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 COLUMU 1−D NO730
             
                             平成19年10月21日  記

  久しぶりに、東海自然歩道を
   自宅〜定光寺〜桧峠越え〜道樹山〜植物園


 ハッキリと鍛え方が不足していることを認識させられました。 体力が落ちたというよりは、これは間違いなく、この程度でまではよいであろうとの節制と身体を動かすことに高を括っていたことによる結果と反省です。

 現役の方や若い人に迷惑をかけないために、今出来る事は「国民健康保険に可能な限りお世話にならないこと。介護保険を利用せず・可能な限り最小限度に・・・。 そのためには健康に留意し、体力の維持を図ること」などと、口先では言っていましたが、実行ができていないと気づかされました。

 年々体力は落ちてゆくのは仕方ないとしても、それに比例しての健康法を見つけ出し、継続・改善してゆかなければと自覚させられた本日の山歩きでした。

      

  道樹山、大谷山からの沢水が大久保池にあつまりウグイ川を流下ります。 その流れに沿って自宅から定光寺へと向かいました。 そこまでで約4.5Kmです。
 定光寺までは行かずに、この方向に行けば東海自然歩道に出るだろうと見当をつけて横道に入りました。 砂利道です。 土地販売の看板がありましたので、そのまま進みなしたら、行き止まりとの小さな札がありました。

 庭というよりは開墾した山の手入れをしている方を見かけ声をかけますと、顔を会わすなり軽く胸の前で両手を合わせて、「少し戻って右折してください」と教えた頂きました。
 「何時頃から、ここにお住まいになっれ居られるのですか」と訊ねると、「子供の頃からです」との御返事です。 年のころなら30代中ごろとお見受けしました。

             

  ニュータウンの近くと言っても、一山越えた山のなかです。近くには3軒しかありません。
 トイレは汲み取り式の簡易トイレが外に設置されていました。 21世紀に対応された環境と生き方の人たちなのだろうかと思いました。
 教えられた道を登りますと、東海自然歩道の看板に出会うことが出来ました。

 その後は所々に記憶に残っている場所もあり、順調に進みましたが、登りばかりが続き1時間半を経過したところから、息遣いが荒くなり始めました。
 多めに休憩を取りながら、おにぎりを食べて急坂の階段に臨む事にしました。

                

 下ってきた元気な子供達の声に励まされて一気に道樹山まで登りきりました。
 ここまでで3時間半、秋葉神社の奥の宮に手を合わせて、大谷山経由で春日井都市緑化公園まで下り降りました。 
 この下りには予防を兼ねて膝バンドをつけたことは正解のようでした。

 昨日はそれほどの客数でなかった(朝の時間帯であった)公園ですが、今日は家族連れで賑わっていました。
 バブル崩壊後の1997〜8年ごろから、入場無料のこの公園の人気は高まっています。
 特に小学低学年までのお子さん連れの若い夫婦、おじいさん・おばあさんも交えた光景は見ているだけで微笑ましく心やすらぎます。

               

        毎月第3日曜日は、併設されている小動物園のポニーにも乗れます。

           

 一つ残っていたおにぎりをほお張りながら、芝生公園を眺めていたら、気持ちの良いさわやかな秋空の下でうたたねをしてしまいそうになりました。

 4時間半の春日井3山の内の道樹山、大谷山の東海道自然歩道のトレッキングでした。

         




 COLUMU 1−D NO729
             
                             平成19年10月20日  記

  久しぶりに、朝の散策
        〜春日井都市緑化植物園〜


 体重の増加が気になりだしたことと、昨日は雨で一日中家に閉じこもっていた為でしょう、さわやかな秋風に誘われてカメラを肩に出かけました。

              まずは定点観測の大久保池からです。

         

     

 あと2週間もすると黄金色に紅葉するラクショウの根っこと実です。 これまでも実を付けていたのでしょうが気がつきませんでした。
 あとから、歩いてこられたご夫婦も見上げていましたので、初めてかもしれません。

            公園を入ると右手に花のカナール(運河)です。

          

    カナールを覆うように春日井市の木”ケヤキ”が薄っすらと色づき始めました。

                 

    

 事務所棟では「秋のバラ展」が開催されていました。 一人毎の作品展ではなく、グループで制作、出品のようでした。

          

      園内ではハナミズキ(左)と???(右)の赤い実が目にとまりました。

           

  花時計前、年に2〜3回模様替えされる広場はほとんど色付きの葉の花壇です。

          

       アンジュラ(つるバラ)             バレリーナ(修景バラ)とありました。

           

 秋の花といえば「コスモス」です。綺麗に撮影できたから掲載したのではありません。
   右上の時計が10時15分を指していましたので、撮影時間を表しただけです。

 やはり、自然を相手にしますと、心が落ち着きます。
 お天気が好いので植物園を起点として、次々に春日井三山(道樹山、大谷山、弥勒山=東海自然歩道)へリュックを背にした方々が出発してゆかれました。
 私は午後から「波動の会」で名古屋です。 良い波動の仲間と1ヶ月ぶりに会えます。

    


 COLUMU 1−D NO728
             
                             平成19年10月19日  記

  目を通したいホームページ、ブログが増えて


 このところ目を通したいホームページ、ブログの数が増えました。
 これまでも、藤原直哉さん、松藤民輔さん、船井幸雄さん、増田俊男さん、熊谷弘さんらをはじめ十数人の方を「お気に入り」に登録しており、中でも毎日開き・読むのは上記に名前を掲載した人たちでした。

 が、先月末「フナイ・ワールド2007」に参加した後からは、大学教授で、「国家戦略研究所」の福島隆彦さん、ノンフィクション作家のベンジャミン・フルフォードさん、「月間たまゆら」の中矢伸一が定番として加わり、其れらに目を通していましたら、政治評論家の森田実さんが加わり、政治が混沌としているからでしょう(政権交代が現実味が帯びてきたことにより)民主党関係の小沢一郎、菅直人、岡田克也、前原誠司さんの名も並びました。

 それらの方々の意見に目を通していますと、そこから派生して他のブログや参考文献に飛んでゆきますので、到底予定している午前中の3時間では治まりきれない状態が続きています。
 その上に、中部大学の講義の予習と復習があり、毎日充実した日々が続いています。

 可能な限り「スポーツの秋」=健康の秋と考え、朝晩のストレッチ、散歩は欠かしておりませんが、「食欲に秋」=お酒の美味い秋に魅せられて、口にする秋の味覚も多く、船旅から帰ってきた時は、体重が68Kgとなっており、会う人みんなが「痩せましたね」と声がかかっていたのに、ここ数日の平均はなんと74Kgとなっております。
 ハッキリとメタポリック症候群の兆候です。

 「読書の秋」とまでは行きませんが、座ったままの時間が多くなっておりますので、少しきつめのトレッキングでもしなければと考えておりますが、如何なことになりますやら・・・
 
 寒くなる前に、脚立に乗り降りの松の剪定でもしようかと思っております。




 COLUMU 1−D NO727
             
                             平成19年10月14日  記

   深沢地区で今年の最終の稲刈り
              10月13日


 先週予定していましたが、雨で1週間後となりました今年の稲刈りです。
 校長宅や子供ファームの稲刈りは既に終わっており、私達の稲刈りがこの深沢地区で最後の稲刈りとなりました。

    

 校長は不在で8年と9年目のベテラン4人と校長の奥様と、息子さん御夫婦の力を少しお  借りしました。
               

 こんなことは大きな声では申し上げられませんが、寸分たりとも手抜きを許さぬ自分流儀に拘る校長が不在の為か、ノビノビと作業が進められているように感じました。

 とは言うものの、刈り取った稲の束を抱えてみますと、今年もかなり出来が好いのでしょうシッカリとした重みを感じました。 と言うことは、シッカリした稲架(はざ)を作らないと稲架が倒れてしまう危険があるということになります。

 長年使い込んできた、稲架の支柱が脆くなってきていますので、折れてしまうのです。
 昨日も調べながらの作業中数本が破損しました。
 ベテランの縄結びもかなり板についてきており、左右に揺すってもビクともしませんでしたから、多分大丈夫でしょう。

 息子さん御夫婦は1週間前にほぼ同じ面積の稲刈りをされておられますので、私達のスピードでは日が暮れてしまうと心配してお手伝いに来てくれました。

          

 そのかいあって、陽の沈む前には約1反強の稲刈りを終え、畑のネギ、大根、小松菜、そして初堀のサトイモを土産に帰ることが出来ました。




 COLUMU 1−D NO726
             
                             平成19年10月12日  記

  4年ぶりに、庭の椅子・机の塗りなおし


 確か9年前に、ホームセンターから電動釘ねじ込み機(?)を購入してきました。
 最初に作ったのが藤棚でした。

    

 その後、この藤棚は2回ペンキの塗り替えをして現役で、11月入るとこの藤棚の上に登って剪定をしますが、今のところ倒れる心配はありません。

 この藤棚を作った翌年、近所の方が椅子と机を作られました。
 その出来栄えが好かったことと、私がつくった藤棚も倒れず健全でしたので、我が家にも庭用の椅子と机を作ることにしました。
 先輩の家に何度か足を運びまして出来上がりました。 4年前に一度、ペンキを塗りましたが、雨ざらしに中、天井部分は綺麗に剥げてしまっており、昨日塗りなおしとなりました。

    

 塗る前に注意書きを読みますと、生地用のようで、残っているペンキの部分は剥ぎ取ってくださいと書かれてありましたが、問題ないだろうと塗り終えました。

 今朝、2度塗りをしようと調べますと、太陽光線に直接照らされた部分は、沁みこんでいますが、裏側のところは乾いていません。
 注意書き無視の手抜き工事はどうも出来上がり6〜70点になりそうです。

 とは言え、全く新品とまではゆきませんが、庭芝の青色と対照色で映えています。
 来月には、秋の園遊会(バーベキュー)が開催される為に、栗のイガも拾い集められ、日増しに庭らしくなってきました。
 後、2週間もすれば大嫌いな蚊も飛ばなくなるでしょうから、庭でイッパイが楽しみな時期となります。

 そういえば、金木犀の香りが一時よりは弱くはなりましたが、其れがかえって、名残惜しさを感じさせてくれています。



     毎年、出会えることの幸せ・・
  〜金木犀の一番香を朝、確認しました〜


             
 金木犀と歯ブラシとどのような関係があるのかとお思いでしょう。 
 そうです、今朝歯磨きをしていましたら、微かにその香に気づきました。 柔らかく・微かでしたので、確かめるために電動はブラシを止めて香りに神経を集中しました。
 震動音は耳なのでしょうが、五感いや6感も含めて集中したのです。

      

 昨年は金木犀のことを10月5日「コラム 1ーD NO365」に書きました。 そのときに毎年この時期に金木犀のことを書いていましたので、5年分を紹介しました。
 香りの花木は好きですので、かならず取り上げると言うことでしょう。
 今夜あたりからは、戸を開けていますと風に乗って忍び込む金木犀の香によって、深い眠りに就けることでしょう。



 今年です。 特別に変化はありません。
 パソコン入力に向かう前に、今年の金木犀を撮影した時に、我が家の庭に咲く香りのある花と木のことを思い出しました。
 @早い時には12月の上旬から咲き始め、冷たく冴えた外気温の中に咲く水仙。

 A年明け早々に甘い香りを庭一面に漂わせるロウバイ。

 B早春から春本番を告げるチョットキツイ香りの沈丁花。

 C梅雨空の下、湿った空気を押し広げるように上ってくるキチナシの花の香。

 D 我が家では地上5メートルの窓枠イッパイに広がる蔓から、舞い降りてくる感じのジャスミン。

 Eそして、金木犀は夜陰に乗じて忍び込んでくる感じがします。 

                 

               
 

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 COLUMN 1−D 
                               
                                   平成19年10月9日 記

  お知らせ
  
〜「フナイ・ワールド 07」の講演録、続きを掲載〜
 ベンジャミン・フルフォードさんの
  「蒼い目のジャーナリストが見た、本当の日本〜


 昨日、船井会長の講演内容を掲載しましたところ、レジメには記載されていたのですが、私が飛ばしてしまった”船井会長の親しい第3者による船井評”を掲載してほしいとの要望が参りましたので、本日ブログに追加掲載しました。

 本日は「青い目のジャーナリストが見た、本当の日本」と題して講演されたベンジャミン、・フルフォードさんの講演内容をブログhttp://taiki.blog16.jp/ に掲載しました。

 フルフォードさんは1961年カナダうまれ。80年代に来日、上智大学を経て、カナダのブリテイッシュ・コロンビア大学卒業後、日経ウィークリー記者、Sun、米経済誌「フォーブス」アジア太平洋支局長を経て、現在ノンフィクション作家として活躍です。

 私にとって、講演の内容はところによって脈絡もなく耳にしたこともある内容もありましたが、大半は初めて知る内容がほとんどでした。
 また、ベンジャミンさんの話し方は猛烈に早口でして、到底私の筆記ではついて行けませんでした。
 其れゆえに、前後が繋がっていない文章ともなっていますが、多分皆さんもほとんど聴いたことのない内容で、しかも驚きの内容ではないかと想像しますので、掲載することにしました。
 私はその内容は、かなりの部分事実ではないかと考えております。

 例によって、文責は私=加藤です。



 COLUMN 1−D 
                               
                                   平成19年10月8日 記

  お知らせ
  
〜「フナイ・ワールド 07」の講演録、一部掲載〜


 ご催促いただいておりました、「フナイ・ワールド 07」の講演の一部の活字化が出来ましたので、http://taiki.blog16.jp/に掲載しました。

 毎度の事ながら、文責は私です。 また、今回はレジメがあり、その内容は掲載しておりませんので、お分りにくいところもあろうかと思いますが、大意はご理解願えるのではないかと思います。

 どちらにしても、来年の前半までに時代の大きな変化が押し寄せてきそうです。




 COLUMU 1−D NO725
             
                             平成19年10月7日  記

  今年も「金木犀」の香りがやってきました

 〜連続7年、この時期金木犀のことを書きました〜


 一昨年(平成17年10月5日)の日記より
 
 『これで何年になるのでしょうか? 平成12年8月21日から地域ホームページ”高蔵寺”に投稿を始めました。 
 その後、自前のホームページになったのが、平成16年4月26日、
 デジカメ写真に変わったのが平成17年11月19日です。  丸5年強も続いている事になります。
                 

 今、金木犀のことを最初に書いてのは何時の事か調べてみましたら

 @、平成13年10月4日が最初でした。(ホームページのトップ画面、「日付順」をクリックして、NO98ページの中のNO128『月満ち 虫の音潜み 木犀の香 闇に忍び込む 杯すすみ ペン走る』と長い題目にて掲載されています。)
 
 A その後も平成14年10月8日付け(日付順NO242)にて『秋の華の香は”金木犀” 〜今年もありがとう、心安らかに楽しみました』、
 
 B平成15年10月1日付け(日付順NO400とエッセイA NO99)『世相変わるも かの香は 届けられた 〜うつつに漂う 金木犀の香に 身を任せて〜 』 

 C平成16年10月5日付け(NO598とエッセイA NO105)『やって来ました 秋の香 金木犀 〜そぼ降る雨に その香溶け込み 風に流される〜』
 
 毎回、同じようなことを書いているように記憶します。 「甘い香りの金木犀」であったり、「夜陰に忍び込んでくる香」であったりです。
 朝、洗面所の窓を開けるとスーと入り込んでくる爽やかに甘い香も良いですが、10月とはいえ日中は30度近くまで気温が上がります、そして午後4時を過ぎると「釣る瓶落としのごとく陽が沈み」、気温も下がります。 
 2時間近く続いた晩酌の最後は日本酒、焼酎、ブランデイー、ウイスキー、ジンの違いはあれ、大抵はロックで和室に入ります。 蚊取り線香を焚き、ガラス戸を開けると、回り込むように金木犀の香が鼻をくすぐります。 このシチュエーションが一番好きです。これに月でも加わった時には、さらに杯は数杯ということになります。
 という事で、間違いなく側には御神酒です。』


 そして、昨年は平成18年10月3日でした。

     毎年、出会えることの幸せ・・
  〜金木犀の一番香を朝、確認しました〜


             
 金木犀と歯ブラシとどのような関係があるのかとお思いでしょう。 
 そうです、今朝歯磨きをしていましたら、微かにその香に気づきました。 柔らかく・微かでしたので、確かめるために電動はブラシを止めて香りに神経を集中しました。
 震動音は耳なのでしょうが、五感いや6感も含めて集中したのです。

      

 昨年は金木犀のことを10月5日「コラム 1ーD NO365」に書きました。 そのときに毎年この時期に金木犀のことを書いていましたので、5年分を紹介しました。
 香りの花木は好きですので、かならず取り上げると言うことでしょう。
 今夜あたりからは、戸を開けていますと風に乗って忍び込む金木犀の香によって、深い眠りに就けることでしょう。



 今年です。 特別に変化はありません。
 パソコン入力に向かう前に、今年の金木犀を撮影した時に、我が家の庭に咲く香りのある花と木のことを思い出しました。
 @早い時には12月の上旬から咲き始め、冷たく冴えた外気温の中に咲く水仙。

 A年明け早々に甘い香りを庭一面に漂わせるロウバイ。

 B早春から春本番を告げるチョットキツイ香りの沈丁花。

 C梅雨空の下、湿った空気を押し広げるように上ってくるキチナシの花の香。

 D 我が家では地上5メートルの窓枠イッパイに広がる蔓から、舞い降りてくる感じのジャスミン。

 Eそして、金木犀は夜陰に乗じて忍び込んでくる感じがします。 

                 

               
 

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 COLUMU 1−D NO724
             
                             平成19年10月6日  記

  ギリギリ間に合いました 飛騨金山の栗拾い

 〜次は、蜂屋柿ですが、今年はどうでしょうか


 例年ですと9月の下旬になりますと、我が家の庭の栗が落実を初め、それが飛騨金山の栗拾いの合図となるのですが、昨年末、庭の栗の木を業者に依頼して強めに切りつめをしたために、実の着きが悪く、(夏の高温の為もあったのでしょうか?)ついつい、他の要件に気がとられ飛騨金山のことは忘れていました。

 息子に依頼しましたがこれまた時間がないということで断わられ、それならと昨日思い立って行ってきました。
 毎年2回〜3回は拾いに行っていました。 既に遅しかと思いましたが、ギリギリに間に合ったと言う感じです。 98%落実し終えていました。

        

          

          正に「大きな栗の木下で・・・」です。収穫は約20Kgでした

 この栗の木の畑の上に、梅と蜂屋柿の畑があります。 昨年は数より質(大きさ)を求め真夏には摘実をして、期待していたのですがなんと全くのゼロでした。

 ハッキリしたことは言えませんが、夏草がボウボウとなっていたので(堆肥を十分撒いてありますから育つはずです)、どうも近くの方が気を利かせて除草剤を撒かれたようです。
 今年は止めるように言ってありましたので、夏草は木に下にビッシリでした。

 まだ、青い柿の葉が元気なままですので、柿の青さとで、正確なところは分りませんが、今後台風の被害等がなければ、今年はソコソコの収穫が見込めそうです。

               

 この蜂屋柿の収穫は11月の下旬です。 皮を剥くのが嫌になるほどの出来になってくれることを期待して飛騨金山を後にしました。


 COLUMU 1−D NO723
             
                             平成19年10月4日  記

  先回の日記から5日が経過しました

 〜何も掲載しないと悪友から病気か死んだかと言わ               れますので〜


 「フナイ・ワールド2007」の講演記録の活字化がなかなか進みません。
 それどころか、今週に入り大学の講座の活字化も加わって、ドンドン記憶が薄まってゆきそうで心配しています。

 飛騨金山の栗の方も心配しているのですが(例年なら2回目の栗拾いの時期です)、今年はまだ一度も行っていません。
 日記帳を調べますと、例年は本日あたりから金木犀の香りが家の外壁を回りこんで、忍び込んでくる頃なのですが、昨夜まではその気配がありません。
 今年の残暑は厳しかったから、少し全てが遅れているのでしょうか。

 それにしては、1・5坪の庭の畑に蒔いた大根菜は順調で、今日当り第1回目の抜き菜が出来そうです。 大好きな大根菜の油いためがいただけそうです。

 いやいや、今夜は香港・上海ドラゴンズ会・OB会(かって香港・上海に在住していたドラゴンズ・ファンの会)で、シリーズ戦ではセリーグNO1になれませんでしたが、クライマックス・シリーズに勝ち、日本一を目指しての応援会に行きます。

 その後も、稲刈りが待っており、又、友人からのお誘いで名古屋での一席も待っており、秋本番となり、毎日忙しく動き回っていることを、悪たれを聞かされる前に、ここにご連絡申し上げます。
 悪たれなどと大変失礼しました、そのご支援あればこそ、このように続けられております。
 
 心よりお礼申し上げます。
   
 



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 COLUMU 1−D NO722
             
                             平成19年9月29日  記

   品川駅前は大いに変わりました
 
  〜船井会長は語られました
          「今、私達は分岐点にいる」と〜


 「船井幸雄オープンワールド2007」も初日の講義(講座)に満足しました。
 その内容については、別途掲載することもあろうかと思います・・・

 前夜(9月28日)数年前まで、同じ職場で働いていた横浜の友人が品川まで出てきてくれ、美味しい食事を共にさせていただきました。
 品川をよく知る友人が「品川は変わった。特に南側が変わった。サッパリ分らなくなった」と言っており、10年ぶりに降り立った私などが驚くのは無理もありません。
 ビール2杯からはじまり、日本酒2合、その後に焼酎2合といただき、少しばかり翌朝にお酒の残りを感じました。

 昨夜は「本格的地鶏の焼き鳥屋」との看板の店でした。 看板のみでなく味も、揃えてあるお酒も満足でした。 但し、20数年前の私の記憶にある品川駅前のイッパイ飲み屋の価額と比較して、40〜50%価額がアップしたと思います。
 探せばお値打ちなお店もあるのでしょうが、そのお店はベテラン料理人が目のまで焼き上げ、調理してくれるのですから当たり前の価額かもしれません。 
 久しぶりに足元がふらつくほどの、楽しく・美味しいお酒でした。
 
 そして本日(9月29日)の夕食です。
 昨日の地鶏屋さんから数軒隣のイッパイ飲み屋の看板の店に入りました。
 注文を取りに来た店員さんの応答にイントネーションの違いを感じました。
 それのみでなく、先ほどまで「予約席」と表示されていた隣の席には、北京語が飛び交いあい、その注文を受ける店員さん(アルバイト)も、私の注文を受け取る時のどたどしい日本語と異なり生き生きと応答しているように感じました。

         

 最近は東京ばかりでなく、地方でも一見して外国の方と分かる方たちが多く見受けるようになりました。 世界は、地球は狭くなったと感じずにはいられません。
 それに伴うトラブルも多く発生しています。

 今回の「船井行雄オープンワールド2007」の冒頭講演で、船井幸雄会長は、今年の7月から2008年の3月までに、50%の可能性で大きな変化が起こる可能性のある分岐点に今、私達が立っていると語られました。
 その証拠とでもいうご自分の周りで起こったこと、知人・友人など超能力者たちが見たこと・語るビックリ現象と本物の登場を具体的に示し淡々と語られ、今回のワールドを開催する理由となった背景を説明されました。
 内容は私にとっては理解し、納得し、説得力のあるものでした。

 ではどのように対応すべきかは、明日(9月30日)に締めくくりとして講演されることになっています。

   
 





 COLUMU 1−D NO721
             
                             平成19年9月28日  記

    初めて<靖国神社>を訪問しました


 報道されている内容で靖国神社のことを想像していましたが、印象はかなり異なるものでした。
 これは5年前に鹿児島県知覧の「特攻隊」の方々の遺品や遺書などを見ていたことから、その延長線で想像していたことから来ていたものと思います。
 知覧の時は、最後には家族や子等に向けて書かれた遺書などを読む内に、感情的にその場にいたたまれなくなり、後半は早々と引き上げたことに比べると、この靖国神社は冷静に最後まで見終えることが出来ました。

           

 私の印象は、展示の仕方や内容、そして取上げ方から考えていたよりも客観的で事実に基づいた内容であると感じました。  但し、細部までの説明文を読んでいませんので、その点では自信はありません。
 
 幕末から明治維新、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦から第二次世界大戦科での歴史を写真とそれらに関する記念品や遺品、そして解説文でもって大凡を理解できる展示になっているのではないかとも思いました。
 
 ただ、約 50分放映された、タイトル「わたしたちは忘れない」〜感謝と祈りと誇りを〜は、靖国神社の立場、希望からの内容であると感じざるを得ませんでした。

                

    

          本殿                      願いごとの絵馬

           

                「遊就館」の入り口に展示されております。

 
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