COLUMN 1−D 1758 より
平成23年10月31日・記
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遠山郷藤原学校の10月
10月29日~31日
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10月29日の中央道・上り線の高速道路は本年一番の混みようでした。
その他の路線から来られた方も、渋滞こそなかったようですが、混んでいたと一様に口にされておられました。
御蔭さまで遠山郷への観光客も多く、下栗の里、しらびそ高原への道路は大渋滞とのことでした。 下栗の里への曲がりくねった道には地元の方が駆り出されて様です。
10月31日、月曜日も午前中から旧木沢小学校への訪問客は途絶えることがありませんでした。 このところシニアーの旅は月・火・水とのこと。

↑そんな中、29日某大学生も観光農園まで15人ほど見学です。
サトイモ掘りをしてもらいましたが、腰が据わらず危ないことしきりです。
最後にパフォーマンスの一つもして帰りなさいと言うとこのポ−ズでした。
一気に夜の部とします。

↑新メンバー結成「遠山シニアー、しし鍋、男性コーラス」
そして、翌日は写真教室を兼ね、地蔵峠・紅葉へ

↑旧木沢小学校を背景にして、手前ピラカンサ




↑国有林などでは火は焚けないということですが、そこは許可をとり、
オヤツと称して生の熊肉、上物鹿肉、マトン、鶏肉のバーベキューです。

↑山作業の休憩小屋では、ストーブが焚かれていました。

↑記念写真を一枚

↑腹が収まったら元気が出て、春の遠山藤原学校の定番コースの一つ「中央構造線の安康露頭」まで足を伸ばしました。
10月31日の農作業
愛知県岡崎市からのお客様が、ご自分で手植えし、手刈りし、天日干し、そして脱穀した稲藁を2トン車一杯運んできていただきました。
遠山藤原学校のスタッフが「藁草履教室」をするという計画からです。

↑3人で運びましたが、半端な数ではありませんでした。
農機具等の小屋の軒下にも吊るしましたし、小屋の中も整理し積み上げ。
当日の気温は最高23度、汗ビッショリ、最後は肌着一枚です。
これまでの経験からすると3年分以上の量です。いや5年分かな?
以前購入した稲藁は気にしながら使っていましたが、これなら思いっきり利用できます。 畝のみならず通路にまで敷き詰められる程です。
その稲藁は青々として良い臭いを発しておりました。地元の方が『良い稲藁だ、これなら小屋の中に入れておけば正月用のしめ縄作りに使える』と言われました。
遠山郷の田圃はほんとに僅かな土地しかありません、正月に地元の方に御利用していただけるなら嬉しいことです。

↑押切もご持参いただきましたので、切り藁をしてストックしました。
2日目、10月30日は一時小雨に出会いましたが、今回も有意義で楽しい時間を過ごせました。
夜半は雨でしたが、10月31日は朝から晴れて気持ちの良い汗流しました。
COLUMN 1−D 1754 より
平成23年10月24日・記
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10月23日、犬山・羽黒2号地の稲刈り他
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10月16日に予定していましたが、刈り残してしまった羽黒・2号地の稲刈りをしました。
面積は2畝と先回の6分の一ですが、多分風(?)で9割は倒れており、かき上げてはバインダーを動かすのですが、水も染み込んでおり、機械に巻き込み一筋縄にはいきませんでした。
それでも、先週の経験が生き、稲架かけも順調に終了。
次回の脱穀と籾すりの話も終えました。
まだ、陽も残って200メートル離れた羽黒3号地の畑に参りました。
数年間(?)シートやジュータンで覆われていた畑地後に、白菜とジャガイモを植え込んだところ、写真を撮ってこなかったのが悔やまれるほどの出来栄えです。
エナジー水と一部にチップを撒いた程度なのですが、白菜はこのまま成長しますと近隣スーパーでの販売価額1個600円物です。
窒素が効いているためでしょうか、青々と生き生きと葉を丸め始めました。
逆に、窒素は効いているためかジャガイモの茎と葉の成長がよく、3度目の土寄せをしました。ヒョッとすると実の成長が心配です。

↑同じ畑で採れた枝豆です。
7月中旬に半分枯れたような苗をそれでもと思い植えたものです。
2週間前に一度収獲しましたが、今回の方は実を成長しておりました。
後は大豆にして、味噌づくりと言っておりますが、どうなりますか。
COLUMN 1−D 1747 より
平成23年10月17日・記
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犬山・羽黒1号地 初の稲刈り
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昨夜来の雨は上がっているものの、自宅の庭の草木は雨に濡れている。
現地に、リーダーのKさんに電話を入れると、『皆さんそれぞれに出発したようです』との返事、急いで出掛ける用意。
羽黒3号地の田圃の稲は大半が倒れているので、1号地から始めることとする。

↑稲刈り機を降ろす。
最初に田圃に生えた草を抜き取る、雨上がりなので簡単に抜けるがその分、下半身は稲に付いた水でびっしょり、長靴にも水がたまった。
↑当初3万円と言っていた中古稲刈り機、タイヤに傷があるから1・5万円で良い、しかも調子が悪かったら返品OKと言う。
その後、稲刈り機が始動を始めた。何処かの高校の実習で昨年まで活躍していたという。 初めは腰が定まらなかったが徐々に調子があがる。
何処かでトラブルが発生するのではと心配していたが、案の定、紐が切れる。 御隣で稲刈りをしていた地元の方に支援いただき解決。
(お隣の稲刈り機は昨年新調されたという。 操作も簡単なようで、片手で悠々と進む。私達の田圃より1・3の広さを3人で、こちらは6人)

↑昼前に再び紐が結ばなくなる、紐が切れっるとトラブルが続く。
何度もお隣をわずらわすことに気が引け自前で手結びで始める。
この時点で、並行して行っていた稲架掛けは約4割が終了。
ここで、稲架用の竹が不足している事が判り、急遽名古屋へ走る。
(地元・小牧市の業者は土日休業とのこと)
私も岐阜県・瑞浪の中山間地で広くて1枚が100坪程の田圃での経験しかない、1枚が約330坪の稲刈りの収獲についての目安が立たなかった。

↑資材が揃ったのは午後の3時半、その後急ピッチで作業を進めるが、農作業などほとんどされたことのない方々、動作が緩慢になる。
午後5時過ぎには日が沈み、残照の中最後の稲架作りと並行しての稲架掛けをする。 残照も消えて廻りが暗くなった5時半ギリギリで作業終了。
記念撮影もしましたが、私はカメラを取りに行くユトリも元気もなかった。
多分、疲労感あるも、満足一杯の笑顔であったことと思います.

↑この写真はメンバーの水野秀彦さんのギャラリーから転写しました。↓

午後3時ごろ道路を隔てた向かい側の田圃に4条(?)のコンバインが現れた。 同じ広さのT反を1時間もかけずに終了して次の地に移動した。
とはいえ、中古バインダー(稲刈り機)もなく、そして庭師Kさんの稲架づくりの手際のよい手さばきが無かったらと思わずにはいられなかった。
羽黒2号地(約3畝)は次週となりました。
COLUMN 1−D 1742 より
平成23年10月10日・記
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10月8日、瑞浪・百姓学校・農作業
10月10日、犬山・羽黒で農作業
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10月8日 ・瑞浪百姓学校

↑トンネルの白菜が巻き始めたが、色つやが気に入らない。
トンネがいけないんではないかと、3畝のうち2畝を外してみました。

↑ニンニクの植え込みと、玉ねぎの畝を作りました。

↑サトイモ、2週間前の試し掘りより、ハッキリと成長を確認。
今年も、瑞浪の畑はサトイモの出来栄えは満足ゆく状況です。
10月10日・ 犬山・羽黒3号地の農作業

↑ご覧の様な枝豆の出来栄えです。
本日の収獲は全体の三分の一程度の収獲です。 この後大豆にして味噌づくりと言っていますが、私には経験がありません。
次週、稲刈りですので、其の時大豆も一緒に稲架けしてみようと思っていますが、まだ早そうです。もう一回枝豆の収獲をする計画。

↑白菜の定着率は40%程度でしたが、瑞浪の白菜よりも色つやが良い。
10月8日の写真と比較してください。 どうしてか?判りません。
種も定植方法も同じですが、一番の違いは時期でした。

↑シートやジュータンで長年草抑えしていたところです。
粘土質のように固くなっていますが、順調に成長してきました。
秋の植え込みでしたが、種芋・男爵が大きく、カットして植え込む。
瑞浪とは品種が異なるので、比較は難しい。

↑玉ねぎの畝作りを早々としました。植え込みは11月上旬予定。
エナジー水の原液をタップリと蒔き、剪定したチップを施しました。
COLUMN 1−D 1736 より
平成23年10月4日・記
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10月の遠山郷 藤原学校
”ワァ〜イ、わぁ〜い、遠山郷から日本が変わる”
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今回はと言うよりはこれで5月、6月に続いて沖縄からのお客様10名をはじめ、その他の参加者と遠山のスタッフの総勢30人です。

↑遠山川の流れを指差しながら、太古からの歴史も交えてご案内。

↑ 昼食後旧木沢小学校に移動、遠山観光農園にてサトイモの収獲

↑、ニンニクの植え込みもしました。
その後、藤原先生のお話し聞かせていただきました。
その間に、収獲したばかりのサトイモと落花生が茹であがり試食。
採りたての落花生の甘みに驚き、生姜溜まりの素朴なサトイモにも感激。

↑、「道の駅・遠山郷・、ゆー楽の温泉」で汗を流した頃には、三日月が天狗様の頭の上に。 駐車場の電灯を避けることができませんでした。
本日の宿泊・会場は標高約850メートルの民宿「このた」です。
乾杯!!と歓談が始まり、続いて簡単な自己紹介の後は遠山バンド↓

↑、毎回の事ですので、写真紹介は割愛します。イヤイヤ・・・
10月2日
今回のメインイベントは下栗の里・中根の炭焼名人でもある熊谷次郎さんのお宅で南アルプスの眺望をバックに次郎さん始め、親族・ご近所の方々の心温まるオモテナシを満喫し、更に生演奏でジャズを楽しもうです。

↑20人乗りの観光バスですがご自宅に横付け出来ず、下栗の里から、下りばかりですが行きも・帰りも10~15分の腹ごなしを兼ねたピクニック。
その途中の茶畑から山々を望む

↑手作りのカカシ君が御出迎えです。

↑毎回紹介する聖岳、兎岳ですが、生活の場を感じさせる画面で紹介。

↑頂いた本当に心のこもったこれぞ手作りという御料理の一部
特に女性軍に人気の高かったのは「こんにゃくの煮物、遠山ジンギス」
其の他、旬の栗をフンダンに使った栗アンのおはぎ、同じおはぎも小豆もあれば、黄粉もあります。 手打ちのソバと下栗名物の芋の味噌焼、手製の漬物が様々に。
ご主人・次郎さんの勧め上手に升酒を注いで回り昼間から・・・

↑本番前「前座」と始まった遠山・霜月祭りの即席のお囃子と舞い

↑名古屋のジャズバンド eNのボーカル・KAOさんです。
『このように標高の高いところで歌うのは初めてです』と言っておられました。 澄んで・晴れ渡った天空の下、柔らかに・優しく・繊細なリズム流れ・・

↑その歌声も沖縄衆と遠山衆のアンコールの声に押されて、・・・


↑物静かな次郎さんも踊りの輪に入りました。

↑この目線の一枚を紹介したくて掲載しました。

↑『私達も踊っちゃおう!』と輪の中に入りました。↓


↑名残尽きませんが、みんなで記念撮影
なお、この後は旧木沢小学校に戻り、再び藤原先生のお話しを聞く。
このところ大型カメラが重たくて、小型デジカメしか持ち歩きません。
腕前は兎も角、今回はスピードシャッターや連続撮影の可能なカメラを持参しなかったことが悔やまれる場面がシバシバでした。
いや、余程の偶然が重なり間違いでもない限り、この場の空気をお伝えすることはできません。
次回は10月29・30日。そして11月26・27日で本年最後です。
刻々と時代は大転換の様相を呈していますが、この地で人々と交われば、明るく・希望の明日に出会えるのではないでしょうか。
どうぞ、遠山郷えお越しください。
COLUMN 1−D 1731 より
平成23年9月25日・記
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