)が見え隠れして、其のたびに雲がかかった山に向けてシャッターを押していました。
上記の写真の意味するところは、左から中央にかけての丸い山並みではなく、その前に右手から左にながれ落ちる山に焦点があります。
右手の山が小さな丸山の中央になだれ込んでゆきます。その地点です。
夕食前に時間があるからとショート・ハイキングに出掛けたのですが、30分で引き返すところをもう少し・もう少しと其の地まで歩いてしまったのです。
そこは「ケア・ポイント」という、ホテルから往復2時間のコースでした。
すれ違う人はいますが、私たちのグループでは誰一人地図を持たず、増してや水も持参していません。
「帰ってからのビールが楽しみだと励ましあってやっとたどり着きました。

↑雲一つかかっていないアオラキ・マウントクックに大満足でした。
ミューラー氷河、セフトン山の懸垂氷河を見ることができました。

↑足元に数少ない花が、一層素晴らしく感じました。

↑写真、山の手前の台地は、流失してきた砂のように見えましたが・・
其の台地の前には、泥粒子が混ざった濁った池のようでした。
マウントクック国立公園宿泊
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平成22年2月 8日 記
見た、眺めた、撮りました
ニュージランドの旅
第6日目 マウントクック国立公園
・文章はホテルにて
本日の特記事項はマウントクックの天候です。
年間降水量は4000〜6000ミリリットル(日本の平均降水量が1700mL、あの屋久島でも確か年間2500ml程度であったと記憶します)。
さらに、ここのガイドさん曰く、10日間ガイドをすれば7日間はレインコートが必要とのこと。
昨日分と本日分の写真を後日掲載しますが、2日間とも晴天に恵まれ、写真の腕はともかく、マオリ語で”アラオキ”=マウントックックは終日私たちの視界に美しい姿を惜しげもなく見せてくれました。
又、ガイドさん曰く、「今度は晴れますから、もう一度チャレンジしてください」という常とう句が使えませんと嬉しげにおっしゃっていました。
本日の予定であったコースを、昨日ショート・ウオーキングで歩いてしまいました。
世界遺産・国立公園にはホテルももちろん住宅も建設できないのですが、たった一軒のホテルがあります。(他に山小屋や小さなロッジはあります)。
この地で夏場働く従業員たちの宿泊する村(250人分、小学生11人の村、中学・高校はもちろんなし、4月末になると閉村となる))
其の周辺と自然が保たれている森の一部を1時間半かけて散策しました。其の時の写真は、名前はほとんど記録しませんでしたが、写真には収めましたので、後日紹介しましょう。
本日の特記事項
・遂に「瞬間湯沸かし器」に点灯されました。
→この意味するところが理解できる方は、余程この日記を読んでおられるか、あなた自身も”瞬間湯沸かし器”の傾向があり、自己反省を込めてご理解されたことでしょう。
答えはこの旅の最終記録に掲載します。
平成22年2月15日 追記
この日の日記は現地にて2月8日の内に写真入りで記録していましたので、ほとんど書き加えることも、削除することもありません。
一部、追記と修正をしています。
・マウントクック国立公園をハイキング
前記しましたように、本日はアミテージ・ホテルの周辺を散策しました。

↑マウントクックで唯一の大型ホテル「アミテージホテル」

↑ホテルから数百メートル離れた、夏の間この地で働かれる方たちの住まわれる村の様子です。
朝9時ごろです。 写真の上部は立ち込めた雲で覆われています。
この雲が1時間半後に晴れるのですから、ガイドさんも驚き。
周りの自然と調和するように建物はもちろん平屋、屋根・壁の色も気遣っていますし、電柱等は地中です。
その上に建物が目立たないように、家の周りには土塁が作られ、遠くから見れば建物はないように見えます。
ホテルから1時間半の散策です。ガイドさんが解説してくれなければ、ほとんど見過ごしてしまうか、気付かないことばかりでした。
ちなみに、このガイドさんはニュージーランドが冬の間は北海道でガイドをする季節労働者と言っておられました。(北海道出身)
↑棘、マオリ族が刺青の針として使用していた。

↑空気が綺麗なところに寄生するという。「髭草」

↑硬水の湧水がコンコンと湧き出ていました。

↑原生林の入り口に入ると、ニュージーランドを象徴する「シダ」が・・

↑毒性のあるブドウのような実でした。

↑小学生11人の夏期だけの学校です。日本人小学生も一人。
病院もなく、スーパーマーケットまでは片道200kMのこの地では、若いか方で、独身者しか生活が難しいようです。



↑天候観測所の鉄塔に「サシバ」が悠然と見渡していました。

↑このような山並みに包まれて、散策していました。
・→その後、クライス・チャーチへ、その途中にて
・デカボ湖畔

↑アラオキ=マウントクックからどれほど走ったでしょうか。
薄靄の向こうにマウントクックが見えます。

・↑左の建物が教会です。善き羊飼いの教会見学

↑小さな教会です。この教会を見たとき、世界を植民地化した開拓者を
少しは許してもよいかなと思いました。

↑其の教会です。

↑この「牧羊犬」がいなかったなら、この地の開拓はできなかったでしょう。との像がありました。
クライストチャーチ宿泊
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平成22年2月 9日 記
見た、眺めた、撮りました
ニュージランドの旅
第7日目 クライストチャーチ→ロトルア
・→北島のロトルアへ(オークランド)
・以下の文章はホテルにて
3日前頃より体調が当地時間帯とマッチして快調です。
本日も絶好調です。 4日間ご一緒したドライバーのボブさんが空港まで送ってくれました。
完全に体重オーバーのメタポ・ボディーで、登場手続きを手伝い汗びっしょりです。
数日前、なぜニュージーランドが気に入ってかを書きましたが、環境と人口密度が生み出したものでしょう。 自然環境の緑が多く、さらにそこに広大な公園を配置するのですからユッタリ感が出るのは当たり前でしょう。
競争環境が少ないのでしょうか、イライラ度が低いんです。
が、クライストチャ−チの街に戻ってきますと、それまでのノンビリというよりは少ない車の数の中、まっすぐな道路ばかりを走っていたからでしょう。
きつい割り込み運転もあり、それまでほとんどクラクションを鳴らしていなかったドライバー・ボブが顔を赤れめて怒っておりました。
ということはDNPばかりではなく、環境、人口密度が競争環境に対して潜在的な本能を眼ざませるでしょうか。
本日もまた、近時の私の自論「破壊と崩壊のなくしては、新しい時代の本格的な到来は期待できない」ということになるのでしょうか。
知恵と理性をもつ人類としては、悲しいこと・寂しいこと・情けないことのように思いますが、これが繰り返されてきた歴史なのでしょうか。
本日の特記事項
・特にありません。 昨日「瞬間湯沸かし器」状態になった私ですが、その後の冷却時間の結果、お相手様も反省の色があり穏やかなバス旅行となりました。
夕食は「マオリのダンス」を見ながらです。 本日は女性軍が舞台に上がり、パフォーマンスに参加しました。
宿泊したホテルの庭の写真の紹介から





クライストチャーチからロトルアへ

↑飛行機の中で、泣かず・騒がず・チェメッケあり
・マリオ族の街・ロトルア観光

↑小さな国際空港で迎えてくれました。マオリ族の街

↑車窓から、この街の自然豊かで美しい街並みです。
この当たりからカメラの調子が再びおかしい
追記 平成22年2月15日 午後4時半
一眼レフのカメラを諦めました。 デジカメで収録したのですが、購入して間がなく使い勝手が分かりません。
ここからの写真は80%デジカメ映像です。
ロトルアについて
ユニークな地熱活動によって形成された地形、
天然温泉、生きたマオリ文化、そして多様なアドベンチャー
これらすべてを一都市で体験できるのが、ニュージーランドを代表する観光地、ロトルアです。
ロトルアは、1800年代にニュージーランドで最初の観光業が発達したところとして知られています。
火口湖へ向かって形成された階段状の地形、巨大なピンクテラスとホワイトテラスを見るために、世界中の人々がこの地を訪れていました。
当時は、地元に定住していた先住民マオリのテ・アラワ族が世界中から訪れた旅行者をもてなし、テラスへ案内していました。
しかし、1886年に起こったタラウェラ山の大噴火で、人々を引き付けた美しい2つのテラスは壊滅してしまいます。
それ以後も、ロトルアは観光業発祥の地として、魅力的な観光地であり続けています。今日でも、祖先が培ったもてなしの精神を継ぐように、マオリのガイドがロトルアの主要アトラクションを案内している姿をみかけます。
この地域を表すのに、ロトルアの人々は5つの特徴を挙げています
1つは、地中から湧く間欠泉や蒸気など、活発な地熱活動にみられる大地が放つ力です。
2つ目は、マオリの人々が暮らす本物の村、歌や踊りなどの伝統芸能にみられるマオリ文化です。
3つ目は心身を癒す、天然のままの温泉やマッサージなどを提供する温泉スパです。
4つ目はマス釣り、カヤック、水上スキー、ハイキングやマウンテンバイクなどの多様なアウトドア・アドベンチャーです。最後は、スカイダイビングやジェットボート、ゾーブなどのスリル満点のアクティビティです。
地熱活動による美しい自然景観とは別に、ロトルアは、美しい公共の公園や庭園、マオリ式と英国式チューダー調の合わさった格調高い建築物など、
他の都市にはない魅力をもっています。市中心部を囲う牧草地帯はニュージーランドでも最も肥沃な土地として知られている。
南島からこの北島のロトルアにやってきまして直ぐに分かったことですが、9日間でニュージーランドを回ろう・知ろうというのは無理です。
この北島だけでも多分一週間は必要でしょう。
明日はオークランドですが、本当に象の鼻を摩った程度でしょう。
・スカイゴンドラに乗って、昼食(ロトルアの街並みを眺めながら)

↑↓初めて見ました、空中ブランコ


↑ロトレアの街を一望できる、地上から30メートル引き上げられて
心臓の弱い方なら・・・。ワーワーと騒ぐから次の客が乗ります。
テ・プイア大間欠泉、マオリ文化の展示場でもあります。




↑彼女が歓迎とマオリ文化の解説をしてくれましたが、英語で???


↑プイア間欠泉

↑小高い丘の上から
・ガバメント・ガーデン

↑↓ 本当に羨ましいほどに整備された公園です


↑ロトルア湖の黒鳥
・夕食はマオリ族の歌と踊りのコンサート見学(ハンギデイナー)

↑同行の女性人が安心して食事がすすむ、大相撲「小錦関」並みの男女が目立ちます。 このショウにはマオリ族のDNAではない、金髪のダンサー(歌手)も登場していました。

↑最後はお客さんも輪になってフィナーレです。
平成22年2月10~11日
見た、眺めた、撮りました
ニュージランドの旅
第8〜9日目 ロトルア→ワイトモ→オ−クランド
→オークランド発 関空へ
ここからは全てが帰国してから整理したものです。
広大な牧場を眺めながらワイトモへ・そしてレストラン

↑私、かなりの高度でニュージーランドに魅せられたようです。
上記のガラクタ(農機具)は昼食時のレストランのオーナー=マスターが使用していた農機具です。
オーナー=レストラン・マスターと言っても、先程までそこの広大は畑で作業そしていたようなジーンズ姿です。
人柄が一瞥するだけで良さそうな雰囲気を持っています。
ここでも農業だけでなく、レストランと土産物やそして新鮮果物と野菜がイッパイのスーパー・マーケット(近隣住民相手)も併設しております。
この後、観光訪問する「ワイトモ鍾乳洞」に来られる観光客をメイン顧客にしています。昼食はこのレストランともう一軒だけです。
自家生産し製造した「キューイー・フルーツ」が自慢です。
・ワイトモ鍾乳洞(土ホタル)
入口と出口の写真はOKですが、薄暗いあるいは暗い鍾乳洞内は撮影禁止です。 私たちと前後のグル−プでカメラのシャッター音は聞こえませんでした。
このワイトモの土ホタルの写真をみたい方は、インターネット検索「ニューランド・ワイトモ」と入力してください。
人さまの写真を拝借して掲載しようとしましたら、天罰・ホームページにトラブルが発生しました。
鍾乳洞の中、実の神秘的な光を発していました。
1、卵〜メスの成虫が約120個の球状の卵を産みつけます。 約20日後に幼虫になります。
2、孵化後、幼虫は巣を形成し、糸を垂らしてエサをとらえます。
光を発するのはエサとなるこむ小虫をおびき寄せるためでdす。粘着性のある糸で小虫を罠にかけ、引き上げてエサにします。
3mm以下の大きさの時から光を発し9カ月かけてマッチ棒くらいになります。
3、幼虫と成虫の間、蝶でいうサナギの時期をプパと言います。 約13日間、さなぎが糸にぶら下がった状態になります。
4、成虫〜大きな蚊のようです。口がなくエサを食べることができず、子供を産む準備をするのが成虫に役割。オスはメスがプパから出てくるのを待っており、直後に子作りを始めます。
そのために成虫は2〜3ひと短命です。
幼虫が光っているのです、サナギニなり,孵化して1週間もせず、命を次世代に預けて一生を終わります。
・オークランド市内観光(帆の街と呼ばれる)
・マウントイーデン


・パーネル通り

・ハーバーブリッジ


↑豪華客船が3隻入港していました
・夕食は「大黒レストラン」にて、鉄板焼き
・オークランドより関空へ→名古屋

オークランド午後9時を過ぎていました。 23時59分発のNZ−0097便にて、旅を締めくくりました。
冒頭でも申し上げましたように、関空〜名古屋へはバスではなく、新幹線で帰りました。
まずは、駅構内で「名古屋きしめん」をいただき、「ビッグ・カメラ」に向かいました。
帰国時間は2月11日午後2時でしたので、早速同行者に御約束した事柄の探しもの、発見し郵便物化、翌日発送。
本日をもって「ニュージーランドの旅日記」を終了します。
11時間半を要して帰国しました。 知人がどの位時間をかけて「旅日記」ができ上がるのかを知りたいから、その過程を見せよとの要望をいただきましたので、現在=平成22年2月11日、午後4時のものを其のまま掲載します。
あす以降、ボチボチと追記、校正、写真挿入をしてゆきます。
今回はカメラが入院に付、それなりに出来上がるのはいつのことになるか分かりません。
追記 平成22年2月15日 午後3時・記
今回はカメラのトラブルや移動時間が長くホテルでの時間が制約され、撮影した写真の整理もできず、ましてや日記も書けませんでした。
そんな条件が重なり、短時間の内にどのように記録、処理して置いたらよいかの方法が一つ開眼しました。
手順を記録しておきます。
1、事前に旅のスケジュールの大まかなことは入力しておく。
(旅行者から送られてくる「旅行日程表」程度でよい。
2、事前にインターネットより、旅行日程に合わせた資料を作製して持参する。 これは現地で役に立つ。
3、現地では、当日の写真はその日の内に大まかに選別・選択を終えておくこと。(後日であると、其の時の感覚での選択ができない)
4、その日の活字日記を入力しておく。活字ならではの記録は帰国後役に立つ。
5、時間的に可能ならば、写真と活字でもって日記入力がベターである。
6、帰国後に、NO2で作成した資料から必要事項を日記に入力すると良い。
其の時、現地で入手した資料からの抜粋も面白い。
以上
「瞬間湯沸かし器」とは、
2月8日の記録「瞬間湯沸かし器」とは、ある言葉・動作に瞬時に反応して頭に血がのぼることです。
私の場合はほとんどの場合、婆姫さま=女房です。
日本の地では毎朝、礼拝の時に十分に言い聞かせますので、24時間の効能はありますが、旅に出て4日目を過ぎたあたりから、堪忍袋が切れ始めを意識します。
よって、4日間以上の二人旅は避けておりました。
可能な限り、持ち上げていたつもりですが、遂にある行為と発言に湯が沸いてしまいました。
約24時間の冷却期間を置き=(口を聞かない)、冷ましました。
その間。相手様も反省したのか、それ以降は穏やかな旅となりました。
essayd18 へのリンク
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